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澪「First Love」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:23:50.86 ID:HDhx4wL70 [1/44]
窓から見える景色は、知らないものだった。

それは、今までは目を向けていなかったからかもしれないし、

目に溜まった、涙のせいなのかもしれない。


カバンからオーディオプレイヤーを取り出し、イヤホンをはめる。

聴きたい曲は決まっている。

優しいピアノとギターの音色、それに乗せるフェイク。

表面張力の限界を超えて、涙は薬指に流れ落ちた。

つい先ほどまで、そこで光っていたものの代わりのように。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:25:22.64 ID:HDhx4wL70 [2/44]
キッカケは何だろう。

考えても思い出せない。

ただ好きにならない理由が、なかっただけなのかな。

人生の半分以上を一緒に過ごして、

泣くのも笑うのも、隣にはいつも律が居たんだから。

思い出と呼べるものほぼすべて、律と分かち合ってきた。

忘れたくないものばかり。

思い出を抱え過ぎて、たとえ両手が塞がれていても、

わたしはそれを捨てたくない。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:26:07.52 ID:HDhx4wL70
また窓の外に目をやる。

やっぱり、知らない景色だった。

電車に乗り込んで数分。

ほんの数分で、こんなに変わるんだ。

きっとこの気持ちもいつか、いい思い出になる。


You are always gonna be my love

――あなたはいつまでも、わたしの大切な人。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:26:53.94 ID:HDhx4wL70
律「なあ澪、一緒に暮らそうぜ」

澪「んー、どうしようかな」

律「何で迷うんだ?」

澪「だって…」


大学進学も決まった冬の日。

少しずつ大人に近づいていく過程を実感し、その中で気付いたもの。

わたしのこの気持ちは、世間一般では『異常』と思われるらしい。

それを否定は出来ない。

この気持ちを言葉に出来ないのは、何処かでそれをわかっていたから。

言葉にすれば終わる。

それなら静かに、思いが薄れていくのを待つ方がいい。

そんな日がいつか来てくれる。


そう、思っていた。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:27:47.41 ID:HDhx4wL70
律「…あのさ」

澪「何だ?」

律「わたし、な…」

澪「…」

律「…聞いてる?」

澪「あ…うん、話すの待ってた」

律「あ、ごめんごめん…」

澪「うん、どうした?」

律「…わたしさ、好きなんだ」

澪「…え?」

律「…変だと思うよな、やっぱり」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:29:06.65 ID:HDhx4wL70
澪「えっと…」

律「澪のこと、好き」

澪「…ありがと、わたしも好きだぞ?」

律「…ごめん、そういう意味じゃないんだ」

澪「…よくわかんないよ」

律「澪が思ってる好きではないんだ、付き合いたいとか…そういう好き」

澪「…」

律「ごめん忘れろ!わたしも忘れるから!…これからもいい友達で居てくれな!」

澪「…律」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:30:38.06 ID:HDhx4wL70
澪「…わたしもそういう、好きだよ」

律「え…マジ?」

澪「…うん」

律「嘘だ…」

澪「ほんとだよ」

律「…気遣わなくていいんだぞ、友達のままで居れるって思ってるから」

澪「…でも言えなかった。嫌われたくなかったから」

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:31:41.01 ID:HDhx4wL70
澪「…そしたら律から言っちゃうんだもん、悩んでて存した気分だ」

律「そっか…」

澪「うん…」

律「…よかった、嫌われないで」

澪「…嫌いになるわけないだろ」

律「でも怖かったもん」

澪「まあ…そうだな、わたしも怖かったから」

律「…あのさ、1回しか言わないからちゃんと聞いて」

澪「…はい」

律「…愛してる、付き合って欲しい」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:33:00.41 ID:HDhx4wL70
澪「…えっと」

律「…返事は?」

澪「…うん」

律「…よっしゃー!」

澪「…ははっ」

律「え…何で?」

澪「…何が?」

律「泣いてるじゃん…」

澪「笑いたいのにな、変なの」


溢れてくる涙に気付かされる。

自分がどんなに、律を好きなのか。

好きな人に思われていることが、どんなに嬉しいことか。

わたしの初恋は実を結んだ。


13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:34:18.91 ID:HDhx4wL70
大学は遠いから。

家賃も半分になるから。

1人で暮らすのは不安だから。

…律と一緒だと、楽しいから。


色んな理由を口にした。

思えば今まで、こんなに何かをお願いしたことはなかったと思う。

愛情たっぷりの一人っ子で、欲しいものは大抵与えてくれた。

わがままだって聞いてくれた。

その分、過保護気味な両親を説得するのは、思った以上に大変だった。

自分が必死になればなるほど、親にも言えない恋をしてることを辛く感じた。


「…勝手にしなさい」


言っても聞かないわたしに、両親は呆れた顔をした。

それでも、わたしはこれからの生活に胸を躍らせた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:35:38.13 ID:HDhx4wL70
律「どうだった?」

澪「ああ…結構大変だった」

律「…だろうな」

澪「うん、でも大丈夫だよ」

律「その分、澪のこと大切にするから」

澪「ほんとに?」

律「当たり前だろ?」

澪「ふふ、よかった」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:37:37.08 ID:HDhx4wL70
律「…みんなには話す?」

澪「わたしたちのこと?」

律「うん、澪はどう思う?」

澪「わたしは…全員、には話さなくてもいいと思う」

律「嫌か?」

澪「そうじゃないけど…話したところで、みんなが賛成してくれるとは限らないし」

律「そりゃあそうだな…」

澪「悲しい気もするけどな。でも誰かに間違ってる、なんて言われても…律と居たいから」


ごく親しい友人たち、つまり軽音部の3人にだけわたしたちのことを話した。

3人は自分のことのように喜んでくれ、その後も何ら変わらず接してくれた。

それ以外は、親にも、友だちにだって、言えないものだった。

話すことが出来れば楽とは限らない。

もし話して、誰かが間違いだと言っても。

…わたしは律と歩んで生きたい。

それが幸せだって、思ってるから。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:38:45.33 ID:HDhx4wL70
大学に入って、律との生活も始めて。

変わったことと言えば、軽音部5人で集まる頻度。

受験生の梓を無理に誘うことは出来ないし、梓抜きで練習する気にはなれなかった。

4人で会っては、ただ目的もなくお茶して。

梓が出てこれる日には、スタジオを借りる。

それでも結局部活と同じで、今まで以上に律は唯とふざけあった。

わたしとムギはそれを笑って、梓はもう、それを怒らなかった。

目的もなく、ただ趣味としてバンドを続ける。


「目標は武道館」

そんな大それた言葉は、ただの冗談になっていった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:39:52.85 ID:HDhx4wL70
そのうち、お互いバイトも始めた。

実家からの仕送りはもらっていたけど、それにはほとんど手をつけなかった。

いつか返そう、ふたりでそう決めた。

これから背負うであろう人生への、せめてもの償いの気持ちだった。


律は入学すぐ、楽器店で働き始めた。

わたしは少し経ってから、結婚式場。

会場設備や配膳だとか、後片付け。

たまたま見つけたバイトだったけど、時給も良くて。

きっと自分は経験しないから、それを外側から見る。

幸せそうな会場で、わたしも手を叩く。

時々、感動で本当に泣きそうになることだってあった。

今思えば、少し自虐的かもしれない。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:40:56.44 ID:HDhx4wL70
律「結婚式場?」

澪「うん、時給良くて」

律「…そっか」

澪「何か、やっぱりダメかな?」

律「いいんじゃない?別に」

澪「でも、律ちょっと怒ってるじゃん」

律「違うよ、そうじゃない」

澪「じゃあ何?」

律「…悲しくなんない?」

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 11:30:30.26 ID:6apNun2lO [10/10]

律「自分たちじゃ出来ないこと、遠くから見てさ」

澪「…いつかしようよ」

律「自分たちで?」

澪「うん、唯たち呼んでさ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:42:28.40 ID:HDhx4wL70
律「…じゃあさ、指輪いるよな?」

澪「お揃いの、シンプルなやつな」

律「安くても文句言わない?」

澪「言わないよ」

律「良かった…もう買ってあるんだよな~」

澪「…え?」

律「給料3か月分、とは言えないけど」

澪「冗談だろ?」

律「違うよ、やっとバイト代入ったからさ」

澪「…サイズとか、知らないくせに」

律「何となくだけどわかるよ、カバンに入ってるから見てみ?」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:43:36.16 ID:HDhx4wL70
澪「…これ?」

律「そう、開けてみて」

澪「…ほんと、お揃いだ」

律「りつ、って入ってるのが澪のだから」

澪「ねえ、はめていい?」

律「ダメ」

澪「ダメなの?」

律「わたしがはめてやる、おいで」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:46:40.45 ID:HDhx4wL70
律「ほら、ピッタリじゃん」

澪「ほんとだ…」

律「わたしよりちょーっとだけ、サイズ大きくしてもらったんだ」

澪「…聞きたくなかった」

律「そういう意味じゃなくてさ、利き手の指のが太いから」

澪「…何でもわかってるな」

律「当たり前だろ~?」

澪「ねえ、律にもわたしがはめていい?」

律「…お願いします」

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:47:40.86 ID:HDhx4wL70
澪「ピッタリ」

律「いや、わたしはサイズ測ったし」

澪「…そうだった」

律「わたしのには、みおって彫ってもらったんだ」

澪「何か、変なの」

律「自分の名前が良かった?」

澪「ううん…律がいい」

律「繋がってる感じ、するだろ?」

澪「するな、いつも一緒に居るみたい」

律「…なくすなよ?」

澪「大切にする、ありがとう」

律「…なあ澪、キスしよう」


答える間もなく、自分から唇を触れ合わせた。

その日から、ふたりの薬指には同じものが光った。

宝物だったけど、今はそれもなくなった。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 22:48:57.80 ID:HDhx4wL70
外では手を繋ぐことも、抱き合うことも避けた。

わたしたちのことを知らない相手には、お互いを嘘で語るしかない。

表情では笑っても、心の奥は寂しさが積もる。

それを腐食するように、家では身体を重ねた。

ふたりの素肌が癒着して、ほどけなくなれば良いと思った。

それを言葉にすると、律は悲しそうに笑う。

そんな顔を見たくなくて、そっとキスをした。

またふたりは、重なり合っては果てた。


薬指が真実を語ってくれる。

それだけが、ただ一つの自信だった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:03:30.45 ID:HDhx4wL70
律と暮らし始めて1年が経った。

梓は最後までうちの大学と迷い、最終的に音楽の専門学校に進学を決めた。

自分を犠牲にして欲しくない、わたしたちの言葉の後押しからだった。


それでも定期的に会って、惰性のように今まで作った曲を演奏する。

唯や律、ムギまでもミスが目立った。

それに反比例して、梓はどんどん上手くなっていく。

入部した時だって驚くほどの腕だったのに、まだ伸びしろを持っていることに感心する。

なのに、わたしはそれに着いていこうとは思わなかった。


わたしたちの5人の関係に、もう『音楽』は必要なくなっていた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:05:13.69 ID:HDhx4wL70
律は相変わらず、講義には適当に出てバイトの毎日。

わたしは講義とバイトに加え、資格取得のためダブルスクールを始めた。

ブライダル業界で真面目に働きたい、そう思うようになったからだ。


忙しい毎日、我ながらよく頑張ったと思う。

誰かの幸せに携わって、自分も幸せになれる仕事。

やっぱり少し、憧れを持っているのかもしれない。

幸せそうに笑う新婦に自分を重ねた。

今のわたしには、それが出来ないから。


律は応援してくれた。

家事もほとんど担当してくれたし、休みが合わせられなくても文句は言わなかった。

愚痴だって聞いてくれたし、その度抱きしめてくれた。

自分ばっかり辛いと思っていたのは、律に甘えてたせいだろう。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:07:30.24 ID:HDhx4wL70
三回生になった。

晴れて、1年でプランナーの資格を取得した。

律はささやかなお祝いをしてくれた。

スケジュールの都合から取れなかった講義を、その年に取る。

律とも、軽音部のみんなともたくさん遊んだ。

バイトも変わらず、出来るだけ入った。

相変わらず忙しい毎日だった。


6月。

社会はジューンブライドへの憧れを、少なからず持つようだ。

この梅雨の時期に結婚したいなんて馬鹿げてる。


その日は式が押してしまい、帰るのが遅くなった。

いつ降り出すかわからない雨。

傘を片手に、よく一緒になる同い年の男の子が、駅まで送ってくれた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:09:56.04 ID:HDhx4wL70
「秋山さんっていつも指輪してるよね、彼氏から?」

「うーん、ちょっと違うかな」

「…悲しい恋なの?」

「…そんなんじゃないよ」

「好きだけど、彼氏じゃないってことだよね?」

「まあ、そうなるかな」

「よかったら、話してくれない?」

「えっと…」

「話したくないならいいよ、ごめん」


30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:11:08.60 ID:HDhx4wL70
「…ねえ、俺と付き合ってみない?」

「…え?」

「好きじゃなくていいよ、でも今みたいに悲しい思いさせないし」

「悲しい思いなんてしてないよ」

「じゃあ何でそんな顔したの?」

「…ごめん、付き合えない」

「いや、俺こそ…でもさ」

「その人のこと好きだから、付き合ってるから」

「…それでいいの?」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:13:26.28 ID:HDhx4wL70
「…わかったフリしないで、ほっといて」

「…ごめん」

「ありがとう、もう1人で大丈夫だから」


きっと彼は不倫だとか、そういうものを想像したんだろう。

律は彼氏じゃないし、わたしだって彼氏じゃない。

だからって、女の子が好きで、その子と付き合ってる、なんて言えなかった。

悲しい思いなんてしてない。

心で否定して、何となくやりきれない気持ちになる。

急に律の顔が見たくなって、家路を急いだ。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:20:33.27 ID:HDhx4wL70
律「おかえり、遅かったな」

澪「ただいま、式が押しちゃって」

律「雨降らなくてよかったな、疲れただろ?ご飯出来てるよ」

澪「律もまだなの?」

律「澪と食べようと思ってさ」

澪「お腹空いてる?」

律「うん、何で?」

澪「ううん何にもない、食べよっか」


律はその日あったことを楽しげに話す。

それはあまり、耳に入ってこなかった。

半ば惰性のように、箸を口元へ運ぶ。

味もあまり、わからなかった気がする。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:21:38.73 ID:HDhx4wL70
律「よし、さげるぞー」

澪「あ、わたしも手伝うよ」

律「いいよ、疲れてるだろ?」

澪「大丈夫、一緒にやろ」


並んで食器を洗った。

ふたりが立つと、この流し台は狭い。

絶え間ない水音。

それにかき消されないよう、奥から言葉を振り絞る。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:23:37.58 ID:HDhx4wL70
澪「あのね」

律「ん?」

澪「今日、バイト先の子に『付き合って』って言われちゃった」


わたしの言葉が、あるいは律の言葉が、水音に消されてしまったのかな。

律の声は聞こえてこなかった。

またわたしは話を続ける。


澪「断ったよ、もちろん」

律「…そっか」

澪「好きな人居るって、その人と付き合ってるって」

律「…」

澪「…ごめんね」


ごめんね。

自分で言った言葉なのに、その意味すら危うかった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:25:19.11 ID:HDhx4wL70
律「…何で?」

澪「律のこと好きだから」

律「違うよ、何で謝ったんだ?」

澪「…何でだろう、わかんない」

律「…謝ったら、悪いことしたみたいだぞ」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:26:23.30 ID:HDhx4wL70
澪「…ほんと、そうなっちゃうな」

律「したの?」

澪「…ううん、してない」

律「…そっか」


よかった。

消えそうな声で、律は続けてそう言った。

少しだけ、ふたりの間に沈黙が降りた。

それに耐えられなくなったわけじゃない。

ただ、律に触れたくなっただけ。


「ねえ律、ベッド行こう」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:31:14.49 ID:HDhx4wL70
うん、と小さく頷いた律の手を取る。

シャワーも浴びずにベッドへ上がった。

キスして、脱がして、抱き寄せて。

舌を這わせて、柔らかい肌に吸い付いて、自分だけの印をつける。

たったふたり、手探りで覚えた行為。


もっと深い部分に触れたくて、濡れた皮膚の間に指を滑り込ませた。

すると律は、熱い息を一気に漏らした。


「我慢しないで、わたししか聞いてないよ」

その言葉が耳に届いたのか、艶っぽい声を部屋に響かせた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:35:01.95 ID:HDhx4wL70
わたしは律のそんな姿を見ながら、さっきの自分の言葉の意味を探す。


ごめんね。

こんな話してごめんね。

好きになってごめんね。

わたしが女でごめんね。

わたしで、ごめんね。


そこまで言い終わったところで、律は果てた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:37:30.43 ID:HDhx4wL70
少しして、立場が逆になる。

律がわたしに被さって、わたしの声が響く。

愛してるよ、律。

大丈夫だから、わたしたち。

幸せだよね?

わたしの右手を握る律の左手には、指輪が光ってる。

シーツを握るわたしの左手にだって、同じものが在るんだから。

お互いの名前を刻んだ、宝物。


心で問いかけて、結局は自分に言い聞かせる。

そうしてる間に、限界に近づいてきた。

考えはふわっと消えて、わたしは体を震わせた。


その日、ふたりはそのまま眠りに落ちた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:38:40.25 ID:HDhx4wL70
その夜から数日、テーブルに英字の書かれた箱が置かれていた。


澪「ねえ、これ律の?」

律「あ、うん、そうだよ」

澪「タバコ?吸うの?」

律「嫌な奴になろうと思ってさ」

澪「何だそれ」

律「まあいいじゃん、苦手だった?」

澪「自分で吸おうとは思わないけど、平気」

律「何だ、怒るかと思った」

澪「成人してるんだし、いいんじゃないか?」

律「へえ…意外だな」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:39:53.22 ID:HDhx4wL70
澪「まあ間違いなく、体には良くないと思うけど」

律「いいんだ、子ども産むわけじゃないし」


「そうだな」とも言えずに、ただ笑顔を作る。

わたしたちには、出来ないことが多い。

だから好きなことを選んで、体に悪くても楽しめばいい。


そんなことを考えていると、律はその箱を持ってベランダに出た。

閉まり切らなかったカーテンの隙間から、姿を見た。

なかなか様になっている。

わたしもベランダに出て、その姿に寄り添った。


次の日、わたしは律に灰皿をプレゼントした。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:42:54.89 ID:HDhx4wL70
周りが就職活動を始める。

例外なく、わたしも唯も、走り回った。

ムギだって、親の会社に入社するつもりはないと、柄にもなく大変そうだった。

1つ下で、3年制の学校に通う梓もちょうど同じタイミングだった。

ただ1人、律だけはそんな様子がなかった。


澪「律は就活しないのか?」

律「あー、就活な」

澪「焦ったそぶり見えないけど、大丈夫か?」

律「…わたしさ、バイト先に就職しようと思ってる」

澪「もう、決めたの?」

律「店長がさ、これだけシフト入れて、学校行けてないなら自分のせいだって言ってくれてて。

  卒業して、もしわたしが良ければ正社員でって」

澪「そっか、なら安心だな」

律「うん、だから卒業してもわたしはこの家に残るよ」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:44:12.31 ID:HDhx4wL70
律「…澪は東京方面で探してるんだろ?」

澪「うん…この辺じゃ仕事ないんだ、残念だけど」

律「応援してるよ、せっかく頑張って資格取ったんだし」

澪「それも使えるかわかんないけどな、就職難って怖いよ」


こんな話するだけで、少し大人になった気がした。

就職したら、離れ離れになる。

でもそこまで遠くないし、遠距離恋愛なんて呼べる距離じゃない。

寂しければ、電話で話せばいい。

それでも寂しければ、会いに行けばいい。


そう思わせたのは、説明会や面接に向かう電車の中でのメールだった。

律はいつも、わたしにメールをくれた。

別に目新しい話題なんてなかった。

それでも何往復もやり取りを交わして、気付けばすぐに目的地に着いていた。


だから、今見るこの景色だって、知らないんだと思う。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:46:33.24 ID:HDhx4wL70
何社も受けて、やっと内定までこぎ付けた数社。

結局は、やっぱりブライダル関連の会社に就職を決めた。

無事就職も決まり、必修授業の単位も順調に取得し、後は卒論を仕上げて卒業を待つのみ。


そんな冬の日、久しぶりにみんなで集まった。

わたしたちの家で、卒業目前と題した飲み会だった。

5人では少し狭いこの部屋。

全員が揃うと、一気に騒がしくなった。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:47:21.23 ID:HDhx4wL70
唯「何かみんなで会うの久しぶりな気がするね~」

澪「そうだな、なかなか会えなかったし」

律「今日はゆっくりいっぱい飲もうぜ!」

梓「案外最初につぶれるの、律先輩かもしれませんね」

澪「はは、そうかも」

律「黒髪2人、うるさい」

紬「わたし、記憶がなくなるまで飲むのが夢だったの~!」

唯「叶うといいね~」

律「じゃあ始めるか、みんな手元に酒はあるか~?」

梓「大丈夫です」

唯「あるよ~」

紬「ありま~す」

澪「うん、あるぞ」

律「それでは、カンパーイ!」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:49:01.32 ID:HDhx4wL70
5つの缶がぶつかって、それを各自口に運ぶ。

料理はわたしと律、ふたりで用意した。

適当につついて、話に花を咲かせる。


唯「あずにゃんはどういう仕事するの?」

梓「ギターの製作だとか、修理だとかを請け負う、楽器屋のメンテナンス係です」

紬「ギター作れるの!?」

梓「ええ、クラフトのコース取ってたんで」

律「何だ、演奏したいんだと思ってた」

澪「わたしも…何か意外だな」

梓「音楽技術を学んでいくうちに、自分のギターが嫌いになった時期があって…

  それでも音楽、むしろ楽器に携わっていたくて、それで」

唯「そっか~、上手くても悩むことがあるんだね」

梓「…ただ上手くなるだけなら、努力で何とでもなりますよ」

紬「後はセンスってことね」

梓「ええ、その点では唯先輩を追い越せませんでした…悔しいですが」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:50:46.96 ID:HDhx4wL70
紬「そんな唯ちゃんは幼稚園だよね?」

唯「そうだよ~」

律「唯に子どもを任す親…心配だろうな」

唯「失礼な!これでもちゃんと資格取ったんだよ~」

澪「頑張ってたもんな、昔からの夢だろ?」

唯「うん、まあ自分では覚えてないんだけどね」

梓「でもすごく似合います」

律「一緒に遊んでる姿だろ?」

梓「そうです、目に浮かびますよね」

唯「この人たちほんとひどいよ…」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:54:54.34 ID:HDhx4wL70
澪「ムギは輸入雑貨扱う会社だっけ?」

紬「うん、そうよ~」

唯「駅前にお店ある会社でしょ?わたしあそこ大好き~」

律「買い付けとかやるのか?」

紬「最初は販売員からなんだけど、知識つけた後は仕入れや買い付けだって」

梓「海外まで行くんですね、何かかっこいい」

唯「でもムギちゃんはお父さんの会社に入ると思ってたよ~」

律「な、もったいない」

紬「わたしが望まなかったし、父がダメだって」

澪「そうなのか?」

紬「最初から狭い世間に入ってしまうと、自分で何も学べないからって。

  もちろんゆくゆくは、家族の手伝いをしたいなって思ってるよ」

律「…ムギらしいな」

梓「…そうですね」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/14(月) 23:59:31.16 ID:HDhx4wL70 [44/44]
唯「りっちゃんは今のバイト先だっけ?」

律「そうだぞ、就活もせずに運いいだろ?」

梓「そうですね」

律「後輩に言われると何かムカつく!」

紬「でも本当、音楽に関われる仕事で良かったね」

律「本当は音大でも出なきゃ、楽器屋に就職って難しいからな」

唯「そうなんだ?」

律「うん、大手じゃ名の知れた音大出の店員がごろごろいるよ」

梓「そうですよ、専門の友達だって落ちまくってます」

澪「じゃあ本当に律は運良いんだな」

律「そりゃあ伊達に学校サボってバイトしてないぞー」

澪「威張るところか!」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:02:07.26 ID:doqWfiuU0 [1/64]
紬「まあまあ澪ちゃん」

唯「頑張ってたのは澪ちゃんが一番知ってるんだから~」

澪「…まあ、そうだな」

梓「澪先輩はブライダル関連の会社ですよね?」

澪「ああ、ブライダルのプランナーだよ」

紬「頑張ってたもんね~」

唯「本当、ダブルスクールなんてよくやるよ~」

律「…マジでな、よく頑張ったよ」

紬「あらあら」

唯「熱いね~」

梓「アツアツです」

澪「やめてくれっ」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:04:36.06 ID:doqWfiuU0 [2/64]
唯「自分たちの結婚式もプラン出しちゃうんだね~」

紬「その時は呼んでね?絶対よ!」

澪「はいはい、約束するよ」

梓「楽しみにしてます」

唯「…でも、離れ離れになっちゃうんだね~」

澪「うん、まあ…近いし大丈夫だよ」

紬「澪ちゃんたちなら大丈夫よ、ねえりっちゃん」

律「…わたし、本当に応援してるからな」

澪「…何だよ、そんな真剣な顔して」

唯「見せ付けてくれるね~」

紬「澪ちゃん顔赤~い」

梓「お酒のせいではないですね」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:05:16.74 ID:doqWfiuU0 [3/64]
そう笑いあって、夜は更けていった。

結局誰もつぶれず、飲み会はお開きになった。


澪「みんな泊まってけばいいのに」

唯「そんな、2人のジャマは出来ないよ~」

紬「そうだそうだ~」

律「ムギかなり酔ってるな…」

梓「そうだそうだ~」

唯「あずにゃんも重症です」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:06:12.16 ID:doqWfiuU0 [4/64]
澪「…置いていっていいぞ?」

唯「ううん、タクシー拾うから平気だよ~」

律「気をつけるんだぞ~」

唯「はーい、片付けて手伝わなくてごめんね」

澪「気にするな、またな」

律「おやすみ~」

唯「おやすみなさ~い」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:07:10.02 ID:doqWfiuU0 [5/64]
騒がしかったこの部屋が、一気に静まり返る。

テーブルの上の食器や空き缶をふたりで片付けた。


流し台の前に並んで立つ。

水は冷たいけど、アルコールに火照った体には気持ちよかった。


澪「つぶれはしなかったけど、結構酔ってたな」

律「うん、梓なんて首まで赤かった」

澪「わたしのこと赤いってからかったくせにな」

律「…なあ、本気で思ってるよ」

澪「何が?」

律「…応援してる、頑張ってな」

澪「…何だよ、急に改まって」

律「澪ならやれる、信じてるよ」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:08:18.78 ID:doqWfiuU0 [6/64]
「離れ離れでも、大丈夫かな」

そう聞こうとした。

自分でそう思ってても、律の口から聞きたくて。

愛しい声で「大丈夫だ」って、言ってほしくて。

聞こうとしたのに、聞けなかった。

次に、律がこんなことを言うから。


律「もう澪は、1人でも大丈夫だよ」

澪「…え?」

律「別れよう、わたしたち」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:12:10.98 ID:doqWfiuU0 [7/64]
急に…何?

どうして…?

聞き間違えた、では済まされないほどしっかり、その声は響いた。


頭が真っ白になる。

その中にこだまする、律の声。


…律、何でそんなこと言うんだ?

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:13:22.77 ID:doqWfiuU0 [8/64]
澪「…どうしたんだ?」

律「どうもしないよ」

澪「待って、わかんない」

律「2回、言わせるつもりか?」

澪「言わないでよ、聞きたくない」

律「じゃあさ、そういうことだから」

澪「何でそんなこと言うの?」

律「思ったんだ、もう大丈夫だって」

澪「大丈夫じゃないよ、まだ一緒に居たい」


蛇口から流れる水を止めようともせず。

その場で律に問いかける。

律はこちらを見ない。

なのに手は止まったままだった。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:17:33.94 ID:doqWfiuU0 [9/64]
澪「…離れ離れになるのが、問題?」

律「そうじゃないよ」

澪「じゃあ何?それが嫌って言うなら、わたしここに居るよ」

律「…いつまで自分を犠牲にする気だ?」

澪「何の話かわかんないよ…」

律「大学だってわたしたちに合わせてさ」

澪「犠牲になんしてない、自分で選んだんだぞ?」

律「…今度は努力で手に入れた仕事まで、ダメにするのか?」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:19:53.54 ID:doqWfiuU0 [10/64]
澪「律のために何かを失っても…何かのために律を失いたくない」

律「…バカか」

澪「バカでいいよ」

律「…そんなことさせられるか」

澪「じゃあ…じゃあ律が来てよ!

  犠牲にしてるって言うなら…今度は律が犠牲になってよ」

律「…出来ない」

澪「…じゃあ離れても、一緒に居ようよ」

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:20:45.06 ID:doqWfiuU0 [11/64]
律「…無理だよ」

澪「何が無理なんだ?ちゃんと話してよ」

律「…わたしと居ると、澪は幸せになれない」

澪「わたし幸せだよ?今までだって、これからだって」

律「幸せに結婚して、子ども産んで、それ全部出来ないんだぞ?」

澪「いいよ、律が居てくれるなら」

律「憧れのウエディングドレスも着せてやれない」

澪「…仕事選んだ理由、そんなんじゃないよ」

律「でも…辛いんだ」

澪「…律はそうしたいの?結婚して、子ども欲しい?」

律「ううん、思ったこともない」

澪「じゃあ!」

律「…でも澪がそう出来ないって考えると、悲しくなる」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:21:43.70 ID:doqWfiuU0 [12/64]
澪「何だよそれ…」

律「わたしにだって、わかんないよ…」

澪「自分でわかんないこと、わかれって言うのか?」

律「そうだ」

澪「…律」

律「いつまでも依存してちゃいけないんだよ、わたしたち」

澪「…好きだよ」

律「…」

澪「…律は、言ってくれないの?」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:25:15.04 ID:doqWfiuU0 [13/64]
律「…言わない」

澪「何で…?」

律「決めたから、もう言わないって」

澪「勝手だよ…そんなの」

律「ごめん…でも、ごめん」

澪「…律、ベッド行こう?」

律「…行かない」

澪「じゃあキスする」

律「…またそうやって逃げるのか?」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:27:08.23 ID:doqWfiuU0 [14/64]
澪「…またって?」

律「バイト先の奴に告白されたって時、そうやって逃げた」

澪「逃げてないよ…律に触れたかっただけ」

律「逃げたよ」

澪「違う、大体断ったし、悪いことなんてしてない」

律「…あの時気付けばよかったよ、一緒に居るべきじゃないって」


そう言って、残った食器もそのまま律はソファに座った。

わたしはその場でしゃがみ込み、さめざめと泣いた。

律がつけたテレビからは、甲高い笑い声が聞こえる。

律は、笑っていなかった。

片手にはタバコ。

白い煙が、天井に届かず消える。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:29:22.77 ID:doqWfiuU0 [15/64]
ひとしきり泣いた後、立ち上がる。

律の意思は固いようだ。

これが、最後。


澪「ねえ律」

律「…ん」

澪「わたし、そんなの納得いかないよ」

律「…勝手なのはわかってる」

澪「こんな風に別れるなら、この家出るのを最後にする」
 
律「…澪」

澪「それからもう…一生会わない」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:30:17.94 ID:doqWfiuU0 [16/64]
もし、心変わりなら仕方ない。

律に好きな人が出来て、うまくいって結婚なんてしてさ。

わたしがプランした式に出席して、周りなんか気にしないで2人とも泣いて。

涙の本当の理由なんて、わたしたち以外にはわからなくて。


それでも、心から言うよ。

「おめでとう」って。


だけど…こんなの、受け入れられるわけないよ。

納得のいく理由も聞けずに、好きな思いもそのままで…こんな風に別れを告げられても。

友達にだって戻れるわけない。

―――――だから。

81 名前:>>79の冒頭訂正[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:36:55.04 ID:doqWfiuU0 [19/64]
「この家出ても一緒に居るのと、一生会わなくなるの、どっち?」



テレビの声に、かき消されないようはっきりと。

これでもう、後戻りできなくなる。

少し時間を置いて、ゆっくり答えた。


聞こえないフリなんて、出来なかった。

自分が問いかけたんだ。

答えは、それとなくわかっていた。



「…一生、会わなくなる」

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:37:51.72 ID:doqWfiuU0 [20/64]
何も言わず、リビングを出て寝室に向かう。

独りでは広すぎる、ダブルベッドに身を預けた。

真っ暗な部屋で、わたししかここには居ない。

この世の最後、世界の終わり。

あの時の気持ちを言い表すなら、きっとこんな言葉が似合う。


律はその日、ベッドには来なかった。

涙を拭う手、顔を引っかく指輪も外したくはなかった。

そのままわたしは、涙とともにベッドへ溶ける感覚を味わった。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:40:16.46 ID:doqWfiuU0 [21/64]
目覚めると、律は居なかった。

家のものはそのままで、出て行ったわけではなさそうだ。

昨日の食器は片付いていた。


講義があることも忘れ、昨日最後に律を見たソファーへ腰掛ける。

綺麗に畳まれた毛布が置かれてる。

ここで寝たんだな、とわかった。

その毛布を抱きしめて、飽きずにまた泣いた。


それからしばらく、律と言葉を交わすことはなかった。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:41:06.14 ID:doqWfiuU0 [22/64]
まだ一緒に暮らしている。

嫌でも顔を見なければならない。

同じ部屋で生活しているのに、わたしたちは独りだった。

共有しているのは、この部屋だけ。


テーブルに置かれた風邪薬。

袋には律の名前があった。

それを気付きながら、気遣う声の1つも掛けられなかった。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:41:49.46 ID:doqWfiuU0 [23/64]
そんな時、携帯が鳴った。

唯からの着信だった。


澪「もしもし」

唯「澪ちゃん、元気~?」

澪「まあね」

唯「よかった~」

澪「どうかしたか?」

唯「そうそう、りっちゃんのことなんだけどね」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:42:46.24 ID:doqWfiuU0 [24/64]
唯「電話しても出なくて、メールも返ってこないんだ~」

澪「…そうなのか」

唯「マンガ返す約束だったんだけどね、りっちゃんいる?」

澪「今いないよ」

唯「そっか~、どうしよう」

澪「わたしが預かろうか?」

唯「うーん、そうだね。お願いしていいかな?」

澪「うん、いいぞ」

唯「どうしよう、今から行ってもいい?」

澪「待ってるよ」

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:44:31.75 ID:doqWfiuU0 [25/64]
しばらくして、インターホンが鳴った。


唯「お待たせ~」

澪「いやいや、わざわざ悪いな」

唯「ううん、お願いね」

澪「どうする?上がる?」

唯「澪ちゃん、今日のご予定は?」

澪「特にないもないよ」

唯「わたしも~、だからケーキ買っちゃった!」

澪「はは、唯らしい」

唯「一緒に食べよう?」

澪「頂くよ、上がって」

唯「おじゃましま~す」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:45:18.81 ID:doqWfiuU0 [26/64]
買い置きの紅茶を淹れる。

とは言えティーパックだから、ムギのお茶には敵わないけど。


澪「はい、お茶淹れたぞ」

唯「ありがと、いただきます」

澪「わたしもケーキ、いただきます」

唯「それにしてもわたし、悪いことしたかな~…」

澪「何が?」

唯「りっちゃん、わたしのこと無視だもん。何かしちゃったかなって」

澪「…違うと思う」

唯「そうかな?」

澪「いや、わかんないけど…最近話してないからさ」

唯「ケンカしたの?」

澪「…別れたんだ、わたしたち」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:51:00.69 ID:doqWfiuU0 [27/64]
唯「…え?」

澪「別れようって言われちゃったよ」

唯「何で…?」

澪「うん、えっとな…」


あの日、唯達が帰った後のことを話した。

唯は紅茶から湯気が消えても、ケーキが倒れても。

そちらには目を向けず、わたしの話を静かに聞いた。


別れようと告げられたこと。

律が一生会わなくなることを選んだこと。

その日から、一言も話してないこと。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:52:31.14 ID:doqWfiuU0 [28/64]
唯「…変だよ、おかしいよ」

澪「…唯」

唯「そんなの…間違ってるよ!」

澪「唯、いいんだ」

唯「よくないよ、澪ちゃんは好きなんでしょ?りっちゃんのこと」

澪「うん、大好きだよ」

唯「りっちゃんだってそうなのに…」

澪「…どうかな、もう言ってくれないよ」

唯「ううん、わたしでも言い切れる」

澪「そうだといいなって、思うけどな」

唯「なのに、何で…」

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:53:18.21 ID:doqWfiuU0 [29/64]
澪「いいんだ、もう受け入れたから」

唯「…このままでいいの?」

澪「仕方ないよ、わたしフラれたし」

唯「…わたしが今日、りっちゃんに話すよ」

澪「…唯」

唯「帰ってはくるんだよね?それまで待つから」

澪「唯!」

唯「だって…だって…」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:54:25.85 ID:doqWfiuU0 [30/64]
澪「律はさ、幸せって何か考えたんだと思う」

唯「一緒に居ることじゃないの?」

澪「わたしはそう思う、そう思ってたよ」

唯「…じゃあ」

澪「でもさ、わたしも考えたんだ。それだと限りがあって」

唯「限り?」

澪「うん、世間一般に言われる幸せは手に出来ないだろ?わたしたちじゃ」

唯「自分なりの幸せじゃ、ダメなの?」

澪「自分、ならいいんだけど、相手が居るから」

唯「よく、わかんないよ…」

澪「わたしもわかんなかったよ、でもさ」

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 00:56:48.11 ID:doqWfiuU0 [31/64]
「仕事も始めて、離れて暮らして、寂しくなっても隣に居ない」

「忙しい毎日の中で、会えない相手を思うだけなんて辛すぎるだろ?」

「…結婚出来るわけじゃないし」

「全員が祝福してくれる関係だとは、とても言えない」

「会っても、また帰る頃には、悲しくて仕方なくなる」

「それならさ、いっそお互いのしがらみなんて、なくした方がいいんだよ」

「そうして、たまに思い出してさ」

「元気かな、幸せになっててほしいな、って」

「律のこと、そう思ってる方が、ずっと…」


唯は声を殺して泣いてた。

わたしも気付けば涙を流していた。

もらい泣きなのか、自分が悲しくて泣いてるのか、わからなかった。


「…ずっと幸せなんだと、思えるよ」

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:01:23.33 ID:doqWfiuU0 [32/64]
唯に言ったことは、ほとんどが嘘だ。

まだ一緒に居たい。

律のこと手放したくない、そう思ってた。

でも律が選んだことだから、仕方ないんだ。

だから目の前で泣く唯に言って、自分に言い聞かせる。


唯「…言い切れるの?」

澪「今はまだ、無理だけどな」

唯「なら…」

澪「わたしさ…律と付き合い始めた頃、自分でも間違ってるんじゃないかって思ったんだ」

唯「そんなことないよ!」

澪「でもさ、今はこうやって、別れることが間違ってるって言ってくれる唯が居る。
  
  自分のことのように泣いてくれる、唯が居る…それで少し、救われるよ」

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:03:08.39 ID:doqWfiuU0 [33/64]
唯「だって…わたしも悲しいよ、2人が別れちゃうの」

澪「ありがとう」

唯「…もう、いいんだよね」

澪「ああ」

唯「本当に?」

澪「本当」

唯「そっか…わかった」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:04:03.68 ID:doqWfiuU0 [34/64]
唯は赤い目のまま、黙って残りのケーキを口に運んだ。

冷えた紅茶で流し込んだ後、にっこりと笑った。

紙袋に入った数冊のマンガを残して、帰っていった。


再び、独りになった。

おもむろに立ち上がって、冷蔵庫を開けた。

律がいつ戻るか、今日戻るかはわからないけど。

律と夕食がしたい。

律と、話がしたい。

そう思って、夕飯の支度をした。


…気持ちは変わらないよ。

時間が足りないせいとは思えない。

でも、もうふたりは戻れないから。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:06:24.63 ID:doqWfiuU0 [35/64]
澪「おかえり」

律「…ただいま」

澪「よかった、帰ってきて。ごはんは?」

律「…まだだよ」

澪「出来てる、一緒に食べよう」

律「…澪」

澪「もうすがり付こうなんて、思ってないから安心して」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:10:00.51 ID:doqWfiuU0 [36/64]

律「…そうか」

澪「唯が来たよ、律のこと心配してた」

律「ああ…電話とか、出なかったからかな」

澪「マンガ預かってる、テーブルにあるから」


久しぶりに話した。

何日ぶりだろう、わからないや。

意外にもわたしは、きちんと目を見て話せた。

律は何だかぎこちなくて、言葉に元気がないように見えた。

その分、わたしはたくさん話した。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:13:57.61 ID:doqWfiuU0 [37/64]
澪「明日、向こうの家探しに行くよ」

律「…そうか、気をつけてな」

澪「うん、やっぱ向こうは高いんだろうな」

律「そうだろうな、ちゃんと払えよ?」

澪「当たり前だろ、律こそ1人で払えるか?」

律「何とかなるよ、きっと」

澪「しなきゃいけないんだよな、1人暮らしだもん」

律「…そっか、寂しくなるな」

澪「…はは、律が言い出したくせに」

律「…ごめん」

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:18:27.12 ID:doqWfiuU0 [38/64]
澪「謝るなよ、また辛くなる」

律「…うん」

澪「…好きだよ」

律「言うなって…」

澪「言わせてよ」

律「だって…」

澪「大丈夫、諦めてるから」

律「そっか…」

澪「ありがとうな、今まで」

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:21:30.88 ID:doqWfiuU0 [39/64]
律「…こちらこそ」

澪「今日からまた、一緒に寝ようよ」

律「…それは出来ない」

澪「何にもしないよ、ただ律風邪ひいてるだろ?」

律「大丈夫だから、これくらい」

澪「ダメだ、じゃあわたしがソファーで寝る」

律「させられないよ」

澪「じゃあ一緒に寝よう、本当に何もしないから」

律「…わかった」


その日から、また同じベッドで寝た。

寝息を立てる律を横に感じながら、壁に顔を向けた。

手を伸ばせば触れられる距離。

そこに愛しい人が居ても、わたしは触れてはいけない。

もう、そう決めたから。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:24:00.02 ID:doqWfiuU0 [40/64]
次の日、電車に乗り込む。

座ると途端に目を閉じた。

律からのメールは来るはずなくて、携帯はカバンにしまったままだ。

いつもより、この時間が長い気がした。

こんなに遠かったんだな。

気付かなかった。

本当に離れ離れになっちゃうんだ。

実感したよ。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:27:58.38 ID:doqWfiuU0 [41/64]
向こうに着いて、最初に入った不動産屋で部屋を決めた。

ワンルームの、とても狭い部屋だった。

1人だから、このくらいで大丈夫。

独りだから、このくらいがちょうどいい。


思った以上に早く決まって、その日のうちに帰れる時間だった。

だけど、敢えて向こうのホテルで1泊した。

入居は卒業すぐ、という話をつけてきた。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:57:25.05 ID:6apNun2lO [2/10]
それからも心配してくれていた唯にメールを打った。

引越し先が決まった、と。

すぐ返事が返ってきて、お別れ会をしようと提案してくれた。

卒業式の1週間前。

場所は、唯の家。

メンバーはわたしと唯、ムギ、梓。

律の名前はそこになかった。

当日になって唯の家へ向かうと、もう他の3人は揃っていた。

たくさんの料理は、憂ちゃんが手伝ってくれたものらしい。

ムギも梓も話は聞いたようで、律の話題は一切出なかった。

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:59:10.96 ID:6apNun2lO [3/10]
紬「寂しくなっちゃうね~」

澪「そんなに遠くないし、遊びに来てよ」

唯「絶対に行くね!」

澪「うん、みんなならいつでも大歓迎だ」

梓「わたしも行きます!」

紬「わたしも~!」

澪「3人は実家に戻るんだろ?」

唯「うん、まあほとんど憂と2人暮らしだけどね~」

梓「憂、すっごく喜んでました」

紬「相変わらず仲良しね~」

澪「…じゃあ、こっちに残るのは律だけだな」


わたしの言葉に、3人が黙った。

唯に関しては、また泣きそうな顔をしている。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:00:13.13 ID:6apNun2lO [4/10]
澪「ムギも梓も、話は聞いてるんだろ?」

紬「…そうね」

梓「はい…聞きました」

澪「あいつのこと、悪く思わないでやってほしい」

唯「澪ちゃん…」

澪「困ってるようなら、助けてやってほしい」

紬「…うん、わかった」

梓「澪先輩は…本当にそれでいいんですか?」

澪「…ああ」


そう言って、缶ビールを口にした。

少し、苦かった。

一気に飲み込んで、のどの奥に消し去った。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:00:48.29 ID:doqWfiuU0 [42/64]
唯「澪ちゃんも泊まっていきなよ~」

紬「澪ちゃんも一緒のほうが楽しいよね~」

梓「そうですよ、お願いします」

澪「ううん、今日は帰るよ」

梓「そうですか…」

澪「ありがとう梓、でも気を遣わなくていいから」

梓「そ、そんなんじゃ…」

澪「今はもうちゃんと話せるし、平気だよ」

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:01:40.48 ID:doqWfiuU0 [43/64]
紬「…だって、梓ちゃん」

唯「残念だね~あずにゃん」

梓「…そうですね」

澪「じゃあ帰るよ、おやすみ」

唯「おやすみなさ~い」

紬「おやすみ~」

梓「…おやすみなさい」

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:02:59.15 ID:doqWfiuU0 [44/64]
3人の優しさに、少し泣きかけた。

でも泣かないよ、そう決めたから。

火照る頬に冷たい夜風が当たる。

冬の夜空は澄んでいて、とても綺麗だった。


向こうは星も見えないんだろうな。

そんなことを思いながら、家に帰った。


寝室には、もう律がいた。

律を起こさないよう、静かにベッドへ入った。


「…おかえり」

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:04:15.58 ID:doqWfiuU0 [45/64]
澪「ああごめん、起こしたか?」

律「ううん、今ベッド入ったとこ」

澪「そうか、よかった」

律「…唯のとこ、行ってたんだろ?」

澪「…知ってたなら、来ればいいのに」

律「唯とムギはともかく、梓あたりにビンタされちゃうよ」

澪「何で?」

律「…澪を、泣かせたから?」

澪「もういいんだ、忘れろ」

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:05:43.01 ID:doqWfiuU0 [46/64]
律「…引越し、いつ?」

澪「卒業式の次の日だよ」

律「…そっか」

澪「家具とかはあっちで揃えるから、心配するな」

律「…見送り、行ってもいい?」

澪「もう、心配するなって」

律「わたしが行きたいんだ」

澪「そっか…」

律「ごめん、わがままで」

澪「ううんありがとう、来てよ」


それから、向こうとこっちを行ったりきたり。

必要なものを揃え、生活できるよう配置した。

やっぱりどこか、律との家に似ていた。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:08:23.89 ID:doqWfiuU0 [47/64]
卒業式は淡々と行われた。

はかま姿のわたしたち。

梓や憂ちゃんも来てくれて、みんなで写真を撮った。

同じ家に居るのに、律とは別々に家を出た。

遠くで、ゼミの子たちと写真を撮る姿が見える。

わたしの写真には、一枚も写っていない。

卒業式の写真で、律と一緒の写真がないのは初めてだった。


そのまま4人でご飯を食べに行った。

最後の夜も、律は顔を出さなかった。


明日にはこの家とも…律ともお別れ。

人生の半分以上を過ごした律と、4年間暮らしたこの家に別れを告げる。

ふいに目が熱くなってくる。

でも泣かない。

固く目を閉じて、1人で眠りについた。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:09:20.36 ID:doqWfiuU0 [48/64]
律「おはよ」

澪「早いな、昨日遅かったんじゃないのか?」

律「うん、でも何か寝れなくてさ」

澪「わたしもなんだ」

律「そっか」

澪「お茶淹れるよ」

律「あ、わたしがやるよ」

澪「そうか、ありがとう」


そこから、何も話さなかった。

話したいことがたくさんありすぎて、何を話せばいいのかわからなかった。

沈黙が続く。

時間はどんどん迫る。

残酷だな、もう2度と会わないのに。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:10:18.31 ID:doqWfiuU0 [49/64]
澪「…そろそろ行かなきゃ」

律「そうか、じゃあ出よう」


2人で駅まで歩いた。

思えば何度も往復した道。

並んで歩くのは久しぶりだった。

なのにまだ、何も話せない。


とうとう駅に着いてしまう。

わたしが切符を買って、その横で律は入場券を買っているようだった。

改札を通っても、律は付いてこない。

駅前のコンビニの前で、タバコに火をつけていた。

その姿を遠目に眺めていた。

やっぱり様になってる。

きっとこの光景を、わたしは忘れないよ。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:12:28.30 ID:doqWfiuU0 [50/64]
短くなったタバコを灰皿に消し入れて、律はこっちに向かってくる。

逃げるように、ホームの中ほどのベンチへ向かった。

誰も居ないこの駅。

腰掛けると、それを追うように律が隣に座った。


律「あのさ」

澪「ん?」

律「元気でな」

澪「…そっちこそ」

律「ああ」

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:13:13.01 ID:doqWfiuU0 [51/64]
澪「今まで、本当にありがと」

律「何だよ、辛気臭い」

澪「だってもう、会えないから」

律「…そう決めたのは、わたしなんだよな」

澪「そうだぞ、忘れたとは言わせないから」

律「忘れない、澪のことも」

澪「…もう、そんな風に言うなよ」

律「本当だよ、忘れない」

澪「…やめて、泣いちゃうよ」

律「…ごめん」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:19:50.37 ID:6apNun2lO [5/10]
澪「ねえ、これ返す」

律「…まだしてたんだな、指輪」

澪「うん、何かもう体の一部みたいになって」

律「澪が捨ててよ」

澪「ダメだ、わたし捨てられないから」

律「…わかった、もらうな」

澪「はは、傷だらけになってる」

律「4年もつけてりゃそうなるよ」

澪「大切にするって言ったのにな」

律「わたしも澪のこと、そう言ったのに」

澪「…お互い、出来なかったのかな?」

律「…どうだろ」

澪「…わかんないな」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:21:13.62 ID:6apNun2lO [6/10]
ホームにアナウンスが鳴り響く。

電車がこちらに向かってくる音が聞こえる。

もう、本当に最後なんだ。


澪「…電車、来ちゃう」

律「…澪、好きだよ」

澪「…言わないって、言ったじゃん」

律「…ごめん、本当にごめん」

澪「…やめてって」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:22:23.36 ID:6apNun2lO [7/10]
そう言って俯いた。

涙があふれ出そうだった。

「澪」

呼びかける声に、顔を上げる。

不意にニガくて、せつない香りがした。


わたしの唇に、律の唇が押し当てられた。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:26:27.49 ID:6apNun2lO [8/10]
「…バイバイ」


最後に聞いた言葉は、涙声で震えていた。

律の頬に涙が伝った。

その粒が落ちて、固いコンクリートにシミを作る。


それを目で追っていると、律が背中を向け歩き始めた。

段々、視界がぼやけていく。

ぼやけた律が、小さくなっていく。

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:29:34.38 ID:6apNun2lO [9/10]
電車が止まって、ドアが開く。

乗らなきゃ。

流れ出そうな涙を袖に含ませて、立ち上がった。


電車は動き出す。

初恋が今、幕を閉じた。

大切な時間の中に、立ち止まっていられない。


イヤホンをはめて、流れ出る音楽に耳を澄ます。


「いつか誰かとまた恋に落ちても」

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:31:04.40 ID:doqWfiuU0 [52/64]
――あなたが教えてくれた愛を、忘れない

忘れてやらないよ。どんなに胸が苦しくても、忘れない。


――あなたはいつまでも、わたしの運命の人

親友だったり、恋人だったり。大切な役目は全て、律だったから。


――あなたはいつまでも、わたしの心の中にいる

心の中に、いつも律だけの場所を作っておくよ。


――わたしもあなたの心にいれればいいのに

わたしのこと、忘れないでね。バイバイって、思い出してね。


――今も、これからもずっと、あなたはわたしの運命の人。

もう会えないけど…大好きだよ、律。今も、きっとこれからも。


今はまだ悲しい love song

新しい歌 歌えるまで

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:31:59.58 ID:doqWfiuU0 [53/64]
奥から奥から、涙が溢れてくる。

泣かないって、決めたのにな。

外では手も繋げなかったのに。


最後の最後で、やっと人目を気にせず恋人らしいこと出来たな。


きっと、あんなことされなきゃ、わたし泣かなかったよ。

なのに、何で。

わたしたち、もう終わったんだぞ。


知らない景色に目を向けて、さっきの感覚を思い出していた。


さようなら、わたしの幼なじみ。

さようなら、わたしの初恋の人。

さようなら、わたしの運命の人。



―――最後のキスはタバコのflavorがした。

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 02:32:41.50 ID:doqWfiuU0 [54/64]
終わる。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:16:55.95 ID:doqWfiuU0 [56/64]
なんちゃってエピローグ。律視点。

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:18:21.82 ID:doqWfiuU0 [57/64]
500円玉を入れ、ボタンを押す。

顔写真付きのカードをかざして、商品とおつりが落ちてくる。

手を伸ばして、両方を取った。

英字の書かれた箱と、10円玉と50円玉が1枚ずつ。


わたしが買い始める前は、もっと安かったんだよな。

もっとも、子どもの頃なんて300円でおつりが返ってきた。

よく父さんのおつかいで買いに出た。

おつりはやる、って言われるから、適当に駄菓子を買ったのを覚えてる。

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:19:57.87 ID:doqWfiuU0 [58/64]
タバコは身体によくないらしい。

でもさ、遅かれ早かれみんな死ぬんだ。

なら少しでも好きなものを選んで、自分で死因作って命を全うする。

その方が、幸せじゃないか?

だからわたしは、肺がんで死ねたら本望だよ。


限りが何となくわかる毎日の中で、時々あいつのことを思う。

そうして死ねたら、幸せだよな。

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:21:13.40 ID:doqWfiuU0 [59/64]
そうそう、このカード。

みなさんご存知、タスポだ。

この顔写真って、どんな写真でもいいらしいぞ。

友達は大好きなアイドルの写真で作ったくらいだ。

性別、明らかに違うのにな。

アニメキャラとかでも出来るのかな?

誰か試してみろよ。


わたしのこの写真だって、未成年の時のだ。

黄色いカチューシャがトレードマークだった、高校生時代。

未成年にタバコを買わせないためのものなのに、変だろ?

この頃、好きな奴いてさ。

…まあ、この頃よりずっと前から好きだったんだけど。

運命の相手、なんて言っちゃいたいくらいだよ。

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:23:03.04 ID:doqWfiuU0 [60/64]
泣き虫で、怖がりで、なのに強がりで。

その辺の男がすれ違うたび、そいつが振り向くような綺麗な子。

そう、女の子だったんだ。

わたしと同じ、女。


少なからず悩んだよ。

自分のこの気持ちはなんだろ、ってな。

でもとまらなくて、それまでの全部失ってもいいって思うようになって、告白した。

すると「笑いたいのに、変なの」って、泣きながら笑ったんだよ、あいつ。

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:24:26.95 ID:doqWfiuU0 [61/64]
それから4年間、一緒に暮らして。

誰よりも幸せだったよ。

人前では、恋人らしいことなんて1つも出来なかったけど。

その分同じベッドで喘いで果てて、そんな毎日だった。


でも、わたしから別れたんだ。

離れるのが怖くなったんだ。

離れること自体が、じゃなくて。

離れた場所でさえ、あいつを縛り付けることが、かな。

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:26:08.91 ID:doqWfiuU0 [62/64]
あいつにはきっと、わたしは荷物になる。

あいつ自身がそう認めなくても、周りにはそうなるよな。

何で結婚しないんだ、なんて親に言われてみろよ。

「わたしには律が居るから」なんて、言わせるのか?

一人娘、愛情いっぱい育てられたんだ。

孫の顔も見せてやれないで、女と人生を共にする。


きっと、生きた証も残せず何してんだって思われるよ。

わたしはいいよ、弟居るし。

不孝な姉を持った弟には悪いが、その分孝行してやってくれって任せられるし。


でもさ、あいつは、澪は違うだろ?

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 08:26:56.99 ID:doqWfiuU0 [63/64]
まあさ、何て言うか。

結局はわたしのわがままだよ。

あいつには幸せになってほしい、なんてカッコつけただけ。

本当は、それらすべてを受け入れる自信がなかったんだ。

祝福される恋愛して、結婚して子ども産んで。

手に出来るかもしれない幸せの代わりになんて、なれなかった。

あいつの人生ごと背負うなんて、わたしの背中じゃ足りないものだった。

ただ、それだけ。


まだわたしは、あいつと暮らした部屋で生活してる。

あいつの思い出と、タバコの煙に満ちたあの部屋で。

独りじゃ広すぎる、あの部屋で。

消えていく煙をぼーっと見ては、

明日の今頃はどこに居るんだろう、なんて、思いながらね。

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 08:27:39.26 ID:doqWfiuU0 [64/64]
本当に終わる。

コメント

すっげぇ切ない

まだ最後まで読んでないけど…泣いちゃった…自分も昔3才からの幼なじみと同性愛になりました 彼の事思い出して読めない…落ち着いたらもう一度読んでみます

宇多田か…いいアーティストだよな

最後までよんだよ 実体験とかぶり過ぎだよ 男同士だったけど20才位の頃な思い出が溢れてくる…
今頃幼なじみの彼は何処で何してるんだろう友達位が調度良かった…

最後までよんだよ 実体験とかぶり過ぎだよ 男同士だったけど20才位の頃の思い出が溢れてくる…
今頃幼なじみの彼は何処で何してるんだろう友達位が調度良かった…

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