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唯「天下統一するよ」

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:55:15.40 ID:ts32dxFnO
時はたぶん戦国時代。
陰謀渦巻き、血の繋がった親類ですら信用できない時代。
長子相続の原則はあったものの、その長子に力が無いと見なされれば、下の者が上の者を克す。
すなわち下克上がまかり通る世の中であった。
ここ尾張を支配する平沢家もそんな世の例に漏れず、家督相続を巡る姉妹の対立で大きく揺れようとして……。
いなかった。
というか、対立すらおこらなかった。


できの悪い姉。
できの良い妹。
日頃からゴロゴロしてばかりいるため家臣からは「ニート候補」、民草からも「池沼殿」と軽んじられる姉・平沢唯と、「よくできた妹」「姉の良いところを全部吸い取った」と評判の平沢憂。
本来なら、妹の憂が家督を相続しそうなものだが、「お姉ちゃんはやればできる子!」と言ってあっさり跡目争いから降りてしまったのである。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:58:49.24 ID:ts32dxFnO
しかし困ったのは平沢家家臣団である。
当主となった唯は周辺国の様子を他所に、ひたすらゴロゴロばかりしている。
このままでは平沢家はおろか、自分達の未来も無い。
そこで平沢家筆頭家老、真鍋和の元に相談を持ち込むも、子供の頃に唯が和の屋敷の湯殿をザリガニでいっぱいにした話をされ、「心配ない」とあっさり追い返されてしまった。

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:02:31.87 ID:ts32dxFnO
そんな家臣の不安を他所に唯は、今日も領内を無為に歩き回っていた。
「うんたん♪ うんたん♪」
得意の拍子を取りながら唯は、今朝和から言われた「このままじゃニートになっちゃうわよ」と言われたことを思い出していた。
なにかしなくちゃ。
そう思うものの、何をすればいいのかわからない。
「う~ん」
腕を組んで首をひねって考えるも、皆目検討がつかない。

「こらっ! 泥棒猫!」
突然唯の後方からそんな声が聞こえてきた。
「ふみゅっ」
考え事をしていたからだろう。
振り返ったひょうしに唯は尻餅をついてしまう。
そんな唯の横を通り過ぎようとした少女の髪の毛が、さっき怒鳴ったであろう男に掴まれる。
「こいつ、ゴキブリみたいな頭をしやがって!」
男は髪を二つに結んだ少女の手から大根を引き抜くと、その少女に殴りかかろうとした。
そんな二人の様子を見ていた唯は慌てて止めに入る。
「ま、待った!」
そもそも男が領主である唯に挨拶すらしなかったのは唯の存在に気づいていなかったからなのだが、気づいてからも男のたいして変化しなかった。
「これはちしょ……お殿様」
男は「池沼殿」と言いかけて、慌てて言い直す。
唯も何か言いかけたことはわかり、何と言い間違えたのだろうと首をひねったものの、
「おまえ、殿様ならさっさと助けろです!」
との、少女の言葉に、あっさり思考を遮られる。


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:04:14.01 ID:ts32dxFnO
「か、かわいい!」
少女を見た唯は、思わずそう漏らす。
「おじさん、この子を許してあげてください!」
次の瞬間、唯は殿様とは思えない態度で謝った。
面食らったのは男の方である。
いくら池沼殿とはいえ、一国を支配する主である。
「ま、まぁ、殿様がそこまで言うなら……」
と、渋々ながらも引き下がった。


8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:06:44.98 ID:ts32dxFnO
一方、残された少女の方も唯の態度に面食らっていた。
この少女も、貧しいながらも戦国を生きる者である。
下克上がまかり通る世の中にあって、上の者が下の者にあんなにあっさり謝るなどあり得ない。
この殿様はよほどのバカか、よほどの大人物か……。
そう少女が思案していると、
「じー」
唯の視線に気づいた。
「な、何ですか?」
少女がそう言うと、
「名前は?」
「歳は?」
「好きな食べ物は?」
唯は矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「な、中野梓、です……」
「じゃあ、あずにゃんだね!」
少女が名前を名乗ると同時だっただろうか、唯は間髪入れずにそう言った。
「あ、あずにゃん?」


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:09:08.20 ID:ts32dxFnO
この殿様はバカだ。
梓はそう判断した。
しかしバカとはいえ、殿様は殿様。
利用する価値はある。
「あ、あの……」
梓が何か言いたそうにしているのを見た唯は、「何?」とにっこり問いかける。
「あ、あの……ぞ、草履を……あた、暖めてあげます!」
「草履?」
梓の突然の申し出を不思議に思った唯は、梓の足下を見る。
裸足だ。
しかも泥だらけで、生傷も見て取れた。
唯も本当のバカではない。
さっき大根を盗もうとしたことといい、この少女が困窮した生活を送っていることが見て取れた。
「うん、なら私がおぶってあげるよ! 任せて、あずにゃん!」
「え、ええ!?」
草履をよこせという話が何故おんぶしてあげるという話になるのだろうか。
梓は、やっぱりバカだ、この殿様はバカ殿だ、そう思った。
「え、いや、そういうことじゃなくてですね……」
「大丈夫だよ、あずにゃん、お城までおんぶしていってあげるよ!」
唯は「ふんす」と鼻息も荒く、自信満々に答える。
こうなったらお城まで行くしかない。
そして頃を見て逃げだそう。
そう、こんな殿様の国なんて、いつ他国に攻め滅ぼされるかわかったものではないのだから……。
梓は唯の背中におぶさりながら、そんなことを考えた。


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:13:14.93 ID:ts32dxFnO
「というわけで、天下布武を目指すことにしました!」
城に帰った唯は、憂と和を前にそう高らかに宣言した。
もちろん唯の背中には泥だらけの梓がいて、唯の着物も梓の泥が付着して汚れている。
そんな姿の唯が突然「天下布武」と言い出したのだ。
まして日頃からゴロゴロしていた唯である。
「唯、あなた何か策はあるの?」
和はそう唯に尋ねた。
「え? 無いよ。でもみんなで頑張ればきっと大丈夫だよ!」
和は痛み出した頭を押さえながら、「こんな子が当主で大丈夫かしら、平沢家……」と思っていた……。


「ところでお姉ちゃん、その背中の子は?」
「あ、この子はあずにゃんだよ!」
「あ、あずにゃん?」
不思議そうな顔をする憂に梓は。
「……中野梓です。あの、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
「あ、私は妹の平沢憂です。よろしくね、梓ちゃん」
あ、そうだ、と憂は、
「私、お風呂を沸かしてくるね」
と手際よく駆けだしてゆく。


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:14:35.27 ID:ts32dxFnO
そんな憂の姿を見た梓は、この二人は本当に姉妹なのだろうか。
それに先ほどの唯の「天下布武」という言葉。
どこまで本気なのだろうか。
力さえあれば天下を取ることもできる戦国の世。
しかしここ尾張は小国である。
天下なんか取れるわけが……。
梓はそう思うと同時に、もしかしたらあるいは……。
そうも思った。
唯は民草からも「池沼殿」と呼ばれるようなバカ殿にしか見えない。
天下取りはバカが見る夢――。
「天下布武」を目指すと答えた唯の目は真剣そのものだった。
そういえば……。
「お姉ちゃんの背中、暖かかったでしょう?」
風呂に入る前、憂がそう言っていたことを思い出す。
ここに留まってみるのも面白いかもしれない。
梓は憂の沸かしてくれた湯につかりながら、そんな風に思うようになっていた。


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:16:56.77 ID:ts32dxFnO
「憂、唯先輩は!?」
梓が平沢家に仕え始めてからしばらく後、駿河・遠江・三河の三国を治める琴吹紬が駿府から兵3万を発したとの報が入り、尾張はにわかに殺気立っていた。
琴吹家と言えば、血筋は将軍家に連なり、紬自身も東海一の弓取りとも呼び名される、天下に最も近い大名家である。
そんな琴吹家の軍勢が刻々と尾張に迫っているというのに、朝から唯は行方不明であった。
「大丈夫だよ、梓ちゃん」
梓の焦燥とは反対に、憂は落ち着き払っている。
しかしお家存亡の危機に、当主がいないという状況に平沢家家臣団は浮き足立っていた。
籠城か野戦か。
大軍を擁する琴吹家に野戦で挑むは、むざむざ死にに行くようなもの。
ならば籠城で少しでも時間をかせいで……。
平沢家の大勢は籠城策に傾いてはいた。
後は当主の唯が一言「籠城」とさえ言えば、籠城に決まるだろう。
だが、その肝心の唯がいない。
「池沼殿は怖じ気づいて逃げ出したのだ」
公然と唯を非難する声も家臣団からは上がっていた。


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:19:33.04 ID:ts32dxFnO
「うんたん♪ うんたん♪」
にわかに奥の襖が開くと、唯はいつもの節を取りながら上座に着く。
奥に座っていた憂と和はさっと頭を下げたが、多くの家臣は、
「存亡の危機だというのに何をのんきな……」
「やはり池沼殿だ、この危機がわかっていない……」
と、落胆と軽蔑の眼差しを唯に向ける。
「唯先輩! どこに行ってたんですか!?」
梓も唯に詰め寄る。
「あ、あずにゃ~ん!」
唯はいつものように梓に抱きつくと、
「あずにゃん、お外行こ、お外♪」
と言って梓の手を引き、
「憂も一緒に行こう♪」
と、憂の手も引き、あっさりと野戦に決めてしまった。



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:21:40.61 ID:ts32dxFnO
確かに唯の判断は正しい。
援軍が期待できない以上、籠城をしてもせいぜい時間稼ぎにしかならないだろう。
まして兵力差があまりに大きすぎる以上、時間稼ぎにも限度がある。
となれば打って出る以外に勝ち目はないのだが……。
「唯先輩、いいんですか?」
梓は唯に従いながら、そう尋ねた。
引き連れて来たのは2千ばかりの兵だ。
「ん? 大丈夫だよ、お城は和ちゃんがいるから」
「いえ、そうじゃなくて……。打って出て勝ち目はあるんですか?」
「う~ん、どうかなぁ」
あまりに頼りない唯の返事に、梓はがっくりと来た。
「あ、そうだ憂」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「ムギちゃん達、今どの辺にいるの?」
「うんとねぇ、田楽狭間だよ」
「よし、じゃあ、そこに行こう!」
「あの、唯先輩? ムギちゃんって誰ですか?」
唯と憂のやりとりが終わったのを見て、梓はそう尋ねた。
「ん? ムギちゃん? えっとねぇ、琴吹紬ちゃんでしょ? だからムギちゃん、なんだよ、あずにゃん!」
「ぷっ」
さも名案を思いついたかのような唯の口ぶりに、梓は思わず吹き出した。
敵にまであだ名(?)をつけるなんて、唯先輩らしい。
梓はそんな唯を見ながら、初めて「あずにゃん」と呼ばれた日のことを思い出していた。


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:24:25.12 ID:ts32dxFnO
田楽狭間。
雨も降り出し、休息を取っていた琴吹家の隊列は縦に伸びきっていた。
「唯先輩、これを狙ってたんですか?」
確かに琴吹家は3万の大軍を擁している。
しかし縦に狭い道を進軍すれば、隊列は細く縦に伸びざるを得ない。
ここを横から奇襲すれば、少ない軍勢でも対等に戦える。
「うんとねぇ、昔蟻さんの行列を見てたんだ。そしたら、蟻さんはたくさんいるのに、私の目の前を通る蟻さんは一匹だけだったんだよ! すごいよね!?」
たぶん唯が言っている「すごい」は、そこからこんな作戦を思いついて「すごい」ではない。
もっと単純に、そんな蟻の動きが「すごい」という意味での、蟻に対する「すごい」、だ。
「ええ、すごいです」
梓は唯に対して「すごい」と言った。
「そうだよねぇ、蟻さんはやっぱりすごいんだよ、あずにゃん!」
梓にとっては、いや、多くの凡人にとっては、そんな蟻の動きなど当たり前のことでしかない。
しかし唯はその当たり前を見逃さずに観察し、こうして作戦を思いついた。
「ね、お姉ちゃんはやれば出来る子だって言ったでしょ?」
憂は誇らしげな顔で梓に言った。


20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:27:53.03 ID:ts32dxFnO
数刻後。
唯の仕掛けた奇襲は見事に成功し、大混乱におちいった琴吹家は、縦に伸びきった戦列から本陣への救援もままならず、3万を数えた軍勢もわずか2千の軍勢にあっさり敗れた。
「何も言うことはないわ……」
捕らえられた琴吹家当主琴吹紬は、唯の前で静かに言った。
「えっと、あなたがムギちゃん?」
唯の問いかけに紬は不思議そうな顔をする。
「あ、えっと、琴吹紬ちゃんだからムギちゃんなんだよ!」
紬は、これが東海一の弓取りと呼ばれた自らを破った敵の大将なのだろうか、と疑問に思った。
尾張の池沼殿。
そう呼ばれる唯をあなどり、油断があったことは否定しない。
だが、あの鵯越の逆落としを思わせる見事としか言いようのない奇襲。
それを指揮したであろう平沢唯という武将。
その唯を目の前にして、紬は落胆していた。
「あ、私は平沢唯。唯って呼んでね」
敵の総大将を前に、威厳のかけらもない。
「そう、平沢さん……」
紬はそう言うと、静かに唯の前に首を差し出した。
「違うよ、ムギちゃん! 唯だよ! 唯ちゃんって呼んでよぉ~」
そう言うと、唯は突然鼻をひくつかせ始めた。
くんくん。くんくん。
「ねぇ、ムギちゃん、この匂い何?」
唯はあたりの様子を探るようにきょろきょろとしながら、紬に尋ねる。
「ケーキよ、唯ちゃん。みんなで食べようと思って持ってきたんだけど……」
「ケーキ!?」
「そう、南蛮のお菓子」
「お菓子!? ねぇ、ムギちゃん、ケーキ貰ってもいい?」
「ええ、全部あげるわ」
「ホントにぃ~! やった~! ねぇねぇ、あずにゃん、憂! ケーキ! ケーキ貰ったよ!」
唯の無邪気すぎる態度に、唯の後ろで控えていた二人も呆れ気味だ。


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:31:32.66 ID:ts32dxFnO
すると唯は突然。
「ねぇ、ムギちゃんも一緒に食べよう♪」
最期の晩餐のつもりだろうか。
そう言って唯は、紬にもケーキをすすめる。
「ちょ、唯先輩!」
あまりの唯の姿に、たまらず梓が呼びかける。
「ん? どうしたの、あずにゃん?」
「どうしたのじゃありません! 早く首を!」
「首? 首じゃなくてケーキだよ、あずにゃん」
「だから、そうじゃなくって……。合戦で勝った方が負けた方の首を取るんです!」
梓が特別残酷なわけではない。
この時代では当然のことを言ったまでだ。
その証拠に紬も、「大変ね……」という表情を梓に向けている。
「え~!? だってムギちゃんはケーキをくれたんだよ! 悪い子じゃないよ、良い子だよ!」
この唯の言葉にはさすがに紬も驚いた。
タチの悪い冗談かとすら思った。
この時代、大義があろうがなかろうが、勝った方が正義なのである。
まして相手は自らを滅ぼそうとした敵。
ここで情けをかければ、今度は自分がやられるかもしれない。
だが唯の瞳は真剣そのもので、とても冗談とは思えない。

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:33:24.72 ID:ts32dxFnO
「本気なの、唯ちゃん? 私は唯ちゃんを攻めようとしたのよ?」
紬がそう言っても、唯の考えは変わらなかった。
「ムギちゃん、友達になろうよ」
「お友達?」
「そう、友達だよ」
人なつっこい笑顔を向ける唯を眺めながら紬は思った。
なるほど、人が「池沼殿」と呼ぶのも無理はない。
あまりにあけすけで、自らの愚を隠そうともせず。
素直で正直で。
おおよそ時代権謀術数には向かない性格だが、信念だけは曲げない。
もしこの乱れた世を直せる人がいるのだとしたら、それは唯ちゃんみたいな人なのかもしれない。
いや、唯ちゃんのような人にこそ天下人になってもらいたい。
「私の負けね……。ふふっ、一緒にケーキを食べましょう、唯ちゃん」
その紬の言葉を聞いた唯は、
「うん♪」
と、最大級の笑顔を紬に向けた。


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:36:09.27 ID:ts32dxFnO
後に桶狭間の戦いと呼ばれるようになる先の合戦で琴吹紬を破ってしばらく後。
尾張一国を支配するだけだった平沢家は、琴吹家当主だったムギを人質に同盟を結んだ。
事実上琴吹家を属国にし、駿河・遠江・三河を支配する大大名へと一挙に成長したわけである。
というのは、事実を元にした対外的な印象だろうか。
実際のところは、ムギは自ら進んで尾張に入り、唯への臣従を申し出た。
しかし唯はそれをよしとはせず、同盟という形にこだわった。
困ったムギは、唯の元に留まり、人質となることで事実上の臣従ということになったのだが……。
「ムギちゃん、今日のおやつはなぁに?」
「今日はカステラよ、唯ちゃん」
おおよそ人質とは程遠い、のどかな日常を送っていたのである。

「私、唯先輩がよくわかりません……」
梓は和にそう打ち明けた。
「私も唯がわからなくなることがあるわ。あの子時々、私たちの理解を超えたことをするでしょう?」
「それ、わかります……」
もしあの時唯がムギの首を取っていれば、何年にも渡る琴吹家の旧領をはぎ取る戦が始まっていたかもしれない。
しかし唯がムギの首を取らなかったことで、労せずして3カ国が手に入ったのだ。
憂は「お姉ちゃんはやっぱりすごいでしょ~、えへへ」と言っていたが。
「やっぱり唯先輩はよくわからない……」
結局梓には唯がすごいのかすごくないのかよくわからなかった。


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:40:36.29 ID:ts32dxFnO
「唯、美濃を取りましょう」
その日、和は重臣を集めた場で美濃攻めを提案した。
美濃は東西交通の要所として古くは南北朝時代にもその支配を巡って争われ、「美濃を制する者は天下を制す」とまで言われた地である。
上洛を果たすには、何としても手に入れたい地ではあった。
しかし美濃を治めるには、鈴木家の城、稲葉山城を攻める必要がある。
「今の鈴木家の当主、鈴木純はたいしたことがないみたいだけど、この稲葉山城はやっかいね」
和は地図をにらみながらそう言った。
稲葉山城は金華山の上に立つ山城で、城へと至る道はどこも険しい。
まさに難攻不落の城である。
しかも平沢家が居を構える尾張小牧山城から美濃へは遠く、どこか近くに砦を築く必要があった。
「長良川の西岸、墨俣あたりに砦が欲しいのだけれど……」
和はそう言ったが、発言が尻すぼみになったのは、相手も墨俣の重要性は認識しており、そこに砦を築くのは不可能に思えたからだ。
「あの、私がやります! やってやるです!」
おもむろに立ち上げり、梓はそう宣言した。
「梓ちゃん?」
憂は立ち上がった梓の方を見る。
しかし他の家臣達は、
「またゴキにゃんのご機嫌取りだよ……」
「ちょっと気に入られてるからって調子に乗りやがって……」
「まぁいいさ、どうせ失敗するだろ……」
と、陰口をたたいた。
憂と和が家臣達をたしなめようとしたが、梓はそれを制す。
もともと身分も低く、唯に拾われるようにして家中に入った身だ。
唯はあんな性格だから身分のことなど気にしないが、他の代々平沢家に仕えてきた家臣達は梓のことをよく思っていない。
それどころか、梓の髪型がゴキブリの触覚に似ていることから「ゴキにゃん」と呼んで馬鹿にしているところがあった。
これが良い機会になる。
ここで大きな手柄を立て実力を示せば、他の家臣達も納得してくれるだろう。
梓はそう思い、「やってやるです!」と意気込んだ。


29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:43:44.34 ID:ts32dxFnO
「あずにゃ~ん!」
すりすり。
唯は梓にほおずりをする。
「や、やめてください、唯先輩」
「うぅ、あずにゃんのいけずぅ……」
落ち込むフリをする唯を憂が「よしよし」と慰める。
「梓ちゃん、気をつけてね」
「憂も唯先輩のこと、よろしくね。言わなくても大丈夫だろうけど……」
「そうだよあずにゃん、気をつけて行って来てね? 美濃はあっちだって和ちゃんが行ってたよ。あっちだよ、あっち。迷子にならないようにね?」
「唯先輩、美濃はあっちじゃなく、そっちです……」
「え? おかしいなぁ、和ちゃんが右手であっちだって……」
「確かに城からは右ですけど、ここからだと左の方角です」
「ええ!? そうなの!?」
「はぁ……とにかく行って来ます」


しかし梓は直接墨俣には向かわず、まずは長良川の上流に向かった。
墨俣に長時間滞在し、砦を築くのは敵の監視の目もあり不可能だろう。
だからまずはここで先に木を切り、筏にして暗闇に紛れさせ下流の墨俣まで流し、筏として組んだものを骨組みとして一挙に建てる作戦である。
要はプレハブ小屋を造る要領なのだが、当然この時代にそんなものは存在しない。
梓のこの作戦は大当たりし、鈴木家の軍勢が到着する前に何とか砦が完成した。
「それ何?」
到着した純は即席の砦を前に怪訝な表情を向ける。
「砦だけど」
と、梓。
「槍先遠のいたぁ!」
もともと城攻めには、寄せ手は城方の3倍の兵力がいると言われている。
たとえそれが即席の砦であっても、落とすのは容易ではない。
梓は純の率いる兵を難なく退け、後詰めの兵を墨俣一夜城へ入れると堂々凱旋した。


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:50:06.39 ID:ts32dxFnO
その後唯は、この墨俣一夜城を足がかりに美濃稲葉山を攻め落とす。
もちろんここにもいろいろとあったのだが、殊更書き記すべきことはないのでひとまず割愛しよう。
さて、稲葉山に入った唯は和からこの地の改名を進められる。
和が出した案はこうである。
「岐」の字は、周の武王、岐山より起こり天下を定むの故事から。
「阜」の字は孔子生誕の地である曲阜から。
「岐阜」。
すなわち天下太平と学問の中心地としての意味合いを持った地名であった。
「ギー太だね!」
「違うわ、岐阜よ、唯」
「岐阜だから、ギー太なんだよ!」
「意味がわからないわ、唯」
和と唯が地名について喧々囂々と議論をしていると、血相を変えたムギが飛び込んで来た。
「大変よ、唯ちゃん! 田井中さんが来たの!」
「ド田舎さん?」
「うぃーっす。平沢さん、いる?」
「誰?」
唯はけだるそうに入って来た御仁を見つめる。
「あ、あたしか? あたしは、田井中律。律でいいよ」
「私は平沢唯。私も唯でいいよ、りっちゃん」
「お、お姉ちゃん!?」
あまりに親しげに律と話す唯に驚いたのは憂である。
田井中家といえば、武家の頭領たる将軍家である。
いくら力を失ったとはいえ、まして律はまだ将軍の座についていなかったが、腐っても鯛。
田井中家は未だ厳然とした発言力と力を有している。
その旨を憂は唯に慌てて説明したが、唯の態度はさして変化することはなかった。


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:53:20.30 ID:ts32dxFnO
「りっちゃん将軍! 何かご用でしょうか?」
もちろんこの時律は将軍の座に就いていないのだから、「りっちゃん将軍」というのは間違いである。
「ああ、用って程のことでもないんだけどさ……。澪?」
律は付き従っている黒髪の少女に続きを促す。
「平沢さんには、上洛をお願いしたい」
「あ、澪ちゃん? も唯でいいよ。あと、上洛って何?」
この発言にはさしもの律も驚いた。
隣の澪に。
「なぁなぁ澪、ホントに大丈夫なのか? 上洛って何? だぞ……」
「私も不安になって来た……」
「おい、澪だぞ。何かすごそうな奴だって言ったの……」
「だって……南蛮とも積極的に貿易してるって言うし……」
「南蛮と? この調子だとお菓子でも輸入してるだけじゃないのか?」
「……ありうる……」
律と澪がひそひそと話している間、唯と憂も密かに話していた。
「上洛っていうのは、京都に行くことだよお姉ちゃん」
「京都に? 何だ、簡単じゃん!」
唯はこう言ったが、律を将軍として奉戴し、上洛するということはすなわち、将軍家を後ろ盾として天下に号令する力を得ることになるのだ。
それをみすみす他の大名家が見過ごすとは思えない。
「ところで唯」
澪は本題に戻す。


33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:56:18.70 ID:ts32dxFnO
「ひとまず岐阜に御所を造って欲しいんだ」
「何で? だって京都に行くんでしょ?」
唯はさも当たり前のように答える。
「な、何でって……。すぐに上洛するわけじゃないだろ、だから私たちの住む処を……」
「え? すぐ行かないの?」
あまりの唯の軽さに律も不安を覚える。
「いや、すぐ行けるなら行きたいんだけどなぁ……」
「じゃあ、すぐ行こうよ!」
「行くっても唯、旅行じゃないんだぞ。そんな気軽に……」
「大丈夫だよ、りっちゃん! 私にまかせてよ!」


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:58:52.94 ID:ts32dxFnO
数ヶ月後、唯は言葉通りあっさりと上洛を成し遂げてしまう。
「京都やで!」
帝より正式に征夷大将軍に補任された律は意気揚々と、今回の立役者である唯に話しかける。
「京都だね、りっちゃん!」
「京都に来たら、関西弁でしゃべるんやで」
すっかりと打ち解けた様子で話す二人を横目に澪は一抹の不安を覚えていた。
今回の一件で、ますます唯の声望は高まった。
唯本人はこの調子だから、将軍となった律を利用したりするようなことはしないかもしれない。
しかし天下はどう見るか。
おそらく律の力よりも、唯の力を畏れるだろう。
そうなれば、図らずも律は傀儡将軍となってしまう。
もしそうなれば……。
万一の時は私が唯を……。
澪の心中とは裏腹に、京都の空は天下の中心となった律と唯の間に爽やかな風を送った。


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 00:01:01.31 ID:ofkw7ePGO
「どうしよう、和ちゃん!?」
上洛に乗じ畿内を制圧した唯は、安土に城を築いた。
そして今日は出来上がった肖像画が届く日である。
「いいじゃない、唯っぽくて」
和は前髪の無くなった唯の絵を見て言った。
「私っぽい? 私っぽいって何!?」
「子供っぽいってことかしら」
「がーん! 肖像画だよ!? 一生、ううん、500年後も残るかもしれないんだよ! もし将来私が教科書に載ることになったら、『先生、この人前髪変だね』って落書きされちゃうかもしれないんだよ!?」
「いいじゃない、記憶に残って」
「違うよ! そうじゃないんだよ!」
と、唯は必死に訴えたが聞き入れられない。
今や「尾張の池沼殿」は「天下の知将殿」になっていた。
ついこの前も、南蛮から輸入したアイスのおまけで集めた鉄砲を三段に用い、時代が変わったことを知らしめたばかりである。
唯の天下統一は目前となり、ムギは北陸へ、梓は中国へ出兵している。
そんな唯に、時間があろうはずもなく、和によって肖像画の描き直しはあっさり却下されてしまった。
「お願いだよい、和ちゃん。そうだ、あずにゃん、あずにゃんに描いてもらうから」
「ダメよ、ちゃんとした絵描きに描いてもらわなきゃ」
「じゃあ、あずにゃんを絵描きにするから!」
「そう、じゃあ私、四国行くね」


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 00:34:49.46 ID:ofkw7ePGO
和が四国へと立った後、唯は京は本能寺へと向かう。
京にいる律と会談をするためである。
「憂、久しぶりの京都だねぇ」
「そうだね、お姉ちゃん」
今や天下の統一まで後一歩のところまで来た唯である。
梓やムギ、それに和は各方面の司令官として散っておりなかなか会う機会がなくなってしまったのは寂しくあったが、ようやく夢がかなう。
唯はそこまで来ていた。
「そう言えばお姉ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃん、変わったね。いつもゴロゴロしてたのに、今は何か輝いてるよ」
「そうかなぁ」
もじもじと照れる唯に、憂は思い切ってあのことを尋ねる。
「ねぇ、お姉ちゃん。何で天下布武なんて言い出したの?」
「ああ、あれはねぇ……」
唯はゆっくりと、しかしかみしめるように語り始める。
あの日、和に言われたこと。
そんな中、梓と出会ったこと。
そして梓のような人を救いたいと思ったこと。
……いや、救いたいという表現は唯の思いを正確に表してはいない。
救うのではなく、無くしたいと思ったという方がより正確だろう。
「一生懸命頑張ります!」
その言葉通り、唯はあの日から一生懸命頑張って来た。
そんな姉の姿を見て、憂もいつしか姉の思いを実現させてあげたいと思うようになってきた。
もし後世の史家が平沢唯という希代の英傑の話を書こうと思えば、そこに憂の名が書かれることは無いのかも知れない。
だが、陰となり唯を支えて来たのは間違いなく憂であった。
「お姉ちゃん、あとちょっとだね」
憂は今や英傑と呼ばれるに何ら遜色のない、しかし昔と変わらない姉に寄り添いながら京へと歩みを進めた。


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 00:38:45.79 ID:ofkw7ePGO
京都本能寺。
「りっちゃん将軍! お元気でありましたか!?」
「おっす唯、久しぶりだな。こっちは元気でやってたぜ。な、澪?」
「……ん? ああ、そうだな……」
「どうしたの澪ちゃん? 元気ないみたいだけど」
「唯……いや、何でもないんだ、何でも……」
「そう? ならいいんだけど……」
澪の沈んだ様子に、律も声をかける。
「どうした澪? 具合でも悪いのか?」
「……ああ、そうなんだ……ちょっとな……」
「大丈夫か澪? 早めに帰るか?」
「いや、私のことは気にするな……」
「気にするなっておまえ……。しゃねーなー。悪い唯! ちょっと澪の奴具合悪いみたいだから、あたしら先帰るわ。せっかく来てもらったのにごめんな!」
「ううん、気にしないで。澪ちゃんの看病をしてあげてよ」
「悪いな。またな!」
「うん、お大事にね」

律は澪の肩を支えながら本能寺を出る。
「……おまえ、仮病だろ?」
本能寺を出てしばらく、律は澪に問いかけた。
「……バレてた、か……」
「何年付き合ってると思ってるんだ。何だ、悩み事か? あたしでよければ……」
「いや、律には関係ないんだ!」
澪はすぐに否定した。
「なんだよ、そうかよ! じゃあ勝手にしろ!」
「……すまん、律……」
澪は去ってゆく律の背中を見ながらそう呟いた。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 00:59:42.92 ID:ofkw7ePGO
翌朝のことだった。
備中にいた梓の陣に、一人の密偵が引っ掛かる。
「平沢唯、京都本能寺で討たれる」
その密偵はにわかに信じがたい密書を持っていた。
開いた梓の顔がとたんに白くなる。
そんな梓の様子を見ていた、いつのまにか何となく家中に潜り込んで家臣となっていた純が梓に問いかける。
「どうしたの梓、ますます日本人形みたいな顔になってるよ」
そんな純の問いかけにも答えず梓は、
「唯先輩が……唯先輩が……」
とひたすら繰り返す。
「憂のお姉ちゃんって面白いよね」
そう言った純だったが、ただならぬ梓の様子に梓の肩をぎゅっとつかむ。
「梓! 梓ってば!」
「……あ、純……」
まるでそこに純がいたことを今気付いたかのような呆けた梓の返事。
「どうしたの梓」
「……唯先輩が……」
「憂のお姉ちゃんはわかったから」
「……唯先輩が討たれた……どうしよう、純!」
「え!? 討たれたって憂のお姉ちゃんが!?」
「そう……」
「いやいやいや、ありえないでしょう」
否定する純に、梓は先ほどの密書を差し出した。

47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 01:01:29.40 ID:ofkw7ePGO
梓はかつて自分を拾ってくれた唯のことを思い出す。
もしあの時唯先輩に出会っていなければ、どこかでのたれ死にをしていたか……。
今はこうやってひとかどの武将としてやっているが、仕えたのが唯先輩でなければ……。
「じゃあ、あずにゃんだね!」
そう言っておぶってくれた時の。
「あずにゃ~ん!」
墨俣築城のおり、唯先輩がそう言ってほおずりをしてくれた時の。
唯先輩のそれぞれのぬくもりを思い出す。
「……唯先輩……もう抱きついてきても怒りませんから……唯先輩……」
梓は肩をふるわせながら、こぼれ落ちるままに涙を大地へと染み込ませ続けた。


50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 01:17:43.08 ID:ofkw7ePGO
「梓、今度は梓が天下を狙う番だよ……」
純は未だ泣き止まぬ梓に静かに告げた。
それがどんなに残酷な言葉であるのか、純にもわかっていた。
「梓の番」、すなわち梓の慕った唯の死を認めることになるのだから……。
「梓、泣いていてもしょうがないよ……。ま、私はどっちでもいいんだけどさ、ほら、唯先輩との夢がさ……」
そんな純の言葉に梓の目にようやく涙以外の光がともる。
「純……」
それからの梓の動きは速かった。
まさに疾風迅雷。
備中の陣を引き払うと、昼夜を問わず京を目指した。
街道に灯させた松明を横目にただひたすらに駆ける。


51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 01:23:47.88 ID:ofkw7ePGO
このあまりの動きの速さに驚いたのは京にいた澪である。
「まさか梓が……」
ここまでの計画は完璧だった。
各地に軍を出し真空地帯となった京で唯を討ち取る。
その後、田井中将軍家の名で密書を各地に飛ばし、平沢包囲網を作り各地の平沢家臣団の動きを封じ込め、その間に畿内での地盤を固める。
そのはずだった……。
「速すぎる!」
澪は苛立ちを隠せなかった。
「落ち付けって、澪」
隣にいた律が澪をたしなめる。
もちろん律の胸中も穏やかならぬものがあった。
澪の突然の挙兵。
自らを将軍として奉戴してくれた唯を、自らに長年仕え苦楽を共にした澪が討つ。
だが、律には澪を責めることができなかった。
再び田井中将軍家が力を持つには、律以上に力を持ちつつある唯を討つしかない。
そう考えるまでに至った澪の心中は理解しているつもりだ。
「すまん唯……澪を許してくれとは言わない、せめて責めるなら澪じゃなくあたしを責めてくれ」
律は静かに心の中で祈った。


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 01:49:20.00 ID:ofkw7ePGO
梓、澪の両軍は円明寺川を挟んで対陣した。
「そう、唯が討たれたのね……」
四国へと向かう途中、唯が討たれたことを聞きとって返した和は梓に合流していた。
「唯先輩の仇は必ず討ちます!」
梓が意気込む。
戦の趨勢は思いの外簡単に決した。
天王山をおさえた梓が澪の動きを牽制できたというのもあったが、何より澪に見方する者が畿内近辺にはあまりに少なかった。


「負け……か……」
澪は総崩れとなった自陣を見て肩を落とす。
だが澪は、梓に負けたとは思っていなかった。
澪が負けたとするなら、それは唯に、だ。
これほどまでに畿内で兵が集まらないとは……。
まして律の、将軍家の名を出して2万に届かなかった。
これでは勝負にならない。
「澪、やっぱり唯はすごい奴だったな。お前の言った通りだったよ」
律は陽気に澪に語りかける。
「すまん、律……。こうなったら私一人で……だから律は……」
「何いってんだよ、澪。さ、一緒に逃げようぜ」
律は明るく言ったが、すでに梓が追討の軍を出しているだろう。
すでに付き従う兵も少なく、逃げ切れないことを律も澪も確信していた。
「律……」
澪は隣で微笑む律をこんなことに巻き込んで申し訳なく思うと同時に、頼もしくも思った。


54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 02:24:02.17 ID:ofkw7ePGO
「梓ー、澪先輩達まだ見つからないみたい」
純は焦れる梓にそう答える。
ここで澪達を逃がせば後々に禍根が残る。
それを梓は気にしているのだ。
だが、梓の気になることはもう一つあった。
隣の和の様子である。
焦れる梓とは対象に、和は落ち着いている。
あげく、
「じゃあ私、先に城に戻るわね」
そう言って帰っていったのである。
「唯先輩が討たれたっていうのに」
梓は内心そう歯がみした。


「もはやこれまで、か……」
澪は平家物語、木曾の最期を思い出す。
澪は律の方を向き微笑み、藪の向うにいるであろう敵に斬りかかっていった。
「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ。木曾殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿までも知ろしめされたるらんぞ。兼平討つて見参にいれよ。」
そう叫んだ澪の前に姿を現したのは。
「え? み、澪ちゃん!? ちょっと待って! わ、私!! 唯だよ、唯!」
「え? 唯?」
驚いたのは澪と律である。
「何で唯がここにいるんだ!?」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい! ば、化けて出るならもう少し待ってくれ! もうすぐ私もそっちに行くから!」
さっきまでの勢いもどこへやら。
澪はすっかりおびえてしまっている。


55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 02:27:34.25 ID:ofkw7ePGO
「澪ちゃん? 私、まだ生きてるよ?」
「お姉ちゃん、だからこっちじゃ……ってあれ、律さんに澪さん?」
唯の後から出て来たのは憂である。
「憂ちゃんまで!?」
「でもちょうどよかったよ、りっちゃんと澪ちゃんに会えて。実は私たち迷子になってたんだよぉ……」
律は唯の話を聞きながら、澪の耳からふさいでいた手を引きはがす。
「ひぃ、唯のお化け!」
「おい馬鹿、よく見ろ。足もあるだろ。この唯は生きてる。どうやって生きていたのかはわからないけど……」
「ほ、ホントだ……。唯、生きてる、のか?」
「生きてるも何も、私最初から死んでないよ?」
あまりにあっけらかんとした唯に、律は核心を尋ねる。
「唯、どうやってあの中から脱出できたんだ? 澪のやつ、かなり本気で周囲を固めてただろ」
「どうもこうも、話が全くわからないんだけど……」
聞けば、唯は律達が帰ったあと、
「憂、アイス食べたい……」
と言って、本能寺を抜け出たそうだ。
そして堺へと向かう途中、迷子になってここまで来た、と。
「澪が『敵は本能寺にあり!』なんて自信満々に言うから……」
「なっ、律だって唯は討ち取ったって言っただろ!」
二人のやりとりをぽかんと見つめていた唯は、突然慌て出す。
「え!? 私、討ち取られたの!? ま、まさか私死んだんじゃ……」
澪と律は二人同時に。
「いやいやいや、生きてるから!」


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 02:39:28.01 ID:ofkw7ePGO
その後、梓に合流するまでの間、
「唯、ホントごめん!」
「悪かったよ!」
と、律と澪に散々謝られたものの、唯はいっこうに理解できず、
「わからなくて困ってるお姉ちゃん可愛い」
と、憂はずっと微笑んでいた。
もちろん「私がお姉ちゃんだから道案内をするよ! ふんすっ」と鼻息を荒くする余裕もなく、今度は憂の先導で向かったのであっさりとついた。

梓と合流してすぐ。
「唯先輩は本当に勝手です! 勝手にいなくなって勝手に帰って来て! もう本当に……。でも生きていて、よかった、です……」
「心配かけてごめんね、あずにゃん」
「わぷっ、唯先輩! 抱きつかな……きょ、今日だけ、特別、ですよ……」
「あずにゃ~ん!」

その後城に戻った唯は。
「全く、勝手に行方不明になって。このままだとホントにニートになるところだったわよ」
「ニート!? 数日いなかっただけでニート扱い!?」
と、和によくわからないお説教を受けたのだった。


60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 02:52:35.33 ID:ofkw7ePGO
それからしばらく後、唯は天下を統一する。
こうして世は太平を迎えることとなった。

こうして唯は太平の世のもと、日々ごろごろしながらアイスを頬張ったというのは蛇足だろうか。
「ごろごろしてるお姉ちゃん、やっぱり可愛いなぁ」
「そうやって憂が甘やかすから唯先輩はダメなままなんだよ!」
「ダメ? じゃあ、梓ちゃん、しっかりしているお姉ちゃんがいいの?」
「唯先輩がしっかりしてたら……」
今や天下の政は憂を中心に回っていると言っても過言ではない。
そこにしっかりした唯先輩が加わったら……。
「う~ん、何か違う気がする……」
梓はそこまで考えて、微妙な表情をした。

「唯、このままじゃ本当にニートになっちゃうわよ!」
「重いよ! 今回はその言葉重いよ、和ちゃん!」
唯はとりあえずまた何か一生懸命がんばれるものを探そうと誓ったのだが、とりあえずはこのアイスを食べて、ムギちゃんのお茶会が終わってから……。
そう思うのであった。


そうそう。
諸大名を前に、
「私、こうやって諸大名をひれ伏させるのが夢だったの~」
と言って、ムギが周囲をどん引きさせたのは余談である。


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 02:54:33.41 ID:ofkw7ePGO
一応これで終わりです。

スレを立ててくれた>>1と支援してくれた人、読んでくれた人に全てに最大級の感謝をしながら。

コメント

これ60しか伸びなかったのか
面白いのに……

こんな平和で死人が出ない戦国時代劇初めてみた

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