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鶴屋さん「キョンくんっ、愛してるよっ!」

1 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:01:29.95 ID:B+NILJlT0

このSSは探偵ものの皮を被った恋愛ものです。
キョンと鶴屋さんという通常ありえない組み合わせの二人が
徐々にひかれ合っていく姿を描こうと思います。
私は前回 キョン「朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていた」を投稿したものです。

~あらすじ~

三学期の終業式の日にハルヒが突然春休みの間に探偵ごっこを始めようと
言い出すところから物語は始まります。
SOS団員のそれぞれが無作為に選び出された対象の個人的な秘密に迫ることになり、
古泉が荒川さん、みくるが森さん、長門がコンピ研部長を引き当てる中、
キョンが引き当てた調査対象がなんと鶴屋さん。
周囲に哀れまれながら部室に一人残されたキョンがどうすりゃいんだと途方にくれていると
そこへ突如現れた鶴屋さんはキョンの話をすべて聞かないまま強引に助手になると提案。
そうして何も言い出せないまま鶴屋さんの調査を鶴屋さんを助手にして行うことになったキョン。
元気いっぱいの鶴屋さんに振り回されながら徐々にその内面へと踏み込んで行き……

そんなキョンと鶴屋さんのちぐはぐな恋愛模様を楽しんでいただければ幸いです。

書いているうちに文章量が文庫本一冊半ぐらいになってしまい投稿に数日かかることに
なりますが最後までお付き合いいただけるとこれ以上のことはありません。

通し番号は節単位になります。章の始めにはタイトルを書きます。
スレは落とさないようなるべく気を付けるつもりです。基本はage進行で。
次回からの投稿時間は午後七時半過ぎから日付変更までの間に時間を見て行います。
終了時刻はあまり遅くならないように気をつけます。

それでは最後までよろしくお願いいたします。

2 名前:1-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:03:38.48 ID:B+NILJlT0

今にして思えばこの時から、俺はおかしくなり始めていたのかもしれない。

春休みの前日。終業式の日。ハルヒがこんなことを言い出した。

ハルヒ「私たちって、宇宙人未来人超能力者異世界人と出会う以前に、
     身近な人たちのことさえ何一つ知らないのよね。と、いうわけで、
     各自SOS団に関わるいろんな人達の秘密を白日の下に暴いてきなさい!
     さぁ始めるわよ、有希、みくるちゃん、古泉くん!」
 
俺はどういうつもりかわからんハルヒに一人だけ部室から追い出された。
背後で扉が勢いよく締まり蝶つがいからビキビキと軋むような音がする。

やれやれ、また妙なことを始めやがって。
そうため息混じりにもたれかかったドアの向こうから朝比奈さんと古泉の悲鳴が聞こえた。
朝比奈さんはいつものこととして今日はなぜ古泉まで犠牲になっているのか。
まさか朝比奈さん達と一緒に着替えてるわけじゃあるまいな。もしそうなら許さん。

ハルヒ「有希、やっちゃいなさい!」

旋風のような轟音のような雷鳴のような音のあとで静けさが訪れた。
内部の惨状を想像するに戦慄を禁じ得ない。
手と手のシワを合わせようと思ったが思わずフシを合わせそうになったのでやめておいた。

ハルヒ「キョン、もう入っていいわよ!」

俺が恐る恐る扉を開くと、そこには異様な光景が広がっていた。

ハルヒ「それじゃぁキョン、じゃなかった新人くん、あたし達の探偵事務所へようこそ!!」

3 名前:1-2[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:06:46.46 ID:B+NILJlT0

ハルヒはもじゃもじゃ頭のカツラに長門が文化祭の映画でかぶっていた魔女の帽子を乗せ、
おまけにどこから持ち出したのか丸いサングラスに白いスーツの下にカラーシャツまで身につけていた。

裾から制服が若干はみ出している。どうやら制服の上から無理やり羽織っただけのようだ。
ハルヒのその格好をなんかどっかで見たことがあるような気がしたのだが
ついに思い当たる存在を頭の中から見つけ出すことはできなかった。

ただかなりダンディーな感じがするものとだけはわかった。

古泉は着古した灰色のスーツになぜかちょび髭を生やしている。
長門はコートなんだかジャケットなんだかわからないスーツに身を包んでいた。
若干クセッ毛の混じるカツラを被り顔には法令線をいくつかマジックで書き込んでいる。
ハルヒの仕業であることは考えるまでもない。

一方朝比奈さんはというと古めかしい黄土色のダッフルコートを制服の上から羽織りおろおろとしている。
この中では比較的一番まともな格好である。

だがその口からはしきりに「お、おくさぁん……う、うちのカミさんは……ふえぇぇ……」と不気味なセリフを
しどろもどろに繰り返し暗唱している。
俺はそんな朝比奈さんの悲劇的な姿を見ていられずつい視線を落としてしまった。
それに気づいた朝比奈さんの表情は見るまに赤くなりついにはうつむいてしまった。

すいません、朝比奈さん。正直正視に堪えません。その姿はあまりにも、あまりにも残酷過ぎます。

ハルヒの言動から察するに多分コロンボの仮装ではないかと思うのだが、なぜにレインコートでなくダッフルコート?

単に用意できなかっただけなのだろうと思い俺はそれ以上考えるのをやめた。



5 名前:1-3[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:09:42.61 ID:B+NILJlT0

古泉は先程の悲痛な叫びとは打って変わって丹念に整えられたちょび髭かっこ付けヒゲかっことじるを
得意げに撫ぜ上げて可愛がっている。

自分のちっちゃな分身みたいな感じに撫で回すのはやめろ。気色悪い。

これには古泉が困ったようなバカにしたような顔をした。

古泉「おやおや、この紅色の脳細胞を持つエルキュール・一樹に対して
    随分な口の聞きようですね。あなた、おつむ詰まってますか?」

背後でハルヒが親指を立ててなにやらグッドサインを作っている。
完璧に役に成りきった古泉に惜しみない賞賛とエールを送っているようだ。もうわけがわからん。

古泉が得意げに会釈をする。なんつーか、微笑みの方は灰色に見えたのは俺の気のせいか?
古泉、お前本当は無理してんじゃないのか。どれ、お兄さんに言ってみろ、うん?

古泉「さて、なんのことやら」

古泉は笑みを絶やさずなおもちょび髭を可愛がっている。
うぬぬ、なかなか大した役者ぶりだな、えぇおい。もういい、こいつは放っておこう。
ついでにベルギーあたりに帰ってくれるとありがたい。

キョン「ところで長門、お前のその……役どころはなんなんだ?」

長門「刑事」

キョン「刑事か……じゃぁなんとか警部ってとこか?
     警部で探偵ものって誰が居たかな……あぁ、そうか、メグレだ、メグレ警部だろ! どうだ!」


7 名前:1-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:12:30.04 ID:B+NILJlT0
>>4
ありがとうございます、覚えていてくれた人がいて嬉しいです
今回も長いですがよろしくおねがいします!



長門は何を答えるでもなく押し黙る。俺の見事な推理に感じ入っているのだろうか。俺は若干得意げに胸を張った。
だが長門は残念そうな、俺にわかる程苦しそうに視線を落とすとポツリとつぶやく。

長門「警部じゃない……警部補……」

キョン「……なに?」

長門「私は有希畑長三郎警部補……警部には……まだ昇進できていない……」

長門は本当に残念そうな表情で床を見つめている。俺がどうしたものかと硬直しているとハルヒがつっかかってきた。

ハルヒ「ちょっと! キョン! 有希畑警部補の繊細な就職事情に軽い気持ちで首をつっこむんじゃないわよ!
     解決した事件現場の地下室に閉じ込められたりトレイン・ジャックに遭ったり
     某メジャーリーガーの殺人事件を解決したりしても昇進のしょの字も見えない胸の内をそれとなく察しなさいよね!」

キョン「んなことが俺にわかるかっ! ところでだいたいなんなんだ、なんでお前らそんな格好をしてるんだ!」

ハルヒ「決まってるでしょう! 探偵よ! そしてこの子は刑事みくるンボ! 
     カミさんの愚痴をこぼしながら犯罪者をねちねちぐちぐちと追い詰めていく粘着型の凄腕刑事よ!」

朝比奈さんは「わ、私はそんな風に人を追い詰めたりしません~」という悲痛に満ちた抗議をする。
それを完全に無視してハルヒは話を続けようとする。朝比奈さんの目尻に若干光るものが見えた。
ところでハルヒ、お前はなんの役なんだ?


8 名前:1-5[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:14:54.85 ID:B+NILJlT0
>>6 そのままネックスリーパーホールドまで行きたいと思います


ハルヒ「あたしの名前はホレイショ・ハルヒ。凄腕の鑑識班を率いてテロリストや都市型犯罪者を
     ブローニング片手に追い回す凄腕のチームリーダーよ! 犯罪者は捕まえるかその場で死刑!
     きっと殺しのライセンスも持ってるはずよ」

それはイギリスの某エージェントのことだろう。しかもお前の格好はどこからどう身てもアメリカ東海岸で
マイアミでバイスな警察官には見えないんだが。どっちかというと昭和の日本って感じだぞ。

それにブローニングを使ったのはシーズン6の16話だけだ。
普段はシグ・ザウエルのP226だか228だかで……まぁそんなうんちくはどうでもいいか。

キョン「ていうかハルヒ、探偵って言ってたが古泉以外のお前ら三人とも全員刑事じゃねぇか。
    それのどこが探偵事務所なんだよ」

ハルヒは当然のごとき俺の詰問を鼻息一つで吹き飛ばした。

ハルヒ「そこがあんたのダメなところよ。なんでもかんでも常識の枠で捉えようとする。
     そんなテメーのナメきった考えがぁチームを危険にさらすんだぜぇ、ベイビー」

お前、本当は知らないだろ。適当に聞きかじった話をごちゃまぜてるだけだろ。えぇ、おい。

ハルヒ「うっさいわね。こういうのは雰囲気が重要なのよ。中身は重要じゃないの。
     いかにそれっぽく見せられるか、そういう威圧的な第一印象が雰囲気を作るのよ。
     とりあえずムードさえ出ればいいの、ムードさえ出ればね」

うわー、身も蓋もねー。


10 名前:1-6[age] 投稿日:2010/03/13(土) 19:17:02.79 ID:B+NILJlT0

ハルヒ「というわけで、あんたは今日から私たちの探偵事務所で働く
     新参の探偵見習いってことにしとくわね! 役どころは、"不思議を求める名高い探偵゛よ!」

キョン「なんだそりゃ……新参なのにいきなり名高いのかよ。
     しかも不思議を求める探偵って単なる不審人物じゃねぇか」

ハルヒ「そりゃーこのホレイショ・ハルヒのチームに入るんだもの。
     新参といえどそれなりに名声を頂いた人物になるわ。
     平凡な探偵なんてうちのチームには必要ないものね」

相変わらずむちゃくちゃを言う。で、結局俺の役どころは何なんだ?
さっさと教えてくれ。俺はもう報われないレジスタンス活動には疲れたよ。

ハルヒ「ふっふん、あんたにしては物わかりがいいじゃない。じゃぁ任命するわ!
     キョン、あんたの名前は、シャーロック・キョンームズ! ……は語呂が悪いわね。
     じゃぁシャーロッキョン・ホー、だめ! キョンーロック、シャーキョンックあぁああ!!
     もう! あんたはもうただのキョンでいいわよ! 行ってきなさい、、不思議"名"探偵キョン!!!」

キョン「どこへだよ! どこへ行けばいいんだよ! 何すんのかまだ何も聞いてねーよ!」


ハルヒは「そういえばそうね」と呟くと何かを考えるように目を閉じて唸り始めた。
なんだ、今度は何を思いつくつもりだ、って聞いてるかハルヒ。おーい、ハルヒ、ハルヒさーん……もしもーし。

ハルヒはまぶたを半分だけ開くとおもむろに立ち上がり閉じられた部室のカーテンから外の景色を眺めた。
横開きのカーテンをまるでブラインドの隙間から覗くように指先で掴んで捻り上げる。

それで雰囲気を出しているつもりかお前は。ずいぶん面白いことになっているぞ。


13 名前:1-7[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:19:31.34 ID:B+NILJlT0

ハルヒ「宇宙人未来人超能力者異世界人と出会う以前に、
     私は私のごく身近な人たちのことをなんにも知らないのよね……」

ハルヒは静かに、そしてやや切なげな口調でぽつりぽつりとつぶやき始める。
そばにいる古泉と朝比奈さんが複雑そうな微妙にひきつった困ったような表情をして固まっている。

長門はいつも通りだったが、もじゃもじゃ頭のカツラが気に入ったのか仕切りに撫でつけている。
法令線は消えかかっていた。どうやら水性ペンで描かれていたらしい。

油性だったらハルヒをどついてやろうかと思っていたところだが、その辺のアフターケアは考えてあるらしい。
その辺はいつもの抜け目ないハルヒなのだった。
こういう思慮配慮分別を俺の方にもちっとは回してもらいたいもんだ。

ハルヒ「現代社会において隣近所という存在は既に未知の異文化を育む陸の孤島と化しているわ……
     たとえお隣さんが宇宙人でも、お向かいさんが未来人でも、
     近所のどうでもいい大学生が超能力者でも、私たちはそれを知るきっかけさえ持てないのよ……
     これってとても残念なことだと思わない……?」

キョン「それはさっきも聞いた話だが、それとお前達のコスプレと何の関係があるっていうんだ?
     まさか、隣近所に突撃かまして無理やり家宅捜索でもしようってんじゃないだろうな。
     もしそうなら俺は今すぐにこのバカ騒ぎをやめさせるぞ。さすがにお前の退屈しのぎじゃ済まなそうな話だからな」

ハルヒはそんな俺の意見に唇をとんがらせて抗議する。
そして哀れで残念な子を見るような優しい目つきに変わり、手のひらを上に向けてやれやれと首を横に振る。

ハルヒ「はぁぁ、キョン……だめね……わかってないわね……ダメな子ね……
     あなたにもうちょっと現代社会の裏側を見つめる繊細な感性があれば……進級できたかもしれないのに……」

キョン「できてるよ! 俺進級できてるよ! 春から二年だよ! なに勝手に留年したことにしてるんだおまえは!」

14 名前:1-8[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:21:43.10 ID:B+NILJlT0

古泉「まぁまぁ、ここはこのエルキュール・一樹に免じて一つ仲良く行こうではありませんか。
   争いからは何も生まれませんよ」

古泉が普段の三倍はムカっ腹の立つ見下したような目つきでしきりにちょび髭をかわいがりながら
目いっぱい役になりきった笑顔で俺を見る。朝比奈さんは相変わらずおろおろしながらも
「ま、まぁまぁそれよりもうちの……カミさんが……ふえぇえ……」と必死で役になりきろうと
努力している痛々しい見るに忍びない姿をさらしている。長門はさっきからカツラをつけたり外したりして遊んでいる。

かなり楽しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。……長門さん?

長門「あなたと違って私はまだ昇進できていない」

すいません。本当にすいませんでした。
俺はなぜだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
決して永遠に昇進できないだろうな、とか次のシリーズはあるんだろうか、
とかそういうことを考えていたわけではない。なんとなくノリで。それがすべてだった。
 
ハルヒ「と、いうわけで!」

ハルヒがまとめに入る。この惨状のどこをどうまとめるのか見ものではあるが、
正直胸の内は聞きたくないという思いで満ち満ちていた。
俺はまな板の鯉ならぬ皿の上のビフテキのように状況に流されるがままに
ただ呆然とたたずんでいることしかできなかった。

ハルヒ「明日から春休みに入ります!
     各自このくじを引いてそこに書かれている人の個人的な秘密に迫ってきなさい!
     そして始業式の日にその経過と結果を報告しなさい! できないとは言わないように!
     できなかったら自分の恥ずかしい思い出を全校生徒の前で大声で叫んでもらいます。
     某テレビ番組の企画のようにちゃんとお膳立てはするから、もし無理そうなら早めに申し出るように。以上!」

16 名前:1-9[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:24:03.82 ID:B+NILJlT0

そう言うとハルヒは団長専用机の下からくじ引きの箱を取り出すと自分から近い順に引かせていった。

長門、朝比奈さん、古泉と引いていって最後は俺になった。
俺は嫌な予感と共に生唾を飲み込むとハルヒのいつになく真剣なニヤケ面をねめつけながら
くじ引きの箱に手を突っ込んだ。しばらくごそごそとかき混ぜて精神を統一する。

ハルヒのさっさとしなさいよねという抗議の視線が突き刺さる。
俺は意を決して一番底にあった紙切れをひっつかんだ。
実際入れられていた紙は大した量でもないので残る二、三枚から適当に引き当てただけなのだが。

ハルヒ「それじゃぁいーい? みんな、一斉に開くのよ! せーのっ!! はい!」

ハルヒの掛け声と共に長門、朝比奈さん、古泉、俺は一斉にホッチキスで封印されたクジを破いて開く。
その紙切れに書かれた名前を見て俺は呆然とした。

古泉「ふむ、僕は荒川さんですね。まぁ今さら何を調査するでもないですし、それとなくいろいろ質問してみますよ」

みくる「あ、あの……私……森さんって出てるんですけど……接点なくって……その……」

古泉「あぁ、それでしたら一緒に調査しましょう。その方が効率的ですからね」

みくる「あ、ありがとうございます」

古泉「いえいえ、チームプレーも探偵に必須の技能ですからね」

ハルヒ「さっすが古泉くん。如才ないわね」

古泉はお褒めにあずかり光栄です、と慇懃に礼をした。当然ちょび髭を撫ぜ上げる手は止めることなく。
そんな古泉をハルヒは満足そうに眺めている。なんのコントだこれは。

18 名前:1-10[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:26:14.49 ID:B+NILJlT0

ハルヒ「ところで有希は? なんて出たの?」

長門は開いたくじを開いてハルヒに見せる。ハルヒの表情が一転げっという呻き声と共に曇る。

長門「コンピ研部長。そう出た」

ハルヒ「うわぁ……これは微妙にいやな感じね……ちょっと対象をいい加減に選び過ぎたわ……
     ごめんね有希……あたしも一緒に居てあげるから許してね」

ハルヒは心底申し訳なさそうな表情で長門の手を取ると哀願するように上目づかいの視線を向けた。

なんというか、娘を心配する母親、というよりは父親か?
そんな老婆心というか保護者精神をにじませながらハルヒは長門を心の底から心配しているようだった。

長門はそんなハルヒの向こう側からチラリと俺を覗くと短い沈黙のあとで小さくうなずいた。
俺はわずかに頬をひきつらせてそれに応える。

長門「わかった」

長門の許しを得てハルヒの表情がぱぁっと明るくなる。お前は娘と友達になりたいお母さんか。

ハルヒ「ほんと!? じゃぁ一緒にがんばりましょう! まぁなにが出てくるもんでもないとは思うけどね」

おいおい、ひどい言われようだな……。無理やり対象に含んでおいてそりゃねぇぜ。
俺はコンピ研部長の春休みの受難を想像して手のひらのシワとシワを合わせて祈ったのだった。
間違ってフシとフシを合わせたのには後で気づいたのだが。

これで長門・ハルヒ組と古泉・朝比奈さん組の二チームが誕生した。
そんな中で俺はひきつらせた頬を元に戻すことができないまま呆然と立ち尽くしていた。

22 名前:1-11[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:28:23.23 ID:B+NILJlT0

ハルヒが俺の方へ向き直る。

ハルヒ「で、キョンは誰を引いたの? 見せなさいよ!」

ハルヒは俺の手からクジを無理やりむしり取ろうと近づいてくる。
俺はそんなハルヒをかわしてクジを天にかかげた。

ハルヒはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて必死に手を伸ばしてきた。
俺の疲れたような諦めたような表情を睨みつけながら、
抗議やら文句やら不満やらをぶちまけてくる。

ハルヒ「ちょっと、キョン! 見せない、見せなさいってば! こらー!」

俺はそれにどう答えるでもなくその場に立ち尽くしていた。

クジに書かれている人物のことを考える。

スレンダーな肢体に腰まわりを超えるほど長いストレートの髪、
いつも元気で明るい笑顔を絶やさず八重歯がまぶしい一つ上級の先輩のことを。
朝比奈さんのクラスメイトのあの地元の名家のお嬢様のことを。

ハルヒ「みーせーなーさい! みせなさい! みせなさいってばーー!」

ハルヒを無視して俺は古泉や長門や朝比奈さんの方を向く。
古泉はハルヒの視線が外れているためか役になりきるのをやめて俺に気の毒そうな視線を送っている。

中身は知らないが俺の表情からこれから俺に待ち受ける困難を読み取っているのだろう。
紅色の脳細胞は幾分か機能しているようだった。


23 名前:1-12end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:31:04.78 ID:B+NILJlT0

朝比奈さんはおろおろしてまだしきりに「う、うちのカミさんはぁ……ふえぇ……」と必死で役になりきろうとしていた。

ここまでくると痛々しいのを通り越して微笑ましくすらあった。
こんな調子の朝比奈さんでもまぁ古泉と一緒なら大丈夫だろう
。あいつが朝比奈さんに手を出すわけがないしな。

俺はハルヒと朝比奈さんが同じ組にならなかったことに心底安堵していた。その組み合わせだけは正直シャレにならん。
最後に長門。長門は手鏡で自分の顔を確認しながら水性ペンで法令線を描き足していた。

って気に入ってたのかよ!

俺は頭の中でそうつっこんだ。

ハルヒの抗議の声。
朝比奈さんの必死そうな表情。
古泉の憐れむような視線。
長門の楽しそうな姿。

そんな四人組を視線の脇に置いて俺はクジの中身を思い出す。

そこには一行だけこう書かれていた。

[ 鶴屋さん ]

俺が頭を抱えて唸ったのは言うまでもない。



プロローグ 不思議名探偵キョン to be continued

24 名前:2-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:33:13.69 ID:B+NILJlT0

一の足二の足三の足──。

おれはどうすることもできず部室で一人悶えていた。

古泉や朝比奈さんや長門やハルヒは俺のクジの内容を見るや
お祭りムードが一転お通夜ムードに転じ憐れむような視線を俺に投げかけてきた。

そして机に突っ伏してうなだれる俺の背中を各自順番にそっと叩いて精一杯の同情の意思を示すと

ハルヒ「さ~って、哀れなキョンは放っておいてあたし達は春休みの調査計画、
     もとい進捗計画を作成するわよ! レッツ・ラ・ゴー!」

そう言ってさっさと帰ってしまった。

古泉や長門や朝比奈さんの同情の声を背中に受けて一人部室に残された俺は
今こうしてどうすることもできないでいる。
大体俺一人であの鶴屋さんの調査をどういうツテでどういう手段でどういう切り口でやれというのか。
しかもハルヒを満足させられなければ全校生徒の前で
俺の恥ずかしい秘密を自ら絶叫させられるハメになるらしい。
そんなのはご免だ。まったくもってまっぴらだ。
とはいえハルヒの理不尽に対して俺は何の抵抗も回避策も講じられないので今こうして机に突っ伏していることしかできない。

そんな自分の情けなさと突然降りかかった不幸に涙が出そうだ。
頭の中でZARDの負けないでがリピートでかかっている。

負けないで、もう少し。最後まで、走りぬけられるかっ!

俺がそんな一人ボケツッコミで気を紛らわしているところに突然稲光の如き衝撃と共に
部室の扉が盛大に開かれ謎の黒い人影が現れた。蝶つがいがメキメキと軋んだ音を立てる。

27 名前:2-2[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:36:23.07 ID:B+NILJlT0

長髪を振り乱し堂々たる姿勢のままつかつかと部室内に侵入してくるその人物の正体とは!?

何を隠そう我らがSOS団の名誉顧問でありメインスポンサーであり
目下俺の宿題こと調査対象である鶴屋さんその人であった。
俺もよっぽど疲れてるんだな、うん。

鶴屋さん「やっほ~っ、キョンくん! みくるに聞いてやってきたよっ!」

鶴屋さんはその輝かんばかりの笑顔と大声で俺に爽やかに暑苦しく挨拶をすると
ぴょんと一跳ねして俺の目の前に立ち止まった。なんとも豪毅な人である。
俺はそんな鶴屋さんに気だるく青ざめた表情を向けるのが精一杯で、
俺の淀んだ表情に鶴屋さんは怪訝な顔をする。

鶴屋さん「どうしたんだいっ、キョンくんっ。未来ある若者がそんなことじゃぁいけないなぁっ」

キョン「未来どころかむしろ俺の赤裸々な過去が大ピンチなんです……」

鶴屋さん「そっかぁ、キョンくんも大変だねっ」

鶴屋さんは俺の事情を把握してかしないでか心底の哀れみと共に先輩風を吹かせる。

正直、消えてしまいたかった。
俺が自分で暴露せずともどうせハルヒのことだ。
妹をたぶらかして俺のはずかしー過去の一つや二つ簡単に掘り返してしまうに違いない。

ハルヒが妹を買収して得たネタを使って嬉々として台本を作成している姿を想像してしまい
俺は余計に気が滅入った。
そんな俺の気分を吹き飛ばすように鶴屋さんは晴れ晴れとした笑顔で質問してくる。


31 名前:2-3[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:38:47.10 ID:B+NILJlT0

鶴屋さん「ところで何を調査するんだいっ? そこんとこは何も聞いてないにょろっ」

キョン「あ、そこまでは聞いてるんですね。調査対象、ですか……」

朝比奈さんはどうやら調査の対象までは知らせなかったようだ。
そりゃぁそうだろう。秘密裏の調査という設定になっているのだから、
役になりきろうと必死な朝比奈さんこと刑事みくるンボがそうそう外部に情報を漏らすとは思えなかった。

鶴屋さんを寄越したのはきっと俺を哀れんでのことだろう。
でもきっと朝比奈さんのことだから普通にインタビューか何かをすればいいのだと思っているのかもしれない。
でなきゃ鶴屋さんに直接俺のところに行くよう頼んだりはしないはずだ。

今更鶴屋さんにインタビューした程度でハルヒが納得するとは到底思えない。
もっとつっこんだ何かしらの情報が必要な筈だ。
セクハラ大王のハルヒのことだからスリーサイズぐらい聞いてこいと言うかもしれない。

だがそんな勇気は俺にはないし、ある意味聞かなくてもいいような気がするのは
鶴屋さんには絶対に内緒である。男の目線、罪深い。
その辺はハルヒや鶴屋さんにはわかってもらえるかもしれないが正直バカにされるのが落ちである。
やめておこう。

鶴屋さん「あとこれもみくるから聞いたんだけどさ、
       一樹くんとみくると長門っちとハルにゃんでコンビ組んでるんだってっ?
       で、キョンくんだけあぶれちゃったんだねっ。お気の毒様っ!」

キョン「まぁある意味気楽でいいんですけど……ただ途方に暮れているんですよね。
     正直。一人じゃどうしたもんかと」


33 名前:2-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:40:55.72 ID:B+NILJlT0

俺は目いっぱい大げさに溜め息を吐いて肩を落としてみせた。
鶴屋さんの表情に若干心配の色が浮かぶ。
今は面目も対面もなく、哀れみでもいい、少しだけ優しくされたかったのである。

そんな俺の些細な目論見は意外な形で困った展開を呼ぶことになった。

鶴屋さん「だったらさっ……あたしを助手に雇いなよっ!」

この一言には思わず目を丸くした。

キョン「え……? つ、鶴屋さんを、助手に!?」

鶴屋さん「そうそう、相棒って言ってもいいかもしんないね!
      実はさ、みくるにも言われたんだよね。
      キョンくんが一人ぼっちだから助けて上げて欲しいってさっ。
      まぁでも流石に助手をやれとまでは言われなかったけどね。
      だからこれは単純にあたしの趣味みたいなもんだからさっ!
      大船に乗ったつもりで居ておくれよ! なっはっはっ!」

そう言うと鶴屋さんはそのスレンダーなお胸を目いっぱい反らして力強く叫んだ。

鶴屋さん「ところでキョンくんの役どころはなんなんだい?
      みくるが転ん坊で一樹くんが歩和郎で長門っちが法多山で
      ハルにゃんが保冷所なのはわかったけどさ、
      キョンくんは何にょろっ?」

鶴屋さんのなんだか微妙に引っかかる日本語の言い回しが気に掛かる。
ん~なんだか知らないがツッコミの機会を逃してしまったような気がする。
そんな口惜しい微妙な気分になった。

34 名前:2-5[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:43:05.15 ID:B+NILJlT0

鶴屋さん「そういえばみんな刑事役だよね。とするとキョンくんも何か警察つながりなのかいっ?」

キョン「いえ、違いますが。それに古泉の役は刑事じゃなくて純然たる探偵でしょう」

鶴屋さん「ふっふんっ、わかってないなぁキョンくんはっ。
      そんなことじゃぁみくるのハートを射止めるには随分時間がかかりそうだねっ」

ふぐっ! 何気に心に突き刺さるような一言を……。ところで鶴屋さん、探偵ものには詳しいんですか?

鶴屋さん「んにゃっ、でも得木売・歩和郎が確か元警察署長だったってのは知ってるにょろっ。
       キョンくん、さすがに警察官同士のコンビ二組に一人で挑むのは無理があるっさっ。
       なんたって顔の広さと年季が違うからね。放っておいても事件が舞い込む、
       そりゃぁ経験値の差はダンチさっ! その分、あたし達は発想力で勝負しないとねっ!」

キョン「まぁ発想っていう点ではシャーロック・ホームズは群を抜いているでしょうね」

俺のその一言を聞いて鶴屋さんの瞳が一際輝きを増したように見えた。なんだか悪い予感がするぞ。
俺の頭の中で謎のサイレンがレッドアラートを鳴らしている。いつの間にこんなスキルが身についたんだ俺は。

鶴屋さん「キョンくんはシャーロック・ホームズなのかいっ!?
       いいねぇいいねぇバッチリだねぇ! だったらあたしはワトソン医師ってことになるのかなっ!
       名探偵と頼れる相棒! く~っ、これはあの二組が相手でも太刀打ちできるかもしんないね!
       がんばろっ、キョンくん! みんなをギャフンと言わせちゃおうっ!」

異様に張り切る鶴屋さん。あの~もしも~し。どちらかというと"迷"探偵の方な気がするんですけど。
もしも~し、鶴屋さん、もしもーし……。

そんな俺の悲痛な呻きに些かの耳も貸さず
鶴屋さんは張り切り満面喜色満面な笑顔でしきりにガッツポーズを取るのだった。

35 名前:2-6 end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:45:44.38 ID:B+NILJlT0

俺にはシャーロック・ホームズばりの推理力も発想力も格闘技の技能もましてや捜査能力もないと言うのに。
これじゃぁどちらかというと俺がワトソンで鶴屋さんがホームズなんじゃないのか?
そんなことを考えながらなし崩し的に新造のコンビは結成されたのだった。

そもそも調査対象がその相棒であるという矛盾を抱えたままで。

鶴屋さん「それじゃぁキョンくんっ! あたしが目いっぱいお手伝いするからねっ!
       明日から一緒にがんばるっさ~っ!」

俺は額に手を当てて唸るまでもなく、既に観念しきっていたのだった。

負けないで、俺。
最後まで。走り抜けられるんだろうか……。



思えば俺はこのときから既に引き返せないところにまでやって来てしまっていた。
そしてそれは実際に俺とあの人の心を苛んでいく物語の序章に過ぎなかったのである。

そんなことに気づくこともなくこの時の俺と鶴屋さんは
能天気に明日が当たり前のように来るものだと思っていた。

それが当たり前のことであって当たり前でないということに気づくのはもう少し先のことである。

36 名前:3-1[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:50:16.41 ID:B+NILJlT0
昨日のはなかったことにしてください。ここからスタートということで。
一次創作もやってたのですがどうしてもこちらを書く理由ができてしまったので。


一日目 不毛不才名探偵キョン


春休み初日。
俺は文化祭の映画を撮影した鶴屋公園の池のほとりで一人何をするでもなく天を仰いでいた。

上空にはトンビが数匹輪を成して飛んでいる。
なにが面白いのやら、ぐるぐるぐるぐると延々同じ場所を行ったり来たりしている。

堂々巡り。今の俺の思考とぴったり符号していた。

俺はさっきからどうしたものかと散々頭を捻っているのだが
今のところ上手い解決策には巡り会えてはいない。
シャーロック・ホームズのように薬を一発キメればハブアナイスな発想が浮かび上がるのかもしれないが、
この年で人生を棒に振るにはまだ惜しいのでやめておこう。

第一そんなもん手に入れる方法もないしな。永遠にわからないままでもいい。
ただこの状況を打開する方法だけは今すぐにでも手に入れたかった。

鶴屋さんの調査を鶴屋さんを相棒にして行う。
どんな矛盾だ、どんな破綻だそれは。
鶴屋さんにお願いして屋敷に訪問して、ほうほうこれはいいもんですな、いい素材を使ってますな、
とお宅拝見よろしく談笑するってのか? 
ところでスリーサイズはおいくつですか? などと訪ねようものなら怒髪かっこ鉄拳かっことじるが
飛んでくるのは目に見えている。
それは麻薬なんかよりも確実に俺に早すぎる死をもたらすだろう。

37 名前:3-2[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:52:26.10 ID:B+NILJlT0
鼻血を手のひらいっぱいにくっつけて「なんじゃぁこりゃぁ!」と叫ぶ度胸など俺にはないし、なくていい。
さすがにそういう冗談は俺にはハードルが高すぎるのだった。

そうこうしているうちにもう一時である。鶴屋さんとの待ち合わせは確か一時五分だった筈だ。
この微妙な五分という時間が待ち遠しくもあり、来ないで欲しくもあり、
なぜ五分?という些細な疑問を俺に呈するのだった。

数分後、俺を呼ぶ元気な叫び声が遠くから聞こえてきた。
他でもない、俺の助手こと相棒兼調査対象の鶴屋さんその人である。

さすがにもうこの季節、ジャケットやコートは羽織っていないが
黄色いワンピースの下に細い横縞の長袖を着込んで初春らしい格好をしている。
俺はというといまだに惰性で冬用のカジュアルなジャケットに身を包んでいるのだった。

二人で並ぶと若干アンバランスである。鶴屋さんはそんな俺の微妙に季節外れな格好に何を言うでもなく
いつもの爽やかで気持ちのいい笑顔を惜しげもなく披露し元気よく挨拶してきた。

鶴屋さん「やぁ、キョンくん待ったかいっ! 
       待ってましたって顔だねっ、でもねキョンくん、人生にはいろんな待ち合わせがあるもんさっ。
        良い知らせも悪い知らせも、来るまでは長くても来てみればあっと言う間なんだからねっ」

微妙によくわからない言い回しをしながら鶴屋さんは俺の隣に立つと
ジャケットの袖を引いて歩き始める。俺は連れ去られるままに鶴屋さんの少し後ろをついていった。

鶴屋さんは大相機嫌が良さそうで、
いつぞやハルヒと盛大に合唱していたブライアン・アダムスの18 till I dieのサビだけをリフレインさせていた。
一応俺もそれに付き合って小声ながら小規模な合唱団が誕生する。わ~なびや~ん……ダメだ、恥ずい。

鶴屋さんは振り返ってチラリと横目に俺を見るとにゃははっと機嫌よさそうに笑った。


38 名前:3-3[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:54:45.68 ID:B+NILJlT0

春一番ならぬ春五番だから十番だかが吹き暖かな日差しに温められた空気が優しく頬を撫ぜる。

さて、これからどこへ行こう。
なにはともあれ一応鶴屋さんに付き従っている限りは調査の体は保たれるわけで。
まぁその辺をブラブラしているうちに何かしらの新発見があるかもしれない。

そう自分を納得させて俺は鶴屋さんと共に市街へと続く道を二人並んで歩いていった。

俺は昨日尋ねられた調査の対象についてまだ鶴屋さんに何も言っていない。
にも関わらず鶴屋さんはそれ以上何を言うでもなく隣でニコニコ楽しそうに笑っている。

鶴屋さんを騙しているような気がして頭の後ろが痒くなった。
袖が引っ張られていない方の手でかこうかと思ったのだが不自然だったのでやめた。

鶴屋さんはなおもチラチラとこちらの様子を伺いながらリフレインし続けている。
何人か散歩中の年寄りや年配の女性とすれ違ったが
皆一様に俺と鶴屋さんを微笑ましげな瞳で見つめてくる。

まさか兄妹か何かと勘違いされているんじゃないだろうな。実際はその逆だ。
言うなれば俺の方が手のかかる弟で、目の前のこの人は偉大で尊大なお姉さんなのである。

ひょっとするとそういう風に見えているのかもしれない。
俺の情けない表情を見て、あらあらうふふと笑ったのかも。
ぬう、そう思うと若干口惜しい。袖引き小僧ならぬ袖引き鶴屋さんに連れられて俺は歩き続ける。

鶴屋さん「それじゃぁキョンくん、今日はどこへいこっかっ!」

歩きながら鶴屋さんが俺に尋ねてくる。


39 名前:3-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:57:06.26 ID:B+NILJlT0

俺は少しだけ首をひねって考える。
そう言えば鶴屋さんは普段休日にどういう行動を取っているのだろう。
朝比奈さんと街に繰り出したらナンパされまくったと言っていたし、
普通に友達と市街をブラついたりしているんだろうか。

それとも長期の休みともなれば家族で海外へ行って豪奢なホテルやロッジなんかで団欒の一時を過ごすのだろうか。
そう思うと今ここでこうして俺と過ごしている時間は他の貴重な一時を潰してまで作り出したものということになる。

このまま鶴屋さんをこんなバカな調査につき合わせてしまっていいものだろうか。

だいたい俺が恥ずかしい秘密を全校生徒の前でバラしたくない一心で鶴屋さんをつき合わせているなんて
よく考えたら切腹ものだ。この人の厚意に仇なすことなんじゃぁないのか? いかん、このままでは。
俺一人が危害を被るならそれでいいじゃないか。無関係のこの人まで巻き込むわけにはいかない。

キョン「鶴屋さん、すいません……せっかく来ていただいたのですが、終わりにしませんか?」

鶴屋さんはハッと振り返って俺に怪訝そうな顔を向ける。

鶴屋さん「えっ? なんでなのさっ」

抗議と不満と不機嫌さのにじんだ表情で俺を上目遣いに睨みつける。気に入らないと言いたげだ。
ん、ということは鶴屋さんは嫌がってるわけじゃぁないのか? 内心迷惑がってるのかと思っていたんだが。


40 名前:3-5[] 投稿日:2010/03/13(土) 19:59:14.95 ID:B+NILJlT0


キョン「や、鶴屋さんの貴重な時間を俺なんかのために使わせるなんて申し訳なくってですね。
    それも春休みいっぱいですよ。二週間もですよ。どう考えても家族旅行とかの邪魔じゃないですか。
    それなら早めに打ち切った……方が……」
鶴屋さんの俺を睨みつける視線が話を続けるほどに鋭くキツくなっていく。
俺はその迫力に気圧されてたじたじになる。
鶴屋さんは俺の胸元にピッと一本指をつき立てると早口でまくし立てる。

鶴屋さん「キョンくんはそんなこと気にしなくていいにょろっ!
      これはあたしが参加したいって言い出したことなんだからさっ!
      キョンくんは黙ってあたしに助けられてればいいさねっ!
      じゃないと怒髪でどついちゃうにょろよっ!」

俺は何を言い返すでもなくただあぁとかうぅとか唸っていた。鶴屋さんの目は真剣そのものだ。
迂闊な事でも言おうものなら即制裁が飛んでくる。そんな予知めいた予感が脳裏をよぎった。

俺は恐る恐る了解の旨を顔を上下させて鶴屋さんに伝えた。
鶴屋さんは納得したように得意げに頬を緩ませると

鶴屋さん「わかればよろしいっ!」

とそのスレンダーなお胸を目いっぱいぐっと張ったのだった。

俺は引っ張られていない方の手で頭の後ろをポリポリとかいた。
もういい加減我慢をしていることがバカらしくなってきた。

鶴屋さんはそんな俺の仕草を見てなははっと大げさに笑うと指を立てて得意がる。

面目ない。その一言である。

42 名前:3-6end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:01:25.57 ID:B+NILJlT0

そして鶴屋さんは俺の袖から手を離しおもむろに指と指を絡めてきた。
恋人同士がそうするようにしっかりと指と指の間をくっつけてその姿勢を力強くキープしてくる。

俺が驚くのにも構わない様子の鶴屋さんはいつも元気一杯の笑顔を絶やすことなく俺を見上げてきた。

キョン「つ、鶴屋さん……!?」

鶴屋さん「さぁこれで逃げられないっさ! それじゃぁキョンくん、覚悟を決めて、いざレッツゴー!」

鶴屋さんはそう言うとほとんど全速力で走り出した。
俺は必死で鶴屋さんの後をついて走る。

肌に受ける春の風は気持ちよく、空は天高く晴れ上がり。

日差しは優しく包み込むように柔らかだった。

それと同じくらい鶴屋さんの笑顔も穏やかに柔和で、
快晴の二文字で表せそうなくらい晴れ晴れとしていたのだった。

その後俺が汗だくになったのは言うまでもない。


初日 不毛不才名探偵キョン to be continued

43 名前:4-1[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:04:03.57 ID:B+NILJlT0

俺と鶴屋さんは何をするでもなくひたすら市街をブラブラとほっつき歩いていた。

噴水通りに流れる舗装された小川に敷かれた飛び石の上をぴょんぴょんと飛び跳ねながら
鶴屋さんは楽しそうに笑っている。
俺はというといい加減暑苦しくなった季節外れのジャケットを
小脇に抱えてのろのろとその後を追いかけていた。

軽やかなステップを踏んで飛び石から帰還する鶴屋さん。
そんな鶴屋さんを俺は淀みと濁りに満ちた目と疲労困憊の浮かんだ顔で迎えることしかできなかった。
鶴屋さんは少し気まずそうに苦笑いした後近くのベンチを指さした。

鶴屋さん「キョンくん疲れたにょろっ、あそこで休んでこーよっ」

疲れているのはもちろん俺の方である。
俺の力ない愛想笑いに納得すると鶴屋さんは「そこで待ってて欲しいっさっ!」と言い残し
元気一杯にどこへともなく駆けていった。

一人残された俺は大人しく言われた通りにベンチに腰掛けて呻き声をあげた。
近くを通りかかった主婦が怪訝な顔をする。
格好が格好ならくたびれた新入社員か何かに見えたかもしれない。

ただ今の俺はどちらかと言えばサラリーマンというよりも
無理なジョギングで身体を壊したバカな健康オタクに近い。
道行く人々の睥睨するような視線が痛い。

俺はどこを見るでもなくただ天を仰いでいた。覆いの隙間から日差しが覗く。
春風舞い上がり熱を帯びた俺の身体も徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
気持ちのいい風を感じていると小春日和というのは
こういうことを言うんだろうなと柄にもなく風流に浸ってしまった。

45 名前:4-2[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:06:15.50 ID:B+NILJlT0

ジャケットを隣に放り捨てて両手を背もたれ一杯に広げる。
もたれかかって首をブラブラさせていると
なんとも心地よい気分になって眠気が襲ってきた。

いかんいかん、流石にこの季節にこんな格好で寝たら風邪を引いちまう。

そう思った俺が勢いこんで立ち上がると目の前から驚いたような声が聞こえた。

鶴屋さん「わったった!」

鶴屋さんがいつの間にかすぐ目の前に立っていて
俺が急に立ち上がったもんだから驚かせちまったらしい。
その手に持っていた黄色い何かが一つがぽろっとこぼれて地面に落ちて潰れてしまった。

黄色い物体の正体はたい焼きで中からあんこがはみ出してしまっていた。
鶴屋さんはその場にしゃがみ込んでたい焼きの破片を残念そうに片付けている。
俺はなんとも申し訳ない気分になった。

キョン「す、すいません、鶴屋さん、驚かせてしまって……」

鶴屋さん「やーっ、そんな気にすることないってっ!
      こっそり驚かせようと思ったあたしも悪いんだからさっ。お互い様だよっ」

むしろ全面的にこっちが悪いと思うのだが、鶴屋さんは俺が罪悪感を感じられる余地を残しつつ
それでいて半分は自分で引き受けてくれた。本当にこの人には頭が上がらないな。

まだ熱々のたい焼きを鶴屋さんと片付けながら俺はそんなことを思った。


46 名前:4-3[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:09:36.89 ID:B+NILJlT0

鶴屋さんはたい焼きを二つ買ってきてくれていた。一つは俺、一つは鶴屋さん。
ふたり分の作りたてのたい焼きだ。
だがその一つは俺のせいで潰れて食べられなくなってしまった。

鶴屋さんが「上半分は大丈夫かもっ」などと言い出し始めたがさすがにそれは止めておいた。
残念そうにしていたのが非常に申し訳なかった。
俺はいいですよ、と遠慮するもそんな俺の提案をくじくように鶴屋さんは大きく首を横に振った。

鶴屋さん「若い子がそんなことじゃぁだめだぞっ!
      しっかりちゃっかり食べないとねっ、と、言うわけで!」

はい、どういうわけなんでしょう。こういうまとめ方はハルヒにも通じるところがあるな。
ハイな人間の底流には同じような志向の川が流れているんだろうか。

とはいえローになることも割と頻繁なハルヒと比べればこの人の川は相当深く太そうではある。
黄河だとか長江だとかナイル川だとか地中海ぐらいの規模で。

鶴屋さん「半分こにょろっ♪」

そう言って二つにちぎったたい焼きの片方を俺に差し出してきた。ちょっと大きい方をである。
しっかりちゃっかりつっきり食べさせるつもりらしい。

俺はそんな鶴屋さんの気遣いや遠慮をくじくようにもう一方の手から
若干小さいたい焼きを取った。鶴屋さんは「あっ!」と驚いた後

鶴屋さん「てっへへ……わりーねっキョンくん! んじゃぁありがたくいただくっさっ!」

と若干眉毛を下げ気味にして申し訳なさそうに微笑んだ。
むしろ申し訳ないのは俺の方ですよ鶴屋さん。

47 名前:4-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:13:06.14 ID:B+NILJlT0
>>44 ありがとう、気をつけます



俺は鶴屋さんの厚意が込められたおごりのたい焼きを
半分の罪悪感と半分の感謝を含めて頬張った。
熱々のたい焼きにあんこの甘みが口一杯に広がる。

特に甘いものが好きだというわけではないが出来立てのたい焼きの美味しさに異論を挟む気はない。

美味い。素直にそう言えない自分は随分なひねくれものだなと思ったのだが、
隣で盛大に「おいしーっ!」の大合唱をされればちっとは婉曲な言い回しを担当する奴が
一人くらいいてもいいのではないかなと夜郎自大にも思ったのだった。

俺はたい焼きをもったいなさそうにちょこちょこと頬張っている鶴屋さんを横目に
この調査の先行きについて考えを巡らせ始めていた。


鶴屋さんのことを鶴屋さんを助手兼相棒にして調べる。


随分矛盾した状況だった。まぁ調査対象を堂々と観察できるのだからこれに越したことはないのだが。

ただこうしてベンチに二人して座ってたい焼きを頬張っていても
一切の情報も洞察も得られないのだろうなということは用意に想像が着く。
とはいえ朝比奈さんが考えていたように素直にインタビュー形式にするというのもつまらない。

なんとかそれとなーく誘導的に尋問的なナイスなディテクィブテクニックを発揮できないものだろうか。
そこの本屋で探偵のハウツー本でも買って帰ってみようか。
それでストーキングの知識ばかり増えた日には目も当てられないが。

49 名前:4-5[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:15:36.15 ID:B+NILJlT0

さすがにこの人のことはググッてもわからないだろうな。
下手すりゃ国家機密よりセキュリティが固いかもしれない。
まぁそれもどんな秘密を知りたいかってのにもよるんだろうが。

案外今まで俺たちが聞いてないだけでいざ聞かれたらなんでもペラペラしゃべってくれたりしてな。
自分のことを得意げに話している鶴屋さんなんて想像もつかないが。

ま、何はともあれ行動だ。軽いジャブからストレートへ、当たり障りのないところから始めていけばいいことだ。

キョン「鶴屋さん、不躾なんですけどちょっとした質問とかしちゃったりしちゃってもいいですかね?」

鶴屋さん「なんだいキョンくんっ、やぶからぼーにっ。
      年頃の男の子なのはいいことだけれど
      女の子に向かっていきなりそれはないんじゃーないかなーっ。
      そんなことじゃぁだめさっ! もっと繊細に扱ってあげなきゃ相手の人がかわいそうにょろ」

うーん、それは朝比奈さんとかのことを言っているんだろうか。
鶴屋さんのことだからきっとハルヒやら長門とかも含んでいるんだろうな。

一瞬エルキュール・一樹の姿が頭に浮かぶ。
俺はそのまま頭の中であのムカつくちょび髭を無理やりむしりって放り投げてやった。
涙目でちょび髭を拾いにいく古泉を想像して俺はちょっと気が楽になった。
単に糊付けが強すぎて痛かっただけなのかもしれないが。

俺がそんなバカなことを考えていると鶴屋さんは何かを思いついたように両手を叩いて俺に提案をしてきた。

鶴屋さん「そーだっ! あたしが先にキョンくんに質問するから、
      それにキョンくんが答えてくれたらあたしもキョンくんの質問に答えるっさ! 
      それならおあい子にょろっ」

50 名前:4-6[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:18:15.46 ID:B+NILJlT0

ナイスでグッドな解決策を提案している、ようでいてその実この先輩は
俺からハルヒ達の何か面白い情報でも引き出そうと企んでいるのだろうか。

そう思うとうっすら覗いた八重歯がよこしまな感じに見えてくる。鶴屋さん、恐ろしい子っ!

鶴屋さん「じゃーいくよっ、質問っ! キョンくんはどうしてSOS団に入ったにょろっ?」

ふつーに俺に対する質問だった。俺は自分のよこしまな憶測に素直に面目のなさを感じていた。
よこしまな俺ながらここはふつーに答えよう。うん。
大した中身でないのがこの人に申し訳ないのだが。

キョン「どうしてって……そりゃぁハルヒに無理やり入団させられたんですよ。
    有無を言わさずひっつかまれて、抵抗むなしく連行されっちまったわけです」

俺は悲劇の主人公もといピエロを気取って
目いっぱいおどけるように手のひらを上に向けたまま肩をすくめた。
顔面には悲しみに金箔を振りかけたようなこってりとした悲愴感を浮かべて。

これでうっすら涙でも浮かべた日には名役者、ならぬ名厄者である。
我が事ながら自分の才能が痛いぜ。ついでに頭も痛くなってきた。

鶴屋さん「でもハルにゃんも長門っちもみくるも一樹くんも普通の人じゃないんだよねっ」

キョン「そう……ですね。俺以外は全員……」

普段の表情からは忘れそうになるが鶴屋さんは稀代の勘の鋭さで
俺を除くSOS団の全員が常人ではないということを察知している。

そして当然のことながら俺自身がまったくの一般ピープルであるということにも気づいている。

52 名前:4-7[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:21:26.61 ID:B+NILJlT0

年末に鶴屋家所有のスキー場で遭難するハメになった後に
鶴屋さんは自分と同じ匂いがすると俺の耳元に口を寄せて囁いた。

あん時は若干耳元で吐息がくすぐったかったな。

今にして思うと鶴屋さんに耳元で囁かれるというのは
なかなかナイスなイベントだったのではなかろうか。

普段はその勢いに気圧されてほとんど意識することはないが
鶴屋さんは世間で言うところのいわゆる美少女のカテゴリーに含まれる。

先輩風を吹かせて年上らしくふるまっていても若々しさでは圧倒的に俺より上な人だ。
こう目立つ人であるから例えSOS団を通してではなくとも何らかの形で鶴屋さんのことを
目に耳にする機会はあったかもしれない。

谷口あたりから美人の上級生がいるとか聞かされて
バカな話に花を咲かせていたかもしれないな。
その時に俺から見えた鶴屋さんは台風のような覇気をまとった名家のお嬢様で憧れの先輩だったのかも。

いや今でもものすっごく尊敬しているのだが。おそらくそういったものとは別種の感情なのだろう。
今だからわかるが、この人を好きになるってことはものすごーくとてつもなく当然のようなことでいて、
すさまじくとんでもなく拳で地面を叩いて地震を起こそうというくらい大変なことなのだ。

過去にこの人に惚れた男たちの無残な有様に想像をめぐらせて俺は憐憫を禁じ得ないのだった。合掌。

鶴屋さん「ちょっち気になってたんだよねっ、ハルにゃんたちが普通の人達じゃないのに、
      なんでキョンくんがその中にふつーに混じってるのかなってさっ。
      あ、別にキョンくんがおかしいってわけじゃないっさっ、
      ただ不思議だなーって思っただけにょろっ」

53 名前:4-8[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:23:50.34 ID:B+NILJlT0

確か古泉や長門や朝比奈さんに正体を明かされたときも似たようなことを言われたな。
宇宙人未来人超能力者の次に質問されたわけであるから
俺にバカな疑惑が浮かび上がったのも無理はないと思ってほしい。

キョン「まさか鶴屋さん、あなたは自分が異世界人か何かだと言うつもりじゃないでしょうね」

俺の真剣な表情にキョトンとした次の瞬間、鶴屋さんはお腹を抱えてケラケラと大笑いし始めた。

鶴屋さん「あははははっ! あたしがもし異世界人だったら、
      キョンくんは世界の中心かなんかかもしんないねっ!
      あはははははっ!」

世界の中心っていうか台風の目みたいなもんだろうか。
それだったらむしろハルヒの方がしっくりくる気がする。

あいつの周りではいろいろ起こるがあいつだけは当の状況にそれほど関わってはいないんだからな。
ただ中心が動けば周囲もそれに合わせるので被害を一層拡大する張本人なわけだが。

俺の立ち位置を例えるなら世界や台風よりも太陽系にしたい。
当然ながらハルヒが太陽で、可愛らしい女神のような朝比奈さんは金星だ。
古泉のあの鬱陶しいニヤけ面は間違いなく火星だ。ていうか紅い玉だしな。ぴったりだろ。
長門は水星だな。情報処理に強い、どころか世界ごと書き換えちまうってところがぴったりだろう。
とすると俺は地球ってことになるのか。

なるほど、確かにハルヒの周りをぐるぐるうろつきながら明るくなったり暗くなったりしている。
俺の一喜一憂は公転運動のごとき定刻さでたびたび襲ってくるからな。まったく笑えない話だが……。

とすると残るは土星やら木星やら天海冥やらだがこの中だと鶴屋さんは木星ってことになりそうだ。
ジュピター、オリンポスの最高神。これはなかなかにハマっているんじゃないか。

54 名前:4-9[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:27:13.47 ID:B+NILJlT0

稲妻のように現れたり一撃が強烈なところなんかもぴったりだ。よし、決定。
鶴屋さんは俺の中では木星だ。願わくばそれが慈愛に満ちた女神でありますように。

なんて願うまでもないか。恩知らずにも程が有る。

そんなバカなことを考えつつ自分を情けなく感じた俺は言いしれない疲労感を感じた。
右手で目元を押さえてうなだれる。
頭の中ではハルヒや朝比奈さんの顔をした惑星達がいまだぐるぐると公転していた。
この頭痛の種はこの奇妙な太陽系なんじゃないだろうなと自分の妙な妄想のせいにしたくなった。

そんな俺を本気で心配してまぁまぁと慰める鶴屋さん。
ポンポンと慰めるように叩かれた肩が少しだけ心地良かった。

鶴屋さん「あたしはキョンくんと同じ、ふつーの人っさっ!
      だからあそこには入んないんだよっ。傍から見てる方がおもっしろいかんねっ!」

明るくあっけらかんとサバサバとした動作で言い放つ鶴屋さん。
俺はそんな鶴屋さんに改めて感心した。やっぱこの人はすげーな、と。

鶴屋さんはそんな俺の考えを見透かしたように言葉を続ける。

鶴屋さん「それよりも、すっげーのはキョンくんの方さっ!」

これには若干驚いた。俺が鶴屋さんよりすっげーってのはどういうことだろうか。
まったく思い当たるところのない俺の混乱を察してか返事を待たずに鶴屋さんは続ける。

鶴屋さん「だって、あたしだったらさっ、そんなフツーじゃない人たちのすぐ近くで
      フツーにしてるなんてできないし! これでも結構いろいろびっくりさせられてるんだよっ」


55 名前:4-10[] 投稿日:2010/03/13(土) 20:29:24.40 ID:B+NILJlT0

キョン「その割にはいつも豪快ですよね」

鶴屋さん「そりゃー面白いっからね!」

そう堂々と言い放った鶴屋さんは満面の笑みを浮かべて健康的な八重歯を覗かせた。

尊敬を通り越して呆気に取られてしまったが、
あまりにも鶴屋さんらしい答えだったので思わず頬が緩んでしまった。

鶴屋さんはそんな俺の顔を見て照れくさそうにして笑った。
笑顔の上に笑顔を重ねるという珍しい一芸を見て俺はこの世にはいろんな笑い方があるもんだと
わずかな感慨にふけった。

鶴屋さん「とりあえず今日はここまでっ! また明日、がんばろーねキョンくんっ!」

今日一番がんばったのは走ることだった、という一抹の情けなさを感じつつ俺はうなづいた。

キョン「じゃぁ鶴屋さんの自宅まで送っていきますよ。一人で帰すのもなんですしね」

心配ですしね、とは言わなかった。まぁ心配がないことは当たり前のことではあるのだが、
気恥しさもあってそうは言えなかった。

鶴屋さんはそんな俺に何を勘ぐるでもなく「ありがとっ!」と素直に感謝してくれた。
今日はこんなにいい天気なんだ。ぶらぶらだらだら、何の気なしに歩いたっていいだろ。

俺がそんなことを考えていると鶴屋さんはすぐ近くの通りにあるタクシー乗り場までたったと
軽快な足取りで駆けていって一台のタクシーと交渉し始めた。

笑顔で手招きする鶴屋さんに俺は苦笑いを返す。

57 名前:4-11[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:31:43.45 ID:B+NILJlT0

俺が到着した時タクシーの後部座席が自動的に開いた。
鶴屋さんは得意げに俺に先に乗るように勧めてくる。

キョン「や、あの。さすがにここまでしていただくってのは申し訳ないというかなんというか……」

そんな俺の機先を制するように俺の上唇に人差し指を添えて黙らせながら鶴屋さんは言う。

鶴屋さん「だめだよキョンくんっ、先輩のこーいは素直に受けておくもんさねっ!」

鶴屋さんはそう言って強引にタクシーに乗るよう勧めてくる。
もう少し抵抗してもよかったのだが、なんというか単純に頭が上がらなかった。

送り方までは指定していなかったので問題ないといえば問題ないのだが、
当然のことながら俺の財布の中身は千円札が数枚という悲惨な現状である。
当然ながら支払いは鶴屋さん持ちってことになってしまう。

そりゃあ鶴屋さんの家は資産家だから気にしないのかもしれないが、
小市民な俺はというとなんだかタカっているような気がして居心地の悪さを拭えない。
情けなさすら感じてしまう。

そうこうしているうちに鶴屋さんによって強引にタクシーへ押し込まれた俺は
鶴屋さん宅へ向けて揺られることになった。
隣では鶴屋さんがしきりに肘を伸ばしたり肩を曲げたりしてリラックスしている。

俺は疲れ眼に景色と鶴屋さんを交互に見ながら何を考えるでもなくボーッとしてしまっていた。
春の陽気のせいか、はたまた自分への情けなさのせいか、それとも今この状況のせいなのか。

時に同じくハルヒや長門や朝比奈さんや古泉はどうしているだろうか。
そんなことに考えを巡らせながら隣でうとうととし始めた先輩を見る。

58 名前:4-12end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:34:33.08 ID:B+NILJlT0

風のない車内はエアコンもつけていないのに暖かだった。

日差しのぬくもりの中でついに眠りの大海へと漕ぎ出していく鶴屋さん。

ワンピースが若干めくれて膝上が覗いていたので気付かれないように直しておいた。
今目覚められたらいらん誤解を招きそうなので慎重に慎重に。

かくして初日の調査はこうして幕を閉じた。

そして明日から春休み終了までのことに想像を巡らせて、
俺も眠りに落ちてしまいたくなったのだった。





59 名前:5-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 20:37:01.13 ID:B+NILJlT0

二日目 不肖名探偵キョン


翌日。調査開始から二日目。
今度は市街の駅前で待ち合わせをした。

いちいち鶴屋公園から走っていたのでは身が持たない。
当然ながら昨日着ていたジャケットはクローゼットの中で留守番だ。
俺も春らしい格好をして、ベンチに座り何をするでもなくぼうっと鶴屋さんを待ちぼうけていた。

近くの車用乗降帯に黒い高級車が一台停止した。黒塗りのセンチュリーである。

背後のドアが開くと中からその長く艶やかな髪の毛を背後でゆるく束ねた鶴屋さんが
動きやすそうな格好をして現れた。それでいて肩に羽織ったケープのようなものが
独特の風格を醸し出している。高級外車から降りてくる姿を目撃した直後ならばなおさらだ。

極道の娘。そんな不謹慎な想像をしてしまった自分はなんとも小市民だなぁと思いつつ
溢れんばかりの笑顔を振りまきながら元気一杯に駆け寄ってくる鶴屋さんに片手を上げて軽く挨拶をした。

鶴屋さん「やぁやぁっ! キョンくん、待ったかいっ?」

いいえ、そんなことありませんよ。ぼぅっと空を眺めて雲の面積を割り出すのにとっても忙しかったところです。

鶴屋さん「にゃははっ、それは一生終わんないかもしんないね!
      それよりも調査の方が先にょろっ! ハルにゃんやみくる達には負けらんないからねっ!
      それにこっちの方が雲とにらめっこするより楽しいと思うよっ」

それそれそれと追い立てられながら俺は鶴屋さんと近くのファミレスへと入った。
まったく何をするでもなく適当に談笑しながら時間を過ごす。

60 名前:5-2[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:39:37.70 ID:B+NILJlT0

鶴屋さんはクラスで起こった朝比奈さんの面白可愛い事件を
楽しげに惜しげもなく語って聞かせてくれている。

落ちを迎えるたびに鶴屋さんは面白がってバンバンと机を叩いた。
それでも昼時の店内の喧騒にかき消される程度には抑えていたらしい。
誰に咎められるでもなく会話、もとい鶴屋さんの一方的なマシンガントークは炸裂し続けた。

鶴屋さん「そいでさ~、うちのクラスの男子がみくるにそれ代わりに運びましょうかっ、って言ったのさっ!
      そしたらみくるがその男子に花びんを渡そうとしたその瞬間っ──!」

キョン「ぶちまけたんですか……?」

鶴屋さん「いやーっ、そのまま滑って男子の腹に盛大に頭突きをかましたみくるがうっかり花びんを放り投げて、
      それが見事男子の頭の上に着地したのさ! しかもその花びんがね・・・・・・倒れなかったんだよっ、
      笑えるっしょっ、にゃっはははははっ!」

確かにそれは凄まじい光景である。哀れ死に花を添えられた上級生のむごたらしい死に様を想像して
俺は念仏の一つも唱えたくなった。ことに朝比奈さんと鶴屋さんの周りではこの手の事件が耐えないらしい。

毎日誰かしらが犠牲になるその惨状の中で、誰も朝比奈さんを恨んだりましてや近づかないようにしようなどと
思ったりしないところに朝比奈さんの人徳衆望、もとい可愛らしいオーラの魔力が見え隠れする。

男女を問わず効果を発揮するという点でも評価は高い。
ただあのハルヒとつるんでいるということに関してはクラスでも若干引かれているらしい。うーん、憐れな。

そんな天性の守られ子羊である朝比奈さんがどういう経緯で過去へ飛んで
ハルヒを監視するハメになったのか気になるところではあった。
まぁこれは鶴屋さんの口から語られることはないだろうし
いつ来るかわからない楽しい楽しい解決編の時の為に取っておこうというものだ。

61 名前:5-3[] 投稿日:2010/03/13(土) 20:42:26.09 ID:B+NILJlT0

鶴屋さんはなおも朝比奈さん関連の話題や家族で海外へ行ったときの面白い失敗談を語って聞かせてくれる。

父親がスイスでシカをハマーで跳ねてしまった時は驚いた、
しかもそのシカが怪我一つせずピンピンしていて直後に道の前方から
牧場から逃げた馬が走ってきて爆笑した、など話題に事欠かない人だった。

一通りバカ話が済んだあと、鶴屋さんは話し疲れたのかいい加減飽きてきたのか
両手の指を重ねて大きく伸びをした。そしていたずらっぽく微笑むと、

鶴屋さん「じゃっ! 最初はあたしがいっぱいしゃべったから今度はキョンくんの番だねっ!
      いろいろと面白い話を聞かさせてもらうにょろっ♪」

大きく身を乗り出して俺の顔をのぞきこんできた。
近い、近いですよ鶴屋さん、息がかかってますって。

俺の注意を受けて元の自分の席に引っ込んだ鶴屋さんは
にゃははっ!と豪快に笑いながら両手を頭の後ろに置いた。

キョン「それよりも鶴屋さん、昨日はせっかく俺が質問に答えたのに
    鶴屋さんはまだ答えてくれていないじゃないですか。
    まずそっちの方を先に片付けちまいませんか?」

鶴屋さんは人差し指を顎の横に添えて「ん~っ」と考え込むような仕草をしたあと、

鶴屋さん「まっ、いいよっ! 実はその話、すっかり忘れちゃってたんだよねっ、
      やー、楽しみだったかんさっ、めんごめんごっ! さっ、なんでも聞いておくれよっ!
      さぁさぁさぁさぁ、はいどうぞっ!」

申し訳ないような、それでいていつも通りの明るい口調で笑う。

62 名前:5-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:45:24.51 ID:B+NILJlT0

鶴屋さんは一応俺とぶらぶらすることを楽しみにしてくれていたらしい。
そんなに探偵ごっこが面白いのだろうか。
まったくもって何を調べているわけでもないというのに。

俺はそんな鶴屋さんを少しからかってみたくなった。
普段はハルヒたちとグルになられてさんざん面白可笑しく振り回されている俺である。
トナカイの一発芸分ぐらいは俺も鶴屋さんのように笑ってみたいと思った。

キョン「……ずばり、スリーサイズはいくつですか?」

ほんと軽い冗談のつもりだった。本格的な質問をする前の軽い前振り、ジャブみたいなもんだ。
これを鶴屋さんにまたまたキョンくんは~と返してもらってすいません鶴屋さんふざけすぎました、と
俺が返して和やかなコミュニケーションをするのだ。

われながら完璧なる会話の組み立てに惚れ惚れする。
だが俺のそんなくだらない自己満足を吹き飛ばす事態が起こった。

鶴屋さん「上からでいいよねっ! 」

キョン「……はい?」

鶴屋さん「んじゃぁいくよっ! 上からな──」

キョン「ちょ、鶴屋さん、だめです! ちょ、わー!! わーーーー!!!」

俺が一目をはばからずに叫んだおかげで鶴屋さんの言葉をさえぎることはできた。
だがその代わりに店内中の視線を一手に引き受けることになった。
バカにしたような嘲るような苦笑が吹きすさぶ中俺は鶴屋さんに視線を落とした。


63 名前:5-5[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:47:46.57 ID:B+NILJlT0

笑っている。それも頬を少しだけ釣り上げてにんまりと。
悪い後輩の出過ぎたおいたにお仕置きをした頭のキレる先輩がそこに居た。

もちろん俺が動揺して自分の言葉を遮ることまで見越していたのだろう。
だからあんな風になんのためらいもなく大声で言おうとしたのだ。
それ以上の声量で俺が叫ぶよう誘導する為に。

まったくもって大した先輩である。俺は自分のバカさ加減が恨めしい。
どうもこの人の前では自分は雑魚キャラになってしまうような、そんな圧倒的なレベルの格差を感じる。
もともと一般ピーポーであろうということは誰に聞くでもないことなんだが。

ぐたっと背もたれに寄りかかってうなだれる俺に鶴屋さんはなおも追い打ちをかけてくる。

鶴屋さん「あのまま言わせてたらどうなってたかわかんなかったよっ?」

その一言に背筋が凍る思いだった。

キョン「って、ほんとに言うつもりだったんですかっ!?」

俺の精一杯の指摘もといつっこみにもあっけらかんと軽快に笑ってみせて
鶴屋さんは余裕綽々の笑みを浮かべる。

人差し指を口元に寄せて小さくささやくように
目いっぱいの悪意とイタズラ心を振りまきつつ得意満面の鶴屋さんは言う。

鶴屋さん「探偵くん……まだまだ修行が足りないっさっ♪」

俺は頭を抱えてうなった。俺は読み誤っていた。


64 名前:5-6[] 投稿日:2010/03/13(土) 20:51:32.39 ID:B+NILJlT0

この人はワトソンでもホームズでもない。どちらかというとモリアーティ教授だった。
それもホームズなんかに捕まったりしない、レベルカンストのモリアーティである。

太刀打ちすべくもないのは目に見えていた。もとい俺には見えていなかった。
この人の頭の上に浮かんでいるレベル表示が。

今なら見える。残酷な格差が。ふぐぅ。

そんな俺を鶴屋さんは面白いものでも見るように嬉しそうに眺めていた。
実際面白がってらっしゃられるんだろう。俺にはもうどうすることもできなかった。

鶴屋さん「んじゃっ、罰としてもう一度あたしの質問に答えてもらうっさっ。
      もちろん引き換えの質問はなしにょろっ♪」

言葉も出ない。
俺は一回分の質問の権利を失効しただけでなくまんまと
次の質問の義務まで引き出されてしまった。

一旦こうなるとなし崩し的に根堀葉堀恥ずかしい記憶を掘り返されるに違いない。
いたずらっぽく笑う鶴屋さんに「もう好きにしてください……」と
精一杯憐れっぽく振舞うことでいささかの同情を引いて
勘弁してもらおうという企みだけが俺にできる唯一の選択だった。

そんな俺の内心を見透かすように笑う鶴屋さんはさっきからずっと笑い通しである。
決して悲しみに沈むことのないこの人のナチュラルな笑顔が恨めしい、
もとい可愛い、いやいやなんでもない。

なんだどうした、調子狂っちまうな今日は。


65 名前:5-7[] 投稿日:2010/03/13(土) 20:54:15.52 ID:B+NILJlT0

会話の中にある種のパターンが成立し始めていた。
これでは全校生徒の前で恥ずかしい秘密を叫ぶ前に鶴屋さんにすべて暴露してしまう。
それだけは勘弁してほしい。

そう伝えると鶴屋さんは重ね重ね俺にいじわるをふっかけてきた。

鶴屋さん「ん~、どうしよっかな~」

俺は精一杯目尻に涙を浮かべようと必死になる。
俺の微妙な細目に一瞬クスリと笑うとそれで気が済んだのか
鶴屋さんは慈悲と憐憫の心を見せてくれた。

鶴屋さん「じゃぁキョンくんが面白いから許してあげるっさっ♪」

ありがとうございます鶴屋さんっ。
俺は両手を組んで祈るように全力で鶴屋さんに感謝した。
手のひらの上で踊らされている感はまったくもって拭えないのだが。
一先ず安心した俺は自分のコーヒーに少し口をつける。

鶴屋さん「そいじゃぁいよいよ質問するよっ!
      キョンくんはぁ……SOS団の中で誰が一番好きなんだいっ?」

器の中に盛大にコーヒーを吹き出してしまった。
幸いあたりに飛沫は飛ばなかったがコーヒーが一杯ダメになってしまったのは痛かった。
ファミレスとはいえけっこう値が張るものなんである。

俺の財布の厚みにささやか且つ確実な打撃を与えながら悪びれるでもなく鶴屋さんは言う。


68 名前:5-8[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:57:08.97 ID:B+NILJlT0

鶴屋さん「ハルにゃん? 長門っち? やっぱりみくる?
      それとも……まさか一樹くん狙いなのかいっ!?」

キョン「な、ん、で、俺が古泉をラブアンドハンティングせにゃならんのですかーーーー!」

我を忘れた俺の自己の尊厳をかけた全否定を面白そうに笑い飛ばしながら
鶴屋さんは「ごめんごめん!」と謝ってきた。

キョン「鶴屋さんまでそういう話をし出すと本当に収まりがつかなくなるんですからね!」

俺の必死の訴えに同調して鶴屋さんは「や~、悪かったよっ」とごめんのポーズを取っている。

鶴屋さんが意外と簡単に引き下がってくれたので俺は安堵のため息を吐いた。
なんとか残る三人のことをはぐらかすことには成功した。それ故のため息だった。

もう完全に俺は鶴屋さんの玩具である。

予定調和に予定調和を重ねて釈迦の手のひらで踊らされる孫悟空の如く、
どこまで行ってもそれはシュバルツシルト半径のごとく堂々巡りなのだった。

いっそ名前でも書き残しておこうかと思った。キョン、と。
違うだろ、フルネームで書けよ俺っ!

そうこうしているうちに二日目の調査も終了の時間がやってきた。

鶴屋さん「実は今日はちょっち忙しかったんだよねっ。だからあんまし時間作れなくてごめんよ!」

これには驚いた。鶴屋さんはこんなバカな調査のために、
そもそも目的さえまだ伝えていないというのに無理に時間を作ってまで参加してくれていたらしい。

69 名前:5-9[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 21:00:10.45 ID:B+NILJlT0

そこまでしてもらって目的を伝えないままでいるのもいい加減忍びなかった。
いっそ白状してしまおう。鶴屋さんのことを調べています、と。

たとえそれでどんな嫌な顔をされても
このまま引っ張りまわすよりはずっとマシだと思えた。

だが伝えようと口を開きかけた俺を制ように鶴屋さんは人差し指を立てて
口元に添え「言わなくてもいいにょろっ」と囁くように言った。

考えを見透かされ驚く俺に鶴屋さんは笑って答える。

鶴屋さん「それはキョンくんがわかっていればいいことなのさっ、
      だってあたしは不思議名探偵キョンくんの凄腕の助手なんだかんねっ!」

呆れたような感心したような不思議な気持ちになった。
この人の考えていることは俺なんかにつかみきれるもんじゃないな。

なんでもないことのように話す鶴屋さんに俺は改めて尊敬の念を禁じ得なかった。

鶴屋さん「そんなわけで、キョンくんが困ったときはいつでも支えてあげるにょろっ!
      んじゃ、もどろっかっ」

なんともくすぐったい言葉と共に二日目の調査はお開きになった。
鶴屋さんは先程の黒塗りのセンチュリーに颯爽と乗り込み
ドアを開けっ放しにしたまま道路脇に立つ俺に話しかける。

「送っていこーかっ?」という鶴屋さんの快い勧めを断って俺は電車で帰る旨を伝えた。

「そーかいっ」と残念そうな顔をしたあと鶴屋さんは手を振って別れの挨拶の代わりにした。

70 名前:5-10end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 21:02:46.99 ID:B+NILJlT0


鶴屋さんの表情は少し寂しげなようでいて、俺を見る目は暖かだった。
俺は鶴屋さんの車が見えなくなるまで胸の前で小さく手を振っていた。
それは鶴屋さんが車の窓からずっと俺に手を振っていたからだ。

なんだか子供みたいだな、と思いながら、俺は駅へと歩き始める。
結局今日の調査は鶴屋さんと少し仲良くなっただけで終わってしまった。いや、それはそれでいいことなのだが。

ポケットに両手をつっこんで、途中のマツモトヤスシでジュースを一本買って帰った。
妹へのおみやげである。

もとい、口封じの一本である。




71 名前:6-1end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 21:06:56.04 ID:B+NILJlT0

「────さま。よろしいのですか?」

「ん、どしてっ?」

「差し出がましいことを言うようですがあなたはこのような街中をうろついて時間を潰している暇などあなたにはないはずです」

「ふっふん、そんなことないっさっ。それがわからないようじゃぁ、まだまだ修行が足りないにょろねっ」

「そうですか。わかりました。これ以上本件には口出ししません。当然、──様方にも内密にしておきます」

「そうしてもらえると助かるっさ」

いつも通り、いつものこと。

楽しいことには関わりたい。
好奇心が勝るから。

いつも通り、いつものこと。

それでもあの面白おかしい連中に関わり始めてからというもの
自分が少しずつ変わり始めている気はする。

それが喜ばしくもあり、また、そら恐ろしくもあり。

「もうちょっとだけ、面白くしたいっさっ……」

こんな機会がそう何度も訪れるとは思えないのだから。


73 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/13(土) 21:09:08.79 ID:B+NILJlT0

一旦夕食休憩にします。
再開は約一時間後の十時からの予定です。

それではまた一時間後にノシ


76 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/13(土) 21:28:15.16 ID:B+NILJlT0
あー、そうでしたか

次からはもう若干ペースを落として行こうと思います。


80 名前:7-1[age] 投稿日:2010/03/13(土) 22:03:01.92 ID:B+NILJlT0

三日目  不作法名探偵キョン


三日目。いい加減市街ですることもなくなってきたのでどうしようかと思い
リビングで漫然と朝の時間を過ごしていると不意に携帯の着信音が鳴った。
鶴屋さんからである。

鶴屋さん「やぁやぁ少年っ! 元気にしてっかいっ」

軽い挨拶の後で体調を尋ねられる。
おかげさまで大病を患わずに済んでおります、と返しておいた。

鶴屋さん「あっはっは! そりゃー結構なことさねっ、人間万事さいおーが馬!
      キョンくんも健康には気をつけるにょろよっ」

誰のおかげなのかはつっこまず電話の向こうで賑やかな笑い声が木霊した。

鶴屋さん一人で俺二三人分くらいの声量があるな。
あの広い日本家屋の座敷にハウリングして増幅されているのかもしれない。
無駄な家具調度品のない意外なほど簡素で素朴と言うか
浮世絵的な邸内であるからそれはもう透き通るように響くことだろう。

屋敷の端から端へ肉声で会話するために
鶴屋さんはあんなに声が大きくなったんじゃなかろうか。
んなバカな、と自分に突っ込んだところで鶴屋さんが意外な提案をする。

鶴屋さん「今日はちょっと街の方へは出られそうにないっさっ。
      だからさっ、今日はちょっとうちにお呼ばれしてみないかい?
      キョンくんがもし良ければだけどねっ」

81 名前:7-2[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 22:06:03.27 ID:B+NILJlT0

ちょうど鶴屋さんの自宅のことを考えていたので面食らってしまった。
なんだなんだ、俺の変な妄想が妙な話を引き出しちまったのか。

唖然とした俺が言葉を返せないでいると
電話の向こうで待ち詫びていたらしい鶴屋さんが返事を催促してくる。

鶴屋さん「どうだいっ? もし都合が悪ければそっちをゆーせんしてくれてもいいけどさっ」

鶴屋さんの若干遠慮がちな口調にせっかくのお誘いを無碍に断ることもできない俺は快く承諾する。

キョン「わかりました、ただチャリで向かうのでしばらくかかるかもしれませんが待っていてください。
    菓子折りかなんかでも持ってけるといいんですけど生憎今うちにないんで……。すいません」

電話の向こうで「いーよいーよっ」と笑ったあと鶴屋さんは
済ませていないなら昼食を自分の家で食べないかとも提案してきた。

鶴屋さん宅の昼食。うーん、想像がつかない。

意外に質素なのか、それとも無駄に豪華なのか。
どちらもありうる気がして俺は想像の幅をそこで止めた。どちらにしても興味は湧いてくる。

我が家の貧乏飯、もとい即席なんちゃらに比べればどう考えてもそっちの方が美味いに決まっている。
俺の不作法がのそっと鎌首をもたげてしゃしゃり出てきた。

しかしこうほいほいとご馳走になっていいものだろうか。
妹と母親は朝っぱらからデパートで買い物だし家の中には俺一人しかいない。
戸棚には昔ながらのマヨネーズやきそばが一つあるだけで
それはそれはうら寂しい昼食になる予定だったのだ。


82 名前:7-3[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 22:08:31.60 ID:B+NILJlT0

まぁこれも調査の一つに数えていいんだろう。
鶴屋家の昼食の献立。
これだけで目下作成中のパーソナルデータも一つ埋まるというものだ。
その後が果てしなく遠いのだが。

キョン「んじゃぁ、お言葉に甘えてご馳走になりますっ。
    家族は出払ってるしウチにはカップマヨそばしかなかったんで
    参っちまってたところだったんですよね、あっはっはっ」

俺のわざとらしい笑いに合わせて電話の向こうから「わっはっはっ!」という豪快な笑い声が聞こえる。
そのスレンダーなお胸を目いっぱいに張っているところを容易に想像できて
本当に笑っちまいそうになるのをなんとかこらえた。いかんいかん。
勘のいいこの人相手に迂闊な対応は禁物だ。ここは一つ慎重に行こう。

鶴屋さん「そいじゃっ、いつも食べてる奴で悪いんだけどキョンくんの分もよーいしておくっさっ。
      なるべく早く来ておくれよっ、冷めちったら美味しく食べらんないかんねっ!
      んじゃ、また後で会おうっさっ!」

電話を終えて時計を見ると十一時を過ぎようかというところだった。
大慌てて着替えた俺は自転車に飛び乗って急いで坂道を下っていった。
よく考えたら俺の家と鶴屋さんの屋敷まではけっこうな距離がある。
すぐに出て正午に着くか着かないかというところだ。

その辺の見通しの甘さが俺の人生に災難を呼び込む根本的な原因な気がした。
まぁどうせ信号に捕まるので汗をかかない程度に急いでいけばいいだろう。

数十分ぐらいキコキコとチャリをこいで坂を登ってへーこらしたり
階段を降りてひーこらしたり公園を抜けてショートカットしたりしながら
なんとか正午より前に鶴屋さんの邸宅の前へ到着することができた。

83 名前:7-4[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:12:25.99 ID:B+NILJlT0

門を叩くとそばの通用口が開いて使用人ではなく鶴屋さん本人が出迎えてくれた。
和装の普段着に身をつつみ髪を後ろで結い上げた鶴屋さんはめかしこんでいるようにも見えたし、
着こなしの自然さから普段からこうなのかとも思えた。

しかしていつも通りのいつも通りな調子と口調で鶴屋さんは俺に挨拶をする。

鶴屋さん「おっすっ! やぁやぁやっと来たね! 心配してそこまで使いを出そうかと思ってたよっ」

そのポニーテール風の髪型に若干ときめいたりしながらも咳払いで誤魔化すと
「こんにちは、鶴屋さん」と挨拶しながら小さく会釈をした。

キョン「やぁ面目ないです。ちと思ったより遠かったみたいで。すんません先輩」

鶴屋さんは申し訳なさそうにしている俺を「いーっていーってっ」と笑ってねぎらうと邸内へと案内してくれた。
長い廊下と軒先を歩いて行くと屋敷の壮大さに比べればだいぶ小ぢんまりとした部屋に案内される。

秋の文化祭の出し物を撮影した場所にも似た室内はそれでも俺の部屋ぐらいの広さはある。
ここに長くいると遠近感とか伸長感を見失いそうで怖いな。
自分の家をうさぎ小屋だと感じ始めたら精神衛生上大変よろしくない。
いかんな、ここは何も考えないようにしておこう。気にしなければどうということはない、はず。おそらく多分。

そうして鶴屋さんに案内されるままに俺は入り口を左手に見る位置に座った。

鶴屋さん「んじゃっ、配膳の方はまかせてよっ、
      ぱっぱか行ってくっからまぁ自分の部屋だと思ってくつろいでいてくれたまえっ!」

まぁさすがにごろ寝までするのは気が引けるので「りょーかいっすっ」と
鶴屋さんの口真似をしながら愛想笑いをしておく。
鶴屋さんはそんな俺の対応に満足するとたったかたっと小さな足音をさせながら廊下を駆けていった。

84 名前:7-5[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 22:14:51.93 ID:B+NILJlT0

俺が歩いたときは結構きしむ音がしたから鶴屋さんの体重がかなり軽いんだな

そんなことを思いながら俺は辺りを見回す。
壁はうす緑色のライムグリーンに影がかかった感じだった。

親戚の古い家に行ったときもたしかこんな色の壁をしていたな。
日本家屋というのはだいたいこんな壁の色をしているのかもしれない。

日向と日陰のコントラストで背景がぼうっと薄緑色のモノトーンのように
奥行きをなくして浮かびあがってくる。

部屋の奥にはまだふすまがあってその先は家人しか立ち入れない領域のように感じられた。
軒先というのは来客用で、本当の生活空間は奥に隠されているのかもしれない。

そう思うとこの殺風景さというか質素簡素で無駄のない家具の配置も当然のことだと思える。
わびさびというか細やかな気遣いというか、粋な感性が感じられて小気味いいものだった。

もっとも本当の金持ちというのは成金というより貴族華族に近いもので
俺の狭い常識の中では測れない要素を多分に含んでいるのだろうからそんな感慨さえも無粋に思えた。
うん、場違いだな。俺の存在そのものが。

苦笑いを浮かべようかというところで鶴屋さんが食膳両手に戻ってきた。

抱えた食膳にはお椀やら小皿やらが乗せられている。
器用なもので鶴屋さんは食器を一切ガタつかせることなくスッと俺の前に膳を置いた。
予め準備は済んでいたらしい、
俺が遅れたせいで料理を冷ませちまったんじゃないかと心配になった。

鶴屋さん「どうぞっ、お口に合いますかどーかっ」

85 名前:7-6[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 22:17:06.93 ID:B+NILJlT0

慇懃に礼をすると鶴屋さんは両手を合わせる。
俺もそれにならって両手を合わせた。
若干の間があった後いただきますの礼をした。

椀の蓋を取ると湯気がほわっと舞い上がった。味噌汁のようだがまぁ飲んでみよう。
一口すすると何とも言えない甘みが口の中に広がった。
赤や合わせではない純然たる白味噌が使われている。それも結構上質な奴だ。
スーパー謹製のパックものしか飲んだことがないのでその点に関しては疑いがない。
逆に断言できるところが悲しくなった。
この味噌汁は普段から料理に手馴れた人間が作ったものだと思えた。

キョン「これは家政婦さん、あ、鶴屋さんの家くらいになると料理人とかがいるんでしょうね。
    その人が作ったんですか?」

そう尋ねる俺の言葉を受けて鶴屋さんは嬉しそうに笑うと小さく首を振って否定する。

鶴屋さん「んーんっ、違うにょろっ。これはあたしが作ったのさっ」

鶴屋さんが? へー、いつも自分で作ってらっしゃるんですか。

鶴屋さん「いやーっ、恥ずかしー話なんだけどそんなことはないんだよっ。
      普段は人に任せっきりでね、自分で作ることはほとんどないのさっ」

キョン「じゃぁ今日は……」

鶴屋さん「今日はキョンくんが来っからさっ、たまには自分で作ってみよーかと思ってねっ!
      なははっ、うまくできてなかったらごめんねっ! そん時は勘弁してほしいっさっ」

そうして両手を合わせてごめんのポーズを取ると片目を閉じてウィンクをした。

86 名前:7-7[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:19:56.95 ID:B+NILJlT0

ちょっぴり下がった眉毛に照れくささをちりばめて
鶴屋さんは八重歯を見せつつ恥ずかしそうに笑った。

鶴屋さんは俺のためにわざわざ手料理をふるまってくれたようだ。
俺は気恥ずかしさと背筋に言いようの無いくすぐったさを感じながらも
なるべく平静を装って食事を続けた。

自分の為に作られた、それも鶴屋さんお手製なのだと思うと
二口目以降は先程すすった一口目以上に美味しく感じられた。

次いで口をつけたただの白米でさえ、もといコシヒカリかなんかの上等な奴なんだろうが
その元々の品質以上に美味だと思えたのは決して気のせいではないだろう。

料理の出来栄えが気になるのだろう、
鶴屋さんは少し前のめりになって小首をかしげながら
俺の顔を覗きこみ興味津々といった表情で俺を観察してくる。

なんともこそばゆい思いをしながら俺は食事を続けた。
鶴屋さんも時折自分の皿に箸をつけるものの
ほとんどの時間は俺を観察することに費やしている。

俺が完食するといつの間にか鶴屋さんも食べ終えていた。
どうも俺を観察する時間を見越して分量を調節していたらしい。

抜け目ないというか如才ないというか、隙も油断もない人である。
備えあって憂いなし、その姿勢の柔軟さは是非見習うべきだなと思った。

俺が箸を置くと鶴屋さんは「お粗末さまでしたっ!」と元気いっぱいに深々と礼をした。


87 名前:7-8[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:22:23.92 ID:B+NILJlT0

俺も「あ、どうも」と間の抜けた返事をしながら
食膳を片付ける鶴屋さんを手伝おうとしたのだが、
鶴屋さんは「とうっ!」という掛け声と共に俺の手を払いのけると

「キョンくんはお客様なんだから触っちゃダメにょろっ!」と小さな子にするように叱りつけられた。

お客様だったら手首を払われることなんてないと思うんですけど……。
そんな俺の虚しい心の中のつっこみを余所に食膳を抱えた鶴屋さんは廊下を駆け抜けて行った。

満腹になった俺はふと部屋の奥にあるふすまの向こうが気になった。

さすがに客間のすぐ隣に生活空間があるとは思えないが、若干気になるところではある。
鶴屋さんは出て行ったばかりだし、もう数十秒ぐらいは猶予があるかもしれない。

そんな不躾で無粋な計算をしながら俺はこそこそと泥棒のように奥のふすまに手をかけた。
音を立てないようにゆっくりとふすまを開く。

ふすまの中に顔を出すとそこにはもう一つ廊下が通っていた。

少し左手がト型になっていて屋敷のさらに奥へと続いている。
薄暗い廊下の先行きは暗がりでほとんど見えない。

目を凝らしてもぼんやりと影を追うのが精一杯だった。
さすがにこれ以上はとためらわれたが、好奇心が勝る。

そろりそろりと床板をきしませないように歩いてト型の角を覗き込んで目を凝らして奥を見る。

冷たい空気が頬を撫ぜて俺の気分をなんとも言えない和風ホラーな心地にさせた。


88 名前:7-9[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:24:40.32 ID:B+NILJlT0

そういえば受恩とかいう一度着た恩を万倍にして返そうと
終生つきまとってくる恐怖の幽霊映画があったな。

一生忘れませんと叫びながら這いずりまわる姿はそれはもう戦慄ものだった。

主人公の「お前はもう死んでいる」というつっこみもむなしく最後には取りつかれてしまっていた。
そうして親眷縁者にも見捨てられた主人公が幽霊と二人きりになったところで突然背後から……

鶴屋さん「キョンくんっ?」

どわああああああああああ!!

絶叫は幸いにして頭の中だけに留めておいた。決して喉がひきつってしまったからではない。

鶴屋さんは凍ったように固まって動かない俺の正面に回んで
奇妙にひきつった顔面を不思議そうに覗き込んでくる。

そして俺が「ふへっ」と奇妙な溜息をこぼしたところで爆笑に転じた。

鶴屋さん「あははははっ! どうしたのさキョンくんっ! あっははははははっ!」

鶴屋さんの爆笑吹き荒れる中で俺はへなへなと腰砕けになった。

さすがに腰が抜けはしなかったが膝下にほとんど力が入らない。
俺は逃げるように這いつくばりながら元の部屋へと逃げ戻った。

背後で鶴屋さんの笑い声が一層大きくなる。
情けない、恥ずかしい、消えてしまいたい。
そんな思いと共におれは畳に顔面をつっぷして声もなく悶絶した。

89 名前:7-10[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:27:20.97 ID:B+NILJlT0

そんな俺をふすまの影から指さしながらお腹を抱えて面白がる鶴屋さんの姿が見えた。
本当に面白そうに笑っている。

それは即ち今の俺の格好の無様さを表していた。

いっそこのまま不埒な闖入者として裁きに処してもらいたかった。
浅緑色の草香る畳の上は処刑台の上よりも居心地の悪いものだった。

一通り笑い終えた鶴屋さんはとてとてと俺の隣に歩み寄り
「ていっ!」という掛け声と共に後頭部へ手刀を振りおろしてきた。

その一撃をなすすべもなく食らってしまう。
かすれるようなうめき声をあげながら畳に額をこすりつけてしまった。

こわごわ顔を上げると鶴屋さんはにんまりと笑っていて、
それでいて責めるような視線を俺に投げかけてきた。

鶴屋さん「キョンくんっ、おいたはぁ、いけないなぁっ!」

満面の笑みの裏に屹然とした厳しさをのぞかせて、
そんな鶴屋さんに俺は何を弁明するでもなく「すいません……」とむなしく降伏の意を示した。

鶴屋さん「よしっ!」

鶴屋さんはそれ以上俺を責めるでもなく手を差し伸べて引っ張り起こしてくれた。
どうやらこれ以上追及されることはないようだった。
後は自分で自分を裁けということなのだろう。
にこやかな鶴屋さんの笑顔の向こうに剣呑さと厳然さを見出しながら
俺は肩を落としつつあぐらをかいた。

92 名前:7-11[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:29:38.70 ID:B+NILJlT0

姿勢は若干低くして肩を丸めるのは精一杯の防衛機制というか、
単純に肩身が狭かったのである。
そんな俺のしおれた肩をサバサバとした動作でバシッと強く叩いて
鶴屋さんはかんらかんらと高らかに笑った。

苦しゅうない、そんな言葉が聞こえてきそうだった。

鶴屋さん「気になっちゃったんだねぇ、好奇心が旺盛なのはいいことさっ。
      でもねキョンくん、それは猫をも殺す恐怖の好奇心にょろっ、
      分別をわきまえないとそう遠くないうちに戻れなくなっちゃうよっ?」

どこから戻れないとおっしゃるのか。
まさかあの奥に座敷牢とか地下牢みたいなものがあって
不作法者はそこに監禁されたりするんだろうか。

俺は鶴屋さんのにこやかさの裏にこれ以上ダーティーな連想をしたくないのでそこで思考を打ち切った。

とにかく素直に「すんません……」と呟くことだけが
俺が示せる唯一の詫びの意なのだった。面目ない。

鶴屋さん「そいじゃぁ、ちょっち日向ぼっこでもしよっかっ」

鶴屋さんに連れられるままについに室内から引っ張り出された俺は
なんとなく名残惜しいような余韻を残しつつ部屋を後にした。
しばらく廊下を歩いて屋敷の南側の軒先につくと俺と鶴屋さんは庭先に足を投げ出して縁側に座った。

本当に何をするでもなくぼーっと座って時間を過ごしていた。
陽だまりの中で鶴屋さんは時折俺の顔を覗いては
にゃははっと八重歯を覗かせて笑った。

94 名前:7-12end[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:32:44.08 ID:B+NILJlT0

気恥かしいようなくすぐったいような背筋が寒くなるような感覚の中で
春風と陽光のただ中にいるとだんだんと眠くなってきた。

そしてどういうわけだかまぶたがストンと下がってきて、意識はどろりと淀んでいく。

何の気もなく鶴屋さんの方を見たのだがその表情がいまいちよく判別できない。

笑っているのか、泣いているのか、
困っているのか、喜んでいるのか。

ぐにゃぐにゃと歪む視界の中で暗転、

俺の意識は深い闇に落ちた────。











95 名前:8-1end[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:35:00.93 ID:B+NILJlT0





闇と闇の間、かすかな光の射す中で。

「もしそれがあたしだったらさ────キョンくんは怒ってくれたかいっ────?」

ささやかれるように語られた言葉は俺の耳の奥の奥で、遠く──遠く残響した。







96 名前:9-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:37:18.82 ID:B+NILJlT0

うっすらとまぶたを開くと世界が横倒しになっていた。というより俺が横に倒れていた。

辺りはすでに薄暗く夕日もやれやれ沈もうかという時間。俺は左手で目元をこすった。

なんだ、どうしたってんだ。なんだか急に眠くなっちまって、気がついたらもうこんな時間かよ。
さっさと起きないとまた妹か母親にどやされ……。

そう思ったところで俺はここが鶴屋さんの家であることを思い出した。

急いで飛び起きようと頭を起こしたところで「とうっ!」という掛け声と共に
上から何者かの手のひらが押し付けれた。だが床に頭を打ち付けるようなことはなかった。
頬に絹のような肌触りの布が触れる。
それはふにっと柔らかくたわむと俺の頭にしっくりと馴染んだ。
なんとも居心地のいいものだった。

どういうことかと思い見上げると笑顔の鶴屋さんがそこにいた。
なんとまぁ驚いたことに、俺は鶴屋さんに膝枕をされていたのである。

鶴屋さん「おっすキョンくんっ、ぐっすり眠れたかいっ?」

鶴屋さんはそう言うと優しげに、それでいて嬉しそうに笑った。
いつもの豪快な笑い方からは想像もつかないなんとも繊細で暖かな表情だった。

暖かでいて、強すぎない、春の日差しのような。その陽だまりに浮かんでいるような心地だった。
夕日の赤が暗がりを増すほどに、鶴屋さんの表情は見えにくくなっていった。

キョン「鶴屋さん……? すいません、寝ちまってたみたいですね、
    すぐ起きますから、よっこらどぅぼわっ!」


97 名前:9-2[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:39:29.40 ID:B+NILJlT0

起き上がろうとした俺の眉間に一発空手チョップを振り下ろしその張本人こと鶴屋さんは
にゃははっといつもの調子で屈託のない笑い声をあげた。

鶴屋さん「だめだよーっ、キョンくんっ。急に起き上がったりしたらあぶないにょろ?
      でもまぁ、せっかくだしこのままでもいーんじゃないっ? 減るもんでもないしさっ」

むしろ今まさに俺の生命力が減っていってるんですけど。

鶴屋さん「そいじゃぁなおさら安静にしてないとねっ!」

そう言いながらおれのおでこをペシペシとはたく。
うぅん、下は柔らか上はペシペシ。これなーんだ。

って鶴屋さんそろそろ痛いです、強いですってば。

悪びれるでもなくただ優しく微笑む鶴屋さんに俺はそれ以上なにを言い返すこともできなかった。
そんな表情をされたらもうどうすることもできない。

なんとも言えない心地よい空間に俺は完全に馴染んでしまっていた。
正直この状態を崩すことは俺も内心望んではいない。もうこのままでもいいか。
一応会話はできるんだからな。

俺の打算と堕落に満ちた思考をよそに、鶴屋さんは先程まで俺の額を叩いていた手で
俺の後頭部や側頭部、頭頂部やらを優しく撫で下ろす。
毛の流れに逆らうことなく、とくように、撫でるように、そして時折毛先を指先で繰るようにして弄んだ。

なんというか、猫にでもなった気分だった。
つむじを指先でつんつんと突かれてこそばゆい思いをしたりうなじをこしょこしょとくすぐられたりしながらも
俺は鶴屋さんの言いつけ通りにじっとしていた。

99 名前:9-3[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:41:54.69 ID:B+NILJlT0

指先で弄ばれるたびに俺の体が無意識に反応しひざから下をもぞもぞさせていると
鶴屋さんの笑いをこらえるような息遣いが聞こえた。

俺にしっぽが生えていたらさぞ嬉しそうに床を叩いていたに違いない。
生えていなくてよかったと思った。
そういうにぎやかさは今のこの静寂には似合わないと思えたからだ。

月明かりと夕日が交わろうかという時間。俺は鶴屋さんに質問した。

キョン「あの……廊下の向こうには何があるんですか……?」

素朴な疑問だった。本当にごくちょっとした疑問。
不躾で不埒で不作法ではあるが、聞かずにはいられなかった。

自分がどれだけ悪いことをしたのか尋ねるような、
そんな畏怖と反省の意も込めての質問だった。

それに今なら、鶴屋さんは答えてくれるような気がした。そしてそれは正しい予感だった。

鶴屋さん「あの奥には奥座敷があってさ……
      精神を集中したいときはいつもそこに行くのさっ。
      一人になってゆっくり考え事をしたいときには、
      うってつけの場所だかんねっ……」

鶴屋さんでも一人になりたいときがあるのか。意外な答えに少し驚いた。
だが鶴屋さんの場合落ち込んでションボリする為にではなく、
何か儀礼的というか儀式的というか、
武道や茶道の精神統一的な意味合いでのことなのかもしれない。
そう思うと納得がいく。

101 名前:9-4[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:45:13.41 ID:B+NILJlT0

静けさ満ち満ちる暗室で精神を統一する鶴屋さんが剣呑な気迫をまとい気力を充実させていく、
というような様をいい加減な邦画の知識と想像力を用いて思い浮かべる。

この人はメンタル面でも隙がないんだと改めて感心した。
俺が及ぶ余地なんてまったくないんだなと、なんの疑いもなくそう思った。

いつかその深奥に招かれてみたい、などと無礼なことを考えながら。

鶴屋さん「ねぇキョンくん、もう大分暗くなっちったけど帰りは大丈夫かい?
      乗ってきたの自転車にょろ?」

そうだった。夕方になる前には戻るつもりだったので自宅にはなんの書き置きもしていない。
心配はされていないだろうが一言二言叱られるくらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない。

キョン「ぁ~……そうですね……ちっとばかしヤバイですね……」

鶴屋さん「この辺はずっとうちの敷地だから街灯なんかもないからね。
      今日は雲も出てるし月明かりだけで帰るのは無理があるにょろ。
      出会い頭に何かと衝突してどっか~んっ! 
      って弾き飛ばされないとも限らないっさっ」

何かってなんですか、熊でも出るんですか熊でも。
もしくは周辺を警護している巨漢の大男だったりして……そんなことはないか。

突然鶴屋さんが何かを思いついたように両手を叩く。

鶴屋さん「よっしっ、そいじゃぁタクシーでも呼ぼうかっ!」

キョン「えっ!?」

102 名前:9-5[age] 投稿日:2010/03/13(土) 22:48:39.82 ID:B+NILJlT0

思わず飛び起きそうになった俺の額に手を添えて制した鶴屋さんは
再び自分の膝の上に収まらせる。
悔しいことに俺の本能は居心地の良すぎるその場所を離れるだけの根性を
ひねり出さなかった。

すっかり懐柔されてしまい情けないやら嬉しいやら複雑な心境だ。

鶴屋さん「キョンくんはぁ……まだ寝てるにょろっ!」

そう言って胸元から携帯電話を取り出すと、ってどこにしまってんですか鶴屋さん。
そのままどこかへ連絡し始めた。
そういや以前も件の金属棒の調査結果を胸元にしまいこんでたな。

この人は謎の女怪盗か何かなのだろうか。
それほどしまうスペースがあるとは思えないのだが。いやこれは失敬。

鶴屋さん「うん、タクシーを一台呼んでほしいっさっ。んにゃっ、あたしじゃないよ。
      友達が乗るのさっ。そう、そう。んじゃ頼んだよっ」

そう言って電話を着る。どうやら屋敷の使用人に連絡を取っていたらしい。
一目も見かけなかったが一応住み込みの人なんかもいるのだろうか。

鶴屋さんは携帯電話を胸元にしまい込むと俺の頭を撫でるのを再開した。

一瞬覗いた鎖骨に視線が釘付けになったことには気づかれていないだろうか。
気づかれていたその時は、笑って頭を下げよう。同じく笑って許してくれる、そんな期待と予感をもって。

再びまどろんでしまいそうな時間がゆっくりと過ぎて行った。


103 名前:9-6[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:51:23.91 ID:B+NILJlT0

それでも時間というのは勝手に流れて行くもので、
この瞬間をいくら切り抜きたいと思ってもそれは無理な相談なのだった。
時の女神もまいっちんぐ、じゃねぇな、どうした俺。しっかりしろよ。
あぁ、もう心地いいな畜生っ。

タクシーが到着したようで意外と近かった門口の方からエンジン音がする。

鶴屋さんは最後に俺の側頭部をぽんっと一回はたくと起き上がるように促した。

名残惜しいながらものそのそと起き上がった俺は乱れた髪を手ぐしで整えて
鶴屋さんについて玄関へと向かった。迎えにきたタクシーに乗り込む。

自転車の方は「なんなら後で運ばせておこーかっ」と提案されたのだが、
また自分で取りにくる旨を伝えた。

鶴屋さん「そん時はまたご馳走するよっ。楽しみにしてて欲しいっさっ」

そう言って優しく微笑んだ鶴屋さんの表情は俺と会うことを
本当に楽しみにしてくれているようだった。

俺も気恥ずかしくなって頬が若干熱くなった。赤面していたかもしれない。
けれどもそれは月明かりに照らされてわかるほどのことでもなく、
夜闇に紛れて悟られはしなかった。

それでも鶴屋さんは俺に「ばいばいっ」と小さく手を振ると、「またね」と結んだ。

タクシーは走り出し鶴屋さんは背後にどんどんと遠ざかっていく。
小さくなっていく影が薄暗がりの中でぼんやりと月明かりに浮かび上がり、
それは俺の視力の限界に至るその先まで、ずっと立って見送ってくれていたように思う。

105 名前:9-7end[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:54:12.46 ID:B+NILJlT0

その場に感傷を置き去りにして、俺の肉体は鶴屋さんの家からどんどん離れて行く。

ここにもう一度戻りたい。そんな風に後ろ袖を引かれながら。


かすかな余韻と残り香に引かれながら。







三日目 不作法名探偵キョン end.
to be continued

106 名前:10-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 22:58:00.17 ID:B+NILJlT0

四日目 不明解名探偵キョン


四日目の朝。鶴屋さんからメールが来る。
今日はどうやら調査には来れないという。
鶴屋さんの家もダメなのだそうだ。なんでもでかける用事があるらしい。

一応ないと不便なので自転車を取りにいく旨を伝える。
鶴屋さんの残念がる言葉にごめんね、という一文が添えられたメールが届く。

俺は自転車云々とは関係なしにまたご馳走になっていいですか? と返事を送る。
帰ってきたメールは賑やかにデコられていて鶴屋さんの喜びっぷりがうかがえた。

携帯電話を握りしめて飛び跳ねている鶴屋さんの姿が自然と脳裏に思い浮かんだ。
そりゃちっと自意識過剰ってもんか。

俺はそんなことを考えながらバスを乗り継いで残りは徒歩で鶴屋家の屋敷へとたどり着いた。

門口を叩いて家人や使用人を呼び出そうとするも誰も出ない。
おかしいと思って視界の隅、敷居の奥へと目を凝らすと
俺の自転車が置き去りにされていた。

勝手口というか通用口というか、それらしいものも近くにはない。
塀の前にポツンと一台自転車が置かれていた。

まぁ無理もないよな、と俺は想像を巡らせる。

旧家の令嬢についた悪い虫、まぁそんなところか。
決してそのような関係ではないのだが、まぁお定まりの展開だった。

107 名前:10-2end[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 23:00:51.13 ID:B+NILJlT0

俺は何を思うでもなく自転車にまたがって屋敷を後にした。

どこかで誰かに身られているような気配がしてふと振り返った。
そこには誰もいない。当然ながら周囲にも。

俺は小首をかしげながら再び自転車を漕ぎ出す。

後ろ髪ひかれるような余韻は今はなく、静けさだけが背中に張り付いてる。

場違いだ、ここに居てはいけない。

そんな沈黙の重圧に後押しされるように自転車を漕ぐ足は速くなっていった。

一瞬視界の隅になにかが映ったような気がしたが、
振り返る気は起きなかった。


深緑の世界から一転、俺は灰色の街並みへと還っていったのだった。



四日目 不明解名探偵キョン end.
to be continued

108 名前:11-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:04:49.63 ID:B+NILJlT0

五日目 不在名探偵キョン


五日目。
いつもの時間に市街の待ち合わせ場所にぼうっと座っていたのだが、
いつまで経っても鶴屋さんが現れる気配はなかった。

乗降所をじっと見つめていても黒塗りのセンチュリーが止まったりはしない。
一時間以上経過したが電話もメールも一切来ない。一体どうしたんだろうか。

まぁ旧家のお嬢様のタイムスケジュールの中には
電波圏外や忙殺されるほどの時間密度を様する行動が含まれているのかもしれない。

俺はなんの気なしにそんなことを考えながら駅へと歩き始める。
不意に誰かが走って追いかけてくるような気がしたが、そんなものは俺のくだらない妄想だった。

期待がにわかにはやし立てる。

ここで鶴屋さんが息急き切って走って現れて、俺を呼び止める。
そしてごめんごめんと言った後で待っててくれてありがとうと言う。

そんな瞬間がやってこないことはわかりきっていた。


109 名前:11-2end[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:07:01.95 ID:B+NILJlT0

淡い期待を胸の内にしまい込んで、俺は再び歩き始める。

その日一日、ついに鶴屋さんから連絡が来ることはなかった。

どうしたのだろう。

夜半そんな疑問を解くこともできずにやがて布団の中でまどろみ始め、

そのまま眠りに落ちた。

鶴屋さんの膝枕とこの枕の感触は比べるまでもなく、


それはまったくもって似ているはずもなかったのだった。







五日目 不在名探偵キョン end.
to be continued.

110 名前:12-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:09:18.41 ID:B+NILJlT0

六日目 不埒名探偵キョン


六日目。早朝。
鶴屋さんから電話がかかって来た。
起き抜けに布団にくるまったまま俺は携帯を耳に当てた。
鶴屋さんの賑やかな声が聞こえてきた。

鶴屋さん「キョンくんっ、昨日はごめんっ!」

電話を耳に片手でごめんなさいのポーズを取っている鶴屋さんを想像して俺は若干気持ちが和んだ。

鶴屋さん「どーーしても連絡できなくってさ……ひょっとして……
      駅前でずっと待っててくれたの……かなっ……?」

キョン「まぁ待ったには待ったんですけど、それほど長い時間でもなかったですよ。
    あんま気にしなくてください、俺の方こそ鶴屋さんに迷惑かけちまってるでしょうから」

ほっとしたようなため息が聞こえてくる。
そして鶴屋さんにしては珍しい遠慮がちな口調で話し始める。

鶴屋さん「そう……かいっ? なははっ、めんごめんご……ほんとに……ねっ……。
      あのさ、明日はふつーに時間取れっからさ、また調査を再開しようよっ。
      昨日も一昨日もなんだかんだで何もしてないからねっ!」

むしろ一昨日が一番成果が上がったんですけど。

そんな一言を飲み込んで俺は鶴屋さんの提案を受け入れる。
明日のいつもの時間にいつもの場所で会うことになった。

112 名前:12-2[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:12:33.78 ID:B+NILJlT0

また喫茶店かファミレスでだらだら時間を過ごすのだろうなぁと思いつつ、
鶴屋さんはそれをすら楽しみにしてくれているんだ。俺に文句がないことは当たり前だった。

俺自身、鶴屋さんとの調査を楽しみにしていることにだんだんと気づき始めていた。

なんの因果か鶴屋さんのことを鶴屋さんを相棒にして調べる、
そんな矛盾を孕んだ状況に順応し始めているのか、
明日の正午のことを想像するだけで俺の身体は少しばかり重力への抵抗力を強めるのだった。

キョン「それじゃぁ、お待ちしています。今度遅れたら罰ゲームをやってもらいますからね。
    それもとびきり微妙な奴を」

電話の向こうで鶴屋さんの困ったように笑う声がする。

鶴屋さん「たははーっ、それは勘弁してほしいっさ~……。
      まっ、絶対遅れないからその点は心配いらないにょろっ!
      変なもの持ってきても、絶対無駄になんだかんね!
      だから持ってきちゃダメにょろよ? ……絶対だかんねっ」

執拗に念押しされる。変なおじさんの付け髭でも持ってくると思われているのだろうか。
いえいえ、持っていくのはペンギンさんのフルフェイスマスクですよ?

皇帝ペンギンならぬ女皇ペンギンの誕生の瞬間を想像して俺はニヤリと不適に笑う。
それが鶴屋さんの背筋に寒いものを這いずらせたのかはわからないが、
鶴屋さんは声音を若干震わせながら感想を漏らす。

鶴屋さん「キョンくん……すっごく悪い人みたいっさ……それはハルにゃんでも戦慄ものだよっ……」

なぜにハルヒが引き合いに出されるのか。微妙につっこみきれないままその日の会話は終わりを迎えた。

113 名前:12-3[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:15:20.07 ID:B+NILJlT0

鶴屋さん「んじゃねっ、キョンくんっ。
      あんまり女の子を怖がらせるようなことを言ったり考えたりしちゃダメにょろよっ!
      ちょいワルを目指すのもいいけど、そのままおかしな人になっちゃわないよーにねっ!」

女の子っていうのには鶴屋さんも含まれているのだろうか。

俺よりも万倍男らしい人だが一応はそう、女の子なんである。
学年も一つしか違わないし誕生日次第だろうが同い歳である期間もあるかもしれない。
同学年の早生まれと遅生まれ分ほどの差もないのかもしれない。

そう思うと奇妙なもので、
突然鶴屋さんが先輩ではなく同級生であるような情景がまぶたの裏側に浮かび上がって来た。

先輩フィルターを通さないで見る鶴屋さんはなんとも危なっかしいようでいて、とても気になる存在だった。
うーん……そんなことは全然ないと思うのだが……。

一歩進んで仮に俺が鶴屋さんの先輩分だったとしたらどういう風に見えたのだろうか。
まぁそこまでは想像力が追いつかないな。無理もない。
なぜなら俺は助けられるばかりの残念な後輩だからだ。

一学年の壁は実年齢よりも厚い、切なくもそう感じられた。

鶴屋さんはいつもの元気を取り戻したような高い声で「ばいばいっ!」と言うと
そのままプツリと電話を切った。俺は別れの挨拶を言うこともできなかったので
名残惜しさはあったもののまぁどうせ明日顔を合わせるんである。

ただ明日のことを楽しみに待っていよう。
今日は今日とて暇な一日を、ただだらだらと過ごせばいいのだ。


114 名前:12-4end[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:17:51.21 ID:B+NILJlT0

そういえば春休みの宿題をやっておかないとな、
などとはまったくこれっぽっちも考えもせずに俺は一階へと降りていき、
とろけている妹やシャミセンを横目にだらだらとテレビを見て過ごすのだった。

うし、最高。








六日目 不埒名探偵キョン end.
to be continued

116 名前:13-1[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:20:30.86 ID:B+NILJlT0

七日目 不恰好名探偵キョン

七日目。朝。鶴屋さんからメールが来る。
どうやらいつもの時間より一時間ほど遅れるとのこと。

俺は「鶴屋さんのかわいいペンギン姿が見られることを楽しみにしています♪」

という一文を顔文字や備え付けのフレームやらで目いっぱいギトギトにデコレーションして送っておいた。

返ってきた返事は散々に俺を責め立てるもので、
薄情者だの裏切り者だの人でなしだのありとあらゆる言葉でなじられた。

これは褒め言葉の一種に違いない。

そう思った俺が感謝の一文を送ると、それ以上余計な返事はこなかった。

たった一行、「化けてでるにょろ」と書かれたメールが一通届いただけで。

どうぞ化けて出てください。粗末な茶しか出せませんが。
俺はニヤニヤ笑いながら午後の準備を始めた。

家を出ると気持ちのいい風が吹いていた。ここんとこやけに気候が温暖だな。
この季節ならもう少し天気がぐずついてもおかしくはないのだが。まぁいい、願ったり叶ったりだ。

駅前の広場で携帯をいじりながら待ちぼうけていると
予定の時間より30分ほど遅れて鶴屋さんが現れた。
都合1時間半の遅れである。これは面白いものが見れそうだ。
そんな俺のニヤニヤ笑いに居心地悪そうにしながらも
困ったような笑顔を返して鶴屋さんは頭の後ろをかく。

117 名前:13-2[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:23:04.76 ID:B+NILJlT0

鶴屋さん「たははっ……ごめんよ、面目ないっ!」

そういって両手を顔の前でぱちんと合わせた。
小気味いい音とは打って変わって鶴屋さんの表情は不安げだ。

まさか本当に俺がペンギンさんのマスクを持ってきたと思っているのだろうか。
まぁ持ってきているのだが。
だがさすがにそれはかわいそうに思えたのと鶴屋さんの低姿勢を見ているのが
辛くなってきたのもあって結局出さず終いになった。

ちらっと荷物から覗かせて鶴屋さんの驚きおののく姿を見てみようかとも思っていたのだが、
やれやれどうしてか自分の引き際の潔さが恨めしい。

好奇心よりも不安が勝つのは俺の悪い癖のように思えた。
それを一昨日発揮できなかったことは残念無念の一言である。再来年。

キョン「ま、冗談ですよ。まさか本気にするとは思ってなかったんで……
    すいません、不安がらせちまったみたいで」

俺がそう言うと鶴屋さんは本当に心の底から安堵したようなため息を吐いた。
むぅ、俺が鶴屋さんをいじめていたみたいじゃないか。居心地が悪いったらない。

鶴屋さん「それを聞いて安心したよっ!
      もしうっかりそのまま踊れなんて言われたらどうしようかと思って
      気が気じゃなかったさっ……。キョンくんが優しい子でよかったにょろっ!」

優しい子はこんな風にいじわるしたりしないと思いますが。
それはさておきこれ以上立ち話もなんなので俺と鶴屋さんは近くの喫茶店に入ることにした。
お互いにお代わり自由のコーヒーを注文して適当に談笑しながら口をつける。

118 名前:13-3[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:25:55.94 ID:B+NILJlT0

相変わらず鶴屋さんは面白おかしい冗談みたいな話を俺に聞かせてくれた。

しばらく経つとカフェインが効いてきたのかだんだんと頭が冴えてきた。
今なら普段聞きづらいことも聞き出せるかもしれない。
状況が状況だけにその効果は三割増しだと思えた。

ふっふっふ、覚悟してくださいよ鶴屋さん。今日の俺は一味も二味も苦いですからね。

俺はおもむろに揃えていた足を崩し背もたれに片腕を乗せリラックスできるポーズを取ると
もう片方の腕で顎をつかんで不適な笑みを浮かべた。鶴屋さんの表情に軽快の色が浮かぶ。

俺が良からぬことを企んでいることを見抜いている。まぁ鶴屋さんでなくともわかるだろうが。
俺は唇の端を片方だけ吊り上げながら言う。

キョン「せっかくなので鶴屋さん、二三質問をさせてください。
    なぁに、そんなに難しい質問じゃありませんよ。気を楽にしてください」

いつもの調子でない俺にいつもの調子でない鶴屋さんが答える。

鶴屋さん「な、なんだいっ……キョンくん……。
      ま、まぁ遅れてきた手前断りにくいんだけどさっ……
      い、いいよっ、こうなったら受けて立とうじゃないか! どんとこーいっ!」

最初は肩をすくめてやりにくそうにしていた鶴屋さんも
最後には大きく胸を張って片腕でドンと胸元を叩く。
骨か筋肉かは知らないが固いものに当たったような音が聞こえて
俺は苦笑いを我慢した。スレンダー。それは無情の響きである。

鶴屋さんは覚悟を決めたように俺を睨み据えている。

119 名前:13-4[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 23:28:56.67 ID:B+NILJlT0

若干焦りの色が浮かんでいるような、また俺がバカな冗談を言って
それをやりこめるという流れを期待しているような不思議な顔色だった。
ご期待に添えないのが残念です。それじゃぁいきますよ。

キョン「まず、第一問」

鶴屋さんの生唾を飲み込む音が聞こえる。

キョン「……鶴屋さんはどうしてSOS団に関わろうと思ったんですか?」

これには呆気に取られたようで、鶴屋さんの目がまんまるに開かれた。
そして気が抜けたように姿勢を崩すと卓上にだらっと身を投げ出した。

鶴屋さん「あっはっはっ! それはあたしがキョンくんに一番最初にした質問っさっ、
      キョンくんもなっかなかに人が悪いねっ!
      てっきりもっとすっごいこと聞かれるのかと思って焦っちゃったよ。
      そのぐらいだったらふつーに答えられるっさっ!」

鶴屋さんは卓上から上半身を取り戻すと目をつぶって人差し指をピンと立て復唱するように語り始めた。

鶴屋さん「あたしはみくるのクラスメートで、
      あの子がなんかおもしろそーなことに巻き込まれてるって聞いたからさっ、
      あと野球の紅白戦で人手が足りないってんでついに助っ人として参上した次第さっ!
      あの時のあたしの活躍はきっと覚えていてくれてると思うにょろっ?」

もちろん覚えている。長門謹製のホームランバットに頼るまでもなく
男子野球部員からファールで粘る様はナチュラルな運動能力の高さを伺わせるものだった。


120 名前:13-5[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:31:15.61 ID:B+NILJlT0

キョン「あれは見事でしたね。俺なんか散々だったのに」

鶴屋さん「え~っ、そんなことないじゃん、
      あの後みんなしてホームランぱかぱか打ってたし、
      あたしは本当にびっくりしたよっ!」

あぁ、そういえばそうだった。
自分の力で打ったわけじゃないから微妙に悪い部分だけが記憶に残っていた。

はたから見ればそうなんだよな。
俺も知らずのうちに周りから異常人種に分類されているのかもしれない。

気をつけよう。そう肝に銘じて置いた。

鶴屋さん「あとは~、ん~、退屈してたからかな~。
      あんなに面白い集まりに出会うことなんてそうそうないしっ!
      そりゃあちょっかいも出してみたくなるってもんさねっ、にゃははっ!」

退屈。ふむ。なんか引っかかる単語だな。あの鶴屋さんが退屈とな。
万年お祭り気分のこの人にもそんな感情があるのか。
とはいえ鶴屋さんが賑やかでも周りがいつもこのテンションについていけているというわけでもないだろうし、
たまーに暇だなーとか世界は静けさに満ちているなーと思うぐらいのことはあるのかもしれない。
俺は意外なようでいて当たり前すぎる一面を新たにこの人に見出したのだった。

キョン「んじゃぁ二問目いいっすか?」

鶴屋さん「えぇっ!? ま、まだあるのかいっ……」

俺の軽い口ぶりにようやく開放されたと思っていたらしい鶴屋さんは辟易を隠し切れないようだった。

121 名前:13-6[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:33:25.66 ID:B+NILJlT0

とりあえず鶴屋さんにされた質問は一通り聞き返しておきたい。
次の質問はなんだったかな。そう、例の参った質問だった。

キョン「鶴屋さんは好きな人っているんですか?」

出し抜けに言った俺の質問はコーヒーを含んで落ち着こうとしていた鶴屋さんから
相当の動揺を引き起こしたたらしい。
むせ返るようにコーヒーをカップに戻してしまった鶴屋さんはケホケホと苦しそうに咳をする。
俺は紙ナプキンを渡す。

幸い服の上にはこぼさなかったようだ。その分卓上が悲惨なことなっているが。

ようやく落ち着きを取り戻したころには鶴屋さんはしどろもどろになっていた。
視線が泳いでいるとかそういうレベルじゃなく、
涙目になったり顔色が二転三転しながら若干小刻みに震えていた。

これはどう取ればいいのだろう。

キョン「つまり、いるってことでいいんですね?」

俺が鶴屋さんの反応から読み取った感想を述べると鶴屋さんは一瞬否定しようとするかのように
こちらを見て何かを言おうとしたのだが再び取り乱すようにして視線を逸らしてしまった。

顔をうつむき加減にして髪の毛がはらはらと乱れるのも構わないようだった。
両手は膝の上に置いて居心地悪そうにしている。

キョン「まさか……鶴屋さん……」

それ以上は言わないで欲しいという哀願に満ちた表情を浮かべて鶴屋さんはすがるように身を乗り出してきた。

122 名前:13-7[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:35:35.27 ID:B+NILJlT0

まるで許しをこうような格好で鶴屋さんは俺の目を見据える。
表情は不安に満ちていた。眉尻は下がり笑顔を取り繕う余裕もなく、
ただ何かを訴えるように目で何かを伝えようとしている。

残念なことに俺にはそんな鶴屋さんの内面の機微を洞察するほどの繊細さはなかったのだった。

俺はその黄土色の脳細胞をフル回転させて瞬時に結論を導き出す。
朝比奈さんのクラスメート×面白そうなことに巻き込まれているから÷俺の淡い妄想と願望。

これらを混ぜ合わせれば答えは明白だった。
不思議名探偵キョンは今ここに真の誕生の瞬間を迎えたのだった。

キョン「鶴屋さん、あなたは朝比奈さんのことが……」

そう口に出した瞬間顔面にコーヒーのカップが叩きつけられた。

コーヒーがこぼれて黒い滝をつくる。
見下ろすと俺の春用外出着の上に見事なまでに飛散したコーヒーが
洗っても消えないだろう大陸地図を描き出していたのだった。

すでに冷めていたおかげでまったく熱くはなかったのだが、
俺は呆然としながら鶴屋さんの方へと視線を戻した。

鶴屋さんの顔は真っ赤になっていた。
恥ずかしさというよりも怒りと苦渋と抗議と不満と文句と否定とあと何がしかの失望感をにじませながら
目尻いっぱいに涙を浮かべて俺を睨み据える。こんなに取り乱した鶴屋さんは初めて見た。
そしてなぜにそのようにお怒りになられてらっしゃるのだろう。

俺にはわからなかった。

123 名前:13-8[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:37:45.64 ID:B+NILJlT0

しばらくそうしていると鶴屋さんは突然我に返ったようで、
一転して顔色を蒼白にする。

鶴屋さん「あっ……ご、ごめんよっ、キョンくんっ!
      あ、熱くなかったかい!? 火傷はしてないかいっ!?」

すぐ近くにある紙ナプキンには目もくれずに高そうなハンカチを取り出して
俺の顔や服についたコーヒーを必死になって拭き取ろうとしてくれた。

そんな高価そうなハンカチを汚しては悪いので俺はとっさに鶴屋さんの手を払う。

すると鶴屋さんは一瞬言葉に詰まった後ハンカチを握った手を引っ込めて苦しそうにうつむいた。
俺はしまったと思った。

キョン「火傷はしてないですよ……熱くはなかったですから」

そういえばこのコーヒーは鶴屋さんが一回含んでむせ返したものだった。
若干唾液が混じっているような気はしたのだが今はそんなことはどうでもいい。

キョン「あー……やっぱり拭いてもらっていいすか……
    自分だとどこが濡れてるかよくわかんないんで」

そう言うと鶴屋さんは一旦は引っ込めた手をもう一度おずおずと差し出してきて
俺の顔についたコーヒーを丹念にぬぐった。

近くの席に誰も座っていなかったのと昼時の店内の喧騒から誰に気づかれることもなかったようだ。
俺と鶴屋さんの周囲の時間だけが切り離されたように静かに流れる。

鶴屋さんは俺の隣にやってきておしぼりなども使いながら俺の服や顔を丁寧に拭っていった。

125 名前:13-9[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:40:41.08 ID:B+NILJlT0

目尻にはうっすらと光るものを浮かべて、
こんなはずじゃなかったと悔悟の念をにじませながら。

きつく結ばれた唇が苦渋を示していた。うつむき気味に、
意図せぬ失敗をしてしまい叱られるのを待つ子供のように苦しそうな表情を浮かべている。

鶴屋さんが身を乗り出して俺の首筋にかかったコーヒーを拭こうとしたとき、
互いが息のかかる距離になった。

切なげな視線にドキリとする。

俺は鶴屋さんに許しをこわれていたのに、
どんな言葉を返すこともできないままただその瞳に見入っていた。

次の瞬間には俺が許しの言葉を告げることを期待していたのだろう。
その願いに答えられないままにただ時間が過ぎて行く。
服にかかったコーヒーはもう乾き始めていた。

鶴屋さんは俺の胸元に額をよせてそのままうつむいた。

鶴屋さん「ごめん……よ……」

そうポツリと小さくつぶやく。なんと言えばいいのだろう。なんと答えればいいのだろう。
俺にはその用意がなかった。思いつきもしなかった。
ただ目の前で震える先輩のことを、見ていることしかできなかった。

鶴屋さん「さっきの質問……には、さ……いつかきっと、答えっからさ……
      約束するよ……だから……許してほしいっさっ……
      ねぇ……キョンくん……」

126 名前:13-10end[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:42:53.42 ID:B+NILJlT0

無言のままに結んだ約束。宣誓文に判を押すように俺の呼び名で括られた。

俺が何もできないまま、何も伝えられないままに言葉だけが紡がれていく。

糸の切れた糸電話のように音沙汰ない俺に寄りかかったまま、
鶴屋さんはついに動かなくなる。

俺はその肩を抱きしめることも、
そっと手を添えることすらもできずにただ呆然と見下ろし続けていた。

今にして思えばこのときちゃんと伝えておけばよかったのだ。

そうすればこの後に起こる混乱は少しはマシになっていたのかもしれない。
だがいまだ名探偵を冠したままの俺には不可能なことだった。

迷いを知らない者には不可能なことだった。


すぐそばで孤独に震える小さな大先輩の行き着く先。


その未来を案ずることなんて。


127 名前:14-1[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 23:45:32.82 ID:B+NILJlT0

幕間 浮浪名探偵キョン


別れ際にも鶴屋さんに謝られ、俺はついに謝り返す機会を失ってしまった。

元々は俺のバカな悪ふざけが原因である。
にもかかわらず何も言えないでいる俺を責めるでもなく
鶴屋さんは表情に辛さをにじませつつも笑って送り出してくれた。

胸の奥にチクリと何かが刺さった気がした。

俺はなんと伝えるべきだったのだろう。
あの時どう接するべきだったのだろう。

わからない。そしてその無知がなによりも罪深いことのような気がして俺は自分自身をなじった。

目いっぱい口汚く。だがそれもやがて押し寄せる虚しさに流されてやめにした。

まだ三時にもなっていないというのに、辺りはなんだか薄暗かった。

見上げた空はどんよりと曇っていて、俺の心情を表しているようにも、
ただ自然のままに振舞っているようにも見えた。

やがて小雨がパラパラと降り出して肌に触れ服にしみこんでいく。
それでもどうにも雨宿りする気にもなれずに、
中途半端な小雨の中を俺はだらだらと歩いていく。

鶴屋さんはちゃんと雨宿りしているのだろうか。
自分のことは棚にあげ、そんなことを気にしながら自宅へと続く坂道を登っていく。

128 名前:14-2end[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:47:41.80 ID:B+NILJlT0

鶴屋さんがしょんぼりと肩を落として
雨の中を歩いていく姿なんて想像したくもなかった。

ただそれがあり得るとすれば、間違いなく今日のあの時の俺のせいだ。

俺は近くの電柱に額を軽くぶつけた。
本当に軽くやったつもりなのだが、思ったよりもじんじんと痛んだ。

それ以上自分を痛めつける根性もないのでまただらだらと坂道を登り始める。

そうして自宅の前についたのだが中に入るのが急に億劫になる。

縁石に腰を降ろし何をするでもなくぼうっとする。

空を見上げるたびに雨粒が目に飛び込んでくる。


それは思いのほか痛かった。

129 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/13(土) 23:50:07.06 ID:B+NILJlT0

日付変更間際となりましたのでここで一旦中断させていただきます、
15節以降の再開は午後七時半以降時間を見て行います。

スレは落ちないよう自分でも気をつけますが限界がありますので
ちょこちょこ気が向いたときに投稿していただけるととても助かります。

それでは本日はお疲れ様でした。

今から寝ます、おやすみなさいノシ



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