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朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-1

朋也「軽音部? うんたん?」2-7

2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:08:31.45 ID:+UZ/pLeq0
キョン「その辺の事情はあまり関係ないさ」

朋也「そっか」

確かに涼宮のあの気性なら、さもありなんといったところか。

朋也「じゃあ、いくか」

キョン「ああ」

―――――――――――――――――――――

キョン「おつかれさん」

一仕事終えて弛緩した空気の中、わきあいあいと荷をまとめる部員たちに声をかける。

唯「あ、キョンくんだ! 久しぶり~」

キョン「久しぶり」

唯「ライブ見に来てくれたの?」

キョン「ああ、見てたよ。かなり盛り上がってたよな。MCも面白かったし」

唯「えへへ、ありがと」

律「で、どうしたんだよ、こんなとこまできてさ。サインでも欲しいの?」

キョン「いや、俺も片付け手伝いに来たんだよ。人手が多い方がいいかと思ってさ」


以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:11:51.41 ID:+UZ/pLeq0
律「マジで? 気ぃ利くなぁ、あんた」

澪「ありがとう、キョンくん」

唯「ありがと~」

梓「ありがとうございます」

紬「部室に戻ったら、すぐにお茶出すわね」

キョン「ああ、お構いなく」

紬「遠慮しないで? 手伝ってもらうんだから、もてなしてあげたいの」

キョン「そうですか? じゃあ、よろしくお願いします」

キョンは琴吹に対しては最初に出会った時からずっと敬語だった。
卒業してしまった先輩とどこかダブって見えてしまうからだということらしかった。

律「で、春原のアホはどこいったんだ? まさか、ブッチしたんじゃないだろうな」

朋也「あいつはトイレに行ってるよ。ライブ前からずっと我慢してたから、マジダッシュでな」

律「間の悪い奴…」

―――――――――――――――――――――

春原「ふ~い…」

すっきりした顔の春原が、前方からちんたらやってきた。


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:13:06.35 ID:jpDSDOMkO
春原「あれ…」

こちらに気づく。

春原「あんだよ、キョン。こき使われてるね」

律「人聞きの悪いこと言うなっての。自ら志願してくれたんだよ」

春原「マジで? マゾいね。そっち系なの?」

キョン「ただの善意だ…妙なミスリードしないでくれ」

律「ほら、いいからおまえも運んでこいよ」

春原「わぁったよ」

朋也「いや、まて。それはやめた方がいいかもしれん」

律「ああ? なんで」

朋也「こいつ、トイレの後も絶対に手を洗わないっていう、腹に決めた固い信念を持ってるからな」

春原「なんでそんなことに頑ななんだよっ! 変なキャラ付けするなっ!」

紬「春原くん…どんな高みを目指してるの?」

春原「って、ムギちゃん、信じちゃだめだぁああああっ」

律「わははは!」


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:13:31.45 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――

律「さてと…」

設備回収もつつがなく終わり、晴れて自由の身となった。
ステージ衣装もその役目を終え、ケースに収納されている。

律「ライブも快調にこなせたし、片付けも終わった…となれば、後は遊ぶだけだなっ」

唯「いぇーいっ」

律「まずはティータイムだっ。ムギ、準備しようぜっ」

紬「うんっ」

梓「あ、すみません、私、これからクラスの仕事しなきゃいけないので…教室に戻りますね」

唯「えぇ~、行かないでよぉ、あずにゃ~ん…」

梓「そういうわけにもいきませんから…」

律「梓のクラスってなにやってんの」

梓「喫茶店です」

律「喫茶店? じゃ、ちょうどいいや。そこでティータイムしようっ」

唯「あ、いいね、それっ」

梓「え…」


8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:14:48.00 ID:jpDSDOMkO
律「なんだよ、ダメなのか?」

梓「いえ…他のお客さんもいると思いますし、あんまりだらだらされるのはちょっと困るかなと…」

澪「確かに、営業妨害はよくないよな…」

律「ちゃちゃーっと素早くだらだらするから大丈夫だって」

澪「矛盾してないか、それ…」

律「いいから、とにかくいくぞっ」

唯「おーっ」

部長と唯が先陣を切る。

澪「はぁ、まったく…ごめんな、梓。多分迷惑かけると思う」

梓「いえ、大丈夫です。律先輩のああいうとこ、もう慣れてますから」

梓「それに、澪先輩のフォローにも期待してますし」

澪「はは…重い役回りだなぁ…」

秋山と中野も後に続いた。

紬「ごめんね、お茶だしてあげられなくて」

俺たち男三人の前で、申し訳なさそうな顔をする。


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:15:07.55 ID:+UZ/pLeq0
キョン「いえ、全然です。もともと見返りは求めてませんから」

春原「僕はムギちゃんと同じ空間でお茶できればそれでいいからね。喫茶店でもいいよ」

朋也「まぁ、いつもは琴吹が配膳してるからな。たまには客気分でいてもいいんじゃないか」

春原「そうそう。因果応報って奴だよね」

朋也「また、自分のキャパシティを超えた四字熟語を…微妙に使いどころ間違ってるし」

春原「マジで? まぁ、ニュアンスが伝わればいいよ」

朋也「おまえ、いつもニュアンスだけで会話してるもんな」

春原「どんな奴だよっ!? って、あれ…ニュアンスってどういう意味だっけ…」

見事にニュアンスがゲシュタルト崩壊していた。

紬「くすくす」

春原「ま、いいや。僕らもいこうぜ」

朋也「ああ」

―――――――――――――――――――――

律「けっこう混んでんなー」

廊下側の窓から覗けた室内は、まずまずの賑わいを見せていた。


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:16:23.30 ID:jpDSDOMkO
澪「飲食系の出し物は、毎年どこもこんな感じだろ」

律「ま、そだな」

梓「じゃあ、私、中で待ってますね」

律「おう」

列に並ぶ俺たちを残し、教室に入っていった。

―――――――――――――――――――――

憂「いらっしゃいませー」

教室のドアをくぐると、憂ちゃんがメイド服姿で出迎えてくれた。

律「おおぅ…可愛いなー、憂ちゃん」

澪「うん、よく似合ってる」

紬「網膜に永久保存したいわぁ~」

憂「えへへ、ありがとうございます」

朋也(憂ちゃんと中野は同じクラスだったのか…)

知らなかった。こんな接点があったなんて。

朋也(ま、仲はよさそうだったしな…)


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:16:54.87 ID:+UZ/pLeq0
別段驚くことでもないか。

唯「憂ー、私が来てあげたよ~」

憂「いらっしゃい、お姉ちゃん。ライブ、かっこよかったよ」

唯「あ、みてくれたんだ?」

憂「うん、その間だけ抜けさせてもらってね」

唯「うんうん、偉いよぉ、憂~。それでこそ憂だよ~」

頭を撫でる。

憂「えへへ」

律「しっかしよくできてんなぁ、その服。なんか、さわちゃんが一枚噛んでそうな…」

憂「わかります? これ、山中先生プロデュースなんですよ」

律「はは、そっか…手広くやってんなぁ、あの人も…」

唯「ねぇ、憂、割引きとかしてくれるよね?」

憂「身内贔屓はダメだよ、お姉ちゃん。定価で食べてね」

唯「ぶぅ、けちー」

憂「大丈夫。利益を見込んだ価格設定じゃないから、懐に優しいよ」


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:18:57.94 ID:jpDSDOMkO
唯「それでも値切ってみせるよ、私はっ」

澪「そこまで徹底してわがままを言うな…憂ちゃん、気にしなくていいからな」

憂「ふふ、はい」

声「憂ー、お客さん通してー」

憂「あ、いけない…えっと、1、2…7名様ですね。こちらへどうぞー」

テーブルへ案内される。
さすがに7人同時に座れるほどの席は用意されておらず、二手に分かれた。
男三人組と、女4人組で、当たり障りのない構成だ。
隣席では、唯たちがメニューを見て、ああだこうだと盛り上がり始めていた。

春原「お、あの子可愛いっ。呼んだら接待してくれるかなっ」

キャバクラかなにかと勘違いしている無粋な男が一人興奮していた。
いちいち取り合うのも面倒なので、放っておくことにする。

朋也(えーと…)

手作り感あふれるおしながきを開いてみる。

朋也(ふぅん…けっこうバラエティあるな…)

ケーキもジュースもそれぞれ数種類用意されていた。
学際の催しにしては、なかなか鋭意が感じられる。

声「ご注文はお決まりでしょうか…」


16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:20:27.74 ID:+UZ/pLeq0
声がして顔を上げる。

梓「………」

中野がオーダーを取りに来ていた。

春原「お、なんだよ二年、それは」

頭を指さす。

梓「ネコミミです…」

若干恥じらいがあるのか、伏目がちに言った。

春原「はは、可愛いじゃん」

キョン「だな。似合ってるぞ、中野さん」

梓「あ、ありがとうございます…」

照れているのか、声が小さかった。

梓「………」

俺をじっと見てくる。なにか、期待と不安が入り混じったような表情。
もしかして、俺からの評価を待っているんだろうか…。

朋也「…あー、可愛いな、うん」

梓「っ…ど、どうもです…」


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:21:35.83 ID:jpDSDOMkO
エプロンの裾を握って俯いていた。
いつもならここで『機嫌取り野郎』などとなじられてしまうのだが…
多分、今は店員の体裁を保つため、素を抑えているんだろう。

唯「あーずにゃーんっ!」

梓「わっ」

横からものすごい勢いで唯に抱きつかれる中野。

唯「かわぃいい~っ!!」

光速の頬ずり。

梓「あ、あつっ、摩擦であついですっ」

唯「ふんすっ! ふんすっ!」

全く聞く耳を持っていなかった。
哀れ中野、この後も常時唯にストーキングされ続け、業務に大きく支障をきたしていた。

―――――――――――――――――――――

喫茶店を出て、ぞろぞろと廊下を行く俺たち一行。

律「次はどこいっかな~」

唯「りっちゃん隊員! おもしろいものを発見しました!」

律「ん、なんだ、言ってみたまえ」


21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:22:15.61 ID:+UZ/pLeq0
唯「あれですっ」

腕相撲最強に挑め! とだけ大きく書かれた立て札があった。

律「おお、腕相撲か! おし、男ども、だれか挑んでこいっ」

春原「ふん、上等だね。僕が行って、腕へし折ってきてやるよ」

律「お、やっぱおまえがいくか。いつも威勢だけはいいもんなっ」

春原「だけ、は余計だっての」

―――――――――――――――――――――

教室に入ると、中央に机が一つあり、そこへガタイのいい男が腰掛けていた。
その横にはもう一人、レフリーなのか、蝶ネクタイをした男が立っている。

男1「ん…」

男2「挑戦者の方ですか?」

春原「ああ、そうさ」

男2「では、こちらにおかけください」

机の対面に置かれた椅子に座るよう促される。
その指示に従い、春原が中央に歩み寄っていく。

男2「では、両者、スタンバイをお願いします」


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:24:15.48 ID:jpDSDOMkO
お互い机に肘をつき、手を握る。
その上から蝶ネクタイの男が手を被せた。

男2「僕の手が離れた瞬間開始です。いきますよ、レディ…」

男2「ファイッ!」

ガシィッ

力と力がぶつかり合う。
どちらの腕もギリギリと震えていた。

春原「うぐぁ…」

春原が押されだす。

ガンッ!

少し角度がついたと思うと、一気に叩きつけられていた。

春原「いでぇっ」

男2「残念! それでは、ファイトマネー500円を払ってもらいましょうか」

春原「え? なんだよ、それ…無料じゃないのかよ」

男2「そんなことありえないですよ。この金田君と試合を組んだんですからね」

春原「でも、んなのどこにも書いてなかっただろっ」


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:24:50.51 ID:+UZ/pLeq0
男2「自力で察してくださいってことです」

春原「無茶言うなっ」

男2「無茶じゃありませんよ。金田君は全国的に有名な柔道の選手ですからね」

男2「将来はオリンピックの重量級で金を取ることさえ有望視されているほどの、ね」

春原「知るかよ…理不尽だっての…」

男2「文句があるなら勝てばいいんです。勝者総取りですからね。こちらにもリスクはあります」

金田「後藤…いるのもならさ、今度は俺を倒せる奴を連れてきてくれ」

後藤「ふっ…」

にたり、と勝ち誇ったように笑うふたり。

紬「なるほど…勝てばいいのね」

琴吹が一歩前に出る。

春原「ムギちゃん…?」

全員の視線が琴吹に集まった。

紬「で、その勝者総取りっていうのはどういうことなの?」

後藤「そのままの意味です。勝った方にファイトマネーが支払われる。ただし…」


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:26:04.06 ID:jpDSDOMkO
後藤「そちらが勝てば、今まで金田君が勝って積み上げてきたお金をすべてお渡しします」

後藤「どうです? そちらにとっては、ローリスクハイリターンでしょう?」

紬「ふふ…そうかもね。じゃあ…次は私の相手をしてもらえるかしら?」

無謀だ…そう思うだろう――普通の女の子が言ったなら。
だが、こいつは琴吹紬だった。もしかしたら…と、そんな期待を抱かずにはいられない。
皆、固唾を呑んで行く末を見守っていた。

キョン「琴吹さん、やめたほうが…」

そういえば、琴吹の内に秘められたポテンシャルを知らない男もいたか…。

朋也「キョン、大丈夫だ。多分、なんとかなる」

キョン「いや、あんなのとまともにやり合ったらただじゃ済まないだろっ」

朋也「いいから、見てろって」

キョン「………」

不服そうな顔。

キョン「…危ないと思ったら即止めに入るからな」

朋也「ああ、そうしてやってくれ」

もっとも、そんなに圧倒されることはないと思うが。


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:26:46.69 ID:+UZ/pLeq0
後藤「正気ですか? 怪我をされても、こちらとしては、責任を負いかねますよ?」

紬「リアルな戦いを望むのはこちらも同じよ?」

金田「ははははっ! いいぞ、やろうか」

紬「ふふ…」

不敵に笑い、敵に向けて真っ直ぐに歩いていく。

紬「春原くん…負け分は必ず取り戻すわ」

春原「む、ムギちゃん…気をつけてね」

紬「ええ…」

春原と入れ替わりに座る。
そして、先程と同様に勝負のお膳立てがなされた。

後藤「レディ…ファイッ!」

ガガッ!!

机が揺れるほどの激しい激突。
どちらの側にも振れていたが、それも誤差の範囲。
すぐさま初期位置に戻り、その周辺で覇権を争っていた。
完全に力が拮抗している。

キョン「マジかよ…」


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:30:25.10 ID:jpDSDOMkO
まともに渡り合えているその戦況を見て、驚嘆の声を漏らしていた。
これでこいつも、琴吹が並ではない事がわかっただろう。

金田「くくく…あんた本当に女か」

紬「ふふ…ええ、もちろん」

金田「すべてにおいて俺の方が上だと思っていたよ」

紬「あら? 力はさておき…ルックスは私の方が100%勝ってると思うんだけど」

舌戦で相手のペースを乱そうとしているのか、挑発的な言葉を選んでいた。

金田「ふ…そうかもな」

だが、相手は乗ってこない。
やはり男女で容姿を比較されてもそれほどダメージはないのか。

金田「そろそろだ…」

紬「うん…?」

金田「きた…ファウ!! ファウ!!」

いきなり狂ったように呻きだす。

朋也(なんだ…!?)

紬「ぐぅむぅ…っ」


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:31:01.97 ID:+UZ/pLeq0
それと同時、パワーバランスが一気に崩れ、琴吹が押されだした。

金田「ムギぃいいい…最高ぉぉぉ!!!」

紬「うぁあっ…!?」

朋也(琴吹っ…!)

もはや手が机すれすれまで運ばれてしまっていた。

朋也(ここまでなのか…)

この形勢を見たら、誰もがそう思うだろう。
実際、皆そんな顔をしていた。
諦めかけた、その時…

紬「殺したいヤツのことを…思い出せ…」

琴吹が何かつぶいていた。声が小さすぎて口の動きだけしかわからない。

紬「0.01秒で情報を引き出し…0.09秒で必要な場面の再生を終えろ…」

紬「0,1秒で… 無 極 が使えるように…なれ…」

紬「………」

深く息を吸って、目を閉じる。その表情は、あくまで苦しそうだった。
もしかして…心が折れてしまったんだろうか…
いや…違う。まだ戦っている…必死に耐えているじゃないか。



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:31:38.97 ID:+UZ/pLeq0
紬「……っ!!」

勢いよく目が開かれる。
その瞬間、絡ませていた指が金田の手の甲にめり込んだ。

パキッ

小気味よい音がする。そう…骨が砕かれたのだ。

金田「あ゛ぁっ」

バァンッ!!

激しい音がして、金田の手が机に叩きつけられていた。

金田「あ…あ゛がぁあああっ!!」

その腕がだらりと力なく机に横たわっている。
それも、不自然な曲がり具合でだ。
これは折れたと見て間違いないだろう。

紬「男がそんな声上げるな。もっとも…すでに男じゃなくて乙女になっちまったけどな」

紬「おまえの乙女の叫びを携帯でダウンロードできるようにしておけ。着信音で売れるぜ」

紬「…なんてね♪」

―かませ犬と思われた 無名の高校生の名が 一夜にして知れ渡る その高校生の名は――
その高校生の名は――  琴吹 紬


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:33:04.08 ID:jpDSDOMkO
律「ムギぃいいいっ! かっけぇえええっ!!」

唯「ムギぢゃぁあああんっ!! 抱いてぇええっ!!」

ふたりが駆け寄っていく。

紬「めちゃくちゃ余裕だったわ♪」

律「すげぇええっ!」

唯「ムギちんっ」

ふたりとも、飛びつくように抱きついた。

紬「ふふ…これが勝者の特権ね♪」

琴吹も同じように抱きしめ返していた。

春原「すげぇ…ムギちゃん…」

朋也「だな…」

キョン「琴吹さんヤベェ…」

後藤「くっ…」

▼メインバトル【デスバトルルール】 試合時間 3分10秒
勝者 琴吹 紬 KO ※無極

―――――――――――――――――――――


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:34:11.61 ID:+UZ/pLeq0
春原「ムギちゃん、ありがとね」

紬「ううん、気にしないで。私も楽しかったし」

先の戦いに勝利した琴吹には、規定通りファイトマネーが支払われていた。
その中から春原に500円がキャッシュバックされたのだ。
500円なんて、得た金の総額に比べたら、はした金にすぎない…それほどあのふたりは稼いでいたのだ。
そのおかげでといってはなんだが、琴吹は一躍小金持ちとなっていた(もともと実家が資産家のようなものだが)。
まぁ、あまり綺麗な金とはいえないかもしれないが…。

澪「でも、ムギはほんとにパワフルだな…なにかやってるのか?」

紬「うん、昔ちょっと古武術を習ってて、今でもたまに鍛錬したりするの」

澪「へぇ、古武術かぁ、なんかすがいな…それで、どんなことするんだ? 鍛錬って」

紬「逆立ち片手腕立て伏せとかかなぁ、今でもやるのは」

律「すげぇっ!」

澪「す、すごいな…そんなの運動部でもできないぞ…」

紬「そうかしら?」

澪「そうだよ、絶対…」

律「ちょっとやってみせてよ、ムギ」

唯「私も見たぁい」



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:35:27.75 ID:jpDSDOMkO
紬「今はスカートだから…逆立ちは無理かなぁ」

律「あ、そっか。見えちゃうもんな」

紬「うん。今度、体育の時にでもやるね」

律「うぉー超楽しみぃいっ」

朋也「………」

なんというか…その強さに、男として憧れを抱かざるを得ない。

「こんなところで負けやがって!!」

朋也(ん…?)

今出てきた教室、その中からドア越しに声が聞えてきた。

「勝ち続けて俺のために資産を増やし続けると思っていたから生かしてやっていたのに!」

「な、なにを言っている…」

どうもあのふたりがなにか言い争っているようだった。

「思い出したか? ついさっきカプセル2個飲んだろ。今度のは二重になっていない」

「飲んでから10分で同時に溶解する。致死量だ。おまえの命は後一分…後悔しながら死ね」

朋也「………」


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:35:49.61 ID:+UZ/pLeq0
中でなにが起こっているんだろう…なんとなく、余計な詮索はしない方がいいような気がする…。

―――――――――――――――――――――

くーるー きっとくるー♪

黒いカーテンで仕切られた教室を通りかかると、そこからBGMが漏れ聞えてきた。

唯「おお! りっちゃん隊員! おばけやしきですぞ!」

律「うむ、そのようだな! これぞ出し物の定番だな!」

澪「うぅ…見えない聞えない見えない聞えない…」

目を瞑り、耳を塞いで頭をイヤイヤと振っていた。

唯「………」
律「………」

顔を見合わせ、悪だくみするように、にやっと笑う。

律「みーおー きっとくるー♪」

唯「きっとくるー きーせつはしろーくー♪」

それぞれが秋山の両端に立って、両腕を組み取る。

澪「な、なにするんだよ…」

律「みーおー きっといくー そこにいくー♪」


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:37:17.21 ID:jpDSDOMkO
唯「かぎりないー おばけやしきをあーなたにおくーるー♪」

ずるずるとおばけやしきの入り口に引きずられていく。

澪「や、やめろぉーっ、やめてくれぇーっ」

律「くーるー」

唯「きっとくるー」

澪「こないこない絶対なにもこないぃいいっ! いやぁああ…」

抵抗もむなしく、中に吸い込まれていった。
そして、しばらくすると…

きゃぁあああああああああああああっ!!!

秋山の悲鳴が絶え間なく聞え続けてきた。

―――――――――――――――――――――

澪「うぅ…ぐすん…」

廊下に出てくると、その場にうずくまり、塞ぎこんでしまっていた。

律「わはは、情けないぞ、澪。立ち上がれぃ」

澪「………」

反応はない。


36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:37:43.93 ID:+UZ/pLeq0
唯「ちょっとかわいそうだったかな?」

澪「そう思うんなら最初からするなよぉ…」

顔を伏せたまま言う。

唯「えへへ、ごめんね」

澪「ばかぁ…ぐづん…」

さめざめと泣き続けていた。

朋也(ん…)

向かい側から、俺たちのように大所帯な集団が近づいてくるのが見えた。

朋也「秋山、そろそろ立とう。通行人がまとめて来るみたいだ」

言って、手を差し出す。

澪「ぐす…う、うん…」

俺の手を取って立ち上がる秋山。

朋也「っと…」

澪「あっ…」

ふらついていた秋山を咄嗟に抱き寄せる。
さっきの集団が、早くも目の前に到着していたので、衝突を避けるためだった。


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:38:45.19 ID:jpDSDOMkO
男1「次どうする」

男2「喫茶店、喫茶店」

男3「メイドカフェは?」

男4「んなのあんの?」

廊下の中央を通り過ぎていく一団。
俺たちは各々端に身を寄せて散らばっていた。

澪「あ、ご、ごめん…」

朋也「いや、俺もなんか引っ張ったりして悪かったな」

肩に回していた腕を離す。
そして、握っていた手も離そうとしたが…

朋也「…ん?」

澪「………」

秋山の方がずっと握ったままでいた。

朋也「どうした?」

澪「えっと…その…」

律「おーおー、ラブコメしてますなぁ」


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:39:28.88 ID:+UZ/pLeq0
澪「うわぁっ」

慌ててばっと離し、なにかを隠すかのごとく後ろ手に組んだ。

律「んん? 遠慮せずに続けていいぞ?」

澪「な、なにをだよっ」

律「なにって、そりゃ、手をつないで創立者祭を楽しむことだよ」

澪「そ、そんなことしようとしてないっ」

律「じゃ、なにしようとしてたんだよ? そんなにほっぺた赤くしちゃってさ」

澪「べ、べつになにも…ただお礼をちゃんと言おうと思って…」

律「怪しいなぁ、うひひ」

澪「ほ、ほんとだってっ!」

朋也(この展開は…)

俺は唯に目を向けた。

唯「…お幸せにー」

その視線に気づき、不機嫌そうに一言。

朋也(まずいな…)


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:40:58.61 ID:jpDSDOMkO
どこかでフォローしなくては…。

―――――――――――――――――――――

律「くっはー、こりゃ、すげぇなぁ…」

外に出て、売店で腹を満たすことになったのだが、その混みようは校内の比ではなかった。

春原「こういうのはガンガン行って自ら道を切り開かなきゃだめなんだよ」

春原「みてろっ」

ずんずん進んでいく。
そこに一本の道筋ができていた。

春原「よし、おまえらもはやくこっ…うわぁあああっ」

油断したのか、足元を掬われ、人混みの藻屑と化して消えていった。

律「ああならないように気をつけながら行くぞ」

部長は春原が消失した地点に向けて合掌を送っていた。

―――――――――――――――――――――

律「ぐぅ…ホットドッグ屋はまだかぁ…」

俺のいる地点から周囲を見通せる範囲の中、合間を縫いながらゆっくりと着実に進んでいく部長の姿が見えた。

朋也(こりゃ、時間かかりそうだな…)


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:41:27.47 ID:+UZ/pLeq0
もう固まって動くことが困難だったので、個人個人の裁量で行動していたのだ。

朋也(唯は大丈夫かな…)

周囲を見回す。

唯「う…う~ん…」

ようやく見つけたその先で、唯は人に囲まれて身動きが取れなくなっていた。

朋也(唯…)

俺は進路を唯に向けた。

朋也「大丈夫か?」

隙間から声をかける。

唯「う、うん…なんとか…」

あまりそうは見えない。ぎゅうぎゅうと満員電車の乗客のように圧迫されていた。

朋也(手をつないで俺が先導すれば…)

朋也(いや、待てよ…)

この人混みで視界が悪くなっている今、俺が唯を連れ出していってもバレないんじゃないのか…?
これはもしかしたら、ふたりっきりになれるチャンスかもしれない。

朋也「唯、手貸してくれ」


42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:43:09.04 ID:jpDSDOMkO
唯「ん…はい」

その手をしっかりと繋ぐ。

朋也(よし…)

俺は渋滞の外へ向けて唯を引っ張っていった。

唯「あ、ちょっと…」

―――――――――――――――――――――

朋也「ふぅ…」

密集地帯から抜け出し、芝生までやってきた。

唯「どうしたの? 食べ物買わないの?」

朋也「いや、買うけどさ、後にしよう。まずはここから離れようぜ」

唯「え? それじゃ、みんなと離れ離れになっちゃうよ?」

朋也「それが目的なんだけどな。おまえとふたりっきりで見て回りたいし」

朋也「つっても、もうあの人混みで、けっこうバラけちまってるけどさ」

唯「…でも、私とでよかったの?」

朋也「あん?」


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:43:33.70 ID:+UZ/pLeq0
唯「澪ちゃんの方がよかったんじゃない? 岡崎くんは」

俺の呼び方によそよそしさを込めていた。
やっぱり、ちょっと怒っているんだろうか。

朋也「そういうこと言うなよ。どうしていいかわかんなくなる」

唯「どうしたらいいか、教えてほしい?」

朋也「ああ、教えてくれ」

唯「じゃあね…ちゅーして?」

朋也「え?」

どきっとする。

朋也「い、いいのかよ…」

唯「うん、してほしいな…」

朋也「そっか…」

唯「うん…」

朋也「じゃあ…ここじゃなんだし…場所移そうか」

唯「そうだね…」

高鳴る胸を押さえながら、俺たちは歩き出した。


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:45:02.21 ID:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――

軽音部部室。皆出払っていて、すっかり無人となっている。
関係者以外、わざわざ人が訪ねてくるようなところでもなし…
ここなら誰にも目撃されずに済むはずだ。
それに、ここは特別な場所でもある。
俺たちは、ここで一緒の時を過ごし、そして、付き合い始めたのだという。
だからこそ、その象徴となるべき思い出を残すに最も相応しいロケーションだといえるはずだ。

朋也「………」

唯「………」

近い距離で見つめ合う。
外からは、遠巻きに、活気ある賑わいの声が届いてきていた。
まるで俺たちを揶揄するかのように、静寂な室内に響いていた。

朋也「じゃあ…その…いいか?」

俺からそう切り出した。

唯「うん…」

目を閉じる。
俺はその華奢な肩に手を置いた。

唯「ん…」

緊張しているのか、唯から声が漏れる。
俺も心臓がばくばくと脈打っていた。


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:45:24.15 ID:+UZ/pLeq0
朋也(あ、息止めてたほうがいいよな…鼻息かかるとアレだし…)

朋也(ああ…でも、こいつ、よく見ると、ほんとに可愛いよな…)

朋也(唇も柔らかそうだし…いいのかな、俺なんかがキスして…)

様々な考えが頭を巡り、中々踏ん切りがつかない。

朋也(くそ…強くなれ、俺)

覚悟を決める。
そして、ゆっくりと顔を近づけていき…
唇を重ね合わせた。
軽く触れ合うだけの、稚拙なキスだったが…俺はなんともいえない充足感に包まれていた。
できればまだこのままの状態でいたかった。が、あまり長引くのもよくない気がする。
よくわからないが、引き際が来ているように思われたので、口を離した。

唯「………」

唯も目を開ける。

唯「えへへ…今の、私のファーストキスだよ?」

目の前で手を交差させ、上目遣いのまま言う。

朋也「ああ…俺もだ」

恥ずかしさを紛らわすように、ぽりぽりと頬を掻いた。

唯「これで、もう私は朋也のものだねっ」


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:46:38.73 ID:jpDSDOMkO
朋也「そうなのか…? はは…」

唯「そうだよっ。それで、朋也も私のもの」

朋也「そっか…そりゃ、光栄だな」

唯「えへへ」

ああ、なんて青臭いやり取りなんだろう。
でも…今交わした言葉通りのことが、いつまでも続いて欲しいと、そう願う。

朋也「じゃあ…いこうか」

唯「うんっ」

朋也「あ、そうだ。携帯の電源は一応切っておいてくれ。後で怪しまれないようにな」

唯「そだね」

胸ポケットから取り出して、携帯を操作する。

唯「でもなんか、悪いことしてるみたいだよね」

朋也「その背徳感がいいんだろ」

唯「あはは、朋也、変態っぽいよ」

朋也「なんだと、こいつ」

わきの下を責める。


47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:47:03.63 ID:+UZ/pLeq0
唯「あはっ、ちょあ、もう、やめてよぉ」

体をくねらせて逃れようとするが、俺も追撃を加えていた。

唯「あっは、やぁだ、ちょ…」

ふに

朋也「あ…」

この感触は…
はっとして動きが止まる。

唯「…えっち」

胸を抱きかかえ、俺の手から体を遠ざけた。

唯「もう…密室でふたりっきりだからって…ケダモノだね」

朋也「い、いや…すまん…わざとじゃないんだ…」

しどろもどろになりながらも弁明する。

唯「でも…私、朋也のものだし…嫌じゃないよ?」

まんざらでもない…とそんな顔でぽつりと漏らす。

朋也「え…?」

それは、つまり…そういうことなんだろうか…


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:48:16.11 ID:jpDSDOMkO
ごくり…

唯「ぷっ…あははっ、朋也、すっごい真顔~」

さっきまでの切ない表情がころっと笑顔に変わり、けたけたと笑い出す。
冗談だったらしい。そういえば、どこかわざとらしかったような気もする。

唯「なにか変なこと期待しちゃった? あははっ」

朋也「…からかうなよ」

言って、俺はひとり部室のドアへと足を向けた。

唯「あ、待ってよぉ~」

―――――――――――――――――――――

旧校舎を出て、新校舎の一階で焼きそばを食べた後、俺たちはクラス展示を覗き歩いていた。

唯「あっ、なにこれぇ。人間魚拓だって」

朋也「ん…」

ある教室の前で立ち止まる。
その廊下側の窓には、達筆な文字で『人間魚拓』と書かれた紙が貼られていた。

唯「おもしろそうじゃない? みてみようよっ」

朋也「ああ、いいよ」


49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:48:44.30 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――

唯「うわぁ、すごぉい」

室内いっぱいに貼られた人間魚拓。
ただ単に人型を取っただけではなく、様々な工夫が凝らされていた。
ある物は無数の手形を取り、ホラー調にみせていたし…
またある物は、シルエットだけでカンチョーを繰り出す人と、それを食らう側を表現していた。
極めつけは、うんこ座りしたそのケツから人間が排出されているようにしか見えない物まであった。

朋也(くだらねぇ…)

気のせいか、下ネタの割合が多い気もするし…。

唯「みてみて朋也~」

朋也「ん?」

振り向くと、唯が腰を曲げ、腕をぶらりと下げていた。

朋也「なんだ、そんなに脱力して、なにを訴えたいんだ」

唯「ほら、これだよ」

隣にあった人間魚拓を指さす。
見ると、その型も唯と同じポーズをとっていた。

唯「私の残像に見えない?」

あまりにも怠惰すぎる軌跡だった。


50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:49:56.66 ID:jpDSDOMkO
朋也「あー、見える見える。唯はえらいなぁ、よしよし」

ぽむぽむ、と頭を軽く撫でる。

唯「む、なんで馬鹿にしてるっぽいのっ」

朋也「してないって。あ、そうだ、お小遣いをやろう」

言って、財布から小銭を取り出す。

朋也「ほら、5円玉だ。これで好きに消費税を払いなさい」

唯「もうその親戚のおじさんキャラはいいよっ! しかもなんかケチだしっ」

朋也「そっか? マンネリ化してきた俺たちの関係に新しい風が吹いたと思ったんだけどな」

唯「倦怠期くるの早すぎだよっ! っていうか、朋也はそう感じてたっていうのっ?」

朋也「いや、冗談だって」

唯「もう…じゃあ、普通にしててっ」

朋也「はいはい」

―――――――――――――――――――――

唯「あ…」

正面玄関の昇降口近くを通りかかった時、唯が足を止めた。
なにか一点を見つめている。俺もその視線の先を追ってみた


51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:50:43.93 ID:+UZ/pLeq0
朋也「あ…」

春原「………」

春原だった。水死体のようになって下駄箱の下足スペースに打ち上げられている。
あの時人波にさらわれて漂流し続けた結果、あそこに流れ着いたんだろうか。

唯「春原くんっ」

今にも駆けつけんとする勢いで身を翻す。

朋也「あ、ちょっと待て」

その背に向かって声をかける。

唯「うん? なに?」

朋也「春原なんてほっといて行こうぜ。どうせ起こしたってロクなことになんねぇよ」

なにより、あいつと合流してしまえば、ふたりでいられなくなってしまうのだ。
できればそれは避けたかった。

唯「またそんなこと言ってぇ…親友が倒れてるんだよ? 助けに行ってあげなきゃでしょ」

朋也「いや、別に親友ってわけじゃないけどな。友達かどうかすら疑わしいぞ」

唯「どうみたって親友でしょ。友達は大事にしなきゃだめだよ? 親友ならなおさらね」

言って、俺をその場に残し、春原を介抱しに向かっていった。



52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:51:54.10 ID:jpDSDOMkO
朋也(はぁ…)

やっぱりこうなるのか…なんというか、実にあいつらしい。
俺みたいに、利己的な振舞いが板についてしまっているような奴とは正反対な人間だ。
そんなふたりが付き合うまでに漕ぎ着けたなんて、よくよく考えてみると不思議な話だ。
胸中でそんなことをつらつらと思いながら、俺も春原のもとへ足を運んだ。

唯「大丈夫? 春原くん」

春原「うう…」

薄く目を開ける。

朋也「生きてるか、おい」

春原「お…岡崎…平沢…」

朋也「これ、何本に見える?」

ピースサインを作って目の前で振ってみせる。

春原「に、二本…」

朋也「正解。目潰しでした」

ズビシ

春原「ぎゃぁあああああああっ!」

春原「って、あにすんだよっ」


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:52:26.68 ID:+UZ/pLeq0
一度大きく体を反らせたと思うと、勢いよく立ち上がった。

朋也「意識がはっきりしてなかったみたいだからさ、荒療治だけど、正気に戻してやろうと思って」

春原「ちゃんと二本って答えただろっ」

朋也「だから、これは目潰しなんだって」

春原「ぜってぇ後付けだろっ! 正解って言った直後に思いついてますよねぇっ!」

唯「あははっ、でも、なんか大丈夫そうだね。春原くんって頑丈だね」

朋也「それが僕の取り柄だからね。僕から頑丈さを取り上げたら、もう春原しか残らないよ、ははっ」

春原「って、おまえが勝手に答えるなよっ! しかも、僕単体ならただのマイナス要素みたいな言い方するなっ!」

朋也「あんだよ、模範解答だろっ! あーあ、自販機の下に小銭落ちてないかなぁ」

春原「僕はそんなこと日常的に言わねぇよっ! つーか、なんかちょっと声色が似てて怖いんですけどっ」

声「あーっ、こんなとこにいたっ」

春原「あん?」

声がして、三人とも振り返る。

唯「あっ、りっちゃんっ」

律「探したぞー、唯」


54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:54:10.49 ID:jpDSDOMkO
今玄関をくぐってきたところなのか、下駄箱を通り抜け、部長がこちらに近づいてくる。
その後ろには、キョン、秋山、琴吹と、残りの初期メンバーが揃っていた。

律「つーか、三人でいたなら連絡よこせよなー」

唯「今三人そろったばっかりだよ? それに、えっと…携帯は、電源切れちゃってて…」

律「あ、そなの? ま、いいや。無事合流できたしな。次はまた校内巡ろうぜっ」

唯「おーっ」

拳を振り上げるふたり。
こいつらにテンションの衰えなんて無粋なものは無縁だった。

キョン「春原、おまえさっき校庭のあたりで見かけたのに、なんで俺たちより先に校内に着いてるんだ」

春原「ああ、あの辺りは潮の流れが激しかったからね。一気にここまで来れたんだよ」

キョン「って、それ、人の波のことか…すごい移動手段使ってるな…」

春原「ふふん、だろ?」

律「どう考えてもおまえの意思じゃねーだろ。焼却炉に押し込められそうになってるとこも見かけたしな」

春原「てめぇ、なに僕の黒歴史紐解いてんだよっ!」

律「テキトーにカマかけてみたら、マジだったのかよ…だっせぇ…」

春原「デコのくせにからめ手とは卑怯だぞっ! 正々堂々と勝負しろっ」


56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:56:28.00 ID:+UZ/pLeq0
律「だぁから、デコっていうなぁっ!」

泥沼の言い争いが始まる。
こうなってしまえば、あとはもう自然に収まるのを待つだけだった。
この期に及んで止めようとする者はさすがにいない。
むしろこれが普通の状態なんだと、そんな共通認識になっていると思う。

唯「次はどこ行く?」

澪「私は、手芸部のぬいぐるみ展示にいきたいんだけど…」

紬「あ、いいね、それ。私もいってみたいわぁ」

朋也「キョン、おまえもちゃんと、うさぎのぬいぐるみ抱きしめて、たくさん愛でろよ」

キョン「なんで俺が…」

部長と春原を放置し、先を行く俺たち。

律「あ、置いてくなよぉっ」

春原「待って、ムギちゃんっ」

慌てたようにどたどたと後ろから駆けてくる足音。
本当に、やることが似通った奴らだった。

―――――――――――――――――――――

こうして、達成感や楽しみ、喜びまでも詰まったような創立者祭が終わった。



57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:57:45.88 ID:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――

律「おーし、じゃ、いくぞぉ」

部長が声を上げる。祝杯の用意を促しているのだ。

律「かんぱーいっ」

「かんぱーい」

チンッ

中央に集まったグラスが触れ合い、音を立てた。

律「いやぁ、今年の創立者祭ライブも大成功だったなぁ」

唯「だね! さすが私たち放課後ティータイムだよっ」

さわ子「衣装も冴えてたしね。私のおかげで」

澪「でも、ああいうのは恥ずかしいですよ…それに、観に来てくれた人たちも最初とまどってましたし…」

さわ子「なにを言ってるのよ。終わりよければすべて良しじゃないっ」

澪「過程も重視してください…」

律「つーかさ、さわちゃん、軽音部の顧問らしいことあんましてないのに、打ち上げだけは参加するのな」

そう、今は平沢家で打ち上げパーティーが開かれているのだ。
参加メンバーは、軽音部の面々と、会場の関係で憂ちゃんは当然として、そこに加え俺と春原、真鍋、さわ子さんが居た。


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:58:05.79 ID:+UZ/pLeq0
あれだけ遊んでおいてまだ打ち上げをするというのだから、筋金入りのお祭好きなんだろう、部長は。
まぁ、それに参加する俺も大概だったが。

律「つきっきりだった吹奏楽部と合唱部はいいのかよ」

さわ子「あの子たちはこういう浮いたことはしない真面目なタチなのよ」

さわ子「それに、確かに顧問らしいことしてあげられなかったから、ここで取り戻しておこうと思ってね」

律「って、菓子むさぼることがそれにあたるんかい…」

さわ子「その通りよっ」

律「うあぁ、すげぇまっすぐに言い放ったよ、この人…歪みねぇなぁ…」

さわ子「さ、飲み食いしまくるわよっ。みんな、遠慮しないでガンガンいっちゃってっ」

律「しかもなんか仕切りだしたし…めんどくせぇ…」

さわ子「なんか言った?」

律「いえ、なにも」

―――――――――――――――――――――

さわ子「うぃ~…ふぅ…ひっく…そういやさぁ…」

宴も盛り上がりのピークが過ぎ、弛緩した空気が流れ始めた頃。
自らが持参したアルコールによって完全に出来上がった状態のまま、おもむろに口を開いた。


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 08:59:33.37 ID:+UZ/pLeq0
さわ子「言ってなかったけど…いや、言わなくても普通はしないけど…ひっく…」

さわ子「うー…校内での不純な行為は禁止だからね…」

さわ子「わかってんのっ、岡崎、唯ちゃんっ」

朋也「え…?」
  唯「え…?」

同時に反応する。
不純…? なんだ、この嫌な予感は…

律「なんで名指し? もしかして…してたの? このふたり」

さわ子「うん…部室でね、ちゅ~してた」

………。
少しの間、時が止まっていた。
そして時は動き出す…

律「うえええぇえっ!?」
澪「ええぇっ!?」
梓「ええええっ!?」

驚愕の声と共に…。

紬「まぁ…」

春原「へぇ、やるじゃん」


60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:00:52.67 ID:jpDSDOMkO
憂「お姉ちゃんったら…きゃっ」

律「酔った勢いで作った話とかじゃなくて…?」

さわ子「そんなわけないでしょ。しっかり見たわよ。ドアの隙間からばっちりね」

さわ子「いやぁ、べっくらしたわ。衣装回収しに行ったら、あんなことになってるんだもんねぇ…」

まったく気づかなかった…。
あの時はいっぱいいっぱいで、物音を気にする余裕がなかったからか…。

和「つまり…そういうことだって、思ってもいいのよね?」

俺と唯の両方を見て、確認を取る真鍋。
どこまでも冷静な奴だった。

唯「………」

唯が黙ったまま俺を見てくる。
その瞳からは、本当のことを言っていいのかどうか、俺に判断を仰いでいるように読み取れた。
………。
ここで誤魔化そうにも、既成事実があるのだ。なにを言っても無駄だろう。
それに、いつまでも隠し通せるわけでもない。ここいらが潮時なのかもしれない。

朋也「…ああ、付き合ってるよ」

だから俺は、正直にそう告げていた。

和「そ。ようやく、ってわけね」


62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:01:28.30 ID:+UZ/pLeq0
僅かに笑みを浮かべ、メガネの位置を整えた。

和「よかったわね、唯」

唯「うん、えへへ」

さわ子「って、なに、あなたたち、知ってたんじゃないの? 岡崎と唯ちゃんの関係」

律「初耳だわいっ! つーか、最初に聞いたのが今のキスの件だしっ」

さわ子「あら、そうなの? それは、衝撃的だったでしょうね…だからあの叫びか…なるほど…ひっく…」

律「いつから付き合ってたんだよ、おまえらっ」

唯「えっと…先週の水曜日からかな」

律「って、ボーリングの日じゃんっ! もうあの時はすでにそうだったのか?」

唯「違うよ。えっとね、帰り道で…告白してもらったんだ」

律「って、岡崎からいったのかよっ! うひゃー、やるなぁ」

春原「おい岡崎、進展したら教えてくれって言ったのに、あんだよこの事後報告はっ!」

朋也「うるせぇ…」

憂「岡崎さん、明日は振り替え休日ですし、またお姉ちゃんとデートにいけますね」

朋也「ん、ああ…そうできたらいいな」


63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:02:39.82 ID:jpDSDOMkO
律「って、憂ちゃんは知ってたの?」

憂「はい、聞いてましたよ」

律「かぁ、なんだよ…教えてくれたっていいじゃん」

憂「口止めされてましたからね」

憂「それに、大事なことですから、ふたりがタイミングを決めた方がいいと思ったので」

律「んな結婚したわけじゃあるまいし…大げさだなぁ…」

澪「…先生、これ、一本もらいます」

梓「…私も一本失礼します」

さわ子「あ、ちょっと…」

秋山と中野は、さわ子さんの周辺にあった缶を奪い取ると、プルタブを開けて一気にあおっていた。

澪「…っはぁ」

梓「…っふぅ」

カンッ カンッ

ふたりとも缶を強めに置いた。

澪「う~…」


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:03:10.06 ID:+UZ/pLeq0
梓「…デス」

みるみる顔が真っ赤になっていく。

澪「唯…」

梓「唯先輩…」

ゆらりと立ち上がり、唯の両脇を固めるように座った。

澪「いいか、恋愛って言うのはなぁ、大切なあなたにカラメルソースってあれなんだよっ」

唯「そ、そうなの…? よくわかんないけど…」

梓「語尾にデスをつけてしゃべってんじゃねーデス!」

唯「それはあずにゃんだよぉ…」

ねちっこく絡まれ始めていた。

律「あーあ、ヤケ酒に走ったか…」

さわ子「なぁに? あのふたり、岡崎に気でもあったの?」

律「あー、多分ね。この男、同時攻略とかしてやがったから」

さわ子「最低ね、岡崎。あんた、女の敵よ」

朋也「いや、んなことしてねぇっての。俺は最初から唯一筋だって」



65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:04:51.91 ID:jpDSDOMkO
律「くわぁ、唯、だってよっ! 一筋だってよっ!」

春原「おまえ、キャラ違うよね、ははっ」

さわ子「このケツの青いガキがっ! ナマ言ってんじゃないよっ」

朋也「勘弁してくださいよ…」

澪「岡崎くん…」

梓「先輩…」

朋也「あん?」

今度はそれぞれ俺の隣に腰を下ろすふたり。

澪「岡崎くん…私のこと、可愛いって言ってくれたよね…?」

朋也「え…?」

澪「それに、自信を持ってはっきり言いたいこと言えって励ましてくれたし…」

澪「私、あの時はうれしかったなぁ…」

俺の腕を取り、身を寄せてくる。

朋也「お、おい…」

梓「先輩…私にも可愛いって言ってくれましたよね…もっと言ってください…」


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:05:21.14 ID:+UZ/pLeq0
朋也「おまえ…嫌だったんじゃないのかよ…いつも暴言で返してくるだろ」

梓「そんなの…照れ隠しに決まってるじゃないですか…女の子は褒められると嬉しい気持ちになるんですよ…?」

今度は中野が俺に寄り添って、肩に頭を預けてくる。

梓「頭も撫でてくれましたよね…もっとしてくれてもいいです…特別です…」

朋也「いや、ちょっと待て…」

俺は唯の反応が気になって仕方なかった。
恐る恐る見てみる。

唯「………」

…ものすごく無表情だった!
こんなに何もない表情がこいつにできるのか…いつも大抵笑顔でいるからな…これは何を意味するんだろう…

春原「おまえ、マジでその手の才能あるんじゃない? 夜王目指せよ」

朋也「なに言ってんだよ、おまえは。アホか」

春原「そりゃ、こっちのセリフだよ。本命の目の前で女の子ふたりはべらせて、余裕の面構えだもんね」

朋也「下手な煽りはやめろっての」

春原「本音だよ。ま、いくらおまえでも、僕が落としかけてるムギちゃんには手が出せなかったみたいだけどね」

紬「岡崎くん、私の臨時彼氏になってくれたことあったよね?」


67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:06:53.53 ID:jpDSDOMkO
琴吹が俺の後ろに回る。

紬「今だけ思い出させて?」

そして、胸を押しつけるように手を回してきた。

朋也「うぉ…こ、琴吹…」

春原「む、ムギちゃんまでぇぇぇえええええええっ!?」

春原「てめぇ、岡崎っ! なにが夜王だ、このクソ野郎っ!」

朋也「夜王はおまえが勝手に言い出したんだろ…」

律「認めるわ。岡崎、あんたはフラグ王…いや、鬼畜王だ」

朋也「んだよ、そりゃ…そ、そうだ、憂ちゃん、なんとかしてくれ」

憂「お兄ちゃん…私もそっちに行っていい?」

朋也「憂ちゃんまで悪ノリしないでくれぇーっ!」

和「まったく…ここまでいくと逆にすがすがしいわね、そのクズっぷりも」

朋也「ク、クズ…?」

こいつからの評価はそこそこ上々だったのに…一気に春原と同階級になってしもうた…

朋也「ゆ、唯…」


68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:07:31.32 ID:+UZ/pLeq0
唯「…馬鹿。馬鹿…馬鹿」

朋也「ち、ちがう、俺はおまえが一番好きだっ、信じてくれっ」

澪「じゃあ、私は何番?」

梓「私は何番目ですか?」

紬「私は?」

憂「お兄ちゃん…私のも教えて?」

朋也「うわぁーっ! 俺が何をしたっていうんだよっ」

律「わははは!」

さわ子「ふふふ、岡崎も丸くなったもんねぇ…」

春原「ははっ、歯の抜けたマルチーズってヤツだよね」

朋也「あ、おまえは一番嫌いだよ、陽平」

春原「って、やっぱ最後はそんなオチなのかよっ!」

―――――――――――――――――――――

朋也「唯…あれはさ、俺じゃなくないか…?」

唯「………」


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:08:52.19 ID:jpDSDOMkO
みんなが帰った後も、俺は一人残って唯をなだめ続けていた。
憂ちゃんは俺に気を利かせてくれて、二階の自室へ戻っている。

朋也「ほら、なんかその場の雰囲気に酔ってああいう感じになるのが、俺らガキの性分っていうかさ…」

唯「…全然嫌そうじゃなかったし、避けようともしなかったくせに…」

ソファーに寝そべり、クッションを抱きしめて丸まったまま言う。

朋也「それはあれだ、さすがに離せとかって言うのも、悪い気がしたんだよ。相手は女の子だしな」

唯「…やさしーねー朋也はー」

くぐもった声。一向に顔を上げてはくれない。

朋也(はぁ…)

どうするべきか…。
………。

朋也(よし…)

俺はソファーから立ち上がり、床に腰を下ろした。
そして、身をかがめ、頭を丸めて土下座の体勢を取る。

朋也「唯っ」

そう声をかける。こっちを見てくれればいいのだが…。

「…なにしてるの」


70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:09:26.66 ID:+UZ/pLeq0
よし…どうやら目を向けてくれたようだ。

朋也「だんご大土下座だ」

………。
なんの反応もない。

朋也(滑ったか…?)

と、思ったその時…

「ぷっ…あははっ」

朋也(成功か…?)

俺は顔を上げた。

唯「もう…ばかだね、朋也は」

朋也「ああ、そうだよ。俺は馬鹿だから、こんな滑り芸しかできないんだ」

朋也「でも、おまえが笑ってくれるなら、体張ってギャグ飛ばすのも悪くないかもな」

唯「そっか…じゃあ、ずっとそのギャグで笑わせ続けてね」

朋也「ああ、まかせろっ」

俺はプールにでもダイブするかのような勢いある格好で、ソファーにそっと腰を下ろした。

唯「あははっ、なんなの、結局大人しく座ってるし」


71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:10:50.42 ID:jpDSDOMkO
朋也「これがギャップによるそういうやつだ。俺もよくわからんがな」

唯「そうなんだ。なんか曖昧だね」

朋也「だな」

俺は素早く唯を抱きしめて、その唇に自身のそれを重ね合わせた。
予備動作のない一連の動きだったので、唯も目を丸くしている。
視線が向かい合ったまま、ゆっくりと顔を離していく。

唯「…今のはなに?」

朋也「不意打ち。おもしろかったか?」

唯「うん、すっごく」

朋也「そっか。そりゃ、よかった」

唯「えへへ」

俺もつられて笑顔になる。
なんでもいい。自分に笑えた。

―――――――――――――――――――――


72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:11:23.23 ID:+UZ/pLeq0
それからも、俺たちは相変わらずな日々を過ごしていた。
昼には飯を食べながら他愛のない話に花を咲かせ、放課後になれば部室で馬鹿をやった。
そんなことをしていて、なにか実りがあるのかと訊かれれば、答えはノーだが…
それでも、確かに俺たちはその日、その時間を最大限楽しんでいた気がする。

―――――――――――――――――――――

そして、一ヶ月、二ヶ月と過ぎ、夏が来た。
受験生にとっては、どうあっても乗り越えなくてはいけない山場である。
志望校を絞り、学部学科も決め、その目標に向けてひたすら邁進していかなければならない。
クラスの連中も、目の色を変えて勉強に打ち込んでいた。
休み時間でさえ常に参考書と向き合っているのだ。
誰もが具体性を持った未来に向けて全力をだしていた。
そんなある日。唯との会話の中で、進路の話題がのぼった。

唯「朋也は、就職なんだよね」

朋也「ああ、そうだよ。俺の頭じゃ、進学は無理だからな」

唯「今から勉強すれば、間に合うかもよ?」

朋也「いや、今更勉強なんかしたくねぇよ」

唯「そんなこと言わずに…なんだったら、私がマンツーマンで教えてあげるよ?」

朋也「いや、いいよ…あ、でも、定期テストのヤマだけは教えてくれ」

こいつは休日に俺と遊び回っていたにも関わらず、前回の中間で平均8割越えを達成していたのだ。
それも、短期間でヤマを張った箇所のみ勉強しただけだという。
ここまでくると、カンが冴えているというよりは、抜群の要領のよさを持っているといって差し支えないだろう。


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:13:31.72 ID:jpDSDOMkO
やはり、この学校の一般入試を突破してくるだけの底力は備えているのだ。

唯「それはいいけど…大学受験の方も頑張ってみない?」

朋也「いや、さすがに大学受験には通用しないだろ、ヤマ勘は」

朋也「それ以前に、俺は大学に行ってまで勉強したいとは思わないからな」

唯「そっか…じゃあ、私もこの町で就職しようかな。そうすれば、朋也と一緒にいられるし」

朋也「馬鹿…おまえは軽音部の連中と大学に行って、またバンドやるんだろ?」

朋也「叶えろよ。それがおまえにとっての一番だ」

そう…俺はこの小さな町に留まり続けるだけの人間だ。
でも、唯は違う。広い世界を見て渡れる。だからこそ、俺が足かせになるのが嫌だった。

唯「でも、私は…」

朋也「つべこべいうな。おまえ、前にさ、俺にもう一度頑張れること見つけて欲しいって言ってたよな」

朋也「それで、いろいろと気にかけてくれただろ。今、俺があの時のおまえと同じ気持ちなんだよ」

朋也「全力で懸命になれることをやって欲しい。そうじゃなきゃ、平沢唯じゃないって」

朋也「な? だから、頑張れよ」

唯「…うん」

―――――――――――――――――――――


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:14:33.45 ID:+UZ/pLeq0
薄々は感じていた。いや…最初からわかっていた。
俺たちの関係も、卒業と同時に… 終わってしまうことを。
唯は…軽音部の連中は、きっと志望校に合格する。
そして、この田舎町を出て、都会へと進学していくのだ。
そこで築かれる新しい人間関係や、新鮮な生活環境の中で暮らす中…
いつしか高校で過ごした日々の記憶は薄れていき、思い出に変わっていく。
三年間を軽音部の部員という繋がりで共有してきたその軌跡は、いつまでも変わらずに輝き続けるだろう。
けど…俺と春原がいた、一年という時間…いや、一年もないその短い時間の中で過ごした記憶はきっと…
きっと、すぐに色褪せてしまうんだろう。それは、唯が俺を好きでいてくれたという想いも同じで…
だんだんと思い出せなくなっていき…最後には忘れてしまうのだ。
それに、唯の器量なら、言い寄ってくる男も相当多いはずだ。その中に惹かれる奴がいても不思議じゃない。
俺はそいつと天秤にかけられて、勝つ自信がない。
そもそも、大学という高等教育機関にいるような人間だ。俺なんかより格段に将来の見込みがある。
俺じゃ到底叶えてあげられないような幸せも、なんなく与えることができるんだろう。
身を引くべきは、どう考えても俺の方だ。
結局は…そういうことだった。

―――――――――――――――――――――

夏休みに入り、そこかしこで夏期講習に通う同級生をみかけるようになった。
そんな情勢を気にとめることもなく、俺は春原の部屋でいつものようにだらけていた。

春原「おまえ、このごろずっと僕の部屋いるけどさ、いいのかよ」

朋也「あん? 俺がいちゃ悪いのかよ」

春原「いや、別にいいけど、唯ちゃんほったらかしてていいのかなって思ってさ」

春原「マメにデートとかしとかないと、すぐ破局しちゃうぜ」



75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:15:47.85 ID:jpDSDOMkO
朋也「唯は受験勉強で忙しいんだよ。軽音部の連中もな。一緒に夏期講習行くんだと」

春原「ああ、なるほどね。そういや、最近みかけるよね、そういう連中」

朋也「だろ」

春原「んじゃさ、受験生狩りいかない? やつら、模試代とかでけっこう金持ってんだよね」

朋也「そりゃ普通に犯罪だろ。悪ふざけでした、じゃ済まされないぞ」

春原「ま、そうだよね…言ってみただけだよ、暇だしね」

朋也「ならまずコタツしまえよ。暑くて邪魔だ」

春原「それはこの部屋のアイデンテテーに関わるから、無理だよ」

朋也「あ、そ」

そのおじいちゃん発音を軽く受け流す俺。
よくわからなかったが、こいつなりのこだわりがあるらしいことだけはわかった。

―――――――――――――――――――――

夏が過ぎて、秋がやってくる。文化祭が催される季節の到来だ。
受験生にとって、最後の息抜きとなるイベント、文化祭。
創立者祭と違い、三年もクラスの出し物があるので、必然的にその規模は大きくなる。
この学校が一年で一番盛り上がる日だった。
もちろん、一般解放はしていたので、それも加味してだ。


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:16:40.86 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――

律「って、なんであたしがジュリエットなんだよっ! 納得いかねぇーっ」

春原「僕だってロミオなんかやりたくないねっ」

机を弾く勢いで立ち上がるふたり。

和「多数決で決まったんだから、諦めてちょうだい」

壇上に立ち、教卓に手をついて言う。

律「いやだぁーっ! なんであたしがあんなアホとラヴな劇をせにゃならんのだっ」

春原「僕だっていやだよっ! 相手をムギちゃんに変えてくれぇっ!」

和「話し合い聞いてなかったの? 演るのは、ロミ男vsジュリエッ斗よ」

和「ラヴロマンスとは程遠い、ルール無用の命がけの闘いで真の最強を決めるっていう血生臭い物語よ」

黒板には、演題の隣に『最強の格闘技はなにか!?』とあおり文が書かれていた。

女生徒「りっちゃんと春原くんにしかできないよ」

男子生徒「おまえらが適役だろ」

そうだそうだ、と賛同の声が上がる。

律「ああ、そういうこと…なるほどね、やってやろうじゃん」


77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:19:07.27 ID:jpDSDOMkO
部長の目がギラつく。

春原「ふん…どうやら演技じゃすみそうにないようだね」

春原もそれを受けて、にやりと口角を吊り上げた。
メインキャストが決まった瞬間だった。

―――――――――――――――――――――

梓「へぇ、先輩たちのクラスは演劇をやるんですか」

唯「そうだよぉ。私は女子高生G役なんだ」

梓「女子高生Gですか? いったいなんの劇をやるんです?」

唯「ロミ男vsジュリエッ斗」

梓「ロミオvsジュリエット? 愛し合うふたりが戦うって…笑える喜劇にするつもりですか?」

唯「ちっちっち~。字が違うんだな、これが」

席を立ち、ホワイトボードに板書した。

梓「ロ、ロミ男vsジュリエッ斗…確かに、リングネームみたいですね…」

澪「ちなみに、原作・脚本はムギだ」

紬「うふふ」

台本を手に微笑む琴吹。


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:19:36.46 ID:+UZ/pLeq0
梓「あ、あー…なるほど、そうでしたか…納得です…」

律「ショラ!!」

部長が練習スペースで声を上げる。
ちょうど春原に蹴りを放っているところだった。

ザシュ

顔面に飛んできたその蹴りを、腕のガードでさばく春原。

春原「馬鹿の一つ覚えの前蹴りしかないのかよ!!」

律「前蹴りじゃねーよ」

ブオッ

春原「!?」

ゴッ

止められた足を空中で振りかぶり、そのまま春原のアゴに決めていた。

紬「…カケ蹴り」

琴吹の解説が入る。

梓「さっきからのあれは、いつもの喧嘩じゃなくて、演劇の練習だったんですね…」

紬「といっても、ほとんどアドリブでやってるみたいだけどね。私の脚本では寸止めすることになってるから」


79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:20:45.83 ID:jpDSDOMkO
梓「そ、そうですか…でも、あんな殺陣シーンがあるなら、女子高生役ってどういう役割になるんですか?」

唯「それはね、劇中で私がしまぶーに…」

紬「唯ちゃん。いろいろとアウトよ」

唯「あ、そだね。ごめんごめん」

梓「? しまぶー?」

紬「梓ちゃんは、気にしなくていいのよ?」

梓「は、はぁ…」

―――――――――――――――――――――

律「ふーい、ちかれたー」

春原「あ゛ー…あっつ…」

こんなに涼しい時期にも関わらず、汗ばむ体をあおぐこのふたり。
はしゃぎすぎだった。

梓「律先輩はこれからまた練習があるんですから、しっかりしてくださいよ」

律「あー、わかってる、わかってるぅ…」

だらりと背もたれに体を預け、ぱたぱたと下敷きで風を送っていた。

梓「もう…ほんとにわかってるんですか?」


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:21:09.14 ID:+UZ/pLeq0
律「おう、任せろい」

しゃきっと姿勢を正す。

律「さてと…それじゃ、新曲の歌詞を発表し合おうかね。おまえら、昨日の宿題忘れてないよな?」

律「さぁ、先発は誰だ?」

唯「はいはぁ~い。私からいきまぁす」

ピラピラと二枚の紙はためかせる。

律「お、唯か。よし、かましてみろぃ」

唯「おほん。では…『ごはんはおかず』」

………。
ぽかんと口を開ける俺たち。
タイトルからして地雷臭が漂っている気がする…。

唯「ごはんはすごいよ なんでもあうよ…」

朗読していく。その独特すぎるセンスには閉口するばかりだった。
秋山といい勝負かもしれない。

唯「…どうかな?」

律「変な詞だな、おい…」

梓「澪先輩に影響されたんですか?」


82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:25:00.89 ID:jpDSDOMkO
澪「って、なんだ、私の書く歌詞って変なのか!?」

梓「い、いえ、違います…ただ、その…呼吸の置き方とかの話ですよ」

梓「ほら、澪先輩のそういうところって、思わずマネしたくなるなにかがあるじゃないですか」

澪「そ、そうか?」

梓「はい、そうですよっ」

必死に接待スマイルを作っていた。

紬「私は、おもしろい歌詞だと思うな。曲をつけてみたいわ」

唯「さっすがむぎちゃん、わかってるぅ~」

律「まぁ、ムギがそういうなら、候補にいれてもいいかもな」

唯「それと、もうひとつあるんだけど…」

今読み上げた方を下に置き、もう一枚を手に取った。

唯「いきます。『U&I』」

耳を傾ける俺たち。

唯「キミがいないと何もできないよ キミのごはんが食べたいよ…」

今度は比較的まともな仕上がりになっていた。
さっきのおふざけ全開な歌詞とは一線を画している。


83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:26:03.29 ID:+UZ/pLeq0
唯「…はい、おわり~」

梓「すごいです…ちゃんと韻も踏んでましたし」

律「これ、ほんとにおまえが書いたのか?」

唯「ちょっとだけ、ちょ~っとだけ憂に手伝ってもらったんだよね」

律「なるほど。憂ちゃんが9割負担したんだな」

俺もそう思う。

唯「む、そこまでじゃないよっ、失敬なっ」

律「おまえじゃ、こんないい歌詞書けないだろ。認めろよ」

唯「むぅ、そこまで言うなら次はりっちゃんの素晴らしい作品みせてよっ」

律「おう、いいぜぇ」

ポケットからくしゃっと丸めた紙を取り出す。

唯「なんか見た目からしてゴミみたいだね」

律「うっせ。見た目は関係ねぇっての」

ぱりぱりと音を立て、読み取れるように形を整えていく。

律「んん…そんじゃいくぞ、『僕らはファミリー』」



84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:27:16.42 ID:jpDSDOMkO
律「明日のことは 明日考えましょう 明日になったらなんとかなるでしょう…」

律「僕と君とは友達 だけどヤバくなったらさよなら…」

律「イライラする日は君を殴りますごめんねと謝るから許しましょう…」

かなり身勝手でおちゃらけている人間像が浮かんでくる歌詞だった。
なんとも部長っぽさが詰まっている内容だ。

律「…どうよ?」

唯「く、くやしいけどおもしろいよ…」

律「わはは、そうだろう」

梓「なんとなく律先輩が春原先輩をぽかぽか殴ってる時の場面を想像しちゃいましたけどね」

澪「ああ、それ私も思った。やっぱり、春原くんを想って書いたのか?」

律「ばっ、変な言い方するなってのっ! こんなヘタレを題材にするならもっとう○ことかシモい言葉選ぶわっ」

澪「春原くん、これ、律の照れ隠しだから、気にしないでいいよ」

律「なに言ってんだよっ! 照れてなんかないわいっ」

春原「こいつに照れられてもしょうがないけどね」

律「だからおまえも真に受けんなってっ!」

唯「でもしっかり顔は赤いんだよねぇ~」


85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:27:46.44 ID:+UZ/pLeq0
律「う、うっさいわっ! っと、とにかく次だ、次いけっ!」

紬「じゃあ、私がいこうかな」

春原「お、待ってたよ、ムギちゃんっ」

春原が拍手で賑やかす。

紬「ふふ、ありがとう。それじゃあ、いくわね…『G・I・C・O・D・E』」

言って、どこからか帽子を取り出し、目深に被った。
歌詞カードは持っていない。暗記しているんだろうか。

紬「引き金引くぜキリがねーぐれー 耳がねー奴にゃ用はねー…」

…バリバリのラップだった!

紬「Carnivalのようなマジなfire ball 心に灯った火の玉着火 やっぱナンバー1はやっぱ…」

身振り手振りで挑発的な煽りを入れていく。

紬「俺ら壊れたガキの立場 暴れりゃ We don't stop no バリア…」

そのリリックもかなり過激なことを言っている。
矢継ぎ早に繰り出される言葉をなめらかに発声し、一度も詰まっていないところがすごい。
俺たちは琴吹のステージに完全に飲まれていた。

紬「…ふぅ。どうだったかな?」

帽子を取り、いつものほがらかな顔にもどる。


86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:29:07.61 ID:jpDSDOMkO
その切り替えの速さは、ある種神がかっていた。

律「い、いや…すげぇな、ムギは…それしか言えねぇよ」

春原「ヒューッ! ムギちゃん最高ぉうっ!」

唯「早すぎてなに言ってるか聞き取れなかったよ…」

澪「確かに…でも全然噛んでなかったところがすごい…」

梓「ムギ先輩のソロだけで会場も沸いてくれそうですよね」

紬「ふふ、ありがとう」

律「まぁでも、ラップはムギの個人技だからな。放課後ティータイム名義ではやれないかな、やっぱ」

律「悪いな、ムギ」

紬「あ、いいの。これはちょっとしたネタのつもりで披露しただけだから」

律「あ、さいですか…」

唯「次はあずにゃんの見せてよっ」

梓「私ですか? いいですけど…」

鞄をごそごそと漁る。
そして、可愛らしく彩られたノートの切れ端を取り出した。

梓「じゃあ…いきます。『噛むとフニャン feat.あずにゃん』」


87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:29:35.75 ID:+UZ/pLeq0
梓「あーず あーず あずさー! 噛むぅとフニャン ニャン ニャン ニャ ニャン…」

ファンシーすぎる歌詞が続く。

梓「全部後回しで渋谷までダッシュ 連絡しても留守電これすっぽかし?」

と思えば、今度はセリフ調で攻めていた。
正直、『ごはんはおかず』を馬鹿にできないくらいの出来だった。

梓「…どうでしょうか」

律「おまえなー、普段しっかりしろとか言っておいて、ここ一番でボケるなよ」

梓「え? ボ、ボケ?」

唯「あずにゃんもシャレがわかってきたってことかな」

紬「可愛かったよ、梓ちゃん」

梓「………」

唖然とした表情。
こいつはマジなつもりで作詞してきたんだろうか。
まぁ、確かに可愛かったといえば可愛かったが。

梓「…もういいです。私、才能ないみたいですから」

不貞腐れ気味に言う。

梓「どうも場をしらけさせちゃったみたいなので、澪先輩で綺麗に締めてください」


89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:30:55.02 ID:jpDSDOMkO
澪「ん、私か…」

律「トリだぞぉ、重要だぞぉ」

澪「変なプレッシャーかけてくるな…」

言って、丁寧にたたまれた紙をポケットから取り出す。

澪「じゃあ…『時を刻む唄』」

言って、軽く息を吸う。

澪「きみだけが過ぎ去った坂の途中は 暖かな日だまりがいくつもできてた…」

なんとなく春の日を連想させる詞。

澪「僕ひとりがここで優しい 温かさを思い返してる…」

情景は、ちょうどこの学校にある、校門まで続く長い坂道が想像しやすかった。

澪「きみだけを きみだけを 好きでいたよ 風で目が滲んで 遠くなるよ…」

歌詞の意味を考えるなら、これはどういう状況に立たされていると読み取れるだろうか。
好きな人がいて…共に温かな日々を送っていたのに、別離を迎えてしまい、今ではもう触れることもできないと…
俺にはそんな風に聞える。

澪「いつまでも覚えてるなにもかも変わっても ひとつだけひとつだけありふれたものだけど…」

澪「見せてやる輝きに満ちたそのひとつだけ いつまでもいつまでも守ってゆく」


90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:31:54.34 ID:+UZ/pLeq0
このくだりはどうだろうか。すべてが過去になってしまい、悲観にくれている様子はない。
むしろ、なにかを決心した強さのようなものを感じる。
それは、大切な人と過ごす中で得た、かけがえのないものを失わないよう、強くありたいという願いなのかもしれない。

澪「………」

読み終えてしまったのか、静かに手元から目を離した。

澪「おしまい…なんだけど…どう?」

律「いや…意外だったよ、かなり」

澪「そ、そうか?」

律「ああ。おまえが書いたにしちゃ、なんかその…ふわふわしてないっていうかな」

梓「なんだか意味深な詞ですよね。受け手が試されてる気がします」

紬「そうね。でも、例えば…失恋しちゃった時の自分に置きかえてみたら、すっと腑に落ちるんじゃない?」

律「ああ、確かに、きみだけを好きでいたよ、って言ってるよな」

律「むむ、ということはだ…」

顎に手をあてがい、探偵のように構える。

律「一人称が僕でカモフラージュされてあるけど、これってまんま澪のことなんじゃねぇの?」

澪「な、なんでだよ…」



91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:33:07.11 ID:jpDSDOMkO
律「ほら、岡崎はさ、唯とくっついちゃったじゃん」

澪「う…そ、それは…」

唯「あの…澪ちゃん…その、私…黙っててごめんね、あの時」

澪「いや、いいんだそれは。うん、岡崎くんには唯みたいな明るい子があってると思うし」

律「強がんなよ。ちょっと未練あるから、こんな詞が書けたんだろ?」

澪「ち、違うって、別に私は…」

梓「澪先輩! いつまでもこんなチンカスを引きずっちゃダメです!」

梓「澪先輩は美人ですから、こんな甲斐性無しで無愛想な奴なんかよりいい人が絶対にいますよ!」

唯「あ、あずにゃん、朋也をあんまり悪く言わないでね?」

梓「ムキーっ! なんですか! またこれみよがしに下の名前で親しげに!」

唯「それは、付き合ってるからいいと思うんだけ…」

梓「ノロケないでくださいっ! 不潔ですっ!」

唯「ご、ごめん…」

律「はっは、梓もやっぱまだ妬いたりするなぁ。おまえも未練残ってんのか?」

梓「そんなんじゃありませんっ! もう、練習しますよ、練習っ!」


92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:33:46.60 ID:+UZ/pLeq0
律「わかったよ。んじゃ、梓のヤケ練習に付き合ってやるかね」

紬「くすくす」

梓「ムギ先輩、笑わないでくださいっ!」

―――――――――――――――――――――

文化祭までの日。
軽音部の活動はティータイムに割かれる時間がごく僅かなものとなり、ほぼ全て練習に費やされていた。
創立者祭の時よりも、はるかに気合が入っている。
それはきっと…誰も口には出さないが…今回が、放課後ティータイム最後の舞台となるからだろう。
ライブが終わってしまえば、唯たち三年は引退だ。後はもう、脇目も振らず受験一直線となる。
そして、合格発表も済んでしまえば、次は卒業が待っていた。実に淡々と過ぎていくものだ。
俺たちがいくら望もうが、時は止まってはくれない。流れを緩めてもくれない。
いつだって同じペースで過ぎ去っていき、物語の結末を運んでくる。
そんな寂しさを音で振り払うかのように、演奏には強く力が込められていた。

朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-2

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