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キョン「朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていた」 part2

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:17:31.53 ID:6w1XGp9Q0

こんにちは、二回目になります。
本日も当方の眠気の限界付近までお付き合いいただけると幸いです。

私の呼び名は都留屋シンです。よろしくおねがいします。
通し番号にIDと一緒に入れようと思いましたが邪魔な感じだったのでここで出しておきます。

前回セリフの前に名前はいらないんじゃ、という指摘をいただきましたが
今から消すとややこしいことになるのと登場人物が一気に増えるパートとがあるのでこのままで行こうと思います。
代名詞の指摘も……なんていうかすいません、ほんとに。
今からだと対応できないのでここで謝らせてください。読みにくくてすいません。

それでは改行作業と並行して順次投下していきます。
最後までお付き合いいただければこれ以上のことはありません。
ご指摘があれば可能な限り対応していきたいと思います。
よろしくお願いします。では……

4 名前:15/1[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:22:40.37 ID:6w1XGp9Q0

あくる日曜日、俺はハルヒ達に呼び出されていつもの集合場所へと向かっていた。
鶴屋さんは今日は親族会議に出る為実家に帰るそうだ。実家、ううん、なんという響きだろうか。
ちなみにこれが今朝の会話である。

鶴屋さん「家族には無理言ってこっちに居させてもらってっからねっ。
      こういう時には顔を出さないと立場がないっさ」

大変ですね。ってなぜにそこまでして俺のところに。

鶴屋さん「じゃぁ行ってくるっさっ、キョンくんも気をつけてねっ、
      倒れたばっかなんだから、って倒したのはあたしだったにょろっ、なははっ……。
       じゃぁね、キョンくん、また夕方に逢おうっさ~」

そう言うと迎えに着ていた高級そうな車に乗って走り去っていった。
俺、鶴屋家の人達に恨まれてたりしないよな。
一瞬運転手に睨まれたような気がしたが、さすがにそれは俺の自意識過剰というもんだろう。
俺が集合場所に到着した頃には他の全員が到着していて、まぁいつものことだ。

ハルヒ「はい! おごりけってーい! ってまたあんたなのね。
     いい加減あんたの財布の重量が心配になってきたわ」

大丈夫、もともと大して入ってない。

ハルヒ「そうだったわね~♪」

歌うように言うんじゃないっ。おい、古泉、お前もなんとか言ってやれよ。

古泉「あはは、それならもっと早くくればいいじゃないですか。
    僕にはあなたがわざと遅れてきているようにしか見えませんよ」

5 名前:15/2[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:25:17.06 ID:6w1XGp9Q0

俺はお前らみたいに支度が手早くないんだよっ、てか突然朝っぱらから電話食らってすぐに来れるかっ。
それに俺は一応病み上がりってことになってんだぞ。
古泉はクスクスと笑うといつもより若干ニヤついた笑みを浮かべた。
なんだその笑い方は。新兵器か。

古泉「あなたが日曜であるにも関わらず朝早くから起きていたところを見ると、
    ちゃんと鶴屋さんに起こしてもらっているようですね」

おおーい、見てきたように言うんじゃないっ! あとこら、そこの長門以外のお前ら、ニヤニヤ笑うんじゃないっ!
ってお前だよハルヒ、後ろを振り向くな! あ、朝比奈さんはいいんですよ。今日も笑顔がお綺麗ですねっ。

ハルヒ「あんたのツッコミはいちいちまわりくどいのよ。昇天の宇多○さんでも見て芸を磨きなさいよね」

おおーい、その誤字、致命的だよ! 致命的エラーだよ! おい!

長門「問題ない」

って長門おーいい!!?
朝比奈さんはそんな俺たちのやり取りを見て微笑ましそうにクスクスと笑っている。ううん、癒される。古泉、お前は笑わんでいい。

古泉「さて、時間もおして来たところでそろそろ電車の時間です。急ぎましょうか」

キョン「なんだ、今日はおごらなくていいのか。それならそうと早く言えよ。余分に持ってきて損しちまったぜ」

ハルヒ「んーなわけないでしょっ、ま、余分に持ってきたという点だけはあんたにしては上出来だわ」

ハルヒが偉そうに下から威張る。こいつ、いつか踏みつけてやろうか。

みくる「今日は遠くへ行くから電車を使うんですよね」

6 名前:15/3[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:27:55.42 ID:6w1XGp9Q0
ハルヒ「そうそう、というわけで、あんたは駅弁全員分とあとあたしにはポカリを買うこと!
     あったかいのにしてよ、冷たいの買ってきたらぶっ飛ばすわよ!」

にしてもいちいち指定が細かいな。幸い古泉と長門と朝比奈さんは快く辞退してくれた。
さすがに全員分の駅弁は無理だと踏んだのだろう。フッ、俺も舐められたものだ。
実際そのとおりだよこん畜生っ!
俺は駅の売店で駅弁を一つ買った後自販機からあったか~いポカリを取り出した。
こんなもんただの吉野川の水だろ。なんでこんなのが飲みたいんだハルヒは。
とりあえず古泉や長門や朝比奈さんの分のジュースも買っておいた。それぐらいは奢ってやってもいい。
むしろ朝比奈さんには奢りたい。そして感謝されたい。それは至福の瞬間だからだ。
俺が恍惚の予感に浸っていると背後でハルヒの叫ぶ声がした。気がつくと電車の発車ベルが鳴っている。
にもかかわらず俺が座りこんだままボケーッとしてるのを見てハルヒはさぞイラついていたことだろう。
慌てて振り返った瞬間電車の扉が閉まった。ハルヒはガラスを叩きながら何かを訴えている。
古泉は困ったような素振りをする。朝比奈さんはおろおろしている。長門はいつも通りだ。
冷たい汗が背筋を伝った。
俺は為す術もなくSOS団の一同かっこ俺を除くかっことじるを見送って駅のホームに呆然と立ち尽くしていた。
列車はみるみるうちに遠ざかっていく。指にかかる駅弁の袋の重さが増したように感じた。

7 名前:15/4end[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:30:40.75 ID:6w1XGp9Q0

俺は駅弁とジュースでふさがった手で頭を抱えることもできずに唸った。
あぁ、もう、どうしちまったんだよ俺。
マジで調子悪いぞ。それもこれも、その、鶴屋さんのせいでないことだけは確かだ。うん。
俺が一人で空回りしちまっているんだ。まったく、俺もヤキが回りっぱなしだぜ。
仕方がない、次の電車に乗って、ハルヒ達に追いついて、さっさと文句を言われよう、うん。
と思ったところで俺はそもそも行き先を聞いていなかったことを思い出した。
ハルヒが何も言わないもんだから切符も適当に一番安いものを買っちまったし、
もしハルヒが怒って次の駅で待っていてくれなかったら俺はどこまでも電車に揺られることになる。
ハルヒのことだ、こんな寒い中俺をホームでじっと待っているなんてとてもじゃないがお断りだろう。
どうやら俺の今日のSOS団の活動はここまでのようだ。とりあえず、次の駅までは揺られてみるか。
長門か朝比奈さんか古泉が待っていてくれるかもしれないしな。

次の電車の時刻を確認しようと電光掲示板に目を移そうとしたとき、
俺の中で何か熱いものが全身を駆け巡った。
体温がどんどん上昇していく。
血流がものすごい勢いで加速していくのがわかる。
気分がどんどんハイになっていく。
秘められた力が開放されていくような、そんな高揚感すら感じる。

俺は線路の先を見据えた。ハルヒ達の乗った電車は建物の影に隠れてもう見えない。
だがこの線路の先にはあいつらがいる。間違いなく、今も電車に揺られて。

俺は線路の先を見据える。
このままどこまでも見通せるような気にさえなった。
俺の高揚はピークに達し、そしてなぜか、なぜだかわからないんだが、ものすごく、ものすごーく、



走りたくなった。

8 名前:16/1[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:33:36.77 ID:6w1XGp9Q0

俺は息を切らしてSOS団一同の前に佇んでいる。
脇に駅弁一つと人数分のジュースを抱えて、信じられないといった表情の面々を前にして。

キョン「ぜぇ……ぜぇ……」

あごから汗が滴り落ちる。生まれてこの方ここまで汗をかいたことはない。
一昨日鶴屋さんと朝に競争をしたときもここまで汗は出なかった。
まるで全身の水分という水分を絞り出したかのようだった。
俺、干からびてないよな。
「えぇ、一応」とは古泉。ハルヒは呆れるような表情で俺を見据えている。

ハルヒ「あんたってほんっっとに走るの好きね……」

いや、そうじゃないんだよ。なんか突然走りたくなっちゃったんだよ。自分でもわけがわからないんだけどな。

ハルヒ「ふぅん、ならマラソンランナーでも目指したらどう? 案外向いてるかもね。
     ところであたしのジュース、ちゃんとあったかいの買ってきたんでしょうね」

キョン「あぁ、もちろんだ。ほれ、吉野川の水だ。あったかいぞ」

俺はハルヒに頼まれた通りポカリを差し出す。ハルヒは「何よそれ」と不満げだ。

ハルヒ「んなっ、なによこれっ! 冷めちゃってるじゃないの! しかもペットがほんのり生暖かいわよっ」

キョン「な、なにぃ? そうか、ずっと抱えてたから外の空気で冷えちまったんだな」

で、生暖かさは俺自身のぬくもりだと。まぁいいじゃないか、ハルヒ。ちっとは暖かいだろ。


9 名前:16/2[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:37:00.45 ID:6w1XGp9Q0

ハルヒ「あんたの体温で温まったジュースなんで死んでもいらないわよっ!」

ハルヒはそう言うと残念なことになったポカリかっこ吉野川の水かっことじるを俺の顔面に投げつけて
ふんっ!と大きく鼻を鳴らした。

キョン「痛って! なにすんだよっ!」

ハルヒ「なによっ! だいたいあんたさっきから汗臭いのよっ、夏でもないのにあつっくるしい!」

俺が再び言い返そうとしたところで古泉が割って入った。おい、古泉、お前もなんかこいつに言ってやれ。

古泉「まぁまぁ、お二人とも。団長、副団長として言わせていただきますが、
    彼がこの通りではもうこの先へは行けそうもありませんよ」

どうやらこれから向かう先はどっか山の方だったらしい。
俺のスタミナ残量を推して測るに残り1ポイントもないと言っていい。古泉もハルヒも同じ結論に達したようだ。
しぶしぶ承諾する。うぅ、なんかすまん。

古泉「彼は私が送っていきますから、涼宮さんは長門さんや朝比奈さんと一緒にどこかで遊んできてください」

ハルヒ「悪いわね、古泉くん。まったく、あんたのせいで今日の予定、
     山に落ちた謎の流星群、そこには未知のウィルスが眠っていて人類に寄生し強制的に進化させたあと
     体を操ってどんどん味方を増やしているんじゃないかツアーもこれで終わりね。残念だわ……」

おい、なんだその昔の名作SFホラーみたいな話は。
ていうかそんな危険なことをお前が口にするんじゃない、シャレにならん。
さすがに宇宙人、未来人、超能力者はまだいいとして
そんなコテコテのSFクリーチャーと戦う根性を俺は持ち合わせちゃいないぞ。


10 名前:16/3[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:39:39.64 ID:6w1XGp9Q0

そんな俺の心を知ってか知らずかハルヒ達の間ではカラオケに行くことに決定したらしい。
女性三人のかしましい一団が誕生した。ハルヒ一人でかしましいのは言うまでもない。

朝比奈さんは会釈し、長門は棒立ちで手を振り、そしてハルヒはずんずんと大股で遠ざかっていく。
隣で古泉はにこやかな笑顔で三人に手を振っている。
俺はくしゃみを一発大きく放つと肩を抱いて震えた。
うぅ、さむっ。汗をぐっしょりかいたせいでコートの中まで氷つきそうだ。正直、シャレにならん。
古泉は突然俺の前に立ち真顔で俺を見据えた。

キョン「ど、どうしたんだ、古泉? んなマジな顔して」

古泉「とぼけないでください」

古泉の目つきは真剣そのものだった。

古泉「正直背筋が凍りつきました」

あぁ、俺だって寒くて今にも凍りつきそうだよ

古泉「お忘れですか? あなたは電車と並んで、今にも追い抜きそうな速度で走っていたんですよ」

マジでか。ってマジなんだが。いまだに自分でも信じられない。俺の脚ってあんなに速かったんだな。

古泉「そんなわけないでしょう」

つっこみは苦手だ、それはお前の領分だという痛いほど突き刺さる非難するような視線を受けて俺はふざけるのをやめた。

古泉「まったく……窓から電車と等速で並走するあなたを見たときはついに気が狂ってしまったのかと慄然としましたよ」


12 名前:16/4[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:42:01.48 ID:6w1XGp9Q0

呆れるように肩を落として大きなため息を吐く。珍しいな、こいつがここまで大きなリアクションをするとは。

古泉「そうしたくもなります」

ですよねー。

古泉「朝比奈さんも大層狼狽していましたよ。ほとんど泣き出しそうでした。
    とっさに長門さんが涼宮さんの目を手で覆い隠してあなたの姿を見れないようにしたからいいものの、
    もしあれが涼宮さんに見られていたら海外出張も徒歩で行くような世界になっていたかもしれないんですよ」

それはそれで便利そうじゃないか? いや、そう睨むなよ。わかったから。わかったって。
古泉は続ける。

古泉「長門さんに伺ったところ涼宮さんが力を使った形跡はないようです。
    むしろここのところ涼宮さんの力は劇的に弱まっていると言っていたくらいです」

キョン「それはどういうことだ?」

古泉「昨日のことです。あなたたちが休むというので退屈した涼宮さんがホラー映画を借りてきたと言い出しました」

わーお、嫌な予感。

古泉「それは仏体十字という仏教系だかキリスト教系だかよくわからないエイリアンが人間に次々と寄生して
    教えを広めていくという恐るべきB級映画で涼宮さんはそれを興味深々で見入っていました」

キョン「あぁ、で、何か起こったんだろ。それはお前らで解決したのか?」

古泉はそこで押し黙る。よっぽど怖い目に遭ったのだろう。同情するぞ、古泉。
お兄さんの前では泣いたっていいんだぞ。って誰がお前のお兄さんか。

13 名前:16/5[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:45:02.86 ID:6w1XGp9Q0
古泉「何も……」

古泉はぼそりと呟いた。え、聞こえないぞ。もっとはっきりと喋れ。

古泉「何も起こらなかったんですよ……」

青白い顔で小泉は続ける。いや、それのどこが悪いんだ? 結構なことじゃあないのか。

古泉「まぁ、そうなんですけど……私もさっきまではそう思っていました。
    このまま涼宮さんの能力が鎮静に向かえばこれ以上のことはない、と……」

古泉はですが、と続けた。

古泉「あなたのあれを見てから考えが一変しました」

おい、どういうことだ古泉。ちゃんと説明しろ。

古泉「単刀直入に言います。あなたのそれは涼宮さんの力ではありません。
    おそらく、考えにくいですが、あなた自身の力か、もしくは何者かがあなたにそういう変化を与えたんです」

じゃぁなんだ、これは未来人か、お前らと敵対する機関か、もしくは情報統合思念体のなにがしかの派閥が絡んでるって言いたいのか?
古泉は首を横に振る。

古泉「長門さんが言っていたんですが」

お前は何でも長門頼みだな。お前らの組織、ひょっとして長門一人より大したことないんじゃないのか?

古泉「それは否定しません。あっちは宇宙人ですからね。われわれは所詮ただの人間の集まりに過ぎません。
    限界はあります。ただその長門さんが言うには、あらゆる情報改編の形跡も認められなければ未来人や、
    なんらかの組織が関与した形跡もないと、そう仰るんです」

14 名前:16/6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:47:25.18 ID:6w1XGp9Q0

キョン「な、なに? じゃぁマジでこれが俺の秘められし力だってのか?」

俺の鼻の穴が若干膨らんでいるのを睨みつけながら古泉が念を押す。

古泉「そんなわけないでしょう」

俺もそう思う。

古泉「どうやら何かおかしなことが起きているようですね。
    涼宮さんの力でも他の何者でもない、まるで世界そのものが突然変わってしまったかのような」

なんかどっかで聞いたようなセリフだな。ん、おい、ちょっと待てよ。

古泉「何か最近、今までと変わったことに気が付きませんでしたか?
    それが状況を分析する上で重要なヒントになる気がします」

古泉、待っていたぞ、俺はお前からその言葉が出ることを心から待ちわびていたんだ。

古泉「何かお気付きですか!? それはすごい、あなたを見直しました、
    さっそく教えてください、どんなおかしなことがあったんですか?」

何かいちいちひっかかる物言いだな。まぁいい。いいか、心して聞けよ。これは驚くべきことなんだ。


16 名前:16/7end[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:49:54.50 ID:6w1XGp9Q0

古泉「もったいつけずに早く」

いいか、言うぜ?


キョン「朝目が覚めたら隣で鶴屋さんが眠っていた。
     これってマジでおかしいだろ?」



古泉は一瞬ポカンと俺の正気を疑うような顔をした後、

「それのどこがおかしいんですか」

とどっかで聞いたようなことを言った。

あぁ、もう。古泉。


お前はしばらく黙ってろ……。




17 名前:17/1[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:52:09.09 ID:6w1XGp9Q0
どうやらさっきの話はまだ早いらしい。
俺は自分が鶴屋さんや妹に超人扱いされたくだりを古泉に話した。
もちろんその直前や直後に鶴屋さんと何があったかはごまかして。
ところで古泉、お前のその俺の頭の中を見透かしているような薄ら笑いが我慢できん。

古泉「これは失礼」

古泉は降参のポーズを取る。

古泉「どうやら認識に若干ズレがあるようですね……
    私の知っているあなたはごく普通の一般人です。えぇ、それはもう悲しいほどに」

へいへい、わるーござんしたね。

古泉「謙遜することはありません。私にはあなたのその普通さがうらやましくて仕方ないくらいです」

俺のどこがこいつに謙遜しているように見えたのかまったくわからない。話が進まんさっさと続けろ。

古泉「思い出してみてください。涼宮さんの今日の目的を」

確かどっかの山に一足先に落下した流星に付着したSF的化け物を探しに行くんだったよな。

古泉「えぇ、そうです。おかしいとおもいませんか?」

おかしいっちゃ全部おかしいぞ。だいたい流星が落ちてきたなんて話は聞いたこともない。

古泉「それもあります。
    ですが、涼宮さんが力を使って今週末の流星群を呼び寄せたとするならば、説明できない点があるんです」

それはなんだ?

18 名前:17/2[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:54:23.03 ID:6w1XGp9Q0

古泉「流星群が観測されたのは金曜日で、ニュースになったのは土曜の朝です」

金曜っていうと俺の隣に鶴屋さんが現れた日だ。なんかの偶然なのか。

古泉「そして涼宮さんが仏体十字という映画のDVDを部室に持ってきたのが土曜日の放課後です。
    あなた達が来れないと知って昼休みにこっそり学校から抜け出して借りてきたそうです」

あいつも無茶をするなぁ。まぁいつものことだが。

古泉「涼宮さんはいろんな映画をタイトルも見ずに適当に10作ほど借りてきました」

それはまた景気のいい話だな。

古泉「旧作100円だったそうです」

あ、そう。

古泉「そしてタイトルから適当におもしろそうなものを選んで見たわけですが……
    それは流星群がニュースになった後なんですよ」

キョン「んじゃぁなにか、流星群が現れたのはハルヒが宇宙のなんとかクリーチャーに興味を持つ前の話で、
     ハルヒの力とは何の関係もないと」

古泉「その通りです」

キョン「ていうかその映画、旧作なんだろ。ハルヒだってどっかで見たことあるかもしれないじゃないか」

古泉「たとえそうでも涼宮さんが何の関心も前振れもなく流星群を出現させるとは考えられません」


19 名前:17/3[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:57:15.09 ID:6w1XGp9Q0

キョン「どうしてだよ、土曜の朝にニュースになって、土曜の昼に借りてきたんだろ。
     大方朝のニュースでチラッと見聞きして興味を持ったハルヒが無意識のうちの呼び寄せたんだろ、
     そしてハルヒはDVDを借りてきて、放課後に部室で鑑賞……って、古泉、さっきお前なんて言った?」

古泉は深刻そうな表情で言いにくそうに重々しく口を開く。

古泉「金曜日……と言いました」

古泉は続ける。

古泉「涼宮さんがその流星群をあらゆる可能性で気にかけるより以前に、
    流星群は他の人間に観測されていたということです。
    それもハッブル宇宙望遠鏡のような観測機器を有する専門機関でのみの話です。
    これが外部に漏れてなにがしかの理由で涼宮さんの耳に入るということはあり得ません」

俺は愕然とする。

キョン「じゃぁ、今来てるっていう流星群や俺のバカみたいな走りっぷりは
     本当にハルヒの思いつきじゃないのか……?」

古泉は静かに頷いた。異質な寒気が背筋をなぞる。

古泉「意識無意識は問わずあくまで意識下にある願望を実現することが涼宮さんの能力です」

そして続ける。

古泉「あなたのあのような姿を見るまで私もたまたまなんらかの理由で
    流星群が出現しただけかと思って安心していたのですが……」


20 名前:17/4end[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 23:59:27.47 ID:6w1XGp9Q0

やめろ、古泉、もういい。

古泉「流星群もあなたの疾走も、私たちの認識のズレも、何者かの作為的な操作であるならば説明はつきます。
    ですがその痕跡はなく、涼宮さんの能力による情報改編ですらないというのなら……」

やめろ、もういい。やめてくれ。

古泉「長門さんに一切の痕跡をつかませないほどの強大な存在による作為か、
    はたまた涼宮さんを含めた世界そのものが異常な変化を始めているということです。
    私としては、にわかに信じたくはありませんが涼宮さんが世界を変えようとするように、
    世界の方が涼宮さんを含む我々を変えようとしているかのように思えます。
    荒唐無稽ですが、そう考える方がしっくりくるんです」

俺はへとへとに疲れた肺に胸いっぱい冷たい空気を吸い込むと力なく吐き出した。そして続けた。

キョン「……マジで世界が終わるかもな」





21 名前:18/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:02:18.23 ID:6w1XGp9Q0

意思も感情もないプログラムとかロボットだとかいうならわかる。だが世界ってなんだよ。
ハルヒに嫌気がさした世界がいい加減腹に据えかねて癇癪でも起こしたっていうのか。
世界に意思や感情があるってどこのメルヘンストーリーだ。
いや、そんなものはないのだろう。古泉が考えるにはハルヒの力が世界に刺激を与え過ぎておかしくなったんだと。
精密な機械にたとえるなら乱暴に扱い過ぎたってことだ。
そういった細かい異常や矛盾が蓄積していった果てに何が起こるのか、
そもそもそういった物理法則だとか量子なんたら論のようなレベルを含めて起こる無感情な単なる現象に
いったいどのように対処すればいいというのだろう。
こういうことは俺の領分ではない。
俺と古泉は携帯で長門を呼び出した。トイレと言って抜け出してきたらしい。
朝比奈さんは一人でハルヒの相手をすることになっているだろう。
どんなセクハラ嫌がらせをされてもそれを止められる人間は一人もいない。否、止めようとする人間さえいない。
まぁ長門がそれを止めている光景なんざ思い浮かばないわけだが。
突っ立って話しているのも疲れてきた。そこで三人で近くの適当な喫茶店かファミレスにでも入ることになった。
ハルヒと朝比奈さんがいるカラオケ店のすぐ近くに手頃な場所があった。
俺の対面に長門と古泉が並んで座っている。
長門の見解はさっき古泉が言ったことと対して違いはなかった。
ただ事態の異常性に対して世界の構成情報自体は非常に安定しているという。
世界がハルヒや俺たちを何らかの方法で排除しようとしているならば不自然な点がなさすぎるのだという。
バグやエラーの集積によって起こっているとするならばそれはなおのことおかしなことだと言った。
話はそこまでで、それ以降は古泉も長門も黙り込んでしまった。
長門は沈黙のさ中も情報統合思念体とのなにがしかのアクセスを続けてくれているらしいが
どうも情報統合思念体の側でさえ事態を把握しきれていないらしい。
古泉は右手を顎に添えてうつむいたまま動かない。

22 名前:18/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:05:06.19 ID:wsfxcr/i0

俺にしてみればあの金曜の朝、いや、木曜の夜という可能性もあるが、その日から世界が一変している。
鶴屋さんが俺と暮らしていて、古泉や長門や朝比奈さんやハルヒの誰もがそのことを知っているのに
俺だけがそれを知らない。加えて、いつもの俺って奴の存在。
そいつは俺よりはるかに超人的な能力を持っていながら人間味は薄いらしい。

噛み合わない記憶、居る筈のない場所に居る人物。

この中で元の記憶を完全に保っているのは俺だけだ。
まずはこの認識の齟齬を解きほぐすことから始めよう。
俺は自分の頭を整理しながら話し始めた。

キョン「お前ら、俺の話を聞いてくれ。
     先入観とか自分の記憶には頼らず、ただ俺が感じている違和感の原因を一つ一つ挙げていく。
     その上で、もしそれが本当だったならという前提で俺の思考につきあってくれ。
     今のお前らには難しいことなのかもしれないが……」

古泉は真剣なまなざしで「わかりました」と続けた。

長門も「わかった」と首をわずかに縦に振る。

いいか、言うぜ?

キョン「まず、俺の記憶上では俺と鶴屋さんはどうきん……オホン!
     同居してはいない。そして次に、お前らや鶴屋さんが知っているいつもの俺って奴は今の俺とは別人だ」

長門も古泉も黙って俺の話を聞いている。
疑念はあるだろう、だが俺の話を真剣に聞いてくれている。
この異常な事態を把握したいという思いだけは共有できているようだ。
それは些細だが大きな進歩だった。

23 名前:18/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:07:14.88 ID:wsfxcr/i0

キョン「そして次に話すことが俺が感じる今一番の違和感だ。
     ただこれは俺の頭の方が狂っているという可能性もある。
     自分の言っていることにさっきの鶴屋さんの話やもうひとりの俺の話ほどの確信が持てないんだ」

俺は気を落ち着けようと手元のコーヒーに口をつけてぐいっと飲みほした。
古泉も長門も聞き役に徹してくれている。恐れることはない、俺はこいつらを信じている。
たしかに俺の知っているこいつらとは微妙に違うのかもしれないが、
たとえそれがどのような違いであれ俺はこいつらを信じ抜くことに決めた。
頼むぜ、長門、古泉。もう準備はできてるよな。いいか、言うぜ?

キョン「ここんとこ眠ったり気を失ったりするたびにおかしな夢を見るんだ。
     そこでは俺と鶴屋さんが今と同じく同居しているんだが、
     ところが俺が夢を見始めたとき鶴屋さんは俺の家から出ていっちまった。
     追い出したのは……夢の中の俺だ」

俺の胸に苦虫をかみつぶしたかのようないやな感覚が広がっていく。
夢の中とはいえ俺があんなことをするとは。まったく俺のばか野郎。

俺がやりきれない気持ちでいると古泉が口を開いた。

古泉「それは……」

そして古泉は驚くべきことを口にした。

古泉「それは私たちが知っているあなたにとても近いあなたですね」

俺は慄然とした。肌という肌に鳥肌が立っていく。さっき一気飲みしたコーヒーのせいで胸やけがする。



24 名前:18/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:09:45.62 ID:wsfxcr/i0

古泉「私は常々おかしいと思っていました。
    鶴屋さんがあんなにあなたのことを慕っているのにどうしてあなたはそれに応えようとしないのかと。
    ですがここ数日のあなたの反応を見て安心していたんです。
    今までのあなたは単に恥ずかしさや照れくささからあのような素っ気ない態度を取っていただけで、
    本当は鶴屋さんのことを大切に想っていたのだ、と。
    まぁあなたが鶴屋さんと同居していることがおかしいと言い出したときは、
    失礼ですが一回くらい殴ってでもわからせたほうがいいのだろうかと真剣に悩んでしまいましたが」

おまえはあの時そんなことを考えていたのか。自重してくれて助かったよ。
あんな状況でお前に殴られでもしたら俺は正気を保てなかっただろうからな。

古泉「その夢の話、もう少し詳しく話せませんか?
    あなたの記憶をもとに考えれば夢の中のあなたと鶴屋さんの状況と
    現実のあなたと鶴屋さんの状況が入れ替わっているように思えます」

入れ替わる……? 入れ替わるだと。

古泉「他にたとえば……夢の中のあなたや鶴屋さんで、共通する点は何かありませんでしたか?
    なんでもいいんです。あなたの知っている鶴屋さんになくて、今の鶴屋さんや夢の中の鶴屋さんにあるもの、
    或いは世界がおかしくなってからあなたか鶴屋さんに起こったなんらかの変化、とか」

俺は少し考え込む。そして一つだけ思い当たる点があった。


25 名前:18/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:12:43.40 ID:wsfxcr/i0

キョン「スモークチーズ……」

俺は静かに呟いた。そして机に両腕を突いて立ち上がると自分の考えを一気に述べた。

キョン「スモークチーズだ!
     俺の記憶が確かなら夢の中の鶴屋さんも今の鶴屋さんもスモークチーズが大好きなんだが、
     金曜日の夕方に鶴屋さんは初めてスモークチーズを見たようだった、
     そしてみんなでスモークチーズを食べることを何より楽しみにしているみたいだった」

ふいに俺の頭の中に二度目の夢の情景、
鶴屋さんが薄緑色のモノトーンの中に消えていく瞬間が浮かび上がってきた。

キョン「……夢の中の鶴屋さんは……ちゅるやさんって言うんだが……
    今は誰とも一緒にスモークチーズを食べられないでいるみたいなんだ……」

俺は肩や脚から力が抜けそのまま椅子に腰を落とした。
背後からはほかの客の話し声が聞こえる。混雑してきた店内では俺の叫び声もかき消されたらしい。
俺はなんとも言えない無情感に打ちひしがれていた。

どうして、どうしてこんなに心が痛むんだ。誰か教えてくれ。どうしてなんだ。

古泉が俺を気遣うような視線を投げかけてくる。長門は俺をじっと見つめている。
それだけでも心配をかけているのがわかる。
すまん、お前ら、すまん……。

古泉「どうやら……」

古泉は自分の紅茶に軽く口をつけると言葉を続けた。


26 名前:18/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:15:31.24 ID:wsfxcr/i0

古泉「あなたが見た夢の世界の状況と我々の世界の状況はあまりにも符合し過ぎています。
    どういうわけだか、そのあなたが夢で見た世界と、
    我々の世界の前提、物語で言うなら設定とでも言うべきものが部分的に入れ替わっているようですね。
    そしてその影響は今も増大を続けているようです」

俺のあの疾走のことか。だが流星群の方はどうなんだ? 何か思い当たることでもあるのか。

古泉「それはまだわかりません……」

さっきまで黙っていた長門が語り始める。

長門「あなたの話を聞いて情報改編の形跡がなく且つ世界が不自然なほど安定している理由がわかった。
    恐らくあなたが見た夢は無数に存在する並列時空の一つで
    現在その内の二つの世界が互いに強い影響を与え合っている」

それはパラレルワールドってことか?

長門「そう。我々の宇宙の他に存在する別の宇宙がなんらかの理由で並列軌道を外れ
    我々の世界と次元地平面上で交差しようとしている。そしてその次元間距離は今も縮まっている」

長門は続ける。

長門「このままでは宇宙が互いに衝突するか、そうでなくても潮汐効果で修正不可能なまでに分解される。
    まず物理法則が消滅し、すべての正物質が暗黒物質へ還る」

宇宙が分解される……? その潮汐効果ってのはなんなんだ。
これには古泉が答えた。



27 名前:18/7[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:17:51.12 ID:wsfxcr/i0

古泉「一定以上の大きさと引力を有する天体同士が接近したとき、
    互いが崩壊しない程度にすれ違える物理的な距離の限界をロシュ限界といいます」

ん、それは俺も知っているぞ。確か最近思い出すことがあったような。
そこで俺は鶴屋さんと過ごした最初の夜のことを思い出した。
俺と鶴屋さんの物理的距離はまさにロシュ限界を突破せんという勢いで接近し、
かくして俺の理性と欲望はバラバラに分裂して……い、いかんいかん。
今はこの世界を元に戻すことに全神経を集中せねば。

とはいえ俺の頭の中は鶴屋さんの寝息や甘い溜息を自動的に思い出し続けている。うぅ、俺のばか野郎。
このムズムズする感覚を誰かなんとかしてくれ。

古泉が微笑ましそうに俺を見る。
やめろ、息子に初めて彼女ができたお母さんみたいな目を俺に向けるなっ。
あと長門、コーヒーおかわりしすぎだ。

長門はこの店のコーヒーをすべて飲みつくすつもりなのか、
自分が話していない間は静かにドリンクバーを入ったり来たりしている。
それでもちゃんと話は聞こえているらしい。ひょっとして俺が視線を外している間もずっとそうしてたのか?
ならそろそろやめてやれ、向こうで店員が不安そうにこっちを見ているぞ。

古泉「ともかく」

古泉が俺の思考を元の方向に戻す。

28 名前:18/8[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:20:10.88 ID:wsfxcr/i0

古泉「そうなるとわれわれには根本的な解決手段はなく対処的な行動しかとれません。
    世界の交差が不可避の現象であるならば、
    その変化した状況を一つ一つ本来の姿に戻すことによって次元間交差の瞬間を乗り切るしかないでしょう」

つまりどういうことだ?

古泉「流星群など物理的な変化はどうしようもありません。
    ですが人間に起こった変化でしたらあなたの記憶を頼りになんとか修正できます。
    居るべき人を居るべき場所へと帰す、ただそれだけのことです」

古泉の額から汗が一筋流れ落ちる。古泉はとても言いにくそうに視線を卓上に落とした。
俺は長門を見る。長門はもうコーヒーをガブ飲みするのをやめていた。俺をまっすぐと見据えている。
ただ古泉同様俺に何かを伝えることをためらっているように見えた。
長門が口を開きかけたとき、古泉が長門を制した。大丈夫です、と念を押して。
古泉、なんでお前はそんなに辛そうなんだ? それに長門、お前もそんな悲しそうな顔をするなよ。
一体どういうことだ。俺に何を伝えたいんだよ。

古泉「一番はじめに起こった変化は……」

古泉はいつもの流暢な喋り方を忘れてしまっていた。
歯切れの悪い、奥歯に挟まったものをなんとか取り除こうとしているよな、そんな迷いを含んでいた。
古泉は決心したように俺を見据える。


29 名前:18/9end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:22:37.38 ID:wsfxcr/i0

古泉「あなたの隣に鶴屋さんが現れたことです。
    我々が記憶している、あなたと鶴屋さんが共に生活しているという事実が
    世界の変化によって発生した認識のズレであるならば……あなたがするべきことは──」

古泉は最後まで視線を逸らすことはなかった。

あぁ、わかったよ。古泉。お前の言いたいことは。

だからそんな辛そうな顔をするなよ。

そんな悲しそうな顔をするなよ。

長門もなんか言ってやれ。らしくねぇってよ。

いつも通りニヤつきやがれってんだ。



古泉「鶴屋さんを遠ざけることです」




古泉、お前の泣きそうな顔なんて、見たかねぇよ。






30 名前:19/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:26:52.80 ID:wsfxcr/i0

店を出たあと俺は古泉が止めたタクシーに一人で乗って帰り道をがたがたと揺られていた。
あの大量の汗もすっかり乾いてしまっていた。
多少なりとも寒かったのだが、マフラーやコートを羽織る気にはなれなかった。

車の窓からぼんやりと景色を眺める。あらゆる人々の生活が俺の目の前をただ過ぎ去っていった。

笑ってる奴、つまらなそうな奴、ハイになってる奴、何考えてるかわからない奴。

俺はただその一人一人を記憶に留めることなく誰にも気に止められていないラジオの音楽のようにボソリボソリとつぶやいた。

鶴屋さん、どうしてあなたは俺の前に現れたんですか。これには答えが出た。
鶴屋さん、どうしてあなたは鶴屋さんなんですか。俺に聞かれても困るだろう。
鶴屋さん、どうしてあなたは俺のことをそんな目で見つめるんですか?
大切なものを見るような、優しい眼差しを向けてくれるんですか。

俺にはわかりません。

俺はあなたのことを、何一つ、これっぽっちも、髪の毛一つ分ほどだって、わかっちゃいなかったんです。

タクシーが俺の家の前に到着した。
俺は古泉から適当に渡されていた一万円札を取り出す。
そこで一万円札が二枚重ねられていたことに初めて気がついた。
さっき渡されたときはそんなことを確認する余裕なんてなかったな。あいつも案外間抜けな奴だ。
これも機関の経費って奴か? まぁいい、今月はさんざんハルヒに奢ってピンチだったんだ。ありがたくもらっておくぜ。
店の前で別れたときの古泉や長門の顔が思い浮かぶ。タクシーを止める前、あいつなんか言ってたな。
なんだっけか、確か──




31 名前:19/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:29:13.84 ID:wsfxcr/i0

古泉「朝比奈さんには私たちから伝えておきます。
    事と次第によっては、理由はあくまで誤魔化しますが涼宮さんにも伝えましょう。
    私たちの変化に彼女なら気づいてしまうでしょうから、隠すよりこちらから先に伝えて置いた方がいいでしょう。
    きっとその方が彼女の為にも……いいえ、なんでもありません。
    これはタクシーの料金です。私はあなたを送っていくことはできなくなったので、涼宮さんたちに合流します。
    今日はおつかれさまでした。それでは──」

──そしてあの野郎は続けた。


「がんばってください」と。


俺は二枚ある万札を握り締める。

俺の家まで送るだけなら一枚だけで半分以上お釣りがくる。
なのにあいつは二枚渡しやがった。
そういうことかよ古泉……畜生、やっぱお前はどこにいてどんな奴でも本当にいけすかない野郎だぜ。

俺は運転手にすぐ戻るから待っているよう頼んだ。先に一万円札を一枚渡しておく。
これで少なくとも一万円分は待っていてもらえるはずだ。
俺は妹がおかえりと言うのも構わず自分の部屋に飛んで帰るとコートやマフラーを投げ捨てて
ソッコーで新しい服に着替えコートとマフラーを取り替えてタクシーまで戻った。


32 名前:19/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:33:33.41 ID:wsfxcr/i0

キョン「鶴屋公園までお願いします。帰りは待たなくて構いません」

運転手は何も言わず発進させた。そしてそのまま法定速度ギリギリで飛ばし始める。
おいおい、大丈夫かよ。この運転手も機関とかいう組織の人間なのか。
俺はポケットから携帯電話を取り出すと、た行を検索した。
そしてそこに表示された人物に電話を掛ける。2、3回のコールのあと電話がつながった。

キョン「鶴屋さん、こんにちわ」

鶴屋さん「なんだい、キョンくんっ! キョンくんがあたしに電話なんてめっずらしいね!
       あ、一緒に住んでんだから当たり前かっ、会って話せば済むもんねっ、にゃはは」

キョン「今って大丈夫ですか? 出れます? どうしてもあなたに話したいことがあるんです」

鶴屋さん「なになに、緊急の用事? それとも何かとっても大事なお話かなっ!?
       いいよいいよ、会議ももうなんか顔見せだけでさっさと終わっちゃってさっ、
       退屈だったにょろっ。一緒にどっかいこってならめがっさ大歓迎さっ!」

鶴屋さんのうれしそうな声と、弾けるような笑い声が携帯の向こうから伝わってくる。

俺はじゃぁ鶴屋公園で待ち合わせしましょう、と言う。

鶴屋さん「おっけおっけ、キョンくんとデート、楽しみにしてるにょろっ!
       それじゃぁまた後で、でもまた前みたいにすっぽかしたら承知しないぞっ!
        じゃね、キョンくんっ……えっと……その……ま、待ってるにょろよっ!」

鶴屋さんはそう言うと電話の向こうでにゃははっと笑った。本当に嬉しそうな、楽しそうな声だった。


33 名前:19/4end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:36:02.94 ID:wsfxcr/i0


それは俺の聴覚神経を通り、脳へと伝わり、様々な電気的スパークを織りなして。




深い悲しみへと変わったのだった。









34 名前:幕間[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 00:38:24.02 ID:wsfxcr/i0
少し休憩をとります、1時ちょうどに再開する予定です。

楽しみに待っていてくれる方、すいません。ちょっとだけトイレとかに行かせてください。

39 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:02:12.88 ID:wsfxcr/i0
名前欄は一応まとまりをつけるために番号を振ってあります、邪魔でしたらすいません。

古泉の一人称については普通に勘違いしていました。投稿と並行して修正していきます。
指摘していただけて大変助かります。ありがとうございました。

それでは続きを始めたいと思います。

40 名前:20/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:05:16.89 ID:wsfxcr/i0

最後にタクシーの時計で確認した時刻は午後の3時をちょうど過ぎた頃だった。

鶴屋公園の一角、文化祭の映画を撮影した池で俺は鶴屋さんを待っていた。
肌寒い中俺は一人何をするでもなくぼんやりと空を眺めていた。
縮れた雲に埋め尽くされた灰色の空。そういや今朝は天気予報を見ずに出てきちまったな。
夕方か夜に雪でも降るんだろうか。

風が凪いで、時間が止まったように静まり返る鶴屋公園。
息急き切って駆けてくる音に、俺は視線を正面に戻した。

鶴屋さん「やっほっ! キョンくん、待たせちゃったかなっ」

鶴屋さんは白い息を吐きながら俺に挨拶をした。なんども大きく肩を揺らしながら息をする。
公園の入口から、いや、ひょっとしたらその前から思いっきり駆けてきたのかもしれない。
俺は軽く微笑む。鶴屋さんの表情は安心したように笑顔に変わった。

キョン「全然待ってませんよ。俺の方こそ急に呼び出したりしてすいません。迷惑じゃなかったですか」

鶴屋さんは大げさな身振りでふるふると首を横に振る。そして高らかに、

鶴屋さん「んなわけないっしょっ!
       キョンくんが誘ってくれるならあたしは春夏秋冬一年365日
       うるう年込み込みでいつでも準備オーケーさっ!」

天を指さして円を描いた。

俺は鶴屋さんの頭の上に天輪が浮かんでいる様を想像する。女神、か。こないだのバカな考えが頭をよぎる。
この人は女神なんかじゃねぇよ。もっと上等な、もっとレベルの高い何かだ。
俺は自分で自分にそう語りかけた。

42 名前:20/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:07:48.64 ID:wsfxcr/i0

キョン「じゃぁ、とりあえず市街の方にでも行ってみましょうか。適当にぶらぶらしましょう。今日は歩きたい気分なんです」

鶴屋さんは「あたしもあたしもっ」と言う。

鶴屋さん「若者よっ、それはとってもいい心がけさっ。
風の向くまま気の向くまま、歩いたところがあたし達の道になるっさっ!」

おどけるように言う鶴屋さん。
天に輪を描いたその指で俺を「ビシっ!」という掛け声と共に指差す。

鶴屋さんは今朝は車で出かけていった。私的な荷物はすべて俺の部屋に置いてある。
ちゃんとした支度をしてこなかった鶴屋さんはすこし肌寒そうに見えた。

俺はさっき着替えてきたマフラーを外すと鶴屋さんの首にそっと巻いた。

鶴屋さん「キョ、キョンくんっ……?」

俺はにこりと微笑んで「寒いでしょう?」と目の前の可愛い先輩に笑いかける。

鶴屋さんの表情がぱぁっと明るくなる。両手で俺のマフラーを嬉しそうにぎゅっと抱きしめる。



43 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:10:34.56 ID:wsfxcr/i0

どうぞ
つ ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org658558.mht.html

合言葉は2683 つーるーやーさん でお願いします。

44 名前:20/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:13:48.61 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「ありがとっさ……ほんとは、ちょっち寒かったんだよねっ。でもキョンくんは平気なのかいっ? 寒かったりしないっかなっ?」

鶴屋さんが俺を気遣う。俺は大丈夫です、コートだけあれば。そう言って納得してもらおうとした。

鶴屋さん「それじゃダメさっ!」

鶴屋さんは俺がかけたマフラーをほどくと一方を自分の首に、もう一方を俺の首に巻きつけた。
同じマフラーを半分半分に共有する形になった。

鶴屋さん「これでいいっさっ。でもちょっち待っておくれよ、今ちゃんと結ぶっからさ」

鶴屋さんは結びにくそうにしながらもピョンピョンと飛び跳ねつつ俺の首にマフラーをしっかり巻こうとする。
微妙に長さが足りなくて自分のマフラーを少しほどいたり、
逆にほどき過ぎて自分の分が足りなくなったりしながら。

鶴屋さん「あっれぇ、おっかしいなぁ」

それでもめげずに鶴屋さんは何度も挑戦を続ける。
もともと二人用のものではないのだからうまくいかなくても仕方がない。
だがそれで済ませるにはあまりにも勿体がなかった。

俺は鶴屋さんと頭が並ぶ高さまで屈む。
鶴屋さんはドキリとした表情で俺を見つめる。

鶴屋さん「キョ、キョンっ……くん……」

キョン「じっとしててください」

俺は鶴屋さんの首に手をかける。鶴屋さんはまぶたをぎゅっと閉じた。

45 名前:20/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:17:21.62 ID:wsfxcr/i0
俺は鶴屋さんの首からマフラーをほどいて真ん中に身長差分の余裕を作り
片方ずつ俺と鶴屋さんの首に巻きつけた。よし、これでいい筈だ。
鶴屋さんは目を瞑ったまま何かを待つようにじっとしている。

キョン「鶴屋さん。終わりましたよ」

鶴屋さん「えっ?」

まだだよ、と言いたかったのか、鶴屋さんはもの欲しそうな視線を俺に投げかけた後、
俺や自分の首に巻かれたマフラーに気づいて一気に顔を赤らめた。
そして弁解するように両腕を顔の前で交差させる。

鶴屋さん「や、こ、これはその、ち、違うんだ、違うんだよキョンくんっ、
       あ、あたしはただキョンくんがマフラーを結びやすいようにしてただけさ、
       だ、だからキョンくんが思ってるようなことじゃなくって……ってキョンくん、何笑ってるにょろっ!」

俺は笑わずにはいられなかった。面白かったから、ではない。ふざけて笑ったのでもない。
鶴屋さんはふてくされたように唇をとんがらせる。不満を訴えかける目つきで。俺を睨むかのように。

キョン「鶴屋さん」

鶴屋さん「何さっ! あんまりあたしをからかうと、グーと怒髪で突いちゃうからねっ!」

鶴屋さんが俺の顔に突き出したグーに片手を添えて収めてもらう。鶴屋さんは不満げに視線を逸らす。

キョン「こっちを向いてください」

鶴屋さんはしぶしぶといった体で俺を見据えた。そこにはどこか不安の色が伺える。
居心地の悪そうに目線が泳ごうとする。それでもしっかりと俺を見据えて、俺の頼みを聞いてくれて。
すみません、鶴屋さん。でも次に言う言葉は、ちゃんと視線を合わせて言いたいんです。

46 名前:20/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:20:26.43 ID:wsfxcr/i0

キョン「鶴屋さん」

鶴屋さんの肩がかすかに震える。

キョン「めがっさ可愛かったですよ」

鶴屋さんは一瞬キョトンとして何を言われたのかわからないといった表情になる。
そしてみるみる顔中を紅潮させていった。やられた、といった表情に変わって直後恥ずかしそうにうつむいた。

俺は笑ってしまう。

最初は不満げにうつむいていた鶴屋さんも、俺につられてか次第にクスクスと笑い始める。
最後には二人で思いっきり大爆笑した。

鶴屋さん「あはははははははっ! キョンくんのばかっ! キョンくんのあほー! あっはははははっ!」

キョン「すみません、すみません鶴屋さん、すみませんっ」

腹を抱えて数分間たっぷりと笑った。その間に鶴屋さんはたっぷり俺をなじった。
俺はそれにすいませんすいませんと笑いながら平謝りする。
体勢が崩れる度に近づいたり離れたりを繰り返しながら、首に巻かれたマフラーがピンと張って二人の距離を一定に保つ。
離れすぎないように、近づきすぎてぶつからないように気をつけながら、俺と鶴屋さんは互いの顔を見合わせた。
鶴屋さんに笑顔が戻っていた。

47 名前:20/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:24:14.88 ID:wsfxcr/i0

俺たちは並んで歩き始めた。まだ互いにクスクス笑いを残したままで。
鶴屋さんが俺の腕に抱きついてくる。小さな子供がするように、全身全霊で甘えてくる。
俺は肘から先をそっと鶴屋さんの背中に回した。
それに気づいた鶴屋さんがならばと俺の懐に入り込んで胴体に抱きついてきた。
あっという間の早業で、何かの古武術の応用なのかもしれない。
先人が培ってきた技術のあんまりにもあんまりな使い方だ。
俺は笑いながら参ってしまう。

並木通りを誰かとすれ違う度に、あらあらクスクスと微笑ましげな声が後ろから聞こえる。
どうやら兄妹か何かだと思われているらしい。むしろ年齢的には逆なんだけどな。
鶴屋さんもそれが聞こえてか聞こえいでか、ニヤニヤと嬉しそうだ。
ところで鶴屋さん、その体勢歩きにくくないんですか?

鶴屋さん「んーにゃっ、んなことないっさ。だってあたしは歩いてないっからねっ」

よく見えると鶴屋さんの脚は宙をぷらぷらと漂っていた。両腕は俺を脇からしっかりと挟み込み微動だにしない。
どうりで重いと思ったが、それほど片側に重量は感じなかったぞ。なぜだ。
鶴屋さんが軽いからか。いやでも小さな子供だって30キロぐらいはあるぞ。

俺が不思議そうにしていると鶴屋さんは「重心の使い方さっ!」と朗らかに笑った。

なるほど、貴重な技術の大変な無駄遣いですね。わかります。
鶴屋さんは「よっ」と俺の体を離し地面に着地すると、たたっと駆けて俺のすぐ正面に向き合った。

48 名前:20/7end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:26:43.22 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「じゃぁ、さっ、ほら。二人で一緒に歩くんならやっぱりこれが一番っしょ」

そう言って右手を俺に差し出してくる。


思い出づくり。


一瞬そんな言葉が俺の頭をよぎる。

俺は鶴屋さんが差し出してきた手を取って微笑み返す。
鶴屋さんは嬉しそうにニカッと八重歯を見せながら片方の頬を釣り上げて笑った。
そして握った手を一瞬ぎゅっと強く握った。

どうだい、大したもんだろう、とめいっぱい胸を張って何かを誇るかのように。

あなたのすべてが俺にはまぶしい。
あなたのすべてが俺には偉大に見える。

だから信じています、鶴屋さん。

あなたの偉大さを、あなたの強さを。

俺は鶴屋さんの手を強く握り返す。


俺なんかのせいでダメになったりしない、そんなあなたを信じて。



50 名前:21/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:29:53.71 ID:wsfxcr/i0

俺と鶴屋さんは丸鶴デパートの前までやってきていた。

鶴屋さんにとっては自分の家で経営しているのだから勝手知ったるものだが、
俺にとっては馴染みの薄い場所だ。
子供の頃数回訪れた記憶があるがそれきりで、我が家の資産状況では仕方のないことだ。

そういえば俺が知らないだけで母親や妹なんかは何度も訪れているみたいなことを言っていたような気はする。
もしそうなら我が家族ながら薄情なものである。

俺は鶴屋さんにグイグイと引っ張られてデパートの中へ脚を踏み入れる。
透明のガラス戸を手で押して潜った。
デパートはいくつかの棟に別れているらしくチラッと地図を見ただけでも西館と東館があった。
中の自動ドアを通ったところで鶴屋さんがくるっと俺に向き直った。

鶴屋さん「いらっしゃいませっ、丸鶴デパートへようこそっ!」

しっかりとした口ぶりで深々とお辞儀をする。俺はなんだか照れくさかった。
鶴屋さんは顔だけを上げるとにぱっと歯を見せながら笑った。

再び鶴屋さんが俺の手を取りグイグイと引っ張っていく。どうやら地下の食品コーナーへと向かっているようだ。
店内では暖房が効いているのでマフラーは外すことにした。鶴屋さんは若干残念そうな顔をしていた。
また外に出るときは同じようにしましょうと言うと笑って納得してくれた。
この人は本当に物分りがいいというか頭がいいというか、ちゃんと話せばわかってくれる。
どっかの誰かとはえらい違いだ。
地下の食品、おみやげコーナーは俺の母親と同じ位の年代の主婦や
二十代くらいの女性から老婆まで基本的に女性客で賑わっていた。
その中を俺は鶴屋さんに手を引かれるままに進んでいく。
幸い公園のようにジロジロ見られることはなかった。こんだけ人がいりゃ当たり前か。


51 名前:21/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:32:35.28 ID:wsfxcr/i0

とある土産物用の菓子売り場の前で鶴屋さんが脚を止めた。
そしてそこに陳列されている鶴のような形に装飾された板状の菓子を指差す。

鶴屋さん「これが鶴屋デパート名物、銘菓つるサブレにょろっ! この過剰なまでの装飾が
       食べようとするものを圧倒してドン引きさせるほどの凄まじいオーラを生み出しているところが
       最大のウリなのさっ!」

そういって店員に名前を名乗ってつるサブレーを一つ取り出してもらうと俺に差し出してきた。
う、近くで見るとまさに生きているかのようなすさまじいリアリティである。
そのまま飛んでいっても不思議と感じさせないくらいのオーラ、なのか
執念なのかよくわからない職人魂を感じさせる。
ちとこれはやりすぎだろう。その割にはよく売れているそうだ。
このオーラに圧倒されない大市民的存在が買っていくのだろうか。
と思ったらお年寄りから小さなお子様まで大人気らしい。理由は美味いから。
なるほど、わかりやすい。

鶴屋さんは再び俺の手を取るとずんずんと客の間を分け入っていく。
それでいて誰にもぶつかることなく最適なコースを選択している。
まさにデパート地下食品売り場の女王である。

かくいう俺は無能な小間使いなのであった。


52 名前:21/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:34:52.92 ID:wsfxcr/i0

できない子ほど可愛いのかはさておいて、俺は和菓子中心にいくつかの店を案内された。
銘菓、つる羊羹。ようかんでお食べ、とパッケージに描かれた鶴が吹き出しで喋っていた。

「よく噛まないとおっきくなれないにょろよっ!」とは鶴屋さん。

羊羹だと横におっきくなりそうなんですけど。
鶴屋さんは「横?」と言うと二、三回自分の胸の前に手をかざして上げたり下げたりしていた。
俺が隣で苦笑いをしていることに気づくと胸元をさっと隠した。
そして俺に向き直るとおずおずと訪ねてくる。

鶴屋さん「と、ところでキョンくんっ。お、おっきい方とちっさな方だと、ど、どっちが好きなのかなっ?」

俺は何のためらいもなく「おっきい方ですね」と即答する。

鶴屋さんはショックを受けたように肩を落としてシュンとした。
しおらしげに、残念そうに胸元にかざした手を上下させた。
かすかなため息さえ聞こえてくる。唇の先が少しだけとんがっていた。

俺はわざといたずらっぽく笑ってみせながら言う。

キョン「え、だって年上か年下かってことですよね?」

鶴屋さんは「えっ?」と驚いた顔で俺に振り返る。
俺は自分のわざとニヤついた顔に悪意をたっぷりとふりかけて鶴屋さんを迎え撃つ。
鶴屋さんの訝るような視線が合点がいった瞬間に消え失せて怒るような目つきに変わる。

鶴屋さん「と、年上をからかうんじゃないっさっ!」

鶴屋さんは俺を非難する。年上、という言葉を少しだけ強調して。頬を朱に染めながら。

53 名前:21/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:37:51.88 ID:wsfxcr/i0

俺にとってのおっきい方とは鶴屋さんのことである。
鶴屋さんは怒ったような素振りを崩さず、それでいてとても嬉しそうに俺の手を引っ張って歩き出す。
そのままいくつかの店を回っておすすめのお菓子を試食したあと他の売り場へと向かうことになった。

ブランドものの服売り場なんかはあまり回らずほとんど素通りしてしまった。
鶴屋さんがサーオ・カジヤという海外ブランドをオススメしてくれたのだが快く辞退しておいた。
ああいうものに手を出すには圧倒的に資金が足りない。
鍵ケース一つで一万ってなんだよ、おれの極貧生活を舐めんじゃねーっ。
鶴屋さんは俺を残念そうな眼差しで見守っている。なんていうか、すいません。

鶴屋さん「いいっさいいっさ、気を取り直して行くにょろよっ」

鶴屋さんにそれとなく慰められながら俺たちはゲームコーナーに脚を踏み入れていた。
デパートのゲームコーナーと言えば普通景品を掴み上げたりルーレットで当てたりする類のものや
太鼓を叩いたりする遊技的なものが大半と相場が決まっている。
ところがそこには、当然遊技場系のゲームはあるのだが、
対戦格闘ゲームからパンチングマシーンからガンシューティングからリズムゲームから
とにかく対戦をテーマにしたものがズラリと並んでいて異様な熱気を放っている。

鶴屋さんの瞳がキラリと閃いた気がした。多分おれの錯覚である。
きっと。おそらく。いやそう思いたい。

鶴屋さん「キョンっくんっ! 血が、魂が、ハートが震えるほどにビートアウェイしないかいっ!?
       あたしのバトルソウルは今、唸り上げるほどにデッドヒートっさね!」

俺はあぅあぅと宙を噛むのが精一杯で、
ムチャクチャだがなんだが熱そうな単語を次々と発しながら進んでいく鶴屋さんの後をただついて歩く。
その後はもうひどいものだった。


54 名前:21/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:41:06.68 ID:wsfxcr/i0

対戦格闘ゲームで俺をボコボコにする鶴屋さん。向かいでユーウィン、こちらでユールーズ。

パンチングスコアーで余裕でトップをたたき出す鶴屋さん。
二位以下のスコアは恐らく飛び蹴りで出したスコアである。背後で歓声が轟いた。
俺の順番。
南無阿弥陀仏。

鶴屋さんとリズムダンスゲーム。残念、鶴屋さんの足さばきがまったく見えなかった。
あれは間違いなく裏格闘世界の人間の動きである。
鶴屋さんとエアホッケー。円盤を受けたらマレットとかいう手に持つ道具が割れた。
そのままそそくさと退散する俺たち。

鶴屋さんとガンシューティング。はい、クリアー。俺は何もしていない。

俺と鶴屋さんは近くのベンチで休憩しながら適当にジュースを飲みつつ談笑する。

鶴屋さん「キョンくん今日は調子わるいねっ、
       いつものキョンくんならあんなの全部簡単にできちゃいそうなのにさっ。
       やっぱ初めてだとむつかしいにょろね」

キョン「ちなみに鶴屋さんはこういうのには慣れてるんですか?」

鶴屋さんは「んーっ」としばらく考えた後、「あんましっ」と答えた。

鶴屋さん「少年っ、日ごろの鍛錬を怠るでないぞっ、にゃっはははははっ!」

サバサバとした動作でバシバシと俺の肩を叩く。どうやらこの人は本当に生まれついてスペックが高いらしい。
それでいて嫌味を感じさせないのがこの人の本当にすごいところである。
一生頭が上がりそうにない、と思うのはもう何度目のことだろうか。

55 名前:21/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:45:40.27 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さんが立ち上がり俺の手を引く。ゲームはもうおしまいのようだ。
手を引かれるままに階段を登ると屋上に出た。いつの間にか日は落ちていてあたりは暗闇に包まれている。
鶴屋さんは俺の手を離して誰もいない屋上を時折くるりと回転しながら駆けていく。
俺はそんな鶴屋さんを歩いて追いかける。屋上は結構な広さでうちの学校の体育館くらいはあるかもしれない。
小さなイベント会場や遊戯施設、今は閉まっているが売店なんかもある。
ところどころ灯る電光だけが辺りを照らしていた。
気がつくと鶴屋さんはフェンスの手前で立ち止まって俺を手招きしていた。

鶴屋さん「キョンくんっ、はやくはやくっ!」

ピョンピョンと子供のように飛び跳ねる鶴屋さん。
俺はその言葉に従って早足で駆けていった。

鶴屋さん「この場所はうちの店の特等席なのっさっ。なっかなかイカしてると思わないっかな?」

そこから見える景色は爽感だった。
埠頭までどの建物にも邪魔されずに見渡せるその場所からは市井のすべてが見渡せるようだった。
夜の闇に電光の灯り。絶え間なく動き続ける光、人、その生活。
古泉が手配したタクシーに揺られながら見た街と同じ場所とは思えない。
神の目線に立つならば、どんなに汚れた都市だって夜にはこうやって煌めいて見えるのかもしれない。
頂から眺める世界は美しく見える。そう、頂から見える世界は美しいのだ。
それがどこのどんな世界だったとしても。
そこは高い目線を持つ人間にとっての専用の空間であるようにも思えた。
こういった光景に素直に感動する心を俺はもう失くしていた。

隣で嬉しそうに街を眺めて時折景色を指差す鶴屋さんがまぶしく映ったのは
決して背後の電光の灯りが強すぎる為だけではないだろう。



56 名前:21/7[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:48:54.66 ID:wsfxcr/i0

突然鶴屋さんの歓声が止まった。

キョン「どうかしたんですか、鶴屋さん」

俺が訝ると鶴屋さんは難しい顔をしていた。言いにくそうな、聞かれたくないような表情。
恐らく聞かない方がいいのだろうが、上手く察してあげられるほど俺の直感は鋭くないのだった。
まさになまくらである。

鶴屋さん「え、えっとねっ……キョンくん……その……」

鶴屋さんからはいつものハキハキとした物言いが消え失せていた。
なんですか、鶴屋さん。なんでも言ってください。さぁどうぞ。

鶴屋さんは顔を赤くしながら俺を見上げて言う。

鶴屋さん「ちょ、ちょっちここを離れるっさっ!
       ソッコーで帰ってくるから、キョンくんはここに居ておくれよっ、絶対だかんね、
       約束破ったら怒髪で突くだけじゃ済まないにょろよっ!」

非常に強く念を押されてしまった。いつの間にか約束していることになっている。
よほど急を要する事なのだろう。俺は快く快諾した。

キョン「わかりました。急にようするんですね」

些細な言い間違いであった。を、を、に、に間違えただけである。
にもかかわらずあえなく俺の顔面は鶴屋さんの怒髪もといグーかっこ鉄拳かっことじるを強かに打ち込まれ
鼻っ柱を痛めたのだった。
それでも随分と手加減されていることはさっき鶴屋さんがたたき出したパンチングスコアを思い出すまでもない。
鶴屋さんは俺を殴った拳かっこ怒髪かっことじるを握り締め怒りで小刻みに震えている。

57 名前:21/8[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:51:33.57 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「行ってくるにょろっ!」

そう叫んで風のように走り去って行った。そして屋上の片隅、女性用WCと書かれた入り口を潜って行ったのだった。
デリカシー。それが今の俺に一番足りず一番必要な感性である。あと運もな。

俺は一人ふぅと息を吐く。白い息がふわりと舞った。
それはわずかに漂うこともなく風で千切れて消えていく。何を後に残すでもいともあっけなく。
こうあっさり行けばいいのにな。人間の感情は冬場のため息ほどドライではないのだ。

俺はフェンスにもたれかかった空を見上げる。真っ暗な空。一雪振りそうな、そんな予感がする。

    「キョンくん」

誰からともなく呼ばれた気がした。辺りに目を配り声の主を探す。だが見つけるまでもない。
その声は普段から非常に聞き慣れていて、しかしそれよりも大人びており俺を何度も助けてくれた人の声だったからだ。
次の瞬間風が凪ぎ時間が止まったかのような感覚がした。
影の中からヒールにロングスカートの朝比奈さん大が現れる。
夏に出会った時は薄着であったのだがさすがに冬場にシャツで現れないだろう。
しっかりと防寒着を羽織っていらっしゃる。それが残念かというと、非常に残念なのだった。

キョン「久しぶりですね。って、久しぶりってことでいいんでしょうか」

待望の対面であるにも関わらず俺の心は落ち着いていた。

58 名前:21/9[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:53:49.23 ID:wsfxcr/i0

みくる大「驚かないのね……」

キョン「えぇ、まぁ。なんか会うんじゃないかと思ってたっていうより、
     多分誰と会っても驚きませんよ。今の俺は」

俺は朝比奈さん大に微笑んでみせる。本当にそれほどの余裕があった。
ただそれは表面的なもので、心の底からリラックスしているとは言い難かった。
朝比奈さん大は悲しそうな瞳で俺を見る。
その視線は俺にとって冬場の肌寒さよりも居心地の悪いものだった。
謝りたいような、許しを乞いたいような気持ちになる。
感情の関が壊れる寸前の、どこかヒビ割れた感覚がした。

みくる大「時間がないから手短に話すわね……」

俺は静かに、だが唸るようなか細い声で朝比奈さんの言葉を遮った。

キョン「俺はね、今思い出作りをしてるんですよ。
     鶴屋さんと。最後の思い出作りをね。鶴屋さんが俺のとこに来た理由がなんなのか、
     なんで鶴屋さんが俺のことを好きになってくれているのか、そんなことさえ知らないままで」

朝比奈さんは何かを言おうとした。だが俺はそれすらも遮って自分の感情だけを一方的に吐き出した。



59 名前:21/10[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:56:55.26 ID:wsfxcr/i0

キョン「だっておかしいでしょう! 朝起きたら突然鶴屋さんが隣で寝ていて、妹とも実の姉妹同然なんですよ、
それで妹は鶴屋さんのことをお姉ちゃんだったらなんて言うし、
     しかも鶴屋さんもまんざらでもなさそうなことを言って、なのになんでなんですか、
     わけのわからない夢を見て、わけのわからない流星群がやってきて、
     わけのわからないパラレルワールドが俺たちの世界にぶつかりそうになってて、
     わけのわからないまま俺は鶴屋さんを突き放して、裏切って、悲しみの鍋底に突き落とさなくちゃいけないんですよ。
     俺が、俺自身が鶴屋さんをどう思っていようと、鶴屋さんが俺をどう思っていようと、
     そんなことは、そんなことは今の俺には関係ないんですよっ!?」

みくる大「キョンくん……」

キョン「なのに……なのになんでなんですか……
     どうしてこんなに胸が苦しいんですか……教えてください朝比奈さん……教えてください……
     俺に……教えてくださいよ……」

俺は涙を流しながらその場にへたり込む。
地面に何度も握った拳を打ち付けた。
しかし俺のなけなしの根性はその痛みにも耐えられずそれ以上うんともすんとも動かすことができなくなってしまった。
情けねぇ。あまりにも情けない無様な姿だ。こんな姿、朝比奈さんにだけは絶対に見せたくなどなかった。
感情を抑えることができないまま、俺はただむせび泣き続けた。
食いしばる歯から頭の中にギリギリと嫌な音が響いた。

みくる大「キョンくん……そのまま何も言わなくていいから私の話を聞いてほしいの……」

俺は無言で肩を落としつつ頷いた。





62 名前:21/11[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 01:59:49.97 ID:wsfxcr/i0

キョン「朝比奈さんは……この後どうなったか知っているんですよね……
     今のこの世界をあなたがいる未来に繋げる為に、そのために俺を導きに来たんですよね……」

朝比奈さんは黙って頷く。

キョン「だったら……!」

そこまで口をついて出たところで俺は言葉を止めた。


禁則事項。


その単語が脳裏をよぎった。
俺はそのまま押し黙った。さんざん自分の感情をぶちまけて置いて、今は逆に何も言いたくなかった。
俺が以降聞き役に徹したことを確認したのだろう。朝比奈さんは俺に伝える為の言葉を用意してきたとい言う。
ただそれは指示でも、導きでもなく、ただの個人的な頼みごとだという。

なんでしょう、朝比奈さん。あなたの願いで俺にできることなら、なんだってしますよ。

そう言うと朝比奈さんは微笑んだ。そして続けた。

みくる大「この世界だけじゃなく、鶴屋さんのことも守ってあげて。キョンくん。
      鶴屋さんは今までのあなたにとって雲の上にいる掴みどころのない人だったかもしれない。
      でも彼女は、彼女だって誰かを好きになって誰かに好きになって欲しい当たり前の、普通の女の子なの。
      例えどんなに人より高いところにいるように見えたとしても、それだけは変わらないのよ。
      だからキョンくん、鶴屋さんの心も……気持ちも……守ってあげて……それがあなたにとって
      どんなに不可解で理解のできないものであったとしても。あなたの知らない彼女だったとしても」


63 名前:21/12[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:02:47.82 ID:wsfxcr/i0

俺は胸が張り裂けそうだった。朝比奈さん、何を言っているんですか?
俺は今から、鶴屋さんを、突き放さなきゃいけないんですよ。
そんな俺に、そんな事を言って、一体、一体なにをして欲しいんですか?

わけが、わけがわかりません朝比奈さん。俺にはまったく分かりません。

みくる大「私が伝えたかったことはそれだけ……ごめんねキョンくん……追い詰めるようなことを言ってしまって」

朝比奈さんは辛そうな表情をした後俺に背を向けて歩き出す。

待ってください、待ってくださいよ。それだけですか、本当にそれだけなんですか。
俺はさっきまで非情に徹していたんですよ。そんな俺の精神を揺さぶり崩しておいて、
どうして、どうして何も言わずに帰ってしまうんですか。朝比奈さん、朝比奈さんっ。
朝比奈さんは歩みを進め、再び元居た影の中に入ると存在自体がぼんやりと希薄になり
いつの間にか消えてしまっていた。

凪いでいた風が戻ってきた。時間が動き始めたような感覚。
俺は吹き抜ける風の中で跪き、両目から伝い落ちた涙の線に冷たさを感じながらそれをぬぐった。
もうすぐ鶴屋さんが戻ってくる。それまでに、俺はさっきの状態に戻っていなければならない。
天を仰ぎ深呼吸する。冷たい空気が喉を引き裂すように流れ込み咳き込んでしまった。

俺は、俺は何をやっているんだ。俺は何をやってきたんだ。
こういう時、いつもの俺って奴は一体どんな風に乗り切るってんだ。俺は一体本当にどうしちまったんだよ。
俺は立ち上がろうとするもよろめいてフェンスに掴みかかった。フェンスが軋む音がする。
キイキイと擦れてやかましい。煩わしい感情がこみ上げる。
このままこの場から消えてしまいたい衝動に駆られた。
このまま何もかもを捨ておいて、逃げ出したい感情に支配されそうになる。
そういった押し寄せるあらゆる情動を振り払うように俺はもう一度大きく息を吸い込んだ。


64 名前:21/13[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:05:40.72 ID:wsfxcr/i0

気持ちを落ち着かせる。ワンシープス、ツーシープス、スリーシープス、etc。
寝息に似た音を数えて無理やり自分をだまくらかす。
静まっていく思考。同時に凍り付いていく感情。
指先にかかるフェンスの冷たい感覚が痛みへと変わった。

鶴屋さん「おーい、キョンくんキョンくんっ! 待たせちゃってごめんにょろっ、
       やー、実は急にお腹が痛くなっちゃってね、そのまま動けなくなってたのさっ。
       でももう治ったから心配いらないよん」

鶴屋さんは俺が反応しないことを不思議に思ったのだろう。心配そうに背後から訪ねる。

鶴屋さん「あれ、キョンくん、どうかしたのかいっ?」

鶴屋さんが俺に近づく。俺はフェンスから指を離して鶴屋さんの方へ振り返る。
俺の指は冷たさも痛みも通りこして、もう何も感じなくなっていた。

キョン「実は俺もこの寒空で腹が痛くなって唸ってたところだったんですよ。
     でも大丈夫です。

      もう治りました」




65 名前:21/14[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:08:00.68 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「あははっ、そうなんだ、奇遇だねっ。二人してお腹痛くなっちゃうなんてさっ」

鶴屋さんはケラケラと俺に笑いかける。鶴屋さんの立っている場所からは
俺の顔色をうかがいにくいことが幸いして目元が赤く腫れていることには気付かれなかったようだ。

どうして貴女を好きになってしまったんだろう。
俺の糸を鶴屋さんが引いていて、鶴屋さんの糸を俺が引いていて。
そんな関係を夢想する。

鶴屋さん「ねぇねぇキョンくん、もう遅いからさっ、今日はこの辺にしとこうよっ」

俺も同感です。雪も振るかもしれませんし、これ以上寒くなる前に帰りましょう。
俺がそう言うと鶴屋さんも大きく頷いた。そして「だったらさっ」と続ける。

鶴屋さん「最後にあのゲームコーナーでプリクラでも撮ってかないっかい?
       せっかく来たんだからさ、何か思い出になるようなもん持って帰ろうよっ」

思い出づくり。そうだ、その為にここまで来たんだった。俺は最初の目的を思い出した。

キョン「いいですね、撮りましょう。それも一回と言わず、二回でも三回でも四回でも五回でも」

鶴屋さん「それはさすがに撮りすぎにょろよっ、でも三回くらいは撮りたいっかなっ。
       だって折角キョンくんと遊びに来たんだし、それに妹ちゃんにも自慢したいっからねっ!」

66 名前:21/15end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:10:42.59 ID:wsfxcr/i0

微笑みと共にくるくると回る鶴屋さん。再び俺の手を取って、勢いよく駆けていく。
俺をぐいぐいと引っ張って、俺のことなどおかまいなしに、風の向くまま気の向くまま、ただ勢い込んで走るままに。

嬉しそうな表情で、弾けるような笑顔で。楽しそうに、跳ねるように、踊るように。


何も感じなくなっていた俺の手に鶴屋さんのぬくもりだけがかすかに灯って。




そして、俺の胸の内側も少しだけ暖かくなったのだった。




67 名前:22/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:15:17.69 ID:wsfxcr/i0

俺たちは自宅へと続く坂道を二人並んで登っていた。
鶴屋さんは丸鶴デパートのゲームコーナーで撮影したプリクラを嬉しそうに眺めている。
俺の顔には散々な落書きがされていて、妹が見たら爆笑必至だろうという悲惨さだった。
吹き出しに俺が気が狂ったとしても絶対言わないであろうセリフや
挙句ネコミミだのヒゲだのを手描きで描き込まれるわ頬に桃色の斜線を描き込まれるわ……
後で鶴屋さんにSOS団の部室にだけは持っていかないよう念を押しておかないとな。

(後なんてあるのか?)

頭の中でもう一人の俺が否定する。わかってるよ。そんなことくらい。ただ、不意にそう考えちまっただけだ。
丸鶴デパートからこっち、一人延々とこんな自問自答を繰り返しているんだからな。

鶴屋さん「ほら、キョンくんキョンくんっ、これなんか傑作だよっ、
       天使のキョンくんがスモチを崇めたてまつってるところさっ!」

プリクラの中の俺はひきつった頬と死んだ魚のような目つきで天に謎の立方体を捧げつつ吹き出しで
「スモチ万歳!」と叫んでいた。
これは確か鶴屋さんと一緒に「「スモークチーズ」っ!」と叫びながら撮影した奴だ。
ポーズ指定がやけに細かかったのはこの為か。
俺は思わず吹き出してしまった。鶴屋さんがしてやったりという顔で俺を眺めている。

鶴屋さん「それじゃぁもいっかいやるにょろよっ、キョンくん! 準備はオッケーかなっ!?」


68 名前:22/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:18:46.24 ID:wsfxcr/i0

俺はいつでも微妙に準備不足です。
鶴屋さんが俺の前に立ち二人して天を指差し輪を描きながら徐々に姿勢を横に傾け
つま先立ちになりながら斜め十字に交差する。そして天高らかに、ついでに近所迷惑に、

キョン、鶴屋さん「「スモークチーズ」っ!」

と叫んだ。
鶴屋さんが「パシャリっ!」と口でシャッター音を鳴らす。

鶴屋さん「ふっふっふ、今のはなかなか上出来だったにょろよキョンくんっ。
       もはやあたし達の前に立ちはだかる敵はいないっさね。
       あたし達が力と技と勇気を合わせれば二人の願いは百万パワーで天を貫き道を創るのっさ!」

鶴屋さんは天を指さしたままその場でぐるぐると高速で回転し始めた。靴底をアスファルトに盛大に擦り付けながら。
どっちかというと脚で地面を掘り抜けそうな勢いだった。

俺はつっこむことも忘れて笑ってしまう。
鶴屋さんはそのスレンダーな胸をいっぱいに突き出して得意そうにしている。
目尻に溜まった涙をぬぐう。俺と鶴屋さんが笑う度に白い息がふわりと漂っては消えていった。
些かの余韻を残すこともなく。風の向くまま気の向くままに。

このまま数分この坂を登ればもうそこは俺の家だ。今は俺たちの、か。
俺はすぐ隣で楽しそうに大股に歩いている鶴屋さんを見る。

古泉が俺に用意してくれた時間も終わっちまう。
まぁあいつには全然そんな気なんかなくてマジでうっかりすっかり渡しちまったんだとしたら、残念ご愁傷様。
俺は余計にお前に感謝するぞ。
お前の財布の中が機関とやらの報酬で諭吉さんがおしくらまんじゅうしてるってんなら話は別だけどな。
俺は立ち止まる。

69 名前:22/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:21:28.71 ID:wsfxcr/i0

マフラーがピンと張って鶴屋さんが「わたたっ」と体勢を崩した。
俺は手を添えて鶴屋さんを支える。

鶴屋さん「きょ、キョン……くん……?」

傍から見れば俺が鶴屋さんを抱き寄せているように見えるだろう。
もう一方の手を鶴屋さんの背中に回す。鶴屋さんも甘えるように俺の背に手を回す。
そして俺をぎゅっと抱きしめた。
俺と鶴屋さんはその場から一歩も動かずにしばらくの間そうしていた。
鶴屋さんは時折俺を見上げると「えへへっ」と照れと嬉しさが混じった笑顔を見せた。

鶴屋さん「キョンくん」

鶴屋さんが言う。

鶴屋さん「なにか……伝えたいことがあるって言ってたっしょ?
       そ、それって……なんだったのかな……」

鶴屋さんは怖がるような期待するような眼差しで俺を見る。

鶴屋さん「そ、それってこないだ布団の中で話したことのお返事……なのかな……?」

布団の中、背を向ける俺に鶴屋さんが寄り添って語りかけてきたこと。

(鶴屋さん「このまま……あたしと……さ……」)

あのまま俺は鶴屋さんと。
俺の意識に泡のように浮かび上がってくる夢想。
それは理性のザラつきにさらされてパチンと弾けて消えた。

70 名前:22/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:23:45.63 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さんは言いにくそうにする。

鶴屋さん「な、情けない話なんだけど、さ……。
      ほとんど、っていうか完璧キョンくんを連れ回すかっこになっちゃったのはさっ、
      立ち止まっちゃうとキョンくんがその話をするんじゃないかって気が気じゃなかったのさっ……。
      だからごめんにょろよっ、キョンくん……。ずっと言いたかったかもしれないのに……さ……」

鶴屋さんは少しうつむく。

鶴屋さん「あっはははっ、あたしダメだねっ、自分から言い出しておいてさっ。
      ほんとに、ほんとに迷惑ばっかかけちゃってごめんよっ」

俺は軽く笑みを浮かべながら少しだけ責めるような口調で言う。

キョン「地下の食品売り場で試食しまくったのも?」

鶴屋さん「そ、そうにょろ……」

鶴屋さんは面目ないといった表情で頭の裏を少し掻いた。俺は続ける。

キョン「ゲームセンターで俺をコテンパンにしたのも?」

鶴屋さん「うっ!?」

キョン「屋上で一人っきりにしたのも?」

鶴屋さん「うぅっ!? そ、そうにょろ……」



71 名前:22/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:25:55.20 ID:wsfxcr/i0

キョン「いつまで経っても戻ってこなかったことも? あれはひょっとして仮病ですか」

鶴屋さん「ぎくぎくぎくぅっ!? きょ、キョンくん……実は超能力者だったりしないっかいっ……?」

鶴屋さんは衝撃を紛らわそうとするかのように俺に訝る視線を向ける。

キョン「いいえ。でも実は異世界人かもしれません」

鶴屋さんは一瞬キョトンとした後、

鶴屋さん「あっはははっ、そうかもにょろねっ、でもキョンくんはキョンくんだよっ。
       キョンくんがあたしを知ってて、あたしがキョンくんを知ってて、
       それで二人で一緒に居られるならそれは本物のキョンくんだよっ」

両手を叩いて俺に笑いかけた。

鶴屋さん「ごめんよっ、キョンくんっ。ちゃんと聞くっからさ、
      だからその……若干ちょっとだけ期待してるっさ……」

そう言って鶴屋さんはうつむいたまま瞳を閉じた。
本当はめがっさ期待しているくせに。その言葉を飲み込んで俺は鶴屋さんの首に手を添える。
鶴屋さんの体がビクリと大きく震えた。そのまま怯えるような、期待しているようなかすかな震えに変わる。

俺は自分の首からマフラーを取り外すと鶴屋さんにすべて巻きつけた。
鶴屋さんが驚いた表情で俺を見る。その瞳は疑念で曇っているように見えた。
俺は少しだけ後退する。
鶴屋さんは思わずなのか手を差し出して俺のコートを指先でつかむ。



72 名前:22/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:28:26.34 ID:wsfxcr/i0

俺がもう一歩後退すると鶴屋さんの指先は宙を掴むだけになった。
視線を落とすと鶴屋さんの脚がガクガクと震えているのがわかる。
踏み出したいのに踏み出せない、そんな躊躇いと恐怖心を感じているのだろう。
わかりますよ、鶴屋さん。わかります。全部わかっています。

キョン「このまま……」

俺はつぶやくように言う。
(このまま貴女だけを奪い去りたい)
そんな三文小説のような言葉が思い浮かぶ。
だが次に俺の口から出る言葉はそんな上等なもんじゃない。もっとひどい最低な何かだ。

キョン「鶴屋さん……このまま……貴女と一緒にいることはできません……」

何を言われたかわからないというより、信じたくないと言った表情で
鶴屋さんの顔色がみるみるうちに動揺と悲しみに染まっていく。

鶴屋さん「キョ……く……」

上手く言葉をつなげられないのだろう。それとも恐怖で喉が凍りついてしまったのか。
鶴屋さんは何も言葉をつなぐことができずに宙を噛むばかりだった。
やっとのことで絶え絶えに言葉を紡ぎ出す。

鶴屋さん「や……やだよ……キョンくん……や……やだよ……やだよ……」

ただボソボソとつぶやいて俺の言葉を打ち消そうとする。
目尻には今にも溢れ出さんばかりに涙が溜められている。
かすかな一押しでも、放っておいても決壊するのは明白だった。
俺は鶴屋さんの最後の堤防を崩しにかかる。

74 名前:22/7[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:30:48.92 ID:wsfxcr/i0

キョン「あなたとは一緒に暮らせません。もう一緒にはいられません。
     俺にとってあなたはただの先輩で、俺はあなたのただの後輩です。
     他の何でも、特別な何かでもありません」

そんなことないと言いたかったのだろう。鶴屋さんの唇だけがそう言っていた。
喉はまともに息をすることができず、ひゅうひゅうと風を切っている。
ぎゅっと握りしめた両手がわなないた。

俺は用意しておいた言葉を続ける。

キョン「だっておかしいでしょう?」

なにが? 俺が? 鶴屋さんが? この状況の何もかもが?

キョン「俺と鶴屋さんが一緒に暮らしているなんて」

おかしい? なんでだ? なんでおかしいんだ?

キョン「そもそも自分の家があるのにどうして俺の家に住んでるんだ? おかしいだろ」

夢の中のあののっぺりとした表情の俺と今の俺が重なる。
敬語を挟む余地さえない、ただ聞いたまま見たままを再生するように。そう俺は言い放った。

(いい加減にしろよ)

頭の片隅で声が聞こえた気がした。構わず俺は続ける。

キョン「寒いでしょう? そのマフラーは差し上げます。その後は好きにしていただいて構いません。
     返しに来る必要もありません。荷物は後で郵送しますよ。安心してください」

75 名前:22/8[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:33:17.46 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さんは肩を震わせて大粒の涙を流している。
鶴屋さんが悲しんでいる。俺のせいで。俺のために。

俺がどうしようもないばっかりに。

鶴屋さん「キョンくん……キョンくんっ……キョン……くん……」

鶴屋さんは何度も俺の名を呼ぶ。俺はそれに返す言葉を持たなかった。
暗闇の中で誰か探すように、鶴屋さんはただ俺のことを呼んでいた。
俺なんかのことを求めていた。今一番、俺を必要としてくれていた。

俺はそれに応えられない。思えば今まで鶴屋さんのどんな想いに応えてきただろう。
なにも。何一つ。俺は応えてなんかいなかった。

鶴屋さんの俺を呼ぶ声がかすれて小さくなっていきただの嗚咽に変わる。
俺は歩き始め鶴屋さんの隣を通り過ぎる。鶴屋さんが振り返って俺の肩をつかもうとしたのも構わずに。
俺は鶴屋さんを無視するように歩き続けた。
背後で鶴屋さんが俺を呼ぶ声がする。悲しそうな声がする。

鶴屋さんは物分りのいい人だ。
何も言わずにそれとなく悟ってくれて、必要以上に立ち入らずに一歩引いていてくれる人だ。
その姿勢に何度助けられたことだろう。そんな鶴屋さんが背後で必死に叫んでいる。
いや、叫ぼうとしている。声にならない声を搾り出そうとして、かすれるような音を漏らすばかりで。

聞こえてくるのは俺の名前。聞こえてこないのも俺の名前。
鶴屋さんは俺の名前しか呼ばない。わたしは、なんてかけらも混じらない。
ただただ俺の名前を呼んでいる。

俺は何一つ応えられないというのに。

76 名前:22/9end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:35:31.48 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「……キョンくんっ!」

はっきりと声がした。俺は脚を止める。
ただそれ以上どんな言葉を繋ぐでもなく沈黙だけが訪れた。

何を言うこともできない鶴屋さんは最後に何かをつぶやいた後、坂道を下り始める。
振り返って見たその背中は、夢で見たちゅるやさんのように深い悲しみを背負っていた。

俺は坂道を登り始める。一歩踏みしめる度に吐き気がした。

目が眩むような感覚と虚脱感。胸の奥が信じられないほど鋭く痛んだ。
折を見て気を見て妹には言おう。家族には言おう。鶴屋さんはもう帰ってこないのだと。

そして俺が世界を救おうとしていることは誰にも言わないままで。

どうだい、見事なもんだろう? 俺は世界を救おうと戦ってるんだぜ?
マジでイカした話だろ? そんなもん、映画の中だけでしか見たことないんじゃないか?
ところがどっこい、マジなんだぜ。

マジで鶴屋さんは俺のそばから居なくなっちまったんだぜ。

ははっマジかよ。

笑えねぇよな。




ほんとのほんとに、笑えねぇよな。

77 名前:23/1[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:38:40.12 ID:wsfxcr/i0

坂を上り始めてから数分で自宅の前に着いちまった。

中で妹が、俺と、鶴屋さんの帰りを待っている。

さて、どうしたものか。俺は力なく門口に腰掛けた。
空を見上げる。相変わらずの曇天模様。ただ、雪は振らなかったな。俺の予感もつくづくアテにならない。
なぁ、長門、古泉。これでよかったんだよな。俺は、これでよかったんだよな。
思えばここ数日鶴屋さんとずっと一緒に居たせいか一人の時間って奴がなかった。
自分の考えをまとめる暇も余裕もなく、ただただ状況、もとい鶴屋さんに振り回されるばっかりで。
ゆっくり自分の気持ちを考えることもなく。

縁石に手を置いても俺の手はもう何も感じない。
俺の手に灯ったかすかなぬくもりはもう消え失せていた。
恐らく永遠に。この先もずっと。

居るハズのない人を居るハズの場所に還しただけ。
そう、鶴屋さんが居るべきなのは俺の隣なんかではなく、もっと、違うどこかや、違う誰かの隣なのだろう。

俺はパンピー。鶴屋さん超人。
俺の財政、マジでピンチ。鶴屋さん、生まれながらの名家のお嬢様。
俺の容姿、冴えない目つき。鶴屋さん、眉目秀麗スレンダー。ついでに時々ロングなポニーテール。可愛さ63%増し。
鶴屋さんの感情、繊細で知的。俺の感情、どうしようもない。
鶴屋さんの性格、豪放磊落、自由奔放、天真爛漫、それでいてお優しい。俺の性格、うざってぇ。
笑っちまうよな。笑っちまうほど差があるよな。
なのになんでなんですか、鶴屋さん。どうして、俺なんですか。
どうして、俺なんかのことをあんなに求めてたんですか。俺の何がそんなに良かったんですか。

同じ匂い。
そんな言葉が脳裏をよぎる。

78 名前:23/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:41:17.08 ID:wsfxcr/i0

感情と肉体が引き裂かれるような感覚に襲われる。
俺は声もなくむせび泣いた。

鶴屋さんと過ごした時間が次々と意識の底から浮かび上がってくる。
走馬灯じゃあるまいし。ははっ、でも案外近いかもな。俺のメンタルはマジで発狂寸前だ。
いっそこのまま狂っちまいたかった。中途半端に正気なこんな状態じゃ、痛くて痛くてたまんねぇよ。
世界と一緒に消えちまうなら、いっそその方が清々しかった。

夢の中で悲しそうに坂を下っていったちゅるやさんの後ろ姿を思い出す。
それが鶴屋さんと重なって言いようのないザワつきが胸を走っていく。
あの夢の中の俺も最低だと思ったが今の俺はそれ以上に最低だ。
あれはこれから起こることを現してたんじゃないだろうな。

薄緑色のぼんやりとしたモノトーンの中に溶け込むように消えていくちゅるやさんを思い出す。
背筋に寒い悪寒が走った。
畜生、畜生。


突然携帯が鳴り始める。
俺はポケットから携帯を取り出すと発信者を確認しようとした。
感覚のない手では手元な簡単な操作でもままならない。
やっとのことで俺は携帯を開いた。


79 名前:23/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:43:38.99 ID:wsfxcr/i0

なんだよハルヒ。こんな時に。お前は本当に空気の読めない奴だな。

俺はコールを切る。五秒も経たない内に再び鳴る。
俺はコールを切る。五秒も経たない内に再び鳴る。
俺はコールを切る。五秒も経たない内に再び鳴る。

俺はコールを……あぁ、もう仕方がねぇな。

キョン「なんだよハルヒ、なん──」

ハルヒ「────ばかああああああああああああああああ!!!!」

俺の鼓膜をつんざくハルヒの声。
一瞬難聴になった俺は聴力を取り戻すまでのハルヒの言葉を聞き取れなかった。
たしかボケだのナスだのアホだのトーヘンボクだの言われた気がしたのだがいかんせんよく聞こえなかった。

ハルヒ「──のバカキョン! っんなぁ~にやってんのよっ!!
     ぜんぶ古泉くんに白状させたわ! 有希も一緒だったって言うじゃないの!
     あたしを差し置いてなぁにとんっでもないこと勝手に決めてんのよあんた達はぁ!!!」

おい、古泉、マジかよ、話しちまったのかよ。ってかいいのかよおい。

そこでガタガタという音と共に電話の向こうの相手が突然変わった。

ハルヒの「ちょっと、有希、離しなさい、離しなさいったら!」という声が遠くから聞こえた。

古泉「すいません、突然電話をしてしまって。驚かれたでしょう」

変わって出たのは古泉だった。おい古泉、どういうことだよ。

80 名前:23/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:46:18.58 ID:wsfxcr/i0

古泉「涼宮さんがあなたに電話をかけると聞かなくてですね。
    それも大変長い間待ってもらったんですよ。
    そろそろ大丈夫な頃合いだろうと思って電話をかけた次第です」

古泉、お前の勘は当たってるよ。今さっき世界を救ってきたところだ。
お前も喜べよ。乾杯でもしようぜ。ところでハルヒにはパラレルうんぬんってのは話しちまったのか?
いいのかよそれ。そういうのは秘密じゃなかったのかよ。

古泉は一瞬黙りこむといつものように言葉を続けた。

古泉「パラレルワールドに関しては離していません。
    ただ、あなたが我々や他の人達の為に鶴屋さんを突き放そうとしている、とだけ伝えました」

おいおい、それじゃ俺は完全に頭の痛い変な奴だぞ。

古泉は「えぇ、そうですね」と苦笑した。だが頭の痛い変な奴、ってとこだけは同感だ。
今の俺にぴったりの言葉だ。

電話の向こうが再びバタバタした。古泉が一瞬呻いたような気がした。
どさりと倒れこむような音。
朝比奈さんの「古泉くん~」という心配そうな声とパタパタと駆け寄る音がして俺は事態を理解した。
古泉、成仏してくれよ。

ハルヒ「で!!!!??」

で、じゃねぇよ。
ハルヒ「それはこっちのセリフよ! あんたバッカじゃないの!?
     鶴屋さんを突き放すぅ!? ばっっっっかじゃないの!!
     アホ! ボケ! カス! 死んで鶴屋さんにわびなさいよっ!」

81 名前:23/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:48:40.20 ID:wsfxcr/i0

それを言いにかけてきたのか? ならもう切るぞ。
俺もそうそう正気を保っていられないしな。特にお前の前ではな。

ハルヒ「だからあんたはアホだって言ってるのよ! バカキョン! アホキョン!」

俺はいい加減むかっ腹が立っていた。
それは九割方が自分自身に対するものなのだが、それをすべてハルヒへとぶちまける。

キョン「キョンキョンうっせぇんだよ! 俺には俺の名前があんだよ、
     てめぇは入学以来俺の名前になんか興味も関心もないかもしれないけどな、
     わけのわかんねぇあだ名で犬みたいに呼びつけられるのはもううんざりなんだよ!
     一回くらい名前で呼んでみやがれってんだ!!! 名字でもいいぞ、それ言ってみろ!」

ハルヒ「あんたなんかキョンで十分なのよ! キョン! バカキョン! ろくでなしキョン!」

うぐぐ、ムチャクチャな奴め。一体いつになったら俺はまともに人に名前で呼んでもらえるんだ。
案外永遠に来なかったりしてな。

朝比奈さんの「こんな時に喧嘩はやめてください~」という声と
ハルヒの「みくるちゃんは黙ってなさいっ!」そして朝比奈さんの「はい~……」へと続く。

朝比奈さんのしゅんとした表情が思い浮かぶ。


82 名前:23/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:51:16.05 ID:wsfxcr/i0

ハルヒ「自分を好きになってくれた人を誰かの為だやらなきゃいけないんだとか言って
     ホイホイ裏切って英雄気取りで悦に浸るようなどうしようもないバカはSOS団には必要ありません。
     さっさと消えてください。どうぞ消滅してください」

何気にとんでもない一言である。
いつぞやハルヒに存在ごとなかったことにされるかも、と思ったが、
まさか世界を救おうとしたせいで消滅させられることになるとはな。
ただ今の俺にとってお似合いの最後かもしれん。今の俺にハッピーエンドは似合わない。
そういやお前の力、弱まってるんだったよな。俺一人消し飛ばすぐらいの力もないのか?
だからわざわざ電話をかけてきたってのか? なぁハルヒ。言えよ。

ハルヒ「あきれたわ。あんたって本当におめでたいバカね」

へいへい、そーですよ。おっしゃる通りですよこん畜生。

ハルヒ「今すぐ……」

キョン「なんだ? よく聞こえないぞ。もっとはっきりと喋──」

ハルヒ「今すぐ鶴屋さんのところへ直帰しなさい!
     そして焼き土下座でも焼き土下寝でも炙りブレイクダンスでもしながら全身全霊全力で謝罪しなさいっ!
     これは団長命令です、違反したキョンにはその場で切腹してもらいます! わかったっ!!?」

ハルヒが相変わらずのムチャクチャを言う。俺は開いた口が塞がらなかった。

83 名前:23/7[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:54:07.24 ID:wsfxcr/i0

ハルヒ「それに、ほら、あれよ、鶴屋さんがあんたのとこにいられないなら、あんたが鶴屋さんのとこに居なさい!
     鶴屋さんの家って大きくて広いんだから、あんた一人置物にしておくぐらいわけないでしょ。
     涙流して感謝しながら一生つまらない骨董品として養ってもらいなさい、以上!」

以上、じゃねぇよ! 俺人間ですらねぇのかよどんな観賞物だよ!ってか俺を見て何が面白いんだよ!

ハルヒ「おもしろいわけないでしょっ! むしろげんなりするわよ!」

ハルヒは言い放つ。

ハルヒ「あんたがするべきことはたった一つよ。
     鶴屋さんを迎えに行って、鶴屋さんを受け入れて、鶴屋さんに抱きしめてもらって、泣いて謝るの。
     ごめんなさい、もうしません。素直になれないボクを許してください。だから捨てないで。お願いします、ってね!!」

おーい、なんか一杯あるんだけど、山ほど条件追加されてるんだけどっ!?

ハルヒ「キョン……」

ハルヒの声のトーンが変わる。俺は一瞬ドキりとした。
短い沈黙が訪れる。ただそれは本当に短い間で、あっという間に過ぎ去っていった。

ハルヒ「……男は度胸! さっさと鶴屋さんをゲットしてきなさい!!!」

俺は拳を握りしめて両腕をわななかせた。
ギシギシと軋む携帯をへし折らないようにするのが精一杯だった。
ただそれは怒りでも憤りでもなく、ましてや憎しみなんかでは絶対になかった。




85 名前:23/8[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:57:04.75 ID:wsfxcr/i0

俺はな、ハルヒ。嬉しいんだ。

神のお墨付きを得たようなもんだからな。本当に心強いんだ。
さっきまでの嫌な気持ちが全部すっ飛んで、自分のやるべきことがはっきりと見えてきた。
自分のしたいことが、ようやくやっとわかってきた。

ハルヒ「いい、キョン。人生は一回しかないの。一回こっきりしか鶴屋さんとめぐり会えないの。
     あんたは鶴屋さんがどこかへ行っちゃっていいの?
     他の誰かと楽しく笑い合ってる姿を見て耐えられる?
     無理でしょ? あんたのヤワな脳みそじゃ、そんなストレス耐えられないでしょう」

あぁ、その通りだよ。本当にその通りだよ。

ハルヒ「だからあんたは何がなんでも勝ちあがって、そして、あんたの人生で起こるはずがなかった
     ありえないほどの幸せへの片道切符を手にするのよ。それは全部あんたのものなのよ、キョン」

俺はおもむろに立ち上がる。足取りは異様に軽く、電車の在来線どころか、
新幹線だって追い抜けるような、そんな高揚感を足元から立ち上らせながら。

ハルヒ「さぁ、キョン。用意はいーい? あんたのそのバカみたいな走り好きの性格はこのためにあるのよ。
     鶴屋さんを迎えに行く為。その為にあたしはあんたの汗臭さを耐えてきたのよ。
     その努力を無駄にするなんて絶対に許さないわ」

いつでも、いつだって俺は微妙に準備不足だった。そんな俺の背中を押してくれる誰かを求めていた。
この世に宇宙人や未来人や超能力者や神が実在することを知らなかった自分。
そんな世界は願い下げだと思っていた自分。
平凡が一番だといつの間にか諦めてしまっていた自分。そんな俺を、全部お前が壊してくれたんだよな。
感謝してるぜ、ハルヒ。今ならお前が本当の本当に神だって言われても信じてやれそうだ。


86 名前:23/9end[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 02:59:42.81 ID:wsfxcr/i0

ハルヒ「墜落する準備はオーケー?」

どこかで聞いたようなセリフをハルヒは言う。

キョン「あぁ、いつでも。いつでも俺は微妙に準備不足だ」

ハルヒ「よし、なら、行ってこい──!」

そのセリフと共に、俺は、風のように、風の向くまま気の向くままに、
俺が傷つけて俺を必要としてくれている先輩の為に、その先輩の下に、駆け降りていった。
電話の向こうから、宇宙人未来人創造神、ついでに死にかけの超能力者の声援に背中を押されながら。




鶴屋さんのもとへ。








87 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 03:05:10.44 ID:wsfxcr/i0

本日はここまでになります。
前回のログが欲しいという方がおられたので再びURLを載せておきます。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org658558.mht.html
合言葉は2683 つーるーやーさん

なぜハルヒがキョンラブじゃないのか、という点は
次回の投稿のキモになっているのでその辺も楽しみにしていただきたい所存です。

それでは中途半端なところになりますが話は折り返し地点を過ぎていますので、
興味がありましたら最後までお付き合いください。
ありがとうございました。

ではまた次回に。
おやすみなさい。


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