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フレンダ「麦野は今、恋をしているんだね」【とある暗部の原子崩し】

1 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 02:57:21.29 ID:/AJ7ca.o [1/29]

※このスレについて
・むぎのんSSです。
・漫画版「とある科学の超電磁砲」コミックス未収録分(5巻に収録)のネタバレが多少あります。
・展開の都合上、というか麦野主役なので原作と矛盾が多分に生じるかと思いますが、どうかご容赦ください。
・長いです。ですがほぼ最後まで書き溜めてあるので投下の間隔はさほど空かないかと思います。

それではしばらくお付き合いくださいませ。

―――――



不規則な風が宵闇の中に吹き荒ぶ。
巨大なコンテナや鉄筋が幼児の玩具のように辺りに散らばっていた。
金網に囲まれたその場所で、少年が二人、陽炎のように揺らめく。


「……面白ェよ…お前」


闇の中にくっきりと浮かび上がる白く繊細な影。
幻想的とすら言える鮮烈な赤い瞳に焦りの色を浮かべて忌々しげに呟く。
その瞳に映る敵。
もう一人の少年は全身に傷を負い、体中から血を流しながらも決して倒れることなく
粉塵の中で己の存在を誇示するように立ちはだかる。
劣勢は明らかに相手の方であるはずなのに、白い少年の顔から焦りが消えることは無かった。


「最っ高に…面白ェぞオマエ!!!」


それは焦りなのか、怒りなのか、それとも少年の知らぬ感情であったのか。
慄く自らの心を欺くように、白い影がか細い腕を振り上げて恐るべき速度で飛び掛る。
しかし、対峙する彼は揺らがない。
人間には到底不可能な動きで襲い来るその腕をかわして、打ち払った。


2 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:00:34.10 ID:/AJ7ca.o


「―――ちィッ!」


白い少年はバランスを崩す。
慌てて踏みとどまるが、もはやそこには何の意味もない。


「歯を食いしばれよ、最強―――」


驚きに見開かれた赤い眼球に映る光景は、容赦なく現実を突きつける。
握られた拳。強い意志を感じるその瞳。
最後の力を振り絞るように、彼は告げた。


「俺の最弱は、ちっとばっか響くぞ」


命の灯を燃やし尽くすように叩きつけられる一撃。
白い少年の頭の中をたった二文字の言葉が支配した。
粉砕の音と共に倒れ伏す二つの体。
少女の叫び声が遠くに聴こえる。


―――その日、ヒーローになるはずだった少年が消えた。


3 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/21(水) 03:04:46.93 ID:/AJ7ca.o


―――――


麦野沈利は深々とため息をついて大の字にベッドに倒れこんだ。
ここは彼女の学校の寮の自室。使用感のないキッチンが隣接した12畳ほどの室内は、
クローゼットに入りきらない大量の服やバッグがそこら中に散乱していることを除けば、
少し広いだけのごく普通の女子学生の部屋だ。
数ある『アイテム』の隠れ家に比べればなんということの無い部屋だが、
麦野にとっては数少ない心休まる場所であった。


「はー、疲れたー…」


ふかふかの枕に顔を沈ませながら、思わずそんな言葉が口をついて出る。
時刻は深夜2時。
仕事を終えた彼女は、下っ端の少年、浜面仕上に自宅まで車で送らせ帰宅したところだった。
彼女が所属する学園都市の暗部組織『アイテム』は、学園都市内の不穏分子の抹殺を任務の一つとしている。
今日も、どこかの大学の教授だか理事長だかの殺害を目論んだ組織の構成員を数十人ばかり血祭りにあげてきたところである。
見も知らぬ他人が100人死のうが1兆人死のうが小指の甘皮程にも気にもとめない麦野にとって、
この仕事は天職とも言えると自分でも思っていた。
確かに、美容やファッションに人一倍気を遣っている彼女にとって、連日不規則な睡眠を強いられることには少々の不満もある。
しかし、それ以外に関しては今の生活に概ね満足している麦野だった。


(あー…ダメだ寝ちゃう。お風呂入んないと…)


ベッドに全意識を預けそうになった頃、麦野はヨロヨロと起き上がってジャグジーとミストサウナ付の浴室へと向った。
先ほど、彼女の部屋をごく普通と称したが、訂正しよう。
学園都市第四位のレベル5『原子崩し(メルトダウナー)』である彼女は、それなりに名門と呼ばれる学校に籍を置いているし、
暗部組織での少なくない報酬から、かなり高いレベルの学生寮に部屋を借りていた。
もっとも常盤台の寮に比べれば、これでもまるで普通の部屋のようにしか見えないというのだから、
金というのはつくづく有るところには有るらしい。
などと、どうでもいいことを考えながら砂埃や汗で汚れた服と下着を脱ぎ捨て浴室に入る。
シャワーの栓をひねって熱いお湯を頭からかぶったところでようやくはっきりと意識を覚醒させた。
ふと浴室内の鏡で自らの体を見て、なんとなく『アイテム』の同僚達の顔を思い出した。



4 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:08:11.35 ID:/AJ7ca.o

麦野沈利はモデルのようなルックスをした美人である。
ゆるく巻かれたサラサラの栗色の髪は10日に1回美容院に通って整え、
毎朝1時間かけて丁寧にセットし、夜はトリートメントや枝毛の処理も欠かさない。
休みの日はエステやジムに通ってそのしなやかで女性らしい肉付きの肢体を徹底的に磨き上げ、
寝る前にはストレッチや美顔機に乳液等で肌の調子を整える。
大好物のシャケ弁だけでは足りない栄養は各種サプリメントで補っているし、
栄養が偏らないよう苦手な料理もたまにはこなしている。
女子高生らしくお菓子は大好きだけれども、なんとなく太りそうな気がして手が伸びない日だってあった。
メイクもしっかりやりたいが、肌への影響とまだまだ若さで勝負できることを考え最低限に留めている。
見た目だけのアホだと思われたくないから、新聞やニュースはもちろん、
大して興味もない学園都市の研究論文やら実用書にも目を通すようにしていた。


(人がこんなに努力してるってのにあいつらは)


嫌なことを思い出して頭にカチンとくる。
かつて麦野が『アイテム』のメンバーとして迎え入れられたころ、
暗部組織なのに同世代の女子だけで構成されていることが少し嬉しくて、
学園都市に新しく出来た会員制のスパに3人を誘って行ったことがある。
当時、レベル5であるために受けた数々の実験で報酬を得ていたこともあり、
莫大な貯蓄のあった彼女はそれを自らの体を磨くことに利用していた。
比較的裕福な家庭で育ったことや、そうした背景から、自分の容姿にそこそこの自信とプライドを麦野はもっていた。
だがしかし、特に他意無く誘った3人の体を見て、彼女は生まれて初めての挫折を味わったのだ。
容姿がどう見ても小学生の少女、絹旗最愛は、痩せっぽちだがその見た目通り珠のお肌だし、
欧米人のフレンダは持って生まれたものの違いか、肌は白いし輝くような金髪はふわっふわっのサラサラ。
滝壺理后に至っては、真っ黒な髪も適当に切り落としたようにしか見えないし、ジャージかTシャツしか見たことのない
くらいお洒落には無頓着。そのくせ何が作用しているのかやたら綺麗な肌と可愛らしい容姿をしていた。


(ま、胸は余裕で勝ってるけど…なんかムカツいてきた…。明日浜面はドリンクバー水だけね)


それは能力開発を受けてからずっとレベル5だった麦野にとっては、今まで他人に与え続けてきた劣等感と、
自らの努力を軽々と超えていかれることへの絶望感を同時に叩きつけられた初めての経験であった。
一緒にするなという批判を受けそうだが、とにかく彼女にはそれくらいの衝撃だったのだ。
結局、生まれて初めて買ったコンビニ弁当をヤケ食いして5キロ太ったところで、
腐っててもしょうがないと今まで通り努力し続けることを選んだ。
そのあたりは、やはり学園都市第四位に君臨し続ける者としてのプライドが大いに関与しているのだが、
そのことに彼女はいまいち気がついていない。
余談ではあるが、大好物のシャケ弁と運命の出会いを果たしたのはその時である。


5 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:10:59.84 ID:/AJ7ca.o


(あれ、浜面と言えば…)


シャワーを止めて愛用のスポンジをボディソープに伸ばしたとき、ふと麦野の頭の中をある考えが過ぎった。
本当にどうしてこんなことを考えたのかわからない。
彼女の日常において瑣末過ぎるにも程がある事柄だった。


(あいつ、どこに住んでるんだろ)



―――――



(ま、ふつーに考えりゃどっかに部屋借りてるよね)


シャワーもそこそこに、浴室を出た麦野は寝巻きのジャージに着替え、
帰ってきてから床に転がしていたままの携帯電話を手にとってベッドに腰掛けた。
携帯の電話帳に彼の名前を表示する。
無能力者集団『スキルアウト』の元リーダーだった茶髪で大柄の不良少年、浜面仕上は、
今は『アイテム』の下っ端雑用係となっている。
免許証の偽造から車や扉のピッキングに、運転センスまで、スキルアウト時代に培った能力を麦野は
(絶対に口には出さないが)それなりには評価しているつもりだった。
学校に通っていない彼が、この学園都市の何処に拠点を置いているのかが何となく気にかかったのだ。
一見アホなチンピラにしか見えないが、実は本当にアホなチンピラのどうしようもない浜面でも、
一応このチームにとってそれなりに利用価値のある奴だ。
さすがに路上生活をしているとは思えないが、彼がどこで生活しているのか、
仕事に支障が出ないようリーダーとしてきっちりと認識しておかなくてはいけない。
なんとなく電話をかける気まずさから、自分に言い聞かせるようにそう頷く。
浜面は全員を車で送り届けてから帰路につくはずなので、家が遠くの学区にあればまだ着いていないかもしれない。
電話をかけるかどうか迷ったが、なんで自分が浜面如きに気を遣わなければならないのかと、
勢いよく発信ボタンを押して電話を鳴らした。


6 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:13:19.75 ID:/AJ7ca.o

1コール


(スキルアウト時代の仲間の家とかもありえるな)


2コール


(それか恋人とか…いやいやあいつにソレはないか)


3コール


(車で生活してるのも有り得るなー。一番それっぽい)


4コー…ガチャッ


(何やってんだあのバカっ。早く出ろっての…)イライライラ


『おう、どした麦野?』
「ひゃっ!」
『ん?』


コール中、色々と思考を巡らせていたため、咄嗟に変な声をあげてしまう麦野。
口元を押さえ「何焦ってんだ私は」と一呼吸おいて応える。


「いやちょっと気になることがあって。アンタ今何してんの?」
『今か?えっと…飯食ってるよ』


一瞬言い淀んだのを麦野は見逃さなかった。浜面のくせに何か隠してやがる。
大人しく答えていれば気にも留めなかっただろうが、ちょっとした綻びや気がかりが許せない
神経質な完璧主義者の麦野にとって、下っ端の浜面ごときが自分に隠し事をするのが大層気に障り、
やや語気を強めて詰問する。


7 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:15:19.45 ID:/AJ7ca.o

「ふぅん、こんな時間にねぇ。そういやアンタってどこ住んでるんだっけ?つか今どこなのよ?」
『え、あー、第七学区に部屋借りてるからそこ住んでるけど。お前ん家結構近いぞ?』
「うん、で?」
『あ?』


何か分からないが、浜面はどうも今どこで何をしているのかを聞かれたくないらしい。
妙な焦りの見える彼の言葉に麦野も徐々に苛立ちを積もらせていった。


「だーかーらー。今アンタはどこにいんのかって訊いてんのよはーまづらァ」
『お、おう!だからっ!俺は自分のへ…はまづら、電話誰から?ご飯冷めちゃうよ?』


麦野の瞳が大きく見開かれた。割り込むように電話の向こうに聴こえた声。
聴き間違えるはずなどない。
それは毎日耳にしている声。
滝壺理后の声だった。


8 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:17:48.35 ID:/AJ7ca.o

―――――


(あー…!ムカツク!ムカツクムカツク…!)


麦野は朝から恐ろしく不機嫌だった。
結局、昨日はあれから「そう」とだけ応えて電話を切り、正体不明のイライラに襲われて寝付きは悪く、
寝起きも最悪に不快だったのだ。
こういう日は朝からロクな目にあわない。
朝の星座占いは最下位で、化粧のノリもなんだか悪いし、湿度が高いせいか髪も上手くまとまらない。
せめて気分を変えようとお気に入りのピンクのワンピースを着て部屋を出たら、数分で雨が降ってきた。
時刻は間もなく正午。
わざわざ取りに戻った傘を差しながらいつものファミレスに向かう。
今から昨夜の仕事内容についての反省会兼昼食だ。
鬼のような目つきで歩いている麦野は、すれ違う人々が目を逸らして避けていくのにも気付かず
ただ昨夜の滝壺の声を思い出していた。


(なんなのあいつら。っていうか浜面。滝壺がいるならいるって言えよバカ面ァッ!
 なんで隠す!っつかなんで私があんな奴のことでこんなイライラしなくちゃいけないのよ。
 あーもうっ腹立つ~!)


麦野は段々、というより初めから、何に対してイラついているのか自分でも分かっていなかった。

―――滝壺と浜面があんな時間に一緒にいたから?

(なんで?あいつらがプライベートで何をしていようと私には関係ない)

―――浜面が滝壺と一緒にいることを私に隠していたから?

(なんで?浜面だってアホな無能力者だけど人間だ。言いたくないことだってあるでしょ。
 エロ本隠すみたいなしょうもない隠し事の一つじゃない…)


9 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:19:49.56 ID:/AJ7ca.o

グルグルと頭の中を色々な仮定が浮かんでは消えていく。


(だからなんで隠すのよ!なんかやましいことでもあるわけ?!)


あーもう!となんとかセットしたばかりの髪をくしゃくしゃとかき乱して、麦野はファミレスの前に到着した。
ポケットから携帯を取り出して画面を見る。
朝起きると浜面から

『 昨日は悪い!ちゃんと説明するから!』

という文面でメールが届いていた。


(ふん、まあどんな言葉を吐くか、楽しみにしといたげる)


とそのとき、眉間に皴を寄せて携帯を睨みつけていた麦野の背後から、声が投げかけられた。


「おはよー!麦野ー!結局昨日帰ったら即寝でさー、って麦野どしたの?」


振り返ると、そこには金髪にいつもの制服姿に紺色のベレー帽をかぶった欧米人、フレンダが笑顔で佇んでいた。


「なんだ、フレンダか。おはよ」
「え、なんだって、何が?」


麦野の冷たい微笑に、フレンダはキョトンとした様子で首を傾げる。


10 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:22:20.71 ID:/AJ7ca.o

「別に。今日は浜面のドリンクバー往復距離でフルマラソン超えてやろうと思ってただけだよ」
「それいい考え。でも結局それ飲むの私らって訳じゃないよねー?」
「ばかね、冗談よ」


キャッキャッと笑うフレンダと連れ添って、麦野はファミレスのいつもの窓際6人掛けのテーブル席に向かう。
ウェイトレスも毎日のようにやってくる傍若無人な客の顔を覚えているのか、店に入るなりすぐに案内してくれた。


「あっ、麦野、フレンダ、おはようございます」


席には既に絹旗最愛の姿があった。裾丈の短いウールのワンピースに身を包んだ小さな体が大きなシートに収まり、
足をブラブラさせてメニューを眺めている姿は麦野でさえ不覚にも「可愛いかも」と思ってしまう。


「も、超眠いです。昨日ご飯も食べずに寝ましたから超お腹減りました」
「私もだよ。じゃーん、今日は新作のラムレーズン鯖缶といつものフツーのやつ」


言いながら、好物の鯖の缶詰を二つゴトリとテーブルに取り出すフレンダ。


「げっ、なんでそんなの買うかな」
「わかってないなー麦野。結局、冒険心を忘れたら終わりって訳よ」
「だったら保険かけて普通のも買ってんじゃないわよ」


確かにー、と笑う絹旗と鯖缶のロマンについて語りだすフレンダを見ていると、多少気が楽になったと麦野は気付く。
ここに来るまで原子力発電所に向けて『原子崩し』の電子線をぶち込みたくなるくらいの最悪の気分だったが、
なんだ、全然私大丈夫じゃん、と先ほどまでのイライラも幾分陰を潜めていた。
そう、次の一言までは。


11 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:24:58.02 ID:/AJ7ca.o

「あれ、そう言えば麦野、今日はいつものシャケ弁は?」
「へっ?」


何気なく放たれたフレンダの言葉に、麦野は虚を突かれたように呆けた声を出した。


「む、麦野がお昼のシャケ弁を忘れるなんて…これは学園都市も超崩壊の始まりかもしれませんね」


毎朝このファミレスに行く前に途中のコンビニに寄り、お気に入りのシャケ弁を買うのが彼女の日課だった。
それを今日は忘れるどころか頭の片隅にさえなかったという事実が、麦野が自分で思っている以上に
動揺していることを気付かせる。
ギリリと奥歯を噛んだ麦野を見て、絹旗とフレンダも何か雲行きが怪しくなってきたと慌ただしくメニューを広げ始めた。


「ま、まぁそういう日もあるよね!け、結局私も今日はミラノ風ドリアとか食べたくなってきた訳よっ!」


地雷を踏んだフレンダは上ずった声で逆さまのメニューに目を走らせている。


「そう!そうですよね!そ、それにしても浜面と滝壺さんは超遅いですねー、何してるのかなぁもう」


超困ったもんですねーあははと乾いた笑いを漏らす絹旗のその言葉が麦野に追い討ちをかける。
落ち着こうとウェイトレスの運んできたお冷に手を伸ばした麦野が、絹旗のその言葉でグラスにバッキィ!とヒビを入れた。


「「ひぃっ!!」」


二人の目にはとうとう涙が浮かんだ。
麦野の背後に見えるどす黒く歪んだオーラに、何事かと駆け寄ってきたウェイトレスも半歩後ずさる。
とそのとき。


「わりぃわりぃ、寝坊しちまった。待たせた…か…?」
「この超浜面!こんな時にっっ!」


そう。
絹旗もフレンダももちろん知らないが、事の元凶、浜面仕上その人が小走りでやってきてしまったのである。
寝ぼけ眼の滝壺理后を横に引き連れて。

12 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:26:17.38 ID:/AJ7ca.o

―――――


なんだこの状況は、とフレンダは絹旗と二人でドリンクバーに避難してきたところだった。
滝壺と連れ添って現れたバカ面の浜面と、今にもビームを発射せんばかりにピリピリしている麦野。
滝壺はまあいつも通りだが、何はともあれ全員ぶんのドリンクを入れ終えてしまい、
今からあの地獄に帰還するのかと生唾を飲み込む。


「結局、なんでこんなことになってんの?」
「私に聞かれても超分かりませんよ。でもどうせ浜面がいつもの超浜面をやらかしたんじゃないんですか?」
「浜面ェ…麦野もなんか怖いし、戻りたくないなぁ」
「超同感です。もうこのまま帰っちゃ駄目ですかね?」
「いやー、それはそれで後が怖い訳よ」


面白そうだけど被害の及ばないところで観戦したい、と頭を抱えるフレンダ。
いい加減助けを求める浜面の視線がウザくなったので、絹旗と顔を見合わせて大きく頷く。
ラストダンジョンに向う勇者一行のような面持ちで、フレンダは大魔王麦野の待つ席へと歩を進めるのだった。



13 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:28:36.05 ID:/AJ7ca.o

―――――


浜面が滝壺と一緒に現れたとき、麦野は怒りを特に感じなかった。
それよりも、胸を内側からチクチクと刺す痛みのほうに意識が向いたからだ。
滝壺と隣同士で座る浜面。その姿を見ていると胸の中の痛みがわずかに増していく気がする。


「えーと、飲み物超持ってきましたけど…」
「お、おう、ありがとよ絹旗」


飲み物をもってドリンクバーから帰ってきたフレンダと絹旗が、それぞれにグラスを渡して席に着く。


「ま、結局浜面はコンソメスープだけどね」
「ブボォッ!」


空気に耐え切れなくなったのか、真っ先にグラスに口をつけた浜面は、フレンダのその言葉と同時にスープをぶちまけた。


「スープバーをグラスにいれるんじゃねえ!!」
「どう見てもスープなのにちゃんと口に含んでリアクションをとる、そんなはまづらを私は応援してる」


メロンソーダを啜りながら滝壺が言う。
いや飲むまで気づかなかったという浜面にストローを差し出した。
それで俺にどうしろってんだと浜面はげんなりしている。
そんな二人の和気藹々とした様子を見て、麦野は突如口を開いた。


「でさ、いつ説明してくれんのかにゃーん?浜面クゥゥン?」


わずかに和み始めた空気を一瞬にして永久凍土に押し戻す一言。
口調はおどけているが目はまるで笑っていない。


14 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:30:54.16 ID:/AJ7ca.o

「あ、あのー何のことですか?」


恐る恐る絹旗が挙手して尋ねる。


「さぁね、コイツが説明してくれんじゃないかなー」


絹旗をチラリとも見ずに絶対零度の視線のままそう言う麦野。
浜面は麦野が何をそんなに怒ってるのか分からないと言いたげに、冷や汗を流している。


「も、もしかして麦野サン、昨日の電話のこと怒ってらっしゃいますの…?」


どもっておかしな口調になりながら浜面が恐る恐る尋ねる。


「べっつにー。浜面が深夜3時に滝壺の家でご飯食べてたことも、それをどういうわけか私に隠そうとしていたことも、
 これっっっっっっっっっっっっっぽっちも!怒ってなんかいないわよ?」


フレンダと絹旗の頭の上に?マークが浮かんでいるのも無視して、麦野は井戸の底から響くような声で応えた。


「って、えぇ!?麦野それマジ!?」
「超どういうことですか浜面!滝壺さん!超大丈夫だったんですか!?
 こんな北京原人級脳みその超雄、超野生浜面なんか家の中に超招きいれるなんて!
 巨人グッズに身を固めて阪神スタンドに座るくらい超危険ですよ」


麦野の発言に身を乗り出して浜面と滝壺に詰め寄る二人。
浜面はあたふたしているが、滝壺は特に反応を見せるわけでもなく、メロンソーダを飲みながらぼんやりと頷く。


「大丈夫だよ。はまづら家に帰ってもご飯ないって言うから、作ってあげただけだから」


15 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:34:08.69 ID:/AJ7ca.o

その言葉に麦野は眉間に皴を寄せる。


「そ、そうなんだよ!最後滝壺送るってなったときにたまたま腹減ったなーって話してて、
 それで、飯食わせてもらってたんだ!」
「じゃなんで隠そうとしたの?」


麦野の追及は止まらない。あからさまに怒気を孕んだ口調に、絹旗とフレンダもビクリと肩を震わせた。


「いや、それは…」


浜面は言うべきか言うまいか迷っている様子だったが、滝壺のほうをチラリと一瞥して頬をポリポリとかきながら
照れくさそうに麦野を見る。
その視線に、麦野は胸の奥がドキリとなる。
この先を聞いていいのか。聞かずに終わらせるという選択肢もあるんじゃないのか。
迷いが生じる麦野の胸の内には気づかず、浜面が言葉を続ける。


「俺みたいなのが部屋に入って、滝壺がお前らに誤解されたら嫌だったからだよ。
 飯食わせてもらってすぐ帰ろうと思ってたし、実際すぐ帰ったから。
 女の部屋に入ったのなんて生まれて初めてだから、なんか恥ずかしくって、言いづらかったのもあるしよ」


は?と絹旗フレンダの二人が呟く。
麦野も怪訝そうに眉を顰めながら、しかし追及を止めることはしない。


「じゃあ今一緒に来たのは?アンタが滝壺の部屋に泊ったからじゃないの?」
「とっ、泊まるぅっ!?ば、バカ言ってんじゃねえ!
 来る途中に会っただけだよ!お前らだってこの辺に住んでんだからよくあることだろ!?」


浜面は顔を真っ赤にしてうろたえる。
何想像してんだこのバカと思いながら、麦野はその答えを聞いて自分の中の怒りや色々な感情が
どこかに吹っ飛んでいることに気がついた。
確かに浜面の言い分は一応筋が通っている。
まあ嘘をつこうと思えばいくらでもどうにでもなりそうだが、この様子を見る限りその線は薄そうだ。
そこでようやく張り詰めた糸を緩めるように、麦野は一つ息を吐いてやれやれと首を振った。

16 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:35:50.95 ID:/AJ7ca.o

「アホくさ」
「あぁ?」


恐る恐る浜面が麦野の顔を覗き込む。


「どうせそんなことだろうと思ったわよ。童貞野朗の浜面に滝壺をどうこうする勇気なんてないよね」
「麦野お前なんてことを!」


くっだらないと笑う麦野の表情を見て、絹旗もフレンダもようやく安堵したらしく、ほっと息を吐いて人騒がせな浜面に
コンソメスープ入りのグラスへ塩を注いで押し付ける作業に戻った。


「ごめんね、なんかイライラしてたみたい。でも滝壺も気をつけなよ。
 迂闊に部屋に入れるといくらヘタレオリンピック代表の浜面でも何やらかすかわかんないからさ」


麦野の軽口に滝壺はぼんやりした瞳でじっと見つめることで返す。


「そうですよ。浜面なんて超お腹減ってもそのへんの花でも超引っこ抜いて食べれるんですから、
 餌付けすると毎日寄ってきますよ」
「食わねえよ」
「結局浜面って童貞野朗のくせにあつかましいんだよね。滝壺も気をつけないと食べられちゃうよー」
「お前らほんと好き勝手言ってくれんね」
「ね、滝壺。あなた可愛いんだからさ、次から浜面なんか部屋に入れちゃ駄目だよ?」


すっかり機嫌の治った麦野は笑顔でそう言う。
今となってはなんでそんなに怒っていたのか、何がそんなに気になったのか。
自分でも分からないし、どうでもよくなっていた。


「…うん。わかった」


うんざりする浜面を横目で見て、滝壺は小さく首肯した。


17 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:38:31.98 ID:/AJ7ca.o

―――――


昨夜の反省会(主に浜面への駄目出し)を終えて、ファミレスの外に出るといつしか雨は止んで
雲の切れ間から太陽が顔を出していた。
その後の麦野は不気味なほどの機嫌の良さを見せていた。
自ら進んでドリンクバーに向ったし、その日の会計を麦野が浜面を加えた全員ぶん奢った上にデザートまで付けてくれた。
いよいよ本格的に天変地異が来るのではと震える絹旗をよそに、フレンダはある種の疑問を抱いていた。


「超お腹いっぱいです。麦野、ごちそうさまです」
「いやー、まさか麦野が俺の分まで奢ってくれるなんて、こりゃ槍が降るな」
「はまづらそれは言いすぎだよ…」
「いいのよはーまづらぁ。でもテメェの脳天に新しいケツ穴こさえるだけなら今すぐにでもやってあげるけど☆」


キャピッと可愛らしいウインクで汚い言葉を放ちながら指先を浜面の額にくっつける。
浜面はすかさず「申し訳ございませんでした、大変美味しゅうございました麦野サマ」とアスファルトに頭をこすりつけた。


「さってと、今日は仕事も無いしこれで解散しよっか」


麦野が腕を伸ばしながら一同に告げる。


「わかりました」
「ひゃっほう、久しぶりの半日休みだぜー」


浜面がアホ面を晒しながら喜んでいるのを横目に、フレンダがすっと麦野の袖を掴む。


「麦野、これから暇?だったらちょっと私とデートしよ」
「私?別にいいけど…。新しい鯖缶探すとかじゃないでしょね?」


首を傾げながらフレンダを見やる麦野。

18 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:42:29.48 ID:/AJ7ca.o

「あはは、結局それも目的の一つな訳だけど、いいじゃんいいじゃん」
「ま、いいか。滝壺、絹旗、あなた達は?」


フレンダは心の中にある疑念の真偽を確かめるために麦野を誘ったわけだが、
彼女がそんな行動に出たものだから、「ヤバッ」と慌てて二人の様子を伺う。


「私たちは超遠慮しときます。今日は滝壺さんに付き合ってもらって超映画見る予定なんで。
 そちらこそ、一緒にどうです?」


絹旗好みの映画ということはきっと何故生み出されてしまったのか理解不能なB級C級D級映画に違いない。
寝不足の頭で地雷を踏んだらチケット代丸々をドブに捨てることになるのでぜひとも遠慮したいところだ。
何度か付き合って苦い思い出のある二人はすぐさま首を横に振る。


「超残念です。面白い予感が超するんですが」
「おー、じゃあ俺は帰るわ!」
「うん、バイバイはまづら。また明日。迷子にならないようにね」
「変なおっさんに超声かけられても着いてっちゃ駄目ですよー」
「お前ら俺をどんだけ馬鹿だと思ってんだよ。んじゃな」


皆の予定が決まったところで、浜面は足早に帰っていった。
その背中を見送り、フレンダ麦野組は滝壺達と別れ、歩き出す。


「で、どこ行くの?マジでサバ缶?勘弁してよ」
「そう?じゃあ結局、こういうときはセブンスミストが無難じゃない?」
「あー、あんま行ったことないわ。案内よろしく」


麦野っていつもどこで買い物してるの?などと世間話を交わしつつしばらく歩き、
二人は女子学生向けの服屋が多数入っているショッピング施設、『セブンスミスト』に入ることにした。
麦野の私服の恐ろしい金額にフレンダは驚愕しながら、どうやって話を切り出していくかと思案しているそのとき。


19 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:45:40.46 ID:/AJ7ca.o

「お、常盤台」


と少し遠くの売り場に、学園都市有数のお嬢様学校『常盤台中学』の制服を着たツインテールの女子学生が、
セーラー服を着た同世代くらいの学生達と連れ立って歩いているのを見つけて思わず呟いてしまう。
隣で麦野がチッと舌打ちをするのが聴こえ、フレンダは慌てて視線を麦野に向けた。
『アイテム』の面々は常盤台中学に在籍する学園都市第三位通称『超電磁砲(レールガン)』こと御坂美琴と
少し関わったことがあり、麦野はその時のことをあまり思い出したがらない。
それに気づいたフレンダは、何とか話題を変えようとするが、うまく思いつかず、こんなことを言ってしまった。


「そ、そう言えば、最近『超電磁砲』が行方不明らしいよ!」
「あっそ。それで?」


麦野の目つきが鋭く釣り上がる。


(ぎゃー!結局、油注いでどうすんの私のバカー!)


しかしこのまま話を止めるわけにもいかず、何とか落としどころを考えながら言葉を続ける。


「ほら、結構前に大規模な停電があったじゃない?
 あれって結局『超電磁砲』が原因って情報がある訳よ。
 で、それ以来どこかに消えたって…」
「バカね」


フレンダの言葉を麦野は一笑に付した。
麦野に笑顔が浮かんだのでフレンダとしてはもうそれで満足だったが、
意外にも彼女はまだ話を続けるつもりらしく


「『超電磁砲』の目撃証言はそこそこあるよ。
 そいつによく似た能力者に潰されたっていう組織は最近多いみたいだし」
「えっ、マジ?」
「さあ?『こっち』じゃ割と有名な噂だけどね。『超電磁砲』が暗部堕ちしたなんて、結構なニュースだし」


20 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:48:19.39 ID:/AJ7ca.o

適当に店内を歩いていると、麦野が好みのぬいぐるみでも見つけたらしく、ファンシーショップに入りながら続ける。


「それに、行方不明なのは『超電磁砲』よりむしろ一位のほうでしょ」


麦野が手近の目が一つに脚が3つくらいあるシュールなぬいぐるみを手にとる。
うわ、それはない。
とフレンダが顔をしかめた。


「第一位って。えっと…」
「『一方通行(アクセラレータ)』」
「あーそれそれ」


学園都市第一位。最強の超能力者である『一方通行』が行方不明になっているというのもまた、
ここ最近『こちら側』の世界で噂になっていることだった。
彼を戦力として欲しがる暗部組織は多いが、今現在はどこにいるのかすら分からないということでそうした計画が
頓挫している組織が増えていると聞く。


「ま、何にせよ、『超電磁砲』は生きてんじゃないの?図太そうだったし」
「はー。結局、そういう話聴くとちょっと家帰るの怖くなるよね。麦野ーもう今日泊めてー」


ぬいぐるみを戻して麦野に抱きつくフレンダ。


「離せ暑苦しい」
「やだー、ぬいぐるみだと思ってくれていいからー。麦野とおっきいお風呂入りたいー。ギュッと!ギュッと!」
「こら、やめろ変態」
「わー、麦野あったかーい。やわらかーい。いいにおーい」


ぐいっと肩を持って突き放そうとするがフレンダは麦野の大きな胸に顔をうずめて離れない。


21 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:50:51.72 ID:/AJ7ca.o

「あの、今の話、本当ですの?」


麦野がフレンダのベレー帽を取り上げられ、頭頂部を肘でグリグリやられていると、背後から声がかかった。
ヤバイ、聞かれたかと何食わぬ顔で振り返ると、そこには先ほど見かけた常盤台のツインテールの少女が
沈痛な面持ちで立っていた。
赤いリボンがよく似合う小柄な少女だったが、腕には『風紀委員(ジャッジメント)』の腕章がついている。
また面倒なのに捕まったと、麦野はあからさまに嫌そうな顔で相手の顔を睨み付けている。


「何アンタ?人の話盗み聞きしてんじゃないわよ。それって、『風紀委員』の活動の一環?越権行為でしょ」


まくしたてるように麦野に言われても、慣れているのか少女は一切ひるまなかった。
だが、先ほどから険しい表情は変わらない。


(へー、麦野美人だし凄まれると大抵の奴はビビるけど、この子やるじゃん)


とフレンダは関心しながら少女に視線を送る。


「違いますの。これは、お願いですの。
 『超電磁砲』が生きているという今の話は、本当のことですの!?」


懇願するように、少女は麦野の両肩にくってかかった。
かなり必死な様子だが、『超電磁砲』の関係者だろうか。


「なに触ってんのよクソガキ。アンタ誰に口利いてるかわかってんの?」
(ヤバッ、麦野怒ってる。結局、こんなところで問題起こすわけにはいかない訳よ!)


フレンダは麦野のこめかみあたりがピクピクしているのを見逃さなかった。
こんな往来で殺傷騒ぎを起こすと後が色々と面倒だ。
すかさずフレンダは二人の間に割って入る。


22 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:53:30.58 ID:/AJ7ca.o

「ま、まぁまぁ。あなた常盤台中学の生徒さんだよね?『超電磁砲』の知り合いか何か?」
「申し遅れましたの、わたくし常盤台中学の白井黒子と申します。『超電磁砲』こと御坂美琴お姉さまの後輩ですの」
(お姉さまって…。とにかく穏便に済ませないと)


麦野の顔色をチラリと伺う。
そこには既に「いつでもブッ殺し準備オッケーだよ★」と言いたげにギラギラと瞳の奥を光らせる学園都市第四位がいた。
この白井黒子という少女の命は、どうやらフレンダのさじ加減一つのようだ。


「そ、それで、白井さんは何を知りたいのかなー?」


少女の命の重さを双肩に感じながら、自分でもこんな声出るのかというくらいやさしーい声色で白井に問いかける。
もちろん、その口調は背後で沸騰寸前のヤカンのようになっている麦野に配慮したものだ。


「ですから、お姉さまがご無事だという話は本当なのかと…!」


白井の言葉をさえぎるようにフレンダの顔の横から細い腕がニュッと伸びてきた。
その白く細長い指で白井の胸倉を掴みあげると、自らの方に引き寄せる麦野。


(ァあぁあ…もーだめだ、ごめん白井さん、結局私じゃ力不足って訳ね)
「知らねーよ。噂だっつってんでしょ。あんましつこいと…」
「くっ!離してくださいませ!」


どうやって人目を減らすかを考えていたとき、信じられないことが起こった。
白井がブラウスを掴みあげる腕に触れると、次の瞬間麦野は床に尻餅をついて彼女を見上げていたのだ。
\(^o^)/←こんな状態になるフレンダ。


(てか、『空間移動能力者(テレポーター)』!?)


23 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:55:37.46 ID:/AJ7ca.o

驚くフレンダだが、もはやそんなことはどうでもいい。
今はいかに麦野の戦いに巻き込まれてデッドエンドにならないようにするかを考えなくてはならない。
さすがに騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってくる中、唇をわなわなと震わせ、右手に閃光を迸らせ始める麦野。
前髪で表情が隠れてどんな顔をしているのか分からないが、きっと美人が台無しに違いない。


(結局、あとはもう逃げるしかないって…)


フレンダがさっさと逃げようとしていると、パァンッと頭をはたくような音が聞こえた。


「え?」


白井黒子の頭が吹っ飛んだんじゃないかと恐る恐る振り返ると、そこで頭にお花畑を乗っけたセーラー服の少女が、
彼女の頭を本当にはたいたところだった。


「もうっ!白井さん何やってるんですか!?ごめんなさいごめんなさい!」


どうやら先ほど見かけた彼女の友人らしい。
白井が能力を使って一般人を攻撃したと思ったらしい。
虚を突かれたように立ち尽くす麦野の前で何度もペコペコと頭を下げている


(おお、死亡フラグを折ったぜ)
「う、初春…」
「どうしたんですかー?」


と、今度は人垣の中からお花畑の少女と同じセーラー服を着た長い黒髪の女子学生が現れた。


24 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 03:57:51.87 ID:/AJ7ca.o

「どしたの初春?」
「佐天さん!白井さんがこの女の人を能力で攻撃して…!」
「ええっ!」
「い、いえ違いますのよ!この方が…!」


と、そこまで言いかけたところで我に返ったのか、白井黒子はお花畑を押しのけて麦野の前で深々と頭を下げた。


「違わないですわね。元はと言えばわたくしがしつこく食い下がったのが原因。
 申し訳ありませんでした。どうかお許しくださいですの」


それに倣って他の二人の少女も頭を下げた。
呆然とそれを見下ろす麦野が、所在無さげにこちらに助けを求める視線を送ってきた。


(うほっ、珍しく麦野のSOS!結局、ここは私の出番って訳よね!)

すかさず麦野の前に出てフレンダが腰の低い口調で笑顔を浮かべた。


「ま、まーまー、こっちにも落ち度はありましたから!ね、白井さん!制服破れたりしてないですか?」


麦野を刺激しないよう早くこの場を立ち去らなければと、3人に頭を上げさせる。


「ええ、大丈夫ですの。そちらこそ、お召し物が汚れてしまったのでは」
「大丈夫よね!ね!麦野!」
「あ?ええ…まあ」
「ここはもうお互いさまってことで解散しよう!なんか目立っちゃってるし!ね!いいよね麦野!?」


フレンダが何度も念を押すように麦野に確認する。
そのあまりの勢いに、興を殺がれたのか麦野はコクリと首肯した。



25 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 04:01:25.50 ID:/AJ7ca.o

――――――


「本当に申し訳ありませんでしたの」
「もういいよ」


白井黒子にそれから何度か頭を下げられ、ようやく落ち着きを取り戻した麦野が、フレンダを伴って店を出ようとする。
最後に一度振り返り、バツの悪そうな顔でこう告げた。


「アンタのお姉さま、だっけ。目撃証言自体は結構あるみたいだよ。ま、アンタの知ってるお姉さまかどうかは知らないけどね」


その時最後に見えた白井黒子の顔は、喜びとも戸惑いともとれない微妙な表情だったが、ひとまず慕っている
先輩が生きていたということで安堵の表情を浮かべていた。
その表情を思い出しながら、なんだか店内に居辛くなった二人はしばらくそのあたりをブラブラすることにする。


「はー、もう麦野怖いよー。結局、死ぬかと思った」
「うっさいなー。いきなりあんなふうに来られたら誰だってカチンとくるでしょ」


こねえよ。というツッコミは心の奥に閉まっておいて、『超電磁砲』が行方不明だというのはどうやら本当らしい。


「それにしても常盤台のガキはやっぱムカツクわね。いっそ学校ごと吹っ飛ばしてやろうかしらね」


右手でグシャリと握りつぶす動作をしながら物騒なことを口走っている麦野。
やろうと思えば本当に可能なのだから手に負えない。


「その仕事だけはやりたくない。生徒全員レベル3以上でレベル5が二人もいる学校と正面から戦争なんて、
 結局命がいくつあっても足りないでしょ」
「だから『超電磁砲』のいない今やるんでしょ。『心理掌握(メンタルアウト)』なんて所詮『精神感応』系。
 学校ごとぶっ飛ばせばそれでオシマイじゃないの」


26 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/21(水) 04:04:11.25 ID:/AJ7ca.o

麦野のような圧倒的な能力を持たないフレンダからすれば、レベル5を本格的に抹殺する計画を立てること自体が恐ろしい。
というかレベル5を普通に見下すその傲慢さに惚れ惚れするフレンダだった。
このままほっとくとマジでやりかねないと身震いしてきたので、慌てて他の話題を探す。


「そういや今日の浜面ってばアホだったねー。帰ってもご飯ないから滝壺にたかるって。
 結局、浜面ってばどこまでいっても浜面っていうか」
「そうね」


あれ、意外と乗ってこない。浜面の悪口は絹旗とも麦野とも結構盛り上がる話題のはずなのにと、
隣を歩く麦野を見やると、麦野は何か考えているのか、柔らかそうな唇を引き結んで顎に指を当てている。


(おいおいおい、まさかほんとに常盤台爆破テロとか計画してるんじゃないでしょーね)


あわあわと慌てふためくフレンダ。
そんなもんに協力できるかと、思考を止めさせるべく言葉を続ける。


「け、結局給料一応もらってんだろって感じだよね。もういっそ浜面の餌係でも決めてあげたりしちゃう?
 なんて!あはは…」


その言葉に、ピタリと麦野が足を止める。
フレンダがどうしたのかと振り返ると、麦野は「そうか…なるほど」と何かに納得したように頷いている。


「ど、どしたの麦野?」
「ごめんフレンダ!私今日帰る!」
「ええ!?私のデートは…」


突然何かいいことを思いついたような顔で、麦野はフレンダにそう告げて走り去っていく。


「また今度ね!今度はみんなで行こう!」
「みんなでって…デートは…」


先ほどまでの怖い顔はどこへやら。そんないい笑顔で言われると、もはやフレンダには何も言い返せない。
結局、今日の目的であるとある質問も麦野にし損ねて、ただただ呆然とその美しい後姿を見送ることしかできないのだった。


27 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/21(水) 04:05:52.40 ID:/AJ7ca.o

―――――――


一方そのころ、滝壺を伴った絹旗最愛は映画館のシートにゆったりと座っていた。
いつも見ているマイナー映画なら、観客の数が自分以外にいないということも珍しくない。
だが、今日の映画は一味違う。


(ふふん、今日はハリウッドが数百億かけて生み出したゴミと超評判の大作映画を見に来たのです)


なんでも前情報によると、とある名作マンガをハリウッドが映画化したということらしい。
しかし、原作と違って主人公が何故か学生だったり、無駄にラブロマンスを入れてよく分からないことになっていたり、
敵キャラは緑色のオッサンだったりと、誰が得するんだこれと素人でも突っ込みたくなる内容だという。
絹旗はそういうところが気に入っていた。


(前評判は確かに超散々ですが、そういう超本気で作ったら何故か産業廃棄物が超できちゃいました、てへっ♪
 って感じが超面白そうだと思ったんです)


そう。
映画館は最近学園都市にオープンした巨大スクリーン配備のシネコン。
劇場に入るまでにしっかりとトイレも済ませ、滝壺が退屈しないようにポップコーンを買ってあげ、
途中でトイレに行きたくならないように炭酸飲料とカフェインも避けるようアドバイスをした。
席も予約で真ん中辺りをキープ。寒さ対策に二人分のブランケットを借りて超準備完了。
あとはこのワクワク感と共に映画を超楽しむだけ。
そう思っていたが


28 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/21(水) 04:07:46.96 ID:/AJ7ca.o

(ヤッベェ、超つまんねぇ…)


まだ開始1時間も経っていないが、これはまずい。
既にトイレに行きたいし、ポップコーンも食べ終えてしまった。
劇場内で携帯を開くわけにもいかないし、劇場のど真ん中に席をキープしたためトイレにも立ち辛い。
普段だったらとっくに退場して帰宅しているところだがそれもできない。
何故か。


(滝壺さん超楽しそうです…)


ハチャメチャが押し寄せてくるようなわくわくがいっぱいの眼差しで一心にスクリーンを見つめる滝壺の横顔を一瞥する。
これのどこが面白いのかさっぱり分からないが、まあせめて私の分まで超楽しんでくださいと絹旗は目を瞑って
現実から逃げ去ることにした。
すると、すぐに隣からトントンと肩を叩かれる。


(なんすか滝壺さん…)


仕方なく目を開いてそちらを見ると、「この感動を共有しようよ」とばかりに瞳をキラキラさせた滝壺が絹旗に
腕を絡めてスクリーンを見るよう促してきた。


(マ…マジですか…)


絹旗は目でそう問いかける。
その目蓋は能力使用時のようにパッチリと開かれ、キラキラと眼球に宇宙を創造しながら頷いた。
絹旗はその後たっぷり2時間弱。滝壺に腕を組まれたまま離してもらえず、映画が終わるころには膀胱炎寸前でトイレに駆け込んだという。


47 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/22(木) 01:19:21.43 ID:AnKJp9co [2/35]

―――――――


麦野沈利はドキドキと胸を高鳴らせながら足早に帰宅した。
その手にはパンパンに食材の詰まったスーパーの袋が握られている。
何故彼女がそんなものを手に持っているのか。
別にお腹が空いているわけではない。
食事なら先ほどとったばかりだし、夕食にはまだ幾分かの余裕がある時間帯だ。
決め手は先ほどのフレンダの言葉。

――もういっそ浜面の餌係でも決めてあげたりしちゃう?

そう言っていた。
きっと本人は冗談のつもりだったろうし、機嫌の悪かった自分のために空気を和ませようとして言ってくれたいつもの軽口だ。
だがしかし。
麦野は思いついてしまった。
思いついてしまったのだから仕方がない。


(浜面にご飯を作ってやろう…)


別に浜面がどうということではない。断じて無いと何度も心の中で反芻する。
ただ、滝壺にできて自分にできないなどと言うことは、ドがつく負けず嫌いの麦野には許せないことだった。
滝壺よりも美味しいと言わせてやろう。
滝壺よりも料理が上手いと言わせてやろう。
滝壺よりも私のほうが良いと…


(って違う違う!そんなんじゃない!)


咄嗟に浮かんでしまった考えを首を振って慌てて散らす。
しっかりと何パターンかの献立に対応できるよう材料を選んである。
麦野の好きなファッション雑誌にあった『男性が彼女に作って欲しい手料理ランキング』上位に食い込むようなものだ。
普段そのテの雑誌の情報など話題半分にしか見ていないが、こういうことに関しては他に情報源もなく、
仕方なく根拠の無い情報に頼るしかない。


(別に深い意味があるわけじゃないんだから…!い、いくわよ!)


携帯が「痛いっす姉さん」とミシミシ悲鳴をあげるほど握り締め、浜面仕上と表示されたディスプレイを睨み付ける。
かくして、女麦野沈利、一世一代の大勝負が始まるのである。


48 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:23:02.88 ID:AnKJp9co [3/35]

―――――――


少年、浜面仕上は人生で体験したことのない恐怖に駆られていた。

事は数分前。
昼間別れたはずの麦野から、震える声で電話がかかってきたのだ。
そのとき浜面はついに死を覚悟した。
麦野の沸点は確かに低い。低すぎる。
だが、彼女が唇を震わせるほどの憤怒に囚われている姿はそうそうお目にかかれるものでは無かった。
俺は一体どんな地雷を踏んだのだ。
そうして、麦野という核爆弾に火を付けてしまわぬよう、慎重に彼女の言葉に耳を傾けていると、
彼女は仄暗い闇の底から手招きするかのような声でこう告げた


『今から…行くから…』

「ギャァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」


浜面は叫んだ。泣いた。もう何年も会っていない親の顔も思い出した。
彼女は明日まで待てぬと言っている。
それほどの怒りと憎しみを、俺にぶつけようとしている。
学園都市第四位の超能力者、『原子崩し』こと麦野沈利の粒機波形高速砲が、
超無能力者浜面仕上のか弱い肉体をその一欠片すら残さず消滅させようとしているのか。


『ちょ、ちょっと、どうしたの?』


焦ったような麦野の声で、ようやく我に返る浜面。
意外と普通の声色だった。
震えも特には感じられない。気のせいだったのだろうか。
麦野から電話がかかってくると大抵仕事で死にそうな目に合うので体が勘違いしているらしい。
よくよく話を聴いてみると、今日の浜面の話に同情したか面白がったか、なんと麦野が料理を作りに来てくれると言う。
せっかくの休み、今日は溜めてたAVでも観ますかと虚しいことを考えていた矢先のことだったので、
特に深く考えずに家の場所を教え、今は部屋の片付け中である。


(料理なんて、あいつでもやっぱり女の子なんだなぁ…)



49 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:25:05.63 ID:AnKJp9co [4/35]

今更ながらにそう思う。
美少女揃いのアイテムの中でも一際輝く端整な顔立ち。
肉体的にも艶めかしい肉付きで、街中ですれ違ったら思わず振り返ってしまうだろう。


(毎日顔を突き合わせてるから意識してなかったけど、麦野が俺の部屋に来るってのは、
 実は結構すごいことなんじゃねえのか?)


そう思うと急に緊張してきたヘタレの浜面は、脱ぎ散らかした洗濯物やその辺にあるものを全部浴室に突っ込み、
女の子にはとても見せられない己の性癖丸出しの数々のブツを押入れやタンスの中に隠し始めた。

窓を開けて換気をしようとしたそのとき
ピンポーンとインターホンの音が室内に響き渡った。
ドキリと肩を震わせる浜面。既に緊張は最高潮に達しているが、外で待たせるわけにはいかないと、
ドアを開けてそこにいる人物を迎え入れる。


「よー。来てあげたよ」


ぎこちない笑顔でそこに立っていた麦野は、いつもより何故か小さく見えた。
帰って着替えたのか、昼とは違い水色のワンピースに白い薄手のカーディガンを羽織っている。


(ワンピースが好きなのか?)


と、どうでもいいこと考えながら彼女を中へと招きいれる。
先に中へ通してすれ違った瞬間、風呂にでも入ってきたのか、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。


(くそっ、どうしたんだ今日の麦野は…)


部屋に入って荷物を取り出す麦野を見ながら、浜面は顔がやけに熱くなるのを感じていた。
ピンク色の唇。長い睫に大きな目。柔らかい布地をぐぐっと突き上げている豊かな胸。
やや短めのスカート丈にふわりと舞う栗色の髪の毛。
今日の麦野がやけに女の子に見えてくる。
失礼な話ではあるが、普段の麦野を女として見たことはない。
自分より頭も良く、能力もあり、金も持っている。おまけに一癖も二癖もあるアイテムの面々を束ねる女王様だ。
もはや下っ端根性がすっかり染み付いた浜面にとって、麦野は雲の上のような存在だった。


50 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:27:26.57 ID:AnKJp9co [5/35]

(その麦野が、この汚ねぇ6畳1間に…。なんつーか、麦野も人間だったんだな)


もし彼女が心の中を覗ける類の能力者だったら、浜面など既に3回は死んでいるだろう。
荷物を出し終えたのか、彼女は浜面のベッドの上に腰掛けて室内をキョロキョロと見回している。
ベッドの上という辺りで浜面はゴクリと生唾を飲み込んでしまったが、気をつけなければいけない。
もし彼女に何かしようものなら、一瞬にして塵芥と化してしまうのだから。


「何見てんのー?言っとくけど、妙な考え起こしたら灰にするからそこんとこよろしくね」


立ち上がり、悪戯っぽく笑みを浮かべて浜面の額を小突く。
その仕草だけもう浜面は鼓動の回数がえらいことになるのだが、麦野は気付いていないらしい。


「そんなんじゃねえよ。っつか、今日滝壺に部屋に俺を入れるなって言っといて、お前は自分から来るんだな」


心の中を見透かされているような気がして、バツが悪そうに浜面は頬をかいてそう言う。


「ふぅん。じゃあ浜面は私に何かするつもりなのかにゃーん?」


小悪魔的に小首を傾げて微笑む麦野。
浜面はゾクリと背中の皮の内側を何かが這い上がってくるような感覚に襲われ、
耳まで真っ赤にしてバッと後ろを向いた。


(ヤベェ…今のはやばかった…!くそうっ!こいつ俺を弄んでやがる!)


悔しいが、今の麦野は完膚なきまでに可愛い。
こいつはそれを分かっていて、俺を玩具にしに来やがったんだ!
当然浜面は麦野の心中など知る由もない。
このままいいように遊ばれてたまるかと、硬派な不良を頭の中に思い浮かべて麦野に向き直る。



51 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:30:50.34 ID:AnKJp9co [6/35]

「それにしても、なかなかいい部屋じゃない。ちゃんと綺麗にしてるのね」
「え、そうか?」
「うん。浜面にしては意外だったよ」


と、浴室や押入れを見ていないのでそんなことを言う麦野。
麦野に褒められた経験があまりない浜面は、そんな言葉についついニヘラッとたるみきった笑顔を浮かべてしまう。
硬派な不良浜面は3秒ともたなかった。


(騙されるな俺。この部屋がいい部屋だと?嘘つくんじゃねえぜ。
 俺は知ってるんだ、お前の部屋がどんな部屋なのかをなぁっ)


もちろん入ったことがあるわけではない。
しかし、『アイテム』の女子連中は、何度か麦野の部屋に遊びに行ったこともあるらしい。
なんでも、風呂にジャグジーだかサウナだかが付いていて、部屋はこの部屋の倍くらいあって、コンロもガスじゃなくて電気で、
家具家電も学園都市の最新式のもので、巨大なクローゼットに入りきらないほど高そうな服とかアクセサリーとか化粧品が
そこら中に置いてあったと言う。


(金持ちが庶民の暮らしを褒めるのは物珍しいだけなんだぜ。
 本気で良いと思ってんなら1ヶ月暮らしてから言ってみやがれ。絶対前の部屋に戻りてぇって言うからよー)


緩みきった顔から上流階級への嫉妬の炎を燃やしたり、顔つきをころころと変えていると、そんな浜面を見飽きたのか、
麦野はエプロンを付けてさっさと調理の準備に取り掛かっていた。
そのエプロンは、ピンク色を基調として胸元にリボンのワンポイントがついたシンプルなデザインながら、
悔しいほど麦野に似合っていた。


「麦野はピンクが似合うな」


思わず口を突いて出る言葉。


「ひぇっ!」


麦野は持っていた包丁を取りこぼして、それはそのまま浜面の足元にドスッと突き刺さった。


52 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:33:49.94 ID:AnKJp9co [7/35]
「うぉおお!ついに俺の命もここまでなのか!?」
「ぁ…あぁ、ごめん!アンタがふざけたこと言うから…」


慌ててその包丁を拾い上げる。落として焦ったのか、ほんのり顔が赤くなっている。
あれ、俺何か言ったっけと首を傾げる。


「そ、そういや何作ってくれんだっけ?」


平常心を保ちながら、なんとか食欲に意識を向けようと話題を変えてみる。


「アンタさっき電話で肉が食いたいって言ってたよね。だからハンバーグにしようと思ったけど、良かった?」
「お、おう。作ってもらえるんだし、何でもかまわねえよ」
「肉、なんてアバウト過ぎんだよね。男の子ってそんなもん?」


実は昼にハンバーグランチを食べたところだったのだが、今更そんなこと言えない。
弁当を忘れた麦野はパスタ的なものを食べていたような気がするし、電話のときの混乱してYESを吐き出す機械になっていた。
だが麦野が作ってくれるハンバーグを、チェーン店の冷凍ハンバーグと比べていいはずが無い。
デリカシーというものを母親のお腹の中に置き忘れてきた浜面でも、女の子の手料理を
調理場のおっさんだか兄ちゃんだかが作るフリーズドライと同列に置いていいわけないというのは分かる。


「チョロチョロされると蝿みたいで鬱陶しいからからテレビでも見て大人しく待っといて」


これほどまでストレートに悪意無く邪魔だと言われるといっそ清清しい。
浜面はへーいとベッドに腰掛けてテレビのリモコンを取って電源を入れた。
いまいち面白そうな番組もやっていなかったのでゴロリと横になり、玄関と6畳間の間にある短い廊下に設置されたキッチンを見る。


(麦野が俺の部屋で料理をしている。なんだこれ、わけわかんねえ)


調理中の麦野の背中を見ながらぼんやりと考える。


(麦野だって、こんな仕事してなかったら…レベル5の超能力者じゃなかったら、
 普通に彼氏でも作って、普通に友達と遊んで、適当に学校行きながら暮らしてたんだよな)


それは浜面自身にも言えたことだが、果たして麦野は、自ら進んでこの道を選んできたのだろうか。
能力者には無能力者の気持ちが分からないと突っ張っていたかつての自分のように、
無能力者や低能力者にレベル5の気持ちは分からないと思ったことは無いのだろうか。
そんな考えが浮かんでは消え、少しだけ麦野沈利という女に興味が湧いたころ、浜面は眠りに落ちていた。


53 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:36:36.88 ID:AnKJp9co [8/35]
―――――――


少女、麦野沈利は人生で体験したことのない羞恥を感じていた。

いよいよ料理を作りに行くことが決まってしまった。
妙に高鳴る鼓動を抑えつけ、混乱して何故かシャワーまで浴びてから彼の部屋に向かい、
なんとなく高まったテンションで恥ずかしいことをいくつか口走ったような気がする。思い出したくは無いが。
調理を始めて数分。近くで見られると緊張するので浜面を部屋に追いやったが、
勢いだけでここまで来ていざ冷静になってみると自分は今ものすごい状況下にいるのではないだろうか。
チラリと浜面のほうを見やる。テレビは点けたものの、目ぼしい番組はやっていなかったのか、
横になって寝息を立てているようだ。変に起きてこちらを注目されても困るのでそのほうがありがたい。


(浜面もこんな組織にいなかったら、スキルアウトだか何だかもテキトーに切り上げて、
 普通に彼女でも作って、学校サボりながらフツーに暮らしてたのかね)


じゃあこんな世界に巻き込んだのは私か?
いや、浜面は自分で選択してここまできたはずだ。彼を取り巻く環境がそれを選ばざるを得ないものだったとしても。
浜面にはいつだって逃げようと思えばどこへだって行けた。
とうに戻れない一線を越えてしまっている麦野はそれを少しだけ寂しく思った。


(私とは違う、か。ま、無能力者にレベル5の気持ちはわかんないだろうし…)


手元で玉ねぎを炒めながらそう考える。
窓の外は既に日が落ち、夜の帳に包まれようとしている。
静かな部屋の中で、麦野はぼんやりと思考を巡らせていた。


(その逆も然りよね)


それにしてもだ。


(ピンクが似合う、かー。ヤバ、恥ずかしくなってきた。
 あーもうなんでそんなこと言うのよ浜面のくせに!)


ピンク色は大好きな色だ。
だけどそんなことを言われたら、次からその色を見るたびさっきの言葉を思い出して恥ずかしいじゃないか。
ガシガシフライパンをかき混ぜ、顔が赤くなりそうなのを誰にともなく誤魔化す。
ふとアメ色になった玉ねぎを見て、麦野はあることに気づいた。


「あっ」


54 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:39:11.56 ID:AnKJp9co [9/35]

―――――――


「……づら…。は……づら!」


なんだかいい匂いに誘われて、浜面は現実世界へと回帰する。


「浜面起きて!晩ご飯できたよ」
「ん、おお、マジか。悪い、寝ちまったみたいだ」


麦野に揺り起こされ、あくびを噛み殺しながら浜面は体を起こす。
時計を見ると、既に七時を回っており、窓の外はすっかり暗がりに包まれていた。
小さなテーブルには麦野の手料理であるハンバーグとサラダ、茶碗に入れられた白米が2人分並べられている。
どう見ても美味そうだったし、自分で作ったもの以外がここに並ぶことなど無かったので色々と感慨深いものがあった。


「つか浜面悪い。アンタ昼ハンバーグ食べてたよね。さっき気づいた」


寝ぼけたまま麦野の料理を食うのは申し訳ないと、立ち上がって伸びをしていた浜面に、麦野が所在無さげに謝ってきた。
こちらとしては麦野のハンバーグとファミレスのハンバーグは完全に別の料理だと思っているし、
作り起きして毎食同じものを食べることがざらにある浜面にとっては何の問題もないことだった。


「そんなの気にすんなよ。俺は麦野のが食いたかったんだから」
「んなっ…!」


そう返すと、麦野は言葉を詰まらせて耳をほんのりと赤らめていた。


「ったく、先に言えってのよ。そうすりゃもっと別のもん考えてあげたんだから」
「もういいからさっさと食おうぜ。この状態でおあずけはきついって」


ごにょごにょと何か言っている麦野をなだめて、箸を手に取る。
いただきますと両手を合わせてハンバーグを口に運ぶ。


55 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:41:40.66 ID:AnKJp9co [10/35]

「ど、どう…?」


麦野にしては珍しくややぎこちない口調でそう問いかけてくる。


「こ、これは…!」


カッと眼を見開く浜面。


(肉汁をしっかりと閉じ込め、黒胡椒がいいアクセントとなって食欲を刺激してきやがる…。
 ナツメグの香りもいい具合に肉の臭みを消して、繋ぎにはちぎって牛乳に浸した食パンを使っているのか、
 食べ盛りの男の胃袋にもしっかり対応してくるボリューム感を持っている。
 赤ワインがベースとなったソースは荒挽きミンチと複雑に絡みあい、
 俺の口の中でマイムマイムを踊っているみたいだっ!
 こちらのサラダもさっぱりした醤油ドレッシングが濃厚な肉の味を一度リセットさせる効果を発揮しているし、
 それによってまた次の一口を運びたくなり、新たな味の発見を促してくる。さらに横に添えられたシーチキンが実にグッド!
 ご飯の炊き具合も俺好みのやや固め。これならカレーにかけてもうまいだろうし、研ぎすぎて米が崩れたり
 旨みが失われているということもない。2980円の安炊飯器で炊いたものとは思えないほどの米の存在感。
 すげぇ…。肉、野菜、米の三者三様が互いを引き立てあい、味の高みへと俺を誘っていくっ!
 うまい、うますぎるぜぇっ!)


「ちょ、ちょっと、何か言ってよ」


ガツガツと一心不乱に喰らいつく浜面の様子に、ひとまず安心している様子の麦野だが、
あまりにも必死の形相に少し驚いている様だった。
浜面は口元にご飯粒をつけながら、ニヤリと笑みをこぼす。


「やるな、麦野。すげーうまかったぜ。ありがとな、ごちそうさま」
「そう。ならいいわ」


56 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:44:16.43 ID:AnKJp9co [11/35]

ぶっきらぼうにそう言い、だが少し照れくさそうに麦野は微笑んだ。
結局あっと言う間に完食した浜面は、麦野に淹れてもらったお茶を飲みながら、
彼女がもそもそと食事を続けるのをゆったりと眺めていた。


(あー…なんかすげえ落ち着くな。一人で飯食ってるとこんな風に考えることないし)


ふう、と息を吐きながら、当初の緊張感はどこへ消えたのか、まったりとした空気が室内に流れていた。


(こうやって二人でゆっくり飯食う機会があるなんてなぁ。こうしてるとまるで……)


ガチャン!と浜面は額をテーブルに叩きつけた。
目の前に座る麦野がビクリと肩を震わせて何事かとこちらに視線を向ける。


「な、何!?」
「あ…あぁ、わりぃ。腹いっぱいになったらちょっと眠くなっちゃってさ。今ので目ぇ覚めたから」
「あっそ。アンタ子供じゃないんだから、食べてすぐ寝るなんてやめてよね。太るよ」
「はははは、そうだな、気をつける」


乾いた笑いを漏らす浜面。


(何考えてんだ俺…。何がこうしてるとまるで…だよ!こいつは俺をからかって遊んでるんだぞ。
 騙されるなー、平常心平常心)


お茶を口に含みながら精神を落ち着けた。
なんとか気を紛らわせないと向こうの思うツボだと、浜面は話題を探る。


「なあ麦野。今日はどこ行ってたんだ?」
「ん?フレンダとセブンスミスト行ったよ。すぐ帰ったけど」
「すぐ帰ったって…何かあったのか?」


57 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:46:26.78 ID:AnKJp9co [12/35]

何気なくそう問いかけると、麦野は苦虫を噛み潰すような面持ちで「別に」と応える。
フレンダが調子に乗って麦野にじゃれついたかと、容易に想像できる光景が思い浮かんだ。


「そういや、フレンダが今度みんなで遊びに行こうってさ」


実はフレンダが言ったわけではないのだが、麦野は浮き足立っていたのでそのあたりの会話をあまり覚えていない。


「へー、フレンダがねえ。って、俺もいいのか?」


食事を終え、ご馳走様と手を合わせる麦野を見ながら意外そうに言う。
滝壺ならともかく、フレンダがそんなことを言うとは本当に予想外だった。


「みんな、って言うからみんななんじゃないの?」
「そっか。そりゃ楽しみだな」


『みんな』に自分が含まれていることがちょっと嬉しい浜面。


「どこ行くかアンタ考えといてよ」
「俺がかよ」
「あら、女の子4人も連れて遊びに行けるんだから、それぐらいやってもらわないとね」


どこに連れていっても文句言われそうな気がするし、どこ行ってもいつもの調子で騒がしいだけのような気もするが、
まあ5人でどこかに行くなんてこと仕事以外ではない訳で、浜面は自分でも意外なほど楽しそうだと考えていることに気づいた。


「日焼けするところと濡れるところと映画館はパスね」
「あ?前二つは分かるけど、なんで映画は駄目なんだよ?」


58 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:48:46.44 ID:AnKJp9co [13/35]

実は浜面にはちょっとだけ見たい映画があった。
とある名作マンガをハリウッドが映画化しているという話を、前に絹旗が持っていた映画雑誌で
チラリと見かけていた。
子供のときからそのマンガの大ファンである浜面としては、是非それを見に行きたかったのだが。


「絹旗と絶対趣味合わないからよ。私らが見たいと思う映画なんて、全くあいつの守備範囲外なの」
「あぁ、確かにそうかもな。んじゃまあそれ以外で何か考えとくぞ」
「お願いね。じゃ、食べ終わったことだし私は食器洗って帰るね」
「え、もう?つか片付けなんて俺やっとくからいいよ」
「あのね、料理は片付けまでが料理なの。そこんとこ分かってない奴が食器溜め込むんだよ」


いそいそと立ち上がって皿を重ね始める麦野。


(こいつ…本当に遊んでるのか…?本当に親切心から俺に飯を食わせに来てくれたんじゃ…)


あまりにあっさりとした麦野の行動に、浜面はだんだんそんな風に思えてきた。
せっかく来たんだからゆっくりして行けばいいのにと、浜面も彼女に倣って立ち上がろうとする。


「うぉっ!」
「きゃっ!」


と、結構長い間座っていたため脚がしびれてしまっていたようで、バランスを崩す浜面。
驚いた麦野が手を伸ばした瞬間、反射的にそれを掴んでしまっていた。
ガラガラガシャーンとあたりに皿やコップが散乱する。
だが、そんなことは浜面の意識からは一瞬にして吹き飛んでいた。


「いたた…」
「悪い…。だ、大丈夫か麦野」
「うん…」


59 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:51:28.46 ID:AnKJp9co [14/35]

麦野を抱きとめるような形で浜面は背中から倒れこんでいた。
幸い頭を一度ベッドのクッションにぶつけただけで、特に大怪我を負ったということもない。
しかし、ベッドの角に頭をぶつけてカチ割れていたほうがまだマシだというくらいの恐ろしい事態に巻き込まれていた。
どういうわけか、浜面の腕の中に麦野がいる。


(うお…これは…。麦野…意外と小さいし、なんかすげーいい匂いだ…)


彼女とすれ違った時とは比べ物にならないほどの甘い香りが鼻腔をくすぐり浜面の脳を蕩かしていく。
ふわりとした服のシルエットの上からでも圧倒的に主張する柔らかい二つの双丘が胸板に押し付けられ、
浜面から正常な思考能力を奪っていった。
おまけに倒れたときに乱れたらしく、胸元からわずかに覗く谷間とそこに寄り添う黄色のレースがチラリと視界に
入ってしまい、もはや浜面は時が止まっているかのように身動きがとれなくなっている。


「はーまづらぁ…」


麦野が腕の中で震えている。
そしてその背中からゴゴゴゴとマグマが競りあがってくるような音が聴こえた気がした。
気がつくと、浜面は麦野を抱きしめていたようだ。
慌てて腕を開くが時既に遅し。


「ち、違う!これは不可抗力なんだ!ビームだけは!ビームだけはァァアアッ!!!」


涙目の浜面から飛び上がるように離れ、麦野は何事かを呟いている。
よく聞こえなかったが、唇の動きで全身の血の気がサッと引いていくのを感じた。




  ブ   チ   コ   ロ   シ   か   く   て   い   ね  




60 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:54:24.02 ID:AnKJp9co [15/35]

小さなアパートに浜面の悲鳴が木霊する。
なんとか電子線だけは勘弁してもらえたが、結局全力で殴られ、ボロボロになった浜面は、
せめてものお詫びにと片づけを引き受けることにし、夜も遅いので麦野を帰すことにした。


「本当に送って行かなくていいのか?」


玄関で靴を履いている麦野の背中に声をかける。
夜の学園都市は決して治安が良いとは言えないため、送ってやろうと申し出たが、余計なお世話だと一蹴された。


「誰に言ってんの?
 私をどうにかできる奴なんてどうせレベル5なんだから、どっちにしろアンタじゃ何の役にも立たないっての」
「いやそうだけどよ…」


全くの事実ではあるが、そこまでハッキリ言われるとちょっと傷つく繊細な男浜面。


「さっきは押し倒して今度は送り狼?明日あいつらに言いふらしてやるからね」
「悪かったって、許してください。このとーり」


『アイテム』の連中からのドン引きの視線を想像して、深々と頭を下げる浜面。
麦野は立ち上がってこちらを振り返り、「よし」と頷いて扉を開けた。
あれ?と浜面は思った。


「じゃ、帰るわ。片付けしてもらって悪いけど」


麦野、もう帰っちまうんだと今更実感が湧いてくる。


「いやこれくらいさせてくれ。美味かったよ、ごっそさん」


61 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 01:57:15.00 ID:AnKJp9co [16/35]

こんな機会、次またあるのか?
そう考えると少し寂しかった。


「よろしい。そんじゃね」


手をヒラヒラと振って部屋を出ていく。
このままでいいのか?
その背中を見送り、扉は閉まる。
遠ざかっていく足音。

―――いけよ、俺。

そんな言葉が頭の中に響いた。
浜面は意を決したように拳を強く握る。


「麦野!」


強い衝動が背中を押した。
浜面の部屋はアパートの二階だったため、麦野は既に一階に下りて敷地を出ようとしているところだ。
結構な大声に、麦野は驚いた様子でこちらを見上げている。


「あ…その…」


何故飛び出してしまったのか分からない。
だがこのまま黙って帰してしまったら、今までとてつもなく遠かった麦野との距離が、きっとこの先も縮まらないような気がした。
この気持ちが何なのか、自分でも分からない。
でもきっと今日麦野に感じた気持ちは、麦野に見た別の一面は、もっと大切にしなくてはならないものであるように思えたのだ。


62 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 02:00:34.68 ID:AnKJp9co [17/35]

「なーに?寂しくなっちゃったのかにゃー?
 鍋の蓋とでも会話してれば?気がちょっとは紛れるかもね」


茶化すような麦野の言葉。
浜面は俯く。
だが麦野は待ってくれた。言葉を探す自分を。
言葉なんて何でもよかった。
麦野の新しいタチの悪い遊びに付き合わされたのだとしても。
暇つぶしの一環だったのだとしても。
もうどうだっていい。
今日だけの、いつもの麦野の気まぐれを、今日だけで終わらせてほしくはなかったのだ。


「また、来てくれねえかな?」
「え…?」


暗闇が麦野の表情を隠している。
麦野の声だけがやけにはっきりと聴こえた。
それでよかった。浜面は、麦野の顔を真っ直ぐに見る自信が無かったから。


「いや、俺料理あんま得意じゃねえっていうか、一人じゃめんどくさくってやらないっていうか。
 カップラーメン好きだし、コンビニ弁当も嫌いじゃねえし。
 だけど、やっぱり自炊じゃないと栄養偏るし金かかるし。ああダメだ何言ってんだ俺は…。
 とにかくお前の手料理すげー美味かったから!また食いたいんだ!」


沈黙が心臓の鼓動を鮮明にする。
全身の血管が沸き立つような熱を宿す。
取り返しのつかない言葉を口にしたのではと呼吸が止まった。
やり直しが効くなら、もっと気の利いた言葉で彼女を引き止めたい。
もう後悔しても遅いが。
そして少しの間を置いて、麦野はこちらを見上げたまま、口元に微笑を浮かべる。


「私はアンタの飯炊き係じゃないんだけど?」
「は、はは。そりゃそうだ」


63 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 02:03:24.11 ID:AnKJp9co [18/35]

響かない笑い声で返す。
あれ、俺ショック受けてる?と浜面は肩から力が抜けていくのを感じた。


「…いいよ」
「冗談冗談、さすがに天下のレベル5、麦野サマにそんな……なんだって?」


さすがにそう上手くいかないな。
自嘲しながら頭をボリボリかいてため息をついていたものだから、麦野の小さな声を聞き漏らした。
思わず手すりに身を乗り出して聞き返す。


「だから…その、来てあげるっつってんの。明日も来るっつってんの!」


今度は一言一句聞き漏らさない。唇を引き結び、ほんのり頬を赤らめて、麦野は高らかに宣言してくれた。
予想だにしなかった返事に、浜面は自分の顔が熱を帯びていくのを感じていた。


「ぅぇぇええ!!マ、マジですか!?」
「明後日も来る!毎日来る!」
「ま、毎日!?」


いやそこまでしてくれなくても、と麦野のどこまで本気か分からない答えに浜面がうろたえる。
だが麦野は視線を逸らさない。本気で言っているのか、この女は。


「勘違いしないでよ。最近料理が趣味なだけだから。別にアンタの為じゃ…ってなんてベタなこと言ってんだ私は」


いかんいかんと首を振っている麦野。なんだ、やっぱり結構面白い奴だと浜面は思った。口に出す勇気はないが。


「と、とにかく気が向いたらね!あ、それから今日のことはあいつらには内緒だよ!じゃ、おやすみ!」


まくしたてるようにそう言って、麦野は一度も振り返らずに軽やかな足取りで薄暗がりの住宅街に消えていった。
残された浜面は、麦野がそんな風に言ってくれた嬉しさと、自分の言動の恥ずかしさに膝から崩れ落ち、
そんな複雑な気持ちをブチマケるように夜空に向って咆哮した。


80 名前: ◆S83tyvVumI[sage] 投稿日:2010/04/22(木) 21:39:23.96 ID:AnKJp9co [21/35]

―――――――


「んー?なんか遠吼えみたいなの聞こえるね」


滝壺は絹旗と共に住宅街を歩きながら、微かに聞こえてくる声に耳を傾けた。


「どーせ浜面みたいに盛りのついた超アホな野犬かなんかでしょう…ぐふぅ」


絹旗はグッタリとした表情で滝壺に連れられ夜道を歩いていた。


「ごめんね、きぬはた。お手洗行きたかったんだね、気づかなかったよ…」


映画が終わり、トイレに駆け込んでからずっとこの調子の絹旗。
確かに3時間トイレを我慢するハメになり、もう少しで膀胱炎になるところであったが、
絹旗がゲッソリとした顔になっているのはそれだけが原因ではない。


「イエイエ、イインデスヨ滝壺サン。滝壺サンニ楽シンデモラエタナラ私ハソレデ超満足デス」
「うん、楽しかった。誘ってくれてありがとね。すごい面白かった…カメハメ」
「うぎゃぁあ!」


未だにキラキラしている滝壺。
映画終了後、夕食がてら入ったカフェで滝壺がそれはそれは饒舌だったのだ。
トイレを我慢しながら好みではない映画を3時間近く見てしまったうえにその感想を同じ時間だけ聴かされたものだから、
絹旗はその作品に関連するワードを聴いただけで膀胱の痛みが誘発されるような可哀想な体に開発されてしまっていた。


(ううぅ…この苦しみを一人で超味わうなんて理不尽です。浜面や麦野も超同じメに合わせてやるとしましょう)


81 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:41:35.10 ID:AnKJp9co [22/35]

「この映画をもっとみんなで語り合いたいな。明日むぎの達にも教えてあげよう」
「そ、それは超いい考えですね!ぜひそうしてあげてください!できれば私の超いないところで!
 そしてくれぐれも私のいないところで超語り合っていてください、そう超永遠に」
「……」


と、そこで何かを思いついたらしく、滝壺がジットリとした視線で絹旗を見つめる。
頬に汗が流れていくのを感じながら、「なんですか?」と首を傾げると。


「ピッk…」
「ひぎぃっ!」
「ヤムch」
「ひでぶっ!」
「亀s…」
「らめぇええええ!」


禁止ワードを連呼され、ビクンビクンなっている絹旗。
滝壺の口からの「おもろい…」という言葉は、自らの悲鳴で聴こえなかった。


「ううう、超ひどいです滝壺さん」
「ごめんごめん。もうしないから許して」


涙目の絹旗は頭を撫でられながら歩いていると、暗がりのむこうからよく見知った顔の人物がこちらに向ってきていた。


「あれ、むぎの」
「え?あ、ほんとですね。おーい、麦野ー」


鼻歌を歌いながら歩いてくる麦野。どうやらすこぶる機嫌がよろしいようだ。
手には大きめのバッグを持っており、どこかで暴れてでもいたのか、少し髪が乱れていた。


82 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:47:02.93 ID:AnKJp9co [23/35]

「ん、あなた達。今帰り?」
「そうです。超色々ありまして。辛いことが」
「はぁ?」


半泣きの絹旗を見て意味がわからないと言いたげな顔をする麦野。


「むぎのはどこか行ってたの?」


眠そうな目で滝壺が尋ねる。


「ああ…。ジム行ってきた」


麦野は一瞬言葉を選んでいるような間を空けたが、すぐにカードケースから会員制スポーツジムのvip会員証を取り出した。
彼女が休みの日やちょっとした空き時間にスポーツジムに通っているという話は聴いたことがあったので、
二人は特に深く考えずにそうなんだと頷く。


「ちょっとの合間にでも超通わないとそのわがままボディは超完成しないんですねー」


と感心したように絹旗は唸る。


「そうだよ、続けなきゃ意味ないの。あなた達も行ってみれば?紹介するよ。
 滝壺とか運動好きじゃないの分かるけど、運動不足は自分に返ってくるよ?」
「うん。寝てるだけで運動になる器具とかあるなら」


んなもんあるかと麦野に脇腹を小突かれながら、しばし談笑していると、
絹旗がふと腕時計を見て時間を確認する。


「あ、ヤバ、そろそろ帰りますね。明日私超学校なんです」
「私も。宿題やってない…」



83 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:50:32.93 ID:AnKJp9co [24/35]

『アイテム』での活動が生活の中心とはなっているが、学園都市にいる以上彼女達は当然学生である。
滝壺は高校生、絹旗は中学生。
フレンダだって女子高に通っているようだし、麦野ももちろんそうだ。
サボっても学園都市上層部と密に繋がっている彼女らはある程度出席に関して融通が利くが、
そういう問題ではない。
授業は能力開発だけではないし、行かなければ様々な科目についていけなくなってしまい、
クラスメイトとも疎遠になってしまう。
それゆえ、絹旗達は皆『アイテム』の仕事が無いときにはちゃんとそれぞれの学校に登校しているのである。
ちなみに本日は平日だが、昨夜遅くまで仕事が入っていたので皆休むことにしたのだ。
しかしそう告げると、麦野は学校という言葉にあからさまに嫌そうな表情を返した。


「ガッコーねぇ」
「麦野もちゃんと行ったほうがいいんじゃないですか?」
「めんどくさ。行ってもすることないしなー」


授業聞けよと中学生絹旗に思われる麦野沈利女子高生。


「あんまり行かないと不審がられるんじゃないかな?」
「そうですよ。麦野、超不登校児だと思われますよ」


確かに、いくら『上』の連中が便宜を図ってくれるとは言え、あまりに学校に来ていないのに進級している姿を見れば
周りの目は少なからず麦野に注目する。
レベル5でしかもこの性格の麦野に堂々と文句を言ってくる人間は少ないだろうが、それでも一応表舞台には存在しない組織であるはずの
暗部の人間が衆目を集めるのは、あまり芳しい事態とは言えないだろう。
ただでさえ高レベルの能力者は羨望と嫉妬の対象となりやすいのだから、麦野は自分たちよりさらに慎重に行動するべきなのだと
絹旗は常日頃から思っていた。


「あーはいはい。まさかあなた達に学校のことで説教されるとはね。来週からがんばるよー」


84 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:52:49.15 ID:AnKJp9co [25/35]

めんどくさそうに苦笑して、雲行きが怪しくなってきたことに気づいた麦野はさっさとこの話題を
終わらせようとしているのか、適当な口調でそう言った。


「むぎの、ダメな大人みたいなこと言ってる…」
「はいはい気をつけますって。ほら、明日早いんでしょ?帰った帰った。
 子供は寝る時間だよ。危ないから送ったげよっか?」


矛先が自分のほうを向いているのが嫌らしく、結局麦野は話題を無理やり打ち切る。


「キー!余計なお世話ですっ!人を超子ども扱いしないでください。
 今に麦野よりダイナマイツになってやりますから超覚悟しといてください!吐いた唾は飲めませんよ!」
「そ。まあせいぜいがんばりな。絹旗がそうなれたら、川に全裸で飛び込んで鮭捕って弁当作ってあげるわよ」


オーホッホッホとわざとらしく小馬鹿にするように笑って、麦野は再び鼻歌交じりに住宅街を闊歩して行った。


「うぐぐ、私今超バカにされましたよね!超くやしいです!」


立ち去る麦野の背中を見ながらやいやい言う絹旗。


「売り言葉に買い言葉だと思うけど…。それにしても、むぎのすごく機嫌よかったね」


85 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:53:59.06 ID:AnKJp9co [26/35]

徐々に小さくなっていく麦野から視線を外さず滝壺は言う。


「あ、それは超思いました。送っていこーか?なんて。
 朝のことと言い今日の麦野はいつにも増して超変でしたね」
「………」


ぼんやりとした瞳。だが、滝壺の視線は既に見えなくなった麦野を追って離れなかった。


「どうしました滝壺さん?私たちも帰りましょう」
「ん、分かった」


言われ、絹旗と共に歩き出す滝壺。
だが彼女はもう一度振り返り、ほんの少しだけ首を傾げて誰もいない空間を訝しげに見つめていたことに、
絹旗は気がつかなかったのだった。



86 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:55:20.63 ID:AnKJp9co [27/35]

―――――――


麦野は、大きな浴槽で口元まで湯に浸かり、ブクブクと空気を吐きながら今日のことを思い返していた。


(恥ずかしい一日だった…)


脚を伸ばして、むくみを取るマッサージをしながらそんなことを想う。
浜面に料理を作ったこと、浜面の寝顔を見たこと、浜面と二人きりで話をしたこと。
当然ながら、全てが麦野にとって初めての経験だった。
それ加えて、最後の彼からの申し出。


(また、行っていいんだよね…)


部屋を出るとき、本当に少しだけ名残惜しいと思っている自分に気づいていた。
だが、またここに来たいという明確な欲求があったわけではないし、機会があればそういうことがあっても
まあいいかという風にしか思っていなかった。
でも彼は言ってくれた。
また来て欲しいと。また私の料理が食べたいと。
素直に嬉しかった。
些細なことかもしれないが、学園都市第四位として以外のことで誰かに必要とされるのはあまり記憶にないことだったから。
だから、彼に「また来てくれ」と言われたとき、全身の血液が逆流したかようなゾクゾクとした感覚に襲われた。


(でもあれはさすがに…)


87 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 21:57:34.08 ID:AnKJp9co [28/35]

ギュッと自らの肩を抱く麦野。
浜面に抱きしめられた。
そう思い出すだけで自分の心臓が骨や皮を突き破って外に出てきそうなほど脈動する。
思っていた以上に大きかった浜面の体。力強く、硬かった彼の腕。
あの時は驚きが勝っていたためそれどころではなかったが、今になって思う。
恥ずかしすぎると。
最後はなんだか自分もテンションがあがって毎日来るとか叫んでしまったし、
あの時の顔を見られていなかっただろうか。きっと強張ってブサイクだっただろうし、
出来れば見えてなかったらいいなと麦野は思った。


(あぁあやめよやめよ。考え出すと止まらないし。
 いずれにせよ行くって言っちゃったわけだし、次何作るか考えとかないとダメだ)


ブルンブルンと首を振り、思考の深みにハマりそうな自分を現実に引き戻す。
実際普段から料理をする方ではない麦野は、冷蔵庫に入ってるものを見てパパッと何かを作るなんてことは
到底不可能だ。
前もって何を作るか考え、その上で計画的に手順を踏んでいかなくてはいけないのだ。
浜面は美味しいと言ってくれたが、正直美味しいのは当たり前だった。
肉が食いたいと言われ、ハンバーグを作ろうと思った後、ネットで作り方を調べて分量もきっちり量って作ったのだから。
失敗するほうがおかしい。
今回で最大限引き上げてしまったハードルを次も超えて行くために、日々のたゆまぬ努力を欠かすわけには
いかなくなってしまった。


(ええい、やるだけやってやるわ。見てろよはーまづらぁ!次はもっと美味しいって言わせてやるから!)


拳を握って一人風呂の中で天に突き出す。
このとき麦野はまだ気づいていなかった。
最初は滝壺に負けたくないという気持ちから始めたこの気まぐれが、
今はもう浜面を喜ばせたいという気持ちに変わっていることに。



88 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:01:24.35 ID:AnKJp9co [29/35]

―――――――


「じゃーん。今日は鯛の煮付けだよん」


浜面宅の台所での料理姿がすっかり板についた麦野。料理のレベルもかなり上がっていた。
その成長ぶりはさすがレベル5の学習能力と言ったところか。
現在、初めて浜面の家を訪れてから1週間が経過していた。
あの日以来、学校が終わった『アイテム』の面々といつものファミレスで駄弁った後、
そのまま一度解散して一人浜面の家に向かうというのが、麦野の毎日の予定に追加されていた。
別に皆に隠す必要は無いと自分でも思うのだが、なんとなく気恥ずかしいのと、
二人だけの秘密を共有しているというところに少しだけ特別な感情を抱いていた。
浜面との約束通り、麦野は毎日浜面の家に通ってやった。
当初は驚いていた浜面だったが、彼にとっても麦野が家にやってくるということが一日のライフサイクルに追加され、
かつてのような変な緊張感もなくなり、端から見れば非常に良好な関係であるように見えた。


「ヒャッハー!ここ最近の我が家の食卓は豪華だぜぇええ!」


お皿に乗った鯛の煮付けを高々と掲げて笑顔を向けると、並み居る強豪を押しのけて甲子園行きのチケットを手にした
万年1回戦負け高校の球児のように喜びを露にした浜面が小躍りする。
最初の日は麦野が食材を色々と買っていったが、さすがに申し訳ないと思ったのか、
今は浜面と折半して材料代を出し合っている。
有り余る財力を持つ麦野としては金銭面のことなど考えもしていなかったが、
浜面からその申し出を受けたとき、その気遣いが嬉しかったため素直に受け入れることにしたのだった。


「いやー、麦野さまさまだな。おかげで何だか健康になった気がするなー」


涙で前が見えない浜面に麦野が苦笑する。
両手を合わせて食事を開始する二人。


89 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:03:41.70 ID:AnKJp9co [30/35]

「大げさだっての。アンタ普段どんなご飯食べてたの?」


うめぇうめぇと連呼している浜面。
本当は嬉しいが麦野はあくまで平静を装う。
こういうとき可愛げのある反応を返せたらいいのだろうなと思ったが、
何故浜面に愛想を振りまかなくちゃいけないんだと慌てて自分に取り繕う。


「まースキルアウトだった頃は皆で色々作ったりもしたけど、お前らと行動するようになってからはさっぱりだなー。
 やっぱ一人で作って一人で食うのって結構虚しいもんよ。麦野が来てくれるまではカップラーメンとかそんなんばっか」


もごもごと咀嚼しながら浜面がそう言う。
それは麦野にもなんとなく分かる。
つい1週間前までは自分だって一人のとき適当に済ませることが多かった。


「麦野はどうだったんだよ?」
「私は滝壺達を誘って外食することが多かったな。
 みんな一人じゃ自炊すんのめんどくさいもんだから、自然に今日どこ行く?みたいになってさ」


麦野はぼんやりと思い出しながらそう言う。


「滝壺は好き嫌いあんまり無いけどめちゃくちゃ少食なんだ。
 絹旗も結構なんでも食べるけど妙にグロイもん注文するし。
 店選ぶの大変だったんだから」


楽しそうに話す麦野。
浜面も機嫌良さげに話す麦野を見ながらうんうんと頷く。


90 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:06:42.21 ID:AnKJp9co [31/35]

「へー、フレンダは?やっぱサバなのか?」
「サバだね。っていうかあいつはものっっすごい偏食。
 っつか店選べない原因の大半はあいつだもん」
「なんで?」
「まず米が嫌い。欧米人だからなのかな?って思ってたらパンもダメらしいの。
 でもドリアとか炒飯とかはいけるんだよ。どういうことって感じよね。
 そんなわけだからみんな好みが違いすぎて、自然と色んなもん置いてる店に入るようになって」
「あー、それであのファミレスなのか」
「そ」
「お前ら金持ってんのになんであんな安レストランなんだよってずっと疑問だったんだ」
「ドリンクバーある店このへんじゃあそこだけってのもあるけど」
「てかお前ら勝手に持ち込んでんじゃん。シャケ弁とかサバ缶とか」
「ダメなの?何も言われたことないけど」
「堂々とし過ぎてて逆に突っ込めねえってことか…」


麦野はもう食べることも忘れているようだった。
キラキラと輝くような優しい表情で『アイテム』の女子連中のことを話している。


「なんつーか、お前ら結構仲良いよな」
「はぁ?」


少し空気が落ち着いたので、浜面は食事を再開しながらポツリと言った。
魚をほぐしていた麦野は作業を止めて浜面に視線を移す。


「いや、暗部組織って言うくらいだし、もっとドロドロと互いに互いを牽制しあってる感じなのかと思ってたんだ。
 でも仕事上だけの付き合いってわけでもないし、なんだかんだ言ってお前らいつも一緒にいるしな」


91 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:08:35.53 ID:AnKJp9co [32/35]

言われ、確かにと麦野は思った。
でもあの連中のことを友達だとかそういう風に思ったことは無い。
情が移りすぎるのも仕事の上では好ましいことではないだろうし、一定の距離を保って付き合ってきたはずだ。
もちろん無碍にする理由が無いから誘われれば遊びにだって行くし、長い付き合いだからそれなりに彼女らの
長所も短所も受け入れられるだけだ。
だから別に仲が良いとかそういうわけじゃないのだ。
というようなことを浜面に告げると。


「いやお前な。それを世間一般では仲が良いって言うんじゃねえの?
 正直女だらけの組織なんて言うから、あいつがいないとこじゃあいつの陰口。
 そいつのいないとこじゃそいつのって感じなのかと思ってたよ」
「うん、まあ分からなくはないけどね」


麦野は苦々しい表情になる。少し嫌なことを思い出したような顔だった。


「けど一応命張って仕事してんだから、こんな小さな組織内で足の引っ張り合いしてるようじゃ駄目でしょ。
 つか、もし私らがそんなんだったらとっくに潰れてるっつの」
「なるほど。確かにそーだな」
「それに絹旗なんか中学生だよ?もし私らがあいつの陰口とか言ってたらなんかもう人として恥ずかしいって」


中学生絹旗をいびる麦野の図を思い浮かべたのか、浜面が「全然ありえる画だ」と呟いたのを
麦野は見逃さずに、彼の足を思い切り蹴り返した。
仰け反る浜面を鼻で笑い、加えてこう言う。


「ああ言い忘れてたけど、私ら浜面の陰口はいっつも言ってるよん」


92 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:13:07.72 ID:AnKJp9co [33/35]

ペロリと舌を出し、ウィンクする麦野。


「ぅおい!俺の褒め言葉返せ!」


麦野に掴みかかる浜面。


「えー、女の子4人からいっつも噂されるなんて浜面クンてばモテモテー、ウラヤマシー。
 カッコイー!惚れちゃいそうだぜ☆」


白々しい笑顔だった。


「ギャー普段何を言ってやがるんだー」と大騒ぎする浜面に両手を掴まれる。


「こらこらいかんな浜面クゥン。ドサクサに紛れて私の両手を封じて、どうするつもりかにゃー?」


気がつくと浜面に両手首を掴まれて壁際に追い詰められている麦野。
ドラマとかなら「もう逃げられないぜ、観念しなお嬢ちゃんグヘヘ」となるところだが、もちろんそんなことになるわけがない。
よく見ると麦野のピンクのミニスカートの裾が乱れ、白い太ももの付け根までもが見えそうになっている。
と言う事は、当然そこに付随するのはレースをあしらった、スカートと同色のベビーピンク。
大人の妖艶さと無垢な清純さを併せ持った麦野の下着。
浜面の鼻の下をドロリと赤いモノが流れ落ちる。


「すまん!わ、わざとじゃないんだ…!」


我に返った浜面はすぐに手を放し、麦野の眼前で土下座する。
しかしそこでまたこの男はミスを犯した。
下着が見えるほどめくれあがってしまっているスカートの直前での土下座。
これはもはやヤケクソの覗き行為に他ならない。
当然数十センチ先にはベピーピンクのレースが鎮座ましましているわけで。
柔らかそうな、真っ白い太ももに挟まれたピンクの布地は、浜面が視線を逸らすことを決して許さず、
暴力的なまでの視覚攻撃によって体は微動だにできなかった。


93 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/22(木) 22:14:54.94 ID:AnKJp9co [34/35]

「はーまづらぁ。顔をあげてよ。私、怒ってないよ?」


麦野の優しい声が頭上から降りてくる。
浜面はギリギリと噛み合わない歯車のようにぎこちなく彼女の顔を見上げた。
天使のような微笑だった。
ほんの少し。
ほんのわずかの希望を持ってしまったが故に、浜面ははっきりと見てしまった。
そのまま頭を下げたままだったら、こんな絶望、味合わなくて済んだのに。
そう。
彼は見た。
麗しくも慈愛に満ちたその微笑が。
口元を真横に引き裂き変貌するその瞬間を。


「スクラップの時間だぜぇ!クッソ野朗がッ!」


夜のアパートに、浜面の絶叫が木霊する。
浜面の肉体が愉快なオブジェに変えられていく。
死ぬのが先か。アパートから追い出されるのが先か。
全てはこの男の耐久力にかかっているのだった。

102 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:10:23.68 ID:iGh8Xjso [2/41]

―――――――


学園都市史上に残る猟奇的殺人事件一歩手前から数日後。
瀕死の状態から生還した浜面仕上の前で、『アイテム』の女子4名は整列していた。


「えー本日はお日柄もよくお集まり下さいましてありがとうございます」

「生憎の超曇天でしょうどう見ても。超アホなんですか?超死ぬんですか?」
「っつかめんどくさいから早く案内してくんない?」
「結局、浜面ってば段取り悪いのよね。何で整列する必要があんの?」
「がんばってはまづら、それでもめげないはまづらを私は応援してる」

「テメェらはほんの数秒も大人しくできねえのか…」


時刻は間も無く午前11時。
ボロッボロのくそみそに言われている浜面と、私服姿の美少女4名は、第6学区に最近オープンした
総合アミューズメント施設へと訪れていた。
本日は、以前にフレンダと麦野が話していた皆でどこかに行こうという計画を浜面に押し付けた結果、
ここがオープンするらしいから行こうぜということになって皆で遊びに来たというわけである。
この施設は、カラオケやボーリング、ゲームセンターなど、多種多様な娯楽施設が入った若者向けの
最近はどこでも割りとよくあるアミューズメント施設である。
しかもそれに加えて大きな浴場や飲食施設等等、ここにいればとりあえず一日は余裕で過ごせてしまう
とても書き手に優しい素敵スポットなのだ。
やや遠出と言うことで、普段よりも少しだけおめかししている女子一同を引き連れ、浜面は施設の中へと先導した。


「お、受付はこっちみたいだぞ」


振り返る浜面。


103 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:11:53.09 ID:iGh8Xjso [3/41]

「すごーい!きれー!新しいー!麦野見て見て!水槽あるよ!鮫泳いでる!」
「なんで鮫なのかしら?」
「この鮫ってむぎのに似てるよね…」
「は?どこが?顔とか言ったらいくら滝壺のいつもの電波発言でもぶっ殺すわよ」
「……。咬むところとか」
「おー、滝壺さんが超焦ってます」

「君たち聞きなさい」


玄関ロビーに置いてある巨大な水槽の前でくっちゃべっている女子連中がそこにいた。


「私がいつ噛みついたのかしら滝壺ちゃん?んー?」
「……2階から信号が来ています」
「こら、誤魔化すな」
「いた。むぎのがぶった…」
「もう麦野。ジャイアンですか」
「誰がジャイアンだ。じゃああんたはドラちゃんかしら?」
「だ、誰がタヌキですか!?」
「あははー、じゃあ私はしずかちゃんって訳ね?」
「「いや、アンタはスネオ」」

「君たち…」


浜面の言葉は届かない。


「二人ともひどい!私のママはざますなんて言わないもん!」
「元気出して、すねおくん」
「滝壺まで!」
「ほーらスネちゃま。新しいマンガとゲームとラジコンは私のところまで持ってくるのよ」
「ぬうう…!麦野のバカー!ジャイアン!出べそー!乱暴ものー!」
「ほほほ、なんとでもおっしゃい」

「あの…」


104 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:13:11.08 ID:iGh8Xjso [4/41]

お喋りに夢中な彼女達だった。


(女三人寄れば姦しいって上手いこと言うよな)

「ボソッ…年増」
「テメェ絹旗今なんつったぁ!?」
「大丈夫むぎの。麦野は年増なんかじゃない。大人っぽいだけ。そんな素敵な麦野を私は応援してる」
「滝壺、やっぱあなたは心の友ね。さっきは叩いてごめんなさい。いい子いい子」
「…お母さんみたいなだけ」
「滝壺。アンタ今日は随分反抗的ね。たっぷりお仕置きしてあげなくちゃ駄目かしらぁ?」
「麦野ぉ!私にもお仕置きしてぇ!性的な意味で!痛くても麦野にされるなら我慢できる訳よ!」
「お前は寄るな変態!」

「もうほっとくか」


と浜面はとうとう諦めて一人で受付へ向おうとしたが、一応着いてきている様子で
ギャーギャー騒がしい4人を引き連れ何とか移動する。
建物の中は新しくオープンしたばかりということで非常に綺麗だった。
ピカピカに磨かれた床と、高い天井一杯に敷き詰められた電灯がキラキラと施設内を輝かせており、
なかなかの高級感を醸し出している。
本日は休日であるため入場できるか不安だった浜面だが、やや高めの料金設定と、かなり大きく広い施設であるということもあって
人でごった返している印象は受けなかった。
それでも普段会員制サロンやvipルーム、施設の貸切等でゆったり遊んでいるため人ごみに縁のない彼女らからすれば
充分大混雑している部類に入るのだろうが。


105 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:14:30.97 ID:iGh8Xjso [5/41]

「ふーん、なるほどね。浜面にしてはまあまあ悪くない選択じゃない?」
「そうかい、ありがとよ」


褒めているんだか貶しているんだかよく分からないが、これは一応麦野なりに褒めている。
いつもヒラヒラのスカートやワンピースという出で立ちの麦野。
もちろん今日も例に漏れず、ざっくり開いた胸元にレースをあしらった白いシフォンのチュニックワンピース。
ただしいつもと違うのは、ジーンズを合わせているということだ。
先日浜面にスカートの中身を覗かれるというベタなラブコメのような事態に遭遇してしまい、
それからというもの下にショートパンツやレギンスを穿くことが多くなった麦野。
もっとも、ピッタリと麦野の脚線美をするローライズのジーンズは、それはそれで浜面的にグッとくるものがあるのだが、
再び内臓をこねくりまわされるような攻撃を受けるのは辛いので顔には出さないように意識する。
先日も、下手にボロボロにすると皆の追及を受けると思ったのか、麦野は「顔はやめな、ボディボディ」と
浜面のレバーをしこたまぶん殴っていた。


(人多いとこにいるとやっぱ麦野は目立つな。あちこちから視線を感じるぞ。
 お前ら騙されるんじゃねえ!確かに顔は可愛いし胸もでかいしスタイルもよくってお洒落だが、
 ゴジラ並に乱暴なんだぜ!)


周りの男からのチラチラとしたし視線を感じる浜面。
変なナンパ野朗が寄ってきませんようにと思いつつそれらに牽制を送る。
しかし、ファッション雑誌からそのまま出てきたかのような麦野に、自分でも目がいってしまう浜面だった。



106 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:16:20.57 ID:iGh8Xjso [6/41]

「まあここならお前らでも何かしら楽しめるだろ」
「新オープンという言葉に超逃げたとも取れますけどね。で、どこから行くんですか?」


デニム生地のサロペットを着ている絹旗がそう言う。
やれやれと落ち着いた振る舞いを見せているが、先ほどから眼を輝かせて今にも走り出しそうにウズウズしている。
尻尾がついていればかなりの速度でパタパタ振っていることだろう。
彼女はよく着ているウールのワンピースもそうだが、とにかく足をかなり際どい位置まで出している。
だがそれでいて絶妙な丈をキープしており、決してやり過ぎ感を感じさせないところがさすがと言ったところか。
明るい色のカットソーと相まった活動的なコーディネートに年相応の可愛らしさが見て取れる。


「どうすっかな。誰か何かリクエストあるか?」
「そうねー。お昼前だし、軽く運動するのもいいけど、いきなり汗かくのもしんどいわねえ」
「結局何でもいいけど、まずはカラオケとかどう?」


もの珍しそうに辺りをキョロキョロ見回していたフレンダは、壁の案内版にデカデカと表示されているメニューを指差しそう言った。
普段の制服のものとは違い、緑系のチェックのプリーツスカートを穿き、白いシャツにスカートと同系色のカーディガンを羽織っている。
キャンバス地のハイカットスニーカーが足の細いフレンダによく似合っていた。


「カラオケ苦手だな…。歌わなくてもいい?」
「だーめ。滝壺いつもあまり歌わないでしょ。たまには歌いなさい」


麦野に言われ、渋い顔をするものの、抗議しても無駄だと思ったのか、滝壺はそれ以上何も言わなかった。
どことなく浮き足立っている面々と比べて、今日も滝壺は眠そうな眼でぼんやりと突っ立っている。
しかしなんと彼女も今日はジャージではない。
白いTシャツに黒のショートパンツ。
他の面々にも言えたことだが、シンプルな格好ながらそのルックスと細身の体系に良く似合っている。


(滝壺もみんなで遠くに出かけるとなれば多少はオシャレをしたくなるのか)


と浜面は嬉しいような気恥ずかしいような妙な気分になるのだった。
ちなみに、かくいう浜面はいつもの茶色いジャージにジーンズ姿である。


107 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:17:59.61 ID:iGh8Xjso [7/41]

「んじゃまとめて受付してくるから待っててくれ。あ、入場料は一人5000円な」
「ありがとう、はまづら」
「気が利くじゃない。いつもそうだといいのに」


そう言って浜面に財布から五千円札を取り出し手渡す滝壺と麦野。


「えー、浜面の奢りじゃないのー?」
「美少女達と一日一緒にいられるなら超安いもんじゃないですか。
 それくらい超払ってやろうという殊勝な心がけは無いんですか浜面」
「んなもんあるか!お前らの財布にはそれよりゼロ二つくらい増やして金入ってんだろ!」


フレンダや絹旗のブーブーというコールに浜面が結構本気で抗議する。
『アイテム』と違ってあくまで下部組織に所属している浜面には彼女ら全員に奢ってやれるだけの財力など
あるわけもない。


「はあ、今日も超浜面ですね。いくら私達でも50万も入ってるわけないでしょう。それは麦野だけです」
「バカ、入ってるか」
「あてっ!うう、超痛いですジャイアン」
「まだ殴られ足りないのかしらドラちゃぁん?」
「…ボソッ…更年期障害ですか…」
「絹旗ァッ!」


麦野に頭頂部に数十発の手刀を入れられる絹旗。


(麦野。俺は知っている。お前の財布には俺が今後一生手にすることのないであろう色のクレジットカードがあることを)


とファミレスでいつもカード払いしている麦野の姿を思い浮かべる浜面。
世の中の不公平を嘆きながら、何とか全員から入場料を回収し終えて受付カウンターへと向かう。
入場するまででこんなに騒がしいのに、一体今日一日でどんな目に合うのかと不安になるが、
なんだかんだ言ってテンションが上がっているからこその彼女たちの言動だと思えば、
多少の面倒もまあいいかと思えてくるような気がする浜面なのであった。


108 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:20:11.01 ID:iGh8Xjso [8/41]

―――――――


というわけで施設内の至る所に置いてある無料飲み放題の自動販売機で飲み物を入れて
カラオケルームに入った一同。
ソファ、テーブル、カラオケの機械が置かれたごく一般的な構造だった。


「ふぅ、よっこいせ」
「おっさんですか浜面」


オヤジくさい掛け声でどっかりとソファに腰掛ける浜面。


「はい、はまづら」


座って一呼吸も置かないうちにマイクと、曲を検索入力する電子目録を隣に座る滝壺から手渡される。


「あ?なんだこれ?」
「見ての通りのデンモクな訳よ」


受け取り、皆の顔を見渡す。
全員が全員当然のような顔で飲み物を飲んだり施設のパンフレットを読んだり携帯をいじったりして好き勝手に行動している。


「おいおい、まさか…」
「一番最初ってみんな嫌がるから…。悪いんだけど、はまづら、お願いできないかな?」
「お、おう。わかったよ、まかせとけ」


まあ気持ちは分からなくも無い。
自分だって最初に歌うのは気恥ずかしいものがあるが、滝壺に上目遣いでお願いされたら応えぬわけにはいかない。
なんとなく向い側に座る麦野の視線が怖い気がするが、触れるのもそれはそれで怖いので気づかぬふりをして電子目録を操作する。


109 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:21:45.60 ID:iGh8Xjso [9/41]

(麦野なんて普段はマジでジャイアンみたいな性格してるくせに一番最初に歌うのは恥ずかしいってのか。
 女ってわかんねーな)
「せっかくの機会ですし採点機能で超遊びましょう。一番合計点が低かった人は超罰ゲームってことで」


そこそこに好きなJ-POPの曲を入力した瞬間、絹旗がそんなことを言って別のリモコンを操作する。
もっと簡単そうな曲を入れればよかったと後悔する浜面。


「ちょ、テメ絹旗!罰ゲームはなんだよ?!」
「おやおやぁ、いきなり負ける気とは負け犬根性超丸出しですね。
 ま、結果を見てから考えるとしましょう」
「はまづら、始まるよ」
「ちくしょーっ!」


既にイントロに入っていたので仕方なく歌い出す。
女の子とカラオケなど行ったことのない浜面はこういうとき何を歌えばいいか分からなかったため、
とりあえずは一般的に有名な男性アーティストの曲を入れた。
テンポも速くもなく遅くもないし、キーの上がり下がりも激しくは無いというのが不幸中の幸いか。
しかしやはり初めてのメンバーの前でいきなり歌わなくてはいけないということもあって
いまいちノリきれない。
皆の反応が気になり画面の字幕から視線を外してチラリと周りを見渡すと、
次の順番であろうフレンダが目録を操作している以外は浜面の歌を聴いているようだった。


(なんでちゃんと聴いてんだよ!ジュースでも飲んどけよ!
 あーくそっ、滝壺なんか手拍子までしてくれちゃって!
 なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ)


歌は上手いほうでないことを自覚している浜面としては、興味なさげにしてくれてたほうが気分的に楽だった。
それが意外や意外、絹旗や麦野は普通に画面を見ながら体でリズムをとっている様子だし、
滝壺に至っては小さく手拍子で盛り上げようとしてくれている。


110 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:23:27.12 ID:iGh8Xjso [10/41]

「はぁ、なんか緊張するなこれ」


結局、妙に体が強張ってしまった浜面は背中に変な汗をかきながら歌い終えた。


「お疲れさまはまづら。一番最初だし私も歌うの苦手だから気持ち分かるよ」


ぼんやりとした表情だが微かに笑顔が浮かんでいる。


「なんていうか、超普通ですね。もっとド下手くそだと面白かったのに」


普通、と言うのは漠然としているものの、もっとボロクソにバカにされるのではと思っていた
浜面としては拍子抜けだった。


「お、点数出るよ」


フレンダが画面を指差す。
そこに表示された点数は


「63点か」
「惜しかったね、はまづら」


慰めてくれる滝壺の声にかぶさるように悪魔二人の声が聴こえてくる。



111 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:24:30.58 ID:iGh8Xjso [11/41]

「うわ、びっみょー」
「超いかにも浜面って感じの点数ですね」
「結局、勝つ気ある訳?こりゃ楽勝かもねー」


クスクスと笑っているフレンダと絹旗。


「うるせーな。オラフレンダ!次お前の番だろ!」


赤面しながらフレンダに乱暴にマイクを押し付ける。
立ち上がり、ヒラリとしたスカートを翻してマイクを握ったフレンダは新人アイドルのような出で立ちだ。


「さあ麦野、私からのラブソングを受け取ってよね!」


ズビシと麦野に人差し指を突きつけるフレンダ。
それを受けた麦野だが、まるで意に介さずオレンジジュースの入った紙コップに口をつける。


「はいはい。いいからさっさと歌えば?」
「ふふん、結局、なんだかんだの麦野の拍手が最高に快感な訳よ!」


イントロが流れ出す。かなりのハイテンポだ。
曲は浜面も名前くらいしか知らない洋楽アーティストのロックチューン。
やっぱフレンダは洋楽なのかーと思いながら聴いていると、今回も滝壺は隣で小さく手拍子をしていた。
せっかくだからと浜面も一緒になって手を叩く。
激しいドラムの音が室内に響く中、キレよく足と体でリズムを刻むフレンダに注目する。
次の瞬間、浜面は彼女の歌に引き込まれていた。


112 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:26:04.50 ID:iGh8Xjso [12/41]

「こ、これは…!」
「はまづら…?」

(す…すげぇ…!切り裂くような鋭い声で場の空気を一瞬にして変えやがった!
 全く知らない曲なのに、欧米人らしく抜群の発音と滑舌で一気に引き込まれる!
 ヤベェ、この原曲はどんな曲なんだ!そう思わせる確かな歌唱力には溜飲が下がる想いだ!
 声量も申し分ない。金髪の小柄な女がベースとバスドラムの重厚な音の中でも全くヒケをとらず、
 その見た目のギャップが逆に圧倒的な存在感を与えてきやがる。
 しかももはや画面を見ずに麦野ばかり見ている。ハードなロックナンバーながらその情感こもった
 力強い歌は英語の分からない俺にも紛れも無くラブソングだと思わせる説得力を宿している。
 そう、それはまるで音のオーロラッ!俺の耳も目も既にフレンダの歌に奪われて離せない!
 やるじゃねえかフレンダ!俺はもうお前のファンになっちまいそうだぜぇぇエエっ!)

「だいじょうぶ?はまづら?」


プルプルと震えて尋常ではない様子にヒキまくっている滝壺にも気づかず、すっかり聴き入ってしまった。
いつの間にか手拍子も止まっている。
こんなにフレンダが歌が上手いとは知らなかった。


「ふぅ。どう!?どう!?麦野!」


歌が終わると目を大きく開いて麦野の顔を覗き込むフレンダ。


「わかったわかった。確かに上手いわよ。顔近いっつの」
「えへへー、麦野、撫で撫でしてー」
「はいはい。えらいえらいよくできました」


113 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:27:52.45 ID:iGh8Xjso [13/41]

めんどくさそうに拍手をし、フレンダの頭を撫でてやる麦野。
フレンダは満足げに座ってアイスココアで喉を潤した。


「フレンダ。お前めちゃくちゃ上手いじゃねえか。ビックリしたぞ」


浜面も心からの拍手をフレンダに送った。


「ありがと。ま、結局麦野への愛によって成せる技って訳よ」
「アンタキモい」
「あぁん、麦野の罵声でも私は全然言葉攻めに脳内変換余裕な訳よ」
「うぜぇ…」


麦野云々の件はどこまで本気かは分からないが、素直に笑顔で返すフレンダ。
すると間も無く採点結果発表に画面が切り替わった。
いずれにせよ自分の点数よりは高そうだ。


「98点…だと」


浜面は開いた口が塞がらない。
いきなりこんな点差を見せ付けられると一歩罰ゲームに近づいたことを意識させられる。
今になって考えれば、カラオケに行きたいと言い出したのはフレンダだ。
彼女は罰ゲームを賭けた戦いが始まることを見越して自分の得意な土俵に皆を誘いこんだらしい。
もっと警戒すべきだったと今更考える浜面だった。


「ま、いつも通りって感じねフレンダ」
「あー、やっぱ100は厳しいよね」


下のほうに全国順位1位と出てますがそれの何が不満なんでしょうと浜面が考えていると、
次は絹旗がマイクを受け取る。


114 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:29:31.65 ID:iGh8Xjso [14/41]

「超充分だと思いますけど。あ、次私です」


絹旗の選曲は浜面でも聞いたことのある最近若者に人気の女性アイドルの曲だった。
こちらもフレンダ程の衝撃は受けないものの普通に上手い。
やや高めの絹旗の声はアイドルの歌がよく似合うなという印象を受けた。
ふと向い側を見ると、麦野が目録を操作している。
どうやら次は彼女の番らしい。


(麦野ってどんな歌唄うんだろうな。歌上手そうな感じはするけど)


コーラの入った紙コップに口を付けながら麦野を見つめる。
すると、突然麦野がこちらを向いて眼が合った。


(ヤベッ)


慌てて目を逸らす。
と同時に手で持っていた紙コップをひざの上に落として中身をぶち撒けてしまった。


「うぉ!やっちまった!」
「何やってる訳よアホ面。麦野の歌のときだったら私殺してるよ」
「そこまで言うかお前」
「はまづら、大丈夫?私拭くもの持ってるから」


滝壺は小さな肩掛けのポーチの中からタオル地のハンカチを取り出して膝を拭いてくれる。
結構きわどい位置を手が行き来するのでドキリとなった。


116 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:31:32.68 ID:iGh8Xjso [15/41]

「いや滝壺、いいっていいって!自分でやるから!悪いな…、洗って返すからよ」


浜面は慌てて滝壺の手を止めてハンカチを受け取り、ゴシゴシとかかったコーラを拭き取る。


「気にしなくていいよ。ハンカチは拭くためにあるの」
「滝壺の綺麗なハンカチを汚しちまったのは申し訳ない!ぜひ持って帰らせてくれ!」
「……?うん、はまづらがそこまで言うなら…」


そんなやりとりでハンカチを結局滝壺から受け取る。
先ほど視線の合った麦野を一瞥すると、彼女も何やら不機嫌そうにこちらを見ており、
浜面が自分のことを見ているのに気づくとプイと顔を背けた。


(怒ってる…のか?何見てんのよ、ブッ殺すわよ?ってことなのか!?
 こいつたまによくわからねえことで怒るから怖ぇなぁ…)


さっきまで機嫌良かったのにと思いながら浜面は再び絹旗の歌に耳を傾ける。


(触らぬ麦野に祟りなし。今日は麦野に下手に近づかないようにしておこう)


密かにそう決心したところで絹旗の歌が終了し、得点発表となる。
結果は89点とかなりの高得点を記録していた。


「あちゃー、90の壁は超厚いですね。フレンダには全然及ばなかったです」
「そんなことないよ。絹旗もすごい上手だった」
「結局、曲の所為もあるんじゃない?結構難しい曲だった訳だしさ」
「ですかねー。っていうか、浜面超コーラ臭いですよ」
「悪い悪い、手が滑ったんだよ。あ、麦野。次お前だぞ」


曲のタイトルが表示されても動かない麦野にマイクを渡してやる。


117 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:34:04.24 ID:iGh8Xjso [16/41]

「……言われなくても分かってるわよバカ」
「ん?ああ、おう」


考え事でもしていたのか、ジロリとこちらを睨むと、そのマイクを受け取って画面に視線を送った。


(怒らせたのって俺…だよな?謝ろうにも何で怒らせたのかわからんから謝れん…。
 ま、いつものことか。ほっときゃ機嫌直るだろ)


とりあえずそのことは保留にして麦野の歌を聴く。
曲は最近テレビ等でよく耳にするバラード調のラブソングだった。
やはり当初の想像通り上手い。しっとりとした歌声が透き通るように室内に響き渡る。
現在の彼女のアンニュイな雰囲気が切なさを表した歌詞に上手くマッチしていた。


(うめえな。フレンダ並だ…。
 やっぱレベル5は何やらしてもソツなくこなしやがるな)


劣等感を持っている自分が嫌で、少しだけ胸がチクリと痛んだ。
歌っている麦野の横顔を見る。
決して大きく口を開いているわけではないのにかなりの声量がある。
音程を一切はずさないその安定感もさることながら、ラブバラードに欠かせない情感が抜群に篭っている。
気がつくと彼女の歌に聞き入っていた。
その姿が目に焼きついて離れない。恋に破れた女の切なさがストレートに伝わってくるようだ。


(麦野は恋愛経験豊富そうだよな。そりゃこんだけ可愛けりゃ男なんていくらでも寄ってくるだろうし。
 こいつもそのへんのカップルみたいに腕でも組みながらデートとかしちゃったりしてたのか?)


118 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:35:24.08 ID:iGh8Xjso [17/41]

そんな考えが頭の中に浮かんだ瞬間、ドクンと心臓が脈打った。
麦野も誰かと付き合ったことがあるのだろうか。
誰かに特別な笑顔を向けて、誰かに特別な好意を向けたのだろうか。
相手の誕生日には無理してケーキとか焼いてみたり。
自分の誕生日にはもらったプレゼントをはにかみながら開けて喜んで。
クリスマスにでかいツリーとイルミネーションを寄り添って眺めることを望んだりもしたのだろうか。
浜面は思った。


麦野も誰かに恋をしたのだろうかと。


麦野は今誰かを焦がれているのだろうかと。


(ま、そりゃそれくらい麦野ならあるよな)


チクリと原因不明の痛みが胸を刺す。
最近仲良くなれてきたと思っていたためか、なんとなく麦野のそういう面は見たくないような気がした。


「ブラボー!さっすが麦野!惚れるね!」
「これは90超越えたかもしれないですね」
「ああ、麦野に子守唄を耳元で囁かれながら胸に抱かれて朝まで眠りたい訳よ」
「フレンダは一回病院に超行ったほうがいいかもですね」


頬に手をあててクネクネしているフレンダ。
気がつくと麦野の曲は終わっている。
マイクを持った手を膝の上に置き、一瞬だけこちらを見たような気がした。


119 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:38:17.80 ID:iGh8Xjso [18/41]

「すげぇな麦野。聴き入っちまったよ」
「褒めても何も出ないわよ。アンタの罰ゲームが近づくだけなんだからもっと焦りなよ」


こちらを見ずに不機嫌そうに麦野は言う。
得点発表の結果、点数は94点だった。


「うへぇ。これは俺ヤバイよなぁ。ま、でも麦野のいい声が聴けたからいいか」
「…っ!ゴホッ!ゴホッ!」


飲み物を飲んでいた麦野が突然咽て顔を紅くしていた。
変なところにでも入ってしまったのだろうか。


「どした麦野?」
「あんたのせいでしょ!?」
「え、何が?」
「ば、バカじゃないの!何でもないわよ!」


麦野が何だかよく分からない状態だが、それはともかく状況はよろしくない。
皆レベルが高すぎて自分では着いていけそうもないのだ。
次の滝壺が高得点を叩き出したら恐らく罰ゲームが現実のものとなるだろう。
既にマイクを持って立ち上がり、滝壺は眠そうな目で画面を見つめていた。


(滝壺の歌か…。苦手って言ってたからこの中じゃ一番俺と競るかな。
 でもカラオケが嫌いで普段歌わない滝壺が罰ゲームてのもなんか可哀想だよな。
 いや、けど俺も罰ゲームは嫌だし…うーむ、ジレンマだ)
「はまづら、ビックリしちゃ嫌だよ…?」


うんうん唸っている浜面の頭上から滝壺の声がポツリと降ってきた。


「え?」
(あれ、この曲って…)


120 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:41:46.33 ID:iGh8Xjso [19/41]

次の瞬間。浜面は白目を剥いた。



「ヴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」


ジャイアンはお前だったのか。
ゲロをぶちまける様な壮絶なデスボイスだった。
こんな汚ねぇ声がこの世にあるのかという、まさに地獄の底から響いてくるような声。
ドラムセットをハンマーでぶん殴ってんじゃねえかと錯覚してしまうような爆音と、
奏でているというより掻き鳴らしているだけのギターが室内を侵していく。
肩で切り落とされた真っ黒の髪を振り乱し、鬼気迫るように一心不乱にヘッドバンキングをする滝壺。
かろうじて音楽だと分かる程度のイントロが終わると、
滝壺は喉を磨り潰すかの如き金切り声でAメロを絶叫し始める。
これは上手いとか下手だとかそういう次元じゃない。
きっと原曲もこんな感じなんだろうなとかそんな些細なことではなく、
浜面が思うのはただただ一点に尽きる。


(やめてくれっ!もうやめてくれ滝壺!俺の滝壺はそんな奴じゃねぇええ!)


麦野にボロボロにされても優しい言葉をかけてくれた滝壺。
絹旗にバカにされても甲斐甲斐しく応援してくれた滝壺。
フレンダに嫌味を言われても慰めてくれた滝壺。
眠そうな瞳で、感情の起伏が乏しくても確かな笑顔が眩しく愛らしい滝壺。
ピンクのジャージの下に女性らしい体つきを隠した悩ましい滝壺。
ちょっと天然でも。たまに毒を吐いても。浜面はそんな滝壺にいつも癒されていた。
その幻想をこんなところでブチ殺された浜面は現実に心が耐えることが出来ず、
宇宙怪獣の断末魔の悲鳴のようなサビに入ったところでホロリと涙を零して意識が吹っ飛んだ。


「ふー、スッキリした」


白い肌をツヤツヤとさせて滝壺がマイクを置く。
灰になって口元から魂がピョッコリと顔を出していた浜面は、歌が終わったことによってなんとか息を吹き返した。


「な、なんというか…すごいな。てかカッコイーよお前…」
「ごめん、ビックリしたよね」


あれだけ喉を震わせて歌っていたのにケロリとした様子で、だが少し心配そうに滝壺が話しかけてくる。


121 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:44:03.33 ID:iGh8Xjso [20/41]

「ああ、いや別に…ちょっと意外だっただけで…」
「女の子が男の人の曲歌うのって変だよね」
(変じゃねえしそこじゃねえ…)


と心の中で突っ込みながら周りを見渡すと皆明後日の方向を向いている。
この状況を直視したくないのは皆も同じらしい。
かつて無い連帯感に包まれる『アイテム』の三人と下っ端一人。


「お、おい絹旗ちょっと来い!」
「は?ちょ、ちょっと!」


浜面は慌てて立ち上がり、絹旗の手を掴んで部屋の端に行くと、声を潜めて問いかける。


「なあ、滝壺っていつもこんな感じなのか?」
「は?ああ…そうですね。マイク渡すと嫌がるんですけど、いざ歌い始めたら超スイッチ入っちゃうみたいで」
「そ、そうか…」
「ああ、でも今日のは超新曲ですね」


どうでもいいわと思っていると背後で得点発表を示す効果音が鳴っている。
とりあえずこの歌なら罰ゲームはまぬがれそうだなと席に戻りながら画面を見る。
そこには99と表示されていた。


「どういうことだ…」
「うわ、負けたよ。今日の滝壺は絶好調って訳ね」
「まぁ確かに音は一切外してなかったしね」
「ここまで結果出されるともう素直に超褒めるしかないですよね」


再び真っ白になる浜面。
その後さらに2曲滝壺のデスメタルだかラウドパンクだかサファリパークだかよく分からないものを聞かされて精神を病んだころ、
罰ゲームはめでたく浜面に決定してカラオケを終えることになったのだった。


122 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:46:21.43 ID:iGh8Xjso [21/41]

―――――――


紆余曲折あったものの小一時間カラオケを楽しんだ一同は、施設上階に固まっている飲食店で昼食を
摂った後、今度は屋上のスポーツ施設へと足を運んだ。
バッティングセンターにガスガンやアーチェリーでの射撃場。
テニス、バレー、バスケットボールなどのコートがネットで区切られ所狭しと並んでいる。
フレンダは麦野と一緒にバッティング場を訪れていた。


(うっはー、麦野飛ばすなぁ)


ベンチに座ったフレンダが口元を引きつらせて思う。
金網の向こうのバッターボックスに立つ麦野が金属バットを振りかぶると、次の瞬間快音を響かせて天高く張られたネットに
ホームランボールを突き刺した。
先ほどからずっとこの調子だ。
どことなく機嫌の悪い麦野はその細腕で何度も何度も飽きることなく一心不乱にバットを振り、
周りの男達からの視線を集めて天を硬球で貫いていく。
そのボールを何かに見立てているかのように。
具体的には人間の頭部とか。


(結局、原因は分かってる訳だけど…)


チラリと50メートルほど離れたところにあるフリーコートで絹旗、滝壺と一緒にバドミントンをしている浜面を見る。


「そーら、いくぞ絹旗ー」

「わひゃー!浜面ぁ!ぜぇぜぇ…」

「おらおら今度はこっちだぜい」

「うへぇ…恥ずかしくないんですか!?」

「ああん?そうら今度はそっちだ!」

「ぜぇぜぇ…こんないたいけな女の子をコートの端から端まで超走り回らせて…!」

「ぐへへへ、これが勝負の世界だぜ!」


123 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:48:32.07 ID:iGh8Xjso [22/41]

「がぁぁ!久々に超キレちゃいましたよー!死ねぇ浜面ァッ!」

「ギャァア!能力使うんじゃねー!そのスマッシュは死ぬ!マジで死ぬ!」

「スポーツの世界では敗者は超死あるのみなんですよー!」

「暴力反対!ネットぶち破ってきてるんですけどー!?これもうバドミントンじゃねえだろ!」

「超浜面ですねっ!バドミントンは古代ローマで生まれた大砲の弾をラケットで相手に叩きこむスポーツが
 元になってるんですよー!」

「嘘つけー!そんな本当くさい情報に騙されるかー!」

「今から頭に真っ赤な花を超咲かせる浜面には、どっちでもいいことですよ!」

「うぉー!滝壺!何してんだ!止めれー!」

「北北東から信号が来てる…」

「滝壺さんに助けを求めようったってそうは問屋が超卸しませんよ!
 ほらほら、足を動かしてせいぜい長生きしてみせて下さい!」

「くそっ!これでどうだ!」

「なっ!滝壺さんを盾にするなんて!どこまで超下衆なんですか浜面!」

「ふひひー、俺は自分が助かるためなら何だってする男だぜ」

「パターゴルフの方から信号が来てる…」

「ちぃっ!浜面!滝壺さんを離しなさい!」

「やーなこった。じゃねえと俺がマジで殺されるからな。
 悔しかったら土下座してお許し下さい浜面サマと言って俺のケツにキスをしな!」

「浜面、私ちょっとお手洗い行ってくるね」

「え?あ…滝壺ーーー!!…ハッ」

「くたばれぇ浜面ァ!」

「ぎゃぁあああ!ラケットで殴るなー!」


ギャーギャー騒がしいが、何だか楽しそうだ。


124 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:49:53.68 ID:iGh8Xjso [23/41]

(楽しそうにしやがって浜面ェ。こっちにはパンパンに膨れ上がったポップコーンみたいになってる麦野がいるってのにー)
「ちょっとスッキリした。フレンダ、あんたはやらなくていいの?」
「ひゃっ!」


人の気も知らないでバカ面が、鳥の糞落ちてこいと大きな瞳で睨んでいると、
ジットリと額に汗を浮かべた麦野がフレンダの前に立っていた。


「フルスイングすると気持ちいいね。人の頭でやれたらもっと気持ちよさそうだわ」
(さっすが麦野。発言がナチュラルに外道な訳よ)
「ほら、フレンダもやりなよ。気持ちいいよ」


いいストレス解消になったのか、先ほどよりは幾分表情が柔らかい麦野がフレンダにそう告げる。


「うん、私はだいじょぶ。麦野、次は…」
「ングッ…ングッ…ぷはっ…。え?」


近くにあった自販機から飲み物を取り出して一気に飲み干している麦野の背中に声をかける。
汗で長い髪を顔に張り付かせ、口元をぬぐいながら振り返った彼女の表情にドキリとなった。


(おっほ、汗かいてる麦野はムラッとくるぜぇ。命が惜しいから何もできない訳だけど)
「ちょ!何してんのよ!」


心と裏腹に、体は勝手に麦野を抱きしめ、彼女の胸に顔をうずめて汗の混じった甘い香りを肺いっぱいに吸い込んでいた。


125 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:52:57.73 ID:iGh8Xjso [24/41]

「スーハースーハー。麦野の汗…なんて悩ましいの…」
「やだっ!ちょっと!アンタバカじゃないの!?」


麦野の掌に納まらない大きな胸で顔を挟み込み、柔らかさと香りを同時に堪能する学園都市が誇るド変態フレンダ。
興奮して耳まで真っ赤にした彼女はもう止まらない。


「ハッ…!麦野のフェロモンに誘われてつい。スハー、ああ…幸せ…」
「離せこの…!んっ…!フレンダ、言い残すことはそれだけ?」
「ハッ!違うんだよ麦野!分かっていてもやめられない!能力による攻撃を受けている訳よ!
 麦野も気をつけて!スハー…はぁん…もう飛んじゃいそ…スハー」
「ブチッ…成層圏までぶっ飛ばしてやるよ」


麦野に体を抱きしめられ、そのまま宙に浮かぶフレンダ。
やがて麦野がブリッジの体勢になると、フレンダの脳天が床に突き刺さった。
麦野のバックドロップである。

膨れ上がったコブを押さえながら、麦野と共にはベンチに腰掛ける。


「ったく。アンタの性癖はアンタの自由だけど、私に危害を加えるなっつの」
「いたた…いいもん、もう今日の分は堪能したから。それより次どうする?」
「次やったら鼻削ぐ。…そうね。ちょっと疲れたからゆっくりしようかな」


そう言ってジーンズのポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭く。
せめてそのハンカチぜひ下さいと息を荒くするこりないフレンダだった。
と、そこに3つの人影が近づいてきた。


「ねぇねぇ君たち。さっきすげぇバッティングしてた子だよね」
「うぉ!二人とも超可愛いじゃん!」
「二人で来てるの?こっちも3人しかいないしよかったら一緒に遊ばない?」


126 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:54:52.82 ID:iGh8Xjso [25/41]

もう説明するのも億劫だが、「いかにも」な3人組の男が寄ってきた。
機嫌が直りかけていた麦野の眉間に再び皺が寄る。


「あ、悪いんだけど他にも連れがいるからそれ無理だわ」


慌ててフレンダが愛想よくに断ったが、男たちは引き下がらない。


「えー、いいじゃんいいじゃん。抜けてこっち来なよ、奢るからさ」
(あんたらのために言ってる訳よ)
「…るっせぇんだよクソが…」


ポツリと呟かれる殺意に満ちた声。
ゆらりと麦野が立ち上がる。


「む…ぎの?」
「あァ!?」


思ったよりも早い麦野の限界だった。
殺意を隠そうともせず、冷徹な視線を男たちに向ける。
その手には既にバチバチと閃光を迸らせ、いつでも放てる準備が完了しているようだった。


「麦野麦野、こんなとこでソレやられると建物滅茶苦茶になっちゃう訳よ。ね、やめよ?」


男達との間に入って彼女を止めるフレンダ。
だが麦野はまるで話を聴いていない様子で男たちを睨みつけていた。


127 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:57:52.85 ID:iGh8Xjso [26/41]

「テメェ今なんつったんだコラ!?」
「クセェっつったんだよ雑魚共。
 汚ねぇクソを3つも胴体に乗っけて人間みたいに歩いてんじゃないわよ。
 テメェらのお頭にクソしか詰まってねえのは臭いで分かるからとっとと消えてくんない?」


モデルのような美人の口から放たれるクソの連打にさすがの男たちも怯む。
だがそれ以上に怯えているのはフレンダだ。
とにかく浜面達を呼ばなくちゃと思っていると、フレンダを突き飛ばして金髪の男が麦野の胸倉を掴みあげて見下ろす。


「口の悪りぃ女だな。俺はこれでもレベル3の『発火能力者(パイロキネシスト)』だぜ?
 二度と表歩けねえ顔にされたくなかったら今すぐ膝を着いて謝ってもらおうか?」


勝ち誇ったような男の顔。後ろで残りの男達がゲヒャゲヒャと分かりやすい笑い声をあげる。
レベル3と言えばまあそこそこの能力だ。だが麦野の能力を知っている身としては
当然そんなことは何の脅しにもならないし、格下を無抵抗なままグチャグチャにすることに
何の躊躇もしない麦野にとっては手の内をバラしただけという以上の意味を持たない。


「だから?」
「あァ?」
「だからさぁ。テメェの無能力者具合は分かったよ。
 あぁちなみに…」


麦野の口が真横に引き裂かれる。


「私はこれでもレベル5の『原子崩し』だぜ?」


右手を金網に向けると、溶解してそのまま遥か向こうのピッチングマシーンごとまるごと無くなった。
下品な笑い声をあげていた男たちの顔から一瞬にして血の気が引いた。
彼女の胸倉を掴みあげていた金髪の手から力が抜ける。
グロテスクに口元を歪めたまま、麦野の青白い閃光の迸る右手が
真っ青になる男の顔面に向ってゆっくりと近づいていった。


128 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 21:59:59.46 ID:iGh8Xjso [27/41]

「た、頼むやめ…っ!」
「だァめェ」
「やめろ麦野ぉっ!!!」


男の鼻先1cmでピタリと止まる手。閃光がわずかに男の皮膚を焦がしたとき、浜面の声が場内に響いた。
実はフレンダは先ほど突き飛ばされたとき、ドサクサに紛れて携帯で浜面の番号に発信していたのだ。
こんなに近くにいるのに電話をしてきたとなれば当然こちらを見るはず。
案の定様子がおかしいことに気づいて絹旗達と共に駆け寄って来た浜面が麦野と男の間に割って入った。


「悪いな、こいつ俺の連れなんだ。
 せっかくの休みなんだし、お互い楽しく過ごしたいだろ?
 だからここは俺に免じて退いてくれないか!?」


愛想笑いを浮かべて、でも必死の冷や汗を流しながらなんとか死人が出ないように男を説得する浜面。
麦野に殺されかけた金髪の男はぎこちなく頷いたが、後ろの二人はそうはいかないようだった。


「こっちは殺されかけてんだっ!そうはいかねえぞ!」
「っだゴルァ!っぞコルァ!」
「わっかんない人達ですね。別に私たちは超構いませんよ?」


男たちの背後で今度は絹旗がポツリを口を開く。
そちらを見ると、絹旗は先ほどまでフレンダと麦野が座っていたベンチを肩に担ぎ上げていた。
仕方ないなとフレンダも懐から小さなウサギとクマのぬいぐるみを二つ取り出した。
その頭からは手錠の輪が出ており、絹旗を見て呆気に取られている2人の男の腕に取り付けた。


「それ、爆弾ね。私の半径500メートル以内がリモコンの電波が届く範囲って訳なんだけど、意味わかる?」

2人はダラダラと汗を流して互いの顔を見合わせる。
先ほどまで愛想よく笑っていたフレンダの顔から、笑顔が消えた。


129 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:02:25.04 ID:iGh8Xjso [28/41]

「腕吹っ飛ばされたくなかったら必死で走れ。制限時間は3分間。はい、よーいどん!」


パンと両手を叩くと、悲鳴をあげて男二人は走り去った。
一瞬間を置いて、へたり込んでいた金髪もヨロヨロとそれを追う。


「お前、そんなもん普段から持ち歩いてんのか?」


浜面がマジかよと引き気味の視線を送ってくる。
滝壺や絹旗でもちょっと微妙な顔だ。


「んなわけないでしょ。ハッタリだよ。麦野の能力見せ付けた後だから効果抜群って訳よ」


いちいち死人出してたらキリない訳よと付け足す。
実はさっきトイレに行ったときに、手錠のあたりのデザインが気に入ってあとで麦野に逮捕してもらおうと
ガチャガチャで当てた景品だった。


「何邪魔してくれてんのよはーまづらァ。関係ないんだから引っ込んでろっての。
 せっかく全身真っ赤な穴ぼこだらけの面白オブジェにしてやろうと思ってたのに」
「麦野、ちょっと来い」


浜面が真剣な表情で真っ直ぐに麦野を見つめる。
たじろぐ麦野。
浜面は彼女の手首を強く握ると、屋上の端っこまで彼女を引っ張っていった。
互いに顔を見合わせるフレンダ達3人。
頼むから余計なことを言うなよと同じ建物内にいることが急に怖くなるフレンダだった。


130 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:04:11.32 ID:iGh8Xjso [29/41]

―――――――


麦野沈利は自分でもこの怒りが何であるのかを理解しつつあった。
でもそれを決して言葉として思い浮かべることはしない。
そんなことがあるわけがないと自分に強く言い聞かせ続けている。
だが、カラオケで滝壺と仲良くしている浜面を見たとき。
滝壺と楽しそうにバドミントンをしている姿を見たとき。
抑えきれない嫌な気持ちが溢れてきた。
その怒りを、たまたまタイミング悪く話しかけてきた男たちにぶつけ、あまつさえ殺そうとした。
別にそれはいい。
機嫌がいいときだって殺すかはともかく、しつこくされれば同じように攻撃くらいはしただろう。
今問題なのは、その原因が目の前のこいつにあるということだった。


「麦野、お前どうかしたのか?」


浜面が話があるというので他の3人を別の階に行くように促し、
麦野は屋上の人気の少ない端の方まで連れてこられていた。


「何がよ」


言わんとしていることは分かるし、多少反省だってしている。
こんな場所で問題を起こすことは得策ではないだろう。
実生活に支障が出るレベルのことは自分だってしたくない。
でも、怒りを抑え切れなかった。
好き好んで人を殺そうとしているわけじゃない。
そんな風に思われても仕方ないことなのかもしれないが。


「お前、カラオケからなんか機嫌悪いし、俺また何かしちまったのか?
 だったら言ってくれよ…知らない間に麦野を傷つけたんなら謝るからさ」


131 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:06:25.09 ID:iGh8Xjso [30/41]

真剣な顔でそう言う浜面。
違う、アンタは悪くない。
悪いのはつまらないことを気にする私だと言いたいのに、
言葉はそれと裏腹に下らない意地を張ってしまう。


「誰もそんなこと言ってないし、機嫌も悪くない。
 そういうのウザいから止めてくれる?アンタいつから私の保護者面出来るようになったわけ?」


言いたいのはそんなことじゃないのに。
浜面はきっと本気で私のことを心配してくれている。
もう浜面を直視できなかった。
自分が馬鹿だと自覚しているから、気づかないところで私を傷つけたと思っている。
本当に馬鹿なのはそんな心配させていてなお、彼を詰る言葉しか出てこない私だと言うのに。


「そうか、ならいいんだけどよ…。怪我は無かったのか?」
「余計なお世話よ。アンタには関係ないでしょ。私なんか構ってないでもっと…」
「なら問題ないな、麦野」


呼ばれ、彼の顔を見たと同時に、左頬に衝撃が走る。
驚きの余り微動だにできなかった。
浜面が自分の頬を叩いたのだと気付くまでに10秒以上の時間が必要だった。
フツフツと怒りがこみ上げてくる。
下っ端の浜面如きが、学園都市第四位のこの私に手を挙げた。
プライドの高い麦野にその事実は頭に血を上らせるのに充分すぎる出来事だった。
鋭く目を吊り上げ浜面の顔を睨み付けると、いつになく険しい表情の彼がこちらを見下ろしている。


132 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:08:44.83 ID:iGh8Xjso [31/41]

「アンタ…誰に何してくれてんのか分かってんでしょうね…?」
「ああ、分かってる。で、お前はどうするんだ?」
「決まってるでしょ浜面ぁ。お前とは今日で永遠にお別れよ」


だが浜面はバチバチと両手から迸る青白い閃光にまるで怯む様子を見せず、麦野の大きな瞳から視線を逸らさない。


「そうかよ。じゃあお前はそうやって一生同じコトを繰り返してろ」
「ハァ?お前まさかこの私に説教くれるつもりじゃないでしょね?
 あのクソ共をブッ殺そうとしたことをご丁寧に指摘してくれてるってわけ?」
「そうだ。悪いか」


悪びれもせず、そう言う浜面。
あまりにあっさりとした言葉に、麦野は思わず言葉を失う。
そして次の瞬間、頭の中で何かがプツンと音を立てて切れた。


「…ッ!はァアまづらぁぁぁぁァアアアアアア!!!!!!
 つまらねえ軽犯罪者のチンピラがこの学園都市第四位に倫理の授業ってかぁ!?
 私はレベル5!超能力者!『原子崩し』! 『アイテム』のリーダーだ!
 テメェのオナニーであのクソ共の命を救ってやったからどうした!
 私はその100倍も200倍も人間ブチ殺してきてんだよぉッ!そんなことはテメェでも分かってんだろ!
 今更人殺しはいけないことですなんて置き去り(チャイルドエラー)のガキでも分かることを得意げにほざいてんじゃねぇぇええッ!」

「違うッ!!!!」


阿修羅の如き表情で美しい顔を歪めて浜面に掴みかかる麦野。
だが浜面はその勢いを真正面から受け止めるように、それ以上の力強い声で吼える。


133 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:11:04.18 ID:iGh8Xjso [32/41]

「今ここにいるお前はそんなんじゃねえ!
 今日は『アイテム』でも『原子崩し』でも人殺しでもない!
 友達と遠くへ出かけるのにいつもよりちょっとだけオシャレしてきちまうような普通の女の子だ!
 なんだかんだテンションあげて普通に休日を楽しんでるタダの女子高生だ!
 殺したければ殺せよ麦野ぉッ!それで気が済むならそうすりゃいい!
 気に入らない奴は全部ブッ殺して最後に一人で死んじまえばいいだろ麦野沈利ィイイ!」 
「アンタ…!何なのよ…ソレ…!」


滅茶苦茶な浜面の言い分に何故か言い返せない。
彼の気迫に完全に圧されてしまっている。
怯んだ麦野にさらに浜面は追い討ちをかけるように叫ぶ。


「もし俺を殺さないなら約束しろ麦野!そんなのは今日で最後だって!
 『アイテム』の麦野沈利は普段はただの女の子でいるって!
 暗部のお前を否定はしない!
 だけどなぁ!
 暗部のお前だけがお前だなんて、俺は絶対に認めないッッ!!」


ゼェゼェと肩で息をする浜面。
麦野は毒気を抜かれてしまったように呆気に取られた表情を浮かべている。


「アンタ…私に何を期待してんのよ…。私はアンタが思ってるような女じゃない…。
 …人殺しの…学園都市で最も多く脳みそ弄くりまわされた7人の化け物の1人なのよ…」


ダムが決壊したように、麦野の両目からポロポロと涙が零れる。
嬉しかったのか。悲しかったのか。
自分でも何故涙が出るのか分からない。
ただただ抑えられなくなった感情が止め処なく溢れてきて、頬を滑り落ちていった。


134 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:13:07.43 ID:iGh8Xjso [33/41]


「違う。お前はちょっとプライドが高いだけの、面倒見の良い優しい女の子だよ。
 俺は…そんな麦野が好きなんだ」


「……っ!」


その言葉に、麦野の脳を痺れるような感覚が襲った
麦野の両手から迸っていた閃光が消える。
浜面は麦野の目から溢れている涙をジャージの袖で拭うと、膝を曲げてその顔を覗き込んでくる。


「み、見るんじゃないわよ!化粧崩れてパンダみたいになってるから!」
「あ、わ、悪りぃ。じゃあそのまま聴いてくれ」


そんなブサイクな顔を浜面に見られたくなかった。
浜面も察してくれたようで、慌ててそっぽを向いて頬を掻く。


「俺を殺さなかったってことは…約束してくれるんだよな」


学園都市の暗部組織『アイテム』。その仕事が無いとき、私はタダの女の子でいること。
別に今と何かが大きく変わるわけじゃない。
でも彼がそれを望むなら。
私にタダの女の子でいて欲しいと思うなら、少しだけその妄言に付き合ってやるのも悪くない。
命がけで私を殴った勇気を称えて、ということにでもしておこう。


「うん…分かった…」
「ありがとな、麦野」


135 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:15:26.58 ID:iGh8Xjso [34/41]

小さく頷く。
浜面から一つ枷をはめられた。
それは人に行動を左右されることを何より嫌う自分を拘束するものであるはずなのに、
たった一つのその枷が、猛り狂うこの心に静かな安寧をもたらしてくれた。
浜面の顔をチラリを見る。
優しい視線をこちらに向けられて、麦野は自分の心臓がかつてないほど脈動していることに気づいた。


(やだ…何これ違うでしょ…。ここは浜面をブチのめして、私に楯突いたことを後悔させるところでしょ…。
 なんでこんな気持ちになるのよ…)


胸を押さえる麦野。顔が燃え上がりそうなほど熱い。
怒りで彼を叩きのめすのがいつもの自分のはずなのに、どうして素直に浜面の言葉に頷いてしまったのだろう。
どうして下っ端の立場の弁えない言動に、自分は涙まで流して悪くないなんて思ってるんだと頭の中が混乱していく。


(なんでこんな…ドキドキしなくちゃなんないのよ…!)


これが何であるのか。麦野にはもう分かる。
だが、認めるわけにはいかない。そんなわけがないと一生懸命に否定する。
浜面がずっとこちらを見ていた。
麦野はギュッと目蓋を閉じて首を振る。


「結局、話は終わりかなお二人さん?」


二人のすぐ側でフレンダが腕を組み仁王立ちしていた。
だが少し様子が変だ。
こめかみに血管を浮かび上がらせて、声は不自然に震えている。


136 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:16:50.98 ID:iGh8Xjso [35/41]

「はーまづらぁ。私の麦野のしっとりやわらかほっぺを引っ叩くとはどういう了見かしらぁ?」
「い、いやそれはだな…!」


表情は笑顔だが背後には黒いオーラが見える。
浜面は顔を青くしながら言い訳を考えていたが、ビシィ!と力強く指差され、仰け反る。


「浜面、罰ゲームの時間だぜ」
「うぇええ?!心の準備がまだできてねえ!ってか罰ゲームはなんだ!」


さっきまであんなに真剣に話していたのにもうアホ面になっている浜面。
それを見て、麦野のどうにかなってしまいそうだった頭の中が少し冷静になっていくのを感じた。
麦野は思わずくすくすと笑い声を漏らしてしまう。


「麦野!笑いごとじゃねぇえ!」
「そうだよ麦野。麦野も罰ゲームだし」


は?
と一瞬聞き間違えたかと思ったが、フレンダは思いっきりこっちを見ている。


「何言ってんのフレンダ?私の聞き間違いじゃないよね?」
「麦野ぉ。こんな人の多いところでやれ暗部だのやれ『アイテム』だの叫んじゃダメでしょー。
 幸い近くに人がいなかったからいいものの、きっちり罰を受けてもらわないとって訳よね」
「いや、だからそれはコイツが…」
「うん、だから浜面と一緒のハズかしー罰ゲームを考えたって訳よ」


輝くような満面の笑みを浮かべるフレンダ。
麦野はたまに火が付くフレンダのS心に一抹の不安を抱えながら、浜面と共に
下の階へと連行されることになったのだった。


137 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:18:58.64 ID:iGh8Xjso [36/41]

―――――――


(感謝してよねー、麦野。今日の私は気が利きすぎって訳よ)


滝壺達と合流したフレンダは、浜面、麦野の両名をゲームセンターに連行した。
何事が始まるのかとビクビクしていた二人だったが、向った先は最奥部。
色鮮やかな幕と白い筐体。異様に目の大きなギャルの写真が外にプリントされたそれらの物体が多数並んでいる場所。
平たく言うとプリクラコーナーというやつだ。
先ほどなかなか戻ってこない二人を探しに屋上へ戻ったところ、案の定口論になっていた。
浜面が麦野をぶん殴るし、ブチ切れた麦野は能力を使おうとしていた。
慌てて止めようとしたが、少し雲行きが変わってきたので話を聴いているとなんだかいい雰囲気になっていることに
気づいたフレンダは、咄嗟に下の二人に電話をして罰ゲームを思いついたと告げたのだ。
麦野のことは、「先ほどバッティングで私に負けた」とか適当なことを言って二人を納得させた。
正直罰ゲームなんて既にどうでもよかった絹旗はすぐ納得してくれたし、滝壺は少し渋っているような様子を見せたが、
浜面がそんなに酷い目に合うわけじゃないと分かるとなんとかOKしてくれた。
かくして、「二人で超バカップル的なプリクラを撮る」という、アホな罰ゲームが始まっている。


「浜面っ!もっと超くっついてください!麦野も腰を超抱くんです腰を!」

「バカ絹旗!そんなことできるか!」

「浜面ぁ!んなこと言って腰に手まわすな!」

「わ、わりぃ!わざとじゃ!」

「わざとだろ馬鹿!うわ!今のシャッター下りた!?」

「麦野!もっとギュッと腕組んで!おっぱいを押し付けて!」

「アホか絹旗ぁ!アンタあとで覚えてろよ!」

「超聞こえませーん。敗者は大人しく恥ずかしい思いをしてくださーい」

「くそっ!浜面お前はお前で何前かがみになってんだこの変態野朗!」

「ちっ!ちがう!これは男の生理現象で!ほ、ほら麦野カウントしてるぞ!
 可愛い笑顔を浮かべるんだ!」


138 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:20:30.08 ID:iGh8Xjso [37/41]

「租チン勃起させてる奴の横で笑えるかぁ!」

「女の子がそんなこと言っちゃいけません!」

「お…女の子って…!恥ずかしいこと言うんじゃないわよ!」

「え、何が?」

「テメェ…はまづらァ!」

「なんでだぁあ!だいたい租チンとはなんだ!俺の雄雄しくそそり立つジュニアを知らねえだろ!」

「知るか!だったら見せてみろよ童貞野朗!」

「言ったな!吠え面かくなよ!」

「キャァァア!ほ、ほんとに脱ぎだすんじゃないわよバカァ!」

「ぷふー!路地裏のスキルアウトを舐めるなよ!俺たちにとって路上で全裸になることなど何の造作も無い!」

「威張るなあ!もうやだぁ!脱ぐなぁ!」

「ちゃんと撮って…って浜面何脱いでるんですか!超死ねぇ!」

「ぐはぁっ!」

「麦野!麦野もちゃんとやらないなら何枚でも撮りますよ!」

「うぐぐっ!ほらこっち来なさいよバカ面!」


ギャーギャーと恐ろしく騒がしいプリクラ内。
なんだか楽しくなってきたらしい絹旗が二人にあれこれ好き勝手指示を飛ばしている。
その声を聴きながら、少し離れたところでぼんやり見ている滝壺に視線を移す。


(ごめんね滝壺、私は麦野の精神が安定してくれるならあえて非情の道を選ぶって訳よ!)


139 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:22:08.20 ID:iGh8Xjso [38/41]

グッと拳を握るが、少し寂しそうな滝壺を見ていられなくなり、フレンダはパタパタと彼女に近づいて話しかける。


「ねえ滝壺。この後みんなでも一緒に撮ろうよ。浜面も入れてやってさ」
「え?どうして?」
「ど、どうしてって…」


眠そうな目で聞き返してくるが、わずかに焦りも見て取れる。
だがここで変に指摘するとまたややこしくなりそうだったので、フレンダはあえて自分が犠牲になることにした。


「私が撮りたい訳よ。記念記念。思い出って言うかさ」


言ってて恥ずかしくなってきたが、滝壺はそれを察してくれたのか、小さく微笑みを浮かべてフレンダの頭を撫でる。


「ありがとうフレンダ。フレンダは優しいね、私は大丈夫だから」
(わちゃー、滝壺のほうが大人だったわ。
 こんな良い子にこんな想いさせて、浜面は本気で一回地獄に堕ちるべきよね)


姉に褒められる妹のように、フレンダが心地よく滝壺に撫でられていると、顔を真っ赤にした麦野と浜面がプリクラの筐体から出てきた。


「はーもう最悪。なんで私が浜面なんかとこんなもんを…」
「罰ゲームなんだからしょうがねえだろ。俺だって恥ずかしいんだからよ」
「アンタは今後こんなチャンスあるか分からないんだから、もっと喜ぶべきよ」


140 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:23:17.67 ID:iGh8Xjso [39/41]

髪をかき上げながらやれやれとため息をつく麦野。
だが切り分けられたプリクラを浜面から受け取ると、満更でも無さそうな表情でそれを胸に抱えた。


「麦野、見せて見せてー」
「だ、ダメ!これは見せられない!」


フレンダが完成品を覗こうとすると、慌ててそれを後ろ手に隠す。
愛い奴愛い奴と手をわきわきさせるフレンダだが、別にわざわざ難易度の高い方を選ぶ必要は無い。
すぐにターゲットをもう一人のほうに移す。


「何言ってんの!それじゃ罰ゲームにならない訳よ!じゃあ浜面それを寄越せい!」
「止めろー!これは墓まで隠し通すんだー!」
「ふふん、超浜面如きの戦闘力では私達は倒せませんよー」
「はまづら、私も見たい」


だが3人がかりではどうしようもない。
絹旗とフレンダに取り押さえられ、最終的には滝壺にまで裏切られてあっさりとプリクラを奪われた浜面。
麦野はもう諦めたのか、額に手をあて首を振り、もう一度自らのプリクラを見て頬を赤らめる。
そして3人はその戦利品をニヤニヤワクワク覗き込んだ。


「よし、浜面が私らから逃げようなんて10年早い訳よ」
「どれどれ、浜面のアホ面を超拝見しましょう」
「おお、麦野の目がいつもよりさらに大きく。プリクラすごい…」


141 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/23(金) 22:24:04.74 ID:iGh8Xjso [40/41]


(ふーん、なるほどね)


フレンダは想う。
この前から、麦野に訊きたいことがあった。
麦野がどう思っているのか、知りたいことがあった。
たぶん麦野は否定するのだろうけれど。
顔を紅くして、だけど少しだけ言葉を詰まらせて。
そんな照れ屋で素直じゃない麦野がたまらなく愛おしい。
あの時訊かなくてよかったとフレンダは思った。
だって麦野は今日、きっとその気持ちに自分から気付けたんだから。
プリクラの中で優しい微笑みを浮かべた麦野の表情を見て、フレンダも笑みを滲ませる。


(よかったね麦野…―――)




   ―――麦野は今、恋をしているんだね


154 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 21:58:11.12 ID:sYxBAJAo [3/23]

麦野は自室のベッドの上で、携帯の電池パックに貼られた二枚のプリクラを眺めていた。
一つは浜面との罰ゲームで撮ったもの。二人で寄り添い、ぎこちなく笑顔を浮かべている。
ハートマークを絹旗に無理やり散りばめられてとんでもなく恥ずかしいが、これでも他のものに比べればまだソフトなほうだった。
もう一つは5人皆で撮ったものだ。
こちらはごく普通の女子学生のプリクラと言った感じ。
浜面も、滝壺も、フレンダも、絹旗も、自分も、みんな笑っている。


(浜面か…。今度は二人で…なんて言ったら行ってくれるかな…)


あれからもゲームセンターでクレーンゲームにフレンダが数千円つぎ込んでいたり、
ボーリングで浜面が異様に上手いことをみんなに「キモい」と言われたり、
リラックスルームで滝壺が普通に寝ていたり、様々なことがあった。
悔しいが認めよう。浜面企画の本日は、なかなか楽しい一日だった。
だが、麦野には一つ気にかかっていることがある。


―――お前はちょっとプライドが高いだけの、面倒見の良い優しい女の子だよ

 ―――俺は…そんな麦野が好きなんだ


浜面は言った。
どんなつもりでそう言ったのか。フレンダが途中で入ってきたため訊きそびれたが、
この言葉の所為でそれから一日ドキドキしっぱなしだ。


155 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 21:59:57.40 ID:sYxBAJAo [4/23]

(バカじゃないの…そんなこと言われたら私…困る)


ちゃんと返事を聞きたかった。
ちゃんと真っ直ぐに受け止めたかった。
そうしてくれれば、自分も素直な気持ちを言葉に出来るかもしれない。
たった二文字の言葉が頭に浮かぶ。
だが、まだそれを自覚することを受け入れられなかった。


(今日のことも謝りたいし、やっぱり直接会って訊こう)


いてもたってもいられない。
じっとしているだけで気が狂いそうなほどの強い想いが麦野の胸の中で暴れまわる。
麦野は携帯だけをポケットに突っ込んで、勢いよく立ち上がると、
もう通い慣れた浜面の家に向って飛び出した。


156 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:02:49.53 ID:sYxBAJAo [5/23]

―――――――


浜面は携帯の電池パックに貼った麦野との2ショットプリクラを眺めていた。
自分で貼ったのではなくフレンダに貼られたのだが、無理にはがさなくてもいいかとそのままにしていた。
麦野が浜面の腕をその豊満な胸に抱き寄せている。
笑顔は二人とも引きつっているが、仲良さげに写っているところが気に入っていた。。


(俺はとんでもないことを言っちまったんじゃねえか…)


浜面は、昼間麦野に衝動的に告げた言葉を思い返していた。


―――お前はちょっとプライドが高いだけの、面倒見の良い優しい女の子だよ

 ―――俺は…そんな麦野が好きなんだ


なんつー恥ずかしいセリフだと足をバタバタとベッドに叩きつける。


「俺は麦野が好きだったのか…?」



157 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:06:26.90 ID:sYxBAJAo [6/23]

自然に出てしまったその言葉に顔が熱を帯びていく。
確かに最近はよく部屋に来てくれるし、麦野がそんなに悪い奴じゃないと言うことも充分分かっている。
一挙一動逐一可愛いと思うことだってある。
でも、麦野のことを好きだって思っていいのか?


(だってあいつは美人だし、口は滅茶苦茶悪いけど黙ってりゃいくらでも男が寄ってくるような奴だ。
 俺みたいな馬鹿な無能力者を好きになってくれるなんてことありえねえだろ…)


麦野はもう何度も言うように学園都市の第四位で、7人しかいない超能力者の一人で、『アイテム』の女王様だ。
そんな雲の上の相手に、たかが下っ端の自分が「好きだ」と言ったところで、鼻で笑われるだけじゃないのか?
連日作ってくれる料理だって長いドッキリの最中じゃないのかと疑っているくらいだ。


(いやさすがにそれはねえか。そんなに暇じゃねえだろ。
 それに麦野は今日約束してくれたぞ)


『アイテム』の仕事において、彼女が殺人を犯すことははっきり言って止められない。
そうしなければ彼女が死ぬことになるし、相手も同じように他人を殺すことを生業とする者ばかりだ。
人殺しを容認したくはないが、学園都市の暗部に堕ちた自分達のような人間がそんな当たり前の倫理観を
語ったところで意味が無い。
だが長い暗部での活動は彼女の精神に確実に負担を強いている。
麦野はかなり精神的に不安定な少女であることは浜面も何となく分かっているし、
実際、たまに麦野は自分が今どちら側にいるのか分からなくなっているときがあるように思えた。
今日も何かの拍子にスイッチが入ってしまったのか、向こうに原因があるとは言え一般人を殺そうとした。
昼間普通に笑ってバカ話していたのに、その夜には何十人もの人間を殺害するようなことが続けば、
誰だってそうなってしまうのかもしれないが。


158 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:07:33.60 ID:sYxBAJAo [7/23]

(普通の女の子か…そうだよな。麦野と、もっと普通に遊んだりするのもいいかもな…。
 でも例えば今日のところだって、二人で行こうって誘ったら、来てくれるのか…?)


彼女にだって日常がある。
普通に笑って、怒って、泣いて、学校に行って、皆でバカ騒ぎして、恋をする権利がある。
そんな彼女の日常まで、暗部という深い闇の中に侵されたくはなかった。
だから浜面は望んだ。
せめて自分の前でだけは。
『アイテム』として活動していない時だけは。
ただの女の子、ただレベル5だったというだけの女子高生、麦野沈利を望んだのだ。


「無理だよなぁ、やっぱ。…ん?」


そこまで考えたとき、室内にインターホンの音が鳴り響く。
今日は夜も皆で食べたから麦野が夕食を作りに来るということはないはず。
宅配でも来たかとドアを開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。




159 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:09:08.02 ID:sYxBAJAo [8/23]

―――――――


麦野は浜面の部屋のドアの前に立っていた。
ここまで走ってきたから、少し息が切れ、髪も乱れている。
手櫛で髪を整えて、部屋のインターホンを押す。
少ししてドアノブが回り、中から出てきたのはもちろん浜面だ。


「ん、麦野か。どうしたんだ?こんな時間に」


浜面の顔を見て、自然と頬が緩んでしまう。
認めたくなかった。
だけどもう、この気持ちを抑えられない。


「中入ってもいい?話したいこと…あるんだ」
「え…なんでだ?」
「…浜面と…一緒にいたくて」


麦野は高鳴る鼓動を感じながら、胸元をギュッと握り締め、ストレートにそう言う。
だがそのとき、視界に入ってしまった。
玄関に見覚えのあるピンクのラインが入ったスニーカー。
嘘だ。
嘘だ。
だってこれは。
何度目を閉じても、そこにあるソレは消えてはくれなかった。
足元が無くなったかのような浮遊感。
麦野はフラフラと浜面を押しのけて土足のまま中に入る。
現実は、何一つとして彼女に優しくなかった。


160 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:11:19.75 ID:sYxBAJAo [9/23]

「どうしてアンタがここにいるのよ…」


麦野は搾りだすような声で問いかける。
目の前で。
浜面の部屋で。
もう通い慣れた彼の部屋で。
二人で笑いあったこの部屋で。
眠そうな目を驚きに見開いている人物に。
麦野は願うように、悲鳴のように問いかける。


「なんでなのよ!滝壺…!!」


そこにいた、滝壺理后に。



161 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:13:38.13 ID:sYxBAJAo [10/23]

―――――――


浜面は人生で最大と言っても過言ではないミスを犯した。
原因は二つ。
一つは麦野に昼間告げた言葉を思い出して動揺していたから。
一つは突如訪れた人物が滝壺だったことに動揺していたから。
少し考えれば分かることだった。
先日のファミレスでの状況と似ていると、浜面はぼんやりと思う。


「むぎのこそ…どうしてここに…」


麦野が訪れたと分かったとき、何が何でも麦野を部屋に入れるべきでなかった。


「あ、違うんだ。麦野は最近貧乏な俺に同情して飯作りに来てくれてるんだよ、な!麦野!」
「はまづらっ…!」


どうすればいいか分からず、とりあえず滝壺に言い訳をしてみる。
すると何故か滝壺に物凄い剣幕で制される。
端から見れば完全にドがつく修羅場だというのは浜面にも分かった。
自分の名誉のために言おう。
どちらも決して恋人なんかじゃないし、やましいことも断じて無い。


「ふーん…そうよね…違うよね」


162 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:15:04.15 ID:sYxBAJAo [11/23]

麦野は滝壺を見下ろしながらポツリと呟く。


「…グスッ…ヒグッ…バカみたい…」


すすり泣く声。
よく見ると、麦野の両目からは涙が零れていた。


「む、麦野?どどどどうした?」


麦野の涙は今日二度目だ。
だが感情を爆発させていたあのときとは明らかに違う。
その涙は明らかに悲しみに心が耐え切れなくなって零れ落ちたもの。
何がそんなに悲しかったのか。浜面は自惚れが脳裏を掠めるが頭を振ってそれを否定する。


「…帰る」


どう声をかけるかと迷っていると、麦野は踵を返してドアのほうに一直線に歩いていく。
玄関で一度止まり、冷たい声で麦野は告げた。


「…ごめんね浜面。もう二度と来ないから」


麦野は震えた言葉を残して走り去る。


「麦野!待て!」


慌てて追いかけようとする浜面の手を掴み、滝壺が立ち上がった。


163 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:15:59.30 ID:sYxBAJAo [12/23]


「ごめんはまづら、私が悪いね。はまづらはここにいて。私が麦野にちゃんと話すから」


滝壺は今まで見たことないような機敏な動きで玄関まで駆け出す。


「いや俺も行く!」


浜面の言葉に靴を履いた滝壺が振り返る。


「ダメだよ、はまづらじゃ全然ダメ。
 はまづらは、むぎののこと全然分かってない。
 はまづらは私じゃなくて、むぎのに言い訳をするべきだったんだ」


怒っているような冷たい滝壺の口調。
それだけを言い残して、滝壺も麦野を追って夜の中に走り去った。
浜面は何も言い返せなかった。
自惚れがもう一度頭を掠める。


「最低だな、俺」


164 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:19:36.00 ID:sYxBAJAo [13/23]


膝から崩れ、床を思い切り殴る。
何度も何度も
皮が破れ、血が滲んでも構わずに。


「バカだよな…ビビッてたのか…俺は。
 最初からずっとそうだったんじゃねえか!
 麦野にまた来て欲しいって、言ったのは俺じゃねえのかよッ…!」


自分を責め立て、詰る。
己の愚かさが許せない。
麦野が自分を好きになってくれるはず無いと、自分の気持ちから逃げていた。
だから今、麦野を傷つけたんだ。
最初から分かっていたはずなのに。
麦野を呼び止めたあの時から、ずっと分かっていたくせに。
ふがいない自分を殺してやりたいと奥歯を噛み締めながら、
浜面はそのときようやく自覚した。


  ―――俺は麦野が好きなんだ



165 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:20:58.40 ID:sYxBAJAo [14/23]

―――――――


涙が溢れて止まらなかった。
こんなに哀しいことがこの世にあるのかと思った。
自分の気持ちを最後まで認めなくてよかった。
もし彼にあの気持ちを伝えていたら、今きっと私は心を壊していたから。
あても無く夜の学園都市を駆け抜ける。
抑えきれない感情の暴走。
体から迸る青白い閃光。
『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が音を立てて崩れていく。
私を支えていたあらゆるものが失われていく。


(光栄に思いなさいよ…私をここまで壊せたんだから…)


気がつくとどこかの公園にいた。
車両進入防止用の太い鉄柵が、麦野が近づくだけで溶解していく。
公園のド真ん中で立ち止まり、曇天の空を見上げた。
唇が震えて、視界は波のようにたゆたう。


「むぎの…」


声がかかる。
今世界で二番目に聞きたくない声。
肩で息をした滝壺が、麦野の前に立っていた。


166 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:22:32.97 ID:sYxBAJAo [15/23]

「まだ私を笑い足りないの…?
 どんな気持ち?
 天下無敵のレベル5を完膚なきまで叩きのめした感想は?
 気持ちいい?濡れちゃった?
 喜んでいいよ、私、今さいっっっっこうに最低な気分だ」


止め処ない涙が溢れる。
滝壺の眉が顰められているのがやけに気に障った。


「違うよむぎの。私は…」
「黙れ…」
「っ…!」
「黙れよ…!」


麦野の体から迸る閃光が勢いを増す。
それ以上気に障る言葉を続けたら殺すと。


「別にもうあんなヤツどうだっていいよ…。
 ちょっと優しくしてやったらコロッとなびいてきやがった童貞野朗だし」
「そんな…」


麦野は顔をグシャグシャに歪めて思ってもない言葉を吐き出す。


167 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:24:06.28 ID:sYxBAJAo [16/23]

「どうせ最初っからアンタと仲良いのがムカついて遊んでやろうと思ってただけだしさ。
 まあ最後はちょっと私も本気になっちゃったけど…」
「むぎの!そんなこと言わないで!」


確かに浜面に料理を作ってやろうと思ったきっかけは、滝壺の家で浜面がご飯を食べていったという話を聴いたからだ。
それくらい自分でもできると…いや違う、もう意地を張っても仕方がない。
私は、それを羨ましいと思ったんだ。
でも、そこに滝壺に対する悪意なんてなかった。
なのに、言葉は自らを蔑むように醜く歪んでいく。


「ま、今となっては気づかされてよかったよ…。
 あんな冴えない低脳クソ野朗は根暗なテメェにお似合いだ。
 せいぜい×××だけが取り柄の便器扱いされないようにしっかりアイツの汚ねぇ×××咥えとくんだね!」
「はまづらを悪く言わないで!!!」


滝壺は珍しく怒声を上げた。
一瞬だけ麦野の言葉が詰まるが、口元を醜く歪めて見下すような視線を滝壺に浴びせる。


「本性出したな根暗女。そんなにあのチンカス野朗が好きならさっさと消えろ。
 私はもうあんな無能力者に興味ないから、冴えねえクソ同士よろしくやってなよ」
「…むぎの、本気で言ってるの?」


168 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:25:23.88 ID:sYxBAJAo [17/23]

そんなわけがない。
だって私は。
だって私は浜面のことが。
心では分かっているのに、止められない。
そうしなければ、自分の心が耐えられない。


「もちろん本気だよ。一発くらいヤラせてやればよかったかなぁ?
 テメェの貧相な体よりはだいぶ楽しめたと思うけどねー。
 ま、あんなレベル0のド低能野朗の×××咥えるくらいならゲロでも飲んでたほうがまだマシだわ」
「むぎの…」


滝壺の冷たい視線が突き刺さる。
こんな滝壺の顔は見たことが無い。
ゾクゾクと背中の内側を数万匹の虫が這い上がってくるような感覚。
滝壺をもっと貶めたい。
浜面をもっと蔑みたい。
滝壺に謝りたい。
浜面とちゃんと話がしたい。
どっちが本当の自分なのか、だんだんわからなくなってきた。


「むぎの…私、はまづらが好きだよ」
「…ッ!」


169 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:26:51.72 ID:sYxBAJAo [18/23]

奥歯をギリリと噛み締める。
惨めな負け犬の自分にこれ以上追い討ちをかけてどうするといいのだろうか。
意外と残酷な性格をしているようだ。


「私、むぎのみたいに綺麗じゃないし…。むぎのみたいに頭もよくない…。
 むぎのみたいに強くないし…むぎのみたいに胸も大きくない。
 むぎのみたいに頼りがいないし…むぎのみたいに面倒見もよくない…。
 むぎのみたいに自信無いし…むぎのみたいに…っ!
 だから。
 私はそんなむぎのが…大好きだったのに…っ!」


俯く滝壺の目から涙が零れる。勝利宣言をしに来たくせに何故泣くのか。
私より何がどう負けていたってそれが何だと言うんだ。
アンタは私が一番欲しかったものを持っている。
私が欲しかったものは、もう二度と手に入らない。
少しだけ落ち着きを取り戻した麦野がその言葉に耳を傾ける。
だが、次に顔を上げた滝壺の顔には、麦野に対する明確な敵意があった。
そんな滝壺の顔を見たことが無い麦野は、思わずたじろぐ。


「酷いよむぎの…。
 だけど…むぎのがはまづらを悪く言うなら…。はまづらを傷つけようとするなら…!」


170 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:30:01.57 ID:sYxBAJAo [19/23]

(なに…?何なの…?)


これ以上滝壺は何をしようとしている?
滝壺は何を言おうとしている?


「私…むぎのを許さない…!」


カチリと、頭の中で何かがはまった。
そして体中から血の気が引いていく。


(もしコレが私の想像通りだとしたら、もしかして私…―――)


  ―――とてつもなく酷い言葉で滝壺を傷つけた?


滝壺の視線は真っ直ぐに麦野を見据えている。
揺るぎの無い、軽蔑と敵意が自分に向けられている。


(私…なんてこと…)


麦野の腕がブラリと垂れ下がる。
きっと滝壺は私に事の経緯を説明しに走ってきてくれたのだろう。
だがそんな彼女を待っていたのは醜い嫉妬にかられた私の心無い言葉。
自分のことを言われるだけなら彼女はこうも敵意を向けてこなかったはずだ。
しかし、私は浜面を侮辱した。
彼女が好きだと言った浜面を貶めた。
自分の気持ちを、汚い嘘で塗り固めた言葉で。


171 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:31:55.51 ID:sYxBAJAo [20/23]

「滝壺…私ね…」
「むぎのと話すことなんてもう無い」


取り繕う私の言葉なんてもう通じない。


「ち、違うの…私が…」
「むぎのがそんなに酷い人間だなんて、思わなかったよ」


微動だにしない二人。滝壺との修復できない溝。
冷たい目はもう私に二度と笑いかけてくれない。それを埋めることは、もう出来ない。
全ての原因は私にあった。
浜面を信じ切れなかった。
滝壺を信じ切れなかった。
そして何より、自分の気持ちを真っ直ぐに信じられなかった。


(所詮私は…心まで醜い化け物でしかなかったわけか…)

172 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 22:34:21.96 ID:sYxBAJAo [21/23]

腕が震える。今分かった。
他人を否定しなくては自分の心を守れない臆病な怪物。
他人から向けられた好意を信じられない哀れで愚かな化け物。
必死で牙を剥いて、人を傷つけて遠ざけて、自分の弱い心を守ろうとするクソッタレの外道。
それが自分の本質だ。
空虚感と絶望感が胸に去来する。
ポツリと麦野の高い鼻先に雫が落ちた。
やがてそれは間隔を狭めて降りてくる。
雨は容赦なく降り注ぐ。
二人の涙を隠すように。
そして雨音の静寂の中に、無機質な携帯電話の音が鳴り響いた。
麦野はヨロヨロと携帯を取り出し、滝壺を一瞥してディスプレイを見る。
そこに表示されているのは

『電話の女』


「仕事だ…」


麦野は歯噛みし、呟いた。

196 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 00:50:05.10 ID:.1uzavYo [2/32]

―――――――


ステーションワゴンの車内は緊迫した空気に包まれていた。
久しぶりの仕事前だからではない。
明らかに麦野、滝壺、浜面の様子がおかしい。
フレンダは、「今日はみんな機嫌よく帰ったはずなのになんで数時間でこうなるんだ?」と
後部座席で頭を抱えていた。


「仕事内容を説明するからみんなよく聴いてね」


隣で努めていつも通りに振舞おうとする麦野。
だが、顔は涙の跡でクシャクシャに腫れているし、雨で体中ボトボトだ。
同じように隣に座る滝壺も目元に涙の跡があり、びしょ濡れだった。
浜面はハンドルを握る右手の拳に真っ赤な血が滲んでいて痛々しい。


「私達の仕事は二つ。
 正式名称『超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター』。通称『ピンセット』を奪った奴らから取り返すこと。
 そして今私達が向っているのは『ピンセット』を奪った組織のうちの主犯が隠れ住んでいる場所ね。
 そこでこれを奪った『スクール』という暗部組織のリーダーを殺害することがもう一つ」


メールで送られてきた資料を見ながら指を立て、車内でキビキビと説明するところが逆に痛々しい。
フレンダは助手席の絹旗と顔を見合わせながら、心配そうに眉を寄せた。


「相手はリーダーだけなのか?」


自分達に気を遣わせないようにだろうか、浜面はいつもより少しだけ低い声で普通に問いかけた。
麦野も気にしないよう努めて頷く。


197 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 00:52:15.59 ID:.1uzavYo [3/32]

「そうみたい。今回だけはどうしても私じゃないとダメみたいね。他に構わずそいつだけに集中しろってこと」
「今回だけはって?」


まあとにかく仕事に集中しようと、フレンダが首を傾げた。


「『スクール』のリーダーの名前は『垣根帝督』。
 私と同じレベル5の第二位だから」


車内にまた別の種類の緊迫感が走る。
第二位のレベル5ということは、麦野よりも二つも上だ。
どんな能力かは知らないが、麦野でアレなのだからきっと冗談みたいな力を持っているに違いない。
フレンダは背中に妙な汗が流れてくるのを感じた。


「勝てないようなら最悪『ピンセット』だけは取り戻せってさ」
「ってことは、最優先は『ピンセット』で、ついでにレベル5を超抹殺ってわけですね?」
「そういうことね。ということで、今回の作戦を指示するわよ」


フレンダはゴクリと生唾を飲み込む。
第二位を殺害だと?今回の仕事はヤバすぎる。
あっけらかんとする麦野に頼もしさを感じながらも、彼女の心理状態が心配だった。
とにかくやらなきゃ生き残れない。
彼女の立てる作戦とやらが自分の命を握っているのだと、フレンダは震える手を押さえつけながら続きを待つのだった。


198 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 00:53:57.89 ID:.1uzavYo [4/32]

―――――――


「ふぁあ~、ねみーな。腹も減ってきたぜ」


第三学区、とある会員制サロンの一室。
中指と人差し指からガラス質の爪が伸びた、金属製のグローブを右手に装着している
ホスト風の男がソファの上で欠伸を噛み殺した。
彼の名は垣根帝督。
学園都市第二位のレベル5にして、暗部組織『スクール』のリーダーだ。
現在学園都市の様々な組織から追われる身の重要人物だが、彼はここに留まらざるを得ない理由があった。


「次の隠れ家手配の連絡予定時刻から既に1時間経過。これは殺されたわね」


反対側のソファで、背中の広く開いた真紅のドレスを身に纏う少女がそう言った。


「だろうな」


興味無さそうに垣根。
室内の大型テレビでつまらない深夜番組を見ながら、手に装着した『ピンセット』を弄んでいる。


「いいの?あまり一箇所に留まるのは危険じゃない?」
「ああ、お前はそろそろ移動してもいいぞ。って言うか、移動したほうがいいかもな。
 見張りを始め、他にも何人も連絡の無いチームがある。これは既に俺達は包囲されてるってことだ。
 お前なら能力で適当に煙に巻けるだろうし、ここにいられてもウゼェからさっさとどっか行け」
「あら、逃がしてくれるのね」


199 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 00:56:14.83 ID:.1uzavYo [5/32]

口元に笑みを浮かべて少女は立ち上がった。


「ああ、お前にいられても巻き込んじまうからだけだからな」
「ならもっと早く逃がしてくれればよかったのに」
「見張りの下っ端共の配置で敵の動きを測ってたんだ。
 むしろ感謝して欲しいくらいだな。既に俺の居場所を突き止めた連中はここに集まりつつある。
 つまり、包囲網は狭まってるってことだ。そこから外に出られれば、しばらくは追っ手も来ない」


立ち上がり、長い髪をかき上げながら垣根は冷たく笑った。
ドレスの少女は手をヒラヒラと振り、ドアへと向う。


「じゃ、お先に失礼するわ。落ち合うのは例の場所でいいわね?」
「ああ、俺も来客のようだぜ。待たせやがって。さくっとぶっ殺してくるとするか」


首をコキコキと鳴らして去っていくドレスの少女の背中を見送る。
垣根は、このサロンに配置した最後の見張りから通信が途絶えるのを確認した。


202 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 00:58:30.82 ID:.1uzavYo [6/32]

―――――――


麦野沈利は無心でサロン内を歩き回っていた。
外に配置してあった見張りらしき連中はフレンダ達に任せてある。
レベル5同士の、しかも規格外の第二位を相手に、彼女らに居られても邪魔になるだけだと判断したためだ。
もちろんそれ以外にも理由はある。
滝壺の能力があればより心強いが、今は彼女と連携をとれるような状態ではないし、
そもそも体晶を使ってくれなんて言えるわけがなかった。
麦野は半ばヤケになっていたのかもしれない。
滝壺との間に決定的な溝を生み出して、浜面との関係は破綻した。
もう私には戦うことしか残されていないのだと、麦野は死を賭して戦いに臨んでいる。
だから、情報のあった部屋の扉を開けることに何の躊躇いも無かったし、
そこで余裕の笑みを口元に称えた第二位が立っていても、何とも思わなかった。


「よぉ、美人だな。あんた知ってるぜ、麦野沈利。第四位だ」


第二位は人好きのする笑みで麦野を迎えた。
ポケットに手を突っ込んだままとは随分余裕だ。
所詮は格下に見られているということか。
そして彼の右手に装着されているのが恐らく『ピンセット』だろう。
ガチャガチャと見せびらかすように顔の前でガラス質の爪を動かしている。


「あんたの噂は色々聞いてる。下っ端の雑魚でも容赦なくグッチャグチャにしちまうド外道野朗だとかな。
 どんなおっかねー女かと思えば、意外と可愛い。
 あーでも外は雨か?化粧が崩れてるぜ。髪もボサボサだ。そこは俺としちゃあ減点だな」


よく喋る男だ。だが迂闊に動くわけにはいかない。
能力名が『未元物質(ダークマター)』という以外に、どんな能力か分からない上に
目標である『ピンセット』を装着している。
破壊してしまうのもそれはそれでまずいのだ。


203 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:00:44.26 ID:.1uzavYo [7/32]

「私はアンタみたいなヤツこれっぽっちも好みじゃないけどね。
 一応訊くけど、アンタが第二位でいいのね?」


麦野の問いに、くつくつと第二位は笑う。
何が可笑しいのか、麦野は少しカチンときた。


「そいつは違うな。間違えてもらっちゃ困る。俺は今、学園都市第一位のレベル5なのさ」
「…なんですって?」


今、と言ったということはやはりかつての第二位本人で間違いなさそうだ。
しかし、彼の言っていることの意味がわからなかった。
第一位の『一方通行』が行方不明だという噂と関係があるのだろうか。


「あんた知らないのか?
 今元第一位の『一方通行』は『こっち側』じゃもう死んだものとして扱われてるんだぜ。
 ま、本当かどうかはともかくな。ただ確かにここ1ヶ月くらいは全く目撃情報もない。
 既に学園都市にはいないのか、マジでくたばったのか…ま、どっちでもいいか」


ポケットから手を取り出し、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
身構える麦野。どんな攻撃を繰り出してくるか分からない以上、いつでも迎撃できるよう態勢を整える。


「つまり、どういうことか分かるかい?『原子崩し』―――」


二人の距離は1メートル。
この部屋全てが麦野の間合いだし、相手にとってもそれはそうだろう。
だから、距離はまるで問題ではなかった。


「さあ、教えてくれるかしら?『未元物質』」


204 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:02:28.78 ID:.1uzavYo [8/32]

麦野は挑発するように笑みを浮かべる。
垣根も呼応するように冷たい笑みを滲ませた。


「―――俺が学園都市で、一番強ぇってことだよ!」


ゾワリと、体中を悪寒が走り抜ける。
次の瞬間、麦野は全身を切り裂かれて床に膝を着いていた。
学園都市第一位という言葉の重みが脳裏を過ぎる。
何をされたのかまるで分からない。
本当に一瞬の一瞬、刹那の刹那。
瞬き一つの間よりも早く体から血が吹き出て視界を赤く染め上げていく。


(何だ…この能力は…)


麦野はかろうじて倒れ伏すのをこらえると、精悍に笑う垣根を見上げた。


「ぁ…ぁが…何…よこれ」
「所詮第四位、おっと失礼、今は第三位か。まあ分かりにくいし第四位でいいよな。
 こんな小手先の攻撃にも対応できないようじゃ、テメェ死んでも俺には勝てないぜ」


右手の『ピンセット』をカチャカチャと弄んで麦野の腹に思い切り蹴りを入れる。


「ぅぐぅっ…!」


205 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:03:36.47 ID:.1uzavYo [9/32]

かろうじて支えられていた体が無残にも地べたに叩きつけられる。


「…クソっ!!」


麦野は受身を取るよりも先に垣根の顔に右手を向けて閃光を放つ。
しかし、それは垣根に届くことなく霧散した。


「遅いな。発射までにタイムラグがありすぎる。余裕で対応だ。
 テメェは貴重な一発目を外しちまったぜ」


余裕の笑みはまるで崩れない。
駄目だ、差がありすぎる。
こんなのをどう倒せというのかと麦野の心を弱さが支配する。


「これが『未元物質』 」


垣根は謡うように呟く。


「異物の混ざった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよッ!」


精悍だった彼の顔つきが今、初めて獰猛な獣のものへと変貌した。


206 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:06:19.21 ID:.1uzavYo [10/32]

―――――――


ドレスの少女はサロンの廊下を優雅に歩いていた。
現在学園都市第一位である垣根帝督が負けることはまずありえない。
となればあとは自分がどう逃げるかという話になってくる。
建物内にいると彼の能力でどうなるか分かったものではないため、彼の戦いが終わるまで身を隠すというのは無理だ。


(少しリスクはあるけど、能力を使って逃げるしかないわね)


彼女の能力は『心理定規(メジャーハート)』
対象が「他人に対して置いている心理的な距離」を識別し、
それを参考にして相手の自分に対する心理的距離を自在に調整できる能力だ。
他人の感情を塗り替えることのできる強力な能力ではあるが、不確定要素も非常に多い。
人の心は不可解だ。他人との距離が縮まったからと言って、必ずしもこちらに好意的になるとは限らない。
だから彼女は極力この能力に頼り過ぎないようにしてきた。


(状況が状況だから仕方ないわね。このくらいは全然予想の範囲内。ピンチのうちには入らないわ)


コツコツとヒールの底を鳴らしながら大理石の床を歩いていると、5メートルほど先の曲がり角から
足音が聞こえてきた。


「ん…?」


207 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:08:18.95 ID:.1uzavYo [11/32]

先ほど敵が突入してきたときに中にいた人間はあらかた逃げ出してしまっている。
こんな余裕の足取りでウロウロしているということは、大体自分の敵だろうと、少女は警戒しながら歩みを止める。


「………」


二人の視線が交錯する。
目の前に立ちはだかったのは、自分と同じくらいの年の少女だった。
肩くらいの長さの茶色い髪に、細い体と鋭い目つき。


(『駆動鎧(パワードスーツ)』?)


相手の少女は『駆動鎧』と呼ばれる、学園都市の治安維持組織等に配備された、人間の身体能力を強化するための
スーツに似たものを身に纏っていた。
似たものと言うのは、本来なら幾重にも装甲板が重ねられ、巨大な安全装置や、ドラム缶のような頭部パーツを乗っけているせいで
結構なずんぐりむっくりとなるのだが、彼女にはそれがない。
細身の体のラインが分かる程度の装甲に、ドラム缶も乗っけていない。
右手の手甲になんらかの装置が取り付けられているようだが、それ以外は比較的軽装だ。
伝説の傭兵のようなその格好に、新手の警備会社でも来たのかと少女は警戒する。
しかもその顔は、どこかで見たような顔だった。


「……アンタ、バンクで見たわ。『心理定規』ね?」


感情を表さず、淡々とした口調で相手は言う。
学園都市の能力者データバンクでわざわざ自分のことを調べて、しかも顔を覚えている。
なるほど、敵だ。


208 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:10:04.86 ID:.1uzavYo [12/32]


「ええ、そうだけど。そういうあなたはどこのどなた様なのかしら?」


少女は能力を発動し、敵の心の奥深くに入り込む。
相手の最も近しい人間の名前を探し、その距離を自分との距離に設定する。
名前は難なく発見された。


「ふぅん。それがあなたの愛しい彼の名前なのね」


挑発するように笑うドレスの少女。
しかし次の瞬間、その表情が凍りついた。


「なるほど、通りで見たことある顔だと思った」


彼女の名を知って驚いた。だが勝算が揺らぐほどではない。
慌てずすぐさま彼女の中の最短距離を設定する。
距離単位は1。


「妬けるわね、心の全てを占める圧倒的な感情。
 好きで好きでたまらない。私がなくちゃ生きていけない。
 そうでしょう?」


209 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:12:51.87 ID:.1uzavYo [13/32]

勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
特に変わった様子を見せずに、スタスタと敵はこちらに歩いてくる。
様子がおかしい。効いていないのだろうか。
そんなはずはない。心に干渉する能力は目に見えないものであるが故、直接の攻撃性を持たない代わりに非常に防ぎにくい。
一歩後ずさるドレスの少女だが、敵はすぐに間を詰め、少女の額に左手を当てる。


「冗談でしょ?」


少女の笑顔がわずかに引きつる。
そんなこちらの様子を気に留めるのも煩わしいと言いたげに、敵は唇を小さく動かして、
淡々と言葉を紡いでゆく。


「知ってるわよね?私は最強の『電撃使い(エレクトロマスター)』。
 今の私は自分の脳内を走る電気信号すら自在に操ることが出来る。
 アンタの心理攻撃は私には効かないわ」


その言葉に、ドレスの少女は、観念したかのように瞳を閉じて肩の力を抜いた。
次の瞬間、バチバチという音とともに少女の体は壊れた操り人形のように跳ね上がり、
プスプスと黒い煙を上げながら硬い床に沈みこんでいく。
倒れてゆく彼女の体に興味を無くしたように、『電撃使い』の少女はゆっくりと何かを探すようにサロン内を歩いていった。


210 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:15:19.08 ID:.1uzavYo [14/32]

―――――――


浜面仕上は目的地であるサロンから少し離れたところに停めた車の中で思考の迷路に嵌っていた。
現在、麦野は単独で敵のリーダーの元へと向かい、他のメンバーは絹旗が見張りの兵を退けつつ、
万が一のとき仲間を回収するために滝壺を守りながらフレンダが敷地内にトラップを仕掛けて回っている。
麦野の戦いに新手の組織や敵の仲間が介入されると邪魔になるからという判断だった。


(何せ相手は学園都市第二位。麦野より強いのがあと3人もいるって、どんなヤツなんだ?)


麦野は強い。
正直やり過ぎだって思うこともよくあるが、とにかく『原子崩し』は徹底的に攻撃力に特化した能力だった。
防御や心への攻撃、他方面への応用性、それら一切を持たない代わりに、
どんな遮蔽物でも関係なしに貫き、溶解させ、跡形も残らず破壊する。
射程距離、効果範囲も莫大に広いし何より当たった箇所はその時点で原子レベルで分解される一撃必殺の能力。
反面、威力を上げて発動するためにはそれなり時間を要するし、フルパワーで放つと麦野の体も吹き飛ぶらしいため
それは出来ないということだった。
非常に分かりやすい長距離移動砲台。
本来なら遠くからこのサロンごと消滅させるというのが麦野好みの作戦だろう。
だが、今回の仕事は『ピンセット』とかいう装置を奪還しなくてはならない。
故に、能力を最大限活かしきれない近距離戦に及ばざるを得なかった。


(本当に勝てるのか、麦野?)


211 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:18:04.46 ID:.1uzavYo [15/32]

浜面は作戦開始前の麦野の顔を思い出した。
泣きはらし、雨でグシャグシャになっていた麦野。
麦野に誤解を与えて悲しませてしまった。
同じく滝壺も様子が変だったし、麦野との間に明らかな確執が見て取れた。
説得は失敗したらしい。


(俺のせいだよな…やっぱり)


やはりこの仕事が終わったら謝ろう。
と思っていたそのとき、車のウインドウを誰かが叩く。
小柄な金髪がピョコピョコ上下しているのが見えた。


「どうした、フレンダ。終わったのか?」


浜面は窓を開けてフレンダに問いかける。


「うん、あとは絹旗が入り口を固めといてくれるし、他の場所からの進入はもうできないよ。
 万が一のために滝壺もいるし」


なら中に入ればいいのにと浜面は思ったが、真剣な面持ちのフレンダがこちらをまるで睨むように見つめている。


「ん?なんだ?」
「浜面…ちょっと降りて話しない?」
「あ?仕事中だろ。そんな呑気な…」
「いいから。大事な話なの」


言われて浜面は車から降りる。
するといきなりフレンダは浜面の胸倉を両手で掴み、車体へ叩きつけるように押し付けた。


212 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:21:01.06 ID:.1uzavYo [16/32]

「つっ!何しやがんだよ!」


硬い車に叩きつけられ、浜面は自分より頭一つ以上小さな少女を見下ろす。
彼女は怒りの形相でこちらを睨みつけていた。


「お前、麦野に何した!?」
「何って、何が!?」


結構な力で締め上げられる。
護身術の心得でもあるのか、思った以上に力が入らないし身動きも取れない。


「麦野、泣いてたよ!あんなボロボロの麦野…何か余計なこと言ったの!?」


わなわなと唇を震わせて、フレンダが詰め寄る。
浜面は彼女の瞳を真っ直ぐに見られない。
心当たりがありすぎた。


「…滝壺が部屋にいるところに麦野が来た…」
「はぁ!?」
「ち、違うぞ!お前が思ってるようなんじゃない!
 滝壺が来てすぐ麦野が来たんだ!滝壺が何しに来たのか訊く前に来たから、
 上手く説明できなくて…麦野を傷つけた」


次の瞬間。浜面は足を引っ掛けられ、硬いアスファルトに後頭部から叩きつけられた。
一歩間違えたら死ぬぞ思っていると、フレンダの靴の踵で心臓部分を強く踏みつけられる。
プリーツスカートの中から下着が見えるのも構わず、フレンダは今まで見たこともないような冷たい目で
浜面を見下ろした。


214 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:22:42.21 ID:.1uzavYo [17/32]

「ぐっ…!」
「詳しく説明してよ。結局、もしあんたが取り返しのつかないことを麦野にしていたら、殺す訳だけど」


フレンダの青い目は拒否を一切許さない。
普段の騒がしくて誰彼構わずちょっかいを出してケラケラ笑っている明るい彼女はもういなかった。
彼女も麦野と同じだ。
学園都市暗部組織、『アイテム』の正規メンバーがそこにいた。


「…最後までちゃんと聞けよ?」


浜面はもうどうにでもなれとありのままを説明した。
麦野が普段家に料理を作りに来てくれていること。
家に帰ってゴロゴロしていたら滝壺がやってきたこと。
部屋に通したらすぐに麦野が来て、滝壺と気まずい雰囲気になったこと。
滝壺に言い訳をして怒られたこと。
滝壺が麦野を説得すると部屋を出て行ったこと。
次に麦野から仕事の連絡を受けたとき、彼女達はもうボロボロだったことも。
全て説明した。


「……浜面お前、やっぱ死ねよ」


フレンダの靴底がもう一度浜面の胸に突き下ろされる。
ミシミシと音を立てるあばら骨。
呼吸が止まり、激痛が全身を駆け巡った。


218 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:26:14.59 ID:.1uzavYo [18/32]

「ぐぉっ…!!」
「と言いたいトコだけどまだ間に合うか。あんたが滝壺と麦野に二股かけてたとかだったら
 もう死ぬより辛い目に合わせて磨り潰してやるとこだったけど」
「じゃあなんで踏み潰したんだよ…」


ゲホゲホと浜面は咳き込みながら苦しそうに言う。


「今のは浜面のバカさ加減に対しての制裁って訳よ。
 半分はあんたが悪いしね」


フレンダの表情はいつものフレンダに戻っていた。
浜面は咳き込みながらよろよろと状態を起こして彼女を見上げる。


「なんで俺があいつらに二股かけるんだよ…俺が好きなのは…」


拳を握ってステーションワゴンに思い切り叩く。
静寂に包まれた街に、驚くほど大きな音が木霊した。
ビクッと肩を震わせたフレンダは、だがその続きを待つようにクリッとした大きな目を見開く。


「俺が好きなのは、麦野なんだよ!」


浜面は自らを奮い立たせるように叫んだ。
驚いたようにフレンダが浜面を見つめている。


219 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:29:24.55 ID:.1uzavYo [19/32]

「悪いかよ!ああ!俺はあいつが好きだ!
 最近一緒にいるようになってどうしようもなく好きになっちまった単純な男だよ!
 料理作ってもらってさ、あいつの優しい言葉と笑顔にやられちまったクソッタレの童貞野朗だ!文句あるか!」


その咆哮を耳にしたフレンダは、口元を柔らかく綻ばせると、浜面に向って手を差し伸べた。


「そんなのさ、私に言われても困る訳よ。行こうよ浜面。もう半分のバカを助けにさ。
 このままじゃ、あんたの大事なお姫様が死んじゃうよ」
「フレンダ…」


浜面は迷わず手を取った。
少し考えれば分かることだったんだ。
麦野が何故単独で圧倒的な敵に挑んだのか。
もっと効率よく『ピンセット』だけ回収して、あとから第二位を遠距離射撃で消滅させる手を選ばなかったのか。
どちらが成功率が高いかなど、もう麦野にはどうでもよかったんだ。
傷ついた麦野は暗部としての自分だけに自分の居場所を見出した。


(滝壺と…俺を失って、混乱した麦野がとる行動なんて決まってたんだ…。
 キレた麦野がやることなんて、後先考えない大暴れしかねえだろっ…!)


浜面はフレンダともにステーションワゴンに乗り込み、イグニションキーを回す。
アクセルを最大限に踏み込み、不自然なくらい静かなサロンへ向って走り出した。


221 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:31:25.57 ID:.1uzavYo [20/32]

―――――――


麦野が死ぬかもしれない。
フレンダは確証はなくとも確信していた。
積極的に死のうとは思っていないかも知れないが、死んでも構わないとは間違いなく思っている。
浜面の話を聴いてなんとなく事態は飲み込めた。


(処女と童貞のカップルはこれだから困るのよね…。端から見てたらあんたらどう見ても恋人同士なのにさ、
 恋愛に自信が無いもんだから無駄に奥手になって…ああもうじれったい!)


麦野はきっと、浜面の気持ちを確かめに行ったんだ。
だからそこで待っていた光景を受け入れられなかった。
滝壺が浜面の家に何をしに言ったのかは分からない。
だがそれが何であれ、浜面の気持ちが麦野に向いている以上もはや関係はない。
滝壺が説得をしに麦野のところに向ったということも照らし合わせれば、
決して麦野にとって不幸な結末は待っていなかったはずだった。


(麦野、結局どんだけ不器用な訳よ…。まあそういうとこが可愛いんだけど)


きっと麦野のことだ。大暴れしながら走り去って、追ってきた滝壺にそれはそれは筆舌に尽くしがたい暴言を吐いたのだろう。
浜面のことをボロクソに貶して、まるで自分の精神の安定を図るかのように。
滝壺が浜面のことが好きなのはたぶん間違いない。一時は両思いだと思っていたくらいだ。
きっと麦野だってそう思っていた。
だからドキドキを胸に幸せな気持ちで浜面の部屋を訪れたとき、そこにいた滝壺を説明付ける理由が思い浮かばなかったんだ。
浜面のことを貶された滝壺は怒り、結局麦野を説得できずに二人の関係にヒビを入れただけに終わったのだろう。
そこまで考えて、フレンダは辻褄が合いまくっていることにゾクゾクと体を震わせた。


222 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:33:40.25 ID:.1uzavYo [21/32]

(どいつもこいつも…人の話に聴く耳持てってのよね…。)


間も無くサロンがある敷地の大きな門が見えてくる。


(全く、しょうがないなあ麦野は)


フレンダはため息をついて首を振る。


(こうなったら最後まで面倒見てあげるよ。麦野の初恋は、もうハッピーエンドが用意されてるんだから)


そこの門に立っている絹旗達を見つけると、浜面はブレーキを踏んで横付けした。


「はーい、乗った乗った!」


フレンダはワゴンのスライドドアを勢いよく開けて絹旗、滝壺を中に手招きする。


「どうしたんですか?まだ麦野が…」
「だから、あの馬鹿を回収しにいくの!今日の麦野じゃ駄目だ、一旦退いて立て直そう!」
「わ、わかりました!」


よく分からないといった感じだが、絹旗は車内に飛び乗り、滝壺もそれに続く。
滝壺の表情に特に変わりは無いが、幾分ピリピリとした雰囲気が見て取れる。


223 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:35:10.43 ID:.1uzavYo [22/32]

「車で入れるんですか!?」
「歩いて行ったほうがいいんじゃ…」
(さすがに体晶使ってくれとは言えない訳よ。あとで滝壺にもゆっくり説明しないと。
 えっと確か麦野がいるのは…)


フレンダは麦野が情報を得ていたサロンの部屋の場所を先ほど中で手に入れた室内見取り図で確認する。


(お、これならいけそうだ)


フレンダは浜面に見取り図を投げて渡し、皆に説明する。


「相手は学園都市第二位。どんな能力か知らないけど、たぶん私らじゃ裸で逆立ちしても勝てっこない訳よ。
 麦野を回収したら即離脱するよ。浜面、その印のついてるとこまで全速力!」
「お、おう?え?」
「詳しい説明はあとあと!麦野が死ぬトコ見たくなかったら、あんたは黙ってアクセル踏むの!
 絶対ブレーキ踏んじゃ駄目だからね!」


生き生きとした様子のフレンダに皆唖然としている。
こんなに真面目に仕事をしているフレンダなんて初めて見たと言わんばかりの一同。
浜面は言われたとおり、ギュッとハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。


「あーくそッ!頼むぜフレンダぁ!いくぞお前ら、舌噛むなよ!」


224 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:37:12.10 ID:.1uzavYo [23/32]

―――――――


「あっさりしすぎててつまんねーな。もちっと歯ごたえあるかと思ったが」


垣根は床に倒れ伏した麦野を見下ろし、頭をポリポリとかいた。
全身から血を噴出し、服もボロボロに破れているが、体中真っ赤に染まっているためどこが肌でどこが布か分からない。
ヒューヒューと隙間風のような呼吸でかろうじて意識を保っている状態の麦野は、
自分の体がまるで動かないことが悔しくて、せめてもの抵抗で垣根を睨み付けた。


「あァ?まだやる気ってか?やめとけよ。まあテメェを生かしてやるわけにはいかねえけど、
 大人しくしてりゃ仲間の何人かは見逃してやるからさ」
「じゃあ…さっさと……殺せよ」
「おいおい、俺はテメェをここで6時間も待ってたんだぜ。
 それくらいは楽しませてくれないと割にあわねーだろ」


麦野はこの男が何を言っているのか分からなかった。
私をたっぷりと犯して辱めるために生かしているのだろうか。
汚いものでも見るかのような麦野の視線に、垣根は獰猛に牙を見せて嘲笑う。


「勘違いするなよ。何考えてるか分かるぜ。確かにそそる体してるけど、俺はそんな小悪党じゃねえ。
 分かるか?くたばった『一方通行』。どこで何をしてるか分からねえ『超電磁砲』。今ここにいる俺とテメェ。
 実質これはレベル5の頂上決戦なんだ。もっと手に汗握る白熱バトルを期待してたんだが、なんか冷めちまったな」
「クソが…何が目的だ」
「だが、レベル5じゃなくても、そこに程近いめんどくせえ能力者は学園都市にはそこそこいる。
 テメェを殺すのは、そいつを殺した後だ」


225 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:39:42.20 ID:.1uzavYo [24/32]

そうか、今分かった。
こいつは滝壺を殺そうとしている。滝壺の能力は『能力追跡(AIMストーカー)』。
一度記録したAIM拡散力場の持ち主を、たとえ太陽系の外に出ても追い続け検索・補足出来る能力だ。。
さらにAIM拡散力場に干渉して能力者の『自分だけの現実』を乱すことで、暴走を誘発、攻撃への応用も可能な、
レベル4の中でもとびきり珍しく、強力な力だった。
滝壺が生き残っている限り、垣根はこの地球上のどこにいても居場所がバレてしまう。
麦野を餌に、ここで彼女を釣り上げて殺そうという算段ということだ。


「だったら…こんなとこにいないで直接あいつのところに行けばいいでしょ…」
「無駄だぜ『原子崩し』 。レベル5に背中を見せるのはアホのすることだ。
 俺とテメェは出会っちまった以上。どっちかが死ぬしかねえのさ」


バレバレか。最悪一度距離を置けば体制を立て直して遠距離から『ピンセット』ごと破壊してやることもできると思ったが、
この垣根帝督はその見た目に反して慎重な男のようだった。


「にしてもおっせえな。テメェ人望ないのか?ってか友達いねえだろ?性格悪そうだしなあ。
 いくら見た目綺麗でもそれじゃ男はできねえな」


ククッと馬鹿にしたように笑う。
別に腹は立たなかった。割と自覚していることだったし。


「もう少し悲鳴でもあげてくれりゃ、あいつらも焦るか?」


近づいてきた垣根は、麦野の手首を革靴の底で踏みにじった。


226 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:41:13.13 ID:.1uzavYo [25/32]

「あぐぅっ…!」
「いいねえ。雑魚をじわじわ嬲るのは心が痛むが、目的のためなら仕方ないよな?」
「…っざけんなぁっ!!」


踏みにじられた手から、青白い閃光を放出する。
それは意外にも垣根の靴の先を焦がし、彼の右足薬指と小指を消滅させた。


「ぐぉおああ!」
(効いた…?)
「っぶねー!さすがに触れてたら通っちまうな。
 そしてムカついた。テメェ、やっぱ今死んどけ」


垣根が両手を広げて何かをしようとしている。
現時点で彼が本気を出していないのは明白だ。
何かを本格的にやられる前に手を講じなくては逃げ出すことすら困難になってしまう。
いつ切れてもおかしくない意識の糸を必死で手繰り寄せて、自らを奮い立たせる。
そのときだった。
バチバチと、どこからか漏電するかのような音が聞こえてくる。
垣根もそれに気づいたのか、辺りを警戒するように室内に視線を送っていた。
麦野はこの感覚に、少しだけ嫌な思い出があった。
そしてそれは2秒後に、現実のものとなる。
轟音が鳴り響く。
部屋のドアを吹き飛ばし、そこから一人の少女が入ってきた。


「なんだお前?」


229 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:44:23.71 ID:.1uzavYo [26/32]

それは細く小柄な、どこか品のある中学生くらいの少女だった。
全身を薄い『駆動鎧』が覆い、肩くらいの長さの茶色い髪を靡かせてこちらに真っ直ぐ歩いてくる。
麦野は反射的に、飛び上がるように体を起こした。


「お前…なんで…ここにいるのっ…!」


苦虫を噛み潰すような麦野の声。
麦野は彼女を知っていた。


「…意外な奴が来たな。テメェは確か、あいつだろ?」


立ちはだかる少女は二人の顔を汚物を見る目で交互に見やる。
次に放つ言葉は、垣根と麦野で見事に重なった。


「常盤台の、『超電磁砲』」


そう。
彼女は学園都市第三位のレベル5。
最強の『電撃使い(エレクトロマスター)』。
通称『超電磁砲(レールガン)』。
御坂美琴だった。
しかしその雰囲気は麦野の知っている彼女とは少し違うものだ。
自分達が心底憎いとでも言いたげな冷たい視線。
彼女が学園都市暗部に堕ちたという噂は本当だったということだろうか。


「理由なんてどうでもいいわ。あんた達のこともどうだっていい。
 でも、一気に二人まとめて消せるのはラッキーだって思っていいわよね?」


232 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:47:08.74 ID:.1uzavYo [27/32]

垣根だけでなく、麦野も彼女の標的となっているようだ。
正直他の暗部の人間に消される理由など思い浮かばない麦野。
恨みを買った数なら暗部一を自称してもいいが、少なくともこんなタイミングで
『超電磁砲』が介入してくる理由など思い浮かばない。


「へえ。どうやって?俺が知りたいくらいだ。
 言っとくが、お前の能力じゃ俺には勝てないぜ」


垣根は一先ず瀕死の麦野は放置しておいて、先に御坂と戦うつもりのようだ。
体をそちらに向けた瞬間、御坂が大理石の床を蹴った。
恐るべき跳躍力。一蹴りで御坂は垣根に向って美しく弧を描いて飛び上がる。
垣根がニヤリと笑い、能力で何かをしようと手を振り上げた。
しかし御坂は引かない。
彼女は黒い手甲がついた右手で垣根に向って殴りかかる。


「ハッ!拳で来るとは意外だったが、そんなもん俺には何の意味もねえ!」


嘲る垣根。
パンッ!と何かが弾ける音がした。
御坂の体が弾け飛んだのではない。
垣根の顔面を御坂の右手が殴りつけたのだ。


「あァ?」


234 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:49:13.10 ID:.1uzavYo [28/32]

驚きと怒りと焦りが初めて表情に出た垣根。
彼は何故能力を使わなかったのか?
それとも見えない攻撃を御坂が避けたのか?
麦野が瞬きをする間に考えたその問いの答えは、もう出ることは無い。
御坂は垣根の顔面を左手で掴んで唇を小さく動かした。


「第二位、垣根帝督。意外と大したことなかったわね」
「テメェッ!今何しやが…!」


バシィッ!と今度は雷が空気を震わせる音が鳴り響く。
垣根の体が歪に跳ね上がった。
『超電磁砲』は最大十億ボルトの電気ショックを体から放つことができる。
そんな電流を体に流されれば、一瞬にして絶命することは間違いない。
ブスブスと黒い煙を体中から吹きだして、垣根帝督の体がドサリと床に転がった。
麦野は両目を見開き、驚愕を露にする。
自分が何も出来ずにいたあの垣根帝督を、何をしたかも分からぬうちに倒してしまった。
これは本当に御坂美琴なのか?
第三位が第二位をこんなにあっさり倒せてしまうなら、
どうして彼女は第三位の位置にいたというのだ。


「アンタ、何やったの…?」


少なくとも麦野の知る『超電磁砲』 はこんな強大な力を振るえる奴じゃない。
威力だけなら麦野の『原子崩し』にも劣っている。
確かに、『超電磁砲』はネットワークへのハッキングから電磁浮遊までその応用力の高さこそがキモであり、
それ故の第三位だ。
だが、とどめの電撃はともかく最初の拳は明らかに不自然だった。
どこかイレギュラーな、不気味な要素を持っている。
麦野にはそう思えてならなかった。


237 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:51:08.13 ID:.1uzavYo [29/32]

「知る必要は無いでしょ。アンタも今からこうなるんだから」


垣根の右手から『ピンセット』を取り外し、背中のバックパックに収納する。
御坂はこちらに向って歩いてくる。
そのときだ。
部屋の壁から爆発音とともに壁が吹き飛び、そこから一台のステーションワゴンが飛び込んできた。
そちらに視線を向けたその一瞬を麦野は見逃さなかった。
右手から御坂に向って青白い閃光が迸る。
さらに背中からロケットエンジンのように『原子崩し』の電子線を噴出させ、
一瞬して列車にも勝る速度に加速した麦野は、彼女の顔目掛けて膝蹴りを放った。


「チッ!」


理解の及ばない垣根の能力とは違う。
不可解な点はあるが御坂の能力はあくまで電撃だ。


「余所見なんて随分余裕じゃない!小さなお顔が無くなっちゃうわよ!?」


襲い掛かってくる攻撃が想像できる範囲内に収まっているから、麦野は迷わず御坂に最後の力を振り絞って突撃を仕掛けた。
まるで見えていたかのような反応で、右手で電子線を受け止めたことには驚いたが、それは最初からおとりだ。
麦野の膝が御坂の顎に炸裂する。


「ガ…ァガッ…!」


238 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:53:01.55 ID:.1uzavYo [30/32]

常人なら首がもげてぶちぶちと引きちぎれる威力だが、『駆動鎧』の効果なのだろうか、ゴキュッと鈍い音をあげただけに留まる。
だがそこで勝負は決しない。
顎に膝をめり込ませたまま、御坂は口を真横に引き裂き不気味に笑う。
驚いたことに彼女はその状態にも関わらず、バチバチを音を鳴らしながら左腕を異様な勢いで振り上げた。
麦野は咄嗟に気づく。


(コイツ、筋肉に電気を流して無理やり動かしてる…!?)


手首からコイン状の金属版を射出し、仰け反ったまま左腕を麦野の顔面に向けて伸ばすと雷が一筋走った。
これこそが彼女が『超電磁砲』たる所以。
親指で弾いたコインは轟音と共に空を裂く。
音速を超える弾丸を視認したときにはもう遅い。
左手が振りあがったとき反射的に首を逸らしたため直撃による頭部の粉砕はまぬがれたが、
その衝撃と雷の尾が麦野の右目を弾き飛ばした。


「ぐっ、ぉおおああああああああああああああああ!!!!!!!」


烈火の如き激痛が右目に走る。
御坂の体も勢いは殺しきれずに壁に叩きつけられるように床を転がった。
天井を吹き飛ばし、2階の屋根までも軽く突き破った弾丸が天に穴を開ける。
その降り注ぐ瓦礫の下で麦野は右目を押さえて絶叫した。
この間、突っ込んできたステーションワゴンが急ブレーキをかけてスライドドアを開くまでのわずか5秒ほどの出来事だった。


「麦野!!」


浜面の声がした。
だが真っ赤に染まった視界の中でパニックに陥っている麦野にその声は届かない。


240 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/26(月) 01:55:34.19 ID:.1uzavYo [31/32]

「ぁぁぁあアアアアアアあああああああああァああアあああああああああああッッ!!!!!!」
「私が行きます!」


車の中から絹旗が飛び出してきた。
『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の力でのた打ち回る麦野の体を担ぎ上げると、すぐさま車の中に飛び込む。
ドアを閉める間も無く浜面はバックで元来た穴から車を外に出すと、
勢いよくハンドルを切り返して敷地の外に出ようとアクセルを踏み込んだ。


「逃がさないわよッ!!」


御坂の叫び声が聞こえる。
フレンダはまだ開けっ放しのドアからぬいぐるみに偽装された爆弾を外に放り投げる。
ぐんぐんとサロンを突き放す速度だが、背後から御坂の『超電磁砲』がいくつも繰り出される。
フレンダの投げた爆弾の爆風によってほんのわずかにだが軌道を変えられたか、
それともめくれあがった石畳がうまく逸らしてくれたのか、その弾丸は車体のすぐ横をすり抜けて
車が敷地を出るまで直撃は免れることができた。


「浜面!とにかく麦野を病院へ!血を超流しすぎてます!このままじゃ本当に死んでしまいますよ!」
「分かってる!もう向ってるよ!」


麦野は歯をガチガチと鳴らし、顔面を蒼白にしながら焦点の合わない目で震えていた。
フレンダが麦野の名前を一心不乱に呼び続けている。
真っ赤に染まった体がレベル5同士の戦闘の壮絶さを物語っていた。
右目をずっと抑えて離さないその様子から、車内の一同は麦野の眼球が一つ失われたことを知ったのだった。


260 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:21:42.19 ID:wdvRG3go [2/28]

第七学区のとある病院。
集中治療室の前のソファで、浜面は無言で座りこんでいた。
周りには他のメンバーもいる。フレンダは壁際で膝を抱えてグスグスと震えているし、
絹旗はボロボロになったステーションワゴンを下部組織の連中に処分を依頼して戻ってきたところだった。
麦野と絶対何かあったはずの滝壺も心配そうな顔でフレンダの背中をさすってやっている。


(こうして見ると…やっぱ麦野の存在はでかいな)


傲岸不遜な麦野の態度を思い出す。
常に自信を崩さず、皆の先頭に立ち、なんだかんだ文句を言いながらもこいつらの面倒を見ていたのは麦野だ。
すぐに機嫌は悪くなるし、ウルトラ自己中だし、プライドは高くて扱いにくいが、それでもみんなの中心的な存在として
やるべきことはきっちりやっていた。そんな麦野に、みんな引っ張られてきたんだ。


(すげえな麦野。お前がいないだけで、俺たちはこんだけ沈めるんだぞ…気付いてるか…?)


なのにその麦野がいない。
浜面はまだ現実感が無く、どこか宙をふわふわ漂っているような感覚で、彼女らよりは幾分か冷静にしていられた。
皆が沈み込んでいるから自分まで落ち込んでいる余裕がなかったのかもしれないが。
フレンダが壁際に仕掛けていた爆弾を利用して室内に車で突っ込んだとき、
垣根帝督らしき男は煤だらけになって倒れていたし、麦野は別の少女と血だらけで戦っていた。
完敗だった。勝者はいない。
あえて言うなら、最後まで場に立っていたあの少女だが、麦野を取り逃がしている。


261 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:23:47.08 ID:wdvRG3go [3/28]

(あれ…誰だったんだ…?)


麦野の稲妻のような蹴りを小さな顎で受けきり、しかも反撃して彼女の顔面を吹き飛ばそうとするような相手だ。
そんな人外の知り合いに心当たりなどあるはずない浜面だったが、ふとある人物の名前を思い浮かべる。


(常盤台の『超電磁砲』だっけか?『電撃使い』のレベル5って言えば有名人だけど、こいつも暗部の人間だったのか?)


スキルアウトだった浜面は、能力者を相手に、リーダーの駒場利徳と共に戦っていたことがある。
結局駒場はどこかの暗部組織の人間に殺されてしまい、浜面もその後のつまらない仕事でヘマをして
今はアイテムの下っ端をやってるわけだが、当時ある程度有力な能力者の情報は見たことがあった。
一位や二位もなんとなく聞いたことがあるが、情報も少なかったし能力の内容を聞いてもさっぱり分からなかったので記憶に残っていない。
だが、常盤台の『超電磁砲』は違う。
恐らく彼女はこの学園都市で最も有名な超能力者。
レベル1から努力を重ねてレベル5までになった、誰もが一度は憧れる夢を中学生にして実現した生き証人だ。
浜面はそれも含めての才能だと断じていたが、彼女の噂に羨望を向けたこともある。
結局は無能力者でいることに耐え切れず、努力し続けるだけの根性もなく、路地裏に落ちて腐っていった
自分とはまるで正反対の人間だったはず。


(そんな奴が…どうして『こんなとこ』にいるんだよ)


努力できなかった凡人の自分とも違う。
天性のレベル5である麦野とも違う。
なのに行き着いた果てが同じ場所だと言うことに、浜面は悔しさがこみ上げてきた。


262 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:25:17.57 ID:wdvRG3go [4/28]

(どんなに頑張って努力した奴も、どんだけ正しく生きてきた奴も、この街の闇はみんな飲み込んじまうのかよ…)


浜面が壁を殴る音に、滝壺たちが肩をビクリと跳ね上げてこちらを見る。


「はまづら…?」
「あ…悪りぃ、なんでもねえんだ」


心配そうに問いかける滝壺をなだめるように力なく笑い、浜面は再び俯く。


(麦野…お前は『超電磁砲』がお前の前に現れたとき、どう思ったんだ…)


手術中のランプが点った扉を見つめる。


(死ぬなよ麦野…。お前もたぶん、俺と同じ気持ちだよな…。
 お前だって初めはきっと、『こんなとこ』に来るために学園都市へ来たんじゃないんだろ。
 こんな目にあうために、この街へ来たんじゃないんだろ?)


浜面は爪が食い込むほど拳を握る。
麦野と別れて床を殴ったときの傷から血が滲んだ。


(頼む麦野。俺は、まだお前に何も伝えてないんだ…)


263 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:27:24.01 ID:wdvRG3go [5/28]

携帯を取り出して電池パックに張られたプリクラを見る。
ぎこちない麦野の微笑。
照れくさそうな自分の気持ち悪い笑顔。
ギュッと携帯を握り締める。
浅はかな自分の行動で麦野を傷つけた。
ちゃんと謝りたい。
許してくれなくても、ちゃんと伝えたい。
ずっと遠回りをしてきたけど、ようやく自分の気持ちを自覚できたんだから。
祈るように携帯を額に押し当てる。
やがて集中治療室のランプが消えて、中から手術を終えた医者達が数人出てきた。


「麦野は、大丈夫なんですか!?」


絹旗の声と共に、浜面達は皆そのカエル顔の医者の下に駆け寄る。


「深夜だから静かにね?ここは病院だよ」


そのあまりの勢いにカエル顔の医者はゴホンと咳払いをして場を落ち着けると、
ゆっくりとした口調で麦野の現状を語り始めた。


「一命は取り留めたからまずは安心していいね。
 失血によるショック死の心配があったが、あれは彼女の能力かい?
 青白い光が傷口をループして出血を抑えていたから見た目ほど血は失われていなかったよ」


死という言葉に浜面はドキリとなる。
麦野じゃなかったらとっくにそうなっていてもおかしくなかったということが、背中に薄ら寒いものを感じさせる。
だが、とりあえず命は取り留めたことに、一同は安堵の吐息を漏らした。


264 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:29:11.44 ID:wdvRG3go [6/28]

「よかった…」
「うぇぇえええええ!よかった!よかったよぉ…!」
「よしよし。もう大丈夫だからね」


滝壺も胸を撫で下ろして隣でビービー泣いているフレンダを抱き寄せた。


「うん。あとは膝に打撲痕があるが、間接を少し痛めただけで骨は折れていないようだね。
 それから、彼女の右目なんだが」


一呼吸置いて一同の顔を見回す医者。
麦野がずっと呻き声をあげながら押さえていた右目だ。
浜面はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「残念ながら眼球が蒸発してしまっているね?
 加えて右眼窩周辺の火傷が重傷だよ。
 不幸中の幸いか、狭い範囲だから命に関わるほどではないが」


無情に突きつけられる言葉。フレンダが医者の白衣に掴みかかる。


「そ…んな!先生!麦野は女の子なんだよ!お願い!麦野を助けて…!」
「フレンダ、落ち着いて…」
「ひぐっ…えぐっ…だって…麦野あんなに綺麗な顔なのに…火傷の痕なんて…ぐすっ…」


滝壺がフレンダを医者から引き剥がしてその胸に抱き寄せる。
女の子である麦野が、顔に傷を負うことがどれほどのことなのか浜面には想像もつかない。
それ以上にこの事実を麦野にどう伝えればいいのだと、浜面は絶望感に膝から崩れ落ちた。


265 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:30:51.73 ID:wdvRG3go [7/28]

「む、麦野の顔は、元どおりにはならないんですか…?」


絹旗がおずおずと訊く。
カエル顔の医者はコホンと再び咳払いをした。


「まあまあ、落ち着いてね?人の話は最後まで聴くものだよ。
 視力は元通りとは行かないが、光を取り戻すことは可能だね。
 また、皮膚も眼球も見た目にはほとんど分からないよう回復はできる。だから安心していいよ」
「ほ、本当か…?本当かよ!?」


浜面はその言葉を聞いて、何度も確認するように医者の顔を見る。
医者は頷く。フレンダも滝壺の胸から顔をあげて、彼のカエル顔に視線を映す。


「ほんと?麦野の顔…元の綺麗な顔に戻るんだよね…?」
「当然だよ。僕を誰だと思っているんだね?」
「ぅ…ぅええええええ!!!!!」


大泣きし始めるフレンダ。
だが浜面にもその気持ちはよくわかった。
さも当然のように言ってのけたその年老いた医者の顔が、
浜面には最高にかっこいいヒーローのように見えたのだから。


266 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:33:01.51 ID:wdvRG3go [8/28]
―――――――


次に目が覚めた時、私の世界は何もかもが変わっていた。


午後3時。
麦野沈利は窓の外をぼんやりと眺めていた。
全身の皮が突っ張るような感覚と、右目が時折ズキリと痛む。
右目には顔をぐるりと一周するように包帯が巻かれ、視界が狭くて違和感があった。
これが今日から私が見る世界。


(これが文字通り、合わせる顔がないってやつか…)


麦野はついさっき目覚めたばかりだった。
この病院に担ぎ込まれて3日。昨日までは体中から多数のチューブが生えていたらしいが、
今は点滴のチューブが一本伸びているだけで体調もどちらかといえば良好と言える状態だ。
目が覚めるなりカエル顔の医者が来たため現状もある程度理解している。
しかし正直、皆には申し訳ないが体のことはわりとどうでもよかった。
いや、考えることが多すぎて、もはやそこまで頭を回す余裕が無いと言ったほうが正しい。


(さて、これからどうするか…)


今麦野の中にある懸念事項は3つ。


268 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:34:21.04 ID:wdvRG3go [9/28]

一つ。
浜面仕上について。
仕事の前にあんなことがあったばかりで、どんな顔をして合えばいいのか分からない。
あの時よりは精神も落ち着いているが、会うのが怖かった。


二つ。
滝壺理后について。
こちらはどうすればいいのか分からない。
今さらどの面を下げて彼女に会えと言うのか。
現在最大の懸念事項はそれだ。


三つ。
御坂美琴について。
当然のことながら、まだ仕事は継続中だ。
垣根帝督がどうなったのかは分からないが、『ピンセット』は御坂の手に渡っている。
これを回収するまでは、例え右目が無くなろうが手足が引きちぎれようが仕事は終わらない。


つまり結局のところ、何もかもが分からないことだらけだった。


(とりあえず、『超電磁砲』の情報を集める必要がありそうね…)


自分の身辺のことは仕事を終わらせてからゆっくり考えてもいいだろう。
とそのとき、コンコンというノックが個室の病室に響く。
恐らく自分がまだ眠っていると思ったのだろう。
こちらの返事を待たずにノックの主が入ってくる。


269 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:36:21.21 ID:wdvRG3go [10/28]

「麦野…」


フレンダだった。
起き上がっているこちらの姿を見るなり、じわりと目に涙を溜めてこちらに飛び掛ろうと両手を広げる。


「むぎのーん!!」
「ちょっ!駄目!傷開く!」
「やだっ!そんなの知らない!むぎのぉっ!よかったぁっ!よかったよ…!」


こちらの制止も無視して飛び掛り、麦野にギュッと抱きつく。
体にまだあまり力が入らないので、ゆっくりと彼女の頭を撫でながらなだめるように引き剥がす。
よく見ると学校帰りなのか、いつもの制服姿に革の薄いリュックを背負っていた。
喜びを顔一杯に表現して、涙と鼻水にまみれたフレンダがようやく離れてくれた。
麦野は嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような、よく分からない複雑な気分だった。


「ぐすっ…いつ起きたの?」


ベッドの側の椅子に腰掛けて、学校帰りに買ってきたらしいスーパーの袋から缶詰を取り出し、
缶切りで開け始ながら尋ねてくる。


「お昼ぐらいかな。って、あんた何ソレ?まさか鯖じゃないでしょうね?」
「やだなー麦野。さすがの私もお見舞いにサバ缶は持ってこない訳よ。
 じゃーん、桃缶だよ」


270 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:38:38.99 ID:wdvRG3go [11/28]

ラベルを見せながら無邪気に笑う。
甘いシロップに漬けられた、よくある黄桃の缶詰だった。


「嘘つくな、しっかりサバ缶見えてるわよ」
「え?あはは、これは私の晩御飯な訳よ」


ビニール袋を足元に隠して言う。
まあ電気信管で開けなかったところだけは褒めてあげるとしよう。


「あんた学校終わるの随分早いね」


フレンダが器に取り分けてくれた黄色い桃を食べながら問いかける。
時刻は現在午後3時を回ったところ。
通常ならまだ午後の授業を行っている学校がほとんどのはずだが、
フレンダはあっけらかんとした様子で答えた。


「麦野が目が覚めたとき誰もいなかったら泣いちゃうかもって思ったら居ても立ってもいられなくなって
 早退してきちゃった訳よ」
「泣くかっつの。サボリたかっただけでしょ」


ため息をつきながら桃を口に運ぶ。


「そんなことないよ」


フレンダは少しだけ真面目な口調で、麦野にもう一度縋るように抱きついた。


271 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:39:35.13 ID:wdvRG3go [12/28]

「心配したもん…。麦野、ほんとに死んじゃうかと思ったんだから」
「フレンダ…」
「うえぇぇ…」
「あー…はいはい」


すすり泣くフレンダ。
麦野は彼女の頭にそっと手を添え


「いたっ!」


手刀を振り下ろした。


「ドサクサにまぎれてお尻を触るな」
「チッばれたか」


頭を押さえながら涙目でフレンダは椅子に座りなおす。


「ま、ありがと。心配かけてごめん」


頬を赤らめて麦野がぶっきらぼうに言い放つ。
それを見てフレンダは嬉しそうに微笑んだ。


「あ、麦野。今みんなに麦野が起きたってメールするね。
 みんな毎日お見舞い来てくれてるんだよ」


273 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:41:50.75 ID:wdvRG3go [13/28]

携帯電話を取り出しながらフレンダがそう言う。


「みんなって…?」


麦野は恐る恐る問いかけた。


「絹旗も、浜面も…」
「そっか…二人も、来てくれてたんだね」


滝壺の名前が出ない。
麦野は少しだけ悲しそうに眉を寄せた。


「アンタ…知ってるの?」


それはもちろん滝壺と喧嘩していることについてだ。
話しておいたほうがいいか迷っていたので、フレンダがそのことについて知っているならば話が早い。


「うん。滝壺に教えてもらった。
 あ、麦野のこと、滝壺はもう怒ってないと思うよ?
 一応誤解だったってことは滝壺も分かってるみたいだったし」
「…たぶん、それは滝壺が冷静になったらすぐ気付いたと思うよ」


麦野が遠い目をして窓の外を見る。
フレンダはメールを打つ手を止めて麦野に視線を移した。


「え?」
「滝壺が怒ってるのは、滝壺に私がひどいことを言ったり、浜面を貶したりしたからだけじゃないんだよ…」
「結局、どういうこと…?」
「なんとなくは分かるんだけど、上手く言葉にできない」


275 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:43:48.25 ID:wdvRG3go [14/28]

麦野は表情を隠すようにフレンダに語りかける。
彼女は一つ嘘をついた。
確かに麦野は滝壺に罵詈雑言をぶつけて貶めた。
浜面を侮辱するような言葉を吐いた。
でもそれだけじゃない。
きっと滝壺が怒っているのはもっと根本的なことだから。
それが何であるかは麦野はもう分かっていた。分かっていたけれど、それを認める勇気がまだ出なかったのだ。


「ね、フレンダ。お願いがあるんだけど」
「え、何?」


頭にクエスチョンマークを浮かべていたフレンダに、話題を変えるように明るく話しかける。
自分の問題も大事だが、まだ自分達にはやらなくてはならないことがある。
そちらを片付けることをまずは優先しよう。


「『超電磁砲』のことを調べてくれない?」
「うん、いいけど、なんで?」
「あいつが『ピンセット』もってるからよ。取り返さなくっちゃね」


思った以上に麦野が元気だったことに安心したのか、
フレンダは二つ返事で頷いた。
戦いはまだ終わっていない。
あの御坂美琴は何を思い、何を考えてあの場所に現れたのか。
暗部というものから最も遠かったはずのレベル5が、今自分と同じステージの上で踊っている。
麦野には、その事実が何より許しがたいことだったのだ。


276 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:46:09.83 ID:wdvRG3go [15/28]

―――――――


(あー、暇だ…)


麦野は欠伸をしながら歩いている。
あれからすぐにフレンダは帰った。
自分に依頼された御坂美琴のことを調べるために今頃は奔走しているだろう。
夕方頃に浜面と絹旗が来るということなのでそろそろだと思うが、
部屋にいるのがあまりに退屈だったので点滴を勝手に抜いて病院内をうろついているところだった。
明日フレンダに雑誌でも買ってきてもらおうと思っていると、妙なものが視界に入った。


「ん?何だあれ」


思わず呟く。飲み物でも買おうと病院の談話スペースに向っていると、
自販機の前でアホ毛の少女がピョンピョンと手を伸ばして飛び跳ねている。


「んー…!んー…!もう!どうしてあなたはそんなに背が高いの、ってミサカはミサカは
 自動販売機に向って説教を食らわしてみたり」


自動販売機を叱り付けているその少女。
年は10歳前後。茶色の髪の頭頂部から鋭いアホ毛がピョコピョコと揺れている。


(だめだめ、あれは関わっちゃ駄目だわ)


めんどくさそうにもと来た道を引き返そうとする麦野。
誰か周りの大人に助けてもらいなと思ってチラリと彼女を見ると、少女は思いっきりこちらに視線を向けていた。


「そこの包帯のおばさーん!ってミサカはミサカはいいカモが来たぜと喜びを露に呼び止めてみる!」


278 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:48:50.71 ID:wdvRG3go [16/28]

せめてお姉さんと言え。
麦野は口元を引きつらせながら仕方なくそちらに近づいていく。


「どうしたの?お姉さんに何かご用?」


さすがの麦野でも小さな子供に「おばさん」呼ばわりされたくらいで機嫌を悪くしたりはしない。断じてしない。
中腰になって少女の目線で柔和に笑みを浮かべた。


「うん、実は自動販売機のボタンに背が届かないからお姉さんに押してほしい、
 ってミサカはミサカは何気なくお姉さんを強調して気を遣ってみたり」


いちいち心の中が漏れているのが腹立たしい。
なんとなく分かっていたが案の定のお願い。
まあそれくらいなら別にいいかと麦野は自動販売機に向かい合う。


「いいよ。どれが欲しいの?」
「いちごおでん!ってミサカはミサカは燃え滾る冒険心を抑えきれずに注文してみたり」


なんだそのグロい飲み物はと麦野が戸惑いつつボタンを押してやる。
ガコンと出てきたそれをいそいそと取り出し少女は言った。


「ありがとう!お姉さんも一緒に飲も、ってミサカはミサカは女同士の親睦を深めることを期待してみたり」
「はあ?なんで私が…」
「うるうるうるうる…ってミサカはミサカはいたいけな視線であなたの良心に訴えかけてみる」


279 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:50:22.90 ID:wdvRG3go [17/28]

心底めんどくさそうな顔をした麦野に少女は涙目で見つめ返してきた。
まあ暇だからいいか。


「わ、わかったわよ。じゃあ私も飲み物を…」
「あ、ヤシの実サイダーを飲んでみたい!ってミサカはミサカは密かな願望を打ち明けてみたり」


500円玉を入れてどれにしようか思案していると少女がリクエストをする。


(一緒に飲もうって、マジで一緒に飲む気か)


しかもそんな得体の知れない飲み物を誰が買うんだと思いながらヤシの実サイダーのボタンを押す。
さらにお釣りをもう一度投入し、普通のミルクティーを購入した。


「あれ?二本も飲むの?ってミサカはミサカはあなたの喉の乾き具合を心配してみたり」


缶を二本取り出し、ヤシの実サイダーを不思議そうにしている少女に押し付ける。


「え?え?え?ってミサカはミサカは突然の事態に困惑してみたり」
「それ飲みたかったんでしょ?あげるわ。
 あ、でもお腹壊すといけないから一気に飲んだら駄目だよ」


アホ毛のふよふよしている頭を一撫でして、麦野はミルクティーのプルトップを開けながら談話コーナーのソファに腰掛ける。


「おおお!お姉さんありがとう!ってミサカはミサカは世間の温かさに感動してみたり!」


281 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:52:38.46 ID:wdvRG3go [18/28]


ものすごく嬉しそうにパタパタとアホ毛を振りながら、少女は麦野の隣にちょこんと腰掛ける。
ここまで喜んでもらえると麦野も少し嬉しかったりするのだが、決して表情には出さない。


「あなたここに入院してる子?」


隣で美味しそうにいちごおでんをグビグビいっている少女に問いかける。
少女は病院用の入院服ではなく、水色のワンピースに明らかにブカブカのYシャツを羽織っていた。


「ううん、ミサカの知り合いが入院してるの、ってミサカはミサカは素直に答えてみたり」
「そう。ミサカっていうのはあなたのお名前?」


さっきからあまりにもエキセントリックすぎて突っ込めなかったが、ミサカと言えば御坂だ。
よく見ると顔もなんとなく似ているような気がするが、まさか姉妹とかじゃないだろうなと
麦野は恐る恐る尋ねた。


「ミサカの名前は打ち止め(ラストオーダー)、ってミサカはミサカは今更ながら自己紹介してみたり」


ミサカ=ラストオーダー?
何人だと思いながらも、学園都市はやけに変な名前の人間も多いので深くは追及しない。


「ふうん、入院しているのはあなたのお友達か誰かなの?それか、兄弟とか」


姉妹だったら困るので一応確認してみる。
案の定打ち止めは首を振った。


「入院してるのはミサカの命の恩人。でももう一ヶ月以上も目を覚まさないの、ってミサカはミサカは少ししょんぼりしてみる」


282 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:54:39.36 ID:wdvRG3go [19/28]

アホ毛を垂れ下げて打ち止めは言う。
少し可哀想なことを聞いてしまっただろうか。
命の恩人というから、きっと交通事故から救ってくれたとかそういうことなんだろう。
麦野は気まずくなった空気をどうしようかと思案していると、打ち止めが麦野の袖口を引っ張った。


「お姉さんの名前は?ってミサカはミサカは沈黙に耐え切れず尋ねてみたり」


逆に気を遣われてしまったようだ。


「麦野!」
「そう、麦野…って、え?」


名前を呼ばれ、その方向を見る。
浜面と絹旗が呆れたような顔でそこに立っていた。


「お前、何やってんだ?」
「おー、ムギノって呼んでもいい?ってミサカはミサカは距離感を縮めようと提案してみる」
「いいわよ、打ち止め」


柔和に微笑んで麦野は打ち止めの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに打ち止めは顔を綻ばせた。


「無視すんな!」
「っさいわねー。ちょっと待てないの?
 ごめんね打ち止め。私そろそろ戻るわね」
「またお話できる?ってミサカはミサカは期待を込めた眼差しを新しいお友達に向けてみたり」
「そうね、別に構わないわよ。それじゃあね」


285 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:56:30.74 ID:wdvRG3go [20/28]

もう一度打ち止めに笑いかけてやってから、浜面達のもとへ駆け寄る麦野。


「バイバイ、ムギノ、ってミサカはミサカは覚えた名前を早速呼んでみたり」
「はいはい、またね」


手をヒラヒラと振り返して、麦野は部屋へと戻った。
扉を閉め、ベッドによじ登って布団を膝にかける。


「お前なあ、昨日まで点滴だらけだったくせにもうチビッ子と仲良くなったのか?」
「確かに超意外でした。麦野って子供好きですか?」


絹旗がベッド脇の冷蔵庫にお見舞い品を入れながら言う。
浜面は病室とは言え女の子の部屋にいささか緊張しているのか、
まだ入り口付近でキョロキョロしていた。


「アンタ、何しに来たの?」


窓の外を見つめたまま麦野は言い放った。
側で絹旗が凍りつく。
もちろんそれは彼女に向けられた言葉ではない。
ドアの前で突っ立っている男に向けてだ。


「麦野、俺は…」
「やめて」


ズキリと右目の傷が痛んだ。


「私、二度とアンタの家には行かないって言ったよね。
 それの意味わかってる?」


286 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:58:22.66 ID:wdvRG3go [21/28]

もちろんそれは彼の部屋を訪れないという意味。
だがその言葉には、もう彼と日常を共有しないという意味が含まれている。
あの一件が自分の誤解だったことはもう分かっているし、浜面の言い訳に悪気がないのも知っている。
だが麦野はもう信じ切れなかった。
浜面をではない。
浜面に対する自分の心をだ。


「麦野、聞いてくれ。俺はお前に言いたいことが…」
「絹旗、せっかく来てくれたのにごめんね。ちょっとコイツと話したいことがあるから少しだけ外してもらってもいい?」


浜面の方は一切見ず、絹旗に力なく笑いかける。
すると絹旗は、自分の手荷物を持って何かを思案するように顎に人差し指を当てて言った。


「あー、そう言えば私今日友達と超約束があるんでした。
 今日はもう戻って来れそうにないですね。トンボ帰りですみません。
 二人で超ゆっくり話でもしててください」


分かりやすい嘘をついて絹旗は「じゃ」と出て行く。


(優しいね、絹旗。あんた達はどうしてそんなに良い奴なのよ…。
 私がどうしようもないクズだって…突きつけられてるみたいだよ)


絹旗が浜面の横をすり抜け、扉を閉めた。
すぐに浜面がこちらに近づいてくる。


288 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 01:59:49.50 ID:wdvRG3go [22/28]

「来ないで!」


彼の足が止まった。
麦野は夕焼けに染まる学園都市から視線を外さない。


「それ以上近づかないで。私はもう、アンタとはいられない」
「なんでだ麦野!あの時は俺が悪かった。あんなヘラヘラと言い訳をしちまってごめん!
 もっと堂々としていれば、お前に迷わせちまうこともなかったのに…。
 だからハッキリと言わせてくれ!俺は…麦野!お前が―――!」


心臓が高鳴る。
ずっと聴きたかった答えが、そこにある。
ずっと欲しかった言葉が、もうそこにあるのに。
麦野は唇を強く噛む。
弱さに負けるわけにはいかない。


「―――お前が好きなんだ、麦野!!」


唇に血が滲む。
浜面の顔は見ない。
見たらきっと、私の弱い心は彼を受け入れることを望むだろう。
一時の感情に流されて、私は分かっているはずの問題から目を逸らしてしまう。
ここでそれを受け入れたら、私は本当に取り返しの着かない事態を招いてしまうことになるのだ。


「……で?」


289 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 02:01:25.40 ID:wdvRG3go [23/28]

震えていなかっただろうか?
抑えられていただろうか?
麦野は平坦な声で浜面にぞんざいな言葉を投げつける。


「で…って、何がだ」
「だから、私が好きだから、何?
 私とヤリたいの?だったらいいよ、一回だけさせてあげるから、もうそれで帰って」
「お前…それ本気で…」


浜面の言葉に悲しみと、怒りと、失望が宿る。
嘆く彼の言葉を受け止めよう。
麦野は拳を握ってそう決意する。


「違うの?じゃあ何?アンタは私に何を望んでるの?」


そんなの、言葉にすることじゃないって分かっている。
付き合って欲しいとか、そんなのを望んでるんじゃない。
ただ彼を遠ざけたかっただけの意地悪な言葉。
このまま浜面を手に入れてしまったら、きっと滝壺の怒りから目を逸らしたまま緩やかに崩壊の道を辿っていくことになる。
だから、私はそれが分かるまで浜面から離れたかった。
それで彼が私から離れていくことになったとしてもだ。


「俺は麦野と一緒にいたいんだ!
 俺の自惚れならそう言ってくれ。でも、麦野だってそう思ってくれてたんじゃないのか!?」


290 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 02:02:42.06 ID:wdvRG3go [24/28]

浜面の言葉には力がある。
迷いもない。
彼はきっとただその言葉を私に放つために悩んで、苦しんで、ここまで来たんだ。
嬉しい。
嬉しい。


「無理だよ…」


もう震えは隠せない。
麦野は右目を守るように巻かれた包帯を、ガチガチと鳴く指で外す。
怖い。
怖い。
シュルシュルと解けていく包帯。
赤く血に染まったそれがシーツの上に柔らかく落とされていく。
視界に変化はない。だが、包帯の圧迫感を失ってもなお半分のままの世界が、私が隻眼であることを嫌でも認識させる。
この左目だけで見る世界は思いのほか普通で、だけど真っ直ぐに彼を見つめることを決して許さなかった。


「私、こんな顔になっちゃったんだよ?」


ポッカリと赤黒く空いた眼窩。その周りをケロイド状になったピンクの肌が覆っている。


291 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 02:04:21.84 ID:wdvRG3go [25/28]

「それがどうした。そんなもんで俺がお前を諦めるとでも思ったのか?」


揺らがない浜面。
むしろ卑怯な手を使った私を嘲るように見つめる。


「バカだなぁ…浜面は」


でも浜面ならそう言うと思っていた。それは素直に嬉しい。
でも顔は元に戻ると言われていた。
だから私が言いたいのはそうじゃない。


「もう帰ってよ、浜面」
「麦野!」


傷を負ったことで、私は浜面に対する甘えが芽生えることが怖かったのだ。
私は無意識のうちに誰かに心を開くことを恐れている。
誰かを信じることができないでいる。
だからきっとこのまま浜面を受け入れたら、いつか私は傷を負わせてしまった責任を感じて
私と一緒にいてくれるんじゃないかと思ってしまう。


「帰って!もう嫌なの!これ以上私を惑わせないで!おかしくなっちゃいそうなんだよ…!」


292 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 02:06:22.23 ID:wdvRG3go [26/28]

浜面はそんなこと思う奴じゃない。
信じたいけど、信じきれない。
あの滝壺との一件で麦野が気づかされたのはそれだった。
信じて、裏切られるのが怖い。自分がこれ以上傷つくのが怖くて怖くてたまらない。
そんな自分に反吐が出るような思いだった。



「浜面の気持ち…すごくすごく嬉しいよ。
 浜面のこと、嫌いじゃない。ううん、きっとあの時は浜面のこと…。
 でももう駄目なのよ…。私、浜面の気持ちに応えてあげられない」


左目から涙が零れる。
右目を無くして涙が流れないなら、哀しみも半分になってくれればいいのにと麦野は思った。
シーツを強く強く、引き裂くように握り締める。


「今のままじゃ、浜面にちゃんと伝えられない!浜面に嘘をつきたくない!」


麦野は叫んだ。
強固に自分を守っているものは未だ崩れない。
浜面の心をぶつけてもらっても、まだそれを掴みきれないでいる。


「じゃあ、待っててもいいんだろ?麦野」
「っ…!」


293 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/27(火) 02:10:06.64 ID:wdvRG3go [27/28]

麦野は涙で揺らめく景色の中、真っ直ぐな浜面の視線に目を奪われた。


「お前が自分の気持ちを信じられるようになるまで、待っててもいいんだよな!?」


麦野は言葉を失う。
どうして浜面はそんなにも想ってくれるのだろう。
わがままで、乱暴で、臆病で、可愛げのないこんな私に、どうしてそこまでの言葉をかけてくれるのだろう。


「ごめんね…浜面。もう来ないで…お願いだから…」
「麦野…」
「こんな私でごめん…好きになってくれて、ありがとう」


浜面の問いに麦野は答えられなかった。
明確な拒絶ができるほど強くもなく、彼を受け入れられるほど割り切れない。
自分でも呆れるほどのクズっぷりに、胃の奥のモノが喉までせりあがってきて嗚咽する。
その日、浜面はそれで帰っていった。
本当にあと少し。
あともう少しで自分の中での何かが変わりそうなのに。
浜面との約束を麦野は思い出す。
普段の自分はただの女の子でいること。
今の自分を支える最後の生命線。
彼を遠ざけてなお、彼とのただ一つのその約束が、狂いそうな麦野の心をここに繋ぎとめていた。
だから麦野は浜面の想いを正しく受け止められない自分を責めるように、その歯がゆさに爪を立てるように、
一人誰もいない病室で声をあげて泣いた。
閉ざされたままの心は、未だ開くことは無く。


313 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:09:53.48 ID:DaR6wgwo [2/73]

―――――――


辺りは静寂に包まれていた。
まるでこの世界には彼らしかいなかったかのように。
辺りに散乱する瓦礫の山が、その戦いがいかに激しいものであったかを物語っていた。


「■■ッ!■■ッ…!」


少女は倒れ伏した黒髪の少年に縋りつき、何度も何度も彼の名を呼んでいる。
やがて彼女たちの側で、もう一つの白い影がゆらりと立ち上がった。


「…クソがァ…」


白い影は、口や鼻から止め処ない鮮血を垂らして体を揺らしている。
ボタボタと冷たいコンクリートの上に血溜まりを作り、目の焦点も合っていない。
黒髪の少年の渾身の一撃を顔に喰らい、もはや立ち上がれたことが奇跡だった。
それは本当に些細な神の悪戯。
黒髪の少年にもし、あとほんの少しだけの力が残っていたら、倒れていたはずの人物は逆だったかもしれない。
あるいはそんな未来もあったのだろうか。


「あんた…絶対許さないからッ…!」


少女は白い影を睨みつける。
この世のありとあらゆる恨みと呪いをかき集めたような視線だった。


314 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:12:16.58 ID:DaR6wgwo [3/73]

「うる、せェよ…三下がァ」


白い影は力なく応える。彼にももはや体力が残っていないのは明白だった。
確かに彼は生き残った。絶対的な勝者となったのは、その白い少年であるかのように思えた。
しかし。
彼自身や、彼を取り巻く環境はそう思ってはいなかった。
それを証明するかのように、金網を突き破って何台ものトラックが進入してくる。
黒い『駆動鎧』がトラックの荷台からバタバタと降りてきて、少女に手に持った大きな銃の照準を向けた。


『実験は中断。目撃者を排除します』


頭に乗せたドラム缶の中から、そんな声が聴こえたのを、少女はぼんやりと聞いていた。
ああ、どうやら自分はここで死ぬらしい。
自分の最も大切なものを失って、目的も果たせず、ただその巨大な銃弾によって全身を穴だらけにされて。
そんなことが、許せるか?


「……っざけんなぁ!!」


少女は己に問う。誰がそれを、許す?
こんな結末を誰が認めるものか。
少女は黒髪の少年を背負い、『駆動鎧』に向けて稲妻の弾丸を放つ。
音速の三倍の速度を持つ彼女の弾丸は、眼前の『駆動鎧』が銃弾を放つよりも速く。
何の躊躇いもなくその装甲を粉々に吹き飛ばした。
初めて人を殺した感触は、少女に何を与えたのか。


316 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:14:52.41 ID:DaR6wgwo [4/73]

『抵抗は止めろ。大人しくs』


辺りの『駆動鎧』は次から次へと雷に打たれ、中の人間を電子レンジのように沸騰させていく。
悲鳴もなく、ただプラスチックのプラモデルをバーナーで炙るように。
少女の体はいつしかバリバリと放電を起こし、近づいてくる者全てをなぎ払う。


「…あんたら、私を誰だと思ってんの…?」


『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の崩壊は、彼女に暴走という形で力を与える。
だがそんな天災と化した彼女も、既に手負いの無勢。
あっという間に囲まれ、対能力者用の装備で全身を包んだその『駆動鎧』達に追い詰められていた。


『手間かけさせてくれたな。後ろのガキもろとも…ゴキュッ』


目の前の駆動鎧から、不可思議な音が鳴る。
その音は伝染するように、全ての駆動鎧が歪な方向に折れ曲がっていく。
ごきごき。
ぶちぶち。
びちゃびちゃ。
人間の壊れていく音。無機質な破壊の音。
少女は垣間見た。その奥で、忌々しく歯噛みする白い影を。


「…いけばいいだろォが」


317 名前:姫神は好きです。でも出ません ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:17:07.91 ID:DaR6wgwo [5/73]

白い少年は呟く。血の色をした瞳を腹立たしげに細めて。


「はぁ?何のつもり?」


少女は顔を歪めて首を傾げた。いつしか、彼女の瞳からは光が消えていた。


「今回だけは見逃してやる…。気が変わらねェうちに…とっと失せろ」


白い少年も、今や自らの口や鼻から流れる血で体は真っ赤に染まっていた。
少女は黒髪の少年を背負ったまま、白い少年に宣告する。


「…絶対殺してやる。あんたも、こいつらの仲間も…全部、全部」


自らに言い聞かせるように。
微動だにしない黒髪の少年の体温を感じながら、少女の心は凍り付いていく。


「■■をこんな風にした奴は…みんな殺してやるから」


その日、少女の復讐が始まった。


318 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:20:20.53 ID:DaR6wgwo [6/73]

―――――――


次の日もその次の日も病室に浜面は現れなかった。
浜面に告白されたその日の麦野の様子は酷いものだった。
自己嫌悪で何度も何度も嘔吐を繰り返し、それに呼応するように右目の痛みがその存在を主張する。
次の日は幾分か平静を取り戻したが、相変わらず右目が痛んだ。
しかし、麦野にはその痛みや苦しみがとても心地の良いものだった。
ここで呼吸をしているだけで浜面や滝壺を傷つける自分には、このジリジリとした焼け付くような痛みは似合いの罰だと思っていたから。
もう心なんて壊れてしまえばいいのにと思うが、浜面との最後の約束が未だ自分をこの現実に押しとどめている。


(甘えてるな…私は…)


最後の一線を踏み越えることも出来ない腑抜けに成り下がった己の腐った性根にまた吐きそうだ。
でも、一人でいられるのはそう悪いことばかりでもない。
一人になって考えられる時間が増えたので麦野にとってはありがたいことだった。
とにかく今は御坂美琴から『ピンセット』を取り返さなくてはならないため、それに対して時間を割くことができる。
他にも、毎日欠かさず来てくれている絹旗やフレンダとの何気ない会話も、麦野の心に少しだけ安らぎを与えてくれていた。
浜面との一件から2日後。今日も、病室には絹旗とフレンダが二人で訪れている。


「御坂美琴。
 常盤台中学2年生。成績優秀、品行方正。
 飾らず誰にでも分け隔てなく接し、多くの同級生や後輩から慕われている絵に描いたような理想のお嬢様
 っていうのが、常盤台中学の生徒から聞いた情報な訳なんだけど…」


フレンダが困ったような声で手元のメモを見ながらそう言う。


319 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:22:36.25 ID:DaR6wgwo [7/73]

「「嘘だ」」


麦野と絹旗の声が揃う。


「だよね、やっぱり」


フレンダは一日走り回って得た情報の書かれたメモをクシャクシャにしてゴミ箱にポイと捨てた。
御坂美琴はかつて『絶対能力進化計画』関連施設に単身乗り込んでその悉くを破壊し尽くそうとしていた女だ。
それをどの口が品行方正だとか言っているのか。
麦野は額に手をあててやれやれと首を振る。


「学校だと割と大人しいのかもしれませんよ?一応学園都市最大の超お嬢様学校ですし。
 それとも物凄い超猫かぶりとか」
「うーん、それが意外と大した情報が出てこないんだよね。
 裏表のない人格なのか、腐ってもレベル5だから情報統制されてるっていう可能性も捨てきれない。
 常盤台の子達みんな明後日の方向見ながら嬉々として語ってたし。憧れというより崇拝だよね」
「何にせよまともな人間が人の顔面ふっ飛ばそうとしないって」


麦野が右目を押さえながら言う。


「でさ、『超電磁砲』本人周辺からじゃロクな情報が出ないもんだから、
 あいつが壊して回ってた研究所の『絶対能力進化計画』ってのについて調べてみた訳よ」


メモを一枚めくり、フレンダがもったいぶったように言う。


320 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:24:20.11 ID:DaR6wgwo [8/73]

「それって確か、『一方通行』がレベル6に進化するための実験ってやつでしょ?
 それが『超電磁砲』にどう関係があるの?」
「そう思うよね?じゃあどうしてあいつは例の施設を破壊して回ってたのか。
 面白いワードが出てきちゃったわけよ」


ふふん、とフレンダがペンを口元にあててニヤリと笑う。


「もったいぶらないで話してください。面会時間超終わりますよ」
「えー、だって朝までかかって調べたんだもーん。麦野のおねだりだからもうこっちも全力な訳よ」


ブーブーと唸るフレンダの頭を撫でてやる麦野。


「はいはい、感謝してるわよ。で、何がでてきたの?」


麦野の言葉に満足そうに頷き、フレンダは息を大きく吸って言葉を放つ。


「『量産型能力者(レディオノイズ)計画 』」


フレンダの顔つきが変わった。それは一つ核心に近づく情報であることを言外にほのめかす。


「遺伝子配列のパターンを解明し、偶発的に生まれるレベル5を確実に生み出すことを目的として、
 『超電磁砲』のDNAマップから量産軍用モデル、いわゆるクローン、『妹達(シスターズ』を誕生させる
 って計画なんだけど、これがもう大失敗。
 『妹達』の能力は『超電磁砲』の1%の力にも満たない文字通りの『欠陥電気(レディオノイズ)』だったもんだから計画は凍結。
 一旦は頓挫しちゃった訳ね」


321 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:28:09.24 ID:DaR6wgwo [9/73]

フレンダが一呼吸置き、飲み物を口に含む。


「そして、行き場を失った『妹達』は今度は『絶対能力進化(レベル6シフト) 』って実験に送られることになった訳よ。
 で、この実験内容ってのが『一方通行』が『20000通りの戦闘環境で「妹達」を20000回殺害する』
 っていうものだったみたい」
「それは知ってる。20000人全員同時にぶっ殺していいなら私もやってみたいもんだわ」
「なるほど。それを止めようとして『超電磁砲』は研究施設を超破壊して回ってたってことですね?」


絹旗の言葉にフレンダが頷く。


「計画は途中までは順調に行われた。
 でも『超電磁砲』の妨害が入り、『絶対能力進化』も先送り。事実上の凍結となったみたい。
 さらにそれからしばらくして何かの事故で『一方通行』も行方をくらませてしまった」
「ちょっと待って、それって『超電磁砲』が消えたことに本当に関係あるの?
 今のままだと何もかも『超電磁砲』の望んだ通りの結末になるわよ」


麦野が話を止めるが、フレンダはペンを彼女の顔の前で揺らして口元に
笑みを浮かべたままチッチッチと舌を鳴らした。


「まあ最後まで聞きなよ麦野。
 このとき『一方通行』の実験を妨害したのは『超電磁砲』ともう一人いたって話がある訳よ。
 実はこの妨害の後、『超電磁砲』は学校にも寮にも戻らなくなってるらしいの。
 もしかしたら、このときにもう一人の協力者を失って…」


麦野の頭の中でカチリとピースがはまった。


「そうか、そいつを助けるためか、もしくは復讐か。
 確かに実験を止めるために関連施設をぶっ潰して回るような奴ならやりかねない」
「たぶんそれが正解だよ麦野。
 それから、学園都市各地で『超電磁砲』が路地裏のスキルアウトや暗部組織、それに関わる研究施設等を
 潰して回っているという目撃談がそこそこに出るようになったってわけ。
 『上』の連中も動いてるみたいなんだけど、何せ相手はレベル5だから、まだ上手く成果が出せてないみたいだね」


322 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:31:09.49 ID:DaR6wgwo [10/73]

なるほどと思った。
そう考えれば、垣根にも麦野にもどちらにも攻撃を仕掛けてきたことが納得できる。


「『一方通行』が未だに行方不明っていうのも、もしかすると『超電磁砲』が超関わってるのかも知れないですね。
 でもどうして『絶対能力進化』は先送りになったんでしょう?」


絹旗は顎に手を当てて思案する。
続けてこんなことを言った。


「『一方通行』が超負けた、とか」
「…まさかー。相手は第一位でしょ?」
「いいえ、ありえるわ。負けたとまでは行かなくても、妨害が成功してしまったとしたら。
 絶対無敵の能力者を作り出す実験が、そもそも妨害される次元にあること自体、
 計画の見直しが検討されるには充分な理由になるから」


今度は麦野がそう答えた。


「その後『一方通行』がどうして行方不明になったのかは超分かりませんし、何とも言えませんね」
「ま、そこまでは私たちが考える必要は無いわ。
 『超電磁砲』から『ピンセット』を取り返すところまでが私たちのお仕事だし。
 第一位の居所自体は別にどうだっていいからね。
 よく調べてくれたね、ご苦労様フレンダ」
「えへへー、ではでは麦野、ご褒美のチューを」


唇を突き出し両手を広げてこちらに迫ってくるフレンダ。
麦野は右手で彼女の額を押さえつけて突き放す。


「しねーっつの。
 確かに『超電磁砲』の目的は分かったけど、だからってあいつの居場所が分かったわけじゃないでしょ。
 暗部を全て潰そうとしてるって言うならいずれ放っておいても私らのところに来るんだろうけど…」


323 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:32:51.37 ID:DaR6wgwo [11/73]

そんなものを手をこまねいて待っていられない。
現に、彼女によって攻め込まれた組織や施設は全て潰されているじゃないか。
単独行動である分動きを掴みにくいが、このまま各個撃破されるのを待つわけにも行かないだろう。


「まあとにかく『超電磁砲』の身辺をもうちょっと洗ってみるか。
 まだ決定的な何かが足りない気もするし…」
「だね。いつ攻めてくるか分からないから、麦野も気をつけて」
「ですね、怪我人なんですから仕事もいいですけど、早く回復できるように超心がけてください」


フレンダと絹旗は立ち上がる。


「あ、もう帰るの?」


麦野は少し名残惜しそうにそう言った。


「うん。長居して体に障ると良くないし。けど寂しいなら朝まで添い寝してあげるよ?」
「いらん、帰れ」
「ああん、つれないなー」


抱きついてくるフレンダを両手で突き放し、部屋を出ようとする二人をベッドから見送る。


「わざわざありがとね、あなた達も気をつけて」
「超余計な心配ですよ。じゃ、また明日来ますから」
「お大事に麦野!まったねー」


そう言って部屋を出て行く二人。
がらんとした部屋の中で麦野はすぐさまある心当たりを思い浮かべた。
そろそろ体調も完璧に整ってきたところだし、このままじっとしていると余計なことまで考えたりして
体も鈍りそうだ。
麦野は一人グッと拳を握って窓の外に視線を送るのだった。


325 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:36:17.27 ID:DaR6wgwo [12/73]

―――――――


次の日、麦野は病院を抜け出して第七学区の南西端まで来ていた。
ここは『学舎の園』と呼ばれる5つのお嬢様学校が作る共用地帯。
地中海沿岸を思わせる白い屋根と石畳が敷かれた洋風の町並みで、
道路標識や信号機も同じ日本国内とは思えないほどデザインの違いがある。
街の入り口となる入場ゲートの前で、麦野は腕を組んで難しい顔をしている。


「さて、どうするか」


昼食には久しぶりにお気に入りのシャケ弁を食べてご満悦だったが、彼女は今一つの問題に直面していた。
この『学舎の園』は筋金入りの箱入りお嬢様がこの中だけでも生活できる程に設備が整っている反面、
並みの学校の15倍以上もの敷地の周りは高い煉瓦造りの壁を積み上げ、内部には無数の監視カメラが
仕掛けられているという完全に外界と隔離された街だった。
そのため警備も異様に厳重であり、麦野は今進入方法を考えているところだった。


(適当に壁壊すか…?いやいや、騒ぎになったら人探しどころじゃなくなる。
 いっそその辺の奴の制服を脱がして…この私に追い剥ぎやれっての…?)


クリーム色の半袖コートを羽織り、同系色のギンガムチェックのストールを首に巻いたモデル風の女が
門から出てくる学生たちを餓えた野犬のような隻眼でねめつけている。
どこかの学生へのお礼参りかとヒソヒソこちらに好奇の視線が集まっているので、麦野は段々イライラしてきていた。


(クソ、ムカつくな。これだからお嬢様は…)


327 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:39:30.53 ID:DaR6wgwo [13/73]

育ちの良さそうな令嬢達が麦野と視線を合わせないようにビクビクと通り過ぎていくのを横目に見ながら
門周辺に女性警備員が増えているのを忌々しげに思い、口元をヒクつかせる。


(何見てんのよ…。私がそんなに怪しい人間に見えるってわけ!?
 まぁ見えるか。顔に包帯巻いてこんなとこに突っ立ってたらそりゃね。
 けど取り押さえるためのこの人数よね…。
 そんなに大暴れしそうに映るのか私って奴は)


そもそも麦野はこんなところに何をしに来たのか。
簡単に言えば、白井黒子を探しに来たのだ。
御坂美琴のことを「お姉さま」と呼び慕っていた彼女なら、もう少し御坂についての詳しい情報を聞きだせるかも
しれないとの考えからここまで来たが、門の前で立ち往生するハメになり、困っていたところだ。


(うーん、やっぱ警備員に事情話して呼び出してもらうか…?今更無理よねぇ)


しかも、今になって気づくが、彼女が敷地内に寮を持つ学生だったらこんなところで何時間待っていても
現れないのではないのだろうか。
休日であるこの前とは違い、真っ直ぐ家に帰ってそのまま明日の宿題でも始めてしまっていたら完全な無駄足だ。
少し焦ってきた麦野は、丁度そのとき目があった常盤台の学生の腕を掴んで可能な限りの笑顔を浮かべて話しかけた。


「ねえあなた。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


学内できっと有名人であるはずの御坂の腰巾着なら、もしかしたら知っている人間もいるかもしれない。
フレンダだって常盤台の生徒に聞き込みしたんだから自分にだってできるはずだ。
試しに尋ねてみようと少女に微笑むが、彼女から反応が返ってこない。
しかも顔が妙だ。頬を赤らめ、トロンとした目線で麦野を見つめている。


328 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:41:41.32 ID:DaR6wgwo [14/73]

「は、はい…私に何か御用でしょうか…お姉さま」
「ひっ!」


お前はフレンダかと薄ら寒いものを背中に感じながら慌てて手を離す。


「なんでもないよ、ごめんなさい…」
「そ、そうですか…あの…もしよろしければお友達に…」
「ご、ごめん間に合ってる!」
「そうですか…」


胸元をキュッと握り締めて切なげな表情で少女は足早に去っていく。
お嬢様学校とはかくも恐ろしいものかと思いながら次のターゲットを探す。
今度は快活そうな女性徒が目の前を通ったので、肩をポンポンと叩く。


「キャァァァァアアアアアッッ!誰かぁ!!誰か助けてぇええ!!」


先ほどから門を睨みつけている麦野を見ていたのだろう、こちらの顔を確認するなり女生徒は
涙を目に溜めて絹を裂くような悲鳴をあげた。


「えっ!?ちょ!?何!?何もしてない!」
「そこのあなた、何をしているの!」
「だから何もしてねーっつってんだろ!」


すぐに声を聞きつけた女性警備員がわらわらと集まってきた。


(常盤台、潰す!潰す!絶対潰す!)


心の中で誓いを立てて、麦野は一目散に逃げ出した。
しばらく走り、肩で息をしながらもう二度とあそこには行けないなと立ち止まる。
そのときだった。


329 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:42:52.73 ID:DaR6wgwo [15/73]

「逃がしませんわよ、変質者さん」


背後から聞き覚えのある声がかけられる。
まだ追ってくるかと慌てて振り返ると、そこではツインテールを揺らした小柄な女生徒が
腕章をこちらに見せ付けるように向けて高々と宣言するところだった。


「『風紀委員(ジャッジメント)』ですの」


結果オーライ。
麦野は白井黒子がそこに立っていると認識すると、「よくぞ来てくれた」と胸を撫で下ろす。


「女性を狙う女性の変質者とは、世も末ですわね。
 あなたには恥も外聞もありませんの?大人しくお縄を頂戴してくださいな」


スタスタとこちらに歩いてくる白井。


「あら、あなたは…?」
「そうよ。分かるでしょ?」


ようやく気づいたようだ。
彼女はこちらの顔を確認すると、呆れたような表情でこう言った。


「まあまあまあ。まさかあなたが痴女でしたとは…」
「…。もうなんでもいいわよ」


麦野は体中の傷がぷちぷちと開いていくのを感じながらうなだれるのであった。


330 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:44:43.03 ID:DaR6wgwo [16/73]

―――――――


なんとか道すがら白井の誤解を解いた麦野は、常盤台とは別の学校にこの辺りの『風紀委員』が
所属している支部があるらしく、彼女に着いてその中学校にやってきたところだった。
『学舎の園』とは違ってごく普通の公立中学校の敷地に入り、その校内の一室が彼女たちの詰め所らしい。


「まったく、わたくしを探しておられるのでしたら『風紀委員』の詰め所を訪ねてくださればよろしかったですのに」


第百七十七支部と書かれたその部屋の前で、白井は指紋認証の機械に指を当て、扉のロックを解除する。


「あなたが『風紀委員』だなんて、そんなこといちいち覚えてないっての。
 あの時は頭に血が上ってたし」


バツが悪そうに通された室内に入る。校内というよりはごく普通のオフィスと言った様子の室内。


「そう言えばあの時は胸倉掴まれてそれはそれは恐ろしい顔で睨まれましたものね」
「あ、白井さん。お客さんですか?」


からかうような口調で白井が部屋の隅にある来客用の小さな応接コーナーに麦野を案内する。
室内でパソコンに向ってカタカタやっていた頭がお花畑の地味目の少女がひょっこりとこちらを向いた。
セブンスミストで見たような気がするとぼんやりと思い出す。


「ええ。常盤台の女生徒ばかりを狙う悪質な痴女ですけれど」
「ふぇええ!白井さんどうしてそんな危険な人を入れちゃったんですか!?」
「あの時のこと根に持ってんの?悪かったって」


331 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:46:10.07 ID:DaR6wgwo [17/73]

向かい合って座り、白井が軽口を叩く。
麦野は額に手を当ててうんざりしたようなため息をついた。


「冗談ですの。それで?わたくしにお姉様の何を聞きたいんですの?
 最初に申し上げておきますけれど、お姉様のスリーサイズと所有しておられる下着の数は
 黒子だけの秘密ですのよ」
「えっそんな…」


興味ないと一蹴してやるのもよかったが、なんとなく向こうはその反応を待っているような気がするので
わざと驚いてみる。
すると案の定白井は怪訝そうな眼差しをこちらに向けてきた。


「えっ…本気ですの?」
「嘘よ。どうでもいいわそんなもん。お金貰っても聞きたくない」
「キー!なんなんですのあなたは!わたくしをからかうためにここまで来たんですの!?」
「オーライオーライ、よくわかったわ」
「はぁ?なにがですの?」


こいつもフレンダだ。
と麦野が白井の扱い方を確認したところでお花畑の少女がお盆の上にお茶を乗せて近づいてきた。


「楽しそうですね。どうぞ」


お茶を麦野の前に置いて柔らかく微笑む。


332 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:47:17.76 ID:DaR6wgwo [18/73]

「ありがとう、可愛らしい髪飾りだね」


頭頂部はド派手だが素朴ないい子だと思いながら色とりどりのお花畑を褒めてやる。
だが彼女はキョトンとした表情を作ると、笑顔のまま首をかしげる。


「なんのことですか?」
「ん?」
「そんなことより!ほんとにあなたは何をしにいらしたんですの!?
 お茶を飲みに来ただけならわたくし忙しいので仕事に戻らせて頂きたいんですけれど!」


どう反応を返すべきかと迷っていると、キーキーと白井が喚き散らす。
彼女をいじり倒すのは面白そうだが、こちらもそんなことにかまけているほど暇じゃないので
本題に移ることにした。


「そうね、率直に訊くけど、『超電磁砲』の行きそうな場所に心当たり無い?」
「はあ?やっぱりあなたお姉様のお知り合いでしたの?
 前は知らないと言ってらしたのに」
「細かいことはいいのよ。あいつを探してるの。
 二ヶ月前に『超電磁砲』が行方を眩ませてからどこへ行ったのか、知ってることない?」


ストッキングで覆われた足を組んで、麦野は問う。
顎に手を当てて思案するような仕草をする白井。


333 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:49:37.36 ID:DaR6wgwo [19/73]

「当然のことながら、わたくしもお姉様の行きそうな所は定期的に探して回っていますの。
 ご学友の方々にもお話をお伺いしましたし、お姉様好みのファンシーグッズが売っている
 ショップの方にも聞き込みをしましたけれど…残念ながら」


眉を顰めて首を横に振る。
まあここまでは予想通りだ。だが麦野は何かが引っかかっていた。
そう例えば、御坂の協力者について。
もしかしたら選択肢から外している人物がいるかもしれない。


「行ってない場所とかはないの?例えば…恋人とか」
「んまっ!お姉様に恋人なんておりませんの!絶対絶対絶ぇっ対ッ!いませんの!」


ムキーッとツインテールをぶるんぶるん揺らしながら白井が怒り狂う。
恋人がいないと頑なに言い張っているが、『一方通行』の実験場に乗り込むなどそれこそ正気の沙汰ではない。
偶然居合わせた可能性もあるが、その後の彼女の行動を考えれば、
やはり御坂にとってかなり信頼のおける人物であったはずだ。
それこそ、その人物を失った御坂が学園都市の闇全てに喧嘩を売るほどに。
となればやはり家族や恋人、親密な友人。
でなければ余程のお人よしだろう。


「じゃあさ、『超電磁砲』が消えてから同時期に見なくなった人とかいない?」
「見かけなくなった方ですの?そんなこと訊いてどうするんですか?
 それにそんな方に心当たりなんて…あっ」


334 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:50:59.80 ID:DaR6wgwo [20/73]

白井は何かを思い出したようだ。
少し忌々しそうに。しかし頭の中に引っかかっていた問題がスッキリと解決したかのような表情で。


「そう言われてみれば最近あの殿方を見ませんわね…。
 これはもしかして…」


まずい、気づかれたか。
白井のような『風紀委員』とは言え一般の学生を学園都市暗部という掃き溜めに
関わらせるわけにはいかない。
どう取り繕うかと麦野が思案し始めたとき、白井はわなわなと震えて勢いよく立ち上がった 
 

「もしかして駆け落ちではなくてー!!!?」


この世の終わりのような顔で頭を抱えて髪をグッシャグッシャとかき回している。


(よかったバカで)


ますますフレンダの顔を思い浮かべながら、麦野は白井が落ち着くのを待つ。
下手に絡むと盛大な脱線事故を起こすということを、フレンダ達との普段の会話から学習している。


「もう白井さん!うるさいですよ!」


席に戻っていたお花畑の少女に怒られた。
しかし白井はキッと少女を睨みつけるとさらに大暴れを続ける。


335 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:52:28.30 ID:DaR6wgwo [21/73]

「初春ェっ!これが静かにしてなんていられますかっ!お姉様があの殿方と行方を眩ませてしまったんですのよっ!
 今頃遠い異国の地で爽やかな青春の汗と共に愛情を育んでいらっしゃるかと思うと黒子は!黒子はぁっ!」
「ふぇぇ!御坂さん駆け落ちしちゃったんですか!?大人ですねー」
「がぁぁ!そんなはずありませんのー!滅多なこと言わないでくださいましっ!
 そんなこと、たとえ天が許してもこの白井黒子が断じて許すわけにはいきませんわー!」
「白井さんが自分で言ったんじゃないですかー」


そうら、脱線事故だ。
これに巻き込まれるなんてまっぴらごめんな麦野は出されたお茶を啜り、足を組みなおしてソファに沈み込む。
早く終わってくれないかなあと思いながらため息をつくと、部屋のドアが開かれ女生徒が二人入ってくる。


「もう白井さん、外まで声聴こえてるわよ。何騒いでるの?」


眼鏡の女生徒は『風紀委員』の腕章をつけている。
彼女は麦野と同い年くらいだろうか、白井達よりは随分と大人っぽい。
自分よりも大きな胸が麦野の自尊心をちょっぴり刺激した。


「こんちわー!そこで固法先輩に会ったんで遊びに来ましたー!」


今度はロングヘアを靡かせた快活そうな少女だ。
お花畑少女と同じ制服を着ていることから、この学校の生徒だろう。


336 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:56:38.52 ID:DaR6wgwo [22/73]

「あ、固法先輩。佐天さん。お疲れさまです」
「お疲れさま、初春さん。あら、お客さん?ごめんなさい、騒がしくて」
「白井さんのお知り合いの方だそうですよ」
「へー、そうなんだー。はじめまして!」
「お邪魔してます」


目が合ったので麦野は会釈する。
そこでようやく白井が大人しくなった。


「取り乱しましたの。ええと、それで…なんでしたかしら?」
「ああ。だからその駆け落ちした男のことを詳しく…」
「駆け落ちなんてー!黒子はぁ!黒子はぁぁあ!」
「白井さんうるさいっ!」


眼鏡の女生徒に怒られ、再び暴走した白井が額に汗を滲ませながら座る。


「落ち着いた?んでね、その殿方ってのは、『超電磁砲』にとってどんな相手だったの?」


麦野も変な爆弾に触れてしまったと冷や汗を流しながら問いかける。
落ち着きを取り戻した白井が顎に指をあてて「そうですわねー」と唸った。


「認めたくはありませんが、確かにあの殿方とお姉様は喧嘩する程度には仲が良いと言わざるを得ませんわね」


337 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 00:58:30.13 ID:DaR6wgwo [23/73]

喧嘩という言葉に一瞬滝壺を思い出す。
が、すぐにその考えを頭から追い出し、白井に尋ねる。


「喧嘩?レベル5と?ああ、痴話喧嘩ね」
「まっ!そんな不愉快な言葉おっしゃらないでくださいまし!
 お姉様は毎日のようにその殿方に電撃を放つわ飛び蹴りを食らわすわ、それはそれは楽しそうに…」
「楽しいのかそれ…。殺そうとしているようにしか聴こえないんだけど」


こんな情報役に立つんだろうかと思いつつ、麦野は続きを待つ。
もう打ち切ってもよかったのだが、白井の顔が少し曇ったのが気にかかったからだ。


「いいえ、楽しかったのだと思いますわ。お姉さまは常盤台のエースにして学園都市第三位のレベル5ですもの。
 お姉様が喧嘩を出来る相手なんて、ルームメイトである黒子やその殿方くらいしか存じ上げませんの」


御坂美琴に友人はいないのか?なんて野暮なことは麦野は訊かなかった。
その気持ちは、きっと麦野が誰より分かっていることだったから。
レベル5は人の輪の中心に立つことはできても、輪の中に加わることはできない。
望む望まざるに関わらず、彼らは常に他人からの嫉妬と羨望の中に在る。
それは麦野も例外ではなかった。
小学生のとき、初めての能力測定でレベル5判定を受けた麦野は、己の溢れる才能を誇示するわけでもなく、
ただその力を在るがままに受け入れていた。
自らと比較して他人を貶めたわけではない。
圧倒的な力を他人に突きつけたわけでもない。
だが麦野はその能力測定の日を境に、孤独な少女になった。


338 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:01:11.53 ID:DaR6wgwo [24/73]

「ッ!」


歯噛みし、右目の傷が痛むのを押さえる。
様子に気づいた白井がこちらのを顔を覗き込むのに気づいて、嫌な記憶を振り払うように首を振って笑う。


「ちょっと傷が痛くて」
「そう言えば確かにそのお顔、どうなさいましたの?不躾なことを訊くようで申し訳ありませんが」
「ああ、大したことないから気にしないで。ちょっと怪我しちゃっただけ」


間違ってもアンタのお姉様に吹っ飛ばされたんだよとは言えない。
話を戻すが、御坂美琴がその少年に自らと対等な関係を求め、少年は自覚の有無はともかくそれに応えていたのだろう。
なんとなく浜面の顔を思い出す。
彼もまた、自分の理不尽な言葉にも文句を言いつつ付き合ってくれた。
気がつけば彼のことを思い出していることが気恥ずかしくて、慌てて首を振って思考を元に戻す。


「それより、その男はよく『超電磁砲』の能力を受けて今まで平気だったね?
 まあ手加減はもちろんしてたんだろうけどさ」
「それが妙なんですの。
 わたくしも詳しいことは分かりませんけれど、どうもその殿方、お姉様の攻撃から必死に逃げるんですが、
 それで怪我を負った所を見たことがありませんの」


確かにそれは妙だ。
それだけ毎日のように攻撃を受けて、愛想も尽かさずしかも無傷とは。
と、そこで御坂が繰り出した不可解な右手のことを思い出す。


(もしかしてあの女、能力を打ち消すものを持っていた…?例えばAIMジャマー。例えばキャパシティダウン)


339 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:02:22.35 ID:DaR6wgwo [25/73]

暗部にいる者なら、どちらも一度くらいは耳にしたことのある代物。
前者は各種重要施設ではたまに見るものだし、キャパシティダウンは何ヶ月か前にスキルアウト間で流行した装置だと言う。
御坂はそれを小型化したようなものを所持していたのではないだろうか。
かなりの電力を消費すると聞くが、彼女の能力ならば全く問題ない。


(じゃあその男は…?そんな能力聞いたことないけど、私が知らないだけ…?
 ま、ビリビリされて喜ぶ頑丈なマゾ太クンだったってことでもいいけど)


今はそこは大した問題ではない。
とにかくだ。御坂がその男を失うことで学園都市暗部に対する復讐を行う動機は充分分かった。


「アンタのお姉様、その男のこと好きだったのかもね」
「んなっ!なんということをっ!」


ついうっかり口に出してしまった。
白井はわなわなと青ざめていくが、後ろからの先輩の視線が怖いのか三度大暴れするようなことはない。


「ま、まあ確かになんとなくそうなのかとはわたくしも思っておりましたけれど…。
 あの殿方のことを話すときのお姉様はとても嬉しそうでしたし、休みの日にはあの殿方を探しに街に繰り出しているのでは
 ないかと思うときもありましたから」


341 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:05:14.35 ID:DaR6wgwo [26/73]

納得いかなそうな白井だが、きっと心の中では御坂の淡い恋を受け入れようとしていたのだろう。
最後には少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「その男、学校分かる?どこに住んでるとか、見た目とか」
「えーと、髪は黒くてこうツンツンで…まあ見た目はごく普通の男子学生という感じですわね。
 ヘラヘラしつつも力強い印象は受けましたけれど」


身振り手振りを交え、思い出すように白井。


「学校もご自宅も知りませんの。名前も忘れましたわ。興味もありませんでしたし。
 でもお姉様とよく公園で談笑してらしたから、この近くの方ではありませんの?」
「そう。ありがとう。最後に公園の場所だけ教えてもらってもいいかな?」
「ええ、今プリントして差し上げますわ」


これ以上は情報も出なさそうだ。
とりあえず男の家の近所まで行ってみて、また聞き込みでもしてみようと麦野は立ち上がって白井に礼を言う。


「そう言えば、まだお名前を伺ってませんでしたわね」


お花畑少女の席に行き、地図を検索してもらっていると白井が思い出したように尋ねてくる。


「あれ、そうだっけ?麦野だよ。麦野沈利」
「「え?」」


342 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:06:49.36 ID:DaR6wgwo [27/73]

ピタリと、白井と眼鏡の女生徒の手が止まる。
この反応は麦野にとっては慣れたものだった。


「ん?なになに?みんなどうしたんですかー?」


適当な席に座ってネットサーフィンをしていたロングヘアの少女がキョロキョロと皆の様子を交互に見る。


「麦野沈利さんって…もしかしてレベル5の…」


眼鏡の女生徒が驚愕の表情で麦野に声をかける。


「「レベル5ぅぅうう!!!???」」


ロングヘアとお花畑が目をグルグル回してこちらの顔をまじまじと見る。
こうなるとめんどくさいと麦野がため息をついた。


「って、御坂さんと同じじゃないですか!?第何位なんですか!?」


お花畑が悪気無くそう訊いてくる。
その目にはこれほどまでに詰め込めるのかというくらいのとびきりの尊敬の念が見て取れた。


「麦野さんは第四位のレベル5よ」


と、呆れたような声で眼鏡。


「初春は学園都市に来て何年になるんですの?そんなことも知らないなんて、『風紀委員』としての自覚に欠けてますわよ」


343 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:08:45.83 ID:DaR6wgwo [28/73]

白井も「はぁ」とあからさまなため息をつく。


「白井さんだって気づいてなかったくせにー」
「初春ゥ!わ、わたくしはお姉様以外の方の能力には興味ありませんの!」
「はー、どうやってレベル5になったんですかー?」


興味津々と言いたげにロングヘアが話しかけてくる。


「どうやってって…測定したらそう出たんだけど」
「わひゃー、やっぱり出る人は出ちゃうんだなー。天才ってのはいるんですねー。
 私なんてレベル0ですよ。うらやましいなあ」


きっと本人に悪気はないのだろう。それはもちろん分かっている。
だが麦野は彼女の言葉に憤りを感じた。
麦野はその言葉が反吐が出るほど嫌いだったのだ。
それは自分がまだちゃんと学校に通っていたころ、耳が腐り落ちるんじゃないかというくらい聞かされた言葉だったから。
自分がどんなに努力をしたって「レベル5だから」「天才だから」。
確かに自分は初めての能力測定からレベル5認定を受けた。
だがその判定にあぐらをかいて今日まで生きてきたわけじゃない。
もちろん、レベル5認定されるということはそれなりの演算能力を有しているということだから、
頭の回転や要領の良さという意味では人並み以上にはあるのかもしれない。

しかしだ。

『原子崩し』だから頭がいいのか?
『原子崩し』だからスポーツができるのか?
レベル5なんていうのは、そんな都合のいい言葉じゃない。
努力できなかった多くの人々が自分を納得させるために用意した便利な言い訳じゃない。
そんな二文字の漢字如きに、自分の全ての能力を一括りにされる謂れなどないはずだ。
追いすがる後続たちに抜かれぬよう、常に先んじようと努力を繰り返してきた自分をそんな言葉で否定されることが、
麦野はいつも我慢ならなかった。


346 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:11:09.35 ID:DaR6wgwo [29/73]

「佐天さん失礼ですよそんな言い方!」
「そうですわよ。この方だってお姉様のように、今日までレベル5を維持するための並々ならぬ努力をされてきたはずなんですから」


麦野の不穏な空気を感じ取ったのか、白井とお花畑の少女がロングヘアに声を投げかける。


「あ、ごめんなさい!そんなつもりじゃ…」


慌てて立ち上がって頭を下げるロングヘア。
麦野は笑顔でそれをたしなめた。


「いいのよ。慣れているから」


だが気分を害されたことは否定しない。
彼女にとってはきっと何気なく放った言葉だったろう。
だが麦野にはそんな言葉が出てくることがもう許せない。


「ごめんなさいね麦野さん。佐天さん、能力者に憧れているから。悪気はないの」
「わかってる、ほんとに気にしてないわ。あなた、無能力者なの?」
「あ…はい」


佐天と呼ばれた少女に笑顔のまま話しかける。
あえてレベル0とは言わなかった。
能力者に憧れる気持ちは、自分だって学園都市に来る前は持っていたものだから。
彼女の気持ちが分からないわけじゃない。


347 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:13:13.95 ID:DaR6wgwo [30/73]

「そう。私の知り合いにもレベル0が一人いるの。
 そいつは能力者を僻んでスキルアウトになった、馬鹿でデリカシーのないどうしようもない奴。
 だけど、高レベルでなくちゃいけないなんてそいつはもう思ってない。
 自分に今できることをすればいいのよ。そうすれば結果は…」
「でもそれって、持ってる人の余裕ですよね?」


上辺で人に説教なんてするもんじゃない。
麦野はそう思った。
だって、それは彼女がずっと言われて不愉快なことだったはずなのに。
「今できることを」なんて、まるでできることをしていないかのように決め付けて。
だから彼女が麦野に言い返したことは、何も間違ったことなんかじゃなかった。


「学園都市は高レベルの能力者になることを目標として様々なカリキュラムを提供してくれるんです。
 それを高位能力者にならなくていいなんて、ちょっと私には理解できないなあ」
「佐天…さん…?」


プリントアウトした地図をプリンターから取り出して、お花畑は不穏な空気の中で居心地悪そうに二人の顔を交互に見る。
麦野は口元に笑みを滲ませたまま、佐天を見つめる。
彼女は悔しいのだ。努力を怠っているわけじゃない。努力が足りないなんて言われたくない。
精一杯やっているはずなのに、結果が出ない。
今の自らに歯がゆさを感じているという点において、彼女と麦野は同じだった。


「だってそうじゃないですか。みんなレベル5に憧れます。それってそんなに悪いことなんですか?
 なのにそれを否定するなんておかしいですよ」


348 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:15:02.43 ID:DaR6wgwo [31/73]

佐天はもうこちらを睨むように見つめている。
レベル0だって、レベル5だって、同じように悩み、苦しむ。
今の自らを変えて、何者かに成りたいと思い、皆あがいている。
白井も眼鏡も何も言わなかった。


「…そうね、私が悪かったわ。あなたは焦ってるんだと思って、無理をする必要はないと言いたかったの。
 別に上からお説教したかったわけじゃないんだ。だから…」


まだ中学生のこの少女がこのまま腐っていくのを見たくない。
ここは黙って彼女の言葉を受けとめるのが大人の対応と言うものだろう。

だが、麦野はそんなもの、クソくらえと吐き捨てる。

憧れるのは悪いことじゃない。でも彼女のそれは、諦めにほど近い感情であるように思えてならなかった。
そして、麦野の顔から最後の笑みが消えた。


「…はっきり言ってやるよ。
 無能力者であったはずの御坂美琴は、アンタらの先輩は努力を繰り返して、アンタらが「天才」と
 断じたこの第四位を超えたんじゃないか。
 そんな見本が側にいるのに、テメェは何でそんな言葉が吐けるんだ?
 卑屈な言葉で他人に縋ってんじゃねえよクソッタレ」
「……ッ!」


349 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:16:54.02 ID:DaR6wgwo [32/73]

一瞬にして張り詰める室内の空気。
麦野の手は少し震えていた。その言葉は、そっくり自分に返ってくるものだったから。
何が問題なのか、もう分かっているのに。何で自分は変わろうとしないんだ?
俯く佐天に背を向け、お花畑から地図を受け取り礼を言う。


「ごめんね。ウダウダ文句言ってる暇があるんなら、どうすりゃいいか考えれば?
 嫌味にしか聞こえないんだろうけど、正直私はもう、レベルなんて、どうでもいいよ」


そんなものよりもっと私は…。その先を麦野は言わない。
自分に言い聞かせるような言葉だった。彼女に当り散らしているようにすら思えた。


(人には偉そうに…。ほんと最低だな私は)


それ以上何を言えばいいか分からず、麦野は無言で地図を持って扉に向う。
慌てて白井がその後ろを着いてきた。


「麦野さん!」


部屋を出たところで背中に佐天から声がかかる。
立ち止まるが、振り返らない。


350 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:17:56.03 ID:DaR6wgwo [33/73]

「レベルなんてどうでもいい。その言葉、後悔させてあげますからね!
 あなたには、絶対負けたくありません!」


驚き、振り返る。
佐天は不敵な笑みを浮かべてこちらを指差していた。
慣れないことはしたくない。他人にお説教なんてしたくない。
人が何を想い、何をして生きているかなんて、所詮他人には分からない。
自分の気持ちを押し付けていいわけがないのに。
だけど今、少しだけ、通じ合えた気がした。
ゴトリと心で何かが動く。


「そっか。言い過ぎたね、ごめん。応援してるよ。
 何か分からないことがあったら、いつでも訊いてね」
「は?え?あの」


キョトンと、拍子抜けしたように佐天は呟く。
麦野は微笑み、手をヒラヒラと振って扉を閉めた。


「驚かさないでくださいまし…。心臓に悪いですわよ」
「悪い。空気悪くしちゃったね。
 なんとなく通じたからよかったものの、これ失敗してたら私最悪の女だったわ」


352 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:19:16.31 ID:DaR6wgwo [34/73]

佐天は自分よりずっと大人で、前に進んでいくことを怖れたりしない。
5歳近くも歳の離れた少女に出来ることが、どうして自分に出来ない。
麦野は彼女を素直に尊敬した。


「ほんとですわよ…。でもま、結果オーライということにしておきますの。
 それはそうと、地図の場所は分かりまして?」
「うん。そこまで遠くないしね、行ってみるよ。色々ありがとう、参考になった」
「い、いえそれは構いませんけれど、お姉様と同じレベル5のあなたが、お姉様に一体何の御用ですの?
 わたくしお姉様にそんなお友達がいらっしゃるなんて聞いたことありませんわ」


白井がおずおずと訊いてくる。
名前も名乗らなかった不審な包帯女によくもまあ協力してくれたものだ。
御坂が見つかる可能性にはできるだけ賭けたいということなのかもしれないが。


「ま、ちょっと野暮用でね」


傷のことを訊かれたときもそうだが、アンタのお姉様に右目ぶっ潰されたからちょいとブチ殺しにね。
とは言えない麦野だった。


「そうですの。いずれにせよ、何か分かったらわたくしにも教えてくださいましね」
「うん、わかったらね」


353 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:21:11.54 ID:DaR6wgwo [35/73]

そのときアンタのお姉様はこの世にいないかもしんないけどね。
しかし、垣根と違ってどうにも御坂を殺す気にはなれない麦野。
白井達に触れて情が移ってしまったのだろうか。
いや、病院で目覚めたときからいまいちそういう憎しみのような感情が沸いてこない。
今までの麦野だったら、きっと全身を焼き尽くされても憎悪で蘇るだろうし、
国外逃亡を企てられたって戦闘機をハイジャックしてでも追い詰めてやるだろうに。
自分でも意外なくらいだ。


(私がまだあいつを一般人だと思ってるからか?
 …仕事内容に『超電磁砲』を殺せってのは入ってないけど)
「あ、麦野さん」


白井が、立ち去ろうとした麦野に声をかけてくる。
言い忘れたことでもあるのかと振り返ると、寂しそうな顔で白井が笑っていた。


「よろしければお姉様と、これからも仲良くして差し上げてくださいまし。
 お姉様はああ見えて子供っぽいところのあるお方ですから、麦野さんのような年上のお姉様に
 ご指導頂きたいときもあると思いますの」
「…気が向いたらね」


そこにはどんな感情がこめられていたのだろう。
麦野は白井の言葉に応えるように薄く笑い、だが曖昧な返事を返して学校を出た。


355 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:23:21.64 ID:DaR6wgwo [36/73]
>351
ですね。レベル1と書くと台詞のゴロが悪くなるのと、努力で上って来た奴という認識が伝わればそれでよかったので
あえてそのようにしました。


357 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:25:53.79 ID:DaR6wgwo [37/73]

―――――――


麦野は白井と別れ、既に夕日が落ちた住宅街を小走りする。
とにもかくにも『ピンセット』だ。
病院の回診時間はもうとっくに過ぎているし、今頃結構大騒ぎになっているだろう。
何せほんの数日前まで全身ズタボロだった奴が抜け出してるんだから。


(あいつらにも連絡がいってるんだろうなあ…。フレンダあたりがうるさそー…。まあ後で謝ればいいか)


十分ほど走ると指定の公園が見えてきた。


(ここか。まあ公園自体には何もないだろうし、誰か人は…いないか)


なんということのない、ただの公園だった。
今日は一人二人聞き込みして帰ろうと思っていたが、既に日が落ちたためか人の姿はなかった。
丁度走って喉が渇いていたので公園に設置してある自販機に向う。


(うわっ!なんだこのラインナップ!)


イチゴおでんをはじめとしたキワモノメニューの数々のみで構成されたその自動販売機。
こんな自販機で一体誰がジュース買うんだかと思いながら財布を取り出し。千円札を投入する。
とりあえずこの中ではマシそうなヤシの実サイダーを選択するとしよう。
あの後病院内で出会った打ち止めも美味しかったと言っていたし。


「ん?」


本来ならばそこで点灯するはずの商品ボタン。だが一行にランプが点かない。
どうなっていやがるとばかりにお釣りレバーを下ろす麦野。


359 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:27:36.11 ID:DaR6wgwo [38/73]

「こ…いつ…!」


呑みやがった。
何度ガチャガチャレバーを下ろしても千円札は吐き出されないし、もちろん商品ボタンを押してもジュースは出てこない。
ここ数日すっかり気の長くなっている麦野でも、さすがに無機物ごときに馬鹿にされたのではプッツンくるのは仕方がない。
そう、この自販機の前では誰もが憤怒という大罪にとりつかれるのだから。


「死ねよクソがぁッ!!」


数歩後ずさり、『原子崩し』をロケットエンジンのように放射して自販機にドロップキックをぶちかます。
自動販売機に麦野のヒールが突き刺さる。
特に反応が見られなかったが、数瞬の後にガクガクと自販機が痙攣を始めて、
ジャックポットのようにガラガラと缶ジュースを吐き出しはじめた。


(こんなにいらないって)


種類もバラバラだったので、仕方なく麦野はその中からヤシの実サイダーだけを選択して拾い上げ、
缶のプルトップに指をかけてプシュッと開ける。


「…ンッ……ンッ……プハーッ!」


一気飲みで喉を潤し、思わず唸る。
走ってきたため実はかなり喉が渇いていたのだ。
乙女らしからぬ唸り声だが、周りに人はいないし構わないだろう。
ヤシの実サイダーは仄かにココナッツ風味の香るラムネ味。
なかなか悪くないと口元をぬぐっていたそのとき。


「いい飲みっぷりだにゃー」


360 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:29:21.78 ID:DaR6wgwo [39/73]

不可思議な語尾の男の声がして、驚き振り返る。


「お前、麦野沈利だろ?第四位の」


口元に不敵な笑みを称えた学ランの男が立っていた。
大柄、金髪、夜だと言うのにサングラス。
もうこの時間はそこそこ冷えるのに、筋肉に覆われた素肌の上にはアロハシャツだ。
その異様な風貌を訝しげに上から下まで眺めて麦野は缶を遠くに放り投げる。
美しく放物線を描いたそれは難なくゴミ箱に吸い込まれた。


「コントロールいいぜよ。甲子園でもエースになれそうだにゃー」


ふざけた口調の野朗だ。
麦野は腹の中でぐるぐるとドス黒いものが蠢いてくるを感じた。
この感覚は幾度となく味わっている。暗部のクソ野朗と対峙したときはいつもこうだ。


「…で、そういうアンタは?ナンパならもっと繁華街でやってくれる?」


そんなナンパでないことはもちろん分かっている。
彼は自分の名を呼んだあと、第四位と言った。
レベル5としての自分に、この男は用があるのだ。


「率直に言おう。お前、『アイテム』を抜けて俺たちのところに来い」
「あぁ?じゃあ私は何テムに入ればいいわけ?」


小ばかにするように麦野は笑い返してやる。
しょうもない組織だったらこの場で塵芥と化してやる。そんな顔だった。


361 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:31:15.33 ID:DaR6wgwo [40/73]

「『グループ』」
「ふうん」
「知らないか?機密レベルはお前達『アイテム』と同じだぜ」
「興味ないわね。簡単に組織を裏切るような奴をアンタらは信用できるっての?」
「『アイテム』は仲良しこよしのおままごとってのは本当らしいな」


挑発するような男の言葉に麦野はギロリと睨み返す。
夜の帳が下りた世界で、その異様な隻眼で射殺すような視線を受けても、
男は怯まず口元の笑みをも崩れない。


「アンタ…分かってんでしょね?アンタなんて、指一本動かさなくても殺せるのよ?」
「…もちろん分かってる。が、お前は出来ない」


男は余裕の態度だ。
よく見ると、公園の入り口にはキャンピングカーが止まっている。
先ほどは無かったものだ。
この男がどの程度の能力者かは知らないが、仲間があの中にいて、麦野を打倒し得る能力だったとしたら、
確かにこの男を殺すのは得策とは言えないだろう。
麦野の視線に気づいたらしい彼はくつくつと笑う。


「違うな、浅いぜ『原子崩し』。俺が言ってるのはそんなことじゃねぇ。
 確かにあの中には『座標移動(ムーブポイント)』って能力者がいる。
 お前が俺を殺せば、それは俺たち『グループ』 と敵対するってことになり、
 てめぇの体は晴れて車のシートと合体しちまうわけだが、そんなことは些細なことだ。
 俺を殺しててめぇも死ぬ。ただそれだけのことなのさ」


362 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:33:27.15 ID:DaR6wgwo [41/73]

「浅いわね。私は体内への転移能力なんて効かない。この体に渦巻く『原子崩し』の前ではそんなもの無力なんだよ。
 私がアンタを殺したその後に、あの中にいる連中もまるごと皆殺しってことよ。
 対『グループ』?誰よアンタら。上等じゃない、全員地獄へ超特急で送り届けてあげるわ。
 『超電磁砲』も手間が省けていいかもね」


口を引き裂いて嗤う。嗤う。


「にゃー。おっかない女だぜい」


だが。
それでもなお、
この男は、


「浅いな」


崩れない。


「俺たちがその『超電磁砲』の居場所を知っていると言ったら?」
「……なんですって…?」


363 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:35:40.57 ID:DaR6wgwo [42/73]

頬を汗が流れる。
御坂の居場所を知っているだと?
単独で逃げながら100以上の組織を潰している奴をどうやって捕捉したと言うのだ。
おまけに相手にも気づかれずに。
滝壺のような能力者がいるのだろうか。


「俺たちには今、ある任務が与えられている。何か分かるか?」
「さあ、見当もつかないわね」


麦野は嘯く。
その情報が本当だとすれば、ぜひとも欲しい。
この後御坂の協力者について調査し、さらに拠点を持っているとは限らない御坂の居所を調査するという作業が待っている。
そんなことをしているうちに、御坂は現状の弱った『アイテム』を個別に襲撃するかもしれないし、
『ピンセット』も失われてしまうかもしれない。
後手に回れば負けるこの状況下でその提案はあまりにも魅力的だった。
そんな麦野の心中を知ってか知らずか、男は言葉を続ける。


「『一連の暗部組織襲撃事件の犯人を突き止め、速やかに始末する』こと。
 つまり現状、御坂美琴の抹殺だ」


ちらりと脳裏を掠めた予感は的中する。


「既に奴の隠れ家も掴んでいるが、戦力だけが足りない。
 俺たちはお前の力が欲しい。お前は俺たちの情報が欲しい。ギャラももちろん主戦力のお前にはそれなりの額を用意させる。
 どうだ?悪い取引じゃないだろ?」


364 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 01:37:44.22 ID:DaR6wgwo [43/73]

やはりこいつは私が御坂を探し回っていることを知っている。
気に食わないと思いながらも、こいつらも御坂を倒すための決定打が足りないのは事実なようだ。
何人いるのか知らないが、レベル5の『超電磁砲』を倒すには至らないということ。
第三位から第七位までは実力はほぼ団子状態。
なのに彼女を倒せないということは、彼らの中にレベル5はいないということになる。
裏切られて両側の敵に食い殺されるという心配はなさそうだが。果たして信用できるのか。


「仲間になるってのはちょっとね。今回だけなら、付き合ってあげてもいいわよ」


『アイテム』の連中とは付き合いも長い。それなりに信頼もしている。
しかもここ2週間ほどで、彼女らとの関係は仕事の利用価値での繋がりだけではもう割り切れないところまで来ているのだ。
だからその条件だけは麦野には受け入れられなかった。


「…いいだろう。俺は土御門。車に乗れ、他の連中も紹介する。
 今回限りの共同任務だが、よろしく頼むぜ、麦野」


土御門と名乗った男は公園前に止まったキャンピングカーに向って歩き出す。
麦野は油断しないようにしようとグッと拳を握り、彼の後に続いた。
彼女はこの時気づいていなかった。
キャンピングカーに乗っていく麦野の姿を見ている少女がいたことを。


「むぎ…の…?」


380 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:31:12.82 ID:DaR6wgwo [47/73]

車の中には『グループ』のメンバーが土御門の他に二人いた。
部下の運転手はこちらの顔を確認しようともせずに、麦野がシートに座ると無言で車を発進させる。
自分の現在地を見失わないように、麦野は時折窓の外を見ながら彼らの顔を確認する。


「どうも、はじめまして。海原光貴と申します。彼女は結標淡希さん。よろしくお願いしますね」


席に着くなり、柔和な笑みを浮かべた不自然に爽やかな男が話しかけてきた。
訝しげな視線を返す麦野を特に気にした様子も無く、
海原光貴と名乗った男は隣に座る茶色い長髪を後ろで二つくくりにした少女も紹介する。


「貴女が『原子崩し』?話くらいは聞いたことあるけど、思ってたよりは普通ね」


そう言ったのは『グループ』の紅一点、結標淡希。
極端に短いスカートに軍用懐中電灯をぶら下げ、ブレザーの下にはピンク色の布を巻いただけの、
理解不能な服装をしている。


「『未元物質(ダークマター)』 にも言われたけどさ、普段どんな話が出回ってるのよ」


もはや露出癖があるとしか思えないその格好を眺めながら、麦野は結標の胸に向って言葉を返す。
結標はそんな麦野の視線を知ってか知らずか、腕を組んで豊かな胸元を強調しながら思い出すような仕草になる。


381 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:33:16.62 ID:DaR6wgwo [48/73]

「どんなって…。施設に立てこもったスキルアウト達を肉の塊にした挙句にアジトだった一区画丸ごと灰にしたり、
 命乞いしながら逃げ惑う反乱分子の組織の連中を達磨に変えたりとか。それから…」
「ああ、もういいわ。妖怪扱いされるのは腹立つけど、大体合ってるみたいね」
「合ってるのか。そこは否定するとこじゃねえのか?」


土御門が口元を引きつらせてそう言う。
確かに戦いが始まるとついテンションが上がってオーバーキル気味になる麦野だが、
別に毎度毎度狙ってやっているわけではなかった。
何せ当たればほぼ必殺の『原子崩し』だ。逃げ惑う敵の背中に向けて電子線を放てば、
終わるころには大体いつもそんな感じになっている。
後処理を命じられた下っ端の連中からそうした噂が出回っていくのも、頷けないことではない。


「そんなことより麦野、一応言っておくが、お前御坂美琴を殺すなよ?」
「はぁ?」


土御門がそんなことを言うものだから、麦野は思わず浜面にそうするように聞き返してしまう。
だってそうだろう。
彼らの任務は御坂美琴の抹殺なのに、それを殺すなというのは意味が分からない。


「アンタらの仕事はあいつを抹殺することじゃないの?それじゃ仕事にならないでしょが」
「これだから『アイテム』の野朗は『上』の言うことをよくきく優等生だって言われるんだぜ?」


くくっと土御門は笑い、その反応に麦野はこめかみがピクピクとうずくのを感じて彼を睨み付けた。


382 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:35:33.55 ID:DaR6wgwo [49/73]

「俺は俺たちに与えられている任務の内容をこう言ったはずだ。
 『一連の事件の犯人を始末する』ことだとな」
「だから、『超電磁砲』を…はぁーん、アンタもしかして」


麦野の呆れたような視線に、土御門は獰猛に歯を見せて笑う。


「そうだ。要はこの事件をこれ以上起こさないことを『超電磁砲』に確約させ、且つお前に奴の隠れ家一体を
 丸ごと灰にしてもらえば、奴を殺さずともこの事件の犯人は死んだことになる。
 お前の能力使用後には死体が残らないのも珍しいことじゃないらしいからな」
「そんな屁理屈が通るとでも…」
「通るさ」


土御門は一切の迷い無くそう言い切った。


「当然『上』の連中だって『超電磁砲』がこの事件を起こしていることを知っている。
 だが学園都市第三位を失うことは、下っ端の雑魚共が何百人何千人死ぬことよりも、
 連中にとって都合が悪いことなのさ。
 レベル5の命の価値ってのは、学園都市230万人の頂点にあるものなんだぜ?」


麦野は土御門の言葉が自分にも向けられていることに気づいて歯噛みする。
命の価値だ?
別に他人が何人死のうが知ったことではないが、そういう言い方をされるのは
麦野にとって決して心地の良いものではなかった。


383 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:38:24.50 ID:DaR6wgwo [50/73]

「『超電磁砲』は確かに手に負えないほどの力で学園都市の闇に喧嘩を売っている。
 だが奴の行動は所詮氷山の一角を叩いて割っているようなものだ。
 ロクな情報源も後ろ盾もなく、たった一人で暗躍していても、永遠に水面下にある根元には届かない」

「あァ?あいつは『未元物質』を倒してんのよ?
 それに私たちは『上』から垣根帝督を殺せとも確かに明言された。
 第三位を生かしておきたいのに、第二位は殺せって言うのは、順番から言えばおかしいんじゃない?」

「だからそうなる前に、『超電磁砲』にこの件から手を引かせなくてはいけないのよ」


結標が今度は発言する。
そこまで言われても、麦野にはまだ理解できなかった。
垣根と御坂のしていることに、一体どんな違いがあるというのだろうか。
と、ここで麦野はハッとなる。
御坂と垣根の違い。それは


「『ピンセット』か」

「ご名答だ。『未元物質』はそいつを強奪したうえに、それを使って何か重大なことを知ってしまった。
 殺す他ないくらいの危険なことを、自らの意思でな。
 もちろん『超電磁砲』は自分が持ってるそれを暗部をおびき寄せる餌の一つくらいにしか思ってないはずだ。
 だが、もしそれを使ってしまったら、奴も『未元物質』と同じ道を辿るハメになる。
 奴がその使い方に気付く前に手を打たないと、取り返しがつかねえことになる」


時間がないのは誰もが同じだった。
統括理事会等の『上』の連中は第三位をまだ生かしておきたい。
麦野は早々に決着を着けて『アイテム』 への個別攻撃を回避したい。
御坂は一刻も早く暗部組織を消滅させたいし、なおかつ自分でも気づかずに時限爆弾を抱えている。
そして『グループ』は…
ここで麦野は「あれ?」と首を傾げた。


385 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:40:07.02 ID:DaR6wgwo [51/73]

「ちょっと待って。アンタ達はどうなの?
 今のは所詮アンタらの深読みに過ぎないわけでしょ。
 ただ依頼通りに『超電磁砲』を殺したって文面上は全く問題ない。
 わざわざリスクを負って私に接触してまで、あいつを生かす理由が分からないわ」


麦野の問いに、土御門と結標の二人は今まで何も言わなかった海原に視線を送った。
彼は困ったような笑みを顔に張り付かせて肩をすくめる。


「御坂美琴はこの優男の想い人だからね。こういう方法をとるしかないってことよ。」

「お恥ずかしい話ですが、僕は御坂さんに一切攻撃することは出来ません。
 今回は後衛に徹することになりますので、どうしても麦野さんの協力が必要だったのです」


想い人ねえと麦野は興味なさげに呟き、鼻で笑いとばす。


「はっ、『グループ』総出で仲間の好きな子守るために無駄なリスク負うってか?
 ウチらのことおままごと呼ばわりしといて恥ずかしくないわけぇ?」


土御門にこれでもかと言う位見下した視線を向ける麦野。
だが彼は相変わらず余裕の態度でこちらを見据えていた。
やがて車が止まる。
学区は分からないが、窓ガラスの割れた建物や人気の無い建物がいくつも並ぶ裏通り。
どこぞのスキルアウト達がアジトとして使用していた区画だった。
明かりのほとんど無いその裏通りを照らすように、空には円い月が輝いている。
一同は車を降り、キャンピングカーが走り去るのを見送った後、
土御門はポツリと呟くように言った。


386 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:42:22.67 ID:DaR6wgwo [52/73]

「さっきの質問に答えてやるぜ。
 当然だ。『超電磁砲』 を失うってことは、海原も失うってことだからな。
 別に仲間意識じゃねえ。それじゃ『上』 の連中を出し抜けなくなっちまうからだ」

「出し抜く?」


歩きながら、土御門の背中に問いかける。
人気のまるで無い、月明かりだけの夜の静寂は、別世界に迷い込んでいるような錯覚を麦野に与えた。


「そうだ。俺や結標にもそれぞれ守らなくちゃならねえものがある。
 何の役にも立たねえはずなのに、どうしても捨てられねえもんがな。
 今回のことは分かりやすい例だ。
 『上』が与えてくることをただこなすだけじゃ、得をするのは奴らだけ。
 普通にやってるだけじゃ、大切なものは守れねえ」


結標や海原の顔をチラリと見る。
二人とも土御門の言葉に耳を傾けながら、周囲を注意深く見回していた。


「さっきは『上』は御坂美琴に死なれちゃ困ると言ったが、実際はどっちだっていいんだ。
 脳みそさえ残っていればあとはレベル5を吐き出すだけの機械にだってしちまえるからな。
 だからどっちにだって転ぶ勝利条件を突きつけて、終わってみれば奴らだけが
 勝つようになっている」


土御門は振り返り、黙って話を聴いている麦野の隻眼をサングラス越しに力強く見つめた。


387 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:45:03.54 ID:DaR6wgwo [53/73]

「その仕組みが俺たちには我慢ならねえ」


強い意志を感じる言葉だった。
『上』の連中を出し抜く。
麦野には考えたこともないことだった。


「出し抜くって…何するつもりよ」
「そこまで話す義理があるか?俺たちと行動を共にするってのなら教えてやるよ」


土御門は肩をすくめた。


「御坂さんは、彼女の想い人のために行動しています。
 『一方通行』の実験に、たまたま関わってしまったただの一般人のね」

「…そいつ、よっぽどお人よしなのね」


麦野の呟きに、土御門も声をあげて笑う。


「違いないな。そいつ、上条当麻は俺の友達なんだ。いつも不幸だ不幸だ嘆いてるくせに、
 困った奴を見ると進んでトラブルに飛び込んでいく、ドが着くお人よしだった。
 そいつも今や病院のベッドで目を覚まさず、集中治療室から出られねえ」


懐かしそうに、そして忌々しげに土御門が言う。


「御坂さんも暗部とは一切関わりのない一般人でした。
 普通に学校に通う、ただの明るくて優しい女の子だったんです」


388 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:47:54.66 ID:DaR6wgwo [54/73]

海原は苦笑しながらそう言う。
実際御坂は暗部と無関係というわけではない。麦野も一線交えたことがある。
しかし、程度で言えばやはり一般人と言っても差し支えはないだろう。
海原に続いて再び土御門が口を開く。


「だからな、麦野。そんな平和ボケした奴らがこんなとこでくたばっちまうってのも、
 胸クソ悪ぃ話だろ?」

「そんなこと、私に言ってしまってもいいの?優等生は、告げ口くらいするかもよ?」


挑発するように麦野。


「そりゃ困る。でもお前なら分かると思うんだがな」

「私が?んなもん分かるわけ…」


頭の中に『アイテム』の連中の顔が思い浮かぶ麦野。
土御門の言葉は、麦野に迷いを与えた。
暗部組織として、ただ学園都市の便利な矛で在ることに対して。
それはある種彼の思惑通りなのだが、もちろん麦野は気づかない。
だがもし今回のようなことが自分の身に降りかかったとき、
果たして自分は彼女たちのために行動することができるのだろうか。


「お喋りはここまでだ。そろそろ『超電磁砲』の隠れ家に入る。くれぐれも頼むぜ、麦野」

「…ま、保証はしないけど」


頭に浮かんだ疑問の答えを出すことはなく、麦野は土御門に平坦に応えた。
月明かりだけが狭い路地を上空よりわずかに照らす。
『超電磁砲』との最後の決戦が今、幕を開けようとしていた。


389 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:51:20.01 ID:DaR6wgwo [55/73]

―――――――


時間は少し巻き戻る。
それは、麦野が病院に担ぎ込まれた次の日のことだった。
とある病院、白い壁に三方を囲まれた部屋の中で、黒髪の少年が呼吸器や無数の医療器具を体に
取り付けられて眠っていた。
その部屋を残りの一方、ガラス張りの壁で挟んだ隣の部屋に、白衣を着た一人の研究員らしき女性がパソコンの前に
座って作業をしている。
室内には少年の容態を示すように安定した軌跡を刻む心電図や、身体状況を表示するモニターが
長机の上にいくつも並んでいた。


「ん?ああ、君か。おかえり」


廊下への扉が開き、そこから少女が入ってくる。
ふわりと茶色い髪を揺らし、目の下に不健康な隈を乗せた研究員の女性は、平坦な声で少女を出迎えた。


「木山春生。当麻の容態は?」


少女の名は御坂美琴。
決して笑顔の浮かぶことのないその表情の先には、ガラスの向こうで眠る少年がいた。


「問題ない。今にでも目を覚ましそうなくらいだよ。いつも通りね。
 ところで、呆れるな。君はまだそんなものを着けているのかい?」


研究者、木山春生の視線の先には御坂が私服の袖口からチラリと覗く、体をピッタリと覆う『駆動鎧』。
最低限の装甲板を残し、もはや『駆動鎧』の本来の機能などそこにはなかった。
それはただ彼女の皮膚を守るためだけのものであり、『駆動鎧』の本来の効果である身体能力の強化は
全て彼女自身の能力によって賄われている。


390 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:52:58.78 ID:DaR6wgwo [56/73]

「いつ襲われるか分からないからね。ま、保険よ。
 私は今や学園都市中の暗部組織から追われる身なんだから」


どこかの自販機で買ってきたらしいヤシの実サイダーとかいう不可解な飲み物を飲む御坂を見て木山は眉を顰める。


「君はいつまでこんなことを続けるつもりだね?」

「何がよ?」

「学園都市中の暗部組織を敵に回して、最後に何が残るというんだ」


淡々と言葉を続ける木山。
ジュースを飲みながら、御坂は何を今更と言いたげにとため息をついて虚空を見つめる。


「何も残らないわ」

「困った子だな。君には借りがあるからこうして協力しているが、君がそんな調子だと私も…」

「何言ってるの?」


御坂は立ち上がり、木山を真っ直ぐに見下ろしながら言った。


「もう何度も言ってるはずよ。
 私は当麻をこんな風にした奴らを全員この世から消すの。
 超能力者も。暗部だとかいうわけのわかんない連中も。
 この街に、何一つ、残さない」


いつしかかつてのキラキラとした輝きを失っていた瞳で、木山を見据える。


391 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:55:39.47 ID:DaR6wgwo [57/73]

「それは大層なことだな。せいぜいがんばりたまえ。
 そんな未来の話をされても、私には付き合いきれないな」

「大丈夫よ。もうそんなに時間はかからないと思うから」

「何?」


木山は作業の手を止めて御坂を見上げる。


「昨日、第二位の垣根帝督を殺したわ。それから第四位の麦野沈利にも傷を負わせた。
 これも近々止めを刺しに行かないとね。
 これで一位から四位はほぼ完全に掌握済みってわけ」

「そうか。それはすごいな。『一方通行』の件は全くの偶然のようだが」

「そうね。でも、現に私は勝ってる」


ガラスの側に寄り、眠り続ける少年を見つめる。
黒髪の少年こと、上条当麻が意識不明の重体となったのはもう2ヶ月も前のことだった。
彼は御坂と共にとある実験を阻止するために学園都市第一位『一方通行』に戦いを挑んで、敗れたのだ。
いや、敗れたというよりは、引き分けたと言った方が正しい。
『一方通行』に確実にダメージは与えた。
だが意識を失った彼はそれきり目を覚まさない。
上条当麻を失った御坂美琴は『一方通行』に対する憎しみと、上条を失った悲しみで心を閉ざした。
だがそれからしばらくして、『一方通行』の実験は凍結されたという噂を聞き、彼のことを調査していたところ


「『一方通行』は脳に損傷を受けて、その演算能力を助けるための代替品として」


「ミサカネットワークが選ばれたんだね?」


392 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:57:33.49 ID:DaR6wgwo [58/73]

背後から男の声。
カエル顔の医者がそこに立っていた。
ここは彼の病院の特別病棟の一つ。上条の健康状態を管理しているのは彼だった。


「ほんとにラッキーだったわ。『一方通行』があのまま健康体だったら勝ち目はなかったかもしれない」


そう。
『一方通行』が脳の演算能力を補うために利用しようとしたのは、御坂と同じDNAマップを持つ1万人の
『妹達(シスターズ)』による脳波リンクだった。
御坂は自らの能力で脳の波形パターンをそっくりそのまま『妹達』と同じものに変換し、
ミサカネットワークをハッキングしたのだ。
それは上条を失ったことで崩壊する『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が引き起こした暴走だった。


「よくも僕が助けるはずだった患者の能力を奪ってくれたね?」

「ふん、だから生かしておいてあげてるんでしょ?
 こうして当麻の面倒を見てもらってることには感謝してるんだから」


恨めしそうに言うカエル顔の医者に、悪びれもせずそう返す。
1万人分のミサカネットワークによって脳の処理能力は格段に上昇。
それによって現在は上位固体すらネットワークへの介入は不可能となり、
今、ミサカネットワークは完全に彼女の支配下におかれている。


(最後にはきっちり死んでもらうけどね。当麻をこんな風にした奴を、どうして生かしておかなくちゃいけないのかしら)


393 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 21:59:33.28 ID:DaR6wgwo [59/73]

故に『一方通行』も目を覚まさない。目を覚ましたところで、何も出来ない。
カエル顔の医者の顔を立てて命だけは奪わずにいるが、全てが終わったら『一方通行』も始末するつもりでいた。


「皮肉なものだな。君が止めたはずの『幻想御手(レベルアッパー)』のシステムを、まさか君自身が取り込むことになるとは」


カエル顔の医者が隣の部屋で上条の容態を確認するのを眺めながら木山がつまらなそうに言う。
これは、かつて木山春生が引き起こした『幻想御手』事件にもヒントを得た。
『幻想御手』は使用者を同じ脳派のネットワークに取り込むことで能力の幅と演算能力を大幅に高めるものだ。
同系統の能力者の思考パターンを共有することで効率的に能力を扱えるようにするという理論で、
系統がバラバラの無数の能力者を取り込んでもレベル2がレベル4相当にまで力を増すことになるというような、強力なものだった。


これを1万人の発電能力者でやるとどういうことになるのか。


答えは単純だ。
学園都市最強の能力者が出来上がる。
おまけに使用者は最初からレベル5。
もし相手に触れることが出来れば、その脳波信号を操ることだって可能なのだ。
『幻想御手』は最終的に他人の脳波を強要され続けることで脳の自由が奪われ、昏睡状態に陥ってしまう。
しかし、全て同じ脳波パターンを持つミサカネットワークならばその心配もないというわけだ。


「それでも全力の『一方通行』には指一本触れられない」

「なるほど、合点がいったよ。そこで、『ソレ』がでてくるわけか」


木山は御坂の右手に装着された手甲を見やる。


「そう。当麻が目を覚ますまで、私が上条当麻を続ける」


394 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:01:27.46 ID:DaR6wgwo [60/73]

疑似『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と御坂は呼んでいた。
学園都市にはAIMジャマーという装置がある。
AIM拡散力場を乱反射させることで能力使用を妨害する装置で、
主に少年院などの能力使用を制限する必要のある場所に設置された巨大な機械のことだ。
彼女は効果範囲を右拳周辺だけに限定することで小型化したものを装備している。
本来は大量の電力と演算能力を必要とする装置だが、どちらもミサカネットワークと彼女自身の
能力によって問題なくクリアされていた。
これを叩きつけるとどんな能力も一瞬だがその効果を失う。
本来、AIMジャマーもキャパシティダウンも、能力を完全に打ち消すものではない。
だが、ミサカネットワークにおける有り余る演算能力と、御坂自身の膨大な電力を悠々と注ぎ込み、
本来の装置ですら出せない圧倒的な出力によって、あたかも能力が一瞬にして打ち消されたように見えるのだ。
もちろん、レベル5に試したのは垣根が初めてだった。
しかし今の時点では問題は無く、垣根帝督も麦野沈利もこれを利用することでイニシアティブをとることができた。


「君は彼が本当にこんなことを望んでいると思っているのかね?」


木山春生は呆れたようにため息をつく。
上条当麻は御坂美琴に人殺しになってまで自分の仇を討って欲しいと思うだろうか。
御坂はこの質問をされるといつも言葉に詰まった。


「仕方ないじゃない…」


右手を胸に抱き、眠る上条の顔を見つめる。


「こうでもしなきゃ、壊れちゃいそうなんだから…」


距離単位1の相手。
彼を失ったその日から、御坂美琴は全てを捨てた。
学校にも通わず、暗部組織の情報をどこからか拾ってきては次へ次へと繰り返す。
路地裏のスキルアウトも含め、ここ2ヶ月で彼女が潰した組織の数は実に100にも上っていた。
確実に暗部の底の底へと、日に日に大きくなる彼への想いに胸を焦がして、
彼女は闇の奥深くへと全力疾走していくのだった。


395 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:04:27.94 ID:DaR6wgwo [61/73]

―――――――


「っていう具合に、麦野は今日も健やかだった訳よ」


間も無く夜の帳が下りようとする時間帯。
フレンダが目の前に座る浜面に、本日の麦野の体調を報告し終えた。
3日前に麦野と一悶着起こした後、病室まで行けなくなってしまった浜面は
こうして毎日いつものファミレスで彼女の体調を確認しているのだ。
もちろん御坂美琴についての情報共有の意味合いもあるが、
浜面にとっては目下麦野のことを聴くのが主な目的となっていた。


「超情けないですね浜面は。男らしく直接会いに行けばいいんですよ」


絹旗が報告料として浜面に奢らせたパンケーキをハムハムと齧りながら言い放つ。


「そうはいかねえだろ、来るなって言われてんだから。
 もう行っても俺にできることはねえし、麦野が自分で自分に決着つけるしかねえんだ」

「案外冷たいなあ浜面は」


フレンダも浜面の奢りと言う事で苺生クリームパフェの牙城を切り崩しつつそう言う。


「そりゃ俺だって行きたいけどよ…」


397 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:08:58.60 ID:DaR6wgwo [62/73]

行ってもまた先日と同じような状態になることは目に見えている。
説得してどうなるものでは無さそうだし、麦野の中に何らかの変化がなくては先へは進まない。
だからこそ寒い懐をさらに冷やしてまで麦野の様子を毎日聞いてそのきっかけを探そうとしているというのに。


「何で毎日奢らなくちゃいけねえんだ…。もう金ねえぞ」

「私らに依頼するんだから当然な訳よ。たかだか499円のデザートで『アイテム』に仕事頼めるなら安いもんでしょ」


パフェの頂上に乗ったサクランボをぱくりと食べてフレンダは笑う。


「そりゃそうだけどよ。っつか滝壺はどうしてるんだ?」

「一応メールは毎日してます。気にはしてるみたいですけど」

「どうしちまったんだよ二人とも。確かに正反対の性格だけど、喧嘩してるとこなんて見たことねえぞ」


浜面は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。


「何言ってるんです。あの二人ああ見えて超仲良いんですよ。
 こんなこと今まで無かったから私たちだって困ってるんじゃないですか」

「え、そうなのか?」


皆を引っ張っていってくれる頼れる麦野と、皆の背中を押してくれるような優しい滝壺。
一見真逆のように見えるが、言われてみれば確かに相性は良いのかも知れない。


398 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:10:41.95 ID:DaR6wgwo [63/73]

「結局、浜面ってば二人のこと何にも知らない訳よね。
 何で滝壺は体を蝕むと分かってて体晶使ってると思ってるの?」

「なんでってそりゃ…あれ、何でだ?」


滝壺の能力は確かに強力だが、体晶という意図的に拒絶反応を起こさせ能力を暴走状態にする
薬を使わなくてはその実力を発揮できない。
しかし、体晶を使えば滝壺の体は確実に崩壊へと近づいていくのだ。
だから普段の『アイテム』の仕事でも、敵に強力な能力者がいたり、速やかに仕事を終わらせる必要が無い限りは滝壺に
それを使用することを禁じている。
必要とあらば麦野は容赦なく滝壺に使用を命じるが、彼女はそれを拒んだことはなかった。
死の危険にすら繋がる劇薬であるはずなのに、滝壺は何故命令どおりにそれを使うのだろう。
浜面はかねてより疑問だった。


「結局、浜面は何にも分かってないね。滝壺が麦野の信頼に応えたいと思っているからだよ」

「あぁ?意味わかんねえよ。自分が死ぬかもしれないのになんでそんな…」

「うん、だからさ。滝壺は麦野のためなら死ねる訳よ」


フレンダはあまりにもあっさりと、衝撃的な言葉を口にした。


「なんだって?」


浜面はその言葉を受け止めきれず、思わず聞き返した。


399 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:12:48.36 ID:DaR6wgwo [64/73]

「『暴走能力の法則解析用誘爆実験』って知ってる?」

「一つの単語に4つ以上漢字を使わないでくれ」

「バカ。ま、要は置き去り(チャイルドエラー)とかを使って、暴走の条件を探る為の実験なんだけど」


分かり易く言ってくれているつもりなのだろうが、もちろん浜面にはちんぷんかんぷんである。
一つ一つ理解していこうと何度も頭の中で繰り返す。
フレンダはやれやれと首を振りつつもそのまま続けた。


「滝壺は現状でその実験体な訳よ」


またしても恐ろしい言葉が飛び出してきた。
滝壺が実験体?
浜面はようやく自分の中で理解できてきた用語が一瞬にして吹き飛んでいくのを感じた。


「超正確には体晶の実験ですね。滝壺さんはその実地での実験体として『アイテム』に回されてきたんです。
 現場での有用性をテストして、体晶を利用した暴走能力を超実用化するために」

「暴走能力って…滝壺はここでそんなことをさせられてたってのか!?」


あのぼんやりとした少女がわけのわからない実験の被験者だった。
浜面はその事実がグルグルと頭の中を駆け回っている。
憤りと、驚きが同時にこみ上げてきた。


「お前達もそんな実験に加担してるってのかよ!?」


400 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:15:18.54 ID:DaR6wgwo [65/73]

「じゃあ滝壺を『アイテム』から追い出してそれで実験は終わる?
 結局、浜面ってばバカなんだよね。
 ここからいなくなった滝壺は晴れて処分されるか、他の組織に押し付けられて
 死ぬまで使い潰されるってオチが待ってる訳よ」


鋭い目つきでフレンダが浜面の脊髄反射的な反応を罵る。
確かにそうかもと浜面は唸った。


「最初は麦野も超ご立腹でしたよ。
 変な実験のモルモットの面倒を見ろと言われて、暴走して自分たちに牙を向くかもしれない
 得体の知れない能力者を置いておけるかバカー!って」


麦野なら言いそうだと浜面は彼女の顔を思い出す。


「けどそこは麦野。滝壺さんの能力の有用性と、危険性に気付くと
 その使用を極力セーブするように命じたんです」

「麦野ってRPGとかでコンピュータにガンガンいこうぜしか命令しなさそうなイメージあるけど、意外だな」

「ゲームしないから意味が分からない。ま結局、麦野は独占欲の強い女だからね。
 自分の組織の人間のことについて『上』から色々言われることに段々腹が立ってきた訳よ。
 実際滝壺が死ぬとこっちも商売あがったりってこともあるしさ」

「だから滝壺の能力を極力使わないようにして実験の進行を遅らせてやろうってことか?
 まあ麦野らしいけど、どうせなら絶対使わせないようにして欲しかったもんだな」


401 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:16:37.69 ID:DaR6wgwo [66/73]

呆れたような浜面。
必要な時は容赦なくその使用を命じるのは麦野らしいと言えばらしいが、
滝壺の命が関わってくることなので笑えない。
だが浜面の言葉に、フレンダと絹旗は冷たい視線で答える。


「ん?な、なんだよその顔は…」

「浜面ってどこまで超浜面なんですか?」

「ここまで言わせてそんな言葉がまだ出てくるなんてね…」


はぁーという心底呆れ返ったため息をつく二人。
フレンダが説明しようとしてくれたのか、身を乗り出してこちらの顔を覗き込んだそのとき、
彼女の目の前に置いてあった携帯がブルブルと振動して着信音を鳴らした。


「おっと、電話だ。あれ、病院?麦野が部屋でも壊したか…?はい、もしもし?」


やれやれとフレンダは席を立ち、電話を耳に当てる。
それを横目に身ながら、絹旗が浜面の顔に指を突きつけた。


「いいですか浜面?何で滝壺さんに能力を使ってもらうのか…」


「それはね、はまづら。私のためなんだよ」


402 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:20:00.00 ID:DaR6wgwo [67/73]

浜面の背後から、聞き覚えのある声がかけられた。
振り返ると、ピンクのジャージ姿の滝壺が立っている。


「滝壺か、どうしてここに…」


彼女は電話をしているフレンダを一瞥すると、席には座らず立ったまま浜面に告げる。


「って言うか滝壺のためって…あっ、そういうことか!」


浜面は気付いた。
何故緩やかに崩壊へ向うと知って滝壺の力を麦野が利用するのか。
滝壺がどうなろうと知ったことじゃない?
使える能力なのだから使う?
違う。
確かに麦野ならそれもあるだろう。
彼女自身でもそう思い込んでいるだろうし、尋ねられてもそう答えるだろう。
だけど、麦野には他に理由があったんだ。


「滝壺を『アイテム』の一員として認めるためか…」


滝壺が首肯した。
麦野は滝壺の能力が『アイテム』に必要なものであるという証として、彼女に能力を使わせる。
もし滝壺が一切能力を使用することを禁じられたら、単なるお荷物として『アイテム』に置かれる身となる。
そんなとき滝壺は、一体どれほど惨めな気持ちで日々を過ごすことになるのだろうか。
運動神経が発達しているわけでもなく、演算能力が高いわけでもない。
そんな人間が、実力が全ての暗部組織において何ができるのだろう。
結果を出せない滝壺を『上』が『アイテム』 から追い出すよう命じてくるかもしれない。
一向に進展しない実験体を、研究所側は回収し、さらに効力の強い薬を使わせるかもしれない。


403 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:22:31.59 ID:DaR6wgwo [68/73]

「むぎのは私に居場所を作ってくれたんだよ…」


そうならないためにも、適度に結果を出す必要があった。
現に、滝壺の能力は麦野の『原子崩し』を効率良く行使するための恐るべき観測手となり、
もはや『アイテム』の核として機能している。
麦野はいつしか彼女の能力を信頼し、ここぞというときにはためらい無く使用を命じた。
実験動物として死んでいくはずだった滝壺を守るために、あえてその実験を続け、居場所を作った。
麦野はきっと否定するだろう。
きっと自分でも気付いていないに違いない。
だが紛れもなく彼女は滝壺のために行動を起こし、結果として滝壺は現状を維持することが出来ている。
滝壺にとって、麦野のために体晶を使う理由としてはそれで充分だったはずだ。


「どこまで回りくどいんだ。自分まで徹底的にだまくらかして。
 マジでひねくれた奴だな…。けど、それなら滝壺のために実験施設の一つ二つ壊してやればいいのに」

「駄目だよはまづら。実験は必ずまた別の研究機関に引き継がれる。
 そうなったら、私以外にも犠牲者が出るかもしれない」

「それに浜面、私たちはこれでも超暗部側の人間なんですよ?正義の味方じゃありません」


実験を止めることは学園都市暗部全てに本格的に喧嘩を売らなければ無理ということだ。
だが、今それをやろうとしている人間が敵にいる。
ここにきて初めて浜面は、麦野と御坂のことを素直に尊敬した。


404 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:24:15.35 ID:DaR6wgwo [69/73]

(麦野…お前にだってやればできるんじゃないのか?)


ちらりとそんなことを思う浜面。
滝壺を救うために、麦野が立ち上がってくれればと他人任せの希望を持ってしまう。
悔しさから浜面は拳を強く握った。


(じゃあ俺に出来ることはないのか…?
 麦野、お前は滝壺のそんな状態を知って、疑問を持たなかったのか?)


浜面の問いに答える者はない。
歯噛みする浜面の元に、フレンダが慌てた様子で戻ってきた。


「ヤバイヤバイ!麦野が病院抜け出した!!」

「あいつは…」


それを聞いて浜面は頭を抱える。
ほんの数日の入院でもう抜け出すとは相変わらず大人しくしていられない奴だ。
しかし、呆れ半分の浜面とは裏腹に、滝壺の表情が浮かない。


「むぎの、さっき知らない男の人と車に乗っていくのを見たよ」

「なんだと?」


驚きの表情を浮かべて浜面。


「むぎの、すごく怖い顔をしてたから…たぶん」

「麦野の顔が超怖いのは今に始まったことじゃないですが」


405 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:25:58.20 ID:DaR6wgwo [70/73]

クソッと浜面はテーブルに拳を叩きつける。
これは自分にだって分かる。
御坂の情報を集めていたこと、その目的が分かったこと。
それと照らし合わせればすぐに分かることだ。
きっと彼女は今日、御坂の居場所を突き止めたんだ。
だから当然麦野の向った場所はそこになる。
皆同じように思ったか、ため息をつく音が重なった。


「なんで言わない訳よ麦野」

「まあ相手がレベル5ですからね。超足手まといなのは事実ですが」


自分たちは戦いの役には立たないか。
浜面は悔しさより怒りのほうが勝っていることに気付く。
それは麦野に対してというよりは、麦野と共に戦いたいと思っているのに、
それを許されない自分自身に対してだった。


「はまづら、車を用意して」

「ですね。それしかないです」

「え?」


これからどうしようと思案し始めたとき、滝壺がポツリと言う。
全員意外そうな視線で彼女に視線を集める。


「今は『そのとき』だよ」


滝壺がポケットから白いピルケースを取り出した。


407 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/28(水) 22:29:37.47 ID:DaR6wgwo [71/73]

「滝壺お前…」


それが何を意味するかは分かっていた。
『能力追跡(AIMストーカー)』。
袂を別ったはずの麦野のために、滝壺はそれを使おうとしている。


「むぎの、すごく反省してるみたいだね。
 私がむぎのに何を気付いて欲しかったのか、伝わっているなら、許してあげよう。
 伝わってるって、信じよう」


謡うように滝壺は呟く。


「だから、むぎのの答えを聴きに行こう」


そして滝壺はわずかな微笑を滲ませる。
その様子に、フレンダと絹旗は顔を見合わせ頷く。


「何してんの浜面?下っ端はさっさと動く動く!」

「独断先行に報告義務まで怠って、これは麦野、超オシオキですね」


3人は浜面に伝票を押し付けてファミレスを出て行く。
浜面は彼女たちの背中を見ながらフッと息を吐いて笑った。
特別な理由なんて必要ない。
麦野が自分たちを戦力として当てにしていなくたって。
彼女が『アイテム』という小さなチームに彼女なりの信頼を置いていることを、
浜面は知っているから。


「しょうがねえな。あのバカを迎えに行くとするか!」


自分たちが『アイテム』に存在していることを証明するために。
学園都市の掃き溜めのような場所で、いつだって4人は闇の中を足掻いてここまで生き残ってきた。
だから滝壺達は、何度だって麦野を追いかけるんだ。

436 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:35:12.88 ID:dWbbv3Io [2/75]

―――――――


廃墟が並ぶ元スキルアウトのアジト。
麦野は膨大なAIM拡散力場のうねりを肌にビリビリと感じていた。
足を一歩前に突き出すだけでも額に汗が滲み、
どこから飛んでくるか分からない電撃への警戒を一瞬たりとも緩めるわけには行かなかった。


(なんだこの気配…。あいつにはもう見えてるっての?)


ギラつく視線で全身をねめつけられるようなおぞましい敵意。
土御門は拳銃を携え辺りを警戒しながら前を歩く。
そのときだった。
バチッ。
空気が震えるその音を、麦野は聴き逃さない。
およそ頭上20メートル。
廃墟の屋根から屋根に渡すように張られた鉄筋に磁石のように足の裏を張り付かせ。
真っ逆さまの状態で彼女はこちらを見ていた。
光を宿さない淀んだ瞳。体を覆う薄い『駆動鎧』。右手の黒い手甲。
そして突き出されている左手。
一条の稲妻が暗闇を白く照らして奔る。


「お出ましね!『超電磁砲』!」


最初に動いたのは結標だった。軍用懐中電灯を引き抜き、4人の頭上に光を走らせると、
巨大なコンクリートの塊が雷の進路を妨げるように現出する。
『座標移動(ムーブポイント)』。
物体との接触無しに最大4520kgの物体を800m以上に渡って移動させることが可能な、
『空間移動系能力』の最高峰。
彼女の隣に鎮座していた廃墟の壁の一部がまるごと盾となって建物間に橋を架ける。


438 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:36:43.20 ID:dWbbv3Io [3/75]

「お化け屋敷にいる気分だわ!」

「もう気付かれていたようですね」


頬に汗を一筋流し、海原が呟く。
電撃が轟音と共にそのコンクリートを打ち抜く前に、4人は散開して敵の姿を捕捉する。
逆さまに張り付いていたはずの御坂はどこかへと消えていた。


「建物の中だ!奴には見えてる!止まるな死ぬぞ!」


土御門の言葉通り、次の瞬間コンクリートの壁をぶち破って3枚のコインが音速の3倍で射出される。
麦野はその方向に向けて右手を突き出し、青白い電子線を放った。
豆腐をハンマーで叩くような容易さで壁は砕け散るが、御坂を仕留めるには至らない。
ジャングルジムのような廃墟街を縦横無尽に駆け回り、あらゆる角度から的確に放たれるコイン。
その方向に向けて結標も電柱や鉄筋を飛ばしているようだが、御坂からの攻撃が止むことはない。


(とにかく視界が悪すぎる…まずは建物をどうにかしないと!)


麦野は莫大な威力を持つ電子線で堅牢な壁をなぎ払う。


「お前ら滅茶苦茶してくれるな」

「なに?問題ある?」

「いいや、頼りにしてるぜ」


439 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:37:43.58 ID:dWbbv3Io [4/75]

降り注ぐ粉塵の中に微かに御坂の姿が見えてきた。
しかし、この廃墟街は広大だ。
彼女はコインで建物をぶち抜きながらその奥へ奥へと駆けていく。
そのときだった。
今度は御坂が逃げていくのとは逆方向。
そちらにあったはずの建物が、ガラガラという轟音と共に崩れ去っていく。
4人が入ってきた路地の方からカツンカツンという足音が聞こえてきた。
御坂に仲間がいたのか?



「レェェェェェェエエエエルガァァァァァァアアアアアアアアアンッ…!」



違う。この声は。
焼け爛れ、黒く焦げ付いた皮膚を張り付かせながらも整った顔立ちに浮かぶ憤怒と憎悪。
煤けた明るい色の髪を靡かせて、体中から医療器具のチューブを突き出した男は吼える。
肉食獣のような瞳をギラつかせ、行く手に立ちはだかるもの全てを粉砕するように。
その男の背中には、3対の巨大な翼が白く輝いていた。


440 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:39:37.35 ID:dWbbv3Io [5/75]

「垣根……帝督…」


麦野が呟く。
『未元物質』。垣根帝督。
御坂美琴の10億ボルトの電撃を食らい、死んだはずの男。
背中に天使の翼を携えて、レベル5の悪魔は瓦礫を背に降り立った。


「ちっ!第二位が何でこんなところにいるのよ!」

「まるでレベル5のデパートだな」


土御門は軽口を叩いて突如現れた垣根に向けて引き金を引き絞る。
だがその弾丸は垣根に届くことなく彼の前方1メートルのところで彗星のように燃え尽きた。


「…何してやがる?俺の『未元物質』に常識は通用しねえ。
 そこをどけ三下共がァッ!」


20メートルもの翼を振り回し、建造物をおもちゃのようになぎ払う。
その瓦礫をかわしながら、海原が黒曜石のナイフを垣根に向けた。
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』。
金星の光を不可視の光線として放ち、直撃したものを『分解』する一撃必殺の魔術だ。


「そういうわけにはいきませんね。あなたは御坂さんを殺そうとしていますね?」


上空から収束された一条の光が垣根に向けて迸る。
だが垣根の白い翼はその光を受け止め、速度を殺さず海原に襲い掛かった。


441 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:41:14.95 ID:dWbbv3Io [6/75]

「さすがは第二位だ。そう簡単に当てさせてはもらえませんね」


その翼が海原の首を切り離そうと疾走した瞬間、彼の体は音も無く消え失せた。


「嫌になるわよねほんと!」

「すみません、結標さん」


結標が海原を能力で自らの側まで引き寄せ、攻撃をかわす。


「ウザってぇゴキブリ共だ。テメェら邪魔する気か?いいぜ、ムカついた。
 クソと一緒に埋めてやる」


ゴバッ、という音と共に翼が展開され、それそのものが生きているかのように暴れだす。


「麦野!『超電磁砲』を追え!」


土御門が叫ぶ。


「とにかく目的を果たせば退却できる。ここは引き受けてやるから急げ!」

「そ、分かったわ。がんばって」



442 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:41:50.96 ID:dWbbv3Io [7/75]

麦野は即答で頷いた。
彼らがこんな面倒な相手を引き受けてくれるというなら拒む手はない。


「ちょっとは躊躇いなさいよね!」


呆れたように結標が言う。


「冗談。アンタらは私のためにせいぜい時間稼ぎでもしてろよ」


と麦野は路地の奥深くへと駆け出した。


「むかつく女!」


背後から届けられる破壊の音。
彼らの安否に興味はない。
御坂との戦いを終えるだけの時間を稼いでくれるなら、それで麦野には充分だった。


443 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:43:08.14 ID:dWbbv3Io [8/75]

―――――――


しばらく走ると、奥に広い空間があった。
噴水のようなものの跡地が残っていることから、どうやらここは広場だったらしい。
周りを取り囲むのは相変わらず人気の無い建造物。
学園都市の都市開発はもう少し落ち着いてやるべきだと麦野は思った。


「しつこいわね、そんなに死にたいの?」


その広場のド真ん中に、御坂は立っている。
バチバチと体中から電流を迸らせ、麦野と対峙する彼女は挑発するように言葉を投げつけてきた。


「こっちの台詞だバカ中学生。こんなとこに隠れ家作っちゃうなんて、あたしだけの秘密基地ってか?
 今時こんなこと小学生だってやらねえぞォ?」


麦野もそれに呼応するように彼女を嘲り笑う。


「ここなら誰も来ないからね。今はスキルアウトだって近づかない場所だから。
 ウザったい『警備員(アンチスキル)』とかにも気付かれないの」

「アンタ、もう戻れないけど覚悟できてんでしょね?暗部に堕ちた人間は、二度と表舞台に這い上がれないわよ?」

「ええ、そうね。だから私は最後まで戦うしかないのよ。
 アンタ達暗部なんて訳の分からないもんが、この街から消えてなくなるまで」

「そんなこと本当にできると思ってんのかよ?」



444 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:44:14.65 ID:dWbbv3Io [9/75]

麦野は顔を歪めて御坂に問いかける。
学園都市暗部は強大だ。麦野でさえ見えない闇の底に、こんな中学生一人が立ち向かって、一体どうなると言うのか。
吐き捨てるような言葉に、御坂は迷わず答える。


「思ってるわ」


何一つとして疑わない。そんな表情だった。
彼女は心の底から信じている。かつての眩しい輝きを失って、闇に染まっていたとしても。
御坂美琴は、己の行動を一切疑わない。
彼女は本当に信じているのだ。この学園都市の裏側に戦いを挑んで、最後まで勝ち残ることを。
御坂の視線に、麦野は奥歯を噛んで言葉を返す。


「悪いけどさせるわけにはいかねえんだよ。こっちにも色々都合があるもんでさ」

「じゃあ止めてみれば?」


淡々と御坂は言い放つ。
それは自信の表れか、それとも後には引かぬ覚悟だったのか。
堅く引き結ばれた口元で、澱み無く、彼女は言った。


「アンタに、一万人の脳を統べるこの私を止められるかしら?」


445 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:45:34.80 ID:dWbbv3Io [10/75]

叩きつけるような声。そして左手を麦野に向けて突き出し、コインを射出する。
音速の3倍の砲弾が麦野へ向けて放たれる。
だが麦野は『原子崩し』の噴出でそれをかわし反撃に転じる。
御坂に向けて放たれた青白い閃光は彼女の右手によって打ち消された。


「ムカツクおもちゃだこと」


奥歯を噛む麦野。
その瞬間。


「アンタも、あの時はよくもやってくれたわね」

「ガ…ぁッ…!」


ポツリと御坂が呟いた瞬間、彼女の膝が麦野の肉の薄い腹へとねじ込まれた。
磁力を宿した体が建物の鉄筋に引き寄せられるように加速したのだ。
見えていても避けられなかった。
麦野は腹を押さえてうずくまる。
追い討ちをかけるように御坂の手には剣が握られていた。
砂鉄を収束し、振動させることによってあらゆるものを切断する電動鋸。
それは麦野の首に向って容赦なく振り下ろされる。


「げほっ…!さ…せるかッ!」


446 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:46:45.99 ID:dWbbv3Io [11/75]

右手から放射される『原子崩し』が麦野の体を反動で弾き飛ばす。
しかし御坂は脳内を走る自らの電気信号を操れる。
あまりにも不自然な動きでこちらに向き直りながら麦野に飛び掛ってきた。
左手を突き出してコインを放つ。
慌てて遮蔽物の陰に飛び込む麦野。
攻撃をかわしてチラリと敵の姿を覗きこむが、そこには御坂の姿はなかった。


(どこへ…?…しまった!)


麦野は慌てて瓦礫の陰から飛び出す。
すると、1秒前に麦野がいた地点に巨大な鉄筋が轟音と共に突き刺さった。
麦野は走る。
彼女の後を突いて回るように、鉄筋が天から降り注ぎ、コンクリートの大地に突きたてられていく。


「こんなもんまで磁力で操れんのか!便利な能力をお持ちで羨ましいことですわねお姉様!」


麦野は姿の見えない御坂を探しながら、鉄筋を電子線で融解させていく。
ふと、目の前の建物の三階で、キラリと何かが光った。


「クソッ!あんなとこにいやがったか!」


そちらの方へ向けて電子線を放つ。同時に超音速のコインが麦野の背後の建物の壁を粉々に吹き飛ばした。
砂埃に視界を隠されながら、麦野は御坂の姿を探す。
巻き上げられたコンクリートの細かい破片が視界を悪くしているため、うまく視認できない。


447 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:48:34.77 ID:dWbbv3Io [12/75]

「出て来い売女がァ!」


言われて出てくるようではそもそもこんな苦労はしないわけだが。
絶えず降り注ぐ裂空の弾丸。
どこから見られているか分からない麦野は建物の内部に飛び込む。


「どこ行きやがったァ!出てこいコラァッ!」


声を張り上げる麦野。
すると、窓の外から建物内に次々と鉄筋が差し込まれていく。
壁が。窓が。床が微塵に砕け散る。
さらに、今度は上階から超電磁砲を撃ち込まれ、麦野は『原子崩し』の放射によって咄嗟にかわした。


(おかしい…。今の明らかに真上の階から撃ってきたし、こんなポンポンコインぶち込めるもんなの?)


肩で息をしながら、あちこちにできた擦り傷を拭う。
またしても立ち止まった瞬間にコインが上階からほぼ垂直に撃ち込まれた。
飛ぶようにそれをかわして、麦野は天井に向けて電子線を奔らせる。


(加えてこの索敵範囲。遮蔽物やらデカい建物やらで入り組んだこの廃墟街で、あまりにも的確に私の位置を掴みすぎてる…!)


まるで滝壺の能力のように。
麦野はぜぇぜぇと息を荒くし、体力をジリジリと削られていることを実感する。


(こいつ…何かドーピングしてる…!?)


448 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:51:30.15 ID:dWbbv3Io [13/75]

「気付いた?」

「!」


天井から、御坂が眼前に降り立つ。
同時に彼女は砂鉄の剣を麦野の首めがけて振り抜いた。


「出やがったなジャンキーがァっ!」


右手を突き出して放っていたいたのでは間に合わない。
麦野は御坂と自らの間に電子線の壁を構築する。
御坂に向けて放射されることはないが、それに触れた砂鉄の剣が一瞬にして消滅した。
さらに麦野は電子線で構成される数個の白い球体を生み出し、複数の角度から細い電子線を御坂めがけて放出する。
しかし。
ゴキゴキ。バキバキ。
そんな音が聞こえてきそうな、歪な光景。
その細い電子線の合間を縫うように、御坂の体は脱臼し、元に戻るを繰り返す。
あまりにも不気味な動きで全ての電子線をかわしきった御坂は、もう一度砂鉄の剣で麦野を袈裟懸けに切りつける。
反射的に背後に飛ぶが、麦野は前髪と額の薄皮を斬られた。


「惜しいわ。薬じゃない。私は体から常に微弱な電磁波が出てるの。その反射波で相手の位置を察知できるってわけ。
 それがちょっとばかし範囲が広がっただけよ」


ジワリと滲み流れる血が包帯に染み込むのを感じながら、驚愕の視線を御坂に向けた。


「その気持ち悪ぃ動きもドーピングの効果ってわけかよ?」


449 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:52:54.34 ID:dWbbv3Io [14/75]

「そうよ。ドーピングじゃなくて、演算能力を補強してるだけだけど。
 脳の電気信号を操れるようになったから、それで自分の体を動かしてるの。
 筋肉の収縮、弛緩を利用して骨を外してるってこと。
 脳内麻薬の分泌も操作できるから、痛みも無いし。
 頭の中にゴリゴリッて音が聞こえてくるのは、ちょっと気分悪いけどね。
 あー、アンタの痛覚とか操れたらいいのに。そしたら、いっぱいいっぱい苦しめてあげられるのに」


狂っている。
麦野も戦闘中の自分はそうとうハイになっていると自覚しているが、そういうレベルではない。
頬を流れていく赤い血混じりの汗が麦野の同様を如実に示していた。


「イカれてるわね、アンタ」

「暗部なんかで人殺すのが趣味みたいなアンタなんかに言われたくないわよ」

「人を変態扱いできる立場か」

「アンタ達を殺すのは好きでやってることじゃないわ。仕方なくやってるのよ。
 そこで呼吸してるアンタ達が悪いんじゃない!?
 生まれてきてごめんなさいって言えたら、自殺する許可をあげるわ」


御坂は大きく一歩を踏み込み真一文字に切り裂く。
さらにすぐさま砂鉄の剣を消滅させてその左手をバキバキとこちらに向ける。
親指以外の骨が滅茶苦茶に歪んだ左腕の手首からコインが零れ、雷を宿す。
麦野との間に一直線に稲妻のレールが敷かれた。
麦野は横に転がり、広場に出ながら御坂に向けて電子線を放つも、真正面からの攻撃ではその右手以前に
彼女自身の電子操作で弾かれ、上手く当たらない。


「はいお疲れさまっ!」


450 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:55:17.55 ID:dWbbv3Io [15/75]

さらに今度は一発のコインが麦野の足元をめくりあげる。
直撃はまぬがれたが、爆風と共に麦野の軽い体がかなりの長さの滞空時間で宙を舞う。


「はぐっ…!」


バランスを崩して吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる麦野。
すかさず飛んでくる御坂の蹴りが麦野の胸に突き刺さり、起き上がろうとしていた体を再び大地に横たえた。


「弱すぎね。アンタ私のこと見下してたみたいだけど、やっぱ第四位で合ってるわよ。
 だってこんなとこで、このザマなんだもんね」


体中の傷が開き、服の下にぬるりとした血の感触を感じる。
倒れたときに麦野のポケットから携帯電話が零れ落ちた。
地面に叩きつけられた、裏蓋が外れて中の電池パックが露になる。
その電池パックに張られた二枚のプリクラが麦野の視界に入った。
照れくさそうに笑う自分と浜面。
笑顔を浮かべる『アイテム』の4人と浜面。
それがやけに鮮明に頭の中に入ってくる。
それを御坂は、渾身の力で踏みにじった。


「何コレ?暗部のクズでもプリクラなんか撮るのね。
 最近のプリクラてほんとすごい修正入って目とかもめちゃくちゃ大きく撮れるよね。
 でもさ、アンタみたいに全身から真っ黒いオーラ出てる外道はその汚いのまでは隠しきれないから」


御坂は何度も何度もそれを踵で蹂躙する。
麦野を心底見下した目で、いい気味だと嘲る瞳で。


451 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:56:40.32 ID:dWbbv3Io [16/75]

「あーあー、腹立つ笑顔なんか浮かべちゃって。似合わないのよね。
 こっちは彼氏?こいつは暗部なの?この女共はこの前見たから、やっぱこっちも暗部か。
 まあどっちにしても殺すけどさ。私生活は仲良しグループで?夜は皆で殺しのピクニック?
 充実してて結構なことだわ。ムカつくわねー。ほんと早く死ねばいいのに」


ブツブツと狂ったように携帯を踏み砕いてゆく御坂の足を、麦野は無意識のうちに掴んでいた。


「それは…駄目」

「はぁ?」

「それだけは…許して…お願い」


力無い声で懇願するように御坂を見上げる。
だが御坂は、口を引き裂き嗤う。
携帯電話に向けて、御坂の靴底から稲妻が一筋迸った。


「ごっめーん。電気が漏れちゃったみただわ。
 こんなんなっちゃったけど、許してくれるよね?同じレベル5だもんね?」


無残にも粉々に砕け散った携帯電話の破片と、焦げ付き煤けた電池パックが麦野の眼前に蹴飛ばされる。 
麦野はよろよろと震える手でそれを掴んだ。
心底可笑しそうに笑っていた御坂の顔が、再び表情を消す。


「惨めでしょ?暗部なんてもんにいるからそういう目に会うんじゃない?
 たっぷり後悔してよね。特にアンタみたいのにはとびっきりの屈辱を味合わせてから殺さないと、
 私、ほんと…憎くて変身とかしちゃいそうよ」


454 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 01:58:25.11 ID:dWbbv3Io [17/75]

麦野の頭上に砂鉄の剣が突きつけられた。
体がうまく動かない。足を挫いたらしく、素早く起き上がることもできない。
麦野は前回と同じようにまたも敵の前に倒れ伏すことを忌々しく思いながら、
御坂の瞳を覗き込むように見上げる。


「けほっ…!アンタ…『風紀委員(ジャッジメント)』の後輩が探してたわよ…」


御坂はピクリと反応を見せた。


「アンタ、黒子に会ったの?」

「ええ、会ったわよ…他にも何人か。
 憧れのお姉様が、こんなとこで、このザマとも、知らずにね」


その言葉に、御坂の目が鋭く細められ、靴底で麦野の頭を勢いよく踏みつける。


「ぐぅ…ッ!」


腕を振り上げて、御坂は宣告した。


455 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:00:34.08 ID:dWbbv3Io [18/75]

「根っから暗部に浸かってるような奴に言われる筋合いは無いわ。
 もういいや、死んで、目障りだから。すぐに仲間も送り届けてあげるから心配しなくていいわよ。
 どうせアンタ達みたいな下衆には、死んで哀しむ人なんていないでしょ」


その言葉に、麦野は大きく左目を見開いた。
振動する砂鉄の剣が振り下ろされる。
しかしそれは麦野の首を切り落とすことはない。
伏した麦野の右手から閃光が迸り、御坂の足元をめくり上げたからだ。
吹き飛ばされる御坂。
麦野は壁に手を着いてヨロヨロと立ち上がった。
黒焦げの電池パックを握り締め、ギュッと胸に抱えて。


「そうね…その通りよ『超電磁砲』…。
 こんなクソッタレのクズに、死んで哀しむ奴なんていない…。
 でもね、私だって…好きでこんなことしてんじゃないわよ…」


搾り出すような言葉だった。
起き上がった御坂はバチバチと音を鳴らしながら麦野を睨みつける。
壁に体重を預け、痛む右目を抑えながら、麦野は遠い日の記憶を思い返していた。


「中学のとき、ムカつくクラスメイトを学校ごと全員ブチ殺してなきゃあ…私だって暇な学生やってこれたはずなんだよ…」


456 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:01:51.81 ID:dWbbv3Io [19/75]

愚痴るような物言い。
救いを求めるように、電池パックを握り締めた。


「同情を引こうってのなら時間の無駄だから止めてくれる?
 アンタのそういう身の上話は悪寒が走るくらい気持ち悪い。
 アンタ達にそういう風に同じ人間だって思われるのが最悪に不快なのよね」


御坂は平坦な声で応じる。


「そんなんじゃないわよ…私はね、今アンタを少し尊敬したの」

「は?アンタ詰られて悦ぶド変態なの?
 ここまでされてそんなこと言えるなんて、やっぱ暗部の奴は頭おかしいわね」

「アンタは大事な人のためにこんなとこまで堕ちてきたんでしょ…?」

「……」


その問いかけに、御坂は答えない。
だが、その無言を肯定と受け取った麦野は言葉を続ける。


「何も知らずにのうのうと生きていけばよかったのに…暗部なんてもんと関わらずに、
 そいつの側で手を握りながら目を醒ますのを待つ健気な女の子でいればよかったのに…!」


麦野は奥歯を噛む。
御坂も同じ仕草をした。


457 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:03:23.88 ID:dWbbv3Io [20/75]

「アンタに何が分かるのよッ…!」

「分かんねえよ…。いいや、分かんなかった…」


今の自分たちはよく似ている。麦野はそう思っていた。
同じレベル5で、同質の能力で、暗部に堕ちた。目的のために敵を殺すことを厭わない。
しかし二人の間には、決定的な差がある。
麦野には暗部に居る理由が無いのだ。
孤独な少女は、その抑圧された感情を暴走させて、取り返しのつかない事態を招いた。
その日から、麦野にはこの道だけしか残されていなかった。
いつしか組織での活動そのものが目的となった自分には、御坂のような強い行動原理を持たない。
そう思い込んでいた。
だからこそ麦野は、そんな自分に憤る。


「でも本当は、初めからわかってたんだよ…。
 私が何でこんなとこで、こんなことをしてるのか…そんなこと、もう分かってんのよ…」

「ほんと…言っている意味が分からないわね…」


守りたいものなんてない。助けたい人なんていない。だから組織にいる理由なんてない。
本当にそうなのか?
いや、そんなの嘘だ。
ずっと目を逸らしてきた。そんな簡単なこと、きっと初めから分かっていたんだ。
気付かないフリをして、逃げていただけ。
本当はずっと、自分の心の中にあった畏れは何一つ変わってなんかいなかった。
私の出した答えが、あいつらに受け入れられないんじゃないかって。


 ―――私は怖かったんだ



458 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:05:01.36 ID:dWbbv3Io [21/75]

「だから、今日アンタの後輩に会って…そして今…
 …この闇の中を迷いも恐れも無く真っ直ぐに堕ちて行くアンタの姿を見て、私も腹括ることにしたんだ」


片方の目で、麦野は真っ直ぐに御坂を捉えた。
御坂の眉間に皴が深く刻まれた。
開いた傷の痛みが体を駆け巡る。
だけど麦野はもう目を逸らさない。


「私は、あいつらを失うわけにはいかない…」


囁くような声。崖の淵に立つような声。
認めるのが怖い。
信じるのが怖い。
麦野沈利は孤独な少女だったから。
他人に好意を向けられることなど無いと思っていたから。

―――私なんかを好きになってくれる人なんていないって、そう思っていたから。

自分に向けられた好意を最後まで信じられなかった。
だから浜面を、滝壺を傷つけた。
だけど、


「あいつらが死んだら、私は哀しい。私が死んだら、あいつらはどう思うかな?」


だから、


「『超電磁砲』。アンタと同じよ。
 私も、私の大事なもんを、テメェに奪われるわけにはいかねえんだよ―――!!」


459 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:07:53.99 ID:dWbbv3Io [22/75]

後悔や怒りじゃない。同情を引くためでも、時間を稼ぐためでもない。
その独白は、麦野が自分自身の心と真っ直ぐに向き合う覚悟を決めることを意味していた。
心が高ぶる。怖れは今捨てた。
麦野は認めたのだ、自らの胸の中でずっと隠してきた想いを。


「そう…でも、私だってね…ここまで来たらもう止まるわけにはいかないのよ!」


御坂は疾駆する。麦野の真っ直ぐな視線を振り払うように。
電撃も、コインも放たない。
ただ己の手で彼女を断罪するために、砂鉄の剣を携えてよろめく麦野に向けて振り下ろした。


「あのときの決着をつけようじゃないの。
 誰かが言ったわ。私たちはレベル5。
 出会ってしまった以上…どっちかが死ぬしかねえんだとよ!」


右手を伸ばす。
間に合わない。悔いはなかった。だがせめて相打ちを望む。


「上ッ等じゃないのッ!初めて意見が合ったわね!そういうノリは嫌いじゃないわよ!」


足が痛い。体が痛い。右目が痛い。
だけどもう、心は痛くない。
かつてないほど穏やかな表情で、『原子崩し』は点火する。
腕が引きちぎれようとも。脚がへし折れようとも。体が砕けようとも。頭が吹き飛ぼうとも。
もう何も成さずに死ぬわけにはいかない。
全力の『原子崩し』を。自らの体ごと、広大な範囲を地図上から消し去る荷電粒子の暴風雨を。
麦野沈利の、成層圏の遥か彼方に在るプライドが、敗北の二文字を許さない。
彼女達を守るために、その敵を、ここで始末する。


「麦野。私たちだって、あなたを奪われるわけには超いきませんよ」


461 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:09:51.35 ID:dWbbv3Io [23/75]

声が聴こえた。
麦野が寄りかかる建造物の壁を突き破って華奢な腕が生えてくる。
襟首を掴まれ、その壁を砕きながら麦野は建物の中へと吸い込まれる。
鼻先数センチのところを砂鉄が掠めていくのを見ながら。
御坂の目が驚きに見開かれるのを眺めながら。
麦野はバランスを崩して誰かの腕に抱きとめられた。


「麦野、今度は間に合ったな」


鼓動が跳ねる。
世界で一番聞きたかった声。
砕かれた壁の中。
彼らは居た。居てくれた。
そこにいたのは、麦野が思い描いていた仲間の姿だった。
笑顔を浮かべる浜面が、高らかにそう告げた。


「あなた達…どうして…」

「麦野、私たちを誘ってくれないなんて、超ひどいです」


麦野の襟首を掴んでいる絹旗。
呆れたような顔でその手を離し、ため息をつく。
よろめき、そのまま浜面に体重を預ける形となる。


「まあ来るなって言われたって、私らは来る訳よ」


フレンダが笑顔でそう言うと、麦野をかばうように立ち、絹旗と共に御坂の前に立ちはだかる。


「むぎの。むぎのの気持ち、確かに聴いたよ」


滝壺もまた、微笑を滲ませて麦野の手を取る。
麦野は浜面の腕の中から立ち上がり、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


462 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:11:43.54 ID:dWbbv3Io [24/75]

「滝壺…アンタ体晶を…」


眠そうにとろけた目蓋も、黒い瞳孔もはっきりと開き、覚醒状態にある滝壺が頷く。


「むぎのが待ってるから。むぎのが死んじゃったら、悲しいから…」


滝壺の言葉に、麦野は頬を紅く染め、照れたように上目遣いで彼女を睨む。


「私に断り無く…勝手に使ってんじゃないわよ」

「ごめんね。こうするしかなかったから」


苦笑する滝壺。しばらく頬を膨らませていた麦野も、やがて綻ぶように微笑んだ。


「ありがとね。来てくれて」


状況はこちらに味方をした。
あるいは、御坂のためにこの舞台が用意されたのか。
御坂を見据える。『アイテム』が、敵を捕捉する。
麦野沈利はもう迷わない。躊躇わない。
彼女はもう認めてしまったから。
『アイテム』という小組織 が、麦野の中でどうしようもないほど大きな存在になっていることを。
ずっと心の中で認識することを避けてきた事実を。


「おイタが過ぎたわね、クソガキ」


463 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:12:54.27 ID:dWbbv3Io [25/75]

ここが私の居場所。
学園都市の闇の中。クソの掃き溜め。
そんな暗がりだから、彼女たちに出会えた。
二度と表舞台へ戻れない。それがどうした。
暴力では何も解決しない。それがどうした。
自分の欲しかったものは、ずっとここにあったんだ。


「オシオキの時間よ」

「急に強気なっちゃって。さっきまでのアンタと今のアンタ…何が変わったって言うの?」


御坂美琴にとって、上条当麻がそうであったように。
麦野沈利にとって、『アイテム』 がそうであるように。

―――私は、彼女達を守りたかったんだ。


「変わったよ。これで私は、もう絶対に勝たなくちゃいけなくなっちまったんだ」


麦野は何もかもを振り切ったように、淀み無く告げる。


「見せてあげましょう。『アイテム(わたしたち)』のやり方を」


464 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:14:21.56 ID:dWbbv3Io [26/75]

そう高らかに宣言すると、御坂に向けて電子線を解き放つ。
青白い荷電粒子は加速する。
進路上にある全てを粉砕し、コンクリートの大地を噛み千切り。
己が『原子崩し』であることを誇示するように、吼え猛る。
それが、試合開始のゴングだった。


「仲間が来てテンション上がっちゃうのは分かるけど、無駄よ!
 それで勝ったつもりだなんて思い上がりもいいとこだわ」


御坂は右手で電子線を打ち消しコインを放出する。
だが麦野の微笑みは消えない。眩い閃光に隠れるように、絹旗が『窒素装甲』の拳で殴りかかる。
そして麦野も宙を翔ける。『原子崩し』による爆発的な加速。
尾を引く青い粒子は翼のように麦野を追いかける。
絹旗の拳を受けてなお体中に電気を流して体勢を立て直し、御坂は再びコインを放とうと左手を突き出すが、
もはや間に合わない。
この電子の翼の前には一呼吸ばかり遅すぎる。
麦野の飛び蹴りを胸に受けた御坂の体は、実に50メートル以上も吹き飛んで遥か前方の壁を粉砕し、
建物へ吸い込まれていくまで止まらなかった。


「滝壺」

「うん」


465 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:15:30.34 ID:dWbbv3Io [27/75]

麦野と滝壺の会話は、それで充分だった。
散開する絹旗、フレンダ、浜面の3人。
御坂は先ほどのように建物内から超電磁砲を射出するが、先ほどまでとは状況がまるで異なることを
彼女はまだ理解できていない。
御坂だけに見えていることがアドバンテージだった。
だが、その前提条件はもはや意味を持たない。
彼女が相対するのは『アイテム』が誇る最強の観測手。
太陽系を駆け抜けて、その彼方までも永劫追い続ける悪魔の追跡者。
滝壺理后に死角は無い。


「むぎの、2時の方向、2階。3、2、1」


滝壺のカウントダウンと共に、言われた場所へ電子線を叩き込む。
崩れ落ちた壁の向こうに御坂がいた。
滝壺はさらに懐から無線機を取り出し指示を飛ばす。


「フレンダ、敵は2階を正面から東へ移動中。その辺りにトラップを仕掛けたよね?」

『オーケー!すぐにそっちに届けてやるからね』


騒がしいフレンダの声がした直後、御坂が疾走しているらしき場所で爆風が巻き起こる。
飛び散る瓦礫に目もくれず、滝壺は次の指示を飛ばすために無線機を構えた。
もうコインがこちらに飛んでくることはない。
御坂は開始5分も経たないうちに追い詰められていた。


466 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:17:45.97 ID:dWbbv3Io [28/75]

「はまづら、そっちに言ったよ。足を撃って。5、4、3、2、1」


乾いた音が廃墟に木霊する。


『うぉ!すげぇ!敵の足をブチ抜いた!元の道に転がりこんだけど、どうする!?追うか?!』

「だめ、攻撃されないように走り回って。むぎの。同じく2階5時の方向。3、2、1」


放たれる青白い閃光。消滅した壁の向こうに足を引き摺る御坂の姿があった。
滝壺の『能力追跡』の前では彼女の動きなど手に取るように見えていた。
おまけにこの廃墟は浜面もかつて利用していたことのあるスキルアウトのアジト。
彼がフレンダを伴い、退路を封じて逃げ道を減らすためにあらかじめ各所に爆弾を仕掛けておいたのだ。
もはや地の利すら失った御坂美琴は、逃げ場も無くただ追い詰められる兎でしかなかった。


「きぬはた、その子をこっちに」

『超了解です。お届けものですよ』


滝壺の無線の後、御坂の足を掴んだ絹旗が壁の穴から彼女をこちらに投げ飛ばす。
2階の高さから50mをゆうに超える距離を吹っ飛ばされ、地面を転がりながら麦野の前に
引きずり出された御坂はボロボロだった。
思った通りだった。彼女の右手の能力は、ただの銃弾や爆風を防ぐ効果はない。
もちろん銃や爆弾単体では彼女の相手にもならないだろう。
しかし、麦野の『原子崩し』による圧倒的なプレッシャーと、滝壺の追跡能力で
彼女は成す術も無くその攻撃に体を晒すしかなかった。
足を浜面の銃弾で撃ち抜かれて血を流し、体中が爆風と瓦礫を浴びて煤けている。


467 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:18:56.26 ID:dWbbv3Io [29/75]

「く…そ…!」


膝を付き、御坂は左手を麦野に向けて突き出しうめき声を上げた。
唇をかみ締め、眉間にしわを寄せて睨みつけてくる。


「少しは分かってもらえた?私たちのやり方」


麦野も御坂に向けて右手を突き出す。
彼女を殺す気はなかった。だが、御坂がそのコインを背後の滝壺に向けるのなら、容赦はしない。
麦野も御坂を鋭く睨む。


「何で…アンタたちみたいのに…!」


悔しげに叫ぶ。そのまま攻撃をすれば、眼前の麦野と相打ちくらいには出来たかもしれない。
だが、自分の勝利がもはや無いと悟ったのだろう。
勝てなくなっていい。だが、負ければもう復讐を続けられない。
御坂から戦意が薄れていくのを感じた。
そんな敵の様子を見て、かつての麦野なら、きっと高笑いを上げながら喜び勇んで全身を蜂の巣にしただろう。
だが、


「アンタ、もうこんなことやめなよ」


468 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:20:24.68 ID:dWbbv3Io [30/75]

ポツリと麦野は言う。後ろでは滝壺の息を呑む音が聞こえた。
麦野が敵にこんな風な言葉を投げかけることなんて今までなかったから。
逆らう奴は当然の如く処刑。命乞いも逃走も一切許さない悪の女王が、
己の右目を奪った女子中学生を見逃そうとしている。
しかしそれに反して御坂の顔が怒りに歪んだ。


「なんですって…?なめてんのあんた?」

「こんなことしたって、アンタの大切な人は喜ばない。
 なんて分かりやすい理屈が欲しいならそれでもいいけど」


麦野は哀れむように御坂を見下ろす。
彼女の純粋さ、度胸、大胆な行動力、それを実現するだけの実力。
麦野にとってもそれは賞賛に値するものだと本心で思っている。
だが、御坂は決定的なことを見落としている。


「アンタ周り見えてなさすぎね。暗部組織を全て壊滅したとして、アンタはその人のところに戻れるの?」


確かに御坂は学園都市暗部を全て潰せるのだと心の底から信じている。
だが、それが彼女の望む結果に繋がるかと言われれば話は別だ。
復讐を目的とすることは別に御坂の勝手だろう。
しかし、復讐を達成したからと言って、彼女の想い人が蘇るわけではない。


469 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:22:40.06 ID:dWbbv3Io [31/75]

「…ッ!」

「全てを終えた後、胸を張ってそいつのところに報告に行けるのかって訊いてんだよ。
 私、頑張って復讐して一杯一杯ブチ殺したよ?目が覚めてよかったね?ってかぁ?
 何言ってるか分かる?アンタの行動の先に、アンタの望む結果は無いってことよ。
 アンタのしてることって、結局無駄なの。独りよがり。オナニーってやつだ」

「分かってるわよ!」

「分かってねえよ!」


喉を引き裂くように叫ぶ御坂に麦野は吐き捨てるように叫び返した。


「テメェみたいなクソすっ呆けた中坊が、この街の闇に首突っ込んでくんじゃねぇっつってんだよ!」


それは願うように放たれた言葉だった。


「この街全部に喧嘩売ってまで報いたいと思えるような奴が、
 中学生のガキに自分のためにクソ溜めに落ちていかれて喜ぶような人間なのかよ!?
 だったらソイツは正真正銘のクソ野朗だ!私なんか比較にならねえくらいのクズだ!
 復讐なんてやめてそいつとはスッパリ縁切っちまえよ!」

「当麻はそんな奴じゃないッ!!」


麦野の暴言に御坂は眉間に深く皴を刻んで言葉を返す。


「当麻は私を助けようとしてくれたのよ!『妹達』を助けるために、『一方通行』に挑んで、
 あいつの実験を止めてくれたの!あんたみたいな奴らと一緒にしないで!
 当麻はいつだって私に優しく接してくれた!私の大事な…ッ―――!」


471 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:24:19.85 ID:dWbbv3Io [32/75]

そこで御坂は言葉に詰まる。視線を宙に泳がせ、唇を噛んで頬を赤らめる。
その瞳にはわずかに涙も滲んでいた。


「これが最後だ、『超電磁砲』…」


麦野はもう一度、御坂に右手を突きつけたまま告げる。
冷たく見下ろすその視線は、御坂に選択を迫った。


「続けるなら、私も顔に傷つけられた恨みがある。次は間違いなく殺す。
 でも止めるって言うんなら…」


麦野は、なんて自分らしくない発言だと思っていた。
敵を見逃すなんて選択肢、今まで一度だって考えたことなかったから。
だが、目の前のこの少女はあまりに自分に似すぎていると思っていた。
なのに、自分には無かったものを持っているのに、それでもここに堕ちてきた。
そこに尊敬と、怒りを感じる。


「いいよ。アンタを殺さない。アンタの尻ぬぐいも、私がやってやる」


472 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:25:50.25 ID:dWbbv3Io [33/75]

御坂にはきっとこれから暗部の追っ手がかかることだろう。
『上』の連中の思惑だけでなく、彼女に恨みを持つ人間は今大勢いる。
だから彼女は引き返せない。
だが、麦野は決めた。
この麦野沈利自らが、わざわざ見逃して生かしてやった人間を、誰に殺されてたまるものかと。


(らしくねえ…。何口走ってんだ私は。…くそっ、やっぱコイツ嫌いだわ)


御坂の想い人は暗部の人間ではない。
『一方通行』の実験を阻止しようなんて無謀を行い、しかも結果的には成功させた、タダの馬鹿のお人よしだ。
そんな奴らは、とっと自分のいるべき場所に帰ってくれ。
麦野にとって、彼らの存在はあまりに眩しすぎた。
土御門の言葉も、今なら分かる。
―――ああ、確かにそうね
こんな奴らに、路地裏で野垂れ死なれることほど、寝覚めの悪いことはない。
御坂は唇を震わせて俯く。左腕を麦野に向けたまま。
灰色のコンクリートに雫が一つ零れ落ちた。


「だって…当麻がいないんだよ…」


473 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:27:25.92 ID:dWbbv3Io [34/75]

雫は止め処なく地面を濡らす。
御坂の頬を、涙が通り過ぎていた。


「私があいつに『一方通行』の場所を教えたりしなければ…当麻は今も病院で寝ていたりしなくて済んだのにッ!」


左手がとうとう下ろされる。
それに応えるように麦野も腕を下ろした。
別に彼女の身の上話に麦野は興味なかった。
全てを元の場所に納めることができたなら、それでよかった。
だが、麦野は彼女の話を止めない。無視もしない。
白井黒子の言葉が頭を過ぎったから。

 ―――お姉様も、麦野さんのような年上のお姉様にご指導頂きたいときもあると思いますの

レベル5は孤独な生き物だ。学園都市の頂点として、後続の能力者たちを導くことを求められる。
彼らの悩み、怒り、喜びを受け止める義務を求めてくる。
麦野はそんなことまっぴら御免だった。きっと誰もがそうだ。
『一方通行』だって、『未元物質』だって、そして『超電磁砲』だって。
他人の感情を押し付けられる謂れなどどこにもないと思っているはずだ。
御坂美琴はましてや思春期の中学生。
普段は大人びた彼女も、対等に接してくれる数少ない存在を失えば混乱くらいするだろう。
だから麦野は、白井黒子に情報提供の借りを返す意味で、御坂美琴の言葉をただ受け止めてやることにした。
行き場のない怒りを。耐え難い悲しみを。
その全てを吐き出すまで、麦野は付き合ってやるつもりだった。


474 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:29:09.46 ID:dWbbv3Io [35/75]

「じゃあ私はどうすりゃいいのよ!?大人しくあいつの目が覚めるまで待ってろっての!?」


地面を殴る御坂。彼女の心の叫びを麦野は黙って聴いている。
悲しみが、戸惑いが、涙となって溢れていく。
しかし、麦野は少し迷った。
どちらかと言えば自分も御坂と同じような行動に走るタイプなので、気持ちが分かりすぎてうまく答えてやれない。
そこへ、


「そうしなよ」


滝壺が地に膝を着き、御坂の頭を撫でる。
顔を濡らした御坂が滝壺を見上げた。


「それがいいよ。信じるの、怖いよね。もし目が覚めなかったらって、自分の所為だって、思っちゃうよね…」
 

優しく滝壺が御坂に語り掛ける。
麦野も御坂も、驚きを顔に浮かべてその言葉を聞いていた。


「でも出来るよ。むぎのにだって、出来たんだから」


おい、と突っ込みそうになる麦野。
御坂は滝壺の胸に飛び込み、震える腕で彼女を抱きしめた。


475 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:30:18.56 ID:dWbbv3Io [36/75]

「知ったようなこと言えないけど。あなたにこんな風に泣いてほしくて、その人は戦ったんじゃないと思うんだ。
 だからあなたは、こんなところに居ないで、お家に帰ろうね」

「私…怖かったの…!当麻がもう戻ってこないんじゃないかって!
 もう私に笑いかけてくれないんじゃないかって…!
 怖くて…怖くて…私どうしたらいいか…!」

「分かるよ。でも、その人が目を覚ましたとき、きっとあなたには笑っていて欲しいんじゃないかな。
 胸を張って、その人が目覚めたのを喜べるように、信じよう」


諭すような、滝壺の優しい声。御坂にはもう戦意など欠片も残ってはいない。
胸の中にあった黒く渦巻く感情を全て吐き出して、彼女は元のタダのレベル5に戻っていった。


「……うん」


やがて御坂が小さく頷く。
応えるように、滝壺は彼女の頭を胸に抱いた。


「大丈夫、私はそんな優しいあなたを、応援してる」


御坂の頭を優しく撫でながら滝壺が語りかける。
結局美味しいところは滝壺に持っていかれたが、落としどころを探しあぐねていた
麦野はホッと胸を撫で下ろす、。
こういう場面が苦手なので、髪をかき上げて所在無さげにキョロキョロしながら
なんと声をかけるかと思案する。


476 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:31:32.63 ID:dWbbv3Io [37/75]

「ったく『超電磁砲』。アンタには心配してくれる後輩がいっぱいいるでしょが。
 似合わないことしてんじゃないわよ。
 ま、あの様子だと帰ったら一発くらいは殴られるかも知れないけどね」


まあこんなもんかと軽くそう言うと、ビクリと御坂が肩を震わせる。
やがて先ほどとは明らかに違う震え方で顔が青ざめていった。


「どしたの…?」


不穏な気配を感じる麦野。


「どうしよう…」

「は?」

「殴られるなんてもんじゃ済まないかも知れない…黒子に…黒子に犯される!」

「おかっ…え?」


異様な震え方で滝壺から体を離し、御坂が頭を抱える。
さすがの滝壺もおろおろと何と声をかけていいかわからない様子。
白井黒子、恐ろしい子。


478 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:33:01.00 ID:dWbbv3Io [38/75]

それから数分後、御坂も落ち着きを取り戻したころ、フレンダ達がパタパタと足音を鳴らして戻ってきた。


「お、なになに、スパッと解決って訳?」

「私たちがいない間に超面白そうなことになってますね、説明してください」


皆爆風や粉塵を浴びたせいでところどころ汚れているが、怪我は特に無いようだった。


「麦野、大丈夫か?」


浜面が近づいてくる。
視線が合うと、麦野は頬を赤く染めてプイッとそっぽを向いた。


「大丈夫に決まってんでしょ。足ひねっただけ。来るのが遅いのよ、バカ
 でも来てくれて助かったわよ、バカ!」

「お、おう?なんで怒ってんだよ?いや、何言ってんだお前?」


先日あんなことがあったものだから、自分の中の気持ちはもう整理がついているのに
混乱してよく分からないことを言ってしまう麦野。
いくら自分の気持ちと向き合えたからと言って、この男にそれを告げられるかどうかは話が別だ。
鼓動が苦しいのは浜面の側にいる所為か、体中の傷が開いている所為か。


「うるっさい!それよりアンタ、『ピンセット』まだ持ってるんでしょね?」


480 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:34:59.82 ID:dWbbv3Io [39/75]

恥ずかしくて浜面をまともに見れない麦野は、体ごと御坂の方を向いて問いかける。
御坂も足を銃で撃たれているが出血は少ないようで、ゆっくりと立ち上がった。


「『ピンセット』?ああ、第二位が持ってたアレか。背中のに入ってるけど」


そう言って御坂は『駆動鎧』に取り付けられた薄型のバックパックを麦野に向ける。
結構な勢いで飛び跳ねたり叩きつけられたりしていたが大丈夫だろうか。


「それもらってくけどいいよね?」

「良いも悪いも、勝ったのはアンタなんだから好きにしなさいよ」


御坂の目にはいつしか光が戻っていた。
麦野や滝壺にその胸中を吐露して、気が楽になったのか、自らの力を解放し尽くして、
鬱屈し、抑圧されたストレスが発散されたのかもしれない。


「よろしい。素直なのはいいことだわ。アンタやっぱそっちのほうがいい感じにムカつくわ」

「なんでよ」

「いいのいいの気にしないで。結局麦野は自分より心の綺麗な人が嫌いなだけだから」

「ほんと外道なのね。そこまで徹するなら好きなだけ自分を貫いてちょうだい」


と、御坂が取り外したバックパックを麦野に渡したそのとき。


「麦野!あぶねえ!」


浜面が麦野に覆いかぶさるように突撃する。
瞬間、ゴバァッという音ともに、麦野と御坂の間をかまいたちのような衝撃が走った。
地面に尻餅をつく麦野、何事だと覆いかぶさる浜面を見下ろす。
真っ赤に染まった彼の背中があった。


481 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 02:36:33.78 ID:dWbbv3Io [40/75]

「は…まづら…?」


彼の背中をそっと撫でる。
ヌルリとした感触が麦野の掌に伝わった。
ドクンッと心臓が悲鳴をあげる。
何が起こった。烈風が吹いたことはかろうじて分かった。
だが、浜面の背中がパックリと切り裂かれ、彼がうめき声を上げるこの状況。
麦野はカタカタと震える手で浜面を抱きとめ、その烈風が吹いた方向を見る。
皆、同じものを見ていた。


「わりーな、手が滑っちまった。
 第三位と第四位を纏めて消して、俺が唯一無二のレベル5になれるかもって、ちょっとは期待したんだぜ?」


月を背に、男は立つ。
悪びれも無く、3階建ての建物の屋上、背中に3対6枚の翼を背負う男が告げる。
堅牢なはずの鉄筋コンクリートを粉々に粉砕して、終末の使者のような様相を呈して彼は降り立った。
それは最強の元第二位。
精悍だったはずの顔は焼け爛れ、髪も皮膚も焦げ付き、生命維持のチューブを体から突き出してなお、
その端整な面立ちは消え失せない。
彼こそが、学園都市最強の男。
現第一位。
『未元物質(ダークマター)』。
物理法則を創り出す者。
そう。
『グループ』と戦っていたはずの、
垣根帝督だった。

509 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:28:45.80 ID:dWbbv3Io [44/75]

―――――


浜面仕上は倒れていく体から意識が薄れていくのを感じながら、『アイテム』の下っ端になる前のことを思い返していた。
鼻ピアスのチンピラ、浜面仕上はスキルアウトのリーダーだった。
ほんの数時間前に、スキルアウトのリーダーになった。
かつてのリーダー、駒場利徳はどこかの暗部組織の能力者と戦い、敗北したのだ。
突然スキルアウト100人近くのリーダーとなった彼は、とある人物の殺害を二束三文で依頼され遂行しようとしているところだった。


『無能力者狩り』というものがここ最近学園都市の裏通りで横行している。
スキルアウト以外のレベル0の無能力者達を集団で狩りの対象とするゲームが、一部の能力者たちの間で流行していた。
現在、それの主犯と思われるグループの一つが、この仕事のターゲットだった。
能力者達に対して強い劣等感を持っていたスキルアウト達は、その依頼を二つ返事で受け入れた。
今まで馬鹿にされてきた能力者を、金までもらえてボロ雑巾にできるのだから。


(なんで今更…こんなこと思い出すんだよ…)


簡単な仕事だと思っていた。
平凡な人相の奴をおとりにして、情報のあった路地裏でそいつらをおびき出す。
案の定、指定された場所で何人かの能力者が自分たちの前に現れた。
銃火器や凶器で武装したスキルアウト達は、その能力者たちを数十人がかり滅茶苦茶に叩きのめした。


―――お前らみたいな奴がいるから、能力者は嫌いなんだ


だが能力者達もいつしか反撃に転じた。
無慈悲に壊されていくスキルアウト達の肉体。


―――お前らみたいな奴がいるから無能力者が馬鹿にされるんだ


511 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:30:42.93 ID:dWbbv3Io [45/75]

無能力者と能力者は分かり合えないことを証明するように、その血みどろの争いは無惨なものへと変わっていった
多少の能力者なら数で渡り合えるスキルアウト達。
だがその拮抗したバランスを崩すように、能力者側に強力な使い手が現れた。
恐らくは集団のリーダーだったのだろう。
レベル4の『念動力(テレキネシス)』 。
あらゆる能力の中でも割とポピュラーな部類になるが、レベル4ともなるとその力は強大だ。
あっという間にスキルアウト達はその数を減らしていくこととなる。


「クソッ!簡単な仕事だっつってたのに!なんでこんなことになるんだ!」


目の前で十数人の仲間達が瓦礫の下に押しつぶされたのを見て、浜面は銃を片手に逃げているところだった。
しかし、路地裏の奥深くまで逃げ込んだ時、彼の前に瓦礫の山が積み上げられていた。
立ち往生する浜面。
知らず知らずのうち、追い込まれていたのだ。


「ばぁか、俺たちはいつもここで狩りしてんだぜ?一人になっちまった時点でテメェの負けよ、ド低能の雑魚野朗」


その辺を歩いていても全く気にも留めないような顔の男だった。
浜面の方が人相も悪いくらいのはずなのに、そいつは口元を歪めて嘲るように舌を出す。


「クソっ!」


浜面は拳銃の引き金を引くが、その弾道は男から逸れるように曲がっていく。


512 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:33:47.22 ID:dWbbv3Io [46/75]

「ギャハハハハッ!銃に頼るしかねえよなぁ!無能くんは!」


ゲラゲラと嗤う男。浜面は奥歯を強く噛んだ。


「能力者がそんなに偉いのかよ!」
「無駄なんだよ。これがテメェら無能力者と、俺たち能力者様の違いだ。
 現実として、学園都市は無能力者を無価値と断じている。
 無能なテメェらじゃ自分の命だってロクに守れやしねえし、そもそも居場所だってねえんだぜ?
 仲間を何人かやってくれたよなぁ?地面に頭こすり付けて靴底でも舐めりゃ、見逃してやってもいいぜぇ?」


浜面はブルブルと拳を震わせて、怒りを表情に表す。
能力者は嫌いだ。いつだって俺たちを馬鹿にして、見下してきやがる。


「っざけんじゃねえぞ!テメェ何様だコラァッ!」


浜面はヤケになって殴りかかる。
だがその拳が男の顔に届く前に、浜面の体は『念動力』の強大な圧力によって体勢を保てず地面へと叩き付けられた。
コンクリートにへばりつくように体が押し付けられる。
体の上に巨大な岩が圧し掛かっているような重圧。
屈辱だった。能力者の前にただ平伏するしかない現実が。


「言ったろうが?能力者様だ。
 大体元はと言えばテメェらみたいな無能が群れて、人畜無害でいたいけな俺たち能力者を僻んで
 襲うからこういうことになるんだよ。自業自得って言葉知ってるか?」


血が滲むほど拳を握る。
能力者を僻んでいるという事実が、浜面の胸に突き刺る。
そのときだった。


「こりゃスゲェ。こんな根性無しは初めて見た」


513 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:37:43.73 ID:dWbbv3Io [47/75]

路地の向こう側に仁王立ちする男がいた。
白い学ランの下に旭日旗を抱き、昔のアニメキャラのようなハードな髪に鉢巻を巻いた、
暑苦しいにも程がある男。
番長?応援団長?
浜面は地に伏せていることも忘れて、その男の異様な姿に呆気にとられていた。


「ああん?何だお前。取り込み中だ、失せろ。殺すぞ」


白ランの男はつまらなそうに歯噛みする。


「お前の全身から滲み出る小物臭さ。根性が足りねえぞ根性無しがぁっ―――!!」


さっきから根性しか口にしていない白ランの男。
その男は、鋭い視線でズンズンとこちらに向って歩いてくる。


「そういう精神論は流行らねえぜ。テメェも伏せてろ!」


男が右手を伸ばすと、白ランの男は案の定ズシリと重圧を感じて前のめりになる。
だが、踏みとどまった。
肩に巨大な岩石を乗せるように、眉間に深く皴を寄せ、空腹の熊のような目線で念動力者を睨みつける。


「精神論?違うな、心意気だ。気合がありゃあこんなもんトレーニングにだってならねえ。
 どうした。お前の根性は軽すぎるぞー―――ッ!!」


気合で念を弾き飛ばす。
滅茶苦茶だった。浜面は既に男として彼に見惚れていた。
まるで少年漫画からそのまま出てきたような恐るべき根性論者。
こいつがいる運動部だけには絶対入りたくねえとぼんやり思っていた。


514 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:40:08.64 ID:dWbbv3Io [48/75]

「な、なんだこいつ!チッ!なら死ねよ!」


両側の建物の壁が崩れ、白ランの男の頭上から降り注ぐ。
仲間のスキルアウト達もこれにやられたのだった。
だが、男は雄々しく笑う。ヒーローのように。


「死ね、だと?そいつは悪の下っ端戦闘員の台詞だ!お前の根性はそんなものかァ―――ッ!」


拳を頭上高く突き上げると、まるで火山が噴火するように瓦礫が粉々に吹き飛んだ。


「な、なんだと。そ、そういや聞いたことがある…。このめちゃくちゃな根性論。
 お前…まさか!」

「俺が誰かなんて、どうだっていい」


白ランの男はその勢いのまま、踏み込む。
戦慄する念動力者の顔を掴み、手近な壁に向けて叩きつけた。


「今重要なのは、お前には圧倒的に根性が足りてねぇってことだァァアアああああああああああああああ――――ッ!」

「うぼぁっ!」


踏み込み、顔を掴み、叩きつける。
それを、浜面は目で追うことすらできなかった。
ビルの壁は盛大にブチ抜かれ、何十メートルも先までその穴は続いている。


(死んだんじゃねえかこれ…)

「おい」


515 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:43:09.40 ID:dWbbv3Io [49/75]

起き上がりながら、浜面は開いた口が塞がらなかった。
突如白ランの男が浜面の前に立塞がる。


「お前もだ。集団でリンチなんて男らしくねえ真似、オレが見逃すわけにはいかねえな」

「んだと?悪ぃのは向こうじゃねえのかよ」


浜面は男にメンチを切りながら悪態をつく。
だが、男の燃え滾るような視線は全く揺らがない。


「だからどうした。どっちが先だろうと、お前らが奴らを殺そうとしたことには変わりねえだろうが」

「綺麗ごと言ってんじゃねえよ!テメェみたいなすげぇ能力者様にはわかんねえだろうさ!
 どこに行っても馬鹿にされる俺たちレベル0は、他人を食い物にしなくちゃ生きていkバキュラッ!」


浜面の体が5メートルほど吹き飛ぶ。
全身にジンジンとした痛みが走った。


「ああ、分かんねえな!スキルアウトを結成して大規模な行動を起こすだけの根性がありながら、
 その力を仕返しの道具にしか使い道を思いつけねえキンタマの小さい軟弱野朗の気持ちなんざ、
 オレには何一つわからァァァアアアんッ――――!」

「テメブギュルワッ!」


もう一度浜面の言葉を遮るように体が中を舞う。
鼻に着けられていたピアスが千切れて盛大に空を舞った。
男との間に巨大な爆発が起きたような感覚。
旭日旗を胸に抱く男は、太陽を背にまさしく仁王の如く浜面を見下ろしていた。


517 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:45:48.52 ID:dWbbv3Io [50/75]

「立て、お前の根性をオレが叩きなおしてやる」

「勝手なこと言ってんじゃねえぞ!
 そういう風に生きようとした駒場利徳ってリーダーはな、ほんの半日前に死んじまったよ!
 場違いにも弱者を守ろうとしてなぁ!路地裏の落ちこぼれが、綺麗ごとを並べたって鼻で
 笑われるだけなんだよ!」


痛む鼻を押さえながら浜面が叫ぶ。
男の瞳の灯は消えない。


「そうか。心意気のある奴だ。
 お前、そいつを見ててそんなことしか思わなかったのか?
 どんな奴かは知らねえが、その男は『弱者』を守るために戦ったんじゃねえ!
 『仲間』を守るために戦ったんじゃねえのかッ!?」

「あァ!?知ったようなこと言うな!」

「その根性を、困ってる奴に手を差し伸べることに使っていれば、
 お前達だって学園都市中の人間から認められてたんじゃねえのか!?
 その男が本当に鼻で笑われてたっていうんなら謝ろう。
 だが、オレはその男を、絶対に!笑わねぇぇええ―――――ッ!」


男の言うとおりだった。
駒場は寡黙な男だったが、それでも彼の周りにはいつだって人が集まっていたし、
仲間を守るために行動をしてくれる頼れるリーダーだった。
自分なんかとは違う。こんな即席のリーダーなんかとは比べ物にならないくらい、いい奴だった。
なのに、そんな男が死んだんだ。
だから浜面は、その悔しさと、己のふがいなさに憤るように猛る。


「ふざけんなよ!俺たちを馬鹿にしやがって!!
 無能力者はなぁ、無価値なんかじゃねぇぇぇええええッ!!!」


518 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:48:39.42 ID:dWbbv3Io [51/75]

浜面が拳を握り、渾身の力を込めて男の顔面に叩き込む。
男は瞬き一つすることなく、この拳を、鼻っ面で受け止めた。
拳が男の顔にめり込む。だが男は腕を組んだまま微動だにしなかった。


「やればできるもんさ。いい根性だ。男は拳で語りあうもんだよな」


男は鼻血を出しながらニヤリと、腹の立つほど格好良い笑みを口元に滲ませる。


「て…め…」

「だがまだ足りんっ!お前達が馬鹿にされてきた理由ってのは、力の有る無しなんかじゃねえ」


男が浜面の拳を握り締め、恐るべき握力で顔からジリジリと離す。
その眼光は、もはや直視するのも躊躇う程の熱い輝きを放っていた。
男はもう片方の空いた手を、堅く堅く握り締めて振りかぶる。


「オレは自分がレベル5じゃなくたって、お前達の前に立ちはだかったろうさ。
 今見せてやる。能力なんて関係ねえ!
 これがオレとお前の!根性の違いだらっしゃぁァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ―――――!!!!!!」


そうか、こいつ、レベル5だったんだ。
浜面が気付いたときにはもう遅い。
男は能力など何一つ使わなくたって。絶対に倒れるはずがないんだ。
何故ならば。
浜面は、戦う前に、既に男の熱い魂の前に屈していたのだから。
一切の揺ぎ無いその闘志を拳に乗せて、ただの大振りのパンチのその衝撃が、浜面の顔面から全身を稲妻のように走り抜けた。


「あとは好きにしろ。お前の魂を信じる。いいパンチだったぜ」


519 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:51:27.16 ID:dWbbv3Io [52/75]

拳は顔を殴り飛ばすことなく寸止めの状態でピタリと止まる。その拳圧だけで、浜面は大地に膝をついた。
振り返り、夕陽の中に消えていく男の背中。
その男。学園都市第七位。削板軍覇。通称ナンバーセブン。
愛と根性のヲトコだった。
浜面はその後、仕事の失敗からスキルアウトを抜け、その器用さを買われて暗部の下部組織に所属することになった。
ナンバーセブンの言葉通り、困った人に手を差し伸べることはまだできていない。
だが。


―――『仲間』のために、ここで倒れるわけにはいかない!


(このままやられるわけには…いかねえよな…麦野!)


浜面の眼球に、闘志が漲る。
だから浜面は踏みとどまるのだ。
彼女たちと、最後まで戦い抜くために。
ナンバーセブンの言葉を思い出す。


―――その気合を、困ってる奴に手を差し伸べることに使っていれば、

  ―――お前達も学園都市中の人間から認められてたんじゃねえのか!?


能力なんて関係ねえ。その言葉、今なら頷ける。
胸を張って言える。レベル5の麦野だって、俺の『仲間』だ。
浜面は奥歯を噛んで呟く。


「その通りだ、クソったれ…!」


浜面の意識の中に、火が灯る。


521 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:55:13.16 ID:dWbbv3Io [53/75]

―――――


「ダァァァァァァァアアアクマタァァァァァァアアア―――ッッッ!!!!!!!!!!」


麦野は邪竜の如く吼える。
浜面をその胸に抱えたまま、すぐさま『原子崩し』を発動させようと右手を振り上げる。
しかし


「麦野…!俺は…大丈夫だ…!だから、落ち着け…!」


麦野の腕を息絶え絶えな浜面が掴んだ。
血の気が引いているが、その顔にはまだ幾分かの余裕が見て取れる。
彼の声を聞いて、麦野は少しだけ理性を取り戻す。


「大丈夫って…何言ってんのよ!」

「怒ったって、あいつには勝てないだろ。
 もうキレるな麦野…」


そう言い、背中から血をドロドロと垂れ流してゆらりと立ち上がる。
今にも倒れそうで、顔も青白い。
だがその口元には、確かな笑みが浮かんでいた。


「こんなイケメン野朗の攻撃で、俺が死ぬわけねえだろうが…!」

「あァ?何笑ってんだ三下。言っとくが、今のは誰に殺されるかわからねぇんじゃテメェらがあまりに不憫だから、
 わざわざ勝利宣言をしてやったんだぜ?」

「うるせえよ。こっちにゃ麦野と滝壺がいる。おまけに『超電磁砲』だっているんだぜ!
 高いところからそよ風吹かすだけのチキン野朗は家で扇風機とでもよろしくやってろ!」


522 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:56:55.80 ID:dWbbv3Io [54/75]

清々しい程の人任せ。麦野は上空の垣根を指差し虚勢を張る浜面を呆気にとられたように見上げるが、
それだけ元気があれば大丈夫だと苦笑しながら立ち上がる。
挑発された垣根は滾る獣の眼光で浜面を睨みつけ、宣告する。


「オーケー。次からはノンストップだ。着いてこれるかな?低能諸君」


3対の翼が爆ぜる。
空を裂き、烈風が全てを粉砕する。
垣根帝督が暗黒の夜空を飛翔した。


「ま、こいつがここにいるのはどうやら私のせいみたいだし、
 きっちり落とし前つけて帰らないとね」


御坂が右手を構え、中空から飛来する烈風を打ち抜く。
案の定それは乾いた音ともに打ち消されるが、垣根の顔から余裕が消えない。


「この前は余裕ぶっこいてたのもあるが、厄介なもん持ってやがるな。
 まずはテメェだッ!」
 

空を舞う垣根が両手を開く。
それに呼応するように6枚の翼が月を背にして広がった。
透明の翼の向こう側に朧の月が揺れた。


「『超電磁砲』!」


ハッとなって麦野は御坂の腕を引っ張り自らのほうに引き寄せる。


524 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 21:58:56.49 ID:dWbbv3Io [55/75]

「何、今の…?ぐぅっ!」


ふと見ると、御坂が右腕を押さえて痛みをこらえるような声をあげた。
彼女の右腕が『駆動鎧』の装甲を溶解させ、その下にある皮膚を赤く焼かれている。


「よく気付いたな。回折って知ってるか?
 そいつと俺の『未元物質』が合わされば、月光を殺人光線にだってしちまえるってことだ」


垣根が宙を踊る。建物から建物へ縦横無尽に飛び回る。
翼はその長さを、その質量を、その重量を変貌させて大地を引き裂いていく。


「麦野!退却しよう!」

「誰が逃がすかバァカ」

「フレンダ!」


麦野に向けて叫んだフレンダのわき腹から、暗闇を彩るように鮮血が噴き出す。
彼女の背後に降り立った垣根の翼に切り裂かれたのだ。
倒れるフレンダを浜面が飛び込み受け止める。


「ちょこまかと鬱陶しいわね!」


御坂が周囲に電撃を放つも、すぐに垣根の翼でかき消される。
物理法則を創り出すことの出来る彼にとって、正面からの攻撃など何の意味も無いと告げるように。


「ダセェな、テメェらいつからそんな仲良しグループになったんだ?人類皆兄弟って柄じゃねえだろう!」


525 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:00:39.73 ID:dWbbv3Io [56/75]

口元を歪めて垣根が嗤う。


「アンタに言われたくないわよメルヘン野朗!」


烈風が御坂を襲い、それを負うようにして接近してきた垣根の翼が彼女を袈裟懸けに切りつける。
背後に飛んでなんとかそれをかわすが、足に傷を負っている今の御坂に、そのリーチは長すぎた。
胸元を切り裂かれ、赤い血を撒き散らしながら御坂が地面を転がる。


「心配するな、自覚はしてる」


あまりにも圧倒的。麦野が御坂と戦ったときのような競り合いなどそこにはない。
ただただ一方的な、蹂躙という名の敗北を突きつけられるのみ。


「…痛いわね…」

「いい根性だ。第七位とは仲良くやれる」

「知らないわよ、誰それ…」


胸元を押さえながら御坂がよろめき立ち上がる。


「中学生虐めて楽しい?いい年した男が情けないわよ」


ふらふらと足元がおぼつかない御坂の前に、かばうように麦野が立った。


「楽しくはねえさ。俺はこれでも心の優しい男なんだ。正直辛い。本当だ。
 だがやられたらやりかえすのが、俺達の数少ねえマナーってもんだろ?」


526 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:02:52.11 ID:dWbbv3Io [57/75]

冷たく笑う垣根。
御坂も、麦野の意外すぎる行動に、訝しげに声をかけてきた。


「何のつもりよ…?あんたに守ってもらう義理なんて…」

「うるさい。私がせっかく生かしてやったのに、勝手に死なないでくれる?
 あんたの命はこの私がくれてやったの。もっと大事にしろっつのよねクソガキ」


垣根から視線は外さず言い放つ。
もし一瞬でも目を逸らしたら、二人とも粉々になってコンクリートの上に赤い華を咲かせることになる。


「なんてやつ…もうそこまでいくと清清しいわ」


呆れたような御坂の声に、麦野は表情を隠して垣根を見据える。


「ねぇ。アンタは何のためにこんなことしてんの?」

「ちょ、何言ってんの?!」


痛む足を引き摺りながら、クリーム色のコートに滲む血を隠そうともせず、
垣根の前に立ちはだかる。
背後の御坂からも驚きの声が投げかけられた。


「あァ?そいつの言う通りだな。マジで何言ってんだテメェは?」

「超油断大敵ですよ!」


目元を歪めた垣根の背後から、絹旗は広場の噴水の中に横たえてあった石像を投げつける。
垣根の頭に激突したそれは、しかし彼に一切のダメージを与えることを良しとせず、無残に砕け散った。


527 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:06:16.49 ID:dWbbv3Io [58/75]

「うるっせぇガキだ!」

絹旗に向けて大地を蹴る垣根。鋭い刃となった白い羽が、容赦なく絹旗を襲う。
その刃が絹旗の喉笛をかき切る前に、麦野は彼の背中に向けて電子線を放った。
翼が振るわれ、難なくそれをかき消す。


「私が話してんのよ。余所見なんてしてんじゃねえぞホスト野朗」


垣根は鬱陶しそうにこちらを振り返った。


「ウゼェ女だな…」

「質問を変えるわ。アンタは自分がレベル5だってことをどう思ってるわけ?」

「麦野、お前何を…」


浜面が訝しげに呟く。
麦野は一つ、確かめたかった。きっとこんな機会はもうないから。
今日、この中から少なくとも1人のレベル5が消える。
学園都市の頂点に君臨する彼は、一体何を想い、何を果たすために反乱という暴挙に出たのか。


「いいから答えろ。それくらいいいでしょ」


彼にだって、学園都市全てに喧嘩を売った理由があるはず。
別に垣根の事情で彼の結末が左右されるわけじゃないし、悲しい過去や納得の動機が欲しいんじゃない。
この戦いにそんな生易しい結末が待っているはずもなく、彼と自分の間に「許し」は無い。
ただ、興味が湧いたのだ。学園都市の闇を相手取るほどの、彼が導き出したものへ。
死ぬのは彼か、自分たちか。
故に、この最後の問いかけが、自分のわずかな気がかりをこの世から抹消してくれると信じた。


528 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:08:45.54 ID:dWbbv3Io [59/75]

「めんどくせぇ野朗だ。
 テメェはアレか?自分がレベル5にカミサマから選ばれちまったとか思ってるクチか?
 自分は選ばれし勇者で、世界を救うために戦うことを義務付けられた正義の超能力者ってな具合に勘違いしてる、
 思春期からいつまで経っても抜けられねえカワイソーな奴は、学園都市には結構いるぜ?」


鼻で笑い飛ばす垣根。だが彼はそれを一笑に付しても、無言で麦野に襲い掛かることはしなかった。
それは王者の余裕か、それとも彼の懐の深さ故か。
彼は自分なりの答えを麦野に対して返してくる。
麦野は彼から絶対に目を逸らさない。
7人しかいない同列達の答えを、麦野はただひたすらに待つ。


「ふざけんじゃねぇぞお花畑野朗。この場にいる奴ぁ全員クズだ。俺が断言してやる。
 学園都市暗部なんて言い方してるがやってることはその辺のお掃除ロボットと変わりねえ。
 むしろゴミがゴミ掃除してる分俺らの方が笑えるくらいだ。
 清く正しく今日まで生きてきましたって宣言できる奴がこんなところにいるわけねえだろ」

「何を今更。当然でしょ、そんなこと。それがどうしたのよ」

「だからなぁ!レベル5がどうとか、そんなことはどうだっていいんだよ!
 レベル5を目標にがんばってますなんて言う奴ぁ、もうその時点で器が知れてんだ。
 レベル5なんてモンはただの過程だ!便利な道具に過ぎねぇ。
 重要なのはその先。そいつを使って、テメェに何ができて何ができねぇのか。
 そして最後に何が残んのかってことなんだよッ!」


吐き捨てるような彼の言葉。
奇しくも麦野は、その彼の言葉に胸を打たれた。
レベル5はただの過程。
目的を果たすための手段の一つに過ぎない。
自分に何が出来て。何が出来ないのか。
レベル5に到達した者が導き出した一つの解答。
俯き、麦野は口元に微笑を滲ませる。


529 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:11:14.21 ID:dWbbv3Io [60/75]

(面ッ白ぇ…垣根帝督。悔しいけど、同感だわ)

「会話で解決しようとしてんじゃねえぞ『原子崩し』ァッ!
 俺やテメェみてぇなクソッタレの悪党は、そんなやり方じゃあ終われねぇだろうがぁッ!!」


垣根の翼が解放される。
それは壮大で、果てしなく、そして美しい、夜空を包み込むような幻想的な光景だった。
垣根は傲岸不遜に笑みを浮かべる。全てを嘲るように。


「俺たち暗部は互いを否定し合わなくちゃ生きられねえ本物のクソだ。そうだろ?
 さあ、踊ろうぜ『原子崩し』。答えってのはなぁ、テメェの手で導き出すモンなんだよッ!」


純白の翼は天を覆い隠して月明かりに願いを託す。
滅びを。破壊を。絶対の崩壊を。
そして地を薄く照らす朧月夜は、全てを焼き尽くす断罪の光と成り果てる。


「痺れるわね。こいつ言ってることは結構まともじゃない」

「感心してる場合じゃないでしょ。どうすんの?」


ゾクゾクと体を震わせる麦野に、御坂が呆れたように問いかける。
そこへ、


「ねえむぎの、試してみたいことがあるの」


滝壺が麦野の側へ来て告げる。
麦野は彼女の瞳を見つめ、ただ頷いた。


「たぶん、向こうに警戒されたらできないことだと思う。だから最初で最後。信じてくれる?」


530 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:13:00.34 ID:dWbbv3Io [61/75]

滝壺は問う。
広大な範囲を焼き尽くすために変換する月光の量はかなりのものだ。
だが既にジリジリと肌を焼くような感触は伝わってくる。
これが完成すれば、後に待つのは月光に焼かれて死体と成り果てた自分達の姿だ。
だから攻撃の機会はただの一度。
滝壺を見る。浜面を見る。全ては整った。何を疑う必要があるというのか。


「信じるよ、滝壺」


麦野は迷い無く、垣根を見据えてそう言った。


「何する気か知らないけど、最後に叩き込むのってどうせあんたの電子線でしょ?
 だったら、私が道を開けてあげるわ」


御坂が二人の前に出てくる。
瞳には光を宿して。あの日の御坂美琴で。


「いいけど、アンタごとブチ抜かせてもらうわよ?」


麦野は試すように彼女の背中に声を投げる。


「当然でしょ?あんたの攻撃なんて、それくらいしないと当たんないんだから。
 せいぜいしっかり狙ってよね。頼りにしてるわよ、『原子崩し』!」


531 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:15:14.39 ID:dWbbv3Io [62/75]

御坂は麦野に屈託無く笑顔を向けた。
迷い無く、怖れなく。闇の奥深くへと前進していく彼女は、今もなお止まることなくその最奥部を目指す。


「いつまでもゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞ三下共ッ!
 あと十数秒で、テメェら全員月に焦がされる。世界で一番ロマンティックな死体になるのさ。
 早くしねぇと、俺の演算が終わっちまうぜぇ?」


挑発するように垣根が両腕を広げ、誘う。
皮膚がジリジリと痛む。眩いほどの月明かりが、廃墟街全てを焦土と化していく。
銃創から零れる血を気にもせず、御坂が彼に対峙した。


「あんたこそゴチャゴチャうるさいわね。あとで泣き言言っても―――」


御坂が地を蹴り垣根に飛び込む。
彼女の左右上下から『未元物質』の翼が襲い掛かる。
わき腹を、頬を、腕を、脚を、切り裂かれながらも御坂は止まらない。


「―――遅いわよ!」


左手をかざして電撃を叩き込む。
轟音と共に垣根に向けて一条の稲妻が迸るも、やはりそれは垣根の体を焦がすには至らない。
歯を食いしばり、苦痛に顔を歪めて、希望を掴むかのように御坂は右手を伸ばした。


532 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:16:29.56 ID:dWbbv3Io [63/75]

「無駄だ、もうテメェじゃ届かねぇ!!」


ゴバッと翼の刃が飛び込んでくる御坂を両断すべく空を斬る。
そのときだった。
麦野の隣で、滝壺が大きく目を見開き垣根を網膜に投影する。
『能力追跡』。もう一つの力。
垣根のAIM拡散力場に干渉し、その力を乗っ取るべくかき乱す。


「ぐっ…!やっぱりテメェから殺しておくべきだったな!」

「捕まえたわよ!」


本当に一瞬の隙だった。
垣根の体を覆うAIM拡散力場の鎧に歪が生じる。
『未元物質』によってコーティングされたその壁に、御坂の右手が差し込まれた。


「これで…終わりよ!」


そして麦野は叫ぶ。垣根は抗う。
扉をこじ開けるように歪む力場をすぐさま再構築するが、彼の眼前に映る光景はあまりにも強大で、
彼の心にわずかな空白をもたらしてしまった。
麦野沈利による、『原子崩し』の壁が押し迫る。
青白い光が視界を覆い尽くす。


533 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:18:05.86 ID:dWbbv3Io [64/75]

「くっ…はははは!最後までムカつかせてくれるな!テメェらは俺の期待以上だ!
 対応してやるぜ!俺を誰だと思っていやがる!」


月光の殺人光線への変換。
御坂美琴の電撃の絶縁。
彼女の右手によって打ち消された『未元物質』の壁の再構築。
滝壺理后によるAIM拡散力場への干渉の妨害。
そして、麦野沈利による『原子崩し』への防御。
その全てを平行して処理するなど、並大抵の演算能力でできる数ではない。
だが。
彼は垣根帝督。学園都市第二位の超能力者。

故に、その全てを可能とする

あらゆる物理法則を総動員し、否定する。
麦野達が渾身の力を混めたその波状攻撃を、垣根帝督は。
その全てに


―――対応した


「よくやったよテメェらは!この俺とここまで渡り合えただけでも誇っていい。
 だが、俺の…勝ちだ!」


534 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:21:01.46 ID:dWbbv3Io [65/75]

電撃も、無効化も、干渉も、必殺の電子線すらも。
この男の前には無力。
故に。
垣根帝督は。
『未元物質』は。


―――胸に鮮血の華を咲かせて倒れ伏した。


ドサリとコンクリートの大地に声もなく。
天を覆いつくす白い翼がスッと消えていく。
彼は気付けなかった。
警戒し過ぎた疑似『幻想殺し』。
力づくでねじ伏せるべき滝壺の能力阻害。
そしてとてつもなくド派手な御坂の電撃、麦野の電子線。
その全てが、垣根にとって不足の無い敵。目を逸らすにはあまりにも大きな障害。
だからこそ、些細なものを彼は見落とす。路傍の小石を目に留める者などいないように。
多大な演算に意識を向けすぎた。目立ち過ぎる彼女たちに対応し過ぎた。
だから。
その心臓を貫いた文字通りの銀の弾丸が、


―――背後で銃を構えた浜面が放ったものだと言うことに彼は気付けない。


536 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:22:08.44 ID:dWbbv3Io [66/75]

「お前、俺なんか相手にしてなかったろ?
 あれから一回も攻撃されてねぇしな。
 だがな、それが狙いだ。
 最初っからお前への最後の一撃は決まってたんだよ」


硝煙をくゆらせる銃を下ろし、浜面は事切れた垣根に淡々と告げる。
垣根がもし月光への演算を止めていれば、あるいは結果は違っただろう。
能力が高すぎる故に、全てを同時に行おうとしたことが彼の敗因だった。


「楽勝だ、レベル5。根性が足りねえ。無能力者を舐めすぎたな」


銃をくるくると回し、浜面が勝利宣言をしたところで、場の空気がようやく少し緩んだ。


「はまづら、かっこいい」

「はぁ、まさかアンタにまで美味しいトコもってかれるなんてね」


麦野は額に手を当てやれやれと首を振る。
もう見慣れたその仕草に、浜面はふっと顔を綻ばせた。


538 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:24:18.22 ID:dWbbv3Io [67/75]

「浜面、ちょっとだけ見直しましたよ」

「だねー、やるじゃん浜面」


フレンダが切られたわき腹を押さえ、絹旗に支えられながら笑顔を見せる。
皆軽傷とは言いがたいが、死人が出なかったのは本当に奇跡と言えるだろう。
場の空気が勝利に弛緩していく。


「ま、滝壺や麦野に伝わってなかったら終わりだったけどな」


浜面は苦笑した。
滝壺が麦野に作戦を持ちかけたとき、あからさまに二人は相談を始めていた。
もちろんそれが彼女たちの狙い。そこに垣根は釣られたのだ。
だが無理もない、浜面とは本当になんの打ち合わせも行っていないのだから。
あのとき、3人は目線で合図を飛ばしあっていた。
言葉を使わなかったので、伝わっているのか麦野は不安だったが、やはり彼を信じることにした。
麦野が『原子崩し』を放ったその向こう側で浜面が銃を構えるのを見て、ようやく上手く行ったことに気がついた。
機転を利かせて先陣を切ってくれた御坂を始め、ただ互いを信じて行動に出た結果の辛勝だ。


「ねぇ、これ、どう思う?」


539 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:26:26.55 ID:dWbbv3Io [68/75]

御坂は平坦な声で皆に問いかけてきた。
その声に不穏な気配を感じ、麦野はその視線を追う。
垣根帝督は浜面の銃弾に胸を貫かれ死んだ。
まずはじめに確認しておかなければならないことがある。

彼は無敵の超能力者ではない。

常に体を守るバリアが張られているわけではなく、銃弾から身を守るならそれに対応する物理法則を
創造しなくてはならない。
だから、何が起ころうと結果として心の臓を貫かれたら、人間である彼は必ず死ぬのだ。

そう―――

彼が人間であったなら


「……やってくれたなぁ。さすがに死んだと思ったぜ?」


ゆらりと立ち上がる垣根。


「マジかよ、ほんとに人間かこいつ」


胸から濁った血をどろどろと溢れさせながら、麦野を、御坂を、滝壺を、絹旗を、フレンダを、そして浜面を射殺すように
睨みつけて、焦点の合わない瞳を揺らす。


「気にいらないわね」


御坂は呟く。


540 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:28:26.10 ID:dWbbv3Io [69/75]

「ええ、同感ね」


麦野が頷く。
これがレベル5の末路。二人は忌々しげに奥歯を噛む。
土御門は言っていた。『上』は自分たちを能力を吐き出す機械にだってできると。
垣根の体にまだ演算能力が残されているのかは分からない。
だが、白い翼を顕現させるその様子にはこちらへの殺意以外が見てとれなかった。
故に、彼はまだ自分達と戦うことを終えてはいない。


「っざけてんじゃねぇぞ雑魚共ガぁぁァァアアアアッッ!」


垣根の怒声が夜空へ駆け上る。
翼は再び彼の背中で雄雄しく開かれた。
だが麦野は、彼に哀れみの視線を向ける。


「ねぇ、麦野だっけ?私すごいこと思いついちゃったんだけど。乗る?」


御坂が麦野に語りかける


「私は今一万人の脳波ネットワークを利用して演算能力を補強してるんだけどさ…」


それがあの超広範囲に渡る索敵や歪に動く体の秘密か。
何それずるいと麦野は思ったが、黙って御坂の話に耳を傾ける。


543 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:32:39.13 ID:dWbbv3Io [70/75]

「でも私の電撃だけじゃいくら出力を上げてもあいつには効かない。
 だから、あんたがそのネットワークを試してみない?
 というより、私の脳波をそのリンクに加えたら、面白いことが起きそうな気がするのよね」


麦野と御坂は根元では同質の能力者だ。
どちらも電子を操る力を持ち、その方向性だけが異なる。
様々な事柄に応用できる反面、『原子崩し』に比べれば威力に乏しい『超電磁砲』。
せっかくの一万人の脳波リンクを利用しても根が善人である御坂には無意識下で能力にセーブがかかってしまう。
さらに、彼女はそのネットワークのほとんどを疑似『幻想殺し』への演算処理と、超広範囲に渡る電磁波の放出に利用しており、
また、通常10億ボルトの電流を体に流されて生きていられる人間などいないため、
実質電撃そのものの威力はさほど上がってはいないのが現状だった。
しかし。
麦野は違う。彼女の能力はただただ純粋な破壊の力。
そこにもし、一万人の脳波リンクによって補強された電子操作能力と、レベル5の演算能力までもがプラスされれば
どうなるのか麦野自身にも分からない。
現状垣根を倒す方法は全て使い果たした。
可能性があるとすれば、あとはそこしかない。


「私に他人の脳みそ使って戦えって?
 言っておくわ、私はね、人に指図されるのが死ぬ程嫌いなのよ」


もちろん仲間の命がかかったこの状況でのその言葉は単なる御坂への軽口だ。
だが、御坂は笑う。
そう言うと思ったと。彼女の中で、既に勝利の方程式は組み上げられていると言いたげな顔で。


「だからさ―――」


御坂は笑う。何が起こるか分からない。
だからこそ、信じよう。麦野沈利が会得した揺ぎ無い『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。
メンタルに問題を抱えていてなお第四位に君臨していた彼女が、堅牢な精神的支柱を手にしたこの状況下で何を創造するのか。
その『原子崩し』の先にあるものを。
御坂は万感の想いを込めるかのような口調で、不敵な笑みを顔に浮かべて麦野を見つめる。


「―――私達が、あんたに合わせてあげるっつってんのよ!」


544 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:34:07.02 ID:dWbbv3Io [71/75]

御坂の宣言に、麦野は口元をブチブチと真横に引き裂き、応えた。


「乗るわ!」


垣根の翼が二人に迫る。御坂の手が麦野の頭部へと触れられる。


「はははははは!ハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」


垣根は嗤う。
彼が人間であったことを忘れさせるかのような無機質で、狂った笑い声が木霊する。
垣根帝督は二度死んでなお蘇り、神の振るう力の片鱗を手にしていた。
空を、大地を、世界を、次元を裂くように爆発的に展開された翼が猛り狂う。
彼は繰り上がりの一位などではない。
今まさに、彼こそが学園都市第一位。
あらゆる事象において彼を優先するものは無く。彼を倒せるレベル5など存在しない。


「…麦野ッ!」


浜面の声が麦野へ向けて放たれる。


「長時間使用は勘弁してよね。他人の脳波を強要され続けると昏睡状態になるらしいから」


麦野に到達したのは浜面の声でも、垣根の翼でもなく、御坂の電撃。
跳ね上がる麦野の体。御坂の電撃を通して、二人の脳波が繋がる。


545 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:35:34.93 ID:dWbbv3Io [72/75]


―――ミサカネットワークへの接続を開始

 ―――御坂美琴を中継し、脳波リンクを構築


麦野沈利の脳波パターンを御坂を通して全ての『妹達』が複製し、彼女の力を補強する。
麦野は大地を踏みしめる。
ここが最後の砦。


「ああ…成程ね。素敵な結末が見えそうだ」


『原子崩し』は加速する。右目の包帯が燃え上がる。
かくして、ここに、電子の女王が、舞い降りる。
核融合を起こすように。
赤黒い眼窩に白い閃光が迸る。
麦野の左手が吹き飛び、輝く粒子が散布されるように辺りを照らした。
そして彼女は『原子崩し』となる。
一万人の発電能力者と、一人のレベル5の脳波ネットワークが、電子を操ることのみに特化したレベル5を進化させる。
その腕を失ったのではない。
今、麦野沈利は、『原子崩し』そのものに成ったのだ。


546 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:37:35.79 ID:dWbbv3Io [73/75]

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」


垣根の翼が秒速30万キロの速度で麦野の全てを粉砕するべく疾走する。
空気が慄く。轟音が鳴り響く。世界が悲鳴をあげる。
彼こそが、この世の理。
だが。
それでも。
その光速でさえ。
遅すぎる。
この空間は既に麦野の掌の中。
閃光と化した麦野のアームが、バチバチと青白い粒子を放ちながらその場全てを包み込んでいた。


「はっ…!すげぇな!そういうことか!惚れるぜ…テメェが第四位だと―――」

「言ったよね。好みじゃないのよ、『未元物質』。アンタ―――」


『原子崩し』は微笑む。これは礼だ。答えをくれた垣根への餞。

『原子崩し』は告げる。哀れなレベル5に、引導を渡すときが来た。

見せてやろう。レベル5のその先を。


―――  ブ   チ   コ   ロ   シ   か   く   て   い   ね



547 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/04/30(金) 22:39:12.76 ID:dWbbv3Io [74/75]

無限にループする膨大な荷電粒子のアームが、垣根を、『未元物質』ごと、握りつぶす。
どんな法則を創り出そうとも。その小さな彼の世界ごと、流動する青白い光のうねりに飲み込まれる。
これが結末。絶対消滅。
誕生の曙光の中に、全てが魅せられた。


「…俺は、学園都市最強の…―――」

「そうね。だから何?
 アンタがまだ私に勝てるなんて思ってるんなら、いいわよ―――」

「メェェェエエルトダァァアウナァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」


故に、麦野沈利は揺らがない。


「―――まずはそのふざけた幻想ごと、ブチ殺してあげるッ!」


夜が光の中に消える。月光すらその渦に溶けていく。
麦野沈利が、悪魔の左手が、全てを喰らう。
ただ一度限りの『絶対能力』で。ただ一瞬の『レベル6』で。
1万人のバックアップと二人の同質のレベル5の力を以って、学園都市で最も堅牢な『自分だけの現実』を確立した少女が今、
この街が目指した答え、『神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの』を証明した。
その無限に展開するAIM拡散力場の中で、麦野沈利は残酷に微笑う。

590 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:41:51.34 ID:dpCXOh2o [2/51]

後には文字通り何も残らなかった。
垣根帝督が立っていた場所を中心にして円形に荒野が広がっている。
『原子崩し(メルトダウナー)』と化した麦野の左腕が建造物も、コンクリートの地面も、
電柱やゴミまで全てを粉砕して更地に変えてしまったのだ。
かつて広場だった場所で、月明かりが地面にへたりこんでいる麦野を照らし出す。


「…終わった」


呟く。
仲間に一人の犠牲もなく、垣根帝督を消滅させ、ようやくほっと胸を撫で下ろしたところだった。
辺りを見回すと、皆呆けたようにその場に立ち尽くし、麦野を見つめている。


「な…何?」

「そりゃあんなもん見せられちゃあねえ」


隣で同じように座り込む御坂が呆れたように呟く。
ハッとなって自らの左腕を見ると、そこにはいつも通り細っこい腕が存在していた。
左腕が電子のアームにすり替わっていたらどうしようと思ったところだったので、
再び安堵の吐息を漏らす。


「むーぎのん!」

「げふっ!」

フレンダが勢い良く突進してくる。ボロボロになったコートの下は傷が開ききっているというのに
容赦のない奴だと、みぞおちにめりこんでいる彼女をを見下ろすと脇腹から血を流しながらも
血色のいい顔でこちらを見上げていた。


593 名前:今日は後日談的なものなので地の文あっさり目です ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:43:50.52 ID:dpCXOh2o [3/51]

「麦野、すごい!何アレ!」

「アレって?」

「ほら、ゴバー!っとなってズババババーって周りの建物吹っ飛ばしてさ」

「なんじゃそら…」

「私たち超死んだかと思いましたよ。でも、周りはこんな状態なのに私たちは生きてます。
 どんな能力だったんですか?」


そう言って絹旗達が近寄ってきた。
彼女らの顔を一人一人見回しながら、麦野はフッと笑みを零す。


「バカね。掌に握ったものへの力加減を間違えたりしないよ」


彼女の攻撃は、あくまで垣根帝督ごと空間を握りつぶしただけ。
電子そのものとなった麦野の腕は、麦野の能力である留まる性質を発揮せず、ただ彼らの体を通り過ぎたのだ。
かつての麦野ならそんな器用なことは出来なかったろう。
だが彼らを守ると堅く決意した麦野は、確立された『自分だけの現実』によってその現象を可能としたのだった。


「みんな。来てくれてありがと。すごく、嬉しかったよ」


麦野は『アイテム』の3人と浜面の顔をしっかりと見つめながらそう言った。
皆の顔にも笑顔が浮かぶ。


594 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:46:01.24 ID:dpCXOh2o [4/51]

「麦野がそんな殊勝なことを言うなんて、超怖いですね。悪いものでも食べました?」

「うるさいなー」


なんとなく気持ちが高ぶって言ってしまったが、ニヤニヤと絹旗がそんなことを言うものだから
恥ずかしくなってきた麦野。


「結局、ちょっとだけ素直になった麦野でも私は全然愛せる訳よ。
 麦野に罵られるのもそれはそれで快感だけれど」

「さぶいぼ出るからマジでやめて」


抱きついてくるフレンダを突き放す。
こいつ脇腹ざっくりいかれてるくせに随分余裕あるなとげんなりする麦野だった。


「大丈夫、そんな可愛い麦野を私は応援してる」

「滝壺まで…もう好きに言っててくれ」


キラキラと輝く滝壺に、麦野はついに言い返すことを諦めた。


「よし、『警備員(アンチスキル)』や野次馬が集まってくる前に撤収しようぜ」


一同の様子を一通り眺めていたらしい浜面が近寄ってきた。


595 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:48:26.44 ID:dpCXOh2o [5/51]

「そうですね。『ピンセット』も取り返したことですし」

「じゃあ俺は車を取りに…ん?」


浜面が来るときに乗ってきたと思われる車両を取るために踵を返す。
麦野は思わず、彼の腕を掴んでいた。


「麦野…」

「………」


顔が熱くなるのを感じながら、麦野はキョロキョロと皆の様子を伺いながら、おずおずと呟く。


「歩けない…」

「は?」


麦野は立ち上がろうとするが、足を挫いている上に腰が抜けていた。
自らの全力を振り絞ったために、もう一歩も歩けないほど消耗している。
だから


「…歩けないって言ってんの!」


真っ直ぐに浜面に要求する。何をか?
そんなこと、言えるわけがなかった。
浜面は焦ったように周りのメンバーに視線を移す。


596 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:49:44.97 ID:dpCXOh2o [6/51]

「いえ、私フレンダ超いますし」

「ぐふぉっ!斬られた箇所がぁぁ!痛い訳でぇぇ」


絹旗は首を振る。脇腹に傷を負ってフレンダが苦しげに、そしてわざとらしく呻いている。


「はまづら、私もこの子がいるから…」

「悪いわね。さすがにもう限界だわ。電池切れ」


体晶の効果が切れたらしい滝壺もぼんやりとした瞳で御坂を見ながらそう言う。
浜面がぶち抜いた脚の銃創が痛々しく、御坂は弱弱しく答えた。
ダラダラと汗を流す浜面の顔が、紅く染まっていった。


「し、仕方ねえな。ほら、乗れよ」


浜面が麦野に背中を向けて膝をつく。
自分を背負ってくれるようだ。だが麦野は頬を膨らませ、その頭に向けて『ピンセット』が入ったバックパックを投げつけた。
呆れたように御坂がそれを拾い上げる。


「アンタこれ大事なもんなんじゃないの…?」

「いてえなっ!なにすんだよ!」

「そっちじゃないわよバカッ!」


597 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:51:35.77 ID:dpCXOh2o [7/51]

―――――


麦野は、やっぱりおんぶにしておけばよかったと後悔していた。
今彼女は浜面の腕の中に、所謂お姫様抱っこをされる形で収まっていた。
後ろの方からの絹旗やフレンダ、滝壺に御坂まで、皆のニヤニヤした視線が非常に腹立たしい。
浜面も浜面で、何を照れているのか顔を赤くしてこちらと目を合わせないようにぎこちなく路地裏を歩いていた。


「む、麦野。傷は大丈夫か?」

「う…うん。浜面こそ、背中の傷は?」


妙にぎこちない二人。
そんな空気すらもが恥ずかしい麦野は、気を紛らわせようと浜面との会話に応じる。


「こんなもん、どうってことねえよ。それにしても…」

「ん?」

「お前、結構おも…」


浜面の顎に掌を当てる。


「…あァん?」

「おも…おもったより軽いですね…」


命の危険を感じたらしい浜面が冷や汗を流して咄嗟にそう答えた。


「終わったようだな『原子崩し』」


599 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:55:26.31 ID:dpCXOh2o [8/51]

路地裏の陰から、金髪アロハのサングラス男が姿を現す。
土御門だ。体中傷だらけで、服もボロボロの痛々しい姿だった。
同じように海原と結標も傷だらけで姿を現した。
彼らの進路に立ちふさがるように『グループ』のメンバーが集結する。
彼らの姿を確認した絹旗やフレンダ、それに御坂が足をひきずりながら麦野と浜面を
かばうように前に躍り出る。


「ああ、生きてたのアンタら」

「おかげさまでな」

「あんた達、まだやろうっての!?」


警戒している御坂に、海原が柔和な笑みを浮かべて語りかける。


「ご心配無く御坂さん。あなた方に危害を加えるつもりはありませんよ」

「え…そうなの?」

「任務は終了だ。一応お前を『グループ』に誘った手前、報告だけはしておく」

「誘ったぁ!?」

「どういうことですか麦野!?」


フレンダと絹旗が土御門の言葉に驚き、こちらを振り返った。


「誰がアンタらとなんか組むかっつの。『未元物質』にどんだけ私たちが苦労したか」

「あんなもんに勝てるわけないでしょ。私たちだってギリギリまで粘ったんだから」


601 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 01:57:40.36 ID:dpCXOh2o [9/51]

麦野の言葉に、結標が「無理無理」と顔の前で手を振る。


「生き残ってたことを褒めて欲しいくらいね」

「アンタらの生死なんか知ったこっちゃないわよ。
 アンタのだっせぇ服装の理由くらいどうでもいいわ」

「なんですってぇ?男の腕の中で吼えてんじゃないわよ?」

「なによ?抱き上げてくれる男もいない露出狂は黙っててくれる?」

「い、いるわよ!私にだって可愛い少年達が…!」

「あら、露出狂の上にショタコンまでくっついて。キャラ濃すぎんだよ変態女ァッ!」


バチバチと火花を散らす麦野と結標。
ヒクヒクと口元を引きつらせて結標が言い返す。


「トサカに来たわ。むっかつく巻髪女だこと。だいたいあんたこそ何なのその全身黄色は。バナナの仲間かなんかだったわけ?」

「お洒落とバナナの区別もつかないのダサ子ちゃん。チンパンジーだから人間の文化は分からないってこと?
 アンタその髪型はしずかちゃんでも目指してるのかしら?」

「誰の髪型が国民的アニメのヒロインみたいですってぇ?!私はノブヨしか認めないわよ!」


実は一目見たときから絶対こいつとは仲良くなれないなと思っていた麦野。
もちろんそれは結標も同様に感じていたようで、堰を切ったように口喧嘩を始める二人を見かねて
滝壺と海原が二人の間に割って入る。


606 名前:ていとくんはいつも僕らの心の中で微笑んでいます ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:02:10.10 ID:dpCXOh2o [10/51]

「まぁまぁ結標さん、あまりゆっくりもしていられませんし」

「どいて海原!私は私のことをダサいとかしずかちゃんみたいだとか言う巻髪女だけは壁の中に埋めろって
 死んだおばあちゃんの遺言でも言われてるのよ!」

「ショタコンは否定しないんですね…」

「何度だって言ってやるっつの。
 最初から思ってたけどその服、もうこれ以上無いってくらいダッサいわよ?
 その服どこ売ってるんですかぁ?なんでそれ買おうと思ったんですかぁ?気になって夜も眠れなぁい。
 かっこいいと思ってやってるわけぇ?お腹冷やして万年下痢に襲われて、
 パンツの中クソで汚れてんじゃないの・し・ず・か・ちゃァァん?」

「殺すっ!どいて海原そいつ殺せない!あんたケバいのよ年増!」


舌戦においては間違いなく学園都市第一位の性悪、麦野に対抗できず、涙目になって麦野に襲いかかろうとする結標を
体を張って食い止める海原。
しかし最後に麦野に決して言ってはいけない言葉を言われ、麦野の眉間に皴が深く刻まれた。


「あァッ!?女捨ててるテメェに言われたくないわよ!
 テメェの臭そうな×××に焼きゴテぶち込んで真っ黒焦げにしてやろうかァッ!?」

「あらやだ下品だこと。もともと真っ黒なあんたと違って清純な私にその発言は耳が腐り落ちそうだから
 とっとと抱かれた男の数増やす作業に戻ってくれない!?」

「真っ黒じゃないわよ!ち、ちゃんとピンクなんだから!だいたい露出変態女のどこが清純だって!?寝言は寝て言え変態!」

「むぎの、めっ!」


と麦野の頭にデコピンを食らわせる滝壺。
麦野は麦野で、今にも電子線を放ちそうな形相だ。


609 名前:セロリはしばらくお待ちを ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:04:46.49 ID:dpCXOh2o [11/51]

「いたっ、滝壺もどいて。私はこいつの格好だけは許せない。先人達が築き上げてきたファッションの歴史に対する冒涜だわ。
 おまけにこいつ私のこと年増だのビッチだの言ったのよ!絶対殺す!」

「麦野止めろって、興奮してまた傷開くぞ。それに暴れられたら落としちまう」

「は、浜面!私、そんなんじゃないからね!」

「はぁ?」

「あ、そういやお前らの車レッカー移動されてたぜい」


土御門がそんな永遠の宿敵となった二人のキャットファイトや麦野の言い訳をまるで無視して、
ポンと掌を叩いて思い出したように言った。


「げぇっ!?マジかよ…!
 まいったな、下部組織の連中待ってるわけにもいかねえしな」


うろたえる浜面。


「というわけでほらよ」


土御門が両手が塞がっている浜面の代わりに近くにいたフレンダに車の鍵を手渡す。


「なんだこれ…?」

「真っ直ぐ行ったとこに停めてある。俺たちの仕事まで果たしてくれた報酬だと思ってくれりゃいい」

「お前ら…」

「勘違いするなよ。俺らもお前らもクズの中のクズだ。馴れ合いはごめんだぜ」

「ああ、そうだな」


611 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:07:06.60 ID:dpCXOh2o [12/51]

あっけらかんと言って捨てる土御門が道を開ける。
海原も暴れ馬と化した結標を壁に追いやり、道を譲った。


「麦野」

「ん?」


すれ違いざま土御門が麦野に語りかける。


「また、闇の中で」


彼のその呟きに、麦野も不敵に笑みを滲ませて、応える。


「ええ。機会があれば、この暗闇でまた踊ってあげる」


土御門達の顔は見ない。
次に顔を付き合わせるときは、殺し合いの相手かもしれないから。


「にゃー。お姫様抱っこじゃかっこつかないにゃー」

「っ!うるっさい!」


後ろから最後に投げかけられた気の抜けた土御門の言葉に麦野が顔を赤くしてそう叫ぶ。
次にそちらを見たとき、もう彼らの姿はどこかへと消えていた。


617 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:09:47.87 ID:dpCXOh2o [13/51]

―――――


「はぁ、早くお風呂入りたい…眠い」


しばらく歩いたところで、コートの下の服も下着も血が乾いてとても不快なことに気付き、
そんなことを呟く。


「風呂…ね」


意味深な浜面の呟き。


「なぁに?一緒に入りたいのかにゃーん?」


挑発するように、浜面の頬に指を這わせながら妖艶に微笑む麦野。
内心は自分でもなんて恥ずかしいことを言ってるんだと思いつつ。


「入りたい」

「へっ…!?」


浜面が真剣な顔で、麦野を見つめていた。


「な…ななななななな何バカなこと言ってんのよ…!」


623 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:11:56.03 ID:dpCXOh2o [14/51]

どうしよう。どうしよう。
浜面がこんな反応を返してくるなんて思ってもいなかった。
この前までちょっとからかってやったら顔を真っ赤にしてあたふたしていたくせに。
麦野の心中は墜落することが決まった飛行機の乗客のようなパニックに陥っていた。


「ア、アンタバカじゃないの!…ほんと、バカじゃないの!
 何言ってんのよ!で、でもどうしても入りたいって言うなら私も別に…。
 ウチのお風呂大きいし…水着を着ればなんとか…一人じゃ寂しい時だってたまに…ああでもでもさすがにそれは」

「冗談だよバァカ」


浜面が歯を見せて悪戯が成功した子供のような顔で笑う。
トクン、と麦野の胸の中で鼓動が加速する。
そんな顔を見せられたら、意識しないようにしてきた気持ちがまた目覚めてしまう。


「…バカ、浜面のくせに、生意気なのよ…」


ギュッと胸元を握り、麦野がポツリとささやくような声で悪態をつき、俯く。


「あー、ゴホンゴホン!あんた達一応仕事中じゃないの?」

「私たちもいる訳なんだけどー?」

「ラブコメは超自重してもらいたいもんですね」

「…砂吐きそう」


624 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:13:57.35 ID:dpCXOh2o [15/51]

滝壺にまでそんな風に言われ、麦野は顔を真っ赤にして押し黙った。
ふと上を見上げると、浜面も所在無さげに頬を紅潮させて麦野と目を合わせないようにしている。


「恥ずかしいなら言うなっつのよ…ばか」

「ん?何か言ったか?」

「なんでもなーい」


もうすぐ路地裏を出てしまう。
そこには言われた通り車が停めてあって、きっと自分は後部座席に寝かされる。
このお姫様ごっこももうおしまいというわけだ。
麦野は胸の中を寂しさが駆け抜けていくのを感じた。


(でも…まだいいよね)


心の中で、浜面に問いかける。
もう少しだけ、この温もりを感じていたい。
だから麦野は目蓋を閉じて、浜面に嘘をつく。


625 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:15:50.56 ID:dpCXOh2o [16/51]

「お、麦野寝ちまった」

「マジ?麦野の寝顔見たーい」

「フレンダ…起こしちゃかわいそうだよ。病室で見てないの?」

「昏睡と睡眠は違う訳よ。リラックスした麦野も美しいよね。眼福眼福」

「と言いつつ滝壺さんも見に行くんですね。」

「きぬはただって」

「『原子崩し』でも寝るのね」

「『超電磁砲』 、人間は皆超寝るんですよ」


目蓋の向こう側で、皆のそんな声が聴こえる。
心臓の音でバレてしまいそうだけれど。
きっと大丈夫だ。


(…浜面の心臓だって、こんなにドキドキしてるもんね―――)


 ―――だから、私の嘘を許してね


浜面の腕の中で、溶け合う体温を感じて麦野は想う。
目が覚めたら、自分の気持ちと向き合おう。
だから今は、私の我侭を少しだけ許して欲しい。
そんな風に、やがて麦野は浜面の心臓の鼓動を聞きながら眠りに落ちていた。


629 名前:そしてヒーロー達は帰還する ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:19:42.96 ID:dpCXOh2o [17/51]

―――――


かくして麦野は振り出しへ戻った。
それからまた数日目を覚まさなかった麦野は、ある日の昼過ぎに目覚めた。
気がつくとまた病院のベッドの上で、医者や看護師たちからこっぴどく叱られた。
右目には相変わらず包帯が巻かれ、開ききった全身の傷も再び同じく包帯で覆われている。
加えて、戦闘中に捻った足にはギブスが巻かれ、ベッドの傍らには一対の松葉杖が立て掛けられていた。
『アイテム』の連中は全員割と健康体で、浜面やフレンダの怪我も見た目程は大したことはなかったと聞いている。


「…くそっ!」


そんなのどかな昼。麦野は大層ご立腹だった。
現在皆各自の家に戻っているため、暇だった麦野は病院内の談話コーナーにある自販機の前で
プリプリと怒っている。
何故か。


(飲み物が…取れない)


慣れない松葉杖を両手でついているためフラフラと危なっかしい。
頑張ってなんとかお金を入れ、ボタンを押したところまではよかったのだが、取り出し口が下のほうにあるので
上手くしゃがみこめない麦野はその缶ジュースを取り出すことができなかったのだ。


(今日に限って打ち止めはいないし…)


だいたいいつもこの時間はこの辺りに打ち止めがいるのだが。
保護者らしき若い女と一緒にいるところを見たこともある。
あの時自販機のボタンに背が届かない打ち止めを見捨てようとしたバチが当たったなと
麦野は仕方なくその缶を諦めようとため息をついたとき。


「あ、よかったら俺とりますよ」


632 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:22:08.01 ID:dpCXOh2o [18/51]

スッと、隣から少年が麦野の缶ジュースを取り出し、手渡してくる。
ツンツンとした黒髪のごく普通の高校生といった感じで、入院患者だろうか、
頭や腕に包帯が巻かれている。
細くて身長も標準的だが意外とガッシリとした印象だった。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがと…」

「いやいやなんのなんの。俺もちょうど飲み物買いにきたところでしたから」


と、財布を取り出した少年が、小銭を取り出そうと指を突っ込んだ瞬間。


「ん?」


少年は不思議なものを見る目で首を傾げる。


「うわあああ!しまったぁあ!」


椅子に座って飲み物を飲んでいた麦野が、突如叫び声を上げる少年の背中を見る。


「…くそー、インデックスはいないし、仕方ない、誰かに持ってきてもらうか…」


633 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:23:15.71 ID:dpCXOh2o [19/51]

ブツブツとよく聞こえない独り言を言って、彼は何故かそのまま財布をポケットに突っ込んで
とぼとぼと病室に戻ろうとする。
麦野は咄嗟に声をかけた。


「ねえ、ちょっと…!」


麦野の声に、少年が先ほどまでの快活な表情どこへやったのか、
げんなりした顔でこちらを振り返る。


「はい?なんでせうか…。上条さんは今とても小さな不幸に見舞われているんですが」

「はあ。どうしたの?飲み物買わないの?」


麦野の問いかけに、少年は困ったような笑みを浮かべた。


「いや、それが財布の中にあんまり金入ってないの忘れてて」

「そう。どれが欲しいの?」


麦野は松葉杖を付いて器用に立ち上がり、自販機の前に立つ。


635 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:25:35.98 ID:dpCXOh2o [20/51]

「は?」

「だから、奢ってあげるって言ってんのよ」

「え!?いやいやいいですよそんなの!」

「困ってたところを助けてくれたお礼よ」

「お礼って、そんな大したことじゃ…」


少し困った様子の少年を無視して、麦野は小銭を投入する。
困っていたところを助けてもらったという事実は自分だけのものだ。
彼がそんなつもりがなくてもこっちは現実として助かった。
そのお礼として、120円の缶ジュースを奢ったって何も悪いことじゃないだろう。


「アンタ私より年下でしょ?いいから黙って欲しいもん言いなさいよ。
 じゃないとスープカレー押すわよ」


胃腸が弱ってたりして刺激物が駄目な患者もいるだろうに、なんでこんなもんが
自販機に並んでいるんだと思いながら麦野がそう言う。
少年は観念したように緑茶の缶を指差した。


「黙って言うのってどうすりゃいいんだ…。じゃ、じゃあお茶を」

「はいはい」


ボタンを押してやると、少年が緑茶の缶を取り出し麦野に頭を下げる。


「どうもありがとうございます」

「よろしい」


636 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:27:20.87 ID:dpCXOh2o [21/51]

麦野は頷き、再びソファに腰を下ろす。
少年は余程喉が渇いていたのか、プルトップを開けるとグビグビと喉を鳴らしている。


「あなた見ない顔ね。最近ここに来た人?」

「あ?ああ。実は俺4日前まで二ヶ月くらい意識不明だったらしくて」


結構衝撃的なことを少年は苦笑いしながら告げた。
が、麦野は大して興味無さそうに頷く。


「はー、そりゃ大変だったわね」

「いやもうほんとですよ。居候は国に帰国しちまったらしいし、学校は夏休みだったからまあ大丈夫だけど、
 せっかくの夏が一眠りしたら終わってるし…ああ、言葉にすると不幸だなあ」


少年の瞳からホロリと切ない涙が零れる。
苦労してるんだなと麦野も缶に口を付けながら人事のように思っていると、ふと何かが頭の中をチラついた。


「ん?二ヶ月?」

「え?ああ、そうだけど」

「んん?黒髪で…ツンツン頭…」

「あ…あの?なんでせうか…?」


あれあれ?さっきこいつ自分の名前言ってなかったか?
ドサリ。
通路の方から、ビニール袋が落ちる音が聞こえた。
二人の視線がそちらに移る。
そこに立っていたのは。


637 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:28:33.60 ID:dpCXOh2o [22/51]

「あ、『超電磁砲』」

「おう、みさ…」

「当麻ぁっ!」

「…か?」

「あ?」


常盤台中学の制服を着た御坂美琴だ。
御坂は麦野をまるで無視して少年に抱きついた。
少年はポカンと口を開けて自らの体に張り付いた少女を見下ろす。


「へ?ビリビリ?御坂妹じゃないよな?」

「バカぁっ!ビリビリ言うなぁっ!」

「ええ?」


涙をポロポロと零しながら、御坂が切ない叫び声をあげる。
何度も少年の名を呼び、彼の胸に顔をこすりつけている。
麦野は開いた口が塞がらない。
黒髪ツンツン頭の男子高校生。
2ヶ月前から行方不明。
そして彼の名前は上条…


「当麻ぁっ!よかったよぅ…っ!ぅえええ…」

「ええええええええ!!!!!?????????」


麦野は思わず病院の中だということも忘れて大声で叫んでいた。


638 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:30:04.73 ID:dpCXOh2o [23/51]

「み、御坂、どうしたんだ…?」

(あの『超電磁砲』がこんな風に…)

「あ、あははは、どうしちまったんですかねー。こ、こんな奴じゃなかったんですけど」


麦野の視線が恥ずかしいのか、上条は顔を真っ赤にしてすがりつく御坂を所在無さげに見下ろし乾いた笑いを零す。
杖をついて麦野は立ち上がり、彼の緑茶の缶を奪い取った。


「やっぱこれ返して」

「あれ?」

「お邪魔虫は退散するわ。その子、アンタのこともう死ぬほど心配してたんだからね」

「そ、そうなのか御坂…」


ええ、それはもう人の眼球吹っ飛ばすわレベル5ぶっ殺すわの大暴れでしたよ。
麦野は心の中で付け加えた。
まだ中身の残った缶をくずかごに捨て、麦野は上条の手を片方ずつ御坂の背中に回してやる。


「はい。これが正解」

「え?いや…ええー?!」

「あんた…」


御坂がチラリとこっちに視線を送ってきた。


641 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:31:27.83 ID:dpCXOh2o [24/51]

「何よ」

「当麻と何話してたの…?」


ジトリと、上条の腕を自らの胸に引き寄せる。
麦野はうんざりしたため息をついて手をヒラヒラ振ってやった。


「アンタが心配することなんて何一つ無いからどうぞ続けてちょうだい。私はもう帰る」

「そう。だったらいいわ。ありがと」


ケロッとそう告げて、御坂は再び緩みきった視線を上条に向ける。
麦野と御坂が知り合いだったことを意外に思ったのか、ポカンとしていた彼は再びゴクリと生唾を飲み込んで、
彼女の次の行動を待つ。


「な、なあ御坂…とりあえず一旦落ち着いてだな」

「当麻ぁ、いっぱいいっぱい心配したんだから…ばか。
 好きだよ…大好き!んっ」

「ちょっ。みさ…むぐっ!」


御坂が上条の顔目掛けて飛び込むように口付けを交わす。
麦野は少しだけ頬を紅くして、彼らの側から退散することにした。


642 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:33:20.70 ID:dpCXOh2o [25/51]

―――――


(ああ…なんかショックだ。私をブチ殺そうとしてた奴があんな乙女な反応を…ってか気持ち悪い)


先ほどの御坂の反応を思い出し、悪態をつきながらも麦野は自分の胸がドキドキと高鳴っているのを感じていた。


「あ!ムギノー!ってミサカはミサカは大きな声で呼び止めてみる」


通路の向こう側から、打ち止めが麦野に飛び込むように走ってきた。
それを受け止め、麦野は打ち止めを見下ろす。


「こら、病院内は走っちゃ駄目でしょ」

「ごめんなさい。でも今日はすっごく良いニュースがあるから、早くムギノに教えてあげたくて、
 ってミサカはミサカは言い訳してみたり」

「いいニュース?」

「うん、ってミサカはミサカは元来た道を指差してみる」

「おい、クソガキィっ!オマエ俺が走れねェの知ってて全力疾走してンじゃねェぞ!」


通路の向こうから、歪な少年が近代的なデザインの杖を着いてカツンカツンと歩いてきた。


645 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:35:34.38 ID:dpCXOh2o [26/51]

「あン?おい打ち止め。コイツは誰だ?」


打ち止めと一緒にいる自分を隻眼の怪しい女だと思ったが、少年はジロジロと品定めするような視線を向けてくる。
少年は恐ろしく繊細なイメージを抱かせる、華奢な体つきだった。
真紅の瞳と真っ白な頭髪が非現実的な存在であるようにすら映る。
打ち止めは彼の手を取り、麦野に花の咲くような笑顔を向けた。


「この人の目が覚めたの!ってミサカはミサカはムギノに報告してみたり!」

「ああ、このモヤシがあなたの命の恩人なんだ?」


初対面でコイツ呼ばわりされたことに少しカチンときた麦野。
笑顔で白い少年をモヤシっ子呼ばわりしてみる。


「あァ?おいクソガキィ、このクソなめたこと言ってやがるのはどこのどなたさンですかァ?!」


ヒクッと、彼の口元が引きつったのを見逃さない。


「もうっ!話したでしょ!ムギノだよ!ってミサカはミサカは不穏な気配を感じて明るく振舞ってみたり!」

「オマエがこのガキのオトモダチか。性格の悪そうな面してやがンなァ」


垣根にも言われたがそんなに性格が悪そうな見た目をしているだろうか?
実は少しだけ気にしていた麦野。


646 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:36:57.82 ID:dpCXOh2o [27/51]

「人のこと言えんの?」

「ま、同情してやンよ。ガキのお守りは大変だったろォ?」

「別に。よかったわね、打ち止め。このモヤシっ子も元気そうだし、もう退院するの?」

「うん!来週退院だから、ムギノも新しいお家に遊びに来てね、ってミサカはミサカは退院しても
 お友達でいたいって告白してみたり」


モジモジとちょっと恥ずかしそうに打ち止めが上目遣いで告げる。
麦野はそれを微笑ましく思いながら、打ち止めの頭を撫でてやる。


「二人は一緒に暮らすの?」

「うん。ヨミカワの家でお世話になるの、ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませてみる」

「そう大勢で暮らしているところに押しかけるのはご迷惑ね。
 じゃあ打ち止めがウチに遊びにいらっしゃい。私は寮だから大丈夫よ」


このモヤシと一緒にいたら家を壊さんばかりの喧嘩に発展しそうな気がするし。


「ほんとに!?いいの!?ってミサカはミサカは喜びに飛び上がってみたり!」


二人の関係がどんなものかはそう深く詮索しないでおこう。
打ち止めが喜んでいるのだから、それでいいじゃないか。
麦野はそう思った。


647 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:38:16.36 ID:dpCXOh2o [28/51]

「もちろんいいわよ。大きいお風呂が着いてるから、一緒に入ろうね」

「やったー!ってミサカはミサカはあなたにもこの喜びを体で伝えてみたり!」

「おい打ち止めァ。飲み物買いに行くンだろォが。とっとと行くぞ」

「あ、今は駄目!」


麦野は打ち止めの手を引いて談話コーナーに向おうとするモヤシの前に両手を広げて立ちふさがった。
今あそこでは子供の教育によろしくないラブシーンが展開されているところだ。


「あァ?なンでだよ。邪魔だ」

「ちょ、ちょっとこっち来なさい」


モヤシを通路の端に引き寄せ、麦野は彼に耳打ちする。


「ンだよ。何か文句でもあるンですかァ?」

「今あっちでイタイカップルの濃厚なキスシーンが絶賛上映中だから…打ち止めには…」

「…ア?…あァ…おォ、そうだな、悪ィ。確かにそりゃァあのガキには刺激が…ン?あいつどこ行きやがったァ!?」


ちょっと目を離した瞬間に打ち止めがどこかへ姿を消している。
これはまさかと談話室の方を見ると


「ぉおお!見て見て『一方通行(アクセラレータ)』!自動販売機の前でチューしてる人がいるってミサカはミサカは…もがっ!」

「らめえ!『超電磁砲』!アンタらまだやってんのか!」


648 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:39:54.77 ID:dpCXOh2o [29/51]

松葉杖で廊下を疾走し、すぐさま打ち止めの顔を自分の胸元に押し付けてその光景を隠す。


「もがっ!…むー!何も見えないってミサカはミサカは突然の柔らかい感触にー…もがもが」

「あんた子供いたの…?」

「あァ?!なんで私にこんなでかい子供がいるんだよ!?」

「いやだってあんた…」

「それ以上ほざきやがったらマジで殺す!いいからヤるなら部屋戻ってサカってろ!」

「ヤ、ヤるって何をよ!」

「気取ってんじゃねえぞお嬢様ァ!中学生なら分かんだろぉ?
 テメェの×××にコイツの×××ぶっ込むのに決まってんだろ!」


打ち止めの耳をしっかりと塞いで麦野は暴言を吐く。


「うわぁ…あんた本気でヒクわ…」

「御坂、この人お前の知り合いだったのか?
 上条さんは綺麗な女の人の口からこんな単語が飛び出す場面に出くわしたことがないので
 大変ショックを受けてるんですが…」

「ちょ、ちょっとね…。いや、悪い奴じゃないから。たぶん。
 ほら、年だから色々と欲求が…ね?」


650 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:41:51.61 ID:dpCXOh2o [30/51]

麦野の発言に上条も御坂も少しヒキ気味の視線を送ってきた。
ビキビキと麦野のこめかみ付近に血管がどんどん浮き出てくるが、
このままではラチが開かないので広い心で受け流してやることにする。


「な、何で私がそんな目で見られんのよ。悪いのはアンタらでしょ!
 ほらもういいから戻って戻って。せっかく再会できたんだから性欲に任せてやることやってこい」


シッシッと手を払って二人を部屋に戻らせる。


「ま、とりあえず戻りましょ」

「なあ御坂…それってつまり…」

「んなっ!んなわけないでしょ!?さっきの…キ、キスだって勢いなんだから!
 もう二度としないんだからね!」

「いやでも俺のこと好きって…」

「…うぁ…そ、それは…ついよ!うっかりうっかり!
 ほ、ほら!行くわよ!変なことしたら承知しないからね!」


部屋に戻りながらの上条と御坂のそのやりとりを見て少しイラッとする麦野だった。
もうお前らさっさと付き合えよと思いながら打ち止めの手を引いて麦野もモヤシのもとへ戻る。


「こっちまで聴こえてンぞ。オマエ何か色々とすげェな…」


病院の中だというのに大汗をかいて戻ってきた麦野にモヤシが奇妙な生物でも見るような目で言った。


651 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:43:22.84 ID:dpCXOh2o [31/51]

「えー、もっと見たかったってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり」

「ああいうのは邪魔しちゃ駄目なの!」

「ムギノはしたことあるの?ってミサカはミサカはストレートに疑問をぶつけてみる」

「え…?」


ドキッと麦野の胸が強い鼓動を刻む。
酔ったフレンダにされたことなら、と思ったが、そんなもんをカウントに入れるわけにはいかない。
となれば、恋人同士のキスということになる。
麦野はもちろんキスなどしたこと無い。手だって繋いだことは無いし、小学校時好きだった男の子には
レベル5だからという理由でいじめられたりもした。
中学に入ってからはもう擦れに擦れて教室の隅でポツンとしているような暗い子だったし。
高校はロクに通ってないからクラスメイトの顔だってほとんど覚えていない。
だから麦野は、咄嗟に浜面のことを思い出す。
麦野は唇に手を当てて、もし彼とキスすることになったら、などという恥ずかしすぎて悶絶しそうな
シーンが思い浮かんだ瞬間、モヤシが打ち止めの手を掴んだことでそれが中断された。


「おいクソガキ、また後でもいいだろ。困らせてンじゃねェよ。部屋戻ンぞ」

「はーい。ってミサカはミサカはしぶしぶ返事をしてみたり」

「ったく。じゃァな、ガキの世話してくれてありがとよ」


特に表情を変えず、モヤシがぶっきらぼうに礼を言ってくる。
とりあえず言っておいたみたいな感じではあるが、乱暴な口調の彼からそんな殊勝な言葉が出てくるとは
思わず、麦野は一瞬呆気に取られた。


652 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:44:15.65 ID:dpCXOh2o [32/51]

「え?ああ…何回かお話したくらいだし、そんなの全然構わないわよ」

「そうだよ!私とムギノは友達なんだから!ってミサカはミサカは自慢げに言ってみたり!」

「そォかよ。ほら行くぞ」

「じゃあねムギノー!まだしばらく病院にいるから、また遊んでね!ってミサカはミサカはお願いしてみたり!」

「ええ、もちろんよ」


ところで、麦野は一つ気になっていることがあった。
それはさっき、打ち止めが何気なく発した言葉。


「…一方通行?」


それが思わず口を突いて出た。


「あン?」


あ。
麦野はポカンとなる。
どうやらこのモヤシが、行方不明になっていた『一方通行』らしい。
ヒョロっちい奴だとは聞いていたが、想像以上のモヤシっぷりに唖然とする。


「アンタが…一方通行?」

「そォですけど?俺に何か用ですかァ?」


653 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:45:28.38 ID:dpCXOh2o [33/51]

一方通行はめんどくさそうに表情を歪めた。
麦野はドキリとなる。彼が学園都市第一位。
レベル6に最も近い男。
それがこんなところにいるとは。


(ってちょっと待て、それじゃ、ここには例の実験に関わった奴が全員集合か…まずくない?)

「もういいか?」

「え…ああ、ごめん。ちょっとビックリして」

「そォかよ。まァ、オマエとはまたどっかで会いそうだな。『原子崩し』」

「え…?」


麦野の呟きには答えず、彼は打ち止めの手を引いて杖を突き自らの部屋に向って歩いていった。
最後には不敵な笑みを残して。


「バレてたか。ムカツク奴」


まあいいか。麦野は思う。その時はその時だ。
それに、御坂美琴も、一方通行も、上条当麻も、三人とも出会ったところで殺し合いにはならない。
そんな気がした。
彼がここにいると言うことは、きっと御坂は彼を許したんだ。
それが上条当麻が現れたことと関係があるのかはわからない。
でも、今この学園都市は、麦野が思っているほど悪い状況下には無い。そう思えた。
誰もが闇の中に飲み込まれたのに、世界はまたこうして自分を含めて正しく回り始めた。
だから麦野は、フッと笑みを零して踵を返す。
またどこかで。きっとそれが闇の中だとしても、悪くない。
麦野はそう思える自分自身に、少しだけ成長を感じたのだった。


654 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:46:44.89 ID:dpCXOh2o [34/51]

―――――


「まったく、どうしてこんなことが起こったんだろうな」


研究者、木山春生はやれやれと呆れたように笑っていた。
隣にはカエル顔の医者。彼もまた、困ったように眉間に皴を寄せている。


「さて、何だろうね?
 人間の脳は、まだまだ不可解なことが多いからね?」

「…彼女が病院に運び込まれたと同時に彼は目を醒ました。
 私は彼女のAIM拡散力場が彼の脳に何らかの影響を与えていたのだと踏んでいるが…」


木山は腕を組み、そう言う。


「だがそうすると彼に自分のこんな姿を見られたくないという願いが、彼の脳が目覚めることを妨げたの
 かもしれないということになるが。非科学的だな…」


自分で言った言葉にため息をつく木山。
カエル顔の医者がそれに続くように言葉を繋げた。


「そうでもないさ。彼らの脳はもしかすると繋がっていたのかもしれないね?
 自らの脳波を操る程の能力者なら、他人の脳波に影響を与えることも可能なはずだよ」

「つまり、彼女が復讐を止めなければ、彼は永遠に目覚めることは無かったというわけか。
 彼が目覚めなければ復讐も終わらない。無限ループだな。皮肉というか、哀れな子だ」


655 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:48:08.00 ID:dpCXOh2o [35/51]

「しかし、彼が目覚めたということは、彼女の戦いは終わったんだろう?
 無限に続くメビウスの輪から、彼女を外へ引き上げたのは誰だったんだろうね?」


カエル顔の医者は、口元に笑みを称え、木山を見やる。


「…そのようだな。やれやれ、私が何を言っても聞かなかったと言うのに。
 一体どこの誰にどのような説得を受けたのやら」

「どちらにせよ、彼女にとっては良いことだ。
 僕としても、患者が二人も同時に目を覚ましてくれたわけだしね?
 でも、これからが大変だよ?既にあの子は学園都市の暗部に、片足を突っ込んでしまっているからね」


カエル顔の医者は試すように木山に問いかける。


「…あの子なら何とかするだろうさ。これまでも、そうしてきたんだ。
 きっと彼女は、今まで持っていなかった新しい何かを得たんだろう。
 …それが何かは、我々の与り知るところではないが」


きっと大丈夫だ。
闇の中からでも、彼女はまた舞い戻ってきたのだ。
木山はふぅっと気だるそうに吐息を漏らし、薄く微笑んだ。
視線の先。
ガラスの向こうのベッドには、もう誰もいない。


656 名前:少年達の物語は再開された ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:50:27.85 ID:dpCXOh2o [36/51]

―――――


「でね、その第一位が真っ白いモヤシっ子でさー」

「まあ能力に筋力は超無関係ですからねー」

「殴り合ったら麦野の方が強そうだねそれ」

「悪いけど筋力なら勝てそうだったね。腕相撲とか申し込みに行こうかしら。
 すげー嫌そうな顔で『なめてンですかァ?』とか言われそうだけど」


それから麦野は、お見舞いに来てくれたフレンダと絹旗と一緒に談笑していた。
時刻は間も無く午後七時。八時までの面会までまだ約1時間ある。
例の一件以来絆を深めた『アイテム』の面々は、時間を忘れて会話に花を咲かせている。


「んでその打ち止めって子が可愛くてね。ちょっと『超電磁砲』に似てんだけど」

「へぇ、会ってみたいなぁ。麦野が可愛いって言うくらいだから期待しちゃう訳よ」

「ムギノはムギノはーって語尾移ったりしないんですか?キャラ付けに超いいかと」

「私がそれ言うとすげーきつくない?まあ明日会ったら連れてくるよ。モヤシっ子が嫌がったら無理だけど」


本日の話題は『一方通行』についてだった。
そんな折のこと、会話をさえぎるようにして、病室のドアが開かれる。


「ん?……滝壺…」


658 名前:少女の物語はまだ終わらない ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:51:29.04 ID:dpCXOh2o [37/51]

麦野が呟くと、ベッド脇の椅子に腰掛けていた二人もそちらを振り返る。
そこに立っていたのは、麦野がここに入院して初めて訪れる滝壺だった。


「むぎの…体の具合、どう…?」


おずおずと近づいてきて、お見舞い品らしきバナナの束が手渡される。


「だ、大丈夫だけど…何でバナナ?」

「栄養あるみたいだから」

「アンタあのムカつく結標との会話聴いてて思いついたろ」

「……屋上から信号が来ています」

「誤魔化すな」


コツンと滝壺の額を優しく小突く。
少しだけぎこちなかった部屋の空気が、先ほど同様柔らかいものになった。


「ありがと、来てくれて。すごく嬉しいよ」


麦野が滝壺に笑いかける。
相変わらずぼんやりした瞳の滝壺も、少し照れくさそうに小さく頷いた。


「あのね、むぎの…今日はちゃんと麦野と話そうと思って」


659 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:52:49.59 ID:dpCXOh2o [38/51]


フレンダが新しく出してくれた来客用のパイプ椅子に腰掛けながら、滝壺がそう言う。
彼女の言葉に、フレンダと絹旗が顔を見合わせておずおずと手を挙げた。


「あの…私たち席超外しましょうか…?」

「そだね、二人で積もる話もあるだろうし」

「ううん。二人にも聴いて欲しいんだ」

「「え…?」」


二人の言葉が重なる。
そして滝壺ははっきりと、いつも通りの調子でこう言った。


「仲間だから、友達だから聴いていてほしい」


麦野は深く呼吸をした。
仲間。友達。
学園都市暗部から最も遠い言葉。
かつては麦野もそれは反吐が出るほど甘ったるくて嫌いな言葉だった。
今でも口に出すのは躊躇う。
でも、麦野はもうその言葉を否定はしない。
結局自分の根幹にあったのは、他人を求める気持ちだと認めてしまったから。
だから、フレンダ達もその言葉を聴いて少し驚いていたようだが、特にそれ以上何も言わずに部屋に留まった。


660 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:53:51.17 ID:dpCXOh2o [39/51]

「麦野。どうして私があの時、浜面の家に居たか。言うね」

「待って滝壺」


滝壺の言葉をさえぎり、麦野は真っ直ぐに彼女を見つめる。
シーツをギュッと握り締め、麦野は頭を深く下げた。


「あの時はごめんなさい!私…いっぱいいっぱい滝壺に酷いこと言ったよね。
 先にそれを謝らせて。じゃないと、その話を聴けない。
 許してくれなくてもいいの。でも…本当にごめん!」


深く深く頭を垂れる。
足がこんな状態でなければ、本当は地に膝を着いて謝りたかった。
それくらい滝壺には酷いことを言って傷つけたのだから。
そして何より、滝壺が麦野に対して怒っていたのは、
自分の心を守るために他人を否定して、悪意で壁を作ろうとするその臆病さ。
それが麦野の中にある限り、麦野は浜面を傷つける。
そのことに、ようやく気付くことができた。
滝壺はしばらくそんな麦野を見つめていたが、やがてポツリと呟くように言う。


「許さなくてもいいの?」


滝壺の平坦な声が胸に深く突き刺さった。


「…嘘ついた。お願いだから許して欲しい…滝壺に、嫌われたままでいたくない」


661 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:55:20.59 ID:dpCXOh2o [40/51]

下を向いたまま顔が上げられない。
長い沈黙。やがてそれを破ったのは、滝壺の体温だった。


「むぎの」


滝壺が抱きついてくる。細い、小さな体で。
強く強く麦野を抱きしめた。
石鹸の香りが胸の中を満たしていく。その感触に、麦野も彼女を抱き締め返す。


「誤解をさせた私も悪かったね。ごめんね。だからもういいよ。仲直りしよう。
 …あの路地裏でむぎのの言葉を聴いて、私も自分の中でむぎののことが、
 みんなのことがすごく大切なものになってたんだって気付いたの。
 本当はもっと早くここに来たかったけど…怖かったんだ。
 むぎののこと分かってたはずなのに、私もカッとなってむぎのを受け止められなかった。
 もうむぎのと、本当に二度と仲直りできなくなっちゃったんじゃないかって…。すごく怖かったの。
 だから…むぎののあの言葉を聴いて、私もむぎのに伝えなくちゃって思ったよ。
 ねえ、むぎの…

 私、むぎののこと、大好きなんだよ…」


眠そうな目だった。
だけど、滝壺の言葉ははっきりと麦野の胸に入り込んでくる。
彼女の気持ちが、真っ直ぐに伝わってくる。
気付けば、麦野の頬を涙が流れていった。
悲しくなんてない。嬉しい。すごく嬉しい。
滝壺と気持ちを伝え合うときは、自分はいつだって泣いているなと麦野は思う。


662 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:57:23.49 ID:dpCXOh2o [41/51]

「…滝壺。アンタが私を追いかけてきてくれたとき、私は気付くべきだったんだよ。
 だって滝壺はいつだって私に好きだって伝えてくれてた。信頼を向けてくれてた。
 私は滝壺が自分の後ろにいつだっていてくれるんだって勘違いして、アンタに酷いことを言ったんだ。
 アンタの信頼に、何を返せるんだろうって、今もずっと考えてるんだよ。
 滝壺、私も気付けた。私もアンタに伝えたいことがある。
 私もね、ずっとずっと、滝壺のことが大好きだったんだ…」


涙が溢れて止まらない。滝壺への想いが止められない。
強く強く滝壺を抱きしめる。いつしか滝壺も泣いていた。
凍り付いていた二人が溶け合うように、涙を零した。


「ありがとう。むぎの。あのね、私あの時はまづらの家に、
 『はまづらはむぎののことどう思ってるの?』って訊きに言ったんだ」

「え…?」

「むぎのがはまづらのことどう思ってるのかは何となく分かってたけど、はまづらのことはよく分からなかったから」


滝壺が体を離し、涙で顔をくしゃくしゃにしながらそう言う。


「でも、滝壺は浜面のこと好きだって」

「好きだよ。大好き。だけど、むぎののことも好きだから、はまづらがむぎののこと好きだって言うなら、
 私はむぎのを応援しようと思ったの」

「…そんな、じゃあアンタの気持ちは…」


664 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 02:58:44.32 ID:dpCXOh2o [42/51]

自分の気持ちを押し殺してまで応援されても嬉しくない。
自分のために滝壺の気持ちが押し隠されてしまうのは麦野にだって辛い。
麦野の言葉に、滝壺は首を振った。


「違うよむぎの。
 大好きなはまづらと、大好きなむぎのが幸せになってくれるなら、私は本当にそれが一番素敵なことだって思ってたんだ。
 ううん、思い込もうとしてたの。私がむぎのに勝てるわけない。はまづらは私よりむぎのを選んじゃう。
 だからむぎのを応援して、自分を納得させようとしてたんだよ」

「そんなこと…。それにそれは私だって…」


麦野は衝撃を受けていた。
滝壺が麦野に対して思っていたことは、自分が滝壺に対して思っていたこととまるで同じだったから。
可愛い滝壺。大人しくて、優しい滝壺。
そんな滝壺を、浜面だってきっと好きなんだ。だから、自分のことを、浜面が一番に想ってくれるはずなんてない。
そう思っていた。


「分かってる。逃げてたのは、私も同じだったんだ。
 だけど、自分の気持ちを伝えずにいたら後悔するって、もう気付いたから…
 むぎのが気付かせてくれたから…」

「滝壺…」


滝壺の表情は今もずっと優しいままだった。
そして、とても大事なことを報告するように。滝壺は大きく息を吸って、麦野から目を逸らさず、真っ直ぐに告げた。


665 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:00:35.88 ID:dpCXOh2o [43/51]

「だからね、むぎの。やっぱり私もはまづらを諦められない。
 はまづらの気持ちが誰に向いてるのか知ってるけど、もう伝えずにはいられない。
 むぎの、私、今日はまづらに告白しようと思うんだ」

「え…?」

「いいよね、麦野」

「…どうしてそんなことを私に言うの?」

「私はむぎのがはまづらをどう思ってるのか知ってるから。むぎのにも知っていて欲しかったんだよ」


滝壺は口元にほんのわずかな微笑を称えて、麦野の手を握る。
麦野は視線を少し泳がせて、それでも彼女の視線を受け止める。


「…でも滝壺。私、滝壺の恋敵なのよ…。私、滝壺のライバルなんだよ!?」


麦野の問いかけに、何故か滝壺は驚いたようにと麦野を見ている。
妙な空気が流れる室内。
ふと見ると、今まで二人の様子を見守っていたフレンダと絹旗まで、口を閉じることも忘れてこちらを見ていた。


「む、麦野…」

「超言いましたね」

「うん。むぎの、やっと言ったね」


滝壺は顔一杯に喜びを露にする。
そして、彼女は告げた。


「むぎの、恋だって、認めたよ」


666 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:02:01.78 ID:dpCXOh2o [44/51]

「ぁ…あ…わ、私」


カァッと、顔が熱くなっていく。
確かにこれが恋だと言葉に出したのは初めてだ。
浜面の顔が頭に浮かぶ。ドキドキと胸が高鳴る。
そうか、これが恋なんだ。
頭の中で何度も否定してきた言葉。そんなわけがないと、認めなかった言葉。
麦野を胸を押さえ、その心臓の鼓動を確かめるように目を伏せた。


「それにね、むぎの。嬉しいな、私たち、ライバルだ」


それは、麦野と滝壺の新たな関係。
『アイテム』としてではなく、日常を共有したことの証。
麦野と滝壺の、二人だけの世界だった。


「や、やだ…ええっ?…ど、どうしたらいいの…?」

「嫌なの?」

「い、いや、嫌ってわけじゃなくて…えっと、ライバルって、何したらいいのよ?!」


頭の中が混乱して、思わずフレンダに問いかける麦野。
話を振られたフレンダは、絹旗と顔を見合わせてニヤリと笑った。


「知らなーい。結局、自分で考えろって訳よ」

「そうですね。指し当たって、どうやって滝壺さんと超決着つけるかってことですよね」


667 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:03:09.34 ID:dpCXOh2o [45/51]

絹旗の一言で、室内が沈黙する。
滝壺は今日、浜面に告白するのだ。麦野は、自分にそんな勇気があるだろうかと
再び爆音を鳴らし始めた心臓に問いかける。


「じゃあ、むぎの。私はまづらと会うから、帰るね」


滝壺は席を立ち、麦野に最後にそう言い残し、部屋を出て行く。
沈黙が室内を包み込む。
麦野は俯いたまま、シーツをギュッと握り締めて何も言えずにいた。
浜面への告白。
そんなこと、自分だったらできるだろうか。
もし断られたらどうしよう。そんな辛い思いをするなら、今のまま浜面との良好な関係を続けていてもいいんじゃないのか。
いや、それ以前に自分は浜面の告白を一度断っているんだ。今更そんなこと言えない。
あのときの自分の言葉を無かったことにして、告白なんて、できるわけが無い。
たくさんの逃げ道が、言い訳が麦野の前に用意された。
麦野は手を震わせる。


「…今の麦野って、結局キモいよね」


フレンダの平坦な言葉が聞こえた。
耳を疑う。フレンダが、何を言ったか分からない。


「フレンダ…?」

「ええ、超キモいですね」


絹旗も、賛同するように頷く。
何を、言ってるんだろうと麦野は驚いたように二人を見る。


669 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:04:45.38 ID:dpCXOh2o [46/51]

「…そう…だよね。…ごめん、私…でも、震えが止まらなくて…」

「違うよ麦野」


それは懐かしむような声だった。


「麦野はいっつも自信過剰でさ、高飛車で、傲慢で、我が侭で、理不尽で、乱暴で」

「そうですよ。寝起きは悪いし、すぐ機嫌が悪くなるし、絶対自分でドリンクバー行かないですし、
 後輩の私たちに全然奢ってくれないですし、そのくせ命令だけは超しますし…」


何故か始まる悪口のオンパレード。
麦野は何が何だか分からなくなり、ポカンと口を開け放った。


「でもさ、麦野は覚えてる?
 私が風邪で倒れてたときは、わざわざ家までいっぱいお土産もって看病しに来てくれたよね。
 文句言いながら、治るまで毎日来てくれたんだよ」

「私が夏休みの宿題が終わらなくて嘆いてた時も、麦野はブツブツ言いながらも朝まで付き合ってくれましたよ」

「あー、あれは?滝壺がお化粧したことないって言うから、麦野妙に張り切って化粧品全部用意して滝壺にプレゼントしてさ、
 ずっと付きっきりで教えてあげたりしてたよね」

「超ありましたね。フレンダと滝壺さんが高校に入学したときは、お祝いでケーキ作ってパーティしようって言い出したのも麦野でした」

「アンタ達…何言ってんの?」


今度は褒められた。麦野は呆気にとられたまま首を傾げる。
そして、フレンダは麦野に指を突き付ける。


670 名前:麦野沈利、最後の戦い ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:07:09.92 ID:dpCXOh2o [47/51]

「…私たちみんな、結局いいとこも悪いとこも含めて、そんな麦野に憧れてた訳よ」

「麦野が根っこのところでは結構優しい人だってこと、もうみんな超知ってますから」

「だから麦野!このままだと後悔するぞ!自信持て!」

「何カワイコぶって怖がってんですか超麦野のくせに!戦う前からビビらないのがうちのリーダーなんですよ!
 麦野だったらこんなとき、どうするかなんて、超決まってるじゃないですか!!」

「…ッ!」


フレンダと絹旗の言葉が、麦野の心に勇気をくれた気がした。
いつしか震えは治まっていた。
フレンダと絹旗はほとんど同時に席を立ち、麦野を見つめて優しく笑う。


「私たちも帰るね麦野。結局、あとは自分で考えなよ」

「麦野の選んだものを、私たちは超応援しますよ。
 滝壺さんをライバルだって思うんなら、ライバルでいたいって思うんなら、
 胸を張ってそう名乗れるような選択をしてください」


最後にそう言い残し、二人も帰っていく。
一人取り残された部屋で麦野は思う。
迷う理由なんて、あるのかと。
浜面に対してしたことが悪いと思うなら、どうしてその気持ちを伝えられないのか。
許してくれるわけがないと端から諦めて、何も行動を起こさないことを選ぶなんて、そんなこと馬鹿げている。
許す許さないは浜面が決めること。
だから今自分に出来ることは、分かりもしない結果をあれこれ考えることじゃなく、
自分の気持ちを素直に伝えることだ。
今の自分なら、きっとできる。

麦野は自らに言い聞かせるように頷き、仲間の顔を思い浮かべながら、枕元に置いてある携帯電話を手に取った。
ディスプレイに表示された名前は、浜面仕上。
思えば、彼がどこに住んでいるのか、なんて些細なことからこの恋は始まった。


671 名前:浜面仕上と決着を着ける時が来た ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:08:34.84 ID:dpCXOh2o [48/51]

(始まってしまったこの恋に、ケリを着けなくちゃ、私は浜面やみんなと先に進めない。
 そして戦うなら、今しかない…!)


あの時の鼓動をそのままに。
だけどより明確な想いを胸に、通話ボタンを麦野は押した。


1コール


(もう滝壺のところに向ってるよね…)


2コール


(二人がもし上手くいったら…私は祝福してあげられるかな…)


3コール


(ううん、きっとできる。私が自分の気持ちを浜面に伝えることができたなら…)


4コール


(お願い浜面…。私…浜面に言いたいことがいっぱいあるんだよ…)



672 名前:次回、最終話 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/02(日) 03:10:27.73 ID:dpCXOh2o [49/51]


…ガチャッ


「…浜面?私だけど…」


『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーという発信音の後に、メッセージをどうぞ』


無機質な音声が流れる。
かつての麦野だったら、きっとそこでタイミングが悪かったと諦めただろう。
機会を先送りする体の良い理由として、そのまま電話を切っただろう。
だが、今の麦野はそんなことで諦めたりしない。


「麦野です。浜面…大事な話があるから、今夜10時に病院の屋上まで来てください…。ごめん、待ってるからね…お願い」


麦野は留守電メッセージを残した。
それはきっと誰にだってできる、本当に些細なこと。
しかし麦野にとっては、浜面と会うことを決定付ける、浜面と真正面から向き合うための、とても大きな一歩だった。
鼓動が強く刻まれていく。
会って、何を話そう。何を伝えよう。ドキドキと高鳴る心臓を押さえながら、麦野は時計を見る。
時刻は8時。

決戦まで、あと2時間。

713 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:47:45.96 ID:4T5e0LYo [2/61]


病室を一歩出て、杖をつき、私は想う


思えば長くて遠い道のりだった


彼と初めて出会った夜。
彼はただの冴えない腐った人間の一人だった。
どんな経緯があってここにやってきたのかなんて、興味が出てくるわけもない。
ただ図体がでかくてちょっと器用なだけの、本当にどこにでもいるクズの一人だと思っていた。
レベル0のスキルアウトなんて、能力も無ければ努力するだけの根性も無い、私は心底彼を軽蔑していた。


彼と初めて仕事をした夜。
私は少しだけ彼を見直した。
能力は無くとも技術はある。実力が全ての暗部組織の中で、レベル0でありながら
彼は下っ端としてはそれなりに有能な男だった。
周りの連中からの評判も悪くない。だから私は、彼を自分たちの側に置く程度には興味を持った。


714 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:50:28.60 ID:4T5e0LYo [3/61]


屋上への階段を上りながら、私は想う


哀しくて辛い、だけど儚い夢のような道行きだった


彼と初めて溜まり場のファミレスで仲間を交えて食事をした昼。
私は彼ともっと話をしてみたいと思った。
馬鹿でデリカシーは無いが、自らの領分を把握した的確な行動には少しだけ関心した。
下っ端の雑用係としてではあるが、彼はすぐに私たちの中へ溶け込んでくる。
レベル0なのに、私は少しだけ彼に嫉妬をした。


再び仕事を共にしたあの夜。

幾度となく超えたあの夜。

そして彼と言葉を交わした次の朝。


私はきっと、彼に恋をした


715 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:52:17.43 ID:4T5e0LYo [4/61]

―――――


そして時は来た。
冷たい夜風が麦野に吹き付ける。
だが麦野にはそんなもの全く気にならなかった。
体が熱い。心臓が砕けそうなほどの脈動。骨が蕩けそうな衝動。
あれから2時間。じっとしていることなんて、出来るわけがなかった。
シャワーを浴びて、入院してからは久しぶりに化粧もした。髪も巻いた。
服も浜面が似合うと言ってくれたピンク色。
お気に入りのワンピースを着て、いつもより少しだけ深めに胸も開けて。
自分がただの女の子なんだって、分かってもらいたい。
少しでも浜面に可愛いって思ってもらいたいという打算を許して欲しい。
頑固で、わがままで、意地っ張りだけど、今日だけは、誰より素直な人間になろうって、そう決めたんだ。


(ちゃんと笑って話せるかな…ちゃんと目を見て言えるかな…)


鉄柵越しに見る学園都市の夜景。ポツリポツリとした住宅街の明かりだけが見えている。
この街の夜は長く、その中で自分は今日まで生きてきた。きっとこれからも。
なのに、こんなにもドキドキとする夜は今までに無い。
初めて暗部の仕事をしたあの日だって。
初めて滝壺たちと出会ったあの日だって。
初めて浜面を迎え入れたあの日だって。
こんな気持ちになったりしなかった。


716 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:53:26.41 ID:4T5e0LYo [5/61]

(すごいな…滝壺は)


きっともう浜面に告白を終えたのだろうな。
こんな気持ちを抱えて、彼女も想いを告げたのか。
腕時計を見る。
もうとうに十時を過ぎていた。
浜面からの返事もない。
開くことのない重い扉が、麦野に語りかけてくる。 


   来るわけがない。二度と来るなと言ったのはお前だ。

 滝壺の告白を受け入れて、きっと今頃は二人で過ごしているのだろう。

    自分の言動を思い返してみるがいい。

 お前が他人に優しくしてもらえるような人間か?

    お前のようなどうしようもない人格破綻者に、どうして好意を向けてくれる人間がいると思えるんだ?


そんな言葉が聞こえてくるようだ。
浜面と滝壺が一緒にいるところが頭の中をチラつく。
だが麦野は頭を振ってそれを吹き飛ばした。


(滝壺がどうかなんて関係ない。私は伝えなくちゃいけないの。
 浜面は私に自分の気持ちを素直に言ってくれたんだ。
 だから私も、それに応えなくちゃ。嬉しかったって。あの時はごめんって。
 それが、浜面に対する礼儀ってもんでしょ)


718 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:55:38.75 ID:4T5e0LYo [6/61]

根暗をこじらせてとうとう防火扉と会話できるようになったことはとりあえず置いておく。
だが現に浜面は来ない。
とうとうそれから、日付が変わろうかという時間まで、彼は現れなかった。
誰もいない寂しい屋上で、麦野は膝を抱えて座っている。


(…どうしたんだろ浜面…。何かあったのかな…?)


悲しい気持ちが胸の中を満たしていく。
伝えたいのに伝えられない。話したいのに、話す相手がいない。
それがこんなに辛いことだったなんて、初めて知った。
空に輝く月を見上げる。
上を見ていなければ、涙が溢れてきそうだった。


(お願い浜面…。アンタがいないだけで…私こんなになっちゃうんだ…。一人は嫌だよ…)


体が震える。自らを抱きしめる。
もしこのまま来てくれなかったら。
このまま浜面に会えなかったら。
そんな不安が胸を過ぎる。
ジワリと目頭が熱くなる。唇が震える。


こんな辛くて悲しい気持ちになるなら、恋なんて―――


719 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:56:42.78 ID:4T5e0LYo [7/61]

そんな考えが頭にチラついたときだった。


ドサリ


ふと、敷地の端で音がした。
何かが落ちるような音。
何気なく、そちらを見る。


「麦野ッ!」


ドアではなく、何故か鉄柵を乗り越えて。
茶色の髪をボサボサにして、体のあちこちに葉っぱや枝を引っ掛けながら。
苦笑いをして、はにかんで。
彼はそこにいた。
麦野の涙は、もう止まらない。
この2週間で、自分がこんなに泣き虫だったんだって思い知らされた。
でも別に構わない。
だって今この左目から流れる涙は。
彼に会えた喜びで。
彼を信じきった喜びで。
零れ落ちた心の証だったから。


「はま…づら…?」


721 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 00:58:11.84 ID:4T5e0LYo [8/61]

麦野は松葉杖を突いて立ち上がった。
ポツリと呟く。
世界で一番大切な名前。
言葉にしただけで、胸が張り裂けそうになる。
彼がそこにいるだけで、鼓動は加速する。


「遅れてすまん麦野!」


彼はこちらの姿を確認するなり歩いてきて、顔の前で両手を合わせて頭を下げる。


「…遅刻よ、ばか」


ぐしぐしと袖で涙を拭きながら、麦野は呟く。


「ごめんな、本当は時間通りに来てたんだけどさ、入り口閉まってんじゃん。
 ウロウロしてて、お前に電話しようとしたらたまたま運悪く知り合いの『警備員(アンチスキル)』に捕まっちまってよ。
 急いでこっちに戻ってきたら携帯の電池は切れるわこんな時間になるわでめちゃくちゃ焦ったんだぞ?」


苦笑しながらそう言う。
確かに面会時間は八時まで。その時間を過ぎたら病院の入り口が封鎖されるなんて、よく考えなくても全然普通のことだ。
浜面への気持ちで胸がいっぱいで、混乱してそんなことも気がつかなかった。
麦野は唖然としながら彼に問いかける。


722 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:00:17.59 ID:4T5e0LYo [9/61]

「ってかなんであんなところから入ってきたの?」

「だって入り口から入れねえし、仕方ないから裏から木登って非常階段の手すりに飛びついたんだよ。
 んで、雨どいからこっちまで渡ってきたんだ。結構死ぬとこだったぞ」


もうやりたくねえと付け加えて浜面は身震いした。
だが彼は次の瞬間にはこちらを真っ直ぐに見下ろして、歯を見せて笑った。


「それで…わざわざ危ない真似してここまで来てくれたの?」

「ああ。だってお前なんかすげー深刻な声で話があるって言うから。
 来てください、なんつって。麦野のくせに命令形じゃないんだぜ?そりゃ焦るっつの」


麦野はもう、頭の中がどうにかなりそうだった。
いや、もうどうにかなったっていい。
こんな溢れて零れて、抱えきれない大きな気持ちに、身を委ねたって。
もういいよね。


「んで、話って何だ、むぎ…」


浜面の言葉が終わる前に、麦野は杖を放り捨てて彼に飛びついていた。
御坂美琴が、上条当麻にそうしたように。
普通はみんなそうしてしまうのだ。
だから自分の行動は、何もおかしくなんてないのだ。
だって。
私はあなたの前では。


―――ただの女の子なんだから


「…の?」


724 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:01:37.00 ID:4T5e0LYo [10/61]

呆けた浜面の声が聴こえる。
強く強く彼を抱きしめた。
浜面の温もりが、匂いが、鼓動が、麦野の中に溶けていく。
彼に伝えようと思っていた言葉なんて、もうとっくにどこかに吹き飛んでいた。
何も考えられない。何も言えない。
口から吐き出す言葉なんて、この感情の一欠片にだって満たない。


「お、おいおい。麦野、当たってるぞ」

「…ばか、エッチ」


大きな胸が形が変わる程強く押し付けられている。
彼は顔を赤くして頬を掻いている。
だが、麦野は抱きしめ、もっと強く強く彼に押し付けた。
この厚い脂肪の向こう側。皮膚の向こう側。骨の向こう側。
そこにあるこの心臓の、鼓動の速さを彼に届けたい。
私はこんなにあなたでドキドキできるんだよって、浜面に知ってほしい。


「どうしたんだ、麦野?なんかあったのか?」

「あったよ」


その問いかけに即答する。
迷いなんてない。怖くなんてない。
体中から溢れる気持ちを止めることなんて、もう誰にもできない。


725 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:03:49.91 ID:4T5e0LYo [11/61]

「お、おう?どうした?」

「浜面…、私、あの日のアンタの言葉にちゃんと答えなかったよね。
 ごめんなさい…アンタもきっと、こんな気持ちを抱えて私に告白してくれたんだね。
 なのに、私はアンタの言葉から目を逸らして、正しく受け止めてあげることができなかった…」


言葉が震える。恐れているからじゃない。
止め処ない感情が、麦野の体で暴れているからだ。
浜面は麦野の言葉を、ただ黙って聴いてくれていた。


「滝壺がアンタの部屋にいた時だってそう。
 ほんとは誤解だったって分かってたのに。私はもしそうじゃなかったらって怖くて、逃げ出したんだ。
 アンタや自分を信じられなかった私の弱さが、アンタを傷つけたんだって、ずっと後悔してた。
 だから、本当にごめん!ムシの良いことだって分かってる。
 だけど…お願い…許して!ごめんなさい!」


奥歯を噛み、懇願するように。
浜面から体を離して、麦野は深く頭を下げた。
倒れそうになる体を彼に支えてもらいながら。


「麦野…お前…」


何と返していいか分からず、困ったように呟く浜面。
麦野はゆっくりと顔を上げ、左目で彼の瞳を見つめる。


「そして浜面…聴いて。浜面―――」


726 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:04:58.38 ID:4T5e0LYo [12/61]

大きく息を吸う。ずっと言いたかった言葉。伝えたかった言葉。
これ以上の言葉が見つからない。
心をそのまま明け渡せたらいいのに。
正しく伝えたい。間違いなく、伝えたい。
浜面の心に届いて欲しい。
麦野は己の願いの全てを託して、ただ一言を告げる。



「―――私、アンタが大好き…」



呼吸が出来ない。心臓が破裂しそう。
たったそれだけの言葉を言うだけなのに、体の全てが何もかもをかなぐり捨てる。
浜面は驚いたようにこちらを見ていた。
目は逸らさない。決して逸らさずに言葉を紡ぐ。


727 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:07:39.43 ID:4T5e0LYo [13/61]

「浜面が好きです…付き合ってください…」


消え入るような声で、しかしはっきりと告げる。
心の中だって、音にだって、今まで出したことのない言葉だった。
背中を押してくれたみんながくれた、大切な言葉だった。


「……麦野、えっとだな…」


何を言っていいのか分からないという具合にオロオロしている浜面。
頭を掻きながら、照れくさそうにこちらにチラチラと視線を行き来させる。


「なんつーのか…俺でいいのか?」

「…どういう意味?」

「いや、確かに俺から告白したんだけどよ。あー…なんつか、現実感ねえっていうか…
 俺、お前の彼氏ってことでいいの?マジで?」

「え、アンタ、滝壺は…?」


思わず訊いてしまっていた。
付き合って欲しいと言ったのは自分だが、何で滝壺を今気にするんだ。順番が逆だろう。
まあ気にならないと言えば嘘になるが、どちらにせよ彼に告白というか、気持ちは伝えるつもりだった。
麦野も浜面もその妙な間に首を傾げた。
やがていまいち噛み合わない二人の会話に、浜面が苦笑いする。


729 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:09:15.94 ID:4T5e0LYo [14/61]

「なんだ。知ってたのか。まあお前ら仲直りしたみたいだし、そりゃそうか」


浜面は少し考えて、真剣な表情で口を開いた。


「滝壺は、告白してくれたけど。断った」


ドクンと、麦野の心臓が主張する。
彼が言っていることがそういうことなら。つまり…。


「…なんで?」

「それ訊くか?…最初から言ってんだろ?…俺が好きなのはさ」


浜面は大きく呼吸をする。彼の視線が、麦野を捉える。
麦野も、それにつられるように息を止めた。


「お前なんだよ。麦野」


浜面からの、二度目の告白。
あの時はただ辛いだけの言葉だったのに。
今はもう、何度でも聴きたい、宝物のような言葉になっていた。


731 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:10:52.14 ID:4T5e0LYo [15/61]

「浜面…それって、そういうことなのよね?」

「…どういうことだよ?」

「だから…あの、私、浜面の、こ、恋人ってこと…なんだよね?」


現実感がまるでなくて、これは夢なんじゃないかって、何度も彼に確認する。


「そうだろ?」


浜面は優しく笑った。
麦野はもう一度彼を抱きしめる。
嬉しい。嬉しい。
こんなに嬉しくて幸せなことが、この世界の、私の知らないところに、あったんだ。


「浜面…いいの?私、すごくわがままだよ…?」


体を離して、彼を見上げて問う。


「今更何言ってんだよ。いいよ」


微笑む浜面。


733 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:13:37.04 ID:4T5e0LYo [16/61]

「私、全然素直じゃないよ…?」

「知ってるよ。いいんじゃねえの?それが麦野だろ」


苦笑する浜面。


「私、怒りっぽくて口も悪いよ?」

「それは直そうぜ。別にいいけどさ」


諭すように、頭を撫でてくれる浜面。


「浮気したら、殺しちゃうよ?絶対」

「うっ…いや、いいよ。殺せ」


笑顔が引きつる浜面。


「私…顔、こんなだよ?」

「おい、怒るぞ?だいたい、お前の顔を『こんな』呼ばわりされたら、俺なんかどうなるんだよ」


少しムッとして、その後は呆れたように力なく笑う浜面。
浜面がどんな表情をしたって、麦野の心中にはただ幸福と歓喜の二語だけが
手を取り合い踊っている。


735 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:15:45.28 ID:4T5e0LYo [17/61]

「それもそうね」


麦野は悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「待て待て。そこは『浜面はかっこいーよ』とか言うとこだろ」

「言って欲しかったの?でもそれバカップルぽくない?私あーゆーの見てるとイラついてブチ殺したくなるのよねー。
 それにカッコよくないものをカッコいいとは言えないわよ」

「お前めちゃくちゃヒドい奴だな…。
 まあ確かに気持ちは分かる。俺も前はそうだった」

「アンタのそれは独り身の僻みでしょうが」


浜面を小突く麦野。


「うぐっ、否定はできねえ。っつかお前は違うのかよ?まあいい。
 俺にはもうこんなに可愛い彼女がいる!だからもう僻まねえ!」

「はいはい。でも彼女…嬉しい。初めて恋人ができた」

「え、嘘だろ?」

「何よ、そんなに意外?悪かったわね。どうせ性格悪すぎて今まで一度も告白だってされたことない女よ」


736 名前:恋は落ちた方が負けだと誰かが言った ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:17:56.87 ID:4T5e0LYo [18/61]

訝しむ彼にプイッと顔を背ける。
麦野の暴言を乗り越えて告白までこぎつけた人間なんて、今までいなかった。
だから浜面は実は結構な偉業を成し遂げたのだが、本人はあまり気がついていない。
そんないつもの軽口。
彼とこんな関係で、こんな風に話せるようになるなんて、2週間前は想像もしてなかった。


「悪くねえよ」

「え…?」

「言ったろ?お前は面倒見が良くて、本当は優しい女の子だってよ。
 俺がソレを分かってるんだから、それでいいだろ?」


頬をかいて、恥ずかしそうに浜面は言った。


「ばぁか、はーまづらぁ!」


浜面を見ているだけで、何もかもが喜びに満ち溢れていて
麦野は自分の周りの世界の色が変わっていくのを実感していた。
これが現実だって。誰かに証明して欲しい。


738 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:19:43.92 ID:4T5e0LYo [19/61]

「な、なんだよ。まだ何かあんのか?」

「これ、夢じゃないよね?」


だから私は訊くんだ。
誰でもないあなたに応えてほしくて。


「確かめてみろよ。いつもみたいにコレで」


浜面は握りこぶしを作って自分を叩いてみろと言った。
だから麦野は、ひねくれ者の麦野は、その言葉に従わない。


「…ん」

「あ?…むぎ―――」


彼の唇に自らのそれを押し当てる。



時が止まった



「ふふっ、はーまづらぁ。どうだった?」


驚きに見開かれていた浜面の目が閉じられる前に、麦野は唇を離す。
上目遣いに、真っ赤に染まった浜面の顔を見上げて、彼の唇に人差し指を押し当てる。


740 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:21:43.16 ID:4T5e0LYo [20/61]

「えっと…一瞬で何がなんだか…。で、でも、現実みたいだぞ。一応」


照れまくっている浜面にかまわず、麦野はさらに意地悪をすることにした。


「私は、分からなかったな」


嘯く麦野に、浜面が呆けた声を出した。


「は?」

「だからさ―――」


瞳を閉じて、少しだけ顎を彼に向けて突き出す。
捧げるように、ねだるように。


「―――今度は浜面が教えてよ」


「麦野…よ、よし」


ゴクリと生唾を飲み込む浜面。
肩に手が置かれ、麦野の体が小さくピクンと跳ねた。


「…好きだよ、浜面…」


囁く声が、数センチ先の彼の唇に吹きかかる。
体の芯から蕩けていきそうな空気の中。麦野が薄く瞳を開ける。


743 名前:大団円って好きかい? ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:24:28.09 ID:4T5e0LYo [21/61]

そのとき。


「ふぎゃぁっ!」


ガシャーンという音がして、防火扉が勢いよく開けられる。
甘い空気を粉々に吹き飛ばされ、二人はバッと体を離してそちらを見る。
下からフレンダ、絹旗、滝壺の順で積みあがっていた。
麦野の体がわなわなと震える。


「あ、あああ…アンタたち…!ま、まさか…今の見て…!」


一番下でヤベェと言いたげな顔をしているフレンダに、麦野は顔を真っ赤にして詰め寄る。


「てへ☆」


自分の頭を小突き、可愛く舌を出すフレンダだった。


「いやぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


髪を振り乱して夜空に向って吼える。
見られていた。あの恥ずかしい台詞の数々を、よりにもよってこいつらに見られていた。
世界よどうか滅びて下さいと、麦野は生まれて初めて神様に祈った。


「むぎの、病院だから…静かに静かに」


滝壺に諭され、口元を押さえて、立ち上がった彼女たちに視線を戻す。
バツが悪そうに3人は互いの顔を見合っていた。


745 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:26:26.07 ID:4T5e0LYo [22/61]

「ど、どっから見てたの?」

「えーっと…麦野が待ち合わせ時間になっても浜面が来なくて絶望的な顔で夜空を見上げてたあたりから…」


フレンダが頭をかきながら苦笑しつつそう言う。
最初っからじゃねえか。
麦野は頭を抱えてへたりこんだ。
その姿を見ながら、絹旗が麦野の頭上でニヤリと笑った。


「私ぃ…すっごくわがままだょぅ?」

「ぶふぉっ!」

「はうっ!」


麦野の声真似をする絹旗と、吹き出すフレンダ。
麦野は肩をビクンと肩を跳ね上げて絹旗を見上げた。
そこに、勝ち誇ったように笑う悪の中学生の姿があった。


「嬉しいな、初めて恋人ができたぴょん」

「ぷっ…!」

「聴こえない聴こえない!」


浜面も吹き出す。
耳を塞ぐと、今度は絹旗も座り込んで麦野の耳元に口を寄せる。


「だから、今度は浜面が教えてにゃん」

「……フフッ」

「あああああああ!やめろおおおお!!!」


748 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:28:01.89 ID:4T5e0LYo [23/61]

とうとう滝壺まで笑いだした。
目に涙を溜めながら、キッと絹旗を睨みつけると、彼女は心底楽しそうに笑っている。


「ふふん、いつも私をいじめて遊んでいる超仕返しです。
 麦野も恋をするとこんなに可愛いこと超言っちゃうようになるんですね。ぷふー。
 はーまづらぁん、これ、夢じゃないよねぇん?」

「ブツブツブツブツ…」

「麦野、バカップル嫌いなんだっけ?
 ププッ……結局麦野って案外自分のこと見えてないよねー」

「……プルプルプルプル…」

「二人とも…そのへんにしておかないとむぎのが…破裂しそう」

「ブチッ」


滝壺の言葉にハッとなって麦野を見る二人。
顔を真っ赤にして、プルプルと体を震わせて俯く麦野がいた。


「テメェら…」


751 名前:浜面と麦野はみんなの妄想の中でいちゃいちゃさせて下さい ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:30:21.58 ID:4T5e0LYo [24/61]

恥ずかしさでパンク寸前の麦野がゆらりと立ち上がる。
浜面も含めた4人の顔が見る見る青ざめていく。


「む、麦野!落ち着いて!ね?可愛いイタズラだよ!」

「そ、そうです!言い過ぎました!超謝りますから!」


麦野は口を真横に引き裂き、嗤った。


「…ブ・チ・コ・ロ・ス」


夜の病院に少女の悲鳴が木霊する。
それは後にこの病院の怪談としてしばらく語り継がれることになるのだが、それはまた別のお話。


「むぎの」


麦野の拳を脳天に食らって煙を上げて倒れ伏した二名の前で、息を荒くする麦野の袖を滝壺がスッと掴む。


「滝壺、どしたの?」

「よかったね、むぎの。私も…ちょっと悔しいけど、嬉しいよ」

「あ、そっか、アンタ…」


754 名前:そしてここでそれを吐き出して俺をニヤニヤさせてくれ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:32:58.24 ID:4T5e0LYo [25/61]

浜面に告白をして、彼はそれを断ったのだった。
麦野はそれに対してどう答えればいいか分からず、言葉を詰まらせる。
チラリと浜面の方を見やると、彼も所在なさげに視線を泳がせていた。


「気にしないで、むぎの。二人を応援したいって気持ちも本当だから」

「…滝壺…アンタ」


よく見ると、彼女の目の周りは赤く腫れている。
それは麦野の病室で泣いたせいか。それとも。
だが麦野の考えを読み取るように、滝壺は応える。


「大丈夫。私、まだ諦めたわけじゃないから」

「え?」


滝壺の言葉に、麦野は問い返す。
滝壺は優しい瞳で微笑んだ。


「だって私たち、ライバルなんでしょ?
 むぎのが油断してたら、私、はまづらをさらっていくからね」


彼女のその言葉に、浜面はドキリと肩を跳ねさせていた。
麦野はフッと息を吐き、自信に満ち溢れた表情で滝壺に答えを返す。


「上等じゃないの、滝壺。浜面は、絶対渡さないわよ!」


757 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:35:59.21 ID:4T5e0LYo [26/61]

麦野は不敵に笑う。滝壺もそれに応える。
そこに険悪な感情は無い。
二人は、今日生まれたばかりの新たな関係を祝い合うように互いを見詰め合った。


「麦野と滝壺のほうが通じ合っちゃってる感じで妬ける訳よ」


蘇ったフレンダがカチ割られた脳天を押さえつつ浜面に言う。


「だな。お邪魔虫は俺の方じゃねえのか?」

「さっきも病室で二人で抱き合ってお互いに大好きだよって超言い合ってましたからね」


涙目で立ち上がった絹旗も呆れたようにため息をつき、苦笑した。


「マジか!まさか麦野達にそんな妖しい関係が…!」

「普段は強気な麦野が滝壺を引っ張ってるけど、ベッドの上では滝壺が麦野を泣かせまくる訳よ。
 ああ、それを木陰からそっと眺めたい。むしろ撮影したい。むしろ加わりたい」

「うぉお!フレンダお前天才か!想像したら鼻血がぁッ!」

「二人とも超馬鹿ですか」


月夜の晩に百合の花咲く丘の上で生まれたままの姿で妖しく抱き合う切なくも悩ましい二人の姿を
想像したらしい超馬鹿、浜面が鼻を押さえながら、クネクネする同志フレンダと共に息を荒くしていく。
麦野はもうお決まりのため息をつき、やれやれと首を振るのだった。


760 名前:滝壺×麦野が流行ればいいと思っているのは俺だけでいい ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:38:18.58 ID:4T5e0LYo [27/61]

「アホなこと言ってんなよ。どこをどう見たらそんな風に映r…」

「はまづらも、むぎのを哀しませたら…私、むぎのをとっちゃうよ?」

「なん…だと…?」

「ばっ…!滝壺まで何言ってやがる!」


驚愕して仰け反る麦野。


「クソっ!俺はどうすればいいんだ!麦野をとられたくねえ!でもそんな二人も見てみたいと俺のジュニアが囁いてくる!
 うぉおおお!!フレンダ!絹旗!俺はどうすりゃいい!?」

「病院に超行けばいいと思いますよ。あ、ここ病院ですね。脳神経外科とかありましたっけ」

「私は滝壺×麦野を推奨する訳よ。何故ならその方が美しいから」

「浜面!フレンダ!テメェらはいっぺん死んでこい!」


そんな皆の様子を見守りながら、滝壺は眠たげな目を優しく細めて、麦野に微笑みかけた。


「ね?むぎの」

「うっ…し、知らない!」

「可愛いな、むぎのは」


プイッとそっぽを向く麦野。
滝壺は麦野の頭を優しく撫でた。


「もっと見てたい訳だけど。こっちもそろそろ」


761 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:39:32.02 ID:4T5e0LYo [28/61]

と、フレンダがぱたぱたと防火扉の方に駆け寄り、手にビニールの買い物袋を持って戻ってきた。


「ま、それはそれとしてさ。はい麦野」

「ん?何だこれ?」


そこに手を突っ込み、麦野に銀色の缶を一つ押し付ける。
フレンダは他の面々にも同じ缶を渡していく。
その缶のラベルを見ると


「ビール…何故」


眉を顰めてフレンダに尋ねる。
彼女は最後に自分の分を取り出して、輝くような笑顔を浮かべた。


「お仕事お疲れ様ーと、滝壺めげるなーと、麦野浜面おめでとーと、麦野滝壺仲直りよかったねーと、
 あとはあとは…そう!私たちのこれからに!お祝いしようって訳よ!」

「お前よくこんなもん買えたな」


どう見ても未成年のフレンダに売ってくれる店などあるのか?と浜面が呆れながら缶の蓋を開ける。


「下部組織の連中に買ってきてもらった。まだまだいっぱいあるから今日は飲み放題だぜ☆」


舌を出して可愛くウィンクするフレンダ。
手に持ったビニール袋の中には缶やら瓶やらがまだまだゴロゴロとひしめいていた。


764 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:40:51.24 ID:4T5e0LYo [29/61]

「アンタそんなことのためにわざわざ…」

「フレンダ、私お酒飲めないよ…」

「そんなことって何よー。こういう区切りは大事でしょ?」

「ま、そりゃ確かにそうですね。フレンダの超奢りということなら、私もやぶさかではありませんよ」


フレンダと絹旗もプルトップの蓋を開ける。


「あ、御代はあとで割り勘な訳よ」

「だと思いました」

「きぬはた、私お酒駄目なんだけど…」

「げぇっ、俺マジで金ねえぞ。経費とかで落ちねえの?」

「落ちるかバカ!いいよいいよ、色々心配かけたお詫びに、私が奢ったげるから」


麦野もため息をつきながら同じく蓋を開けた。


「さっすが麦野!よっ!太っ腹!伊達に最年長じゃない訳よ」

「ビール頭からかけるぞ」

「…むぎの、私飲めない…」

「ここ病院だから大丈夫よ、がんばれ」

「そっか、確かにそだね。…じゃあちょっとだけ」

「いいのかよそれで」


766 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:42:37.43 ID:4T5e0LYo [30/61]

スルーされ続けてきたが、変なところで納得した滝壺が、ようやくそこで蓋を開け、全員の手に
ビールの缶が握られる。
フレンダはコホンと咳払いをして一歩前へ躍り出た。


「えーではでは皆さん。今回は色々ありましたが、なんとか全員無事にお仕事終えることができました。
 これからもがんばっていきましょう。そもそもこの度は浜面と我らが麦野の…」

「いいから早くしてちょうだい」

「前置きの長い音頭は超嫌われますよ」

「ビール温くなっちまうぞ」

「ビールおいしくない…苦い」

「滝壺、もうそれは浜面に飲んでもらったらいいから、アンタはこっちの甘いのにしな」

「おう、そうしろそうしろ。ちょっと寒いし、これじゃビールの美味さも半減てもんだしな」

「ほんと…?おお、これは飲んだことあるよ。甘くて美味しかった」

「あ、私もそっちのほうがいいです」

「アンタは駄目」

「麦野の超いけず」

「冗談だよ。じゃあそのビールも浜面にあげな」

「3本も同じもんいらねえよ。お前は手伝え麦野」

「ビール太るから嫌」

「こらー!フレンダさんの話を聴きなさい!あ、麦野、そっちの梅酒は私も飲みたいから置いといてね」


768 名前:ん?何がですか? ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:44:28.37 ID:4T5e0LYo [31/61]

「アンタはいいちこでも飲んでろ」

「いいちこ馬鹿にしたね!?いくら麦野でもそれは許せない訳よ!」

「私がお酌したげるよ?」

「いいちこなんてクソくらえよ!樽ごと持ってこいやぁ!」

「いいちこって何…?」

「いいちことはですね、下町の超ナポレオンと呼ばれる…」

「なあ、いつになったら始まるんだ…?」

「ハッ!そうだった。麦野の誘惑につい…!ちゅうもーく!」


ぶーぶーと文句が出てくるやいなや、いつも通り脱線を始める一同。


「今度はちゃんとしてくださいよ」

「できるだけ手短にね。グラスだったらとっくに泡無くなってるわ」

「おつまみは何があるんだろう。ハッピーターンは…」

「滝壺、また脱線するからとりあえず待つんだ」

「はいはい。それじゃあもう私たちの未来に!かんぱーい!」


770 名前:ハッピーエンドとは限らない? ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:46:03.10 ID:4T5e0LYo [32/61]

フレンダはもう一度咳払いをして、今度は勢いよく缶を頭上に掲げた。
その掛け声と共に、全員の缶が夜空に掲げられる。
病院の屋上で突如始まった非常識にも程がある『アイテム』の打ち上げだった。
麦野は缶に口を着けながら、想う。
本当にこの3週間、色々なことがあった。
初めて浜面を含めた全員で遊びに行った。
初めて滝壺と喧嘩をした。
初めて自分の心と向き合った。
初めて仲直りをした


(初めて、恋をした…―――)


隣で早速ビールをぶっかけられている浜面をチラリと見る。
それだけで鼓動が早まるのは、苦しいけど、とても心地がいい。
皆笑顔で、この前まで殺し合いのさ中にいたことを忘れているような表情だった。
それでいい。
暗部の人間がこうやって笑顔で酒を酌み交わすなんてと、誰かは言うかもしれない。
仲間意識なんてものを持って、情を移して、それは甘すぎるんじゃないのかと、かつての自分に言われるかもしれない。
だが、それがどうしたと、今の麦野は吐き捨てる。
この闇の中は、一人で歩いていくにはあまりにも心細くて、遠すぎて。
その導となるものが彼女たちだと言うなら、麦野はそれを守ろうと決めたのだ。
御坂との決戦前に、思い浮かんだ疑問を頭に浮かべる。


―――果たして自分は彼女たちのために行動することができるのだろうか?


773 名前:うるせえバカ。ハッピーエンドに決まってんだろ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:47:15.29 ID:4T5e0LYo [33/61]

(決まってんでしょ、そんなこと)


答えなど、言うまでもなかった。
暗部組織は利用価値だけの繋がり。能力が有効価値。弱者は敗者となり、ただ死すのみ。
それは紛れも無く純然たる事実であり、こちら側にあるただ一つの法則。
しかしと、麦野は思う。
この暗闇の中で、一つくらい、手を取り合って歩いていく奴がいてもいいじゃないか。
私は『アイテム』。
私は『原子崩し』。
私は『麦野沈利』。
誰にも文句は言わせない。
麦野は無邪気に騒ぐ彼女たちの姿を見据える。


―――私はこいつらのことが、いつの間にか大好きになっていたのね


麦野は、優しく微笑みを浮かべ、紅潮する頬を隠すように缶の中身を飲み干す。
口元を拭い、赤らんだ己の顔に向けて悪態をついた。
それはきっと、祝杯の酒の所為だったから。


775 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:50:16.88 ID:4T5e0LYo [34/61]
ここで終了する予定でしたが、少しだけエピソードを追加しました。
エピローグです。
ここから先は蛇足過ぎるにも程があるかも知れませんが、
一応浜面の最後の問いを解決しようと言うことで。

>765
何をですか?

776 名前:引き返してもおk。ここからは本当に蛇足 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:51:44.51 ID:4T5e0LYo [35/61]

~エピローグ~


「で、どうすんだコレ」


麦野は鉄柵にもたれかかるように座ったまま、ため息をついて一人呟いた。
死屍累々という言葉がある。
そう。目の前に広がる光景がそれだ。


「ん~ムニャムニャ…むぎの~……愛してるよ」


フレンダは早々に泥酔していいちこの瓶を愛しげに抱きながら眠っている。


「これでも超くらいなさい…はまづらぁ~」

「うぐぉ……駒場さん…重いっす…うぐっ!」


大の字に寝転んでいる浜面は、同じく眠っている絹旗の踵落としを喰らってうめき声をあげていた。
絹旗起きてるのか?と思ったが、可愛らしいパンツが丸見えになっているのでそうでもなさそうだ。
ムニャムニャ呻いていた浜面が、今度はニヤニヤとその顔を綻ばせ始める。


「フヒヒ…郭ちゃん、そのおぱーいは反則だぜぇい……爆乳ヤバス」

「…(ムカッ)」


夢で他の女の名前を呼ぶとはいい度胸だ。
私だって乳に関しては一家言あるぞこっち見ろと妙な対抗心を燃やしながら、
麦野は目下最大級に厄介な酔っ払いの相手を再開する。


778 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:52:39.69 ID:4T5e0LYo [36/61]

「フフッ…むぎのの太もも…気持ちいい」


麦野のギブスが嵌っていないほうの脚に頭を乗せ、太ももをスリスリしてくる滝壺。


「やめろ。フレンダの真似なんかしちゃいけません。馬鹿がうつるわよ」

「むぎののおっぱいも…ヤバスだよぉ…」


妙にスキンシップが過剰な滝壺。
目がトロンとなっているのはいつものことだが、顔が真っ赤で、薄ら笑いを浮かべてとにかく上機嫌だ。
フレンダが滝壺×麦野推奨とか言っていたが首を振ってそれを否定する。
ふと見ると、滝壺が膝の上からこちらを見つめてくる。


「…むぎのの唇、やわらかそう…」

「は?」

「私もむぎのと…したい…」

「ちょっ!」


ガッチリと頭を捕まれ、滝壺の顔が近づいてくる。
顔を少しだけ紅潮させて、麦野はめくるめく女の園へと足を踏み入れた。
かに見えた。


「おーっす。あんたたちまだやってんのー?廊下まで聴こえてんだけど…」


ガチャリと防火扉を開けて、御坂美琴が屋上に現れた。
滝壺の唇があと数センチのところで止まる。
思わず目を閉じてしまっていた麦野が、慌てて飛び跳ねた。


779 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:54:11.06 ID:4T5e0LYo [37/61]

「うわっ!あんたたちそんな関係だったの!?ごめん、邪魔したわ!」

「ちげーよ!そんなんじゃないの!ほら、滝壺、アンタも説明を…」


滝壺の肩を叩くて、彼女は既に小さく寝息を立てて眠っていた。


「全員潰れやがった…」


部屋に放り込みたいが、こんな足でそんなことができるわけもなく。
もうお前ら全員風邪ひけと麦野は彼女たちを放って杖を着いて立ち上がった。


「なに?アンタまだいたの?
 ははぁん、今の今まで腰振ってやがったなエロガキが」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!部屋にいたのは本当だけど…別に何にもなかったんだから!」

「ええ?つまんない。二ヶ月も溜まってりゃさぞかし濃いの出るだろうに」


からかうように下品な単語を連発する麦野。
浜面が起きていないものだから言いたい放題だ。


「濃いとか言うな!あんた恥ずかしくないの!?」

「あれー?私何のことか言ったわけじゃないのに分かっちゃうのかにゃーん?あれー?」

「あ、あんたほんと最低ねっ!」


ぷりぷりと怒る御坂。
先日戦ったときのような憎悪に満ち溢れた彼女はもうそこにはいない。


「そういやアンタ、『一方通行』のことだけど…」


781 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:55:53.03 ID:4T5e0LYo [38/61]

思い出したように、麦野は問いかける。
御坂はわずかに俯き、頷く。


「…うん。あいつのしたことは許せないけど、当麻は帰ってきてくれたからね。
 『妹達』はもう死ななくても済むんだもん。だから当麻だったらきっと、あいつのこと許すと思うから…。
 それにね。あんたが…それを気付かせてくれたから…」


一瞬だけ間を置き。御坂は少しだけ悔しそうにそう言った。
割り切れない部分もあることだろう。だが、自分だけがそこに留まっているわけにはいかない。
きっと御坂は、麦野と戦い、託すことを決めたんだ。
『上条当麻』の運命や、『一方通行』の運命を、『麦野沈利』という一枚のコインに。
御坂美琴はそうやって、前に突き進んでいくことを怖れない人間だから。
麦野はそれ以上は聞かず、御坂を手招きし、二人で鉄柵に寄りかかって学園都市の夜景を見る。


「そう、余計なこと聞いたわね。それはそうと、何よ?何か用があるんでしょ?」


暗闇の中には、相変わらずポツポツと家の明かりしか見えなかった。
今度は自分が彼女の言葉を聴く番だ。キョロキョロと言い出すタイミングを見計らっているような御坂に、
麦野は自分から切り出してやった。


「うん、あのさ…麦野…さん?」

「麦野でいいよ。今更年下面すんな。アンタは私の宿敵。いつか決着つけるからね」


麦野はおずおずと話す御坂に隻眼で笑いかける。
御坂も力強く頷くと、夜の街を見下ろしながらポツリと御坂が呟く。


783 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:57:11.31 ID:4T5e0LYo [39/61]

「うん…。あのね、麦野。私を、あんたたちの仲間に入れてくれない?」

「はぁ?」


麦野は驚き御坂を見つめる。
せっかく暗部から引き上げてやったのに、また戻りたいと言うのか。
だが御坂の視線は揺らがない。


「あんた、言ったよね。暗部に堕ちた奴はもう戻れないって」

「そうだけど、アンタはそんなこと忘れて…」

「ううん、私、もう殺しちゃってるから…」


自分の掌に切なげに視線を送る御坂。
確かに、彼女はもう取り返しの着かないことをしてしまった。
暗部組織や関連施設、スキルアウトなど、御坂がその手で殺害した人間の数は既に浜面やフレンダ達など
比べ物にならないほど多い。
だが麦野は、別にそんなこと気にする必要はないと思っていた。
暗部の連中なんて、自分たちも含めて死んで当然なことを行っている人間の集まりだ。
だから他人を容赦なく殺せるし、相手だって自分を躊躇いなく殺しにかかってくる。
そう言った暗黙のルールが暗部にはあるのだ。
だからこそ、自分が死ぬ可能性を常に頭に入れておけない奴は暗部になんて関わるべきではない。


「『超電磁砲』 。アンタがクズ共の命を背負うことは無いんだよ。
 怖いの分かるけどさ、気にすんなよ」


麦野は平坦に言い放つ。御坂に暗部は似合わない。そう思った。


「そうなの…?」


784 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:58:22.07 ID:4T5e0LYo [40/61]

おずおずと御坂が訊いてくる。
麦野は御坂が迷わないよう、強く頷いてやった。


「そんなくだらねーこと考える前に、アンタは自分の身をしっかり守ること考えな。
 ま、アンタに勝てる奴なんて今や『一方通行』か私くらいのもんだけどね」


その麦野の言葉に、御坂がピクリと口元を引きつらせた。


「それは聞き捨てならないわね。私はあんたに負けたわけじゃないでしょ。
 そっちの女の能力がなかったら、どう考えたって私の勝ちだったわよ」


むにゃむにゃ寝息を立てる滝壺を指差して御坂。
麦野もその言葉にカチンときた。


「あァん?テメェこそ何言ってんだ?
 『アイテム』は私がリーダーなんだから、みんなの勝利は私の勝利なのよ」

「ジャイアンかあんたは。
 面白いじゃない。あんたには昔一回勝ってるし、演算能力の補強が無くたって負ける気がしないわね」


だんだんとヒートアップしてくる二人。


「勝っただァ?あの時の決着はまだ着いてないでしょが。
 ここでケリけてやったっていいんだけど。ク・ソ・ガ・キ?」

「望むところじゃないの。あの時あんた達は施設防衛を失敗してんだから私の勝ちに決まってるでしょ?
 どうしてそれが認められないのかしらねー。オ・バ・サ・ン?」


785 名前:暗部に堕ちた人間は、二度と戻れない ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 01:59:52.01 ID:4T5e0LYo [41/61]

額を突き合わせて睨み合う女が二人。
バチバチと空気震わせる音が辺りに響き渡る。
誇張などではない。本当に放電しているのだ。
だがひとしきり睨み合った後、麦野はため息をついて首を横に振る。


「くっだらない。何で私がアンタと無駄に喧嘩しなくちゃいけないんだか。ガキはもう帰って寝なさい。」

「私を子ども扱いしないでくれる?なによ急に年上ぶっちゃって…。
 あっ、そだ。一個訊きたいことあるんだけどさ」

「年上なの。敬え。…ったく、何よ?」

「さっきと言ってること違くない?まいいや、あのさ」


麦野は床に置いてあった水の入ったペットボトルを拾い上げて中身を飲み干す。
御坂も、フレンダがどっさり買ってきたビニール袋の中に残っていた烏龍茶のペットボトルを取り出して、
キャップを開けながら何気なく呟いた。


「『ドラゴン』て何?」


786 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:01:00.97 ID:4T5e0LYo [42/61]

麦野の動きが止まる。
手を下ろしながら思案した。絵本に出てくる怪物のことか?
だがそんなことをこのタイミングで麦野に問いかける意味が分からない。
御坂に視線を向けて麦野は首を傾げた。


「はぁ?アンタもメルヘン野朗がうつったんじゃないの?」

「違うわよ。『スクール』、『グループ』、『アイテム』、『メンバー』、『ブロック』…そして『ドラゴン』。
 他の組織の情報は結構掴んでたから知ってたんだけど、これだけ初めて知ったのよね」

「おいおい、そいつら全部学園都市の結構な重要機密よ。それを掴んだってだけでもヤバイのに…」


麦野の額に汗が滲む。
そう言えば、確かに確認するのを忘れていた。
御坂はネットワークへのハッキングを可能とする能力者だから、『グループ』や『アイテム』のことを知ったところまでは
よしとしよう。下部組織から出回って存在自体を知られるということも、まあ考えられない話ではない。
しかし、その御坂ですら知りえなかった情報。
存在すら誰も知らない、その組織。否、組織かどうかすらも分からない、得体の知れない存在。
麦野の体から酔いが急速に冷めていく。


「アンタまさか『ピンセット』…使ったんじゃ…」

「使ったっていうか、何なのか一応調べたら手の甲のとこにあったモニターが起動して…」

「『未元物質』が知ってしまった情報を、アンタも知っちゃったってことね」


麦野は焦りを隠すように忌々しげに笑った。


787 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:02:06.03 ID:4T5e0LYo [43/61]

「え、何?もしかして私結構ヤバイ?」


御坂は麦野の言葉に恐る恐る尋ねてくる。


「たぶんね。誰にも言うんじゃないわよ。何も見なかったことにしなさい」


このとき麦野はある考えを頭の中に思い浮かべていた。
しかし、それを口には出すことは躊躇われた。それは、太陽の下に戻ってきた御坂を、
再び闇の中に引き摺りこむものだったから。


「私…大丈夫なのよね?」

「まだその段階ならね。その情報を使ってアンタが何かコトを企てようって言うなら、もしそれを統括理事会に気付かれたら、
 また命を狙われることになるわ。もしかしたら私達にもアンタを殺せっていう仕事が回ってくるかもしれない」

「う、うん。肝に銘じとく」


御坂は神妙な顔つきでそれを聞いていた。
自分の心配と言うより、白井や上条などの周りの人間へ危害が加わることを危惧していると言いたげに。


「じゃあさ…こういうのはどう?」


それを見て、麦野は御坂の耳元で囁く。
御坂はふんふんと頷きながら、やがて驚きに目を見開き麦野を見つめた。
彼女からそんな提案を受けることになるなんて、夢にも思わなかったのだ。


「…それ、大丈夫なの…?」


おずおずと御坂が問いかけてくる。


789 名前:本当にそうか? ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:03:42.21 ID:4T5e0LYo [44/61]

「いい機会だと思ってたのよね。『未元物質(ダークマター)』のこともそうだし、何よりアンタと約束しちゃったから」

「でもそれってあんた達が…」

「誰に言ってんの?この私を飼いならしてるなんて思われてるのがムカつくのよね」


麦野の冷徹な視線に、御坂がゴクリと生唾を飲み込んだ。


「…なんて奴。ムカつくから?それだけの理由でそんなことするの…?」

「言っただろ?私は暗部に根っから染まってるクズだって。
 だからさ、アンタはただYESと言えばいい。お願いしますって、言ってごらん?
 そうすれば、私がアンタを本当の意味で救ってやるよ」


麦野は御坂に向けて手を伸ばす。
その悪魔の左手を。
麦野の不敵な笑みにゾクゾクと体を震わせる御坂。
これが暗部。愚か者の極致。闇の最奥。
自らをそう称するように、冷たい笑みを浮かべたまま麦野は嗤う。
沈黙する世界を嘲笑うかのように月明かりが二人を照らしていた。
ここはただの病院の殺風景な屋上のはずなのに、
どうしようもなく深い闇の底にいるかのような錯覚を御坂に与えていた。
その認識に間違いはない。
麦野は闇の底の底から、今、太陽を握り潰すべく手を伸ばすのだ。


791 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:05:20.79 ID:4T5e0LYo [45/61]

―――――


それから10日後、無事麦野は病院を退院した。
眼球と眼窩周辺の手術はまだ行われていないが、後日ゆっくりと回復させていくということで話もついている。
現在『アイテム』の面々は、麦野の退院記念パーティの計画をたてながら、いつものファミレスで麦野を
待っているところだった。


「結局、やっぱケーキはサバでしょサバ」

「超お断りです。それよりみんなで今度こそ映画を見に行きましょう」

「ゆっくりお昼寝パーティとかどうかな」

「それはただのお泊り会だ滝壺…。普通に隠れ家でわいわいやりゃあいいだろ?」


4者4様の思惑を交わらせつつ、今日も遠巻きにウェイトレスがヒキ気味の視線を送っている
平和なファミレス。
時刻は午後5時。秋も中盤に差し掛かり、外は夕焼けに染まり宵闇の中へと足を進めているところだった。
そこへ現れる人影が2つ。


「悪い、待たせたわね」

「あんた達騒がしいわねー。店員さん引いてるじゃない」


シャケ弁の入ったコンビニ袋を手に、右目に包帯を巻いた麦野が御坂を伴って現れた。


「おお、麦野。遅かっ……」

「む、麦野…その格好は…何な訳?」

「超天変地異が起こりましたね…。くわばらくわばら」

「むぎの、かわいい」


792 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:07:17.38 ID:4T5e0LYo [46/61]

4人は驚愕の視線で麦野を出迎える。
何故か。


「何よ?私が制服着てちゃいけない?」


淡い色のブレザーと、プリーツスカートに身を包んだ麦野がそこでぶすっくれて立っていた。
いつもの一番窓際席に入れてもらい、向かい側には御坂を座らせる。
ちなみに麦野が窓際が好きなのは、自分でドリンクバーに行かなくてもいいからである。
麦野が学校の制服を着てこの場に現れることなど今までに無かったものだから、皆
未だに口を開け放ってその様子をただ見ていることしかできなかった。


「学校、行ったんだね」


滝壺が切り出す。嬉しそうな笑顔が顔に浮かんでいた。


「気が向いたからね。クラスの奴ら私が教室入るなり初めて火を見た猿みたいな顔してたわよ。
 あームカつく」


シャケ弁を取り出しながらそう言う麦野。
だが言葉とは裏腹にさほどイライラしている様子はない。
滝壺は優しく「そっか」と頷いた。
やがて割り箸を割ろうとしたところで、浜面からの視線に気付き、麦野はそちらを見る。


「…何よ?」

「…い、いや…制服の麦野も可愛いなと思ってさ」


793 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:08:08.89 ID:4T5e0LYo [47/61]

浜面の正直な言葉に、麦野の顔が見る見る赤らんでいった。


「ば…ばか…恥ずかしいこと言うな…ばか!」

「ばか=嬉しい愛してると解釈すれば良い訳よ浜面」 

「そ、そうだな。そうする」


茶化すフレンダ。
その言葉に麦野はますます頬を紅潮させていった。


「変なこと言わないで!」

「おやぁん?麦野ぉ、あれから浜面とは毎日逢ってる訳だし、何回くらい好きって言ったのかなーん?」


気持ち悪い口調でニヤけるフレンダに、麦野が口に運ぼうとしていたシャケをポロリとご飯の上に落とす。


「超詳しく聞きたいところですね。二人はデートはどこに行ったんですか?」


絹旗がそれに続く。
御坂や滝壺の興味深げな視線が鬱陶しい。


「まだ…どこも。入院してたし…」



794 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:09:14.02 ID:4T5e0LYo [48/61]

正直に答える麦野だった。
実際、麦野はもう毎日初めてのデートはどこに行こうかということで頭の中が一杯だった。
特別なことなんてしてくれなくていい。二人で一緒にいられるなら、それでいい。
麦野沈利はこれでも乙女である。
ギャグではない。
普段の言動からは欠片も想像できないだろうが、彼女にも一応彼女なりの理想や妄想があるわけである。
ありきたりな遊園地や水族館に行ってみたいし、誕生日には一緒にケーキを食べたりしたい。
他愛の無い会話をしながらショッピングに出かけて、浜面とお互いの洋服を選びあったり、手を繋いで歩きたい。
クリスマスの夜は大きなツリーやイルミネーションを見に行ったり、
大晦日に一緒にカウントダウンをして新年の一番最初に会って今年もよろしくと言い合いたい。
月並みと言われようが構わない。あれからずっとそんなことを考えていた。
今はとにかく二人の時間をゆっくりと紡いでいきたいというのが、ただの女の子麦野沈利の率直な意見だった。


「ま、まあ退院したし。どこ行くか二人で考えようぜ」


浜面も照れくさそうに言う。


「う…うん。楽しみにしてる」


もそもそシャケ弁を食べながらボソボソと答える麦野。
それを見た絹旗とフレンダの二人がいやらしい笑みを浮かべて互いに顔を寄せ合う。


「あらやだ聞きました絹旗さん?二人で、ですってよ?」

「ええ超聞きましたよフレンダさん。いちゃいちゃしちゃって鬱陶しいですねぇ」

「うるせえばか!アンタ達はもう黙ってろ!」


顔を真っ赤にして怒られても普段の麦野に比べれば全然怖くない二人。
しばらくニヤニヤして麦野の照れ顔を堪能した後、満足げな顔で麦野が弁当を食べ終わるのを待つ。
やがて箸を置いた麦野がお冷を口に含み、グラスを置くと、一同は真剣な顔つきで彼女の言葉を待つ。
ピンと張り詰めた空気が急速に一同を包み込んでいく。


795 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:10:03.85 ID:4T5e0LYo [49/61]

「…さて。仕事の話だ」


麦野は不敵に笑う。
先ほどまで頬を赤く染めていた純情な少女はもうそこにはいない。
傍から見ればただの仲良しグループが談笑しているようにしか映らない。
ファミレスの喧騒に紛れて、麦野達は御坂も含めて暗部の顔へと切り替わる。


「私たちの次の仕事は、

 『御坂美琴の護衛』。

 依頼者は御坂本人」


空気は留まることなく張り詰める。


「むぎの、どういうこと?御坂はもう暗部とは関係無いはずじゃ…」


滝壺が尋ねてきた。すかさず麦野は頷き答える。


「そんなわけないでしょ。
 御坂は今後しばらくは暗部に追われる立場になる。あれだけのことをやらかしたんだから当然ね。 
 その追っ手からこいつを守るのが、私たちの仕事だよ」



796 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:10:41.15 ID:4T5e0LYo [50/61]

続けて絹旗が手を挙げる。


「それは分かります。御坂が暗部から超追われるということは、私たちにもそういう指令が来るんじゃないですか?」

「かもね。だから先手を打った」


麦野はあっさりと言い放つ。まるで『上』からの指令に抗うように。

「御坂を『アイテム』の保護下にいるとなれば、他の暗部組織の連中は迂闊に手を出せないし、
 一応『電話の女』の許可もとった。
 渋々だったけど、『上』もまだ積極的に御坂を殺したいわけじゃない。レベル5にはいくらでも利用価値があるからね」

「じゃあさ麦野、結局、麦野はどっち側につくの?」


フレンダが問いかける。神妙な顔つきで。
この仕事は、ただの護衛任務ではない。統括理事会の方針の変更次第では、
御坂を速やかに処分する判断が下される可能性だって無いわけではなかった。
だから麦野達『アイテム』の学園都市における立場を明確にして行動指針を決めなくてはならない。
いざという時、『上』の尖兵として動くのか、仕事内容である御坂を守ることを優先して動くのか。


「決まってるでしょ。私はここに立っているんだから」


麦野の言葉は、一同を驚嘆させるに値するものだった。
何故ならば、それは麦野が己の価値観と判断によって行動するという、
暗部組織として最もとってはいけない第3の選択肢だった。


797 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:11:29.49 ID:4T5e0LYo [51/61]

「麦野。あんた、本気なのよね?」


御坂が確認するように、ポツリと呟く。
麦野は惨劇のように微笑んだ。


「当然よ。『上』が『私たち』を食い殺そうとするなら…相手になってやるわ」

「マジかよ…それってつまり、学園都市暗部に喧嘩を売るってことか?」


浜面がゴクリと唾を飲み込む。
みな呼吸の止まったかのように張り詰めた顔で麦野を見つめていた。


「違うわ…。私たちのするべきことは今までと何も変わらない。
 『上』からの指令通りに命令をこなしていく。だけれど…一つだけ違うことがある」


淡々と、だが不気味なまでの冷静さで麦野が言葉を紡いでいく。


「私たちは『上』の便利な『道具(アイテム)』を辞める。
 結果として彼らの望む通りの行動を続けるけれど、私たちの行動指針は私たちが決めるのよ」

「どうして…そんなこと?」


滝壺が平坦な声でぼんやりと尋ねた。
麦野は優しく彼女に微笑み返す。


「このままいいように使われて、ゆっくりと潰されていくのはムカつくじゃない?」


798 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:12:31.34 ID:4T5e0LYo [52/61]

その言葉に、一同は麦野の心中を少しだけ理解した。
麦野はきっと、滝壺を救うことも念頭に入れてこれから動き始めるのだろう。
麦野は土御門の言葉で迷いを与えられ、人知を超えた手段で蘇った垣根を見たとき、決心した。
このままいけば、自分たちもあのような哀れな末路を辿ることになると。
仲間のそんな姿を、麦野は絶対に見たくはなかったのだ。
だから決めた。
土御門達と同じように。
『上』の連中を出し抜き、あるはずの無い勝利条件を探してこの手で掴み取る。
これは離反でも、暴走でもない。


「『ドラゴン』」

「麦野、あんた…」


御坂が驚きに目を見開く御坂。


「みんな、よく覚えておいてね。これが私たちの反撃の糸口。
 ああ念のため訊くけど、辞めるならいまのうちだよ?
 私はアンタ達を守る。何があっても、絶対に。
 緩やかな崩壊を、止めてみせる。私一人でもね」


麦野が真っ直ぐに全員を見据えた。
誰一人として目を逸らさない。
それどころか、やがて皆くすくすと笑みを滲ませて麦野を見つめ返す。


799 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:14:09.92 ID:4T5e0LYo [53/61]

「そうまで言われて、じゃあ辞めますなんて言えるわけないじゃないですか。
 麦野がやるなら、私も超やりますよ」

「愚問ってやつだね。麦野となら結局、地獄の底までだって一緒に着いていきたい訳よ」

「むぎのが私たちの居場所を守ってくれるなら、私も、むぎのの居場所を守るよ」


口々にそう言う『アイテム』の正規メンバーが三人。
口に出さなくたって、麦野が考えていることなんてすぐ分かると言いたげに。


「面白いじゃない麦野。ほんとあんたって、性格悪いわよね」


興奮したように肩を上下させながら頷く『アイテム』の協力者が一人。
自分勝手で理不尽。だからこそ、その矛先が敵に向けられたとき、同じ方向を向く者達には心強くもあった。


「何が待ってんのか分からねえし、どうなるかも分からねえ。
 でも、出来るって信じるしかねえよな。そうだろ、麦野?」


そして『アイテム』の下っ端が一人。
麦野はいつだって気まぐれで、わがままだ。
だけど、そんな彼女の行動の先に、あるはずの無い未来が見えるとするなら。
それを信じてみるのは決して悪いことじゃない。
全員が瞳の奥にギラギラとした暗黒の光を称えて笑みを滲ませる。
不気味な様相を呈して、彼らが所詮暗部に堕ちた人間でしかないことを証明するかのように。


800 名前:ハッピーエンドに変わりは無い ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:16:08.31 ID:4T5e0LYo [54/61]

「決まりね。着いてきなさい、そろそろ反撃するわよ。
 この私を怒らせたことを、あいつらに後悔させてあげるんだから」


最後に麦野が煮え立つように嗤う。
そう、彼女たちは紛れもなく暗部の人間。
突けば壊れる砂上の楼閣のような存在。
だが、それはとうに昔の話。
いまや彼女たちはとてつもなく膨大な一つのうねりとなった。
闇を為して闇を欺くために。
かくして一連の物語は幕を閉じる。


上条当麻は「誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者」。


一方通行は「過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者」。


浜面仕上は「誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者のためにヒーローになれる者」。


失われたはずのヒーロー達は元の巨大な流れの中へと戻り、予定調和の物語を再び紡ぎだす。
そして二人のレベル5。
『原子崩し』と『超電磁砲』が交錯するとき物語は再び始まる。
完成されていたはずのこの街の未来に、一つの亀裂が入り、ジワリジワリと腐食させるよう侵食を始める。
今、『アイテム』という、不気味なイレギュラーが、この学園都市に産み落とされた。


――――――――――

―――――――

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802 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:17:30.83 ID:4T5e0LYo [55/61]

皆さんこんにちわ。フレンダです。
今日は皆さんに、とても重大な事件が起こったことをご報告しなくてはなりません。
それは何か。


「そう。今日は麦野と浜面の初デートな訳よ」


フレンダ達は今、カップル達が賑わう街中で、そわそわと腕時計を眺めながら嬉しそうに待ち合わせ場所に立つ麦野を
少し離れた場所にあるオープンカフェから眺めていた。


「フレンダ…誰に喋ってるの?」


アイスレモンティーを啜る滝壺が、ブツブツと独り言を呟くフレンダにそう問いかけた。


「いやなんでもないよ滝壺。それより御坂、何であんたもいる訳よ?」

「るっさいフレンダ。当麻と出かけるときに参考に…じゃなかった、暇だったからよ!悪い?!」


冷たいレモネードをズビズビと飲み干しながら、最近『アイテム』の面々と行動を共にすることの多い御坂が
慌てたように弁解する。
いい店やポイントがあれば、自分が上条と行くときにも利用しようという魂胆であることは
フレンダはとっくにお見通しであったが、御坂は麦野同様想い人に関することでいじると
とても面白いので、恋が成就した麦野の代わりに彼女をからかうのが趣味になっていた。


「でも、こうしてみると超感慨深いものですね。ここまで来るのがどれだけ大変だったか」

「そうだね…。むぎの可愛い…」


804 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:18:48.69 ID:4T5e0LYo [56/61]

しみじみと絹旗が言い、滝壺も優しい笑みを浮かべてそれに同意する。
麦野が浜面との初デートの日取りを決めたあとはそれはそれは大変だった。
浜面と行く場所や内容については二人で考えたようだが、着ていく服から、当日のデートプランから、
とにかくパニック状態に陥った麦野がフレンダ達に助けを求めて大騒ぎだったのだ。
だが一同のかいがいしい世話焼きの結果、髪は美しく纏まり、服もいつにも増してよく似合い、
化粧のノリもバッチリで、遠目から見ても通常の5割り増しくらいで今日の麦野は綺麗だった。


「まだ30分前なのにあんなにニコニコしちゃって。結局、麦野の乙女っぷりは見てるこっちが恥ずかしい訳よ」


頬杖を突きながら、フレンダがやれやれと呟くと、他のみんなもつられるようにクスクスと笑い始めた。


「あ、浜面来たわよ」


御坂の視線の先に、小走りで麦野に駆け寄る浜面の姿。


「ほんとだ。はまづら偉い。むぎのをほとんど待たせなかったね」


滝壺が関心したように微笑む。


「浜面のくせに、なかなかやりますね。超関心しました。これで私たちも安心して帰れますね」


絹旗がふうと吐息を漏らして胸を撫で下ろす。


(ほんと、世話のかかる子だね、麦野は)


806 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:20:21.94 ID:4T5e0LYo [57/61]

そう思いながらも、フレンダは満更でもない笑顔を浮かべる。
こんなに愛らしくて、素直な麦野とだったら、どこへでも行ける。
そんな風に、フレンダは思った。


「さ、帰ってきた麦野達を冷やかす楽しみが出来た訳だし。帰ろうか」


フレンダのその言葉に、ぽつぽつと席を立つ一同。
麦野と出会えってくれたことを、フレンダは浜面に感謝する。
傲慢なレベル5の女王様を変えたのは、他ならぬレベル0の凡人だった。
言葉にすれば陳腐かもしれない。
でも、フレンダは想う。

とても素敵な結末を、見せてくれてありがとう。

麦野を好きになってくれてありがとう。

他人を遠ざける、孤独な彼女を救ってくれて、ありがとう。


「ほんと、よかったね、麦野―――」


カフェから出て、寄り添い歩いていく二人の姿を見る。
とても幸福な笑みを浮かべた麦野の姿。
その麦野の後姿は、今まで見たどの彼女の姿よりも、麗しく煌めいていた。


 ―――麦野はこれからも、恋をしていくんだね


810 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 02:26:40.83 ID:4T5e0LYo [58/61]
以上です。
エピローグに関しては蛇足のおまけなので特に何も言うことはありません。

この先もヴェントと上条さんが戦ってる裏で暗躍する麦野とか色々書きたいんですが、
まだネタが全く思いつかないのでとりあえずはここで幕引きとさせて頂きます。
このスレはもうしばらく置いておきます。

というのも、最後の麦野と浜面の初デートはヤマもなければオチもないいちゃいちゃするだけの二人で
よろしければちょっとちゃんと書きたいなとw

何日か経っても全く筆が進まなければ大人しくhtml化依頼してきますのでw

麦野と浜面のいちゃらぶネタがある方はぜひ書くなり吐き出すなりしてください。
俺が超ニヤニヤします。

ではではここまでお付き合いありがとうございました。
また機会があればどこかで

833 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 04:43:41.83 ID:4T5e0LYo [59/61]

おまけ

時刻は夕方。
退院後、麦野は浜面に車で家に送ってもらい、浜面は入院中病室に置いてあった麦野の着替えや私物を
自室に運びこんだところだった。

「ありがと。助かった」

ダンボール一箱を部屋の隅に置いてもらい、麦野は浜面に微笑みかける。

「なんのなんの。じゃ、退院したからって調子乗って夜更かしすんなよ?それじゃな」

カラッと笑顔を返して浜面は部屋を出て行こうとする。
その手を、麦野が強く掴んだ。

「お茶くらい飲んでいきなよ…」

頬を赤くし、おずおずとそう言う麦野。

「お、おう…」

浜面も落ち着かない様子で頷く。
お茶くらい、なんて言うのは建前だ。
いつもは病院の中だし、フレンダ達も退院するまで毎日お見舞いに来てくれていた。
それはとてもとても嬉しいことだったし、彼女達との他愛無い会話も麦野にとっては
幸せな時間だった。
だが、麦野と浜面は付き合ってまだ十日のカップル。
告白した日以来キスだってしていないし、それどころか二人きりになる時間もほとんど無かった。
毎日夜遅くまでのとても人には見せられない鬱陶しいメールだけが、彼女達の二人だけの会話だった。
つまり何が言いたいのか。
要は、今日から人目を気にせず思い切りいちゃいちゃ出来るってことだ。

「お待たせ」


834 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 04:45:39.35 ID:4T5e0LYo [60/61]

何気なく礼を言う浜面。
もう言うまでもないと思うが、彼は心中も下半身的な意味でも大変なことになっていた。
初めて入る麦野の部屋。
クローゼットに入りきらない無数の服や装飾品やバッグ。
室内はとんでもなく良い香りがするし、起き抜けのままの状態のベッドが生活感を感じさせて
妙に生々しい。ついキョロキョロと室内を見回してしまう。

「………」

沈黙する二人。お互い純情過ぎて何をすればいいか分からない。
子供ではないのだから、少し訂正しよう。どこまで踏み込んでいいのかが分からないのだ。

「の、飲まないの?」
「お、おう、飲む。ズズーッ…うまいな」
「それ結構好きなんだ」
「そうなのか」
「うん」

沈黙。

(な、何話せばいいの…?紅茶の話なんかしたって浜面はつまんないだろうし…)
(どうすりゃいいんだ…。麦野の好きそうな話題ってなんだ…?服とかそんなの分からねえし)

妙に緊張感のある空気が室内に流れる。
遂にその空気に耐え切れなくなったか、先に動いたのは麦野だった。

ピトッ
「!」

ソファにもたれかかるようにして座っていた麦野が、ほんのわずかに浜面の方へと距離を詰め、
膝に乗せられていた彼の左手に自らの右手を重ねる。
浜面は麦野を直視できず、所在無さげに紅茶を啜り続ける。
麦野も耳まで真っ赤になって俯いた。

(…何やってんだ私は…。ここからどうしよう…。手握っちゃったよ…)
(何が起こっている…?おちけつ…。よし、俺も男だ。麦野にやられっぱなしな訳にはいかねえ)

スッ…ピトッ
「!」

上に重ねられた麦野の右手から左手を抜き取り、彼女の右手の上に重ねる。


835 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/05/03(月) 04:51:13.51 ID:4T5e0LYo [61/61]

(…何やってんだ俺は…。上下入れ替わっただけじゃねえか…!)
(…浜面の手、大きいな。それに温かい。…よし)

ピトッ
「うぉ!」

今度は自分の右手を握る浜面の左手の上に自分の右手を重ねる。

(三段重ね完成よ!…ってアホか私は。変な奴だと思われたりしてないよね?)
(…負けず嫌いなのか?俺に手を押さえられてるのが嫌なのか?…麦野怒ってないよな?)

手が三段に重ねられたおかしな体勢で、チラリと同時に互いを見る。
バチリと視線が合い、二人は慌ててそっぽを向いた。

(何でこっち見てんのよ!どうしよう…)
「なあ、麦野」
「ひゃっ!」

浜面に声をかけられ、肩を跳ね上げる麦野。
恐る恐る彼を見ると、彼は少し照れくさそうに言った。

「紅茶、お代わりもらえるか?これ美味い」

麦野が好きなものを褒めることで機嫌を回復させようという作戦に出た浜面。
麦野は別に機嫌が悪いわけではなかった。しかし、彼のその言葉に、麦野は綻ぶように笑う。

「いいわよ。ちょっと待っててね」
「ありがとな。喉かわいてたんだ」

テーブル上のポットを手に取り、彼のカップに注ぎながら、麦野は次第に緊張が解けていくのを感じていた。

(私に気を遣ってくれたのかな…。何焦ってたんだろね私)
(お、意外と怒ってねえ。ま、焦ることねえか…)
(私たちには…これからたっぷりと時間があるんだもんね)

二人の仲進展していく速度は、きっと途轍もなく遅い。
だけど、別にいいじゃないかと麦野は思う。せっつかれて進める関係なんかじゃない。
焦る必要なんかどこにもないんだ。
私の速さで、浜面に近づいていこうと、麦野は淡い決意を胸に微笑を浮かべた。


以上で。
初デートに関してはまだ確約はできませんw
けどとりあえず書き始めてみます。では。


コメント

No title

なんて良い話なんだ

No title

このSSかまちーに見せても問題無いんじゃないか?マジで素晴らしかった

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