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麦野「・・・浜面が入院?」

754 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/04/10(土) 22:31:56.60 ID:Kxgt7wk0 [2/26]


―――――



野犬の遠吠えのように低く唸る夜空に、また一つ、大きな雷がほとばしる。

いつの間にか、雨は止んでいたものの、風は依然として強く吹き荒んでおり、

晒された草木は怯え、人々の住まいの光は怪しく揺れていた。

そんな住宅街とはかけ離れた、人気のない工場地帯。

一つの廃工場にポツンと灯りが寂しくついていた。

遠くからでも分かるくらいの明るい光。

その工場の中に黒い同形状のワゴンが三つ止められている。

一つは、対能力者として開発された装置『キャパシティダウン』を乗せたもの。

もう一つは、青髪の男が少女拉致のために乗ってきたもの。

そして、あとの一つは、この場に最も不釣合いな無能力者の少年が乗ってきたものだ。

そのワゴンに背を預けたまま、浜面は拳銃を黒髪に向け、口を開く。



「さてと、まずは『キャパシティダウン』とやらを止めてもらおうか」



不意打ちの先制攻撃が成功し、完全優位の浜面。

得体の知れない少年に対し、黒髪は異物を見るような目で様子を伺いにかかる。

755 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 22:38:17.64 ID:Kxgt7wk0 [3/26]


「・・お前は誰だ、能力者か?」


「んなこたぁ、どうでも良いんだよ、さっさと止めろって言ってんだよ」



チッと黒髪は小さく舌打ちする。

無用な話で時間稼ぎをしようとしたが、この男はひっかからないようだ。

見た目に反して、なかなか頭がキレるのだろうか。



「(さて・・、どうするか・・)」



彼は武器の一つも携えていない丸腰であり、拳銃に対抗する手段がなかった。

同じく拳銃を持っていた同僚の金髪は、浜面が突撃してきた際に、

両肩に二発もらっており、とても応戦できる状態ではない。



「アン、タ・・何で『キャパシティダウン』のことッ・・?」


「電話越しに聞いたんだ、雑音が酷くて詳しいことは聞こえなかったんだけどな」


756 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 22:45:42.04 ID:Kxgt7wk0 [4/26]


痛みのせいで頭を抑え続けている麦野にボソリと呟く。

浜面が顎で指した方向に、一つの携帯電話が落ちていた。

滝壺のものだ。

彼女が浜面に電話したとき、金髪によって会話は中断されてしまったが、

落ちた携帯はまだ通話中だったため、電話相手の浜面にこちらの様子が筒抜けだったらしい。

何にせよ、あの電話があったからこそ、浜面がこのタイミングで到着してくれたのだ。



「止めないっていうんだったら、アンタの頭に風穴が空くことになるが・・どうするよ?」


「やれやれ、それは勘弁してほしいね」


「だったら早く何とかしろっての、口より手を動かせよ」



動くなと言ったり動けと言ったり、無理な要求をする少年に対し、

心臓を握られていることとほぼ同義の行為をされているにも関わらず、冷静沈着な黒髪。

その呼吸は落ち着いている、自然そのものだ。

無表情のままの黒髪が、ふと口を開く。



「ところで、一つ言っておいていいか?」


「?」




757 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 22:54:48.28 ID:Kxgt7wk0 [5/26]


「君はもう少し、周りを見た方が良いと言われたことはないか?」


「あァ?」



黒髪の視線が、浜面の背後を見るように僅かに動いた。

その動きに浜面が反応したその瞬間、ドバン!と鉄板を潰したような音が背後から聞こえる。

何か重いもの、人が着地したような音。

振り返る余裕はない、浜面は水に飛び込むように前方へ跳躍した。

彼が居た場所に、真上から弾丸が一発撃ち込まれる。

あと一秒遅れていたら、銃弾により身体が頭から縦に割れていたというタイミング。



「惜しいねぇ」



浜面が乗ってきたワゴンの上に、拳銃を持った青髪が居た。

振り返りざまに拳銃を一発、二発と発射する。

その内の一発が青髪の持っていた拳銃に運よく当たり、それは勢い良く弾け飛ぶ。

拳銃一丁により、絶対的優位に立った浜面はもう一発お見舞いしようと引き金に手をかけるが、


759 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:03:50.80 ID:Kxgt7wk0 [6/26]


「させねぇよ」


「ッ!?」



それを黒髪が許さなかった。

走りこんできた黒髪の鋭い右のハイキックが浜面の手に命中し、

彼の手に握られていた拳銃は、ポロリとその場に落ちる。

すかさず、黒髪の左の後ろ蹴りが浜面の身体を横から薙ぎに行く。

咄嗟に姿勢を低くして二撃目をギリギリで回避し、落ちた拳銃を拾い上げようとするも、



「ふっ!」



ワゴンの上から飛び降り、体勢を立て直した青髪がしゃがむ浜面の顔面を蹴り上げようと動いた。

あと少しで拳銃に手が届くというところだったが、

止むを得ず後方に飛んで、何とかそれをやり過ごすも、再び黒髪が横から迫る。


761 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:15:05.02 ID:Kxgt7wk0 [7/26]


「くそっ・・!」



息をもつかせぬ連打をギリギリでかわし、防ぐのが精一杯だった。

速度のある二人の攻撃をかわしながら、攻撃に転じるのは難しい。

だからといって防いでばかりでは一向に事態は好転しない。

相手はただの喧嘩屋ではない、隙のない攻撃とコンビネーション。

拳銃を手放し、大した体術を持たない浜面である以上、長引けば結果は見えている。

だが、対抗する術がない。

そのとき、浜面の目が奥に黒光りするものを捉えた。



「そんなに頑張る必要もないだろうねぇ・・」


「しまっ・・!」



青髪の手には拳銃が握られていた。

恐らく、金髪の男が持っていたものを拾ったのだろう。

黒髪とやり合っているうちに、いつの間にか優劣は逆転していた。


762 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:18:59.44 ID:Kxgt7wk0 [8/26]


「見た感じ、無能力者だねぇ・・売っても大した金にはならないから、ここで死ぬと良いよぉ」


「く、そっ!?」



助かる可能性は限りなくゼロ。

銃口は自分の額を真っ直ぐに捉えていたからだ。

それを受け入れるかの如く、身体が硬直して動かない。

目が強張り、胃が締め付けられるようにキリキリと痛む。

そして、青髪がその引き金に指を置いた、



「な゛っ、あがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



余裕をチラつかせていたその顔は、苦痛に大きく歪む。

一筋の光線が青髪の右肩に容赦なく叩き込まれたからだ。

誰が放ったかなどは考えるまでもない。

小さくも、十分な致命傷となる赤黒い穴を開けられ、絶叫しながら後ろに倒れこむ青髪。

弾が発射されることのなかった拳銃は再度、床に落ちる。


763 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:20:35.95 ID:Kxgt7wk0 [9/26]


「麦野っ!」


「この女ッ・・、この状況でまだ・・!?」



予想外の攻撃。

黒髪が目を向けた先には、這いつくばりながらも手をかざしていた麦野が居た。

『キャパシティダウン』が効いたこの状況で、ずっと照準を合わせていたらしい。

イチかバチかの苦し紛れの攻撃が浜面の命を救った。



「や、れェェェェェェェェェェェっ!!!!」



叫ぶ麦野。

僅か数メートルの二人の差は一瞬で詰められる。

麦野に目を奪われていた黒髪の顔面に、浜面の強力すぎる一撃が牙を剥いた。

迷いなく振るわれたその拳は黒髪の鼻先を確実に捉える。



「ごぷっ、ぐうううううううううっ!!!!?」



「ら、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」



生肉に指を突っ込むような不快な感触と共に、

骨が砕かれるような嫌な音を立て、浜面の拳は侵食していった。

特急列車にぶつかったかのような勢いで黒髪が吹っ飛び、

浜面の乗ってきたワゴンのドアに背中からぶち当たると、

重力に引きずられるように、ズルズルと力なく落ちていった。


764 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:23:58.19 ID:Kxgt7wk0 [10/26]


「・・ハァ、ハァ」



たった一分弱の攻防でありながら、

その中で研ぎ澄まされていた神経は今にも擦り切れそうだった。

いずれの敵も死んではいないものの、戦える状態ではないはずだ。

数の上では絶対的に不利な状況だったが、辛くも勝利した。

鮮血に染まったその右拳をポケットに隠したまま、

戦いの最中に落とした自分の拳銃を左手に、うつ伏せに倒れた麦野に歩み寄る。



「・・大丈夫か、麦野」


「さっ、さと・・、止めっ・・!」



ハッとしたように立ち上がる。

まずは『キャパシティダウン』を止めることが最優先だ。

麦野が指差した方向に、大きな黒いワゴン車が止めてあった。

あれが『キャパシティダウン』なのだろう。

装置の前に居る少女は、音波の衝撃が大きすぎたのだろう、気を失っているようだ。

大して動いていないにも関わらず、その身体は立つこともままならないような疲労感に満ちていた。

だからこそ、それに気付けなかったのかもしれない。


765 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:25:12.74 ID:Kxgt7wk0 [11/26]


気付いたときには遅かった。

それは完全に頭の外に追いやられていた第三者の襲撃という事実。

大きな音と共に、無慈悲な凶弾が浜面の左肩を通過していった。



「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ・・!!!!」



工場内に響きわたる猛獣のような悲鳴。

麦野がその悲鳴を聞いて頭を上げたとき、既に彼は倒れていた。



「浜面・・?」



最後の希望が無残にも散った瞬間だった。

彼の一直線上にはライフルを持った短く刈り込んだ赤髪がチラリと見える。

浜面が侵入した方の入り口ではない、反対側の出口に居た男はボソリと呟いた。


766 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:26:06.85 ID:Kxgt7wk0 [12/26]


「あれ、心臓狙ったんだけどな」


「(新手、かっ・・・!?)」



敵はその目に見える数だけ、という油断。

命懸けのシーソーゲームは再び相手が優勢となった。

寝起きのようにも見える目をした赤髪の男はのんびりと口を開く。



「何やってんのよ・・、もう研究所に行く時間じゃなかったっけ・・?」



軽々とした口調で独り言を呟きながら、工場に踏み入る赤髪。

ライフルで自分の肩を叩きながら、周りを見渡し、歩を進める。

血が溢れ出る左肩を抑えながら呻く浜面の横を通り過ぎ、

工場の真ん中に止められていたワゴンの傍でのびている黒髪に話しかけた。



「おーい、生きてるかーい?」


「てめぇの遅刻癖はムカつくほどのタイミングで発動しやがるな・・」


767 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:28:42.28 ID:Kxgt7wk0 [13/26]


血だらけの口元を抑えながらも、しゃがんでいた赤髪の肩を支えにゆらりと立ち上がる黒髪。

口内に鉄の味が広がっていく。

それは敗北の味。

真っ赤に充血した目には憎しみの光が揺れる。

息を荒げながらも、狂気の笑みを浮かべ、それに近づいていく。



「ククッ・・、おい、さっきの威勢はどうしたよ」


「ぐっ・・がは・・!」



痛みに耐えながらも立ち上がろうとする浜面を、黒髪が勢い良く蹴りつけた。

防ぐ術もなく、跳ね返ったように倒され、ゴロゴロと転がる。



「クハハッ、悪いな、まだ仲間が居るって言ってなくてよ。

 ・・奥の手は最後まで取っておくものってこったなぁ」


「クソッ、がっふ・・・、タレがっ・・!」



反抗の眼差しを向けながらも、その動かない身体は容赦ない蹴りを受け続ける。

そのとき、赤髪が何かに気付いたように声をあげた。


768 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:30:55.24 ID:Kxgt7wk0 [14/26]


「ん、おい、コイツ・・浜面じゃないか?」


「・・あぁ、何処かで見たような顔だと思えば、駒場ンとこの奴かぁ?」



ヒャハハハ、と血を垂らした大口を開けて、高々に笑い出す黒髪。

彼らは浜面と同じスキルアウト出身の暗部組織。

当時、最も大きなスキルアウトの集まりの幹部だった浜面を知っていても不思議ではなかった。



「そうか、今はもうブッ壊れちまったあのゴミ溜めに居た一人か・・カハハッ!」


「ん、だとッ・・!?」


「はみ出し者のスキルアウトの癖にわらわら群れやがって、

 大勢で居なきゃ何もできない連中がゴミ以外の何だっていうんだよ?」



それは最大の侮辱だった。

自分が馬鹿にされるのは耐えられる、蔑視されることには慣れているから。

それでも、同じ釜の飯を食べた仲間たちのことを貶されることだけは絶対に許せなかった。



「てめぇも同じだろうがッ・・!」


「ふん、お前らのせいで俺たちみたいな派閥に属さないスキルアウトは肩身の狭い思いをしてきたもんだよ」



長い間、募っていた不満をブチ巻けるように蹴りつけ、踏みつける。

身体を捩らせながらも、逃げるわけにもいかず、逃げることもできず、呻き続ける浜面。


769 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:32:09.08 ID:Kxgt7wk0 [15/26]


「知ってるぜ、あの集まりが壊滅した理由も。

 お前がヘマしちまったんだよなぁ、浜面仕上ッ!」


「がはッ!?」


「無能力者でも有能な奴と無能な奴は居るもんだ。

 実力も人望もない奴の末路っていうのは惨めで目も当てられないねぇっ!」



心の底に封じていた想いが再び浮かび上がってくる。

自分に対する人望。

求心力。

思い出されるのは、先日、入院する原因となった元スキルアウトの同僚たちとの喧嘩。

あのときと同じだ。



「そうだ、どうして俺たちがお前たちとあのガキが一緒に居たことを知ってるか教えてやろうか?」


「・・?」


「お前が乗ってきたあのワゴン、一昨日に俺たちから奪ったものだろ?」


770 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:35:25.84 ID:Kxgt7wk0 [16/26]


それは少し遡り、一昨日のことだ。

「アイテム」の任務が無事終わったは良いものの、浜面の不注意で移動手段のワゴンが爆破され、使用不能になっていた。

そのため、近くにあった組織側のワゴンを奪い、帰宅手段を確保。

確かに浜面はフレンダとの通話の際、「厄介なことがあった」と言っていた。

そのときのいざこざのことだったらしい。



「・・あそこに倒れてる雑魚をふんじばって奪ったみたいだがな、

 あのとき、アイツはそのワゴンに発信機と盗聴器を車内につけていたのさ」



雑魚のくせに意外と良い仕事しやがるよ、と補足する。

黒髪が指差したのは、麦野に真っ先にやられ、うずくまったままの緑髪の少年。

浜面は車内に居た彼を打ち倒してワゴンを奪ったのだが、それが仇となったようだ。



「盗聴器のおかげであのガキがお前らの手に渡ったのを知ることができた。

 発信機で児童施設にガキを入れようとしてることも分かった」


「ぐッ・・!」


「要するに、この状況はお前のヘマが作り出しちまったようなもんなのさ。

 身の程を知れよな、この役立たずがァッ!」


771 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:37:03.36 ID:Kxgt7wk0 [17/26]


致命傷は与えぬよう、身体の節々を狙い、踏みつけていく。

肩を、膝を、手を、足先を、関節を。

その度に浜面は呻き、叫び、ただ嬲られるだけだった。

数分に渡り暴行を加え続けすっきりしたのか、スイッチが切れたかのように動きを止める。



「さってと、これ以上時間を潰すのは良くねぇな・・。

 おい、あのガキ連れてこいよ、面白ぇことをやってやる」


「ん、何をするつもりだよ?」


「良いから。連れてこいよ」



はいはい、と面倒くさそうにその場を離れる赤髪。

「キャパシティダウン」のすぐ前で気を失っている少女に歩み寄ると、

椅子に拘束されたままの彼女の頬をバチバチと叩き、目を覚まさせる。

目を覚ました瞬間に、未だ響き続ける音波のせいか、彼女は再び悲鳴をあげ始めた。

椅子ごと少女をひきずり、黒髪と倒れた浜面の元へ。


772 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:38:38.86 ID:Kxgt7wk0 [18/26]


「仕上・・、お兄ちゃんっ・・!」


「自分だって頭がシェイクされて辛いだろうに・・、

 それでも他人の心配をするなんて、我が妹ながら尊敬するよ」



今も彼女は「キャパシティダウン」の影響で激痛が走っているはずだ。

それでも、制止の声をあげ続ける。



「・・私のことはっ・・良いから・・ぅぐっ、

 お兄ちゃんたちを、放してっ!」


「ふん、まぁ黙って見てろって。

 どうせ殺すんなら、華々しく散らしてやろうと思ってよ」


「な、にっ・・!?」



赤髪の持っていたライフルを取り、浜面の額に銃口をコツンと当てた。

それを見た少女の顔が見る見るうちに青くなっていく。

本当の絶望が産声をあげようとするとき。

自分の口から流れる血をなめ、口角を上げて笑う黒髪。

それ以上ない、最上級の邪悪な笑みだった。


773 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:46:42.94 ID:Kxgt7wk0 [19/26]


「ほら、よく見ておけよ・・、お前が俺たちから逃げたせいで

 まったく関係のない人間が殺されちまうっていう最高に最低な場面をよぉっ!?」



構えられたライフル。

定められた照準。

当てられた銃口。

引き金に触れる指先。

一発で人の命を奪うそれは、冷酷に、

そして、確実に少女の心を粉々に打ち砕いていく。



「いや、っ・・、いやあ゛あ゛あああああああああああああああああああああああっ!!」



あと一歩で何もかもが失われるという瞬間だった。

ピリリリリリと鳴り響く、耳障りな音。



「何の音だ・・?」



眉を潜め、ライフルを下げる黒髪。

隣に居た赤髪も周囲を見渡す。

しかし、その音源はすぐに分かった。

目の前でうずくまっている浜面からだ。


774 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:48:07.94 ID:Kxgt7wk0 [20/26]


「ふん、人生最後のお電話らしいな」


「・・・」



歯を食いしばったままの浜面のポケットから携帯を強引に取り出し、黒髪が電話に出る。



『あー・・、あー・・、もしもーし、犯人グループの皆さんっ』



電話越しに響いた、素っ頓狂で軽やかな明るい声。

誰の声なのか分からない黒髪は目を剥きながら、再度周囲を見渡した。

左右の入り口にも、ワゴンの陰にも人の姿は見当たらない。

ぶつけようのない怒りと歯がゆいもどかしさからか、血の混じった唾を吐く。



『私の愛する麦のんを痛めつけてくれたみたいで、ありがとね。

 おかげで久しぶりに頭に血が上っちゃったよー、私』



その携帯から漏れる声は浜面にとっては聞きなれたものだった。

頭に浮かぶのは、金髪碧眼でお調子者の少女の姿。



「(麦野以外はどうでも良いのかよ・・)」



あと一秒足らずで三途の川にご到着だった浜面は心此処に在らずという気持ちだろう。


775 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:49:33.63 ID:Kxgt7wk0 [21/26]


「せっかくスマートに幕を引いてやろうってときに水を差しやがって・・、

 何処だ、何処にいやがるっ・・、姿を現しやがれぇっ!!」



所構わず発砲しまくる黒髪。

しかし、当然の如く、それは当たるわけがない。

そこに彼女はいないからだ。

赤髪も懐から拳銃を取り出し、構えておく。

姿なき敵は余裕たっぷりの口調で話し続ける。



『アンタたちに足りないのは、ズバリ「愛」だね。

 結局、私のこの溢れ出る止めどない麦野への愛は何者も阻むことはできないって訳なのさーっ!』



わけがわからない。

しかし、黒髪はあることに気付いた。

謎の少女の声と共に聞こえてくる、微かな雑音。

風の音だ。

外は変わらず、風が吹き続けている。

つまり、闇に潜む何者かは外に居るということ。


777 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:51:52.38 ID:Kxgt7wk0 [22/26]


「おい、外だ、見て来い」



コクリと頷いた赤髪は足早に入り口へ。

黒髪も逆側の出口へ向かう。

しかし、両方とも人の姿はないため、再び、工場の真ん中に戻った。

黒髪の苛立ちがピークに達しようとしていたとき、少女の声が再び聞こえる。



『私を探すよりもやるべきことがあると思うけどなー』


「あぁ・・?」



相手の意図することが読めず、呆けた声を出す黒髪。

潜む者が居れば、隅々まで探し、引きずり出して息の根を止める。

何者であっても殺してしまうことが一番効率の良い、てっとり早い方法だ。

殺してしまえば怖くはないのだ。

そして、それができない者、それを躊躇う者は裏で生きる資格はない。



「おい、あれは何だ?」


「ん?」


778 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:53:37.99 ID:Kxgt7wk0 [23/26]


赤髪が指差したのは、今も発動し続けている『キャパシティダウン』装着のワゴン。

そこに、この状況には似合わない、ぬいぐるみが置いてあった。

『キャパシティダウン』の前に一つ、ぞんざいに落とされたようなぬいぐるみ。

今まではなかったもので、ましてや自分たちが置いたものではない。



「何だ、ありゃ・・?」



よく見ると白いテープのようなものがついており、

それを介して、ぬいぐるみは天井から吊るされるように置かれていた。

天井には所々に穴が開いており、テープは外と繋がっているようだ。

そこで目についたのは、そのテープは導火線のように火花を散らしており、

徐々にぬいぐるみへと近づいていっていること。



「(・・・・まさかッ!?)」



最初に謎の少女の声を聞いたときは、狙撃の可能性が頭に浮かんでいた。

だからこそ、動き回りつつ、狙撃者の位置を把握しようとした。

だが、狙いは黒髪たちではなかったのだ。


779 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:54:50.02 ID:Kxgt7wk0 [24/26]


「・・・くそっ!」



黒髪が駆け出した瞬間に、ドン!と鈍く大きな音と共にぬいぐるみは爆発、

ワゴン、つまり『キャパシティダウン』へ飛び火する。

爆音と爆炎と共に、ワゴンは大炎上、もちろん、『キャパシティダウン』も炎に包まれてしまった。

かなりの勢いで燃えているため、修復は不可能だろう。



「(まずいっ、『キャパシティダウン』がなくなるってことは・・!)」


『あれっていくらしたの、随分高かったみたいだけどさー?』



キャハハハハハ!と無邪気な声が電話越しに聞こえてくる。

しかし、黒髪の耳にはそんなものは届かなかった。

『キャパシティダウン』は計画の要、能力者と渡り合うための最強のカード。

しかし、自分の不注意でそれが失われ、計画の破綻を呼び込んでしまった。

ここで取るべき行動は一つ。


780 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:55:44.61 ID:Kxgt7wk0 [25/26]


「車を出せっ、逃げるぞ!」



黒髪が叫ぶ。

赤髪が、青髪が乗ってきたワゴンに飛び乗り、付けっぱなしだった車のキーを回そうとする。

しかし、ガクンと大きな衝撃が赤髪を運転席から勢い良く投げ出してしまった。



「な、なんだ・・?」



うつ伏せに倒れた赤髪が振り向くと、ワゴンが空中に浮いているのが見えた。

もちろん、そんなことが起こるはずがない。



「あー・・、参りましたね、まだ頭が超ガンガンします」



ワゴンの下から少女の声が聞こえる。

気を取り戻した絹旗がそのワゴンを持ち上げていた。

その横には滝壺も立っている。

小さな女の子が車を持ち上げるなど、常識では考えられない事象だが、

不可能を可能にする、それが能力者の存在。

軽々と持ち上げられたワゴンは、紙屑をポイ捨てするように放られ、

勢い良く壁に激突し、一瞬で事故車と化してしまった。


781 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/10(土) 23:58:26.96 ID:Kxgt7wk0 [26/26]


「くそがァっ・・!」



黒髪が背を向けると同時に赤髪のライフルが火を噴いた。

数発の弾丸が絹旗を襲ったが、それはすべて、意味のないものだった。

彼女の『窒素装甲』はその程度では傷つかない。



「超残念ですが、私を殺したいなら核でも持ってくるんですね」


「チィッ・・!」



赤髪と絹旗が拮抗している横で、少女に手をかける黒髪。

必死の形相でグルグル巻きにしていた鉄線を解き、脱力している少女を抱える。

既に彼から先ほどまでの余裕は失われていた。



「くっ、あうっ・・!?」


「このガキっ、大人しくしやがれ・・!」



腹部に拳をめり込ませられ、嗚咽と共に気を失ってしまう少女。

そのまま、一目散に逃亡を謀ろうとする。

783 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/11(日) 00:04:08.90 ID:nxI7BEU0 [1/6]


「させませ・・、」



絹旗がそれを捉え、行く手を阻もうとしたとき、自分の身体がふっ飛ばされるのが分かった。

赤髪の捨て身のタックルが命中し、その衝撃で吹っ飛んだのだ。



「ぐっ・・この!」



痛みはないが、大きな衝撃には耐えることが出来ない。

絹旗が転がっている間に黒髪は少女を抱えたまま、出口へ走った。



「!?」



そのとき、天井から有り得ないものが降って来る。

人だ。

綺麗に着地したそれは、長い金髪と藍色の制帽を被った、制服の少女。



「結局、ここまでやっておいて尻尾巻いて逃げ帰るのはどうかと思う訳よ」


「てめぇ、さっきの電話の奴か・・!」


「結局、奥の手は最後まで取っておくもの、だっけ?」



爆弾を設置して『キャパシティダウン』を爆破したのも彼女だろう、と踏んだ。

この一人の女の子のせいで計画のすべてが水の泡になってしまった。

その怒りをぶつけてやりたいところだったが、それどころではない。


784 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/11(日) 00:06:17.73 ID:nxI7BEU0 [2/6]


「悪いが、真面目に勝負するつもりは、ねぇよっ!!」


「な゛!?」



黒髪が懐から出した筒状の物体を床に叩きつけた瞬間、工場中に一気に白い煙が充満していった。

視界が真っ白に染まり、目の前に居たはずの黒髪の姿も見えなくなってしまう。

突然のことに、煙を思い切り吸い込んでしまう。



「ゲッホっ、え、煙幕って・・、ウェッホゲホッ、こんな古臭い手を使うなんてっ・・!?」


「じゃぁな、マヌケな能力者どもっ!」


「うげぶぅッ!?」



黒髪の膝蹴りを腹にまともに喰らい、ガクンと膝から崩れるフレンダ。

黒髪の走り去る足音は聞こえたが、目で捉えることができなかった。

白煙が目にしみて涙が出てきてしまい、その場にうずくまってしまう。

最後の最後で詰めを誤るとは。


786 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/11(日) 00:22:38.65 ID:nxI7BEU0 [3/6]


「ぐぎゃああああああああああああああああっ!!!!!!」



目の前に広がる白煙から断末魔の叫びが聞こえる。

男の声だが、それは浜面の声ではなかった。

入り口と出口が開放されているせいか、思ったよりも早く煙が消えていく。



「ったく・・、最高に最低の気分だわ」



続けて聞こえてきたのは、聞きなれた女性の声。

お馴染みの、髪の毛をかき上げながら愚痴を吐く麦野の姿がそこにあった。

その足元には血だらけの赤髪の姿、これで犯人側は黒髪以外、全員ダウンだ。



「麦のおおおおおぉぉぉぉぉんっ!!!」


「うおっ、引っ付くなッ!!」



蹴られた痛みなど何処か遠くへ飛んでいってしまったらしいレズンダが、

両手を前に突き出しながら麦野にルパンダイブ。

その勢いを利用して、フレンダの両手を取り、くるりと一回転する麦野。

そのまま受け流して、彼女を後方に放り投げた。



「うあれあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



ズガーン!というふざけた擬音と共に顔から壁に激突する。

いつもの光景に呆れた声を漏らす絹旗。


787 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/11(日) 00:29:51.33 ID:nxI7BEU0 [4/6]


「コントしてる場合じゃないでしょう・・、

あの子も連れていかれてしまったようですが、どうします?」


「ええ、今から追うわよ」


「しかし、もう足がありませんよ?」



敵側の二台のワゴンはいずれも大破。

浜面が乗ってきたワゴンがあるが、残念ながら唯一運転できる浜面は負傷している。

とても運転できるような状態ではなかった。

相手は人一人を抱えているとはいえ、この広い工場地帯を探すのは酷だ。



「・・でも、このまま逃がすわけにはいかないわ」



もどかしさから、親指の爪を噛む麦野。

こうしている間にも、少女との距離は着々と広がっていくばかりだ。

今回の任務にギブアップはない、絶対に失敗するわけにはいかない。

人質として少女を拉致した以上、殺されることはないだろうが、

異常すぎる黒髪の元に彼女を置いておくわけにはいかなかった。

考えている暇はない、追いつけるかどうか分からなくとも、行くしかない。

麦野が走り出そうとしたそのとき、


788 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/11(日) 00:31:41.75 ID:nxI7BEU0 [5/6]


「大丈夫だよ」



一言。

声の主は滝壺だった。



「滝壺・・?」


「大丈夫」



滝壺のはっきりと開かれた瞳は、確実に何かを捉えていた。



814 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:11:00.51 ID:ZJOrxuA0 [2/35]

―――――



激しい戦闘があった廃工場地帯から少し離れた地下深く。

じめじめと肌に纏わりつくような湿気が漂う、薄暗い下水道に黒髪は居た。

そこは、いわば学園都市の地下世界といったところで人の気配は全くない。

大きな道路一本が通るくらいのスペースだが、大きな川のように、下水が通路の真ん中を流れている。

黒髪は必死に逃げていたが、追っ手の姿は見えなかった。

それでも、彼女たちが諦めたとは思えない、だからこそ、少しでも遠くに行かなければならない。



「ハァ、ハァ・・くそッ、くそが・・!」



壁に背を預けたまま、しゃがみ込んだ黒髪はダン!と床を殴りつける。

その横には人質であり、研究所との取引材料でもある少女が置かれていた。

未だに気を失ったまま、目を覚ましそうにない。



「何でだよ・・、どうして上手くいかないんだよッ・・!

 せっかく能力者にコキ使われる糞みてぇな生活が終わったっていうのにッ・・!」


815 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:12:38.85 ID:ZJOrxuA0 [3/35]


スキルアウト時代は駒場率いる最大勢力に劣るはみ出し者、

暗部組織時代は雑用として日陰者の生活、すべてが半端な役回りだった。

今は、対能力者専用兵器『キャパシティダウン』を失い、数少ない仲間たちも見捨ててきた。

そして、このまま、再び報われることのない闇に、また一人で堕ちなければならないのか。



「ハァ、ハァ・・、ふぅっ・・・!」



肩で息をしながらも、ゆっくりと天を仰ぐ。

上だけを、前だけを向く、決して後ろは向かない。

振り返っても、わざわざ戻らなければならないほどのものなど残ってはいない。

今は頭を冷やすことを第一とし、これからの予定を組み立てることが大事だ。



「(とにかく、コイツをさっさと研究所に売り払ってこれから生活できるだけの資金を手にする。

 その後は、ほとぼりが冷めるまで何処かに隠れていれば良い・・!)」



言葉で言うのは簡単だったが、やり切るのは容易ではない。

幸い、「アイテム」に取引先の場所はバレていないものの、

彼女たちの目をかいくぐって研究所に辿り付く事ができるかどうかは微妙なラインだ。

相手は非公式とはいえ、学園都市に裏から大きな影響を与える暗部組織。

それでも、選択肢は一つしかない。

勝負、いや、生死の分かれ目。


816 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:14:34.25 ID:ZJOrxuA0 [4/35]


「畜生ッ・・、やるしかないのか・・!」



あまり長い時間、同じ場所に留まっているわけにもいかない。

彼女たちが自分の正確な居場所を把握できないと分かっていても、

常に最悪の状況を頭の片隅に置いておかなければならない。

重い腰を上げ、少女を抱えようと手を取る。

そのときだった。



「・・みーつけたぁ」



下水道に男のように低い、艶かしい女の声。

それは腹を空かせた肉食獣が獲物を見つけたときの唸りと似ていた。

距離があるはずなのに、自分のすぐ後ろから声が聞こえてきたような感覚。



「・・はッ」



小さな亀裂から煙が噴出すように、唇から声が漏れる。

背後に居るのが誰なのか、すぐに分かったからだ。

しかし、自分の背中にのしかかるプレッシャーは工場で相対したときとは比べ物にならないほどのもの。

ゆっくりと息を吐きながら、慎重に振り返る。

しかし、そこには誰の姿もなかった。


817 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:16:56.35 ID:ZJOrxuA0 [5/35]


「・・は、ははっ!」



真っ暗な闇が渦巻いているだけ。

思わず笑いがこぼれてしまう、自分は何を怖がっているのか。

これだけ広く入り組んだ学園都市だ。

こんな短時間で見つかるはずがない。


何処からか吹き込んでくる生暖かい風が肌を撫で、硬直してしまった身体の緊張をほぐす。

さっきの声は追い詰められた自分の精神が生み出した幻聴だったのか。

暴れ続ける心臓を手で抑えながら、再び前を向こうと踵を返したとき。



「何処に行こうとしてるのかにゃーん?」



嘘だと思いたかった。

目を逸らすことのできない非情な現実が、背後から鼻歌交じりにやってくる。



「う、うぁ・・!」



暗がりから浮かび上がってきた一人の女は、わざとらしく、のんびりと歩を進めていく。

カツン、カツンと響き渡るヒールの音が、段々と大きくなっていく。

なぜ、今までその音が聞こえていなかったのか、不思議でならなかった。


818 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:19:21.79 ID:ZJOrxuA0 [6/35]


「・・能力者から能力を奪えば脆いもの。

 アンタたちもあのヘンテコ機械がなくなった途端に崩れちゃったねー」



目の前に現れたのは予想通り、麦野沈利だった。

学園都市第四位の超能力者(レベル5)、暗部組織「アイテム」のリーダー。



「は・・ははっ!」



極寒の地に身を置いているわけでもないのに、身体の震えが止まらない。

口からは意識していないにもかかわらず、笑いがこぼれていた。

目の前の女は人間ではない、恐怖そのものだ。

その恐怖は、先ほどとは形を変えているようだった。

自分の身を守ってくれるものが何もなくなったから、そう見えたのか。

それが一歩近づく度に、黒髪も一歩後ずさる。



「な、なんで・・ッ!?」


「『何で俺の居場所が分かったのか?』って言いたいのかしら、

 そうねぇ、アンタの腕一本と交換で教えてあげても良いよー?」



麦野がゆっくりと右手を構えた。

その一挙手一投足が黒髪の震えを加速させる。

肩が震え、膝が笑い、足が床から離れようとしない。

立っていることすらままならない状態で、気付いたときには尻餅をついてしまっていた。


819 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:21:50.03 ID:ZJOrxuA0 [7/35]


「『AIM追跡(AIMストーカー)』って分かるかしら?」


「『AIM追跡』・・!?」



暗部組織勤めだった割に、能力の種類などにそれほど詳しくはない黒髪は、

麦野が発したワードが何のことなのか、何を指しているのかは分からなかった。



「そう、対象の能力者のAIM拡散力場を補足、記憶することで、

 何処に居てもその能力者の位置を正確に把握することができる。

 その索敵範囲に限界はなく、それこそ対象が地球を飛び出しても位置が分かる、それが『AIM追跡』」



あのピンクジャージの子の能力よ、と付け足す。

レベル5の麦野に「アイテム」の核と言わしめる能力だ。



「あのぼんやりした女か・・!」



頭に浮かんだのはおかっぱ気味の黒髪少女。

工場に居たときの彼女は何の能力も使っていなかったことを思い出す。

あのときは、そんな反則的な能力を持っていたとは思いもしなかった。


一度聞いただけでは、その能力がどういう仕組みなのかは分からなかったが、

地球の裏側に居る相手の位置さえも分かる、というだけでその凄さは十分に理解できる。


820 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:23:48.64 ID:ZJOrxuA0 [8/35]


「ま、待てよ・・AIM拡散力場って奴は能力者が発する磁力みたいなもののはずだ。

 俺は能力者じゃないぞ、それで何で俺の居場所が分かったんだ・・!」



少しの沈黙の後、麦野は口を開いた。

黒髪の足元に視線をズラしながら。



「アンタが目先の利益に目が眩まなければ、居場所がバレるようなことはなかった、それだけよ」



彼女が何を言っているのか分からなかった。

しかし、彼女の視線の先を見ると、すぐにその言葉の意味を理解できた。



「まさか・・、このガキのAIM拡散力場をっ・・!?」


「ぴんぽーん♪」



足元に横たわっている少女、『風力使い(エアロシューター)』の能力者。

能力制限の首輪が付いているとはいえ、AIM拡散力場は発生しているはずだ。


821 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:25:39.35 ID:ZJOrxuA0 [9/35]


「アンタがあの子を抱えて逃げ出そうとしたとき、滝壺は迷わず『体晶』を使って、能力を使用した。

 AIM拡散力場の補足には少し時間がかかるんだけど、絹旗とフレンダの足止めのおかげで何とか完了したみたい。

 で、滝壺から携帯で連絡を受けながら、私が追跡してたってワケ。

 携帯だったから意思疎通が難しいし、かなり長引いたから、滝壺にはかなりの負担になったかもだけどね」



自分の携帯をチラリと見せ、ウインクする麦野。

黒髪が人質のために、研究所との取引のために、

少女を拉致するようなことがなければ、麦野に居場所がバレるようなことはなかっただろう。

元を辿れば、無理やりに少女の能力を覚醒させたことが、皮肉にも今の事態に繋がったといえるかもしれない。



「ゆ、・・して・れ・・」


「んー?」


「・・ゆ、許してくれ」



両手を地につけ、四つん這いに近い格好をする黒髪。

それを見た麦野はどういうわけか、にこやかに微笑んだ。


822 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:31:45.96 ID:ZJOrxuA0 [10/35]


「私たちの最終目標はその子を取り返すことだから、

 アンタが死のうが生きようがどうでもいい・・と言いたいところだけど、

 この子の安全を恒久的に保障することが大事なのよねぇ。

 アンタがまた拉致だの何だのをしないとは思えないし・・!」



麦野の柔和な表情は話すうちに厳しいものに変わっていった。

語気を強める麦野に対し、黒髪は頭を上げて、ただただ叫ぶ。



「も、もうしないッ、腐ってもこの子の兄貴なんだ・・、

 自分のやったことの愚かさもようやく分かったんだよ・・!」



不意に右足をあげ、ガツンと地に落とす麦野。

それは苛立ちの表れか。



「よくもまあそんな薄っぺらい言葉をつらつらと吐きやがること」


「・・図々しいことだっていうのは分かっている。

 でも、俺だって好きでこんなことをしてるわけじゃない・・!

 取引先の研究所からの命令なんだよッ、俺たちは手駒となって動くしかないんだ・・!」



眉間に皺を寄せたまま、目を細める麦野。

好きでこんなことをしているわけではない、というのは信じ難いが、

ある研究所からの命令、というのは事実だとしてもおかしくはない。


823 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:35:34.91 ID:ZJOrxuA0 [11/35]


「そうね、その研究所とやらを教えてくれたら、検討してあげても良いけど・・?」


「・・わ、分かった、教える、教えるから、殺さないでくれ!」



両手を挙げたまま立ち上がり、ゆっくりと後ろに下がる黒髪。

麦野は睨みをきかせながらゆっくりと前に進み、意識を失ったまま寝ている少女の頬に触れた。

白く、柔らかく、弾力のある肌が麦野の指をあっさりと受け入れる。



「(ぷにぷに・・、恨めしいわ)」



紆余曲折ありながら、ようやく少女に触れることができた。

何よりも彼女が無事であることにひとまず胸を撫で下ろす。

こちらの苦労も知らないで横になっている彼女は、可愛らしくも、少し憎らしくもあった。



「さて、と」



不意に麦野の指先辺りから白い光線が放たれ、一瞬でそれは黒髪の左肩を貫いた。

ジュッという何かが焼けたような音、自分の肩に穴が空くという感覚。


824 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:40:09.71 ID:ZJOrxuA0 [12/35]


「ッぐぎゃああああああああああああああああああああああッ!!!!!???」



黒髪がその日初めて見苦しい叫び声をあげた。

下水道内に響いた醜い絶叫は漂っていた重い空気をピリピリと震わせた。

麦野の不意打ちに、驚愕と苦痛に顔を大きく歪ませる黒髪は、大きな音を立てて背中から倒れこむ。



「い、ひゃは・・な、で・・、許してくれた・・じゃねぇのかよぉッ!!?」



肩口を抑えたまま、黒髪はぐしゃぐしゃと苦しそうに転がる。

その無様な男を見下ろし、麦野は美人画のような白い歯を見せ、不適に笑う。



「あっははははははははははははははっ!! 私を慈悲深い聖母様か何かと勘違いしてねぇか!?

 アンタたちと癒着してる研究所なんて、こっちのネットワークを駆使すればすぐに分かるんだっての!

 とりあえず、アンタにはこの下水の底に沈んでもらうけど、良いかしらーん?」


「う、ぐ、くそっがっ・・、ぐゃは・・!?」


「・・覚悟することね、この子が受けた苦しみのすべてをアンタの身体に刻んであげる」



来世もその苦しみを背負って生きていかなければならないくらいにね、と呟く。

先ほどまでのおふざけとは違う、冷たく、鋭いナイフのような口調だった。


825 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:42:07.88 ID:ZJOrxuA0 [13/35]


何よりも、この男を絶対に許すわけにはいかなかった。

右肩を、左足を、右足を、急所を外しながら光線を浴びせ続け、蜂の巣状態にし、

自分の身体から血が大量に抜け出ていく、自分の身体からゆっくりと体温が失われていく、

そんな身の毛もよだつようなおぞましい感覚に陥らせてやろうと思っていた。

後悔もさせないほど、何も考えられないほどの苦しみを味わわせてやろうと。

そんな麦野の殺戮を止めたのは、彼女の良心でも、黒髪の抵抗でもなかった。



「・・やめて、お姉ちゃん」



それは他でもない、あの少女だった。

意識を取り戻し、身体を起こしたと思えば、よたよたと歩き、麦野の右足にしがみつく。

麦野はそれを振り払おうとはせず、少女の頭に優しく右手を置いた。



「どうして止めるのよ、コイツはアンタを・・」


「嫌だよ・・」


「・・ここで息の根を止めなきゃいけない。

 これはアンタのこれからの安全にも繋がる、分かるでしょ・・?」


「そんなことどうでも良いっ・・」



少女の真っ直ぐな目は麦野の目を捉えていた。

麦野の目は明らかにいつもとは違い、非情な感情が蠢いている。

だが、少女がそれに怯むことはなかった。

彼女の瞳は、ある強い意志、確固とした想いが込められていたから。


826 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:44:01.21 ID:ZJOrxuA0 [14/35]


「お姉ちゃんが人を殺すところなんて、見たくない」


「っ・・!」


「お願いだからっ・・」


「・・・」



少女の切なる言葉を受け、麦野はゆっくりとかざしていた左手を下げる。

その手は、心なしか少しだけ震えているようにも見えた。

いつもの彼女の調子であれば、躊躇いなく黒髪を殺していただろう。

だが、さすがの麦野もこの少女の前で血肉を散らし、惨殺することはできなかった。



「・・は、ぎゃ・・かばっ・・・!」



肩に風穴を空けられた黒髪は、口から血を垂らしながら、芋虫のように地を這っていた。

焦点の合っていない目は、何を見つめているのだろうか。


827 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:51:08.17 ID:ZJOrxuA0 [15/35]


「あ、あぐっ・・、ぅあ゛が・・・・!」



生々しく赤黒い血の跡が地面に付着し、それがどんどん広がっていく。

やがて、ガクンと頭を地べたにつけ、動かなくなった。

どうやら、意識を失ったらしい。

蛆虫でも見るような目でそれを見た麦野は、ポツリと呟いた。



「二度はないわよ、こんな甘ったれなことは・・」



人を殺すことを躊躇してはならない。

暗部組織にとって、それは避けることのできない鉄則。

だが、今回だけは特例だ。


828 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:52:57.79 ID:ZJOrxuA0 [16/35]


「ありがとう、お姉ちゃん」


「お礼はいらないわよ。

 ・・約束したでしょ、すぐに助けてあげるって」



一転して、温かく笑いかける少女をその胸の中に受け止めると、

これでもかというくらいにわしゃわしゃとその髪の毛を撫でてやる。

くすぐったそうに微笑む少女の顔を見ると、身体のあちこちの痛みが蒸発していくようだった。



「(・・ふふ、たまにはこういう非生産的な見返りも良いかもね)」



少女を抱きしめたまま、ポケットから携帯を取り出し、下部組織に電話をかける。

任務外の急な事後処理のため、通話相手は慌てていたが、いつになく上機嫌な麦野に少し驚いていたという。



こうして、少女の笑顔を取り戻す、初めての誰かを救うという任務が無事終了した。








829 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:54:03.47 ID:ZJOrxuA0 [17/35]

―――――



「よく寝てますねぇ・・、この子」


「今日一日だけで随分神経使ってたみたいだからねー」



時刻は深夜一時過ぎ。

ここは第七学区の「アイテム」の隠れ家の一つ、もはやお馴染みの秘密の場所だ。

ソファの上に滝壺が座り、その膝の上に猫のように丸まった少女が眠り込んでいる。

すやすやと寝息を立てており、身体の緊張は緩まっているようだった。

そんな少女を見て、夜食のサバ缶を楽しそうにつつきながら、フレンダが口を開く。



「今回のこと、児童施設側には漏れてないよね?」


「ええ、心配ありません。今日は早退という扱いになっていますから。

 明日にでも戻れると思いますよ、この子」



熱々のコーヒーを息で冷ましながら、絹旗が呟く。

暴力沙汰から少女の拉致まで、何一つ施設側には伝えていなかった。

暗部組織と何かしらのしがらみがあると分かれば、

入所取り消しも免れないかもしれないからだ。

もちろん、少女にも今回のことは口止めしてある。


830 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:54:51.00 ID:ZJOrxuA0 [18/35]


「結局、すぐに行けるかどうかは気持ちの整理がついてから、かな?」


「まぁ、今日のところはゆっくり寝かせてあげましょうか」



少女の顔を覗き込むと、思わず顔が緩んでしまう三人。

年下の子供の世話をするというのは、彼女たちにとって良い経験になったかもしれない。

今までも、そして、これからもそんな機会はないだろうから。



「一応、アシは確保しておいてくださいね、浜面!」


「・・はまづら、今いないけどね」


「そうですね・・」



少女の頭を優しく撫でながら、滝壺が寂しそうに呟いた。

それもそのはず、部屋に居たのは、滝壺と少女、絹旗、フレンダだけ。

さて、彼女たちの保護者である浜面は何処に居るのかというと。








831 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:56:28.37 ID:ZJOrxuA0 [19/35]

―――――



あれだけの雷雨が嘘だったような、澄んだ、美しい夜空が広がっていた。

太陽は最後まで雲の後ろに引きこもったままだったが、それを詫びるように金色に輝く月が顔を出している。

綺麗な丸い輪郭のそれは、夜の静寂に包まれた学園都市を見下ろしていた。

静かに眠っている木々は柔らかな夜風に吹かれ、寝返りをうっているかのように雨粒を乗せた木の葉を揺らしている。


さて、夜の一時過ぎというと、当たり前ではあるが、すべての一般病院は閉まっている時刻。

しかし、ここだけは違うようだ。

能力者関係の患者が搬送される特別な病院。

深夜の急患でも、例のカエル顔の医者は嫌な顔一つせず、文句の一つも漏らさず、患者を助ける。



「・・・」



そんな病院の入り口に一人の少女が膝を抱えて、座りこんでいた。

病院入り口の命辛々の蛍光灯がチカチカと瞬き、彼女の美しい茶長髪を炙り出している。

豪雨の後の、身体に纏わりつくような微妙な湿気が鬱陶しかったが、

彼女の神経は別の事柄に集中していたため、あまり意味のないことだった。


832 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:57:19.68 ID:ZJOrxuA0 [20/35]


「!」



彼女がその気配に気付き、振り返ると同時に自動ドアが開いた。



「麦野・・?」



奥の暗がりからゆっくりと出てきたのは、普段とほとんど変わらない姿の浜面仕上だった。

違うところと言えば、いつもの茶色のジャージではなく、灰色のパーカーを着ているところくらいか。

入り口に座り込んでいた少女を見て、手術後即帰宅許可の出た浜面は目を丸くしていた。



「てっきり俺は一人寂しく帰るのかと思ったけど・・、待っててくれたのか」


「面倒だったんだけど・・、アンタ一人じゃ心配だからねー。

 怪我人には優しくしてあげるのが私の信条なのよ」



へいへい、と気だるそうな顔をする浜面。

歩き出した彼の横に、付録品のように麦野が並ぶ。

ちらほらと設置されている街灯の光を背にして歩く二人の影が伸びたり、縮んだりしている。

特に何を話すわけでもない二人を分かつように、夜風が静かに吹き始めていた。


834 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 22:59:32.86 ID:ZJOrxuA0 [21/35]


「(かなり待たせたっぽいし・・、麦野、怒ってんのかな・・?)」



いつもは口を開く度に文句ばかりを言う麦野が、今は魂が抜けたかのように寡黙なため、浜面は少し不審がっていた。

一方の麦野がどういう心境なのかは、いまさら説明するまでもないだろう。



「「・・・・」」



先に口を開いたのは、浜面だった。



「そうだ・・この服持ってきてくれたの麦野だろ?

 こっちの服は血だらけだったから、夜の学園都市を歩くにはちょっと辛かったし、助かったよ」



こっち、というのは浜面が右脇に抱えている、いつもの茶色のジャージだ。

左肩を撃たれたときに着ていた物だったため、そのときの血で染まってしまっていた。

そのため、今は着慣れない灰色のフード付きパーカーを着ている。



「別に・・、下部組織の奴らのワゴンの中に放ってあったやつだし」


「それでも良いさ、ありがとよ」


「ん」



麦野に顔を向けながら、浜面は小さく口元を緩ませる。

それをなるべく視界に入れないように、夜空だけを見上げたまま、麦野は歩き続ける。


836 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:01:24.62 ID:ZJOrxuA0 [22/35]


「(・・くそ、フレンダの奴・・なーにが浜面を一人で迎えに行け。だっつーの)」



~~~

時は遡り、下部組織による事後処理完了後の廃工場



『じゃ、私たちは隠れ家に戻るからさ、麦野はさっき病院に運ばれた浜面を迎えに行くように!』


『え、アイツ、手術受けるんじゃないの・・?』


『うん、それで今日の内に戻ってくるだろうし』


『はぁ・・?

 いや、それを別にしても、何で私が一人で行かなきゃいけないのよ』


『滝壺さんは能力使用でかなり弱ってるし、あの女の子にとって保護者的存在だし、

 絹旗も疲れてるっぽいし、私は早くサバ缶食べたいし』


『ふ、ふざけないでよっ・・、何喋ったら良いのか分かんないし・・!』


『あっはー、麦野可愛いなー、やっぱ浜面のお嫁さんにしとくには勿体ないわー』


837 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:03:33.80 ID:ZJOrxuA0 [23/35]


『あっはー、麦野可愛いなー、やっぱ浜面のお嫁さんにしとくには勿体ないわー』


『・・これ以上わけわかんないこと言うなら、アンタの自慢の脚線美を細切れにしてやっても良いのよ?』


『あーん、怒った麦野もたまんないわぁ・・攻める麦野に、受ける私。

 今日のズリネタの妄想シチュエーションはこれで決定だわ・・♪』


『人の話を聞けっつーのっ!!』


『ごめんね麦野、結局、このワゴン、五人乗りなんだ、そら行け発進っ!』


『ちょ、ちょっと待ちなさっ・・!!』



凄い勢いでその場を離れるワゴン。

その手に残ったのはフレンダから手渡された、浜面の着替えの灰色のパーカーだけだった。



~~~



「あー、もう、あの金髪を焼き尽くしてチリチリアフロにしてやりたいっ!」


「・・何言ってんだ、お前」



怨念渦巻く麦野の空気を察知してか、浜面がげんなりした表情をしている。

その視線に気付き、彼女は慌ててごまかそうとする。


838 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:06:15.28 ID:ZJOrxuA0 [24/35]


「あ゛ぇっ、今、私何か言ってたっ!?」


「アフロがどうとか・・、モロに口に出てたぞ」



ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き、夜空を見上げたまま、カツカツと歩調を早める。

一刻も早く、この気まずい雰囲気から逃れたかったからだ。

そして、足元も見ずに夜の道を歩いていれば、何かにつまずくこともあるわけで。

通路のタイルの溝に麦野のヒールが変に入り込み、そのまま前のめりに。



「うきゃっ!?」


「麦野ッ!」



麦野の腕を掴もうとした浜面の手は空を掴んでしまう。

ドベチッとベタな音を響かせ、うつ伏せに倒れこむ麦野。

その姿はカエルが背中から車に轢かれたような感じだった。


839 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:06:55.80 ID:ZJOrxuA0 [25/35]


「・・・」


「おい、麦野?」


「・・痛い」


「ったく・・、ちゃんと前見て歩けよな」


「うぅ・・」



二人きりのときはなぜかヘタレる麦野の腕を取り、ゆっくりと彼女を立ち上がらせる浜面。

どうも、最近放っておけないというか、母性本能的な何かをくすぐられて仕方がなかった。

いつもツンツンした女の子が弱さを見せると、どうもむず痒いというか、変なもどかしさに襲われる。



「っ・・!」


「ん、どうかしたか?」



不自然にゆっくりな立ち上がり方、片足に全重心を置いたような立ち方。

どう見ても、右足を庇っている振る舞いだった。



「・・何でもない」


「足、挫いたのか」



暗がりで見にくかったが、右足首の辺りが少し赤く腫れているのが分かった。

それだけでなく、膝にも擦り傷らしきものが見える。


840 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:09:20.52 ID:ZJOrxuA0 [26/35]


「・・さっさと帰るわよ、あの子が待ってるんだしっ」


「おい待てって・・!」



浜面の手を強引に振り払い、再び歩き始める麦野。

ガクンガクンと不自然な動きをし、先ほどまでと比べて段違いに遅くなった歩行速度の彼女を見て、浜面は大きな溜め息をつく。



「やれやれ、そんなんじゃ着く頃には夜が明けちまうっての・・」


「んきゃっ!?」



麦野の目の前に回りこみ、背を向けたまま座り込むと、無理やりに麦野の足にその腕を絡ませ、

彼女の重心を自分の背中に預けさせるような体勢にし、おぶったままゆっくりと立ち上がる。

手際の良い浜面の気遣いに麦野はなすがままだった。


841 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:10:26.87 ID:ZJOrxuA0 [27/35]


「は、離せってのッ! アンタにおぶられるなんて屈辱ってレベルじゃ、!」


「耳元でギャーギャー騒ぐなって。俺だってまだ肩痛いんだからな・・?」


「う、うるさいッ!」


「はいはい、怪我人には優しくしてやるのが俺の信条なんだよ」


「むー・・」


「素直でよろしい」



観念した麦野は、腫れ物にでも触るかのようにゆっくりと浜面の首に手を回し、口を尖らせたまま、彼の右肩に顎を置く。

そのとき、今度は浜面が小さく悲鳴を上げた。



「う゛っ・・!?」


「何よ」


「い、いや・・なんでもねぇ」



浜面の耳がほんのり赤くなっているのに気付く。

彼をイジることに長けている麦野は、その理由をすぐに理解した。

見ると、豊満な彼女の胸が浜面の大きな背中に押し付けられている。

それはもうビーチボールのような弾力と十分な大きさ。


843 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:11:20.87 ID:ZJOrxuA0 [28/35]


「えっち」


「・・お、お前が押し付けてるのが悪いんだろッ!」


「このために私をおんぶしようなんて、いつからこんな露骨な奴に成り下がったのかしら」


「言わせておけばッ・・!」



いっそのこと、彼女の足を持っている手を放して落としてやろうかと思ったが、

彼女の腕はガッチリ浜面の首に回されていたので、逆に締められてしまうだろう。

ぶっちゃけた話、今の状況はかなり幸せすぎるため、抵抗すると見せかけて抵抗しない浜面。

彼も超健全な男子である。



「ま、今日のところは許してあげる。

 あのとき、アンタが来てくれたおかげで私たちは助かったようなものだから。」


「え、あぁ・・」



工場にワゴンで突っ込むなと任務前に言っておいたはずなのに、ド派手に突撃してきた浜面。

その身一つで颯爽と降り立った彼は、最高に憎らしいタイミングで彼女たちを救ってくれた。


844 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:12:18.08 ID:ZJOrxuA0 [29/35]


「何かお前がそうやって素直に言ってくれるの、珍しいな」


「何よ、嬉しくないの?」


「さぁな、ちょっと新鮮ではあるけど」


「(新鮮・・、ねぇ)」



浜面の首元に顔をうずめてみると、彼の匂いが鼻腔に届いた。

変に洒落た香水の匂いでも、男らしい汗の匂いでもない。

別段、良い匂いではないのだが、何となく心が落ち着くようだった。

ゆっくりと目を閉じ、彼を全身で堪能する。



「あの子がさ」


「ん?」


「私が黒髪に止めを刺そうとしたとき、あの女の子が私に言ったのよ。

 『お姉ちゃんが人を殺すところなんて、見たくない』ってさ」



今でも、あのときの少女の振る舞いは思い出すことができる。

いつものぼんやりとした瞳ではなく、強い光の宿ったそれは麦野の心に強く訴えかけてきた。


845 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:16:48.74 ID:ZJOrxuA0 [30/35]


「で、結局どうしたんだよ」


「止めたわよ、あんな目で見られちゃ流石の私も鬼にはなれないしね」


「だよな・・」


「いまさら人を殺すことを半端に止めるなんて、思いもしなかったけど」



あの少女の前では、強い存在でありたいという願望はあった。

彼女を助けるためならば、立ちはだかる障害はすべて薙ぎ払ってやろうと、

それが人であろうと容赦なく殺してやろうと思っていた。

しかし、強い存在であるのと、人殺しは大きく意が異なる。



「あの子の前ではね、せめて気の良いお姉さんを演じていたかったのよ」


「なるほどね・・」



麦野たちが何の躊躇いもなく人を殺している集団と知れば、彼女は深く失望するかもしれない。

だから、本当の自分たちの姿は彼女には隠していた。

それはきっと悪い嘘ではないんだと、麦野は思っている。

そう思っていなければやってられないからだ。

もちろん、彼女にその戦いの最中に飛び散った血を浴びせるようなことはしたくない。

だからこそ、少女の前ではあくまでも一般人として振舞っているのだ。


847 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:18:02.71 ID:ZJOrxuA0 [31/35]


「ま、色々あったけど、私たちはあの子を闇の底から掬ってあげて、スタートラインに立たせてあげただけだけ。

 あの子がステージの中央でスポットライトを浴びる主人公なら、私たちはあの子を引き立てるための裏方でしかないのよ」



良い人間を演じていたいという、らしくない自分の振る舞いに思わず目を細める麦野。

浜面も、彼女が自分の思いのたけを述べてくれるのが珍しいと思ったのか、口元に笑みを浮かべていた。



「子供は国の宝、将来の希望じゃん、ってこったな」


「いきなり顔に似合わないこといわないでよ、気持ち悪いわねー」


「ちっげーよ、俺の知り合いの警備員の言葉だっての」



っていうかアンタも子供でしょうが、と平手で浜面の頭を叩く麦野。

随分とワガママなお嬢様を背負ってしまったものだ、と心の中で呟く浜面。


848 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:19:17.25 ID:ZJOrxuA0 [32/35]


「お前は子供かどうか微妙だよな、見た目が」


「・・それ、どういう意味?」


「そういう意味だよ」


「・・ぐりぐり~♪」


「いいい゛ててでててっ、冗談だっ冗談! お前はまだピッチピチの乙女だよ!!」


「『まだ』って言うなっ!」



浜面のこめかみを両サイドから拳でグリグリする麦野。

子供のようにはにかむ麦野に対し、それを防ぎようのない浜面は平謝りするしかなかった。

ただ、彼女が上機嫌なのは良いことだ。

やたらとツンツンする姉ができたようで少しほんわかしてしまったのも事実。



「ところで、麦野」


「何よ」



一呼吸置く。

それは躊躇っているようにも見えた。


849 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:20:34.93 ID:ZJOrxuA0 [33/35]


「・・あのさ、どうしても言いたいことがあるんだけどよ」


「ど、どうしても言いたいこと・・?」



浜面の突然の申し出に、麦野の身体がピクリと反応した。

おぶられているため、彼がどんな表情をしているのかが伺えない。

自分の心臓の鼓動が背中を通して伝わっているのではないか、と危惧する麦野。

一方の浜面は何の気なしに口を開く。



「お前、少し太ったか・・?」


「・・え?」



言わなくても良いことを口にする男、浜面仕上。

言わなくても良いこと、というより、言ってはいけないこと。

特に年頃の女の子に対しては。


850 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/18(日) 23:22:43.05 ID:ZJOrxuA0 [34/35]


「いや、だって・・、何かちょっと重くなってるような・・」


「・・・」



麦野の心のモヤモヤは一瞬で霧散し、代わりにポッカリと大きな穴が空いたような感覚に。

そして、その呆然とした気持ちは苛立ちに変わり、滲み出ていく。

麦野の生怒りが果汁100%でお届けされる、マジで恋する五秒前。



「うがああああああああっ!!!!!」


「う、うおっ!? なんだよいきなりっ、近所迷惑だぞ!!」


「うっさい!アンタなんか消えてなくなっちゃえば良いのよぉーっ!!」


「ばか、暴れんな、い、いてぇっ、肩っ、肩、肩、肩!!」


「うるっさああああああああああいっ!!」



そのときの麦野の表情は、怒り狂った言葉とは裏腹にはち切れんばかりの笑顔だったとか。

女の絶叫と男の悲鳴が夜の学園都市を駆け抜けていった、そんな夜のことだった。




872 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:25:31.29 ID:u3.MPCA0 [2/23]

―――――



柔らかく、麗らかな日差しが学園都市を包む爽やかな朝。

前日の夕暮れまで降っていた激しい雷雨を忘れたかのような雲一つない青空は、

眠い目を擦る浜面にとっては少し刺激的だったかもしれない。

そんな光をフロントガラス越しに浴びながら、施設の前の道路に、また何処からか盗んできたワゴンを止めた。

浜面が降りたあと、中から出てきたのは「アイテム」+少女。

麦野たちが買ってあげたと思われる薄桃色のフリルのワンピースを着た少女は、

滝壺の足に妹のようにしがみついたまま、ゆっくりと車から降りていた。



「ふわあ、くっそ、睡眠時間が足りねぇ・・」



ワゴンの鍵を閉め、キーをポケットに突っ込むと同時に大きな欠伸をかます浜面。

前日に手術を受けたばかりにもかかわらず、その翌日には早くも雑用(運転手)に勤める。

労災は適用されるのだろうかと、わけのわからないことを考えてしまうほど、頭がボケていた。

そんなダルそうにする浜面を見た絹旗が怪訝そうな目を向ける。



「せっかくのあの子の仕切り直しの日なんですから、

 そういう超辛気臭い顔をするのはやめてもらえますかねー?」



たっぷり睡眠をとった絹旗のテカテカした顔と違い、浜面の目元には薄い隈ができていた。

彼の肩にも届かないくらいの身長の少女にジロリと目を向ける。


873 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:27:25.43 ID:u3.MPCA0 [3/23]


「あのな・・、こっちは肩撃たれて手術して、女一人をおぶって長距離歩いて、

 隠れ家に着いてようやく寝れると思ったら、部屋は無残にとっ散らかってるわ、

 お前らの寝相はダイナミックだわで、こちとら3時間も寝れてないんだからな・・」



言葉では語りつくせないほどの苦労があったらしい。

病み上がりだろうが、手術後だろうが、彼は永遠に「アイテム」のメイドなのだ。

彼の目の下の隈がすべてを物語っている。

そこで、溜め息をついた絹旗と浜面の耳に快活な声が聞こえてきた。



「最愛お姉ちゃん、早く早くっ!」


「えぇ、今行きますよー」



柄にもなく、スキップしながら滝壺たちのところへ向かう絹旗。



「おいコラ、人の話を聞け」



浜面の制止の声を振り切った彼女は一目散に少女の元へ。

親の心子知らずとは少し状況が違うが、なんとなくそんな言葉が頭の中に浮かんでいた。

睡眠時間ばっちりの四人の後ろ姿を見ていると、そんな苦労も少しだけ報われる気がする。


・・四人?


人差し指を立て、丁寧に一人ひとり数えていく。


874 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:28:15.00 ID:u3.MPCA0 [4/23]


「(滝壺、あの子、絹旗、フレンダ、居ないのは・・)」



その広げた片手を顔に当て、今週何度目になるだろうか、大きな溜め息をつく。

彼を微妙な筋肉痛地獄に陥れた少女の姿が見当たらなかったのだ。

ポケットからキーを取り出し、ワゴンの鍵を遠隔操作で解除する。

スライドドアを開けると、後部座席を存分に使って、浜面側に頭を向けたまま、寝転がっている麦野が居た。



「ん、にゃー・・」


「にゃー・・じゃねぇよ、ほら起きろ麦野」



ペシペシと緩みきった麦野の寝顔を軽く叩いてみる。

浅い眠りだったのか、閉じていた目をゆっくりと開けた。



「んぇ、ここ・・、どこよ・・?」


「寝惚けてるんじゃねぇよ・・他の奴らはもう行っちまってる、俺たちも早く行くぞ」



ダランと下がった麦野の左腕を引っ張って、強引に身体を起こさせる。

化粧もせず、服も着替えず、何の手入れもしないで施設に来てしまった、

ボサボサの髪の毛の彼女は某ホラー映画の幽霊のようだった。

施設に向かおうと浜面が背を向けると、麦野がぐわっと彼の背中に飛びつく。


875 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:29:25.74 ID:u3.MPCA0 [5/23]


「おぅわっ、何だよ、どうした?」


「んっ」



飛びついたと思えば、少し離れ、座席に座り込んだまま、両手を前に突き出す麦野。

まるで何かを受け入れようとしている、そんな姿勢になっていた。



「んっ!」


「な、何だよ・・」


「だっこ」


「・・は?」


「だっこ」


「(この女はまだ寝惚けてんのか・・ッ!?)」



浜面の全身を衝撃が走ったかと思えば、一方で背筋を何やら冷たいものが上ってくる。

恐る恐る後方を見やると、遠くで棒立ちになっている滝壺が睨みを効かせていた。

彼女の表情はイマイチよく分からないが、この見る者を射抜くような殺気からして、機嫌が良いとは言えない。

その場に居づらくなった浜面は、未だ夢の泉に片足を突っ込んだままの麦野を無理やり引っ張り出す。

さすがに年頃の女の子を、年頃の男が、だっこなどできない。

家でならともかく、こんな公共の場所で。


876 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:30:51.16 ID:u3.MPCA0 [6/23]


「んぇー・・浜面が私の言うこと聞かないー・・」



カツン、カツンとヒールが降り立つ音。

そんな彼女の右足首にはよれよれの湿布が貼ってある。

昨日、隠れ家に帰ってすぐ眠気に敗北した麦野にボコボコに蹴られながら浜面が貼ったものだが、

既に腫れはひいているようで、今はもう彼女は満足に歩けるようだ。

疲弊した浜面、眠りこけている麦野とは対照的に、眩しすぎる元気な直射日光が全身に余すところなく降り注ぐ。



「うあー・・溶けるぅ、砂になるー・・」


「(こんなに朝弱かったっけか、コイツ・・)」



酒を飲んだわけでもないのに千鳥足になってしまっている麦野。

不安定な足取りのため、何もない平坦なコンクリートの上でもつまずいてしまいそうだ。

昨日と同じ徹を踏まないよう、浜面は彼女を丁寧にエスコートする。

肩を抱くように腕を回し、声をかけながら、ゆっくりと歩く。


877 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:31:27.62 ID:u3.MPCA0 [7/23]


「ったく、幸先悪いな・・」


「んぇー・・」



ぐだぐだ文句を吐きながらも、何やかんやで浜面は彼女を心配してしまう。

粗暴な容姿とは裏腹に、温かく、世話焼きで、お人好しで、たまにドキッとするほど頼りになる。

そんな彼を知っているからこそ、いくらでも我が侭を言ってしまう「アイテム」。

ここまで任務以外で彼におんぶにだっこだと、むしろ、

彼に甘えることが、ある意味で彼女たちの義務のように見えてくる。

そんな、彼から一番恩恵を受けている(と思われる)麦野の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。



「(計画通りっ・・・・!)」



浜面の優しさをその身に受けながら、二人だけの時間が少しでも長くなるように、できるだけゆっくりと歩いていく。

二度目の施設ボランティアへ、内心ルンルン気分の麦野のテンションは右肩上がりだ。







879 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:35:09.60 ID:u3.MPCA0 [8/23]

―――――



時は夕暮れ。

遠くのビルとビルの隙間からこちらを興味深そうに覗く夕日が、浜面の目に眩しく映る。

しかし、朝に浴びた身を削るような日差しと違い、身体の隅々まで洗われるような清々しさがあった。

何処からかカラスの鳴き声も聞こえ、すっかり子供の帰り時と言ったところ。

男であれば誰もが、外で元気に遊んでいた少年時代を懐かしく思ってしまう雰囲気だ。



「カラスが鳴いたら、かーえろ、ってかー・・」



ボランティアで、子供たちに振り回された疲れを少しでも癒すように背伸びをし、

一番低い鉄棒にひょいと腰を乗せると、陽気に鼻歌を歌い始める浜面。

足をブラブラさせながら、まだ外で遊んでいる子供たちに目を向けながら、機嫌良さそうに微笑む。

ふと横に目をやると、ブランコにぐったりと座り込んでいる麦野が居た。


880 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:36:48.71 ID:u3.MPCA0 [9/23]


「ず、随分とお疲れだな、麦野」


「・・・・」



浜面が声をかけてから数秒後に、ようやく麦野がゆっくりと顔を上げる。

生気がまったく感じられない表情だった。

虚ろな目に、半開きの口、撫で肩のように力の抜けた肩、その両手は股の間にダラリと下げている。

彼女の髪の毛は朝もかなり乱れていたが、今はそれをさらに上回り、目も当てられないほどの荒れっぷりだった。

魂が抜けているようで、その身体は学園都市で一番美しい抜け殻となっている。



「そうねぇ・・・」



浜面に顔を向け、一言だけ呟くと、何を見るわけでもなく再び視線を前方に移す。

いつもの麦野の凛々しさは完全に失われており、その姿は別人のようだった。

朝の寝惚け演技と違い、今回は本当に心身ともにボロボロになってしまっているらしい。

過労死寸前のOLはこんな感じだろう。


881 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:37:57.19 ID:u3.MPCA0 [10/23]


「(ひ、ひどい・・わずか一日でこんなにも人間は変わっちまうのか(悪い意味で)・・)」



その理由を浜面は知っている。

気遣ってもらいたい一心で、敢えてボロボロのまま、ボランティアに向かったは良いが、

その姿を子供たちに馬鹿にされ、外で遊べばぐるぐると振り回された麦野。

優しいお姉さんとして子供たちの中では通っていたため、彼らも遠慮なく甘えまくったらしい。

先生方の制止も振り切った子供たちに髪の毛を引っ張られ、強引におぶらされたりと、

何者も寄せ付けない強さを持っているはずの彼女が、文字通り、無邪気な子供たちに蹂躙されたのである。

終盤、ついに堪忍袋の緒が切れた麦野が能力を使って暴れようとしていたため、

浜面と絹旗が慌てて止めていた(ちなみに、彼女のぶつけようのない怒りはすべてフレンダが甘んじて受けていた)。

ちなみに、朝方以来の浜面と麦野のまともな会話である。



「ん、どうかしたか?」


「いや、別に・・」



浜面は、麦野が右足首を擦っているのを目にした。

昨日、痛めた箇所がまた少し気になり始めたらしい。

あれだけ子供たちに振り回されまくったのだから、無理もない話だが。


882 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:39:14.94 ID:u3.MPCA0 [11/23]


「おいおい、あれだけ気をつけとけって言っただろ」


「あの子たちが元気過ぎるのがいけないのよ・・」



小さく溜め息をついた後、鉄棒から降り、愚痴る麦野の元へ駆け寄る。

しゃがみ込み、なるべく響かせないように患部に手を触れた。

湿布の上からでは状態が良く分からないためか、顔をしかめる浜面。



「湿布、剥がすけど良いか?」


「うん」



すっかり冷たさがなくなっている湿布をゆっくりと剥がす。

朝に貼り替えたものなので、今はもう独特の匂いはしなかった。

少しベタついたままの患部を少し指で押してみる。


883 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:40:54.72 ID:u3.MPCA0 [12/23]


「っ・・!」


「悪いっ、痛かったか?」



浜面が心配げに声をかけるも、麦野はケロリとした顔をしていた。



「うっそだにゃーん」


「・・この野郎」



ペロリと舌を出す麦野に対し、ピキピキと青筋を立てる浜面。

すべてが可愛いから許されるというのは甘い。

そろそろ、彼もキレて良いのではないだろうか。



「心配して損したぜ・・、うりゃ!」


「ぁ痛あっ!!」


「うおっ!?」



騙したお返しとばかりに浜面が麦野の右足首を強く握る。

その瞬間に、麦野が勢いよく飛び跳ねた。

お互いに素っ頓狂な悲鳴をあげてしまう二人。


884 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:41:51.49 ID:u3.MPCA0 [13/23]


「お、おい・・そんなに強く握ってないぞ・・、」


「っー・・」



歯を食いしばりながら、右足首を抑える麦野。

どうやら、本当に痛めているらしい。

あたふたしながら、浜面が謝るも、大丈夫、と麦野は一言。

腫れはないものの、やはりまだ痛みが残っていたようだ。



「見ただけじゃわかんねぇけど、やっぱりまだ痛むみたいだな・・、何処かで挫いたりしたのか?」


「わかんない、いつ痛めたのかも覚えてないし・・疲労蓄積で痛み再発~とかそんなノリかしら」



うーん、と唸ったまま、立ち上がる。

剥がした湿布はくしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込んでおいた。

少し思案したあと、浜面が静かに口を開く。



「・・ちょっと施設の医務室で湿布もらってくるから、ここで待ってろよ」


「あ、いや、別にそこまでしなくても良いわよ、もう帰るんだし・・」


「良いから・・とやかく言わずに待ってろって」


885 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:42:55.33 ID:u3.MPCA0 [14/23]


ぶっきら棒にそれだけ言い放つと、麦野の声かけも無視して足早に施設の中へ消えていく浜面。

彼が背を向ける直前の流し目に、麦野が少しだけドキッとしてしまったのは秘密だ。

まだ少し痛む足首を擦りつつ、地面に視線を落としながら、ポツリと呟く。



「・・ったくおせっかいなんだから、あのバカ」



とは言いつつも、自然と口元が緩んでしまったのが悔しい。

手持ち無沙汰になってしまったため、仕方なく施設の庭を見ると、子供の数はまばらになっているのが分かった。

切なげな夕焼けも手伝ってか、一日の終わりが近づいているようで少し感傷的な気分になってしまう。

夕日を背に一人ブランコを揺らす美女、という名画のような情景になっている。

そのとき、麦野の視界の隅にチラリと見えた少女が、ちょこちょこと駆け寄ってくるのが見えた。

例の少女だ。



「お姉ちゃん、怪我したの・・?」



心配そうな表情をしたまま、麦野の前に立つ少女。

麦野は少しびっくりしたような顔をするも、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

少女の前ではどんなに辛くても弱音は吐かない、という意志の表れだ。


886 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:43:52.53 ID:u3.MPCA0 [15/23]


「ん、心配してくれてありがとね・・でも大したことないから。

 っていうかどうして知ってるのかしら?」


「今擦れ違った仕上お兄ちゃんが言ってたの。

 一人になってる沈利お姉ちゃんの話し相手になってやってくれ、って・・」


「そう・・」



麦野の隣のブランコに少女は腰を下ろした。

好きな人の気遣いは、どんなに小さいものでも嬉しいのだ。

麦野のように感性豊かな少女であれば、なおさらである。

そんな恋する乙女を横目に、少女が話し始めた。



「別にお兄ちゃんに言われたから来たわけじゃないよ、

 個人的にお姉ちゃんとお話がしたかっただけだから・・」


「話?」



照れくさそうに俯く少女を見て、少し背中がむず痒くなる麦野。

子供は好きと言い張る彼女だが、いざ子供と二人きりになるとイマイチどう接していいのか分からなくなる。

面倒見の良い滝壺と違って。

自分と滝壺を比べると、いつも自分が負ける結果になるため、首をブンブン振って忘れようとした。


887 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:46:39.43 ID:u3.MPCA0 [16/23]


「うん、昨日、助けてくれたときのこと、まだお礼言ってなかったと思うから・・」


「昨日のこと・・?」



少女を抱えたまま、逃走した黒髪を単身で追い続け、助け出したこと。

学園都市の暗部で生きているからか、人身売買人に売り払われたり、何も知らないで研究者に育てられた『置き去り』が、

明らかに人体に悪影響のある無理な実験の材料にされて、悲惨な末路を辿った例を何度か見たことがある。

加害者側は麦野たちが完膚なきまでに葬り去るが、被害者側は大抵手遅れなパターンが多い。

その度に、上層部の情報伝達の遅さ、自分の非力さに腹が立っている。

何にせよ、もし、麦野が間に合わなかったら、今頃少女はどんな目に遭わされていたか。

今考えただけでも背筋がゾッとする。



「あのとき、『ありがとう』って言ってくれたじゃない、

 それにお礼なんていらないって言ったでしょ、私」


「うん・・でも、ちゃんと言いたかったから」



何と今の世に珍しい、礼儀正しい女の子だろうと思わず感心してしまう。

「アイテム」の他の三人にも見習って欲しいくらいの謙虚さである。


実は、自分が一番傍若無人の限りを尽くしているということに麦野は気付いていない。

(その害のほぼ9割を浜面が被っているというのも何とも言えない事実である)


888 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:47:49.52 ID:u3.MPCA0 [17/23]


「お礼を言うなら私よりも他の奴に言いなさい。

 誰か一人でも欠けていたら、助けることはできなかったんだからね」



全員が力を合わせた上での少女救出だったということをリーダーである麦野は強調する。

最後は大砲である麦野が一掃するものの、任務の成功は仲間の積み重ねがあってこそだ。

滝壺が対象を補足、フレンダが撹乱し、絹旗が退路を塞ぎ、弱らせ、麦野が仕留める。

それが「アイテム」の常套手段、基本戦術だ。

時には、昨日の浜面のような下部組織、伏兵の活躍もある。

今までもそうやって、いくつもの任務をこなしてきた、どんな困難な任務も。

こう考えてみると、彼女たちは運命共同体のようなものなのかもしれない。



「そっか・・・ねぇ、独り言呟いて良い、お姉ちゃん?」


「うん?」



声のトーンを落とした少女の表情には、チラリと陰りが見えていた。


889 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:49:37.66 ID:u3.MPCA0 [18/23]


「私、家族の記憶がなくて・・、唯一居たお兄ちゃんもあんなだったし・・」


「・・・」



その一言だけで、少女の暗さが感染したように、麦野も顔を俯かせる。

さすがの彼女も、少女の家族のことだけはフォローのしようがなかった。

そもそも、親が居たのかどうかも定かではないし、あの黒髪が言っていたこともあてにならない。

むしろ、最初から妹を苦しめ、売りつけるような兄など居ない方が良かったくらいだ。



「(あんまり考えてなかったけど、この子、私たちに境遇が似てるのよね・・)」



少女の横顔を見つめたまま、心の中で呟く。

家族がおらず、小さいままで学園都市の裏に放り込まれた上に、高レベルの能力者。

しかも、その事柄のすべてが少女の意思を無視した流れだ。

彼女はたまたま、光の当たる場所に戻ってくることができたものの、

永遠に学園都市の表に戻ることができないまま、闇に骨を埋める子供たちは五万といる。

それはもちろん、麦野たちも含まれていることだが。


890 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:50:43.01 ID:u3.MPCA0 [19/23]


「ここの友達は皆優しくて、面白くて、好き。

 でも、何だか未だに心にポッカリと穴が空いたまま、それを埋めることができないの・・」



少女の見た目は十歳、下手をすればそれ以下。

妙に大人びてはいるが、それは周囲の環境のせいでそうならざるを得なかったのだろう。

彼女は親の、家族の温もりを知らない。

知っていたとしても、その記憶は無理な能力の植え付けにより消えてなくなってしまった。

普通の子供ならば、親に甘えていたい時期のはず。

それを考えただけで、麦野は思わず言葉を漏らした。



「分かるわよ、その気持ち・・」


「え・・」


「ん、何でもない」



前を見ると、少し遠くで絹旗が泥だらけになりながら、少年たちとサッカーボールで遊んでいた。

彼女も、子供たちも、良い笑顔で走り回っている。

いつも大人、大人だと強がっている絹旗が、麦野が見たことのないような楽しそうな顔でボールを追っている。

本来、子供という生き物はああいう顔をしているべきなのだ。

隣に座っている少女のような、底のない、果てのない、悲しげな表情は似合わない。


891 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:52:49.14 ID:u3.MPCA0 [20/23]


「ここの友達がみんな、私と一緒で家族が居ない子供のは分かってる・・けど、

 ・・それでも、みんな一緒なんだとか変な仲間意識があるからとか、そういう理屈じゃこの気持ちが収まらない・・」



無機質的に話しながらも、徐々に自らの心を沈ませていく少女。

下を向いたままの彼女は一言だけ、付け加える。



「どうしたら、良いのかな、私・・」



その悲痛な、たった一言だけが心に突き刺さった。

麦野は思う、少女にこんな暗い顔をさせたままではいけない、

彼女を助けることができても、彼女の気持ちを変えてやらなければ何の意味もない、と。

それは分かっていたが、どうしても言葉が続かなかった。

レベル5の能力を演算する頭脳をもってしても、かける言葉が見つからない。

何か一言でも良いからと何気なき開いた口から、何も出てこないのだ。



「・・・・」



時間だけがゆっくりと過ぎていき、気まずい空気が膨らんでいく。

地面に目を向けると、夕日を背にして映った自分の影がゆっくりと、確実に伸びていく。

しかし、それを見ていても、当然ながら、何も思いつかない。

そのとき、不意に下を向いたままの麦野の視界に入ってきたものがあった。


892 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:54:12.01 ID:u3.MPCA0 [21/23]


「・・じゃ、今日から俺たちが家族ってのはどうだ?」



聞きなれた声。

ハッとしたように麦野が顔を上げると、すぐ目の前に湿布を持った浜面が立っていた。

ポカンと小さく口を開けたままの麦野、少女も似たような反応だった。

二人のリアクションが薄かったせいか、見る見るうちに顔を赤くさせた浜面は逃げるように横を向いて呟く。



「・・やっぱ、今のナシ、臭かった」



浜面は頭を掻きながら、麦野の元へ歩み寄った。

しゃがみ込み、彼女の足を優しく持ち上げると、手際よく患部に湿布を貼る。

その間も、恥じらいからなのか、ずっと口元をもごもごさせていた。



「家族・・」



水面に指先を軽く触れ、広がった波紋のように、ポツリと呟いた少女の言葉が麦野と浜面の耳に届いた。

不思議そうに少女を見やる浜面、麦野も同様にして視線を向ける。


893 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:55:40.58 ID:u3.MPCA0 [22/23]


「お兄ちゃんたちが、私の家族になってくれる・・?」



固まったままの少女が、ようやく二人に顔を向けた。

その表情は、ついさっきまでとは違い、少し朗らかになっている。

麦野がブランコから腰を上げるよりも早く、浜面が少女に歩み寄った。



「ああ、当たり前だろ、やっと素直で良い子が家族になってくれるんだ、こんなに嬉しいことはないぜ」


「・・ほんと?」



わしゃわしゃと少女の頭を撫でてやる浜面。

爆発しそうな嬉しさを抑えつつ、この日一番の笑顔を見せる少女。

傍から見ると、本当に仲の良い兄妹のようにも見える。

自分も何か言葉をかけようとしたが、何となく二人を見ていたかったのか、頬に手を当てながら、柔らかく微笑する麦野。



「『やっと』素直で良い子が・・ってどういう意味かなー、浜面?」


「あ、いや、ちょっと待ってくれ麦野、今のは言葉の綾って奴で・・!」



右足首の痛みも忘れ、麦野が勢い良く飛びかかる。

引っかかれ、ひっぱたかれ、ぶん殴られる浜面は芋虫のように縮こまってしまっていた。

浜面と麦野の喧嘩はもう日常茶飯事なので、少女もすっかり慣れており、二人のやり取りを見ながら、口に手を当てて笑っている。


894 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/24(土) 23:57:35.71 ID:u3.MPCA0 [23/23]


「ば、馬鹿麦野っ、ヒールはダメだ、ヒールは笑えねぇよぉぉぉぉぉっ!!??」


「問答無用だっつーの、このロリコン野郎ッ!!」



うぎゃああああああああ、と悲しげな断末魔の叫びが響き渡る「あすなろ園」の庭。

いち早く反応したのは、もちろん、それ(浜面の声、というよりも浜面の悲鳴)を聞き慣れている「アイテム」の面々。



「何をまた大人気ない大喧嘩してるんですか・・二人は」



まず、いち早く絹旗が何やら騒ぐ三人の元へ来ていた。

彼女の可愛らしい服が見るも無残に泥だらけになっていたが、彼女自身はすっきりしたような表情だ。

久しぶりに良い運動をしたらしく、キラリと光る汗が健康的である。

その後ろから、何やら叫びながらフレンダと滝壺も歩いてきていた。



「おーい、こっちも終わったよー!」


「何やってるの、はまづら?」



彼女たちは、一昨日、昨日と仮入所扱いだった少女を正式に施設に入れるための手続きを施設側と話し合っていたらしい。

二人の顔を見るからに、どうやら少女の入所が認められたようだ。

それを見た麦野は、浜面に向けていた鬼のような形相を、ホッとした表情に変えていた。

その拳は浜面に打ち続けたままだったが。


895 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:00:41.32 ID:7K9dfvc0 [1/39]


「それにしても、本当に仕上お兄ちゃんと沈利お姉ちゃんは仲が良いよね」



ニコニコしながら、少女が言う。

拳を振り上げたまま、ピタリと動きを止める麦野。



「そ、そうかしら・・?」


「うん・・でも、仕上お兄ちゃんはフレンダお姉ちゃんと付き合ってるんでしょ?」



「「「・・・・・。」」」



和やかな夕暮れの庭に、殺伐とした雰囲気が舞い降りた。

なぜなら、少女を除く全員にとって初耳の珍情報だからである。



「ど、どういう・・ことですか?」



そう呟いた絹旗がダラダラと漫画のような汗を垂らす。

当事者と思われる浜面とフレンダも同様に汗だくになっており、

頭の上には無数の「?」マークが浮かんでいた、というか増え続けていた。



「はーまづらぁ・・、いつの間にフレンダに手を出してたのかにゃーん?」



ゴゴゴゴゴゴ、という擬音が彼女の背後で轟き、さらに燃え盛る業火が見えた。

二人は似たような振る舞いをしたまま、慌てて、弁解に走り始める。


896 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:02:54.88 ID:7K9dfvc0 [2/39]


「そ、そんなわけねぇだろうがっ、嘘に決まってる!!」


「わ、私も浜面と同意見だってっ、結局、私がこんな奴と付き合う訳ないし、私は麦野一筋だよっ!?」



「この子がわざわざそんな嘘つくわけないでしょう・・、

 あー、もう面倒だから・・二人揃って私の前に首を差し出しなさい・・!」



今度は浜面とフレンダの悲鳴(後者は嬉しい悲鳴)が轟く。

少女は言葉を続けていたが、麦野たちの耳には届いていないようで。

話を最後まで聞こうとしないのは、日本人の悪い癖である。



「お昼に友達から聞いた話だったんだけど・・」


「あきらめよう、はまづらたちには聞こえてないみたい」



目をパチクリさせる少女の肩に優しく手を置く滝壺。

その手はなぜかふるふると震えていた。

ちなみに、この日の夜、フレンダが何者かによって全裸にされて、

隠れ家のトイレに頭から突っ込まれていたのは「アイテム」の中で都市伝説の一つとして語り継がれることになる。


そのとき、麦野の携帯がピリリリリー、と鳴った。

と、同時に暴れる彼女のポケットからポーンと飛び出たそれは絹旗の足元にポトリと落ちた。

やれやれ、と仕方なくそれを拾い、電話に出る「アイテム」内で唯一の常識人・絹旗。


897 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:06:38.30 ID:7K9dfvc0 [3/39]


「ああ、はい・・はい、分かりました、急行します」



携帯を閉じ、土煙を上げながらドタバタ劇を繰り広げる三人に向かって、大声で叫ぶ。

下手に口を挟むと火花がこちらまで飛んできそうで少し躊躇ったが。



「麦野ー、『上』から依頼が入りましたよー!」


「ん、あら、そうなの?」



今度こそしっかりと機能停止した麦野の両腕には、

それぞれにぐったりとした浜面と何故か至福の笑みを浮かべているフレンダ。

一方で少女の顔が少しだけぎこちなくなっていた、別れの時間が唐突に訪れたためか。



「じゃ・・、元気でね」



ポン、と頭にその手を乗せた滝壺の胸に少女が勢い良く飛び込んだ。

世界で一番姉妹らしく見える二人は、今生の別れが訪れたかのようで。

涙が流すとまではいかないが、二人は目を閉じたまま、しっかりと、強く抱き合う。


898 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:07:27.57 ID:7K9dfvc0 [4/39]


「今度、私の行きつけの健康ランドに連れて行きますね」


「次に会ったときは、私のオススメの鯖缶をフルセットにして送りつけてあげるんだからっ!」


「別に二度と会えなくなるわけじゃないんだから・・そんな大袈裟な」



口々に別れの言葉を告げる絹旗たち。

その度にうんうんと頷く少女はどこか寂しげだが、それを必死に表情の裏に隠しているようで。

それを見た麦野は少女の成長を目にしたようで、少しだけ目を細めた。



「・・じゃ、また会いに来るからな」


「うん・・」



浜面が少女の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。

少女は少し頷いたあと、一つのお願いをする、何故か照れたような表情のまま。



「お兄ちゃん、目を瞑ってくれる・・?」


「ん、ああ・・?」



少女の意図が分からず、浜面は素直に目を閉じる。


899 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:09:21.11 ID:7K9dfvc0 [5/39]


「あっ・・!」



麦野らしき声が一瞬だけ聞こえたと思えば、浜面はその頬に柔らかな何かを感じた。

その感触は何となく覚えがあるような、ないような。

それは、少女のファーストキスだった。



「お兄ちゃん、お姉ちゃんたちを守ってあげてね・・?」


「・・お、おう」



約束だよ、と口元に指を当てる少女。

子供が相手とはいえ、思わぬ不意打ちに浜面は呆然とただ一言、言葉を返すだけになってしまった。

そのやり取りを見ていた他四人はそれぞれにそれぞれの表情を浮かべていた。

ヒュー、と口笛を吹いたフレンダの横で、麦野が歯を食いしばっている。



「麦野、相手は子供なんですから・・ムキにならないでくださいね」


「わ、分かってる・・わよ」



絹旗の視野には麦野の両拳がふるふると震えているのが入っていた。

彼女もまた、少女と同じくぶつけようのない感情を押し殺しているようだ。


900 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:11:00.18 ID:7K9dfvc0 [6/39]


「じゃ、元気でね・・」


「うん、お姉ちゃんたちも」



最後の挨拶は、意外にもさっぱりしたものだった。

なぜなら、また会えるから。

むしろ、しっかりと挨拶をしてしまうと二度と会えなくなってしまう気がした。

少女は一人、庭の真ん中で麦野たちに向かって手を振っている。

彼女が一人で笑っているというのは、独り立ちの証のようだった。

少女は麦野たちの背中が見えなくなるまで、その手を振り続ける、笑顔を浮かべたまま。

これから先、少女がその顔を曇らせることはない。



彼女には、強く、頼もしく、とびっきりに優しい家族ができたから。







901 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:13:07.46 ID:7K9dfvc0 [7/39]


―――――



「あんなにあっさり風味のお別れで良かったんですか、滝壺さん」


「うん、あれ以上のことをしちゃうと泣いちゃうから、私・・」



移り行く窓の外の風景に目を走らせながら、滝壺が呟いた。

それもそうですね、と隣の絹旗は背中を座席に預ける。



「さってと、じゃ、さっさと戻るとしますか・・、元の場所に」



麦野が一人、呟いた。

元の場所というのは、学園都市の奥深く、混沌とした闇の中。

そこが、彼女たちが本来居るべき場所だからだ。



「次はいつ、あの子に会えるかな・・」


「十分、日の目は見ましたからね、そろそろ日陰に戻っても良い頃でしょう」


「結局、丁度良い骨休めになった訳よ」


902 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:15:08.38 ID:7K9dfvc0 [8/39]


後部座席に仲良く並んで座る滝壺たちが口々に呟く。

任務を終えた彼女たちがこれほどまでに爽やかな顔をしているのも初めてかもしれない。

その理由は言うまでもないだろう。



「・・さてと、指定された時刻まで時間がない、飛ばすぜ、掴まってろよっ!」



威勢よく叫んだ浜面がアクセルペダルを強く踏みつけた。

けたたましいエンジン音と共に、ワゴンはどんどんスピードを上げていく。

ふと、麦野が窓を開け、遠くでその身体をゆっくりと沈ませていく夕焼けを目に入れる。

そして、心地よい風を受けながら、不適に笑った。



「・・次、あの子に会うまでに死んでなんかいられないんだからね」



自分を、他の四人を鼓舞するように、ポツリと呟く。

彼女たちが戦う理由が、また一つ、増えた日のことだった。





・おわり・



910 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 00:38:19.44 ID:7K9dfvc0 [9/39]

とりあえず、二作目が終わりました。

またえらく長引きましたが、目を通していただいて感謝です。

余談、少女の名前をどうしようかと思ったのですが、敢えて伏せておいた方が良かったかな、と。


>>257にもあるように、まだ飽きが来てないので、

ゴールデンウィーク辺りに新しいのを始めようかと考えています。

ちなみに明日の同じ時間辺りには今日投下するはずだったオマケを。

では、おやすみなさい。


931 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:19:59.70 ID:7K9dfvc0 [10/39]

おばんです。

今回はおまけ、箸休め回ですね。


恐らく、終わったくらいに丁度良くスレも消費できていると思います。

では、投下します。


933 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:21:56.29 ID:7K9dfvc0 [11/39]

☆おまけ




「らん、らんらら、らんらんらん♪」



燦々と輝く太陽は沈み、学園都市が徐々に漆黒に包まれ始めていたそんな頃、

暗部組織「アイテム」の構成員、フレンダはいつもの第七学区にある隠れ家に向かっていた。

その日は『上』からの任務依頼もなく、「アイテム」の全員の自由行動が許されていたため、

リーダーである麦野は起床した外出し、早々に行方知らずになり、

行きつけの映画館で懐かしのB級映画の数々をぶっ続けノーカット上映があるらしく、

絹旗は朝の八時には家を出ており、帰るのは夕飯時だという。

インドア派に見える滝壺は春風のようにふらりと居なくなり、

根無し草の浜面はスキルアウトの元同僚たちと遊びに行ってしまっている。

フレンダも一人で毎月恒例のサバ缶巡りショッピングを満喫していたのだが、

ある人物からの呼び出しにより、急遽、隠れ家に戻ることになっていた。



「ふん、ふん、ふーん♪」



道行く帰宅途中の学生たちはルンルン気分の妙ちくりんな外国人を不思議そうな目で見ていた。

そんなことは気にもせず、上機嫌に口ずさまれるポップな鼻歌に合わせて、足取りはどんどん軽くなっていく。

せっかくのオフの日に呼び出されたというのに、彼女のテンションはやけに高かった。

それがなぜなのかはすぐに分かること、サバ缶に熱中する彼女を呼び出せる人物など一人しか居ない。


934 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:23:52.43 ID:7K9dfvc0 [12/39]


「むぎのっ、ムギノっ、麦野からの呼び出し~♪」



宇宙で一番愛する女性からの呼び出しに彼女が応じないワケがないのだ。

例え、目の前に何百年前の埋蔵金があろうとも、レベル5になれる特効薬があろうとも、

そのすぐ隣にセクシーポーズの麦野が居れば、迷わず、彼女はそれに飛びつくだろう。

麦野は彼女のすべてであり、いつしか、彼女が生きる意味にまで昇華していた。



「もうすぐだよー、麦野っー!」



両拳を天に突き上げながら、ご近所迷惑なレベルの声量で叫ぶフレンダ。

彼女が居た缶詰市場から「アイテム」の隠れ家まで、最低でも徒歩20分の距離があったのだが、

彼女のバレリーナみたいな大股なステップの前には10分程度の時間消費しか許されなかった。

学生で溢れかえる第七学区の中でも、珍しく人通りが少ない端の地域へ入ると、

やがて、灰色の煤けた小さなマンションが見える、その五階の一室が「アイテム」の隠れ家だ。



「着いったー!」



溢れ出る恋人への想いの前では、げんなりする五階までの階段など、何の障害にもならない。

少しだけ見栄を張った高いヒールをカン、カンと鳴らし、リズム良く駆け上がる。

同じマンションの人たちにはこれまた迷惑な騒音だが、今日ばかりは許してやってほしい。

彼女にとって、今日が特別な日になるかもしれないからだ。


935 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:25:24.89 ID:7K9dfvc0 [13/39]


「ふぅ・・」



麦野からの呼び出し電話からわずか10分少しという驚異的な時間で、待ち合わせの部屋の前に到着。

いつも何気なく開け閉めするドアが、なぜか自分を歓迎しているような錯覚に陥るほど、彼女のボルテージは最高潮。

ただ呼び出されたくらいで、何をそこまで興奮するのかと思う人も居るだろう。

しかし、そんな疑問は彼女の前では些細なことだ。



「(確か、部屋に入る前にピンポンして声をかけて、って麦野は言ってたよね・・)」



麦野がどうしてそんなことを言ったのか分からなかったが、それをフレンダが疑うことはない。

彼女のやることなすこと、すべてが正義(可愛いは正義の理論)、この世の理なのだ。

緩みきった顔のまま、右の人差し指をクルクル回し、ゆっくりと沈めるようにインターホンを押す。


ピンポーン



「・・はーい」



数秒後、中から聞こえてきたのは、何度聞いても飽きることはないであろう少女の声。

胸ときめかせ、気持ち弾ませる、恋するフレンダは元気良くそれに応える。


936 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:26:51.13 ID:7K9dfvc0 [14/39]


「麦野っ、来たよー、入って良いー?」



彼女の左手には鯖缶巡りの途中で手に入れた、激レアの鮭弁缶詰を入れたビニール袋。

普段は缶詰を煙たがる麦野でも、これをプレゼントすれば少しは見直してくれるだろう、と。

あわよくば、彼女も缶詰の虜にしてやりたい、同じ喜びを分かち合いたい、というフレンダの謀略だ。



「ええ、良いわよ、入って」


「ぉっけー♪」



ガチャリとドアノブを回し、足を踏み入れた。

一歩踏み出すたびに愛しの彼女に近づけると思うと、その足取りも自然と早くなる。

玄関には、自分のものより少しだけサイズの大きい、一対の赤いハイヒールが置かれていた。

ただの靴にもかかわらず、これほどまでに上品さを感じるのは何故だろう。



「(・・うん、結局、それはきっと履いている人が可愛いからだっ)」



それが誰のものなのかなど、朝飯前どころか、瞬きをするよりも簡単に分かる。

ブランド、サイズ、履き心地から匂いまで、フレンダの頭の中の麦野フォルダにインプットしてあるからだ。

お行儀良く置かれていた麦野のハイヒールの横に、自分の空色のヒールを並べる。

ちなみに、フレンダのヒールは、高さは違うが、麦野のヒールと色違いのお揃いだ。

任務のときには汚れてしまうため、絶対にそれを履いていくことはないが、

例え、任務のときに履いていたとして、どんな過酷な任務の最中でも彼女はそれを汚すことはないだろう。

自分にとっての大事な宝物、そして、他者に対するアドバンテージだからだ。


938 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:28:11.40 ID:7K9dfvc0 [15/39]


「・・?」



麦野のヒールにピッタリとくっつくように自分のを置き、ふと彼女が視線を上げると、ある異変に気付く。

隠れ家には、大きさが天井付近から床まである窓ガラスがあるのだが、

それを覆うカーテンがすべて締め切られており、部屋がほぼ真っ暗なのだ。

部屋の中心付近には、唯一小さな明かりが灯っており、それが怪しく揺れているのが見える。

おまけに、普段は足の踏み場もないくらいのゴミが散らかっているのがこの部屋の日常風景なのだが、

今は塵一つなく、暗闇でも分かるほどピカピカの床が目の前に広がっていた。



「む、麦野ー・・、麦野が気に入ってくれそうな缶詰買ってきたんだけど・・?」



非常にゆっくりとした、忍者のような足取りで、恐る恐る部屋の中心へ向かう。

さっきまで生き生きとしていたフレンダのハートは、すっかり冷めてしまっていた。

そのとき、不意に声が聞こえたため、視線を向ける。


939 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:29:13.93 ID:7K9dfvc0 [16/39]


「おかえり、フレンダ」


「むぎ、の・・?」



探すまでもなく、フレンダの想い人は部屋のソファに足を組んで座っていた。

しかし、その姿を目に入れた瞬間、冷え切った彼女の心臓は息を吹き返したかのように鼓動を始め、

手に持っていた缶詰の袋は、その場に大きな音を立てて落ちる。

なぜなら、



「む、麦野・・どうしたの、その格好・・?」


「ん、どうかしら・・?」



フレンダが思わず驚嘆の声を漏らしたのも無理はなかった。

麦野の格好はほぼ全裸に近いと言っても過言ではなく、

そのスタイルの良い身体を、透明同然の、白く可愛らしい花柄のネグリジェで覆っており、

その奥には色気のある黒のブラジャーと同じく黒のパンティが丸見えになっていた。

部屋の真ん中のテーブルの上に置かれている蝋燭型のライトが、

メリハリのある彼女の身体に影を作り、美しさを際立たせている。

若い女の子に人気の雑誌で見るようなモデル体型、完璧なプロポーション。

自分よりも身長が高いせいもあるが、年齢差以上に彼女が大人びて見えた。


940 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:30:01.06 ID:7K9dfvc0 [17/39]


「え、な、なんで、麦野っ、どうして・・そんな、カッコ・・?」


「だって、フレンダが喜ぶと思ったから・・朝早くに出て買いに行ってたのよ、これ」



ゴクリ、とフレンダが喉を鳴らす。

そういえば、麦野は朝から何処に行くとも言わず、消えていた。

まさか、自分のために下着を買いに行っていたとは思いもしなかった。

これは夢か現か幻か。

スラリと長い手足、その手で包まれたらどれだけ癒されるのか、その足を絡まされたらどれだけ幸せになれるのか。

やましい考えが、脳裏をよぎっては消え、現れては霧散する。

彼女のスリーサイズを完璧に把握しているフレンダでも、その美貌を生で見ると、やはり、生唾を飲み込むほどだ。



「(抱きたい、麦野、私のため、下着、朝から、エロい、麦野、嗅ぎたい、麦野、ネグリジェ、触れたい、エロい、麦野・・)」



台風の暴風域のように、ぐるぐると言葉が頭の中を駆け巡っていく。

完全に回線不良を起こしたフレンダの頭はショート寸前で、

その影響からか足がフラついてしまい、その場に前のめりになってしまう。


941 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:31:07.83 ID:7K9dfvc0 [18/39]


「う、うにゃぁっ・・!」


「フレンダっ」



あと少しで床におでこを打ち付けてしまうというところで麦野が止めに入った。

その右腕でしっかりとフレンダの身体を支えてやり、左手を彼女の肩に回し、そのままゆっくりと自分の胸元に寄せてやる。



「ごめんね、フレンダ・・びっくりしたわよね」



いつもとは明らかに違う、麦野の優しい声がフレンダの鼓膜に緩やかに届く。

それは露骨な猫撫で声でも、演技の入ったものでもない、彼女の真の言葉。

少なくとも、既にほろ酔い状態のフレンダにはそう聞こえた。



「私ね、やっと気付いたのよ、貴方が私のことをどれだけ愛してくれていたのかを・・」


「麦野・・」



豊満なバストがフレンダの眼前に目一杯に広がる。

自分の持っているものとは何カップの差があるのだろう、とどうでも良いことを考えてしまう。

貪りつきたい気持ちを抑え、歯を食いしばったまま、視線を少し上にあげる。

麦野かと思ったら、天使だった・・、いや、逆だ。


942 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:33:47.88 ID:7K9dfvc0 [19/39]


「(ようやく・・私のこれまでの努力が報われようとしている訳ね・・)」



自分の人生のすべてを賭けて、麦野に尽くしてきたつもりだった。

彼女がお菓子作りを手伝って欲しいと頼んでくれば快諾し、

彼女が月夜の下で一人泣き崩れれば、必死に説得し、慰めた末に、彼女のためにその身を引いた。

カバみたいに鈍感な、麦野を悲しませる浜面を殺してやりたいくらいの衝動に駆られたこともあったが、

彼を恋い慕う麦野の手前、手を出そうとはしなかった。

何よりも自分の手で麦野の目に涙を浮かべさせるわけにはいかないからだ。

だが、ついにそんな血も滲むような彼女のご奉仕に麦野が振り向いてくれるときが訪れた。

レズビアン冥利に尽きるとはこのことか。



「麦野・・」



間の抜けたことに、さっきから麦野の名前しか呟いていないような気がした。

日頃、猛アタックをかけている割に、いざ、詰め寄られると縮こまってしまう。

フレンダも何だかんだ経験の浅い、純情な乙女なのだ。


943 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:34:36.20 ID:7K9dfvc0 [20/39]


「フレンダ、こっち・・」


「う、うあ・・?」



膝裏に右腕を差し入れられ、背中に左手を添えられ、その身体を再び胸元に引き寄せられる。

わけがわからないまま、お姫様だっこされてしまうフレンダ。

その拍子にフレンダのチャームポイントである頭の藍色の制帽がポトリと落ちてしまうが、気にしない。

麦野の表情はいつもと違う凛々しさを含んでおり、フレンダの中の乙女心がキュンと鳴る。

やがて、隠れ家に唯一ある大きな茶色のソファにゆっくりと下ろされた。



「む、麦野・・何するの?」



ソファに寝かされたフレンダは、小さく息を荒げながら、目の前に立つ麦野を見やる。

ベタな表現だが、ドキドキが止まらない、今の彼女はまさにその状態だった。

右手を自分の胸に宛がうと、自分の心臓が暴れまくっているのを再確認する。

ライトを背にした麦野の表情は分からなかったが、口が開き始めるのが見えた。


944 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:35:14.63 ID:7K9dfvc0 [21/39]


「愛の契り、かな」


「・・あ、あいの、ちぎりっ」



ボフンッ!と火山が噴火したように、フレンダの頭が爆発し、

その心は、何か大きな槍のようなもので穿たれたような感覚に陥る。

しかし、痛みは感じず、ただただ快感と緊張で満たされていたのが不思議で仕方なかった。



「そ、そんな・・ダメだよ、麦野、いきなりそんなっ・・!

 浜面たちが帰ってきちゃったらどうするのさ・・」



あくまで「アイテム」の自由行動は今日一日のはずだ。

今はまだ外はほんの少しだけ明るいが、夜になれば、間違いなく浜面たちが帰ってくる。

現在、七時ちょうど。

腹を空かせた彼らと鉢合わせになる可能性は限りなく100%に近い。

フレンダは、麦野が好きなことをオープンにしてはいるが、この痴態を見られるのはさすがに恥じらいがあった。

しかし、そんな無用な心配は一蹴される。


946 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:35:54.37 ID:7K9dfvc0 [22/39]


「安心して、そこはもう手を打ってあるわよ、私の方から電話で全員にお願いしておいたから・・、

 今日はここに帰ってこないように・・他の隠れ家で泊まって、って」


「あ、あぅっ・・!?」



さすが、自分が世界でただ一人崇拝する女性、麦野沈利、本当に抜かりがない。

最初は自分が麦野を襲ってやろうと画策していたが、いつの間にか彼女に主導権を握られていることに気付いた。

退路を塞がれ、外堀が埋められ、フレンダの余裕はじわじわと削がれていく。

麦野を愛する想いが強ければ強いほど、それは強力な棘となり、彼女の心と身体をきつく締め上げていった。

理性と本能がせめぎあう中でも、麦野の身体はフレンダに迫っていく。



「(や、やっ・・、うあぁっ・・!」」



その滑らかな足を絡められると、自分が日頃、声高々に発している自慢の脚線美も歯がたたない。

その胸を押し当てられると、しゃぶりつくことさえ、愚かなことなのではないかと思ってしまう。

その指で触れられると、自分の身体の隅々まで触れて欲しい、撫でてほしいという欲望が生まれる。

そして、その瞳が近づいてくると、まるで石になってしまったかのように身体が硬直してしまう。


947 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:36:55.17 ID:7K9dfvc0 [23/39]


「(や、やっ・・、うあぁっ・・!」」



その滑らかな足を絡められると、自分が日頃、声高々に発している自慢の脚線美も歯がたたない。

その胸を押し当てられると、しゃぶりつくことさえ、愚かなことなのではないかと思ってしまう。

その指で触れられると、自分の身体の隅々まで触れて欲しい、撫でてほしいという欲望が生まれる。

そして、その瞳が近づいてくると、まるで石になってしまったかのように身体が硬直してしまう。



「(も、もうダメぇっ・・!)」



火照った頬の温度が上がっていく、何も考えることができない。

フレンダの身体も思考も、完全に麦野に支配されていた。

自分の髪の毛が麦野の指に絡め取られるたび、全身に鳥肌がたっていく。

あらゆる箇所から汗が滲み出ていくのが分かる、緊張から喉がからからに渇いているのが分かる、

自分の目の奥から、不思議に熱いものが込み上げてくるのも分かる。

数十秒後、ようやく、フレンダがその口を開いた。



「・・・お願い、麦野っ」



わずか数センチの距離。

この距離を今まで埋められなかった。

しかし、今は違う。

麦野の首にその腕を回し、その身を彼女の身体に溶かしていくように抱きつく。


948 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:38:09.96 ID:7K9dfvc0 [24/39]


「・・うん?」



姉のような、母のような、恋人のような優しい声。

落ちたのは、一粒の涙。

もう、いい加減に甘えても良かったのかもしれない。




「私を、抱いてっ・・!」




すべての理性のたがを取り払ったフレンダは、愛する人と繋がりたい一心にその目を静かに閉じた。








949 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:39:33.63 ID:7K9dfvc0 [25/39]


―――――



次に目を開けたとき、映ったのは染み一つない真っ白な天井だった。

何度、瞬きをしても、目の前の光景が変わることがない。



「あれ?」



自分が寝かされているのは大きな茶色のソファではなく、白いフカフカのベッド。

真っ暗な部屋ではなく、見慣れない、微かな薬品の匂いが漂う白い部屋。

あれだけ静かだった外はうってかわって雨が降っており、おまけに夜ではなく、昼だ。

そして、何よりも自分のすぐ目の前に居たはずのネグリジェ姿の麦野がなかった。

これがどういう状況なのか、一言で簡潔に表すと、



「・・・ゆ、夢?」



グラリとベッドからずり落ち、フレンダの頭が床に激突した。

ジーンと身体全体に広がる衝撃は、彼女を現実に引き戻す。

下半身はベッドの上に残っている、尺取虫のような格好のまま、腕を組んで考え始める。


950 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:40:27.63 ID:7K9dfvc0 [26/39]


「・・結局、どうりで都合が良いと思った訳よ、麦野がほぼ全裸でお出迎えしてくれるなんて。

 それなんてエロゲ?って感じだったし・・、でも信じちゃうじゃない、だって、女の子だもん・・」



口を開くたびに愚痴が出てきて嫌になる。

落胆と絶望と後悔と悲哀と、とにかくネガティブな言葉ばかりが纏わりついてきた。

これほどまでに、現実であってほしかったと思った夢を見たのは初めてだ。



「よいしょ、えーと・・ここはドコ、私はフレンダ、好きな人は麦野、よしっ!」



ようやく沸騰していた頭が冷えてきた、のそりと立ち上がるフレンダ。

ここは児童擁護施設「あすなろ園」の医務室。

子供たちとのサッカー中にボールが顔面に直撃し、絹旗におぶられて医務室に運ばれる最中、

余計なことを言ったせいで彼女にプロレス技をかけられて、意識を失っていた、と記憶が一致。

分かりやすく説明すると、浜面たちが少女の拉致に気付いて、黒髪たちを追い始めたとき辺りのことである。



「まさか、麦野たち帰ってないよね・・、とりあえずここから出よう」



少し寝すぎたためか、時計を見ると大分時間が経ってしまっていた。

ズキズキ痛む脳天を抑えながら、枕元に置いてあった制帽を被せる。


951 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:41:18.73 ID:7K9dfvc0 [27/39]

そのとき、妙な、鉄の匂いが鼻腔に広がった。



「ああ、そういえば鼻血出してたんだっけ・・」



絹旗の強力なボレーシュートが顔面に当たってしまったのが、そもそもの始まりだったことを思い出す。

窓際の棚に置いてあったティッシュ箱から一枚取り、ちーんと鼻をかんだ。

微妙に血混じりの鼻水にげんなりするものの、所詮は鼻血、楽観視して、医務室から外へ出る。

念のため、拝借しておいたティッシュを二、三枚、ポケットに突っ込んでおく。

通路を歩いていても、窓から見える、外の豪雨の凄さがよく分かった。



「うへぇ・・すっごい雨だなぁ、麦野、びしょ濡れになってて、透けブラ~・・なんてっ、うあ゛?」



透けブラの想像と夢で見た麦野の黒ブラが重なって、再び鼻血が垂れてくる。

あのたわわな胸にありつけるのはいつのことになるのだろう、と破廉恥なことを考えながら、また鼻をかむ。

子供たちが遊んでいる棟と、先生方の事務室などがある棟を繋ぐ外通路をてくてくと歩いていった。

ピシャピシャと雨粒が風とともに吹き込んでくるため、少し肌寒さを感じる。

制服スカートを履いていた彼女は、より敏感に寒さを感じてしまうだろう。


952 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:42:25.50 ID:7K9dfvc0 [28/39]

そんなとき、向かい側から女の先生が歩いてくるのが見えた。



「あら、貴方は・・」



三十代半ばくらいに見える例の先生は、口に手を当て、何やら驚いたような表情を浮かべていた。

それが何を示しているのか分からないフレンダは、首を傾げながらも問う。



「あ、どうも・・麦野たち、何処に居るか知ってます?」


「えっと、あの子たちなら、ちょっと前に施設から出て行ったわよ・・、

 理由はよく分からないけど、あの女の子に何かあったんじゃないかしら?」


「え・・?」


「あら、もしかして、知らなかったの?」



――――置いていかれた。

頭の中に浮かんだのは、その一文だった。



「あ、ああ・・そういえばさっきメールが来てたんでした、あははっ!」



おもむろに出した携帯を先生に見せたまま、明るく笑うフレンダ。

その頬に冷や汗を一筋垂らしながら。

もちろん、メールが来ていたというのは、咄嗟に考えた浅はかな嘘。


953 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:43:17.37 ID:7K9dfvc0 [29/39]


「そう・・一人で帰れるの、傘はある?」


「あ、はい、大丈夫です、お気になさらず・・」



慣れない敬語を使い、引きつった笑みのまま、先生と擦れ違い、足早に走り去っていく。

もちろん、傘なんて持っているはずがない。

とにかく、今は誰にも同情をかけてほしくなかった、それだけ。



「(・・何があったのかは分からないけど大丈夫、すぐに戻ってくるはず、だよね)」



急に激しく動いたからか、呼吸が酷く乱れる。

それは走ったからだけではないだろう。

辿り着いた昇降口に立ったまま、止むことのない雨を見続けていた。



「ここで待ってようかな・・」



一人で子供たちの居る場所へ戻るのも、物寂しい。

そんな彼女に追い討ちをかけるような、激しい雨の音が耳にやかましく響いてくる。

そのとき、後ろから小さな足音が聞こえてきた。


954 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:44:20.83 ID:7K9dfvc0 [30/39]


「あれ、金髪のお姉ちゃん、何やってんの・・?」


「・・ん?」



振り返ると、一緒にサッカーで遊んだ一人の女の子が立っていた。

綺麗に茶に染まったロングヘアの彼女は、少し麦野に似ている。

こんなところに一人で居るということはトイレにでも向かう途中だったのかもしれない。



「えっと・・麦野たちを待ってるんだ」


「沈利お姉ちゃんたちを・・、もしかして沈利お姉ちゃんたちが何処に行ったのか知らないの?」



少女がキョトンと不思議そうな顔をする。

どうやら何らかの事情を知っているらしい。

珍しくまともに働いたフレンダの洞察眼がそれを察した。



「・・え、麦野たちが何処に行ったのか知ってるの?」


「あー・・えっと、うん、知ってるって言えば知ってる、かな」



返ってきたのは曖昧な答え。

口ごもる少女に対し、フレンダは身を乗り出して追及する。


955 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:46:53.25 ID:7K9dfvc0 [31/39]


「詳しく教えて・・私、置いていかれちゃったみたいなんだよね」


「うん、あのね・・」



少女が話してくれたこと、彼女が一人、サッカーを抜け出してトイレに行ったときの話だ。

浜面、麦野が女子トイレから出てきて、何やら深刻な表情で話をしていた。

おまけに、ぐったりした滝壺が浜面に背負われていたらしい。

三人の話を影に隠れて聞いていたところ、浜面たちが連れてきた女の子が何者かによって、

白昼堂々、施設の中に居たにも関わらず拉致されてしまい、麦野たちが犯人を追おうとしていたという。

それを聞いたとき、フレンダは信じられなかったが、作り話にしては妙に手が込んでいる。

信じざるを得なかった、自分が戦力として数えられず、ここに置いていかれたという事実も。

少女に悟られぬよう、フレンダの表情は明るいままたったが、少しだけ肩を落としているのが伺える。



「そう・・なんだ」


「うん、何か言っちゃいけないことだと思ったから、先生たちにも言わなかったんだけど・・。

 やっぱり、言った方が良いのかな・・?」


「いや、言わないでおいて・・お願いだから」


「・・そっか、分かった、言わないでおくね」


956 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:47:35.05 ID:7K9dfvc0 [32/39]


物分かりの良い子供で助かる。

ここで下手に騒動を起こすと、順調にいっていた黒髪少女の入所に支障をきたす可能性があったからだ。

何としても、この事件はフレンダたちが自力で解決しなければならない。

ポン、と少女の頭に手を置き、一言感謝して、彼女と別れる。

これで正真正銘、フレンダは一人になってしまっていた。



「・・私だけ、のけもの一人ぽっちか」



気付けば、激しく地を打ち付ける雨の中に足を踏み出していた。

すべてを洗い流してくれるはずの天の恵みが、意地悪にも、彼女の想いだけは流してくれない。

一瞬でズブ濡れになってしまった彼女は、気付くと施設の門の前に立っていた。

通りを見ると、止めてあったはずの黒のワゴンもなかった。

人通りが多いはずの前の道は、この豪雨のせいか、誰一人の姿も見えない。

当然、麦野たちの姿も。


957 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:48:06.05 ID:7K9dfvc0 [33/39]


「どうして、私を置いていっちゃったのかな・・」



門の前に、力なく座り込む。

水溜りがあったことに気付かず、下着に水が染み込んでいってしまう。

雨は依然として強く、そして、痛めつけるように彼女の身体を打っていた。

その雨が、ただでさえズブ濡れの彼女に染み込み、服を重くさせていく。

重くなっていくのはそれだけではない、彼女自身の気持ちも深く沈ませていった。



「そうだよね・・結局、私って頼りにならないもんね・・」



自分と能力者に絶対的な差があるのは分かっていた。

それでも「アイテム」の力になってきたと自負している。

しかし、こんなにも唐突にハブにすることはないのでは・・と考えた。

それも、自分たちが大事にしていた女の子を助ける、という何よりも重要な任務で。


958 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:48:56.55 ID:7K9dfvc0 [34/39]


「麦野たちはきっと女の子を助け出してくる・・それは分かる。

 でも、その輪の中に私は居ない・・私なんかが居なくても、十分にやっていけるんだ、アイツらは」



ゆっくりと目を閉じる、何も見たくなかったから。

耳も塞ぐ、何も聞きたくなかったから。

足も閉じ、頭も下げ、とうとう塞ぎこんでしまう。



「・・ふぇ、へっくちっ!」



全身に寒気が走ったと思えば、豪快なくしゃみをしてしまった。

こんな雨の中に薄着で居れば、当然といえば当然だったかもしれない。

血混じりの鼻水が垂れてしまったため、医務室から取ってきたティッシュを取り出す。



「あ・・」



そのティッシュもこの豪雨のせいで、一瞬で濡れて使い物にならなくなってしまった。

ぐちゃぐちゃになってしまう、自分の顔も。

紙屑以下になったティッシュをポイと捨て、ずるずると鼻をすする。


959 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:49:54.54 ID:7K9dfvc0 [35/39]


「えへへ、このままじゃ風邪ひいちゃうかも・・麦野が看病してくれると嬉しいな」



自分だけケロリとした顔で隠れ家に戻ることができるだろうか。

いまさらながら、たまたま今回だけ外されただけかもしれない、そう思うようにした。

そう思うことしかできない。

雨に濡れたせいで自分が涙を流していることさえ、気付けなかった。



「結局、私も寂しがりな訳よ・・」



誰に言うわけでもなく、小さく呟く。

このまま、ここで一人寂しく死にたい、そんな愚かな考えが頭をよぎったとき、

遠くから激しいクラクションとともに、一台の車が近づいてくる音がした。

フレンダは面倒臭そうに頭をあげ、虚ろな目を音のした方へ向ける。

すると、彼女のすぐ目の前に激しい水しぶきと共に、見慣れた黒いワゴンが急停止した。

降りてきたのは、これまた見慣れた、少し生意気で、少し頼れる茶髪の少年。


960 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:50:41.38 ID:7K9dfvc0 [36/39]


「う、うおいっ、こんなとこで何やってんだよ、フレンダッ!?」



「は・・はま、はまづらあああああああああああっ!!!」



溜め込んでいた感情を爆発させるように、少年の胸に飛び込むフレンダ。

鼻水を垂らしっぱなしの顔をぐりぐりと、これでもかというくらいに強く押し付ける。

そんな彼女を、嫌な顔一つせずに抱きしめてやる浜面。



「ったく、どうしたんだよ、こんな雨の中で一人で座ってるなんて・・

 いや、それよりもだ、こっちも色々あってだな、かなりまずいことになってるんだよっ!」


「知っでる・・あの子が攫われぢゃったんでしょ゛・・!」



涙と鼻水と色んな液体で顔をぐちゃぐちゃにしたフレンダが言う。

浜面は目をパチクリさせながらも、持っていたハンカチで彼女の顔を拭ってやる。

ちなみに、このときのやり取りを遠くから子供に見られていたため、

二人が付き合っている、という聞く人が聞けば笑える誤解を生み出したらしい。


961 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:52:37.00 ID:7K9dfvc0 [37/39]


「どうして知ってんだ・・いや、この際そんなことはどうでも良いな、

 置いてっちまって悪かった、麦野が急いでお前を連れて来いって言うから急いで戻ってきたんだっ」


「麦野が・・?」



その言葉を聞いた瞬間、さっきまで自分の心を支配していたもやもやが吹き飛んだ気がした。

別に見捨てられていたわけじゃなかったのだ、ただ、忘れられていただけで。



「(いや・・それはそれで何かかなり傷つく・・・、でもっ!)」



ふるふると頭を振り、今までの弱気な自分にサヨナラしたフレンダは軽快にワゴンの助手席側に回る。

理由は分からないが、元気をなくしていたらしい彼女が元通りになったのを見て、浜面はホッと胸を撫で下ろした。



「ったく・・喜怒哀楽の激しい奴だな、相変わらず」



すっかり自分も雨ざらしになってしまった浜面は、溜め息一つ。

その顔はまんざらでもないような表情を浮かべている。

そんな彼とは対照的に、運転席側の窓を開け、顔を出すフレンダは笑顔で言い放つ。


962 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 22:57:10.88 ID:7K9dfvc0 [38/39]


「ほらほら、愚痴ってる暇があったら、

 さっさと発進させろ運転手っ、積もる話は女の子を助けてからだぞ!」



それを聞いて、浜面は口元にわずかに笑みを浮かべる。

可愛い妹を見るような、そんな眼差しだった。。



「はいはい・・、ちゃんとシートベルト締めとけよ」



少しでも仲間を疑った自分が恥ずかしかった。

でも、そんな愚かしい自分の弱さは見せたくない、浜面にも、無論、麦野にも。


「アイテム」のムードメーカーは、泣き腫らした顔を隠しもせず、

その澄んだ青い瞳を夜空の星のように煌かせながら、はつらつと声を出す。



――――すべては、愛する彼女のために








964 名前:管理人、Twitterを始める http://twitter.com/aramaki_vip2ch[saga] 投稿日:2010/04/25(日) 23:04:33.93 ID:7K9dfvc0 [39/39]

以上で、完全に二作目は終了となります。

微妙に前半百合注意の忠告をするのを忘れていました。


同じスレタイでないと分かりにくいと思うので、

次スレは『麦野「・・・浜面が入院?」Part2』とかそんなノリです。

このスレの残りは適当に「アイテム」雑談などで名残なく潰してやってください。


ちなみに、次回作は禁書SSとしてはベッタベタのテーマなので、少し新鮮味が欠けるかもしれませんが、

興味がおありでしたら、目を通していただけると幸いです。


あと、HTML化は依頼しておいた方が良いんですよね?

勝手にしておきますが・・。

では、おやすみなさい。


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