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麦野「・・・浜面が入院?」 4

272 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 22:51:34.59 ID:XV/y4mo0 [1/19]

おばんです。

とりあえず、新シリーズ開始ということで。

さすがに前回ほど長くはならないと思いますが。

ちなみに、今回はプロローグのようなものなので、

前菜感覚で目を通してやってください。

では、投下します。

273 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 22:53:45.40 ID:XV/y4mo0 [2/19]


―――――



時刻は夜の十一時を回った頃。

墨汁を目一杯にこぼしたような暗闇が学園都市全土に深く染み込んでいた。

不気味なほどに空を覆い尽くしているどんよりとした雲は、今にも冷たい雨を降らせようとしている。

今の時間帯は、学生や教師、研究者といった表の世界の住人のほとんどは家に戻っており、

スキルアウトを始め、ならず者を中心とした裏の世界の住人が活動を始める頃だ。

それは、学園都市の裏側で活動している暗部組織の者たちも例外ではない。

その中の一つでもある、非公式組織「アイテム」の四人は、

『上』から下された任務を手早くこなし、人気のない、暗く、狭い夜道のド真ん中でたむろしていた。


「・・あーぁ、言うほど張り合いのある奴らじゃなかったわねぇ」


「麦野が待ちきれなくて手を出してしまったせいでしょう、

 計画が超破綻するんじゃないかと、超冷や冷やしましたよ」


「能力使うなら使うっていってよねー、麦野の能力は掠っただけで致命傷なんだからさー」


「お腹空いた・・」


274 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 22:56:47.81 ID:XV/y4mo0 [3/19]


麦野沈利、絹旗最愛、フレンダ、滝壺理后。

見た目だけだと信じられないかもしれないが、彼女たち四人が「アイテム」の主戦力である。

普通なら、少女四人が深夜近くに学園都市の寂れた区画を歩いていると、

スキルアウト辺りに襲撃されるのだろうが、彼女たちの場合はその心配はない。

襲撃されることはあれど、敗北することは絶対にないと言える。

文字通り、一蹴されるからだ。

いつしか、彼女たちには逆らうべきではないという暗黙の了解が、

彼女たちの活動範囲で言い伝えられるようになっていた。

一応は暗部組織であるため、目立った行動はあまり良いことではないのだが。

さて、そんな無敵な彼女たちがどうしてこんな夜道で座り込んでいるのかというのには、ある理由があった。



「浜面の奴・・、まだアシ取れないの?」


「まさか、現場に乗り付けたワゴンが爆破されるとは思いませんでしたよね」



自分の髪の毛を指先にクルクルと巻きつけ、不機嫌に言葉を吐く麦野。

それに賛同する絹旗は、それほど外気温は低くないとはいえ、

見慣れた薄桃色のセーター風で、少し寒そうな格好だ。


275 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:00:02.31 ID:XV/y4mo0 [4/19]


「っていうか、浜面が車内で待機してんじゃなかったんですか?」


「小便が我慢できなくて、ちょっと離れて用を足してた隙を突かれたんだってさ・・」


「・・ほんっと、超浜面って感じですよね」



爆破された車の代わりを確保するために、浜面が任務終わりの彼女たちの元を離れてから、

かれこれ15分ほどが経っている。

第七学区にある「アイテム」の隠れ家の一つに帰るには、今彼女たちが居る場所はあまりにも遠すぎた。

徒歩で帰るとなると、日付が変わってしまうだろう。

そのため、車を失った原因であり、「アイテム」の下部組織、

つまり、下っ端の雑用でもある浜面が、新しい帰宅手段を確保しなければならなかったのだ。



「それにしても遅いですね・・、何かトラブルにでも巻き込まれたんでしょうか」


「だったら、私らの誰かに連絡してるでしょ」


「・・結局、早く帰りたいよー」



立っているのが億劫になったのか、廃ビルに背を預けながら座り込んだフレンダが愚痴をこぼす。



「ころころー。」



それに向かい合うようにして、反対側の街灯の真下でしゃがみ込んでいるのは滝壺。

彼女は悲壮感が漂うフレンダとは違い、なぜか微笑みながら足元の小石を弄って遊んでいた。


276 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:02:07.23 ID:XV/y4mo0 [5/19]



「か弱い女の子四人を待たせるなんて、浜面は帰ったら折檻決定だわ」


「・・・ん」



ぐだぐだと愚痴を垂れ流す麦野たちを横目に小石弄りに没頭していた滝壺が、

何かを察知したように、ゆっくりと立ち上がった。

三人が一斉に、立ったまま辺りを見回す彼女を見やる。



「どうしたのよ、滝壺・・、アンタもトイレ?」


「・・ちがう」


「もしかして、さっきの奴らの残党でも?」


「ちがう」


「結局、いつもみたいに変な電波でも受信したんでしょ?」


「ちがう」



両耳に手をあてて、耳をすませるような素振りを見せる滝壺。

直立不動のまま、目を閉じる。


277 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:06:10.99 ID:XV/y4mo0 [6/19]


「・・何か聞こえる」



彼女の言葉に、三人も素直に耳をそばだててみる。

15分ほどこの場所に留まっているが、何の音も聞こえてこなかったはずだが。

しかし、夜が深まっていく学園都市の静寂は、その音を際立てる。



 ・・・ぐす、・・・ぅっ、すん・・・、っ・・



何かが擦れるような音、それを聞いた最初の印象だ。

よく聞いてみると、人のすすり泣くような声にも聞こえる。

それは、彼女たちの進行方向から聞こえていた。

ポツンポツンと設置されている街灯を頼りに目を細めて先を見据えても、誰の姿も見当たらない。

しかし、感覚を研ぎ澄ませてみると、確かに人の気配がする。


278 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:09:15.49 ID:XV/y4mo0 [7/19]


「・・誰か居るわね」


「私が行きます」



鋭く目を光らせ、右手を小さく掲げた麦野を制し、前に出る絹旗。

ここで麦野に派手に能力を使ってもらうと、かなり厄介だ。



「・・大丈夫、絹旗?」


「心配は超無用ですよ」



身構えるフレンダの心配を他所に、足を進める絹旗。

『窒素装甲』の自動防御機能に身を包んだ彼女であれば、

並大抵の奇襲攻撃には容易に耐えることができる。

その幼さの残る容姿も、初見の敵を油断させるためのアビリティだ。

そのため、絹旗は重要な偵察・奇襲の役割を担える。

麦野であれば、偵察だの奇襲だのといった単純な戦術をする必要もないのだが、

正体が分からない相手に対して不必要に暴れるのは、逆に足元をすくわれてしまう可能性もある。


279 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:12:42.81 ID:XV/y4mo0 [8/19]


「私もついていこっか?」


「いえ、殺気は感じられませんし」



ひらひらと麦野に手を振り、謎の音がした方向へ顔を向ける絹旗。

一般的な廃ビルが細い路地裏の道の両側に建っており、それが延々と続いている。

さらにその200メートルほど先からは街灯がなくなっており、暗闇が支配していた。

どの廃ビルの真下にも投棄された家具や工事途中と思われる鉄屑などが大量に散らばっている。

彼女たちに一番近い街灯の真下には、

何処かの店のものだろうか、寂れた長方形の大きな看板が立てかけてあった。

その看板の周囲にも、鉄骨や用済みのドラム缶などがぞんざいに置かれており、

こちらから見ようとしても、その看板の裏を見ることはできなかった。

慎重な足取りで看板に近づく。

先ほどまで聞こえていた音は途切れてしまっていたが、絹旗は確信した。

音源はここだ、立てかけられた看板の裏。

彼女たちが元居たところとは50メートルほど離れた場所だった。
 


「・・・さて」



『窒素装甲』の能力を使用し、自分の背丈の三倍はあるであろう、

その細長い看板の両端を持つと、手間なくそれをどけた。

看板の影に隠れていたそれは、真上の街灯の光を浴び、正体を現す。


280 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:15:21.12 ID:XV/y4mo0 [9/19]


「・・・ぐすっ、んぅ・・、うぇっ・・」


「・・・?」



看板を抱えたまま、目を丸くする絹旗。

そこには、うずくまるようにして地に伏せたまま、嗚咽を漏らす少女が居た。

先ほどまで聞こえていた音は、本当に人のすすり泣く声だったらしい。

自分よりも小さな女の子。

体格的には十歳くらいの子供だろうか。

おかっぱに近いショートカットの黒髪はボサボサで埃まみれ。

着ている服は、元は綺麗な白いワンピースのようだが、

所々が大きく破れており、その白い肌が垣間見えている。

さらに、その細い腕や足には無数の擦り傷や殴られたような痕を視認できた。



「・・・ぇ?」


「あ・・」



急に光があたり、驚いたように頭を上げたその少女の目が絹旗の視線と交差する。

そのとき、その少女の腕に鉄パイプと思われる細長い鉄棒が握られているのが分かった。


281 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:17:27.31 ID:XV/y4mo0 [10/19]


完全に予想外であるこの状況を整理する前に、

とりあえず、抱えていた重い看板を足元に降ろそうとしたとき、



「ぅ・・、うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ちょ、なっ・・・!?」



睡眠中のハムスターのように身を縮めていたその少女は、

耳をつんざくような絶叫とともに立ち上がると、持っていた鉄パイプを振り回してきた。

何の考えもなしに突っ込んでくる少女の勢いに圧倒され、思わず二歩、三歩と後ずさる絹旗。

当然、少女の小さな暴走は止まらない。



「何やってんのよ、あいつは・・!」



異変に気付いた麦野が真っ先に反応し、地を蹴った。

絶対に少女に攻撃を当てないように、精密な演算をし、標的を固定。

彼女の右手の周囲がまばゆく光ったと思うと、一本の鉄線のような、淡く白いレーザーが放たれる。

それは一直線に、絹旗を襲っていた少女の鉄パイプに直撃し、それを一瞬で溶解させた。

そのままだと、少女の腕が火傷では済まなくなるため、

絹旗はその少女の腕から溶け始めた鉄パイプを手放させる。

突然の現象に驚きの余り、一瞬だけ少女が動きを止めたその瞬間。

背後に素早く回り、両脇の下から自分の腕を回し、ガッチリと少女を捕縛する絹旗。


283 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:19:19.47 ID:XV/y4mo0 [11/19]


「ぅぁ・・、ぃゃ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「・・お、落ち着いてください、私たちは何もしませんからッ!」


「嘘・・、嘘だぁぁっ!! う、ぃゃ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっっっ!!」



泣き叫ぶ少女は絹旗の腕を振りほどこうと、手足を全力でバタつかせる。

しかし、しっかりと固定された絹旗の腕はまったく動かない。

何に恐怖しているのかは分からなかったが、少女の怯えは尋常ではなかった。

そのとき、ようやくフレンダと滝壺が追いついてきた。

フレンダが目をパチパチさせながら言う。



「ちょっとちょっと、どうしたのその子っ・・!?」


「分かりませんっ、その看板の裏でうずくまってて・・」



未だに抵抗を続ける少女を抱えたまま、顎で足元に置いた看板を指す絹旗。

その横には、麦野の能力で溶けてしまった鉄屑が落ちていた。

それを見て、左頬に手を当てたまま、小さく溜め息をつく麦野。


284 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:22:27.68 ID:XV/y4mo0 [12/19]


「てゆーか、アンタの能力ならこんな子供が振り回す鉄パイプくらい、
 
 まともに直撃してもビクともしないでしょ」


「それはそうですけど、こんな女の子がいきなり出てきたら超動揺しますって」


「結局、それよりも私はこの子に向かって能力使った麦野の方が信じられないけどねー」


「私がこの子に当てちゃうようなヘマするわけないでしょ」


「それよりも、この子・・どうします?」



彼女たちの会話を遮るように、未だ大声で叫び続ける少女。

やがて、立っているのに疲れてしまったのか、その場に崩れ落ちてしまう。

絹旗もそれに合わせて、ゆっくりと腰を降ろす。

それでも少女は叫ぶのを止める様子はなく、それを見た滝壺が一歩踏み出していた。

少女の両頬に両手を当て、視線を合わせるために膝を曲げる。

小さな子供と話をするときは、その子の目線の高さに合わせることが第一だ。

すると、あれだけ暴れていた少女が、その口を真一文字に閉じていた。


285 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:25:58.67 ID:XV/y4mo0 [13/19]


「大丈夫だよ、お姉ちゃんたちは何も痛いことはしない、

 ・・・あなたの名前はなんて言うの?」


「ぅえっ・・、な、名前・・、わたしの・・、名前?」



口ごもる少女。

その不自然な挙動を見下ろしていた麦野が、眉を潜めて呟いた。



「この子、もしかして・・、」


「・・・あ」



麦野が言いかけたとき、空を見上げていたフレンダが呆けた声をあげる。

それにつられるように真上を見ると、ポツポツと雨が降ってきていたのが分かった。

街灯に照らされた彼女たちの足元に、無数の濁った染みができていく。

昼頃から続いていた曇天が、いよいよ我慢できなくなったらしい。

傘の一つも持っていない彼女たちは、このままではズブ濡れになってしまう。


286 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:28:27.92 ID:XV/y4mo0 [14/19]


「うわー、やっぱり降ってきちゃったよー・・、浜面まーだー?」


「仕方ありませんね・・、手が放せないので電話をお願いできますか、麦野」


「・・えー、私?」


「じゃあ、フレンダ」


「・・はいはい」



少女を捕まえたままの絹旗と、それをなだめる滝壺。

手持ち無沙汰のフレンダはスカートのポケットから携帯を取り出すと、

手馴れた様子でボタンを押し、耳元に当てる。

もちろん、通話の相手は車を調達しに行っているはずの浜面だ。

2コールのあと、ブツッと電話を取った音が聞こえる。


287 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:30:42.55 ID:XV/y4mo0 [15/19]


『おう、フレンダか?』


「・・あー、浜面、今どこー?」


『・・悪い、ちょっと厄介事に巻き込まれちまってよ・・』


「・・厄介事? メンドいから自分で何とかしてよー?」


『いや、もう何とかなったから気にしなくてオッケーだ。

 ・・今そっちに向かってるからよ、

 あと、2,3分もしない内に着くから、さっき別れた場所で待っててくれないか?』


「分かった、急いでよねー。」



通話を切り、閉じた携帯を強引にポケットにねじ込む。

雨足はどんどん強くなるばかりだった。

雨宿りできるような区画もないため、着ている服が雨ざらしにされた案山子のように濡れていく。

ふと先ほどの少女に目を向けると、いつの間にか落ち着きを取り戻していたようだった。

滝壺のおかげだろう。


288 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:34:11.82 ID:XV/y4mo0 [16/19]


「・・落ち着いた?」


「うん・・、ごめんなさい、さっきの黒づくめの男の人たちの仲間だと思って・・」


「黒づくめの男・・?」



コクン、と頷く、名前も分からない少女。

体中の傷跡を見る限り、何らかのトラブルに巻き込まれていたのは確実だろう。

直視できないというほどではないが、その少女は傷だらけでかなり痛々しい姿をしていた。

隠れ家に戻った後、すぐに簡単な治療を施すべきだろう。



「もしかして、さっき私たちが片付けてきた奴らと関係あるのかしら?」


「・・そうですね、色々と事情を聞いてみる必要がありそうです」


「結局、こんな所でダラダラ話すことじゃないね」



そう言ったフレンダが指差す方向から、黒っぽいワゴンが近づいてきていた。

恐らく、車を確保してきた浜面だろう。

それを見た少女が、ビクッと肩を震わせた。


289 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:37:00.66 ID:XV/y4mo0 [17/19]


「あ、いや・・、あの車・・あの人たちが・・っ!」


「どうしたんですか・・?」


「いやだ・・やだやだ・・、あれには私をいじめた人たちが乗っててっ・・!」


「大丈夫、あれはお姉ちゃんたちの友達だから」



絹旗の手から逃れた少女を、近づいてくるワゴンが見えないように滝壺が優しく抱きしめる。

彼女たちの元に一直線に向かってきたそのワゴンは、少し手前で止まった。

ドアが開き、予想通りの茶色のジャージを着た明るい茶髪の少年が降りてくる。



「・・悪いっ! 雨も降ってきちまったし、急いで乗ってくれ!」


「おっそいのよ、浜面ぁっ! こっちはもうズブ濡れだっつーの!」


「そ、そんなに怒んないでくれ麦野、こっちも色々あったんだって・・!」


290 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/22(月) 23:41:01.96 ID:XV/y4mo0 [18/19]


「お互いに積もる話もあるようですが、それは部屋に戻ってからにしましょうか」


「あん・・? あれ、滝壺、その女の子どうしたんだ?」



ふと目を向けると、見知らぬ少女が滝壺と手を繋いでいた。

その少女は、あからさまに怯えたような様子を見せている。

もちろん、その視線は浜面に向けられていた。

すると、絹旗が首を傾げる浜面を助手席から手を伸ばし、

無理やり運転席に引っ張りいれる。



「お、おいコラ、何すんだよっ!?」


「だから、積もる話は帰ってから。ですよ」



渋々シートベルトを付け、ハンドルを握る浜面。

六人全員が乗り終わり、四つのドアが閉まる音がする。

夜の暗闇を切り裂きながら、ワゴンは急発進した。

激しさを増す雨をその身に受けながら。


308 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:42:55.74 ID:mLYLNNQ0 [2/23]


―――――



「ふぅ・・あがりましたよー、滝壺さん」



バスタオルを頭に被せたままの絹旗が、シャワー室から出てきた。

バスローブを巻いているとはいえ、ホカホカと湯気が出ている。

その若さ故の小ざっぱりとした雰囲気の彼女を、

既にシャワーを浴び終わり、化粧水だの乳液だのをつけながらの麦野が忌々しそうに見つめていた。



「わかった、・・・行こ?」


「うんっ・・」



滝壺に手を引かれ、絹旗と入れ替わるようにしてシャワー室へ入る少女。

結局、成り行きで少女を隠れ家まで連れてきてしまっていた。

その傷だらけの身体を雨に晒すわけにはいかず、やむを得ない判断である。

ソファに座る浜面の隣に、ボスンと尻を乗せる絹旗。

横に座った半裸同然の少女を視野に入れると、浜面は渋い顔をし始める。


309 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:45:52.75 ID:mLYLNNQ0 [3/23]


「いつも思うんだけどよ・・、女が服も着ないで部屋をウロウロするのは、

 青少年の教育上、あんまりよろしくねぇんだけど・・。」


「だからこうやってバスローブ巻いてるんじゃないですか。」



キュポン、といつの間にやら持ってきていた牛乳ビンの蓋を開け、吸い付く絹旗。

浜面は苦虫を噛み潰したような顔をし続けるも、まんざらでもないようだった。

確かに一枚巻いてはいたが、それはかえって男の良からぬ妄想を掻き立てる素材でしかないようだ。

血縁関係でもないのに、十二か十三そこらの年齢の少女に対して、

あーだこーだ言うのもどうなんだろうとつい考えてしまう。



「いや、そういう問題じゃなくてだな。」


「脱衣所がないんですから仕方ないでしょう。

 こんな一人暮らしを始めたばかりの学生みたいな超貧乏くさい部屋なんですから。」


「だったら、さっさと服を着てくれよ・・」


「だったら、チラチラこっちを見ないでください、超迷惑です」


「み、見てねぇよ、お前の未発達な身体なんてっ・・!」


「こ、これから成長するんですよ・・、悪い言い方でも発展途上と言ってほしいくらいですねっ・・!」



フン、とそっぽを向き、再び牛乳をがぶ飲みし始める。


310 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:50:01.26 ID:mLYLNNQ0 [4/23]


バスローブの隙間から垣間見える彼女のテカテカした肌の小尻や生足が、

浜面の脳髄に心地よい刺激を与える。

思わず鼻血が出ていないか確認してしまっていた。

それを横目でチラリと見た絹旗がさらに苦言を呈す。



「いい加減そのエロ目線を逸らさないと、グーで殴りますよ」


「・・分かった、やめる」


「やっぱり見てたんじゃないですか。超殴りますが、良いですね?」



ボゴォッと鈍い音が後頭部付近から聞こえた。

グオォッと悲痛な叫びをあげ、前につんのめる浜面少年。



「隣に座るのが悪いんだろうがっ・・、猥褻物陳列罪だ!」


「存在自体が超猥褻極まりない浜面にだけは言われたくありません、ねっ!」



さっきとまったく同じ箇所をピンポイント殴打する絹旗。

前後左右にのたうちまわる浜面の姿は、尻尾を掴まれた蜥蜴のようだった。



「たたでさえバカなんだから、それ以上バカにすんのはやめなさいよー?」



そのショートコントを聞いていた麦野が横槍を入れる。

ソファからはみ出ながらも患部をさする浜面をケラケラ笑っていた絹旗は、その視線を麦野へ向けた。

彼女は、丸テーブルに立てた化粧用の鏡とにらめっこしながら、肌を入念にチェックしている。


311 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:51:56.42 ID:mLYLNNQ0 [5/23]


「よくもまぁ、いつもいつも飽きずにお肌を労わってますねー」


「アンタも油断するとすぐ酷くなるわよ、若さが物を言うのは今のうちなんだから」


「はいはい、肝に銘じておきますよー」



この二人は五歳程度しか年齢差がないように見えるが、

美容に対する姿勢はその差以上にかけ離れているようだ。

女の子にとってお肌のケアというものは早いうちからはしておくべきものらしく、

若い頃は、何もしないでも綺麗な肌のままの女性も居るが、

年を取ってからそのツケが必ずまわってくるという。

そういうものから無縁な男の筆頭である浜面が、

頭の痛みが収まったのか、再びソファにもたれかかりながら口を出した。



「好きな男とかに見せるわけじゃねぇんだから、

 そんなに気にしなくても良いんじゃねぇのか?」


「アンタが居るじゃない」



口を開いたときには既に遅く、「あ」と思わず口を塞ぐ麦野。

今の発言は捉え方によっては告白である。

熟したリンゴのように顔を真っ赤にする麦野に対し、当の浜面は、


312 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:52:33.33 ID:mLYLNNQ0 [6/23]


「いや、好きな男、って言っただろうが」


「・・・・あ、ああ、そうよね、よく聞いてなかったわ」



ケロッとした表情の浜面。

その天性の鈍感さに救われた一方で、何の動揺も見せない彼に少しガックリくる麦野。

いまさらなことではないので、もう慣れっこだが。



「ま、女の子は誰に見せるわけでもなくとも、

 いつでもお肌を若いまま保っておきたいものなんですよ」


「ふーん・・、よくわかんねぇなぁ」


「超ガサツな浜面には一生分からないことでしょうけどね」


「お前だって特に気にしてないんじゃねぇのかよ」


「私は他の面では超繊細な女の子ですから」


「二秒でバレるような嘘をつくんじゃねぇ」



再びギャーギャーと騒ぎ立てる浜面と絹旗。

つくづく兄妹にしか見えない二人である。


313 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:56:23.04 ID:mLYLNNQ0 [7/23]


「良いから、絹旗はさっさと服着ちゃいなさい。

 時間が時間なんだから、湯冷めするわよ」



りょーかいでーす、と鼻歌混じりに立ち上がる絹旗。

足を踏み出したと思えば、踵を返し、キッと浜面へその視線を突き刺す。



「・・浜面、着替えを見られるのは超不愉快なので、

 部屋の隅に行って超体育座りしながら、壁と会話していてください」


「何でそこまでしなきゃいけないんだ・・」


「なんとなく似合ってるじゃないですか、そういうの」


「・・顔を伏せてりゃ良いんだろ、

 っていうかお前の残念な身体なんて誰も見やしないっての」



自意識過剰だろ、と吐き捨てる浜面に対し、歯軋りする絹旗。

起伏に乏しい身体をしているというのは、やはり拭えぬ自覚があるらしい。

仕方なく視線を逸らす浜面の目に、妙なオブジェ?が映った。


314 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 22:59:32.69 ID:mLYLNNQ0 [8/23]


「さっきから気になってたんだけどよ、

 ・・なんでフレンダはそこの植木鉢に頭突っ込んでんだ?」



部屋の隅を見やると、大きな観葉植物の鉢からダラリとした少女の身体が生えていた。

浜面は先ほどからこの物体を視界の端に認識していたのだが、

ツッコミようもない状況のため、イマイチ反応できなかったのである。

その少女の頭は土の中に埋まっており、首から下はピクリとも動いていない。

植物妖怪に養分を吸い取られているようだった。

見る人が見れば、かなり奇抜な美術的造形物のようにも見えるかもしれない。



「ああ、アンタがトイレに行ってたときなんだけどね、

 シャワー中の私を襲撃しようと画策してたから、さっくり粛清しておいた」


「ざ、残酷な・・」


「思わず絵に描き起こしたくなる自信作よね、それ」


「息できるのか、あれ・・」



恐らく、その文字通りの植物人間が目を覚ますのは朝方だろう。

何というか、かなりシュールな光景である。

不快とも驚愕とも取れる複雑な表情をした浜面の横に、

その悲劇を気にも留めない様子で、大きめな黄色のTシャツを着た絹旗がひょっこり戻っていた。


315 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:01:25.44 ID:mLYLNNQ0 [9/23]


「・・おい、麦野は服を着ろ、と言ったはずだが」


「着てるじゃないですか、服」


「上だけな」



そこには、ズボンを履いていない絹旗の姿。

ダボダボの大きなTシャツでその下半身を少しだけ隠している状態だった。

足だけの露出とはいえ、かなり艶かしく過激である。

ウブな浜面には最も有効的な精神攻撃といえるだろう。

今回もどうやら、パンチラの角度は微調整されているらしく、ブツを拝めることはできない。



「安心してください、パンツは超履いてますから」


「・・お前は何だ、俺に何か個人的な恨みでもあるのか?」


「恨みというか不満なら多々あります」


「その不満は後でゆっくり聞いてやるから、さっさと下を履いて来やがれっ!!」


「ちぇー、もっと面白いリアクションが見れると思ったのにー」



口を尖らせながら、部屋着のズボンを履く絹旗。

ようやく露出ゼロの状態になったため、ホッと胸を撫で下ろす。

一方で、心の底から残念だ、という思いもしたが。


316 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:04:15.79 ID:mLYLNNQ0 [10/23]


「っていうかそのTシャツ、俺のじゃねぇかよ」


「いまさら気が付いたんですか?」


「そんなサイズの服は俺の以外にはないしな」


「どうですー、超似合うでしょう?」



へへー、と悪ガキのような笑みを浮かべ、舌を出す絹旗。

何のアピールなのか、シャツの端を両手で引っ張り伸ばす。

プリントされた可愛らしいキャラクターの顔が引き伸びて、不気味に歪んでいた。



「服が伸びるからやめろっての。

 ・・特に感想は生まれねぇから、早く自分のに着替えてきてください、お嬢さん」


「ちぇー、今日の浜面は超つれませんねー」



渋々、タンスを漁って自分の服を取り出し、ブーたれながら着替え始める。

自分の服を女の子に着こなされるというのは、かなりモヤモヤした気分になってしまうものだ。

ちなみに、脱いだ浜面のTシャツは、部屋の隅で冷たくなっているオブジェにかけてやった。

朝は冷えるだろうから、という彼女の淡い優しさである。


317 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:05:36.83 ID:mLYLNNQ0 [11/23]


お肌のケアを終えたのか、背伸びをし、化粧品を手早く片付ける麦野。

何もすることがなくなり、浜面によっかかりながらソファでくつろぐ絹旗に一声かける。



「あんまり、そのバカを誘惑するんじゃないわよ、絹旗ー。

 バカだからアンタみたいな奴にも欲情するわよ、そのサルは」


「ええ、ほどほどにしておきますかね」


「・・バカだのサルだの、とことん俺を常人扱いしてくれないよな、お前らは」



今に始まったことでもない。

車の調達に遅れた罰として、未だにシャワーを浴びることのできない浜面。

彼のその悲惨さといったら、何処かの不幸少年と良い勝負かもしれない。


318 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:08:55.91 ID:mLYLNNQ0 [12/23]

「それにしても、そんな釘を刺すようなことを言うなんて、

 もしかして、嫉妬ですか、麦野?」


「な、ぁ・・!?

 だ、誰が嫉妬なんかするかっつーの・・、アンタも泥の味を堪能したいのかしら?」


「随分と饒舌になりますねー、ちょっと突っついただけなのに」


「べ、別に焦ってなんかないってのっ・・!」


「しっかし、最近の麦野の可愛らしさといったら他に類を見ませんねー」


「このマセガキがァッ・・!」


「はいはい、超耳年増なお嬢さん」



バン!と丸テーブルを叩き、ゆっくりと立ち上がる麦野に対して、

ちょうどいい暇潰しができそうだ、とニヤける絹旗。

ゴングが鳴ったわけでもないのに、同タイミングで二人が取っ組み合いの喧嘩を始める。

叩くわ殴るわ蹴るわ引っ掻くわ振り回すわの大乱闘。

せっかくといた髪の毛が見るも無残にボサボサになっていく麦野に、

その小さなシャツが引っ張られて伸びていく絹旗。



「比類なき麦野の可愛らしさ、って想像がつかねぇな・・」



その喧嘩の間接的な原因でもある浜面は、興味なさ気にポツリと呟く。

ピンクのバニーガールの姿をした麦野が頭にうっすら浮かんだが、

それは本当に一瞬のことで、あっという間に霧散していった。


319 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:10:27.53 ID:mLYLNNQ0 [13/23]


―――――



そんな近所迷惑な乱闘が起きている居間とは隔絶されたシャワースペース。

そこには、滝壺と未だ名も知れぬ少女が居た。

本来、その汚れた身体を真っ先に洗わなければならないのは、その傷だらけの少女なのだが、

雨で濡れた麦野や絹旗が我先にとシャワー室に突入したため、全体で三番目になっていた。



「かゆいとこない?」


「うん、ない・・」


わしゃわしゃと少女の髪の毛をシャンプーする滝壺。

ぎゅっと目を瞑ったまま、その身を委ねる少女。

「アイテム」の中で、誰よりもお姉さん的要素があるというか、

母性を持っているのは、他ならぬこの滝壺なのかもしれない。



「傷、しみるよね、大丈夫?」


「大丈夫、新しくできた傷ばかりだけじゃないから・・」



少女の身体の傷跡は今日つけられたばかりのものだけではなかった。

そのいくつもの擦り傷は、数日にわたってつけられたらしく、

ほとんどの傷口は既に塞がっているようだった。

治療をする必要がないという点では手間がはぶけて良かったのだが、

嫌でも目に入る痛々しい傷や痣は、滝壺の表情を悲しく歪ませる。


320 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:13:29.98 ID:mLYLNNQ0 [14/23]


「名前、分からないの?」


「うん・・、記憶、ないから・・」



帰宅途中に簡単な事情を聞いてみたところ、どうやらこの少女は記憶の一部を失っているらしい。

部分的な記憶喪失、と言ったところか。

恐らく、暴行を受けた際のショックか何かが原因だろう。

それでも、唯一の好材料は、出会ったときとは違い、

虚ろだった少女の目が少しだけ光を宿していることだった。

滝壺たちに心を開き始めている証拠なのだろう。



「大丈夫、お姉ちゃんたちが何とかするから、安心して」


「うん、お姉ちゃんたち、可愛いし、面白いし・・、すごく優しいから、好き・・」



出会ってから2時間も経っていないのだが、少女の性格はなんとなく掴めてきた。

年相応に純粋で素直で可愛らしい子供。

裏の世界に関わりを持たなければ、普通はこのように健康に育つはずなのだ。

学園都市というのは、表と裏で極端な格差が生まれている。

「アイテム」もその格差により生み出された膿と言えるのかもしれない。


321 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:15:35.80 ID:mLYLNNQ0 [15/23]


―――――



「おい、もうその辺にしとけって・・、もう1時になるぞ、近所迷惑だ」



ドタバタと殴り合っていった麦野と絹旗が、息を切らしながら浜面の方を向いた。

ちっぽけな言い合いが原因の割に、お互いの目は真っ赤に血走っていてかなり怖い。



「うっさいわね、浜面、アンタも観葉植物にしてやろうかっ!?」


「そろそろあの子がシャワー浴び終えて出てくる頃だぞ、

 せっかくスッキリしたのに、猛獣同士の争いなんか見たら、また怯えちまうだろ」


「・・・それもそうね」


「分かりました・・」



腑に落ちないという表情のままではあるが、あっさりと元居た位置に戻る両者。

結局、暴れ馬のストッパーをしなければならないのは浜面である。

というか、猛獣同士というワードは気にかからなかったのだろうか。


ガチャリとシャワー室のドアが開き、

件の少女とすっかりお姉さん役が板についた滝壺が出てきた。

二人ともバスローブを巻いたままで、新鮮そのものの状態である。

さすがに滝壺の裸身を見るのは負い目があるのか、慌てて視線を逸らす浜面。


322 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:17:10.41 ID:mLYLNNQ0 [16/23]


「はい、バンザイして」


「ばんざーい」



自分の子供にするかのように、チャッチャと少女に衣服を着させる滝壺。

二人のやり取りは、見ていてかなり微笑ましい光景である。

ちなみに、子供用の服はないため、一番サイズの近い絹旗のお古を着させてあげていた。

そのアットホームな彼女たちを見て、絹旗がポツリと呟く。



「・・なんかあの子、滝壺さんに似てますよね」


「あー、俺も思ったそれ、髪型とか雰囲気とかすごい似てるよな」



出会ったときはよく分からなかったが、こうして見ると、彼女はミニ滝壺だ。

髪の毛はおかっぱに近く、前髪は少しパッツン気味。

どちらかと言えば色白で、ぽてぽて歩く。

少し無口で大人しい雰囲気もまさにそれだ。

違う点は、目がぱっちりしているところくらいか。


323 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:18:32.73 ID:mLYLNNQ0 [17/23]


「将来に期待だなー」


「良からぬこと考えないでくださいね、浜面」


「・・あ゛?」


「どうせ行く行くは姉妹丼とか考えてるんでしょう?」


「お・・、お前、それはかなりアレな発言だと分かって言ってるのか・・」



ここ最近の女の子の偏った性への価値観や進歩っぷりに驚きを隠せない。

絹旗の場合はかなりガチで、麦野の場合は耳年増な部分があるが。

フレンダに関しては、同姓に対する恋愛感情という時点で既に常識がぶっ飛んでいる。



「ああ、あと、滝壺さんに似てるからって、あの子にまで嫉妬しないでくださいね、麦野」


「・・は、はぁっ!? 誰が誰に嫉妬を隠せないで、照れ隠しだの何だのってあ゛うっ!」


「かなり早口な上に超支離滅裂なこと言ってますよ」


「しかも舌噛んだな今」



確立されているはずの麦野のキャラクターが崩壊の兆しを見せている気がしてならない。

ツンツンキャラから癒し系にジョブチェンジするつもりだろうか。

寝る支度を終え、麦野と向かい合うように丸テーブルに座る滝壺と少女。

滝壺の左腕に自分の腕を絡めたままの少女が際限なく愛らしい。


324 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:19:46.06 ID:mLYLNNQ0 [18/23]


「何か滝壺にすごい懐いてるわよね、その子」


「麦野はいつも超仏頂面してるから子供が近づいてくれないんですよ」


「失礼なこというわね、アタシはいつでも微笑みを絶やさない・・わよ」


「はいはい。

まぁ、犬とか猫が自分に対して敵意を持っている人間が分かるようなものなんですよ、きっと」


「なっ・・、私はこれでも子供好きで通してるのにっ!」


「だったらもう少し私に優しく接してくれませんかね」


「アンタは例外だっつーの、っていうか子供扱いするなって口酸っぱく言ってる割に、

 こういうときだけ子供面するような計算高いガキが嫌いなだけなのよ、私は」


「なッ・・、このっ」


「はーい、そこで止めろ、その子が見てるからなー」



バチバチと火花を散らし、今にも第2ラウンドを始めそうになった選手二人を遮る浜面。

この二人がヒートアップすると、住居の一つや二つが軽く吹っ飛ぶ恐れがある。

そんな醜い争いを年端もいかない?女の子に見せるわけにはいかないのだ。

それこそ、教育上よろしくない。


325 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:20:57.99 ID:mLYLNNQ0 [19/23]


「・・で、これからどうするワケ?

 私たちのお勤め上、その子を長くここに置くわけにはいかないわよ」


「超残念ですが、そればかりは麦野と同意見ですね・・」



同じように頭を抱える麦野と絹旗。

学園都市の暗部組織というのは、常に死と隣り合わせの危険な仕事。

少女の面倒をみるために大事な戦力を割いたり、ましてや戦場に連れて行くわけにもいかない。



「と、なると・・。」


「またこの子をあんな所に放置したりするっていうなら・・、私は同意できないよ」



二人の会話に鋭く切り込みを入れた滝壺は、いつもとは違う真剣な眼差しだった。

もちろん、そんな薄情なことをするはずがない。

とにかく安全で、裏の世界とはかけ離れた場所に保護したいのだ。

彼女の処遇をどうするか一同が悩んでいた最中、

今まで一言も喋らなかった(もとい、喋ることができなかった)金髪少女が声をあげた。


326 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:22:49.97 ID:mLYLNNQ0 [20/23]


「第十三学区・・」


「「「え?」」」


「第十三学区だよ・・、あそこ、幼稚園とか小学校とかの初等教育系の学校が集まってるでしょ、

 あそこに置き去り(チャイルドエラー)を受け入れる児童養護施設があった気がするわ」


「・・ああ、聞いたことありますね、それ」



ズボッと植木鉢から頭を引き抜き、泥だらけの顔のまま、よたよたと輪の中に入るフレンダ。

とりあえず顔拭けよ、という浜面から、濡れタオルを受け取り、ゴシゴシ顔を拭く。



「うん、名前は何ていうか忘れちゃったけど」


「・・フレンダにしては良いアイデアね」



麦野が感心したような声を漏らした。

撫でて撫でてー、と近寄るフレンダに手元にあった空のサバ缶をぶつけながら。


327 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:23:52.46 ID:mLYLNNQ0 [21/23]


「でも、そこに入れるための費用とか必要なんじゃないのか?」


「ああー、考えてませんでしたねぇ」


「この子のためなら、いくらでも削るよ、私」


「ま、多少かかるようでも私たちの財力なら何とかなるでしょ、

 ・・浜面、アンタみたいな貧乏メンと違ってね」



確かに「アイテム」の経済力は同年代の少女たちとは天と地ほどの差がある。

常盤台などのお嬢様学校の学生たちと比べてみても見劣りしないのではないだろうか。

ただ、下部組織である浜面には、目が点になるようなほどの金は支給されていないけれども。



「そうだな、とりあえず車走らせて明日にでも行ってみるか」


「そうね、私たちの方もいつ依頼が舞いこんでくるか分からないし」



善は超急げ、ですねと絹旗。

一方で滝壺は、浮かない表情のままだった。


328 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/24(水) 23:24:26.35 ID:mLYLNNQ0 [22/23]


「・・私たちの身分とか聞かれたらどうします?」


「適当にごまかせば何とかなるんじゃないか?」


「結局、麦野と浜面なら夫婦で通るんじゃない?

 経済的な理由で子供を養うことができなくてー、みたいな」


「何かそれ、色々と倫理的に問題があるので超却下です。

 あと、麦野、なぜ貴方は顔を赤らめているんですか」


「き、気にしなくて良いわ・・」



なぜか顔を伏せる麦野。

一方で、テキパキと目の前で事が進んでいくためか、

渦中の少女はポカーンとした表情を浮かべていた。

不安なのか、密着している滝壺に目を合わせようと見上げる。

それに気付いた滝壺は、口元だけを緩めた淡い笑みを浮かべた。



「大丈夫だよ、お姉ちゃんたちに任せて」


「うん・・」



その身を任せ、ゆっくりと抱きつく少女。

それを受け入れる滝壺は、どことなく儚げな面持ちに変わっていた。


340 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:21:42.26 ID:VXNyzE.0 [2/36]


―――――



「うが・・、ぐ、くるしっ・・・!」



燦然と輝く朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。

しかし、そのまばゆさからではなく、原因不明の息苦しさから浜面は目を覚ますことになった。

自分の身体がソファから滑り落ちており、さらにその腹の上には女性の生足が二本乗せられている。

これだけのスラリとした美脚が誰のものなのかは、顔を見なくてもすぐに分かった。



「げほげほっ・・、麦野、何て格好で寝てやがるんだ・・」


「くー・・・」



仰向けのまま、布団もかけずに両腕をおっ広げて寝ていた。

二人で一つの毛布にくるまっている滝壺と少女の大人しさと比較すると、その酷さが際立っている。

彼女の上半身に至っては丸テーブルの下に入り込んでいた。

どういう動きをしたらこんなトリッキーな寝相になるのだろうか。

その豪快な寝方と裏腹に、可愛らしい寝息を立てているのが何とも言えないが。


344 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:24:19.17 ID:VXNyzE.0 [3/36]


「・・・・・」



一方で、自分の身体がなぜソファから落ちているのかは考えるまでもなかった。

ソファの上に、これまた寝相の悪さを露呈したままの絹旗が居たからである。

どうやら、浜面は寝ている間に彼女にソファをぶん取られてしまったらしい。

ヨダレを垂らしたままの無防備な絹旗は、年相応の愛らしい表情。

良からぬことを考えつつも、ぶんぶん頭を振り、邪念を振り払う浜面。

いまさらながら、女の子四人(今日に至っては五人)と同棲してる時点で、

真の意味で、青少年の教育上よろしくないものがある。



「とりあえず、朝飯だけでも作るか・・」



寝惚けた夜型の頭から、朝型にスイッチを切り替える。

「アイテム」の朝飯作りの当番は余程のことがない限り、浜面一人だった。

ときどき、珍しく早く起きてきた滝壺が手伝ってくれるくらいだ。

それでも、寝惚けた彼女の包丁捌きは危険極まりないので、結局浜面が終始料理し続けることになるが。

と、いうか彼がご飯を作らないと、彼女たちは毎日でもファミレスに通い続けるだろう。

ファミレスに行かないにしても、自分たちで作るのが面倒なため、朝飯を抜くはずだ。

何にせよ彼女たちの健康が心配なので、仕方なく彼が骨を折っているのだ。

ちゃんとした環境で育っていれば、良いアットホーム・ダッドになっただろう。


345 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:26:12.48 ID:VXNyzE.0 [4/36]


「っつーか、今何時だ・・?」



頭をポリポリ掻きながら、壁にかかった時計を見やる。

時間は七時半を少し過ぎたくらい。

深夜までグダグダやっていた割には、丁度良い時間に起床することができた。

ゆっくりと立ち上がり、窓際に進み、カーテンを少しだけ開け、

住居前にある通りを見下ろすと、登校中の学生たちがちらほら見えていた。

彼らの明るい声が聞こえてきそうだ。

しかし、そんな子供の声でも、朝の小鳥のさえずりでもない声が、背後から聞こえてくる。


「浜面ー・・」


「ん、起きたのか、絹旗」


「・・超ぶちころすー」


「あ゛!?」


寝惚けた絹旗がシャクトリムシのようにずるずると動き出していた。

予想外の奇襲に尻餅をついたまま、身動きがとれなくなりそうになる浜面。

目が半開きのまま、よそよそと覆いかぶさってくる。


346 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:27:59.55 ID:VXNyzE.0 [5/36]


「今日という今日はぁー・・超責任とって・・、もらいますー・・」


「こ、こんのバカ絹旗っ・・、まだ寝てやがんな・・!」



木に登る猿のように右足に絡み付いてくる絹旗。

勢いよくその右足を振るいあげ、纏わりついていた彼女を蹴り捨てた。

ボスンッという彼女が何かに着地した鈍い音と、

ぐぇぇっ!とかいうフレンダの悲鳴が聞こえたような気がしたが、

朝飯作りが何よりも優先されるので、聞こえなかったことにした。


どいつもこいつも、幸せそうに睡眠中。

今日も大変な一日になりそうだ。






347 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:29:00.44 ID:VXNyzE.0 [6/36]


―――――



「おーい、起きろー、朝だぞー」



カンカンカン、と鍋の裏をお玉で叩く専業主夫・浜面。

そのやかましい音は、さすがに彼女たち全員の耳に届いたようだ。

それぞれが身体を左右にふらふら揺らしながら、うつらうつらと起き上がる。



「んぇー・・朝ですか・・?」


「き、絹旗・・重いっ・・、なんで私の上に乗ってる訳・・?」


「・・あれ、何でフレンダが?

 私、ソファの上で寝ていたはずなんですが」


「結局、良いから一秒でも早くそこをどいて・・ほしいんだけど・・っ」



ああ、すみません、と、のそのそとフレンダの上からどく絹旗。

浜面が絹旗をフレンダの上に着地させてからの約三十分の間、ずっと気付かなかったのだろうか。


349 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:31:25.51 ID:VXNyzE.0 [7/36]


「んあー・・朝ぁ・・、って痛ぁっ!!」



ゴンッという何かにぶつかった音と共に、可愛い悲鳴をあげる麦野。

それもそのはず、彼女はテーブルの下に潜って寝ていたため、

そのまま何も知らずに起きれば、頭をぶつけるわけで。



「な、何で私こんなハムスターみたいな寝方してんのよ・・」


「(全員が全員、無意識に動いてたのか・・、重症だな、どいつもこいつも)」



いまさら始まったことではないので、特におかしなこととは思わないが。

夜中に外を出歩くような夢遊病患者じゃないだけ、まだマシといえる。

ちなみに、寝惚けた彼女たちに殺されたかけたことは何度もあった。

今日に限っていえば、集団で襲われたわけではなかったのでいつもよりは良い方だ。


簡単に作った多めのサラダが一皿と人数分の食パンが、丸テーブルの上に輪を作るように並べられる。

今日はいつもより一人多いので、六人分の食事だ。


350 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:34:32.11 ID:VXNyzE.0 [8/36]


かけていた空色のエプロンを脱ぎながら、絹旗を指差し、口を開く浜面。



「絹旗ー、ジャムとかマーガリンとか、いつもの瓶を棚から取ってくれー」


「・・と、届きません」



足先まで力を入れて背伸びをするも、天井付近に取り付けられた棚には手が届かないようだ。

と、いうか何故そういう設計にしたのだろう。



「・・フレンダ、頼む」


「えー、今、鯖缶探してるから手がはなせないー」


「・・・・」



あと一歩で棚に手が届かない絹旗を押しのけて、瓶をかき出す浜面。

もう少しで取れそうだったんですけど、という絹旗の言い訳を聞き流し、丸テーブルに運ぶ。

ジャム、マーガリン、チョコ、ブルーベリー、ハチミツと種類だけは豊富である。

テーブルの上にバラバラと置かれた瞬間に、怒涛の奪い合いが始まった。


351 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:36:00.26 ID:VXNyzE.0 [9/36]


「あ、ちょっと絹旗、ブルーベリー取んないでよ」


「すぐに渡すから待っててください」


「それもうスプーン一掬いくらいしかないじゃない、私が先よ」


「そこで麦野が優先される理由がさっぱり分からないんですが」



ことあるごとに衝突する麦野と絹旗も姉妹のように見える。

二人とも性格にかなりの難アリだが。

仕方ないので、潤滑油役の浜面が口を挟む。



「ほら、今日はジャムで良いだろ、麦野」


「えー、やだやだ、今日はブルーベリーの気分なんだけどー・・」


「はいはい」


「あ、ちょっと勝手に塗んないでよ、浜面っ!」


「往生際が悪いですよ、麦野。この世界は超弱肉強食です」



誇らしげに言い放ち、いち早くブルーベリーがべったり塗りたくられた食パンにかじりつく絹旗。


352 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:38:32.58 ID:VXNyzE.0 [10/36]


すぐにベトベトになった口元も気にせず、麦野に嫌らしい視線を向ける。

それを感じた麦野も、不機嫌ここに極まるという表情で舌打ちした。



「・・後で覚えておきなさいよ、クソガキ」


「忘れました」



ガミガミ言い争う二人を他所に、仲良く微笑みながら食事を取る滝壺と少女。

少女は既に滝壺色に染められているのか、今やすっかり安心の滝壺ブランドである。

一方で、フレンダはもはやデフォルト化しているように、鯖缶をマイペースに食べ漁っている。

悲しいかな、彼女は浜面が作ったサラダには見向きもしていないようだった。


麦野絹旗の醜い抗争と、滝壺フレンダの穏やかな雰囲気を見比べると、

同じテーブルにも関わらず、平和と戦場という二つの世界が広がっているという何とも不思議な光景である。


353 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:40:34.96 ID:VXNyzE.0 [11/36]

「このサラダ、おいしい」


「はまづらが作ったんだよ、これ」



心から美味しそうに野菜を口に運び、パリパリ食べる少女。

その柔和な表情を見ると、少しは男である浜面に対する警戒心もとけたと見ていいのだろうか。

それを見て、爽やか好青年のような笑みを浮かべる浜面。

こんな簡素なサラダでも満足そうに食べてくれるなら、冥利に尽きるというものだろう。



「良かった、ドレッシングもさっぱりしてて美味いだろ?」


「うん、あんまり野菜好きじゃないんだけど、これならいくらでも食べられるっ」



少女を挟むように座っている浜面と滝壺を見ると、新婚のような雰囲気さえ漂っているようだ。

少なくとも、ちょうど向かいに座っている麦野からはそう見えた。

彼女の嫉妬スカウターを通すと、どうやらその色が濃く浮き出るらしい。


354 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:42:32.09 ID:VXNyzE.0 [12/36]


「あー、超美味しかったです、ブルーベリーが超最高でした」


「いちいち鼻につくこと言うんじゃないっての・・」



ただでさえ、不機嫌になった上に、絹旗の皮肉がいつもの倍、麦野をイラつかせる。

さらに、それに追い討ちをかけるような出来事が起こった。



「あー、おい絹旗、こっち向け」


「?」



何かも分からず、何となく浜面の方へ顔を向ける絹旗。

すると、彼が手元のナプキンで彼女の口元を丁寧に拭いてあげていた。

それを見て、唇を震わせ始めた麦野、当然の反応かもしれない。


355 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:44:02.63 ID:VXNyzE.0 [13/36]


「な・・、えっ・・!?」


「ちょ、ちょっと・・、自分で拭けますよこのくらいっ・・!」


「お前のことだから、どうせ自分の服で口拭くだろ、洗う方の身にもなれっての」


「あぅー・・」


「うわ、っつーかお前、寝癖すごいぞ・・!

 まーた、頭をぐりぐりしながら寝てたな?」


「寝相ばっかりは直りませんよー」


「あ・・、あぁっ・・!?」



ぐしゃぐしゃと絹旗の髪の毛を掴み撫でる浜面。

何故か無抵抗に浜面の手振りを受け入れる絹旗に、

思わずフォークを落とし、両手をわなわなさせながら、言葉を詰まらせている麦野。

浜面の行動が下心なしの好意であるため、余計に羨ましく感じてしまう。

ここで、ピコーンと彼女の頭の豆電球が華々しく光った。

ガジガジとジャムべったりの食パンに、勢いよくかじりつく麦野。

女の子は、大好きな彼を振り向かせるためなら、何だってやる。

例え、それが自分のプライドを多少傷つけたとしても。


356 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:45:06.72 ID:VXNyzE.0 [14/36]


「浜面ー、私もベタベタなんだけどー」


「んー? ったく世話焼かせんなよなー、揃いも揃ってよー・・」



愚痴をこぼしながらも、わざわざ立ち上がり、間に居る絹旗を避けて麦野に近づく浜面。

訪れる至高の時。

浜面が、持っていたナプキンを彼女の口元に寄せようとした瞬間。



「あー・・むっ」


「・・んむっ!?」



麦野が目を閉じていたのを逆手に取り、彼女の右手に居たはずのフレンダがキスしていた。

口元のジャムを丁寧に舐めとるように器用に舌を使う。

麦野がそれに気付いたときには、時既に遅し。


357 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:46:11.88 ID:VXNyzE.0 [15/36]


「わーい、麦野のキスはジャムの味~♪」


「・・・こ、こ、こンのアマぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



感触の違いに気付いた麦野がすぐさまフレンダを突き飛ばし、

彼女に向かって手元のフォークを勢いよく投げつけた。

それはおでこにサクッと刺さり、フレンダは本望・・と言い残し、絶命。

涙目になりながら、息を荒げる麦野。



「フレンダ、いつからあんなにオープンになったんですかね・・」


「・・あの二人って本当に仲が良いよね」


「仲が良いように見えますかアレ」



ニコニコする滝壺につられて、少女も暢気に笑っていた。

彼女たちが幸せそうにしているなら、まぁそれで良いかと思う。


359 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:48:19.37 ID:VXNyzE.0 [16/36]


「ち、ちくしょう・・、この千載一遇のチャンスをっ・・!」



目をギラギラさせたまま、フレンダに追い討ちをかけに行こうとする麦野。

しかし、浜面がその腕を取り、彼女を振り向かせる。



「・・ったく何やってんだよ、行儀悪ぃな・・、ほら」


「んぅっ・・!?」



何の動揺もないのか、ナプキンで麦野の口元を優しく拭いてやる浜面。

目をパチクリさせながらも、脱力したまま受け入れる麦野。


360 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:51:08.63 ID:VXNyzE.0 [17/36]


「麦野ー、聞こえてますかー、麦野ー?」


「・・・・」



自分から仕掛けた割に、ポカーンとしている麦野。

絹旗の声は筒抜けである。

子供のような発想ではあるが、彼女自身に爆発的な効果を生んだようだ。

今、彼女の頭の中は何が支配しているのだろうか。



「何で麦野の奴、機能停止してんだ?」


「まったく・・、浜面は超罪作りな男ですよね」


「・・ど、どういうことだよ」



麦野のじれったい乙女心に、彼が気付くのはいつになることか。





361 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:52:35.76 ID:VXNyzE.0 [18/36]


―――――



キーを回すと、けたたましいエンジン音が鳴る。

安全のためなので、一応シートベルトをしっかり付けておく。

カチッと音がするまでだ。

助手席に座るフレンダにも、ちゃんと付けさせる。

いつでも運転可能な浜面は、念のため、他の面子に声をかけておく。



「よっし、出るぞー、準備は良いかー?」


「はーい」


「いつでも良いよ」


「ぉっけー」



これから児童養護施設に預ける少女、それの保護者役の滝壺、そして、案内役のフレンダ。

滝壺は少女が一番懐いているために帯同、

児童養護施設の場所はインターネットで調べておきはしたものの、

実際にその場所を知っているフレンダは必須。

どうせだから全員で送ってあげよう、という意味で麦野と絹旗もついてきていた。

「アイテム」総出で送り出し、というわけである。


362 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:54:26.52 ID:VXNyzE.0 [19/36]


「んじゃ、ナビ頼むぜ、フレンダ」


「まっかせんしゃーい」



昨日、任務帰りに拝借してきたばかりのワゴンだったが、

同じものに乗ったことがあったので勝手は知っていた。

ドライブモードにレバーを傾け、アクセルを踏み込み、発進する。

ラックに入っていたCDを1枚取り出し、雰囲気作りのために音楽をかけてみる。

しかし、流れてきたのは洋楽だったので、浜面にはチンプンカンプンだった。

この車の持ち主は極度の洋楽マニアだったのだろう。

浜面が知らないような洋楽CDばかりが並べられていた。



「えーと、ここから何分くらいかかるんだ?」


「第十三学区だから、そんな苦痛なほどじゃないと思うよ、すぐ着くって」


「そっか。あと、アポは取ったんだよな?

 あちらさんには何時頃にそっちに着くように言ってあるんだ?」


「んーと、9時過ぎって言ってある」



前方の液晶に目を向けると、8時30分と表示されていた。

ごたごたの朝飯だった割に、スムーズに事は進んでいる。

フレンダの言う通りなら、相手に迷惑がかかるようなことはないだろう。

うっかり事故など起こさない限り。


363 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:56:22.09 ID:VXNyzE.0 [20/36]


「<結局、問題はあの子がすんなり施設に入ってくれるかどうか・・だけどね>」


「<まぁ、入ってもらうしかないだろ・・、

 名残惜しいけど、俺たちにあの子の世話をするのは到底無理な話だからな・・。>」



実は、少女はこれから何処に行くのかを理解していなかった。

もちろん、自分が施設に預けられるということも知らない。



「<結局、あの子が嫌がるようでも、滝壺さんに何とか説得してもらうしかないでしょ・・>」


「<うーん・・、まぁ、仕方ないな・・>」



一抹の不安が残るが、それしか彼らに選択肢がない以上、どうしようもないことである。

今生の別れということでもないので、何とか丸く収まってくれるのを願うのみだった。





364 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 22:59:21.98 ID:VXNyzE.0 [21/36]


―――――



児童養護施設「あすなろ園」、砕けて言えば、置き去り用の保育園だ。

親の居ない、あるいは親に捨てられた子供たちが行き着く先の一つ。

見た目は、学園都市の外にあるような一般的な保育園と一緒だ。

敷地はそれほどまでに広くはないが、それを感じさせないくらいに子供たちが伸び伸びと遊んでいる。

今日は太陽がはっきりと姿を現しており、風もなく、暖かい、最高の外遊び日和なのだろう。

そんな庭で遊んでいる子供たちが目に入るくらいまでの場所まで来ると、道路の脇に車寄せて止める。

駐停車禁止かどうかは、面倒なので考えなかった。



「さってと、敷地内にぞろぞろ入っていくのもあれだし、

 結局、私と滝壺さんだけで行ってくる訳よっ」


「・・何か超不安な面子ですね、それ」


「俺も同感だ・・」


「あ、そうそう。

 この中で一番不信感バリバリなのは浜面なんだから、顔も出しちゃダメだかんね。

 外で遊んでる子供たちが変質者と間違えてパニック起こしちゃうかもしんないし」


「そ、そこまで言われるとさすがに傷つくぜ・・」


365 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:01:03.33 ID:VXNyzE.0 [22/36]


浜面の悲痛な言葉をヒラリとかわし、助手席から飛び降りるフレンダ。

後ろの席からも、滝壺と少女が降りる。

「あすなろ園」に行く途中で購入した真っ赤なスカートと花柄のワンピース、白フリルのついた赤い靴。

どこにでも居るような、普通の少女だ。

一応、今回は捨て子の少女をたまたまフレンダたちが見つけたという、

バカでも見抜けそうな嘘のシチュエーションで通してある。

しかし、それが一番自然な形であるし、あまり複雑な事情にすると、

こちらのことを詮索されてしまうのでかなり面倒なことになる。



「すみませーん、先ほど電話した者なんですが」


「あ、はいはい、お待ちしておりました、中へどうぞ」



外で子供たちと遊んでいた、三十代半ばか後半くらいの年齢の女性に話しかけた。

いかにも保母さんという雰囲気で、優しそうな女性だ、薄緑のエプロンがよく似合っている。

子供たちをもう一人の先生に預けたあと、その女性は三人に深々とお辞儀をした。

ニコやかに笑みを浮かべた女性は、案内役かつ今回の件の責任者らしい。

急な持ち掛けだったのに、意外と簡単に受け入れてくれるものなんだな、とフレンダは心の中で呟いた。

滝壺とフレンダと手を繋ぎながら、ぽてぽて歩いてく少女。

少女は未だにここがどういった場所か分かっていないのだろう、目をぱちくりさせている。


366 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:02:47.43 ID:VXNyzE.0 [23/36]


「ここ、どこ?」


「これから貴方が住むところだよ」


「私が・・住む?」


「・・うん」



施設の中に入ったあと、少し歩き、応接室と思しき部屋に招かれた。

同じ保育園の中とは思えないような、シックな雰囲気の漂う、居心地の良い部屋だ。



「一応、詳しい話だけお聞きしますので、そこへ座ってください」


「あ、はい」



少女を真ん中に挟んだ状態で、黒い横長のソファに腰を下ろす三人。

女性は、紅茶を出してくれた後、三人に向かい合うようにもう一つのソファに座った。


367 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:04:17.58 ID:VXNyzE.0 [24/36]


十分ほどの時間をかけて、少女との出会いから記憶喪失の件まで、すべてを説明をし続けた。

フレンダがぶっ続けで喋り通し、女性は目を瞑りながら、時折何か考えるように頷く。

その間、少女は滝壺と手を握りながら、彼女たちのやり取りを静かに聞いていた。

昨晩の麦野たちの話はあまり聞いていなかったものの、

今回の話でようやく自分の置かれる立場がなんとなく理解できてきたようだった。

滝壺は、その手に入れる力が、段々と強くなっていくのを感じ、

それに呼応するように、少女から伝わる力も強くなっていくのが分かった。

説明が終わると、女性は真面目な表情を崩さず、口を開く。



「事情は分かりました・・、一応、仮入所ということで許可します。

 えーと・・、これらの書類に記入をお願いできますか?」



隣にあった棚から、数枚の紙を取り出し、机に並べる。


368 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:05:03.13 ID:VXNyzE.0 [25/36]


「・・分かりました、フレンダ、頼める?」


「ぉっけー」



予め持参しておいたペンを取り出し、スラスラと記入を始める。

記入事項も身分証明も、すべてが偽造だ。

ただ、少女のことを第一とする気持ちは本物である。

心苦しいが、何の障害もなく話をつけるには止むを得ないこと。

これが少女のため。

会ったばかりの少女にここまでする必要はないはずだが、

どうしてここまでお世話しようとしているのかは分からない。



「結局、お金の方とかは大丈夫なんですか・・?」


「ええ、その心配は要りませんよ、ここは学園都市からの支給で成り立っている施設です。

 そうでなければ、子供たちの居場所がなくなってしまいますからね・・」



外で元気に遊ぶ子供たちを、窓から見やる女性。

輝かんばかりの笑顔だが、彼ら全員が親のいない置き去りなのだ。

女性の話に納得し、結果的に余計な手間がはぶけて良かったと言える。


369 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:06:09.97 ID:VXNyzE.0 [26/36]


「えーと、今日から入所されますか?」


「あ・・、はい、そうですね」


「分かりました、じゃぁ、こっちへいらっしゃい、外のみんなに挨拶しなくちゃね」


「んっ・・」



女性に手を引かれ、立ち上がる少女。

しかし、滝壺と握り合っていたもう片方の手を離そうとはしなかった。

その些細な行動でさえ、滝壺の胸を強く締めつける。



「・・どうしたの、こっちへおいで」


「いや、お姉ちゃんたちと離れたくない・・」



ある意味、予想通りの展開だったかもしれない。

フレンダと滝壺がお互いの顔を見合わせ、心苦しそうな表情を浮かべる。

意を決したように、滝壺が少女に言葉をかけた。


370 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:07:30.54 ID:VXNyzE.0 [27/36]


「ダメだよ、お姉ちゃんたちはお仕事があるから、

 貴方とずっと一緒に居られないの・・、だから、ここでお別れ。

 お友達もいっぱい居るから、安心して」


「やだ、いやだよ・・・、お姉ちゃんたちと一緒が良いっ」


「・・どうしよう、フレンダ」


「う、うぇっ、私っ!?」



今にも泣き出してしまいそうな顔の少女。

こういったときの対応というのは滝壺に任せるべきなのだが、

状況が状況なだけに、彼女もかなり戸惑っているようだ。

それに、ここを抑えたとしても、根本的な解決にはならないだろう。

女性も、自分が関わるわけにはいかないと思っているのか、口を閉じたままだ。


371 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:10:06.77 ID:VXNyzE.0 [28/36]


「私も貴方と一緒に居たい、でも仕方ないの・・、時間が空いたら会いに来るから、ね?」


「・・・でも、それでもいやだよ・・いや・・、いや・・・」



少女がその顔に涙を見せたそのとき。

滝壺たちは、自分たちの周りに微かな風が吹き込んでくるのを感じた。

髪の毛が少し揺れる程度の、わずかな風。

しかし、ここは施設の中、どこの窓も開いていないし、

何より、今日は風など吹いていなかったはずだ。

なら、この風はどこから入り込んできたものか。



「なにかしら・・、この風・・」



「な・・、これってッ・・!?」


「フレンダっ!」



滝壺とフレンダの持ち前の勘が働いた。

その対象は。




「・・いや、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」



372 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:10:37.12 ID:VXNyzE.0 [29/36]


絶叫する少女の周囲に、顔をかばいたくなるほどの強い風が巻き起こっていた。

ゴォォォォッという唸りと共に、その暴風は施設内を駆け巡り、すべての窓をガタガタと震わせる。

応接室の掛け軸や肖像画を始めとした備品が、風に当てられ、次々と音を立て、落ちていき、

施設の通路に貼ってある子供たちの作品や絵が強風に煽られ、引きちぎられるように飛んでいった。



「まさか・・、この女の子・・!」


「能力者っ・・!」



フレンダと滝壺の頬を一筋の汗がつたう。

彼女が能力を使用しているのは、この状況からして明らかだ。

しかし、恐らく、彼女はその力を制御できていない。


373 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:11:40.33 ID:VXNyzE.0 [30/36]


「これだけの大風を起こすなんて・・!」


「滝壺さんっ・・、どうにかしないとっ・・!」



傍に居た女性は立ち続けることもできず、その場で膝をついてしまっていた。

二人もこの風に抵抗する術がなく、体勢を崩さないようにするのが精一杯だった。

フレンダの制帽も、既に何処かに吹き飛んでしまっていた。



「だめ・・、このままじゃ・・!!」



滝壺が呟いたときには、既にその風は暴風とも言えるレベルにまで発展し、施設中を荒らし回る。

それだけの轟音が響きながら、少女の悲痛な叫びだけは鮮明に聞こえていた。





374 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:13:24.58 ID:VXNyzE.0 [31/36]


―――――



施設内で異常事態が起こっている頃、施設外でも異変が起き始めていた。

先ほどまでは、ほぼ無風だったにもかかわらず、

施設を囲むように立っている木々が風で大きく揺れ始めていた。

また、施設の庭では、子供たちを遮るように小規模な砂埃が舞っている。

目に見えて、風が強くなっていることが分かった。



「なんだあ・・、随分と風が強くなってきやがったな・・?」


「木が超揺れてますね・・、遊んでる子たちは大丈夫でしょうか・・」


「すー・・」



こちらは、「アイテム」待機組。

ワゴンの窓から顔を出しながら、周囲の様子を気にかける浜面と絹旗。

麦野は待ちくたびれたのか、窓に頭をつけながら、すやすやと寝息をかいていた。

一言も喋らないでいたと思えば、どうやら眠いのを我慢して、ついてきていたらしい。


375 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:14:42.73 ID:VXNyzE.0 [32/36]


「何か、様子がおかしくありませんか・?」


「・・ん、そうか?」


「いきなり風が吹き始めたというか、何というか・・」


「学園都市のどっかの風力発電機が壊れたんじゃねぇの?」



「あすなろ園」だけでなく、周囲の建物や、施設の敷地外の木々も見やる絹旗。

周りは、まるで風の影響などほとんど受けていないかのような静寂っぷりだった。

当たり前のことながら、風はこんな街中で突然に生まれるものではない。

大体は、どこからか吹き込んでくるものだ。

それにもかかわらず、この「あすなろ園」だけが風の被害を受けているようだった。

こんな平野で上空から吹き込んできているのだろうか、そんな馬鹿な話があるものか。

再び「あすなろ園」に目をやると、

風が地面から上空に向かうような、上昇気流のような形で吹き荒んでいるのが分かった。

舞う砂埃の量も、数十秒前と比べても、段違いに多くなっている。

異変に気付いた子供たちがバラバラに逃げ惑い始めていた。


376 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:15:46.28 ID:VXNyzE.0 [33/36]


「・・・妙な胸騒ぎがしますね」


「確かに・・、ってうおぉぅッ!?」



そのとき、浜面の携帯がけたたましく鳴り響く。

ビクッとした後、急いで携帯を開く浜面。

画面に表示された名前は『滝壺 理后』。

変な声あげないでくださいよ、超キモいです、と後ろで聞こえたが、

気にせずに通話ボタンを押し、慌てて耳元に携帯を押し付ける。

絹旗も念の為に浜面の耳元へ顔を寄せた。



「もしもし、滝壺か、何かあったのか?」


『・・はま、づらっ!』


「おい、どうしたっ・・、っていうか何だよこの音っ!?」



つんざくような大きなノイズが入り込む。

まるで、暴風警報発令中なのに外で電話をしているような感じだ。

滝壺の声を満足に聞くことができない。


377 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:16:25.61 ID:VXNyzE.0 [34/36]


『あの子・・の・・くしゃで・・、この風・・っ、・・起こ・・!』


「おい、何があったんだ、ノイズが酷くて全然聞こえねぇっ!!」


『とに・く・・、今すぐ・・、』



ガシャン!という何かが落ちたような音とともに通話が切れる。

浜面は携帯の画面を見たまま、歯を食いしばった。

尋常じゃない事態、それは理解した。



「おいっ、絹旗!」


「聞こえてましたよ、緊急事態のようですね」


「・・くそっ、うだうだ喋ってる時間が勿体ねぇ、行くぞっ!」


378 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/25(木) 23:17:50.69 ID:VXNyzE.0 [35/36]


勢い良くドアを開けて飛び降りると、一直線に暴風が渦巻く庭へ切り込む浜面。

無能力者が手ぶらのままで何をしに行くというのだろうか。

すると、施設内の方が酷い風だというのが分かったのか、

子供たちと数名の先生が彼とは逆方向に避難していく。

その群れをかき分けるように、進んでいく浜面。



「ちょ、車の鍵締めていってからにしてくださいよっ!!」



ちなみに、車のキーは浜面が持ったままだった。

絹旗は止まるよう叫んだが、車内には麦野が居るので何とかなるだろう(爆睡中だが)と思い、

止むを得なく彼を追いかけるため、一箇所集中の強風の中に慌てて飛び込んでいった。


391 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:39:17.43 ID:E16Dj720 [2/29]


―――――



「ごめん・・、携帯飛んでっちゃった・・」


「えぇっ!? じゃ、私の携帯を・・って充電切れてるぅ!?」



風除けのため、廊下の曲がり角に隠れていたフレンダと滝壺。

しかし、少し顔を覗かせるだけで、強風が顔面にぶち当たってくる。

さらに、滝壺は携帯を落とし、その勢いで廊下の反対方向に強風で滑っていってしまった。

遠くにいってしまった携帯を拾おうとここを離れれば、

今の位置には戻れなくなってしまうだろう。

一方、施設の女性は彼女たちとは逆、

通路の行き止まりの部分に背を預けたまま、動けないでいた。

少女は、依然として女性と、フレンダ+滝壺の間に立っている。

能力を使用して、あちらこちらに少女が移動しないだけマシだが、状況は好転しない。

少女は未だに大声をあげながら、泣きじゃくったままだ。

それに呼応するように、吹き荒れる風は威力を失うどころか、どんどん強くなっていく。


392 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:41:06.21 ID:E16Dj720 [3/29]


「一応、はまづらには伝わったと思うんだけど・・」


「んなこといったって、あいつらが来てもどうにかなるような状況じゃないでしょ、これ・・!」



麦野の能力なら、ギリギリで止めることはできるかもしれない。

対象を殺す、あるいは負傷させるという手段を使って。

ただ、そんな選択肢は端から選べるわけがなかった。

精神的にボロボロの少女をこれ以上傷つけるようなことができるわけがない。

彼女が泣き止むのを待つしかないのだが、それでは被害が拡大するばかりだ。



「この原因は私たちだよね、あの子がこんなに悲しむなんて・・」


「・・あーだこーだ悔いるのは終わってからだよ、滝壺さん」



今、少女は救いを求めている。

だからこそ、誰かが手を差し伸べなければならない。

それは、自分たちの役目のはずだ。

一度解いた手を、もう一度繋ぎなおす。


若いうちに強力な能力が伴ってしまった子供にありがちな能力の暴走。

持たざる者の止めどない暴走は、その人間のすべてを破壊する恐れがある。


394 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:42:16.61 ID:E16Dj720 [4/29]


「とにかく、はまづらたちが来るのを待とう、私たちじゃどうにもならないっ・・!」


「・・結局、それしかないって訳ね」



長期戦を覚悟したそのとき、施設の入り口の方から大きな声がした。



「滝壺ッ、フレンダッ、何処に居るんだっ!?」



浜面の声。

予想よりも早い到着だった。



「浜面、こっちこっち!!」


「フレンダ!!」



浜面の姿が見え、精一杯叫ぶフレンダ。

両手を使ってブンブン手招きする。

しかし、風の源が近いせいか、勢い良く走り寄ることができない。

時間をかけて、何とか二人と合流した。


396 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:44:50.76 ID:E16Dj720 [5/29]


「・・一体、何がどうなってやがんだよっ!?」


「あの子が能力者だったの・・、

 たぶん『風力使い(エアロシューター)』か何かだと思うんだけど・・」


「な、嘘だろっ、あの女の子が能力者・・!?

 いや、それはともかく、何でこんなことになっちまってんだよ・・!

 施設の中も外も、ものすごい荒れっぷりだぞ!?」


「私たちと別れるのが嫌で、あの子の感情が爆発したと同時に能力が暴走ってトコかな」



そう言いながら、親指の爪を噛むフレンダ。

爆発物系統を扱う彼女にとって、こういった状況の解決は困難だった。

滝壺の能力もこの場では意味を為さない。



「そういえば、麦野と絹旗は今ドコよ?」


「絹旗はそのうち来ると思う、麦野は・・、車の中で寝てる」


「はぁ!? こんなときに何してんのよ、ウチのリーダーは・・」



右手で頭を抑えるフレンダ。

この事態を解決するためには「アイテム」の中で一、二に頼れる彼女たちの協力は必須だ。


397 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:46:54.59 ID:E16Dj720 [6/29]


「まぁ、絹旗か連れてくるかもしんねぇけど・・、

 参ったなこりゃ、予想外すぎる・・」


「ここからじゃ、叫んでも声が聞こえないし、説得の仕様がないよ・・」



顔を半分だけ出して、少女の様子を見る。

彼女との距離は20メートルほどか。

先ほどと変わりなく、大号泣しながら、能力をフルに使用中の少女。

声が枯れてしまうんじゃないか、と心配になるくらいだ。



「あ、きぬはた。」


「絹旗、こっちだ!!」



浜面のルートを辿り、絹旗も追いついてきたようだ。

こちらに気付いたのか、顔を向け、走ってくる。

しかし、彼女の能力の自動防御機能を持ってしても、この暴風は厳しいらしい。

風自体は防げているため、目が開けられないだの髪の毛がボサボサになるなどの被害はないが、

風の影響すべてを緩和できていないのだろう、ノロノロと近づいてきた。


398 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:48:04.28 ID:E16Dj720 [7/29]


「まったく・・、この風だと私の能力をもってしても一苦労ですね」


「それより、麦野はどうしたんだ?」


「浜面が車の鍵を閉めていかないので、仕方なく番犬代わりに置いてきましたよ」


「ぐが・・っ、しまった・・!」


「・・それより、何があったんですか、外の子供たちは大パニックでしたよ」



一部始終を説明するフレンダ。

聞いていくうちに、徐々に眉を潜めていく絹旗。



「なるほど、状況はわかりました。

 とにかく、彼女の近くに行ければ何とかなりそうですか?」


「うん。

 ここからじゃ何もできないから、せめて近くまで行ければ・・!」


「ふむん・・、何か彼女との間を遮るような大きなものがあれば。

 そこらの机を持ってきても、風を受けきれないかもしれませんし・・。」


「浜面がこの場で『風力使い』の能力に目覚める、とかどうよ!」



バカ言わないでください、と、当の浜面よりも先に否定する絹旗。

辺りを見回すが、頼りになりそうなものは何もない。


399 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:51:04.02 ID:E16Dj720 [8/29]


「能力者だ何だと言われても、こういうときに何の役にも立たないことが腹ただしいばかりですねっ・・」



唇を噛み締める絹旗。。

そこで、浜面が何かを思い出したように、顔をあげた。



「・・そうだ、昇降口にあった下駄箱なんてどうだ?」


「げ、げたばこ・・?」


「あぁ、あれならそれなりの幅は取るだろうし、

 身体を風から守ることくらいはできるはずだと思うんだけど、どうだ?」



一般的に知られている下駄箱を思い浮かべる。

確かにあれなら、最低限の遮蔽物にはなりえそうだ。


400 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:51:45.50 ID:E16Dj720 [9/29]


「ま、まぁ、確かに思いつく限りのこの施設内にある大きな物といえば、それくらいしかないかもだけどさ」


「でも、それをどうやって運ぶなり、遮らせるなりするの・・?」


「そこは私の出番でしょう」



腕まくりをし、息を荒げる絹旗。

彼女の能力で窒素を介せば、どんなに重いものでも簡単に持ち上げることができる。

限界はあるだろうが、下駄箱の一つや二つなら、問題はないはずだ。



「それにしても、下駄箱なんて超間の抜けた武器ですね・・」


「ないよりマシだろ、取りに行くぞっ!」



背を向けて走ろうとする浜面の袖を引っ張り、ズダンと倒す絹旗。

後頭部から落ちた浜面は、ぬぉぉっと頭を抱え、ゴロゴロとのたうち回った。



「私だけで超十分です、浜面はここに居てください」


「・・ですよね」





401 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:53:49.61 ID:E16Dj720 [10/29]


―――――



「さて、運搬役の私と説得役の滝壺さんだけで行くので、二人はここで超待機していてください」


「ああ、そっちは大丈夫なのか?」


「そんなゾロゾロ行っても仕方ないでしょう、下駄箱を押し進めるのは私だけで十分です。

 廊下の床を超傷つけることになりますが、この際気にしてられません。

 あと、念のために、何かあったときはバックアップをお願いできますか?」


「分かった、任せとけ」



ニッと笑い、下駄箱に手をかける絹旗。

彼女が運んできた下駄箱は、何処にでもありそうな木製のものだ。

赤ペンキで満遍なく塗りたくられており、

人二人がやっと隠れることができる程度の面積。

総括すると、下駄箱の裏面を両手で押し進め、滝壺も一緒になって隠れたまま、

少女に近づき、そこから何とか説得するという何ともチープな作戦だ。

もちろん、少女が聞く耳を持ってくれるかどうかは分からない。

ただ、これが今の自分たちに出来る最善の救出策。


402 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:55:33.64 ID:E16Dj720 [11/29]


「せーのっ・・!」



力いっぱい下駄箱を押し、じわじわと少女との距離を詰めていく。

数分かけて、何とか少女の手前3メートルほどまで来たが、

それ以上はテコでも動かなくなってしまった。

やはり、少女の近くは風の威力が強すぎる。

これ以上は下駄箱すら破壊されてしまうんじゃないかというくらいだった。



「滝壺さんっ・・これ以上は・・!」


「わかった・・、ありがとう、きぬはた」



顔を少しだけ出し、少女を説得しようとする。

しかし、あまりにも風が強すぎるため、顔を出すことすらできなかった。

顔を出すことができなければ、少女にしっかりと声が届くことはないだろう。

相手に上手く伝わらない言葉は、互いの気持ちのすれ違いを生む。


403 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 22:57:31.87 ID:E16Dj720 [12/29]


「ここまで来てっ・・!」


「滝壺さん、無理はしないでくださいっ・・」



歯軋りする滝壺、心配そうに見つめる絹旗。

浜面やフレンダも同じ気持ちなのだろう、こちらをずっと見続けていた。

衰える兆しを見せない少女に対し、滝壺は無謀にも身を乗り出そうとする。



「お願い、聞いてっ・・!

 私たちは貴方を一人になんかしないっ、だから・・!!」


「・・ぅぁああぁぁぁぁわぁぁっ!!!!!!!!!」



バリィィンという甲高い音がして、複数の窓ガラスが割れた。

いくつもの風を収縮して打ち出された空気砲のようなものが炸裂したらしい。

それと共に、身を乗り出していた滝壺が一瞬で吹き飛ばされる。


404 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:09:33.93 ID:E16Dj720 [13/29]


「く、うぁぁっっ!!!」


「滝壺さんっ!」



絹旗が手を伸ばしたときには、既に滝壺は一直線に遥か後方へ。

バットから放たれた弾丸ライナーのように、彼女の身体は軽々と飛んでいった。



「滝壺っ!!」



それに反応したのは浜面。

飛び込むように通路に出ると、飛んできた滝壺を抱きしめるようにしっかりと受けとめる。

しかし、体勢を崩し、背中から通路に勢いよく叩きつけられてしまった。

ぐああッ!!という喘ぎと共に、鈍い衝撃音が響く。



「ちょっとっ、二人とも大丈夫!?」


「俺たちのことは良いから・・、あの子を追えっ!!」



少女は割れた窓から施設の外へ出たらしい。

そのせいか、施設内の風の威力はさっきよりは弱まっていた。

しかし、最悪の状況にノンストップで進んでいることは明白だ。

急いで曲がり角から走り出るフレンダ。

見ると、絹旗が既に割れた窓から外に出ようとしていた。


405 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:14:36.38 ID:E16Dj720 [14/29]


「あの子は私が追いますっ、フレンダは先生をっ!」


「え、ちょっと、絹旗っ!?」



ようやく、少女の風の被害から解放された女性がグッタリ座り込んでいた。

背中を壁に預けていたとはいえ、かなり近いところで彼女の放つ風を浴び続けていたのだ。

絹旗たちのような人間ならまだしも、一般人である彼女の、その疲労は底知れない。



「・・この施設の敷地の外へ出すわけにはっ!」



焦りに歯を食いしばる絹旗。

空を駆けていく少女は未だにその力を制御できないまま、低空飛行を続ける。

何が何だか分からず、半狂乱のまま。

施設から飛び出し、庭に出ると、敷地外に逃亡しようとする。


406 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:18:18.44 ID:E16Dj720 [15/29]


「ダメッ・・、待って・・・」



目の前から少女の姿はとうに消えている、それでも言葉を出さずには入られなかった。

当然、滝壺の悲痛な叫びは届かない。


一方で、絹旗は彼女を必死に追いかけるが、とても追いつけるとは思えなかった。

しかし。


そこに、一人の少女が立ちはだかった。



「ったく、せっかく良い気持ちで寝てたのに、この騒々しさは何なのかしら?」



「麦野っ!!」



麦野沈利だ。

彼女の力なら強攻策で少女を止められるかもしれなかった。

ただ、それは彼女を傷つけるという意味にもなるが。


407 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:19:36.76 ID:E16Dj720 [16/29]


「その子を止めてください、さっきの女の子ですっ!!」


「任せなさ・・、えっ、さっきの女の子!?」



頼れるリーダーの表情が、突然戸惑い、間の抜けた表情に変わる。

そんな中も、少女は麦野に向かって風を纏い、暴れながら突進してきていた。



「え、どっかのゴロツキが侵入したのかと思えば・・、あの子なのっ!?」


「ちょ、何とか止めてくださいよっ!!」


「む、無理に決まってるでしょ、私の能力じゃあの子を殺しちゃうわっ・・!」


「超使えねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」



408 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:22:57.91 ID:E16Dj720 [17/29]


絹旗の大絶叫。

麦野は止むを得なく身体を張って、少女を止めようとする。

それで止まる保障などなかった、むしろ、このままでは麦野が大怪我を負うかもしれない。

少女のスピードはかなりのものだ。

麦野は両手を広げ、目を閉じ、歯を食いしばった。


そして、彼女の全身を駆け巡るような衝撃が・・、



しかし、聞こえたのは、ドサリと何かが倒れたような音。



「・・・え?」



麦野が恐る恐る目を開ける。

彼女のわずか2メートルほど手前に、少女が力なく倒れていた。

絹旗が何か叫びながら、慌てて走り寄ってくる。


少女の気絶と共に「あすなろ園」はいつもの静寂を取り戻していた。





409 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:25:40.53 ID:E16Dj720 [18/29]


―――――



意識を失った少女が運ばれたのは第七学区にある一般病院だった。

しかし、能力者であることが分かると、

強制的にそことは違う同学区内の特別病院に搬送されてしまう。

その病院では、のっぺりとしたカエル顔の医者が待っていた。

よく聞かされていないが、その容姿とは裏腹に?腕は確からしい。



少女の診察が終わり、浜面を含めた「アイテム」の五人は彼女の病室に居た。

少女は今もなお眠り続けているが、医者の話だと直に目を覚ますそうだ。

手早く診察を終えた医者は、病室を訪れると、浜面たちに軽く説明をし始める。



「とりあえず、今日一日、安静にしておけば大丈夫。
 
 能力の暴走による脳へのダメージも心配されたけど、まったく問題はないようだ」


「はぁ・・、どうも、ありがとうございました」



慣れない敬語で対応する浜面。

それを気にも留めず、医者は説明を続ける。


410 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:27:49.69 ID:E16Dj720 [19/29]


「不安定な感情の爆発から能力の暴走に繋がったようだね、

 念のため、能力を軽減する装置を首輪として彼女に付けておくよ。

 ・・詳しい事情は聞いていないが、彼女の周囲は随分と目まぐるしく動いていたのかな。

 まぁ、ある程度、彼女が落ち着けるような環境になったなら、外しに来なさい」



それだけ言うと、口元に優しい笑みを浮かべ、背を向けた。

彼に向けて、小さくお辞儀する浜面と滝壺、絹旗。

フレンダは俯いたままで、麦野は考え事でもしているように窓の外へ目を向けたままだった。

医者はゆったりと足を進め、病室のドアに手をかける。



「・・あ、一つ聞いても良いですか?」


「ん、何かね」



浜面が声をあげる。

引き止められても、嫌な顔一つせずに医者は振り返った。


412 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:34:21.00 ID:E16Dj720 [20/29]


「この子が能力者なのは分かったけど、レベルはどのくらいなんですか?」


「・・能力者の診察だから、能力判定をしておいたけど、レベル3というところかな。

 でも、時と場合によってはレベル4相当の力を発揮するようだ。

 その年齢と照らし合わせても、まだ持つには早すぎる大能力だよ」


「そうか・・、どうも、迷惑をおかけました」


「迷惑なんかじゃないさ、患者を助けるのは僕の義務とかじゃない・・、生きる意味だからね」



それだけ呟くと、カエル顔の医者はゆっくりとした足取りで出て行った。

何となく頭を上げると、時計が十二時近くになっているのが見えた。



「まぁ、何の異常もなかったみたいだから・・まずは一安心だな」


「・・そうだね」



普通なら昼食の時間なのだが、少女の搬送から診察結果が出るまで、

忙しく動いていた彼女たちはそんな時間はなく、今もなお、昼食が喉を通るような気分でもなかった。


413 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:40:13.42 ID:E16Dj720 [21/29]


「そうだ、一つ言い忘れていたことがあるんだけど」


「うおっ、な、何すか?」



いきなりドアが開かれ、医者がそのカエル顔を覗かせた。



「置き去りのはずのその子が能力を使えるのはどうも引っかかって、

 許可なしにその子の頭を少し調べさせてもらったんだけどね?」


「良いのかよ、そんな勝手な・・」


「何か・・、あったんですか?」



滝壺が不安そうな声を漏らした。

カエル顔の医者は、初めてその顔を苦しそうに歪ませた。


414 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:42:49.78 ID:E16Dj720 [22/29]


「・・どうも能力開発を受けた後があるようだ」


「・・能力開発を?」



学園都市で学生に行われている能力開発。

その人間の『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を元にし、その人物特有の能力を生み出す。

それを助長させるための、学園都市の科学技術を生かした、ある意味では壮大な人体実験だ。

この少女のように、置き去りの、学校に通っていないような子供が、

いきなりレベル3の能力を扱えるというのは不自然なことだった。



「一応、それだけは伝えておくよ」


「ああ・・、どうも」



今度こそ、医者は病室から離れていく。

全員の肩の力が目に見えて抜けていくのが分かった。


415 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:44:45.47 ID:E16Dj720 [23/29]


「ふぅ・・」



椅子に腰を下ろし、少女の寝顔を覗き込む滝壺。

こんな可愛らしい顔をした子がレベル3、4相当の能力を使っていたというのは今でも信じられなかった。

あれだけ泣き荒れていた少女、今は何事もなかったかのように寝息を立てている。

ただ、泣き腫らした痕がその頬に微かに残っており、心の奥がチクリと痛む。

窓際に立ったまま、外を眺めていた麦野が口を開いた。



「施設の方はどうなってるの、フレンダ」


「さすがに、今日は休みになったみたい。

 今は警備員(アンチスキル)が来てて、現場検証と修復作業中。

 夕方頃に、事情聴取のためにこっちにも来ると思う」


「・・アンチスキルか、あんまり顔を合わせたくないわね。」


「とりあえず、この件は能力の暴走による事故として処理されるみたいだから、

 こっちの素性の奥底まで探られるようなことはないと願いたいところだね」


「麦野はレベル5ですから、念のため、ここから離れていた方が良いかもしれませんね」



りょーかい、と片手をヒラヒラさせる麦野。

彼女の顔が警備員たちに割れてる、ということはないだろうが、

万が一知られた場合、レベル5が干渉していたこともバレ、色々と面倒なことになる。

ちなみに、今回の身分証明もすべて偽造で通すつもりだ、バレる危険性もあるが。


416 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:47:31.90 ID:E16Dj720 [24/29]


「私たち、悪いことしちゃったな・・」



滝壺がポツリと呟く。



「私たちは自分の事だけ考えて、厄介払いみたいに施設に預けようとした。

 その子も気持ちも考えずに・・、それがこんな結果になったということですかね」


「・・この事故は私たちに原因があると言っても過言じゃないわね」



絹旗と麦野も続く。

各々も、自分たちの責任を痛感しているようだ。

浜面も、神妙な面持ちのまま、ただ頷いていた。



「結局、この子があそこでバテて倒れなかったら、もっと悲惨なことになってたかもしれないね」



あの少女が敷地外に出ていたら。

学区内を飛び回り、空気砲や風刃を道行く人や建物に放っていたら。

考えただけで背筋が凍る。

結末によっては、彼女が送られた場所はここのように安全な病院とは限らなかったかもしれない。


417 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:49:11.35 ID:E16Dj720 [25/29]


「ま、不幸中の幸いでしたね。

 ・・しかし、あのとき、まさか麦野が超無策に立ってるだけとはびっくりしましたよ」


「し、仕方ないでしょ、この子を傷つけるわけにはいかなかったし・・」



麦野が腕を組んだまま、苦しげに反論した。

任務の際は冷酷な一面も見せる麦野だが、カタギに手を出すような下品な真似はしない。

あの状況では誰もが麦野のように行動しただろう。

それに、怯えてその場から逃げようとするよりは、幾分マシな行動だったのかもしれない。



「それでも、結局、私たちはその子を傷つけた、

 ある意味、殴られたり蹴られたりすることよりも苦しい傷つき方をした・・」



この子が置き去りだと認識していたのなら、当然理解していなければいけないこと。

誰かに捨てられる、という感覚だ。

この子がどういう経緯で親に捨てられたのは分からない。

そもそも、親は存在しているのだろうかとも考えてしまう。


418 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:50:45.08 ID:E16Dj720 [26/29]


「ったく・・俺たちもバカだったよ、こういう子の気持ちってもんを、

 誰よりも分かってるはずだと思ってたのによ・・」


「・・そうですね」



学園都市の裏で生きている人間たちのほとんどは、精神的に自立している者ばかりだ。

自分から闇に足を踏み入れた者、止むを得なくその世界に住むことになった者。

どんな経緯にせよ、いずれはその闇に染まることになる。

しかし、この少女のように特異なケースもあるのだ。



「結局、ずっと反省会してても仕方ないし、これからどうするか決めないとね」


「いや、まぁ、そりゃそうだが、この子を施設に預けるっていう結論は変えられないだろ?」


「・・何かこう、穏便に済ませる方法はないのかしら」



ぐー・・



「・・・ん?」



419 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:53:09.99 ID:E16Dj720 [27/29]


「何ですか、今の間の抜けた音は」


「結局、浜面の方から聞こえた気がする」


「おい、浜面、正直に吐きなさい」


「すまん・・、俺の腹の音だ」



はあ・・、と大きな溜め息をつく四人。

面目ねぇ、という風に顔を伏せる浜面。



「まぁ、その子が目を覚まさなければ話は進みませんし、そろそろお昼ご飯にしましょうか」


「さんせーい・・、しまった、今日は缶詰持ってなかった・・!」


「・・確か、病院の近くにコンビニあったよね」


「よし、浜面、行けッ!」


「お、俺かっ!?」



と、言いつつも、反射的に椅子から立ち、財布の中身を確認する浜面。

浜面の「アイテム」加入からそれほど時間は経っていないのだが、

悲しいかな、飼い犬体質は彼の本能すらも侵食していたのか。


420 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/26(金) 23:55:10.06 ID:E16Dj720 [28/29]


「私、シャケ弁とアイスココア」


「私は甘い系のパンとお茶を」


「私はサバ缶一式でっ!」


「私ははまづらが食べるのと同じのが良いな」


「・・な、じゃぁ、私もアンタと同じので良いわっ!」



怒涛の四連続コンボから、修正一人(麦野)。



「あと、この子が起きたとき、お腹がすいてると思うので、

何か食べやすいものをお願いできますか」


「分かったよ・・、すぐ買ってくるから少し待ってろよー」



反論の一つもせずに、財布をポケットに突っ込み、

わざとらしくけだるそうな表情を浮かべると、浜面はその騒がしい病室を後にする。

彼の姿は、いつまで経っても巣立とうとしない四羽の雛を養う親鳥のように見えた。


442 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:25:09.33 ID:QOlXJAo0 [2/60]


―――――



特に異常は見当たらなかったため、少女は翌日に無事退院することができた。

既に全員がいつもの「アイテム」の隠れ家に戻ってきている。

もう日が暮れており、世間的には夕食の頃合いだ。



「見てみて絹旗っ、苦労してやっとゲットできた『イカスミ風味のサバ缶・初回限定版』!

 ネットサーフィンしまくって、見つけたんだよー、欲しいって言ってもあげないからねーっ!」


「要りませんよ、そんな超胡散臭い缶詰・・、っていうか初回限定って何なんですか・・」


「おーい、晩飯できたから、テーブルの上片付けろよー」


「「はーい」」



隠れ家に戻ってきたからか、堅苦しい雰囲気から解放された一同。

いつものお茶らけ調子(?)を取り戻したようだ。


443 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:26:34.01 ID:QOlXJAo0 [3/60]


そんな中、一人、浮かない顔をしているのは例の少女。

彼女の首には、カエル医者がつけたと思しき白い能力制限の首輪が付けられている。

彼女の能力をレベル1程度にまで、軽減するという便利機械だ。

医者の心遣いなのか、その見た目はアクセサリのようにも見える。

しかし、それがどうしても気になったらしく、病院に居たときはしきりにそれを触っていた。

隠れ家に戻った頃には、気にならなくなっていたようだが。

それが何だか聞かされていなかったようで、少女は疑問を口にする。



「これ、なぁに?」


「これはカエルのお医者さんがつけてくれたものだよ、

 また、あんな風に能力が爆発しちゃったら大変だからね」


「・・そうなんだ」



目を覚ましたときから、少女は深く沈んでいるようだった。

自分の起こしたことの重大さを自覚しているらしい。

今にも潤みそうな瞳の少女を、滝壺が気にかける。


444 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:27:37.38 ID:QOlXJAo0 [4/60]


「大丈夫だよ、誰も怒ってなんかない」


「でも、施設をメチャクチャにしちゃったし・・」


「気にしなくて良いんだよ、幸い誰も怪我もしてないから」



後から発覚したことだが、浜面が、吹き飛んだ滝壺を受け止めて床に落ちた際、右腕に軽い打撲を負っていた。

全治二、三日の軽傷らしいが、これは少女には伏せておいた方が良いだろう。



「これ以上、迷惑かけたくない・・、だから、あの施設に入ろうと、思う・・」


「うん、お姉ちゃんたちもそれが良いと思う、

 私たちも貴方と一緒に居たい、でも、それは難しいことだから・・」



皮肉にも、能力暴発事故が少女を後押ししてくれたようだ。

その決断はお互いの為になるはずで、止むを得ないこと。



「私、頑張るから・・、ともだちもたくさん作りたい・・」


「うん、応援してる・・」



ほんの少しだけ微笑む少女。

それを見た滝壺は、自分そっくりなその少女が自分を映す鏡のように思えた。

立ち直った少女を見てホッとしたのか、麦野が歩み寄る。


445 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:29:35.00 ID:QOlXJAo0 [5/60]


「明日にはもう行くんでしょ、最後だし、私たちに何かできることないかしら?」


「そんなっ、お姉ちゃんたちには十分お世話になったし・・」


「良いのよ、こういうときはね、遠慮しなくて良いんだから。

 特にあの茶髪のお兄ちゃんには無理難題を押し付けちゃって構わないわよ」


「おい麦野、何勝手なこと言ってんだお前」



うーん、と首を傾げる少女。

唐突に言われてもなかなか頭に浮かばないものだろう。

麦野はしゃがんだまま、少女を見つめている。

その彼女らしくない行動を見た浜面は原因不明の鳥肌に襲われていた。


ゆっくりと顔を上げる少女。



「・・決めた」


「うん、何でも良いわよ?」


「じゃあ・・、」





448 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:31:16.68 ID:QOlXJAo0 [6/60]


―――――



太陽が燦々と照った、絶好の洗濯日和。

こんな日に、子供は外で元気いっぱいに遊ぶべきだろう。


さて、そんな中「アイテム」は、意外すぎる場所に居た。



「今日は皆さんと一緒に遊んでくれるボランティアのお姉さんたちが来ています、

 とはいえ、失礼のないように、今日一日楽しみましょうね!」



はーい、という息の揃った快活な声。

お行儀良く体育座りをした子供たちの群れの前に立っているのは、「アイテム」+浜面。

浜面は苦い顔をしながら、隣でにこやかに微笑む麦野に耳打ちする。



「<おい、何でこんなことになってんだよ・・?>」


「<だってあの子が一度で良いから私たちと遊びたい、って言うから・・>」


「<いや、他の方法はなかったのかっ・・?>」


「<・・怖い顔してると、子供たちが超怯えますよ浜面>」


449 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:32:17.22 ID:QOlXJAo0 [7/60]


絹旗の忠告に、顔を無理やり綻ばせる浜面。

子供たちが一番警戒するのは、体格的にも雰囲気的にも彼だろう。

下手に泣かれてしまうと、厄介だ。

絹旗たちにも馬鹿にされるだろう。



「では、三時まで自由時間だから、元気よく思いっきり遊びましょうっ!」



わああああああ、と狂ったように五人に飛びつく子供たち、三十人くらいは居るだろうか。



「わー、お姉ちゃんちっちゃーい、何歳なのー?」


「んなっ・・、私はこれでも超ピチピチの・・、」


「絶対私より年下だよー、だって私よりおっぱいちっちゃいもんっ!」


「だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 っていうか、どこを触って!?」



あ゛ぁぁぁぁぁっ、と半狂乱の声をあげながら、子供の渦に巻き込まれる絹旗。

背丈は子供たちと変わらないためか、あっという間にその姿は見えなくなり、

雪崩に巻き込まれたかのように庭へ運ばれていった。


450 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:33:26.35 ID:QOlXJAo0 [8/60]


「わー、金髪だぁっ! ねぇねぇ、触って良いっ、ねぇっ!?」


「ふっふーん、私の自慢の脚線美と並ぶ、この素晴らしい髪に目をつけるなんてお目が高いねぇ、少年、

 でも結局、この髪の毛を味わうことができるのは、私がこの身を捧げた愛しの麦野だけ、」


「エイッ!」


「あーだだだだだだっ!! 引っ張るなっつーのっ!!」



絹旗と同様、神輿のようにかつがれていくフレンダ。

抜けるうぅぅぅぅぅっ、と悲痛な叫びをあげたまま、外へ流れ出ていく。



「理后お姉ちゃんと新しく入ったあの子って姉妹なの?」


「ううん、姉妹じゃないよ・・、でも、そんなに似てるかなあ・・」


「じゃあ、私が理后お姉ちゃんの妹になるーっ!」


「えー、じゃぁ、私もーっ!」


「ふふ、友達百人じゃなくて姉妹が百人できちゃいそう・・」



滝壺独特のほんわかオーラに当てられたのか、彼女の元に集まる子供たちも温厚な性格が多いらしい。

何人もの子供たちが滝壺に寄り添ったまま、幸せそうに笑っている。


451 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:34:07.83 ID:QOlXJAo0 [9/60]


「俺で良かったら、沈利お姉ちゃんの彼氏になるよっ!」


「いや、俺が沈利さんの夫になる!」


「待て、沈利は俺のっ!」



「(こ、このガキどもッ・・・・・・!!)」



麦野の周りには、男の子だけが群がっていた。

「アイテム」の中で彼女が一番美人だというのは、子供たちでも分かるらしい。

ぶつけようのない怒りと、ほんの少しの照れを表情に出さない代わりに、拳をブルブル震わせる。

ぴくぴく動くこめかみを抑えつつ、周囲を見回す。

フレンダと絹旗は既に庭に連行されており、滝壺は聖母のように周りの子供たちに絵本を読み聞かせしている。

そして、気になる彼女の想い人は何をしてるのかというと。


452 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:35:09.12 ID:QOlXJAo0 [10/60]


「お兄ちゃん、ちょっとガサツそうだけど、私の好みだなー」


「これ、金髪、茶髪? かなり派手な色だけど、カッコいいなあ・・」


「お願いっ、私をこの「あすなろ園」という牢獄から連れ出してどこまでも逃げてぇぇっ!」


「お、おい、お前ら、何言ってんだ・・、

 そして、そこのお前は愛の逃避行でもしたいのか、何歳だよ・・」


「えいっ!」


「ば、馬鹿野郎、飛びつくなっ!

 いててっ・・、右腕痛めてんだぞっ・・!」



そこには、複数の女の子に囲まれた上、集団で口説かれる浜面。

見た目は少し怖くても、人柄の良さを感じ取られているのだろうか。

その光景を見た麦野は、青筋を立てて、顔を歪ませる(無論、激怒的な意味で)。


453 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:36:23.92 ID:QOlXJAo0 [11/60]


「おいコラ、浜面ァッ!

 てめぇはいつからロリコンに成り下がりやがったんだァッ!?」


「うおおおっ、麦野、これは誤解なんだっ、断じて俺はそんな異常性欲者なんかじゃ、」


「問答無用よ、こんのバカづらァッ!!」



沈利お姉ちゃんを怒らせるなー、と拳を振り上げて襲い掛かる子供親衛隊。

彼らの後ろには、怒髪、天をつくといったような麦野が仁王立ちしている。

撫でるように身体を触ってくる女の子たちと、殺す気で飛び掛ってくる男の子たちに挟まれ、

幸せなのか不幸せなのか分からない浜面、久しぶりに死を覚悟したという。






455 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:37:14.86 ID:QOlXJAo0 [12/60]


―――――



「はぁ、はぁ・・しかし、超威勢の良い子供たちですねっ・・」


「で、結局、こんな美人を捕まえて、何して遊ぼうって訳?」



そこそこ広い庭のド真ん中に集合した子供たちとフレンダ、絹旗。

フレンダは散々弄ばれた髪の毛がぐっしゃぐっしゃになっている。

絹旗も必死に子供の群れから抜け出したのか、ぜぇぜぇ息を荒げていた。



「サッカー!」


「さ、さっかあ・・!?」


「だって、欧米系の外国の人ってサッカー上手いんじゃないの?」



サッカー、説明不要の世界で最も有名なスポーツの一つだ。

少年たちは目をキラキラ輝かせて、フレンダを見つめていた。

恐らく、外国人と会うのは初めてなのだろう。

そんな羨望の眼差しを向けられれば、このお調子者は黙っていられるわけがなかった。


456 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:38:02.87 ID:QOlXJAo0 [13/60]


「あ・・あぁ、そうね、そうよっ!

 私が学園都市のメッシと呼ばれて早幾年・・、

 クリスティアーノ・・ロ、ロニャウドも、ロナウジ・・なんとかも私の前には赤子同然、

 ジダンに壊滅的被害を与えた(頭髪的な意味で)のもこの私ッ、

 そして、日本人の記憶に鮮明に残るドーハの悲劇の立役者としても有名なのはこのフレンダ様よっ!」



誰もが二秒で分かる嘘をベラベラ喋るフレンダ。

それを聞いた子供たちが一斉に口を開いた。



「す、すげええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


「やっぱ外国の人のフィジカルってのは格が違うんだなぁっ!!」


「あのっ、私、サインもらっても良いですかっ!?」


「感動した、俺、感動したよっ!!」



びっくりするほどお花畑。

勢いで言ったはいいが、フレンダはサッカーのルールについてはちんぷんかんぷんだった。

どれだけ頑張っても、周りの子供たちに鼻で笑われる程度の技術しか持っていないだろう。

仕事柄、運動神経にはかなり自信がある方だが、正直、蓋を開けてみなければ分からない。


457 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:39:16.82 ID:QOlXJAo0 [14/60]


「ドーハの悲劇の立役者になってどうするんですか・・」



呆れて物も言えない絹旗に、ススーッと近づき囁くフレンダ。



「<ねぇ、絹旗・・サッカーってどういうルール?>」


「<は、はぁっ? 知らないくせに何であんなこと言ったんですか、貴方は・・>」


「<いや・・だって、盛り上がるかなって思ってさ・・>」


「<一度、その言葉の軽さをどうにかした方が良いですよ、フレンダ・・>」



やいのやいのやっているうちに、絹旗とフレンダは別々のチームに分けられ、男女交えた5vs5のチームが完成した。

後には引けない、後世に語り継がれるゲームが、今、幕を開ける。





458 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:40:44.54 ID:QOlXJAo0 [15/60]


―――――



「い、いてぇ・・・」


「・・・・・」



ボロ雑巾になる寸前までボコボコにされた浜面は、麦野の平手打ちを受けた頬を擦りながら、

部屋のド真ん中に敷いてあるカーペットの上に正座していた。

その向かいには、同じく麦野が行儀良く正座している、浜面と向かい合うような位置で。

背筋はピンと伸び、手は膝の上に置いてあるが、口は落ち着かないようにもごもごしている。

二人の間には、小さなテーブルが置かれており、

その上にはお皿やお箸、食べ物を模した玩具があった。

つまり、彼らは何をしているかというと、



「パパっ、ママっ、ほら、これ私が作ったご飯だよっ!」


「お、おうっ、う、美味そうだなあ・・、ほら、麦野、お前も食べろよっ!」


「・・・あ、うぅっ」


「どうしたの、ママ・・、私の作ったご飯美味しくなさそう・・?」


「そ、そんなことない、わよ・・?」


460 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:42:08.29 ID:QOlXJAo0 [16/60]


不安げな顔の少女を前に、全身をガチガチにしながら、唇を震わせる麦野。

そう、女の子なら子供の頃に一度はしたことがあるであろう、おままごとである。

状況は説明不要だろう。

浜面が父、麦野が母、そして、例の滝壺似の少女が娘役だ。



「おい、少しはノってやれよ・・」


「だ、だって、おままごとなんてやったことないしっ・・!」



おままごとをしようと言い出したのは、もちろん、少女である。

正直、麦野はノリ気じゃなかったのだが、浜面がやると言い出したので、勢いで参加してしまっていた。

そして、何やかんやで麦野と浜面は夫婦役になってしまったのである。


少女が紙のご飯を乗せたスプーンを麦野の口元に差し出す。


461 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:43:00.53 ID:QOlXJAo0 [17/60]


「はい、ママ、あーんして」


「あ、あーん・・って?」


「お口を開けて、ってことっ」


「ああ、なるほどね・・」


「ほら、早くっ」


「あーんするときは目閉じるんだぜー、麦野ー」


「あ、あーん・・、む、んぐっ!?」



パクッと、紙でできたお米を口に入れてしまった麦野。

それを見て、少女と浜面がギョッとする。



「ちょ、お姉ちゃん!?」


「お、おい麦野!」


「う、うぇっ・・、げっほけほけほっ・・!!」



当然、苦しそうに咳き込むことに。

あたふたしながらも、浜面は麦野の背中を叩いてやる。


462 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:43:49.10 ID:QOlXJAo0 [18/60]


「お前っ、本当に食べてどうすんだよっ!?」


「だ、だって、せっかく作ってくれた、っていうからっ・・けほっ!」


「び、びっくりしちゃったよー、お姉ちゃん、ヤギじゃないんだからっ・・」


あはは、と笑う少女。

呆れながらも、涙目の麦野の背中を擦ってやる浜面。

咳き込んでいるということは、一欠片や二欠片は飲み込んでしまったのだろう。



「はいっ、じゃあ、もう一回!

 これ、私が作ったサラダだよっ!」


「あ、うん・・」


「ほら、麦野、あーんだぞ、あーん」


「う、うっさい!」



と、言いつつも、あーんと口を開ける麦野。

口をパクパクと動かして、食べるジェスチャーをする。

何というか、ぎこちない。

新人俳優もびっくりの棒演技である。


463 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:44:33.14 ID:QOlXJAo0 [19/60]


「お、美味しいわねー」


「・・何なんだよ、その大根役者っぷりは」


「なんですって・・じゃぁ、アンタやってみなさいよー!!」


「お、俺ぇっ!?」


「じゃ、ママがパパに食べさせてあげてねっ」


「わ、私ぃっ!?」



同じような表情で、同じようなリアクションをする夫婦。

おままごとの順番待ちをしている女の子たちからは、上質なコントを見ているようだろう。

少女の提案を受け入れるべきか、拒むべきか考えているうちに、

少女はトマトの玩具を乗せたスプーンを無理やり、麦野の手に握らせる。



「はい、一度持った食べ物を降ろしちゃったら、お行儀悪いよねっ」


「・・・・」



ニッコニコの少女。

対照的に、顔が段々、強張っていく浜面と麦野。


464 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:45:40.02 ID:QOlXJAo0 [20/60]


「(何だ、この気まずい空気は・・)」


「(良い年して何やってんのかしら・・私)」



学園都市第四位の超能力者だとか、暗部組織のリーダーだとか、

そういう立場におけるプライドは、おままごとを始めた時点で捨て去った。

あとは自分との戦いである、かなり小規模な戦いだが。



「(何でこんな間抜けなことしてんだろうな・・、

 いや、これはきっと試練だ、最近堕落しきってた俺に対して神が科した試練っ・・!)」



「(くっ・・この程度で恥ずかしがってどうするの、やるしかないわっ・・!)」



意を決した二人。

バッと俯いていた顔を上げ、視線を合わせる。

そして、目を逸らす。



「(う、うおっ、麦野の奴、今俺と目を合わせやがったよな・・!?

 絶対、あれはアレだ・・、後でみっちり絞り上げてやるっていう怒りの目なんだ!

 ぶつけようのない怒りと何処からか湧き出てきたもどかしさに満ちた目っ・・!!」


「(な、何でアイツ、今こっち見たのよ・・あーんするときは目を閉じるもんじゃないのっ!?)」


465 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:46:46.06 ID:QOlXJAo0 [21/60]


周囲の子供たちは、かゆいところに手が届かないときのような顔をしていた。

心温まるハートフルストーリーなのか、見ててイライラする超C級ムービーなのか。


ゆっくりと腕を伸ばし、スプーンを最愛の彼の口元へ持っていく麦野。



「・・は、はい、あ・・あーん」


「お、おう・・、あーん」


「・・ど、どうかしら」


「う、美味い・・ぞ、麦野」



緊張の余り、麦野に負けず劣らずのダメ演技っぷりをする浜面。

それに突っ込む余裕がないほど、麦野の心臓はハイペースで動いていた。

そこで、少女はさらに注文をつける。



「あーもう、パパも分かってないなぁっ」


「え、何か悪いことしたか?」



自分に少女の矛先が向けられていたため、少し焦る浜面。

チッチッチと人差し指を振り、ビシィッと彼に突きつける。


466 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:48:08.16 ID:QOlXJAo0 [22/60]


「沈利お姉ちゃんは今、仕上お兄ちゃんの奥さんなんだからー、

 名前は『浜面沈利』なんだよー、麦野って呼ぶのは禁止っ!」


「なっ・・!」


「・・あ、ぁうっ!?」



素っ頓狂な声をあげる麦野、何がここまで彼女を緊張させているのだろうか。

少女に言いくるめられつつ、浜面は口を尖らせる。



「・・そ、そりゃそうだけどよ、じゃぁ、何て呼べば良いんだ?」


「よく考えてみなよー、パパがママのことを苗字で呼ぶのはおかしいでしょ?」


「・・あぁ、それもそうだな」


「はいっ、じゃあ名前で呼んであげて、ママのことっ!」


「なっ・・、」


「・・んですって?」



今までの大人しめな振る舞いと比べ、人格が変わったかのようにズバズバ物を言う少女。

しかも、彼女の言うことはすべて筋が通っている。


468 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:50:23.46 ID:QOlXJAo0 [23/60]


知っての通り、麦野と浜面は「アイテム」内でも、お互いを名前で呼び合う仲ではない。

同姓の絹旗や滝壺とでさえ、麦野は苗字で呼び合っているくらいだ。

浜面に関しては言うまでもない。

普通の若者からしたら、名前で呼び合うことくらいはへっちゃらだろう。

しかし、この二人にとっては、飛び越えることが大変困難な高さのハードルなのだ。



「そ、そこまでリアリティを追求しなくても良いんじゃない、か・・?」


「まさか、パパ・・、ママの名前を忘れちゃったのっ・・!?」


「・・な、なっ!?」



アドリブの効く演技派子役の少女は既におままごとモードに入っていた。

できるだけ麦野の表情を見ないように、浜面は視線をテーブルに向ける。

ちなみに、彼女は先ほどからずっと唇を震わせっぱなしである。


470 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:52:17.25 ID:QOlXJAo0 [24/60]


「(いや・・、よく考えろ、麦野のことだからどうせ『私の名前忘れやがってぇぇっ!』とかいちゃもんつけて、

またビンタを放ちかねない・・となると、ここでの最もベターな選択肢はっ・・!)」


「(ば、バカ・・やめなさい、浜面・・、でも待って、やめさせる必要は・・だって、

 いやっ、っていうか何でこんなに顔が熱くなってっ・・!?)」



アドレナリン(?)なのか、出所不明の脳汁が沸騰しそうになる麦野。

そんな中、浜面の中で決断の小槌の音が鳴った、生唾を飲み込む。

できるだけ、麦野の神経を逆撫でしないように、礼儀正しく目と目を合わせた。



「し、沈利・・」


「・・・あ、はぃ」



一瞬の間、静寂。



「(あ、あれ・・どっちにしろ何か言われるんだろうなって思ったけど、

 何でこんなしおらしくなってんだコイツ、逆に何か不気味だ・・)」


「(い、今、浜面が沈利って言った・・、沈利って言ったっ!)」



疑心暗鬼になる浜面に、浜面の声で再生された自分の名前が頭の中でぐるぐる回る麦野。

彼女がお湯の入ったやかんなら、もうスイッチを切らなければ爆発するレベルである。

そんな両者の気持ちを知ってか知らずか、少女は追い討ちをかけにいく。


473 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:53:33.23 ID:QOlXJAo0 [25/60]


「はい、じゃあ、次はママの番!」


「・・へぁっ!?」


「な、にっ・・!」



向日葵のような笑顔を向ける少女。

その光り輝かんばかりの期待?を裏切るわけにはいかない。



「(っていうか、麦野の奴、俺の名前知ってんのか・・?)」


「(わ、私が名前で呼ぶっ・・、浜面の名前、し、仕上だよね・・)」


「ほらほら、早く早く~♪」



この世で一番怖いものは、超能力者でも学園都市の暗部でもない、きっと無邪気な子供だ。

麦野は、自分の心が締め付けられるほど、それを痛感した。


474 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:55:40.90 ID:QOlXJAo0 [26/60]


「(・・だ、だめっ、恥ずかしくて言えるわけないってっ!!

 だからこんなおままごとなんて嫌だって言ったのにぃぃっ!!)」


がぁぁっ、と頭を抱えたくなる清純少女。

ちなみに、おままごとと言うほどのことはまだやっていない、序の口である。



「(頭が頭痛で痛いっ・・・)」



浜面仕上と刻まれた「地獄の門」の前で、「考える人」よりも苦悩しているであろう少女、麦野沈利。

見ている分には微笑ましいが、本人は能力暴発寸前まで追い詰められている危険な状況だ。



「(・・や、やばいっ、時間が経てば経つほど、私が苦悩している様が見透かされるっ、

 そうよっ、恥ずかしがる必要なんてないんだからっ・・、平静を保つのよ、沈利・・、素数を数えるなさいっ!)」



少女の提案から、今この瞬間までわずか五秒足らずである。

学園都市第四位の超能力を演算する聡明な頭も、この事態には対応し切れないのか。


475 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:57:36.68 ID:QOlXJAo0 [27/60]


「(まさか、マジで俺の名前知らないのかよ・・、「アイテム」に入るときに教えたはずだよな、

 ・・そうか、麦野の中じゃ俺なんて『HAMAZURA』とかいう名前の便利ロボットみたいな扱いなのか?)」



こちらもこちらで見当違いなことを考え始め、ネガティブの底なし沼に落ちていく。

ついでに言うと、同じようなすれ違いや勘違いは今まで幾度となくあった。

そして、その数だけ、浜面の気分は落ち込んで行き、麦野は不完全燃焼、欲求不満に陥っている。



「(だ、だめ・・もうタイムオーバーよっ、覚悟を決めるっ、腹もくくったわ!

 え、でもちょっと待って、ホントに「仕上」で合ってるのよね?」


「(・・そうか、人に名前を忘れられるっていうのはこんなにも寂しいもんなのか)」


「(な、名前を間違えるなんて、失礼どころじゃないっ・・万死に値するわっ、

 下手すれば嫌われるっ・・、ただでさえ、さっき、その場の勢いでビンタしちゃったし・・!)」


「そうだ・・、きっと麦野の中では名前どころか、俺という存在さえ消えてなくなっていくんだ・・、

 そういや、麦野から日頃の感謝の言葉とか聞いたことないしな、ははっ・・)」



二人はそれぞれの思うものを顔には出していないが、

頭と心の中はしっちゃかめっちゃかである。

まさに、冷たい戦争、水面下の攻防、白熱の心理戦。

どちらも、順調に自爆の一途を辿っているが。


476 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:59:11.96 ID:QOlXJAo0 [28/60]


「(も、もうだめっ、タイムオーバーぁぁぁっ!!)」


「(・・何だろう、痛ぇ、痛ぇよ・・、心が、痛い・・)」



黙りこくったままの二人を見て、堪忍袋の緒が切れたのか、

少女が手を振り上げてテーブルを叩こうとした瞬間。



「し、仕上・・?」


「お、おう・・!」



それを口にした瞬間、麦野の頭の中は白いペンキをこぼしたように真っ白に。



「(・・・ぃ、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)」



今、この瞬間におままごとという特定の条件下とはいえ、二人は名前を呼び合う仲に。

名前の後ろになぜか疑問符がついていたが。


477 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 22:59:56.25 ID:QOlXJAo0 [29/60]


「(く、くぅ・・くぁっ、あは、あははははははっ!

 言ってやった・・、言ってやったわっ! どうよ、浜面っ、私の渾身の一撃の味はッ!)」



まさに、幸せのキャパオーバー。

彼女の幸福貯金が派手な音をたてて流れ出ていく。

一生分を使い果たしてしまったんじゃないかと思うくらいの絶頂ぶりである。

しかし、



「・・麦野」


「・・え?」



天まで舞い上がったような気分の麦野とは対照的に、顔を伏せたままの浜面。

その様子は、麦野のテンションを太陽の中心部の熱さから絶対零度にまで墜落させた。



「(な、何か怒らせること言ったかしら・・、まさか、名前を呼んだだけで・・?

 そ、そんなっ、それだとこれからの私と浜面の将来に色々と支障が・・っ!)」



恐る恐る、口を開く。



「・・浜面?」



ぷるぷる身体を震わせたままの浜面の目が、カッと見開かれた。


478 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:00:48.47 ID:QOlXJAo0 [30/60]


「・・ありがとなっ!!!」


「・・あっ、んえっ!?」



ガシィッとその両手を浜面に、力いっぱい握られた。

斜め上すぎる、その余りに予想外の出来事に、麦野は思わず少しのけぞってしまう。



「な、どしたの・・?」


「いや、麦野が何か黙ったままだったから、俺の名前忘れられちまったのかと思ってよ・・!」


「・・な、そんなわけないでしょ、名前はもちろんっ、

年齢も血液型も誕生日も食べ物の好き嫌いも好きな女の子のタイプもアンタの性癖も、全部知ってるんだからねっ!」


「性癖はどうかと思うよ・・ママ」



性癖はもちろん、バニーさんのことである。


麦野と少女の前で、柄にもなくポロポロと涙を流す浜面。

いつしか入院していた浜面にお土産のマフィンを持っていったときも、彼はボロボロ泣いていた。

意外と涙もろい性格だったりするのだろうか、母性本能を微かにくすぐられる。


479 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:01:58.34 ID:QOlXJAo0 [31/60]


「(・・泣く浜面、ちょっと可愛い)」


「っぐ、えぐ・・っ」



浜面が不機嫌だったわけではないと知り、ホッと胸を撫で下ろす。

とりあえず、一件落着と思いきや。



「あーっ、ママがパパを泣かしたーっ!」


「・・な、なんで、そうなるのよっ!?」



家庭内暴力だー、DVだー、と喚き騒ぐ周囲の子供たち。

と、いうか、今の今までずっと子供たちは彼らのデコボココントを見ていたのか。



「ほら、パパを慰めて、パパのハートはセンチでメンタルなんだよっ!」


「な、慰める・・」



慰めの意味をほんの一瞬だけ捉え違えそうになったが、ゾクッと背筋が凍り、その思考は中断される。

敵意にも殺意にも似たその視線の主は誰なのか、それはすぐに分かった。


480 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:03:31.35 ID:QOlXJAo0 [32/60]


「よしよし、はまづら、良い子良い子」


「滝、壺っ・・?」



浜面に寄り添うように座ったのは、滝壺だった。

思い出してみれば、彼女は麦野たちと同じ部屋の隅で、絵本を読み聞かせしていた。

当然、麦野たちのおままごとがその視界に入っていてもおかしくはない。

そして、その会話が聞かれていても、だ。



「大丈夫だよ、はまづら、私ははまづらのこと、忘れたりなんかしないから」


「くぅ・・滝壺は優しいな・・」



優しく微笑みかけ、浜面の頭をこれまた優しく、壊れ物を扱うように撫でる滝壺。

やがて、その瞳を固まったままの麦野に向けた。

いつもと同じようなトロンとした瞳でありながら、何やら強い意志のこもった瞳を。



「滝壺っ・・!」


「・・勝負だよ」



ポツリと、滝壺が呟いた。

その言葉は近くに居た浜面や少女には聞こえず、麦野だけにはっきりと聞こえた。

やがて、二人の周囲を、冷気のような見えない何かが囲んでいく。


今、ここに、今までぶつかりそうでぶつからなかった二人の死闘が始まった。


481 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:04:54.67 ID:QOlXJAo0 [33/60]


―――――



「ゴォォォォォォォォォルッ!!!」



審判役の少年が、笛を高々に鳴らした。

その笛の音と同時に、前半の15分が終わる。

ゴールネットを揺らしたのは、欧米帰りのスーパースター・フレンダ。

振り上げていた右足をストン、と地につける。



「ぃよっしゃぁぁっ!! 見た、絹旗っ、見たっ!? 今のロングシュート!」


「はいはい、超すごいですね、球がまったく見えませんでしたよー」



興味なさげに賞賛の拍手を送る絹旗。

意外なことに、フレンダにはサッカーのセンスがあった。

身長はそれほどでもないが、そのスラリとした長い足のおかげだろうか。

外見と相まって、かなり画になっているのが悔しい。

相手が五つ六つ年下の子供たちとはいえ、獅子奮迅の大活躍だ。

今の時点で、ハットトリックも達成した。


482 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:05:57.94 ID:QOlXJAo0 [34/60]


「ほらほらー、最愛ちゃん、そんなちっこい身体してると、

 私のスーパーシュートで身体ごとゴールにぶち込まれちゃうわよー?」


「調子に乗るのもそこまでです、これを見るが良いでしょう」



ガコン、という音がしたと思えば、靴から何やら取り外す絹旗。

ドシン、という音とともにそれは落ちる。

両足に取り付けられていたそれは、どうやら重りのようだ。



「ま、まさか・・この前半の間、その重りをつけたまま、プレイしていたっていうのっ!?」


「相手が最高に超調子に乗っているところで、奈落の底に超叩き落す、超素晴らしいですよね、そういうの」


「く・・、何という熱血展開! 結局、キャプテ○ン翼も真っ青って訳よっ!」


「・・その○は何を隠したんですか」



メラメラと闘志を燃やし、バチバチと火花を散らす両者。

周りの子供たちは目に入っていないようである。

3-0のまま、勝負の後半に突入する。


483 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:06:46.37 ID:QOlXJAo0 [35/60]


―――――



「・・り、略奪だ、略奪愛だっ・・!」


「(滝壺・・、易々と浜面の頭をなでなでしてっ、羨ま・・、)」


「(・・・・)」



こちらでも二人の女の熱き戦いが展開していた。

少女がわなわなしながら呟いた言葉は、まさにこの状況をピンポイントに表現している。

今の今まで仲睦まじく(?)していた夫婦に割って入ってきた滝壺。

そして、あろうことか、浜面を優しく慰めている。



「だいじょうぶ、しあげ?」


「ああ、ちょっとホロリと来ただけだからよ・・」


「な、ぁがっぐぅっ!!」



自分があれだけ悩んで悩んで悩みぬいた末にやっとの思いで呼んだ彼の名前を、滝壺は何の躊躇いもなく口にした。

浜面に向けられたはずのその一言は、なぜか麦野の心にも鈍い音をたてて突き刺さる。


484 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:07:36.96 ID:QOlXJAo0 [36/60]


「・・私は何の迷いもなく名前を呼んであげられる、こんな風にはまづらを不安にさせたりしないよ」


「わ、私だって・・っ、」


「麦野みたいに、はまづらの名前を思い出すために考え込んだりしないもの」


「な、あぁっ!?」



知っての通り、麦野は浜面の名前を忘れていたわけではない。

名前を呼ぶことに対する羞恥心のせいで、呼べないでいただけだ。

しかし、その言葉は浜面を敏感に反応させる。



「そ、そうだったのか・・麦野、やっぱり俺の名前覚えてなかったのか・・?」


「ち、違うわよっ、私は言うか言うまいか悩んでただけで、別に忘れてたわけじゃ・・!」


「え・・、覚えてたなら何ですぐに呼んでくれなかったんだよ、麦野」


「そ、それはっ・・!」


485 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:08:33.22 ID:QOlXJAo0 [37/60]


滝壺の作戦は恐ろしく周到だった。

彼女の先制攻撃(麦野が浜面の名前を覚えていなかったという嘘をでっち上げること)は、浜面を傷つけることになる。

もちろん、麦野は彼を傷つけないために、その誤解を解くために守りに出る。

しかし、それこそが罠。

結果、墓穴を掘った形になってしまっていたのだ。



「そ、それは・・」


「・・・・」



いきなりの核心を突いた質問に、目に見えて慌てふためく。

滝壺が無言のまま、そんな彼女を見つめていた。

その無表情の裏は、どのような感情が渦巻いているのか。



「(アンタを意識しすぎて名前が呼べなかったなんて・・口が裂けても言えるわけないっつーのっっ!!!)」


「麦野・・?」



今の浜面の傷心っぷりは半端じゃないレベルだ。

ここの選択肢をミスすれば、自分から墓穴に入るどころか、

先ほどまでの浜面の、麦野への感謝やら好意やらのすべてが、一言で滝壺に向きかねない。

恥も外聞もなく本当の理由を曝け出すか、何とか代わりになり且つ浜面を傷つけない理由にするか。


486 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:09:28.86 ID:QOlXJAo0 [38/60]


「っ・・・」



そして、麦野が選んだのは、その場しのぎの長考。

ここは慎重に行くべきだという考えからの決断、しかし、



「麦野、さっきと同じ顔してるな・・」


「えっ・・」


「いや、別に俺の名前を忘れてても良いんだ、一応思い出してくれてたみたいだったし・・」


「ち、違・・」



ここでの考えすぎは、逆に浜面の不信感を煽るものとなってしまっていた。

結局、どちらに転んでも、良い印象を与えることはできないのだ。

滝壺の作戦は、麦野に大なり小なりダメージを与えることになる。

しかも、滝壺にはその火の粉が降りかかることはない。

何の理由があってか、滝壺は半開きのさらに目を細める。


487 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:10:15.71 ID:QOlXJAo0 [39/60]


「かわいそうな、はまづら・・」


「な・・、ち、違う、聞いて浜面っ!」


「良いさ・・、俺は何の取り柄もない無能力者、忘れられて当然だからよ・・」


「よしよし、泣かないで、はまづら」



麦野が正直に理由を言えないこと、それは彼女の性格的に予想通りのこと。

結果的に浜面のことを少し傷つけてしまってはいたが、それさえも利用してしまえば良い。

弱りきった彼を優しく介抱してやれば、相対的に滝壺の評価は上がっていく。

相手を貶めて、自分は美味しいところを持っていく、何から何まで完璧すぎる戦術だった。

そして、滝壺は止めの一言を言い放つ。


488 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:11:07.81 ID:QOlXJAo0 [40/60]


「・・奥さん失格だよ」


「な、なんですって・・!?」


「夫を泣かせる妻なんて、この家に居て良いはずないよね」


「な、何でアンタがそんなことっ・・!」


「よく見れば分かるんじゃないかな・・」


「うぐっ・・!」



目の前には自分の言葉で傷ついた浜面、それを慰める天使のような滝壺。

その二つの事柄だけで十分だった。

追いすがる麦野に、滝壺は畳み掛けるような連続攻撃を仕掛ける。



「で、でもっ・・!」


「よく見てって言ったはずだよ・・?」


「な、何よ・・」


489 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:12:07.13 ID:QOlXJAo0 [41/60]


おもむろに、滝壺は浜面を撫でている手とは違う、

もう一方の空いている手を蚊帳の外だった少女に手を回す。

黒髪で、前髪は程よくパッツンで、色白、ほんわかとした雰囲気を醸し出す、その少女に。




「・・この子、私似なの」



「な、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




それは、止めの一撃。

しかも、あの少女はずっと滝壺に懐いていた、反論の余地がない。

現実から目を背けたいがために、テーブルに前のめりになって倒れこむ麦野。

ゴングが頭の中で延々と響き渡っていた。


勝負あり。





490 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:13:11.34 ID:QOlXJAo0 [42/60]


―――――



「へぶッ・・・!?」


「あ、すみません、フレンダ」



その悲劇が起こったのは後半のロスタイムのことだった。

ギュルギュルギュルーッと音をたてたサッカーボールがフレンダの顔面で渦巻いている。

絹旗の殺傷能力抜群のシュートはゴールネットどころか、人間の一人や二人、突き破ってしまいそうな勢い。

それがあろうことか、一番親しいご友人のご尊顔へ。

スローモーションのように、ゆっくりと背中から倒れこむ被害者。



「うわあああ、メッシがぁぁっ!!」


「ロナウドッ・・、ちょ、っていうかかフレンダお姉ちゃんだいじょうぶっ!?」



阿鼻叫喚、少年少女の悲鳴。

ピクリとも動かないフレンダの横には、血がべったりとついたボールが転がっていた。

慌てず、騒がず、てくてくと歩み寄る加害者(罪状は過失傷害)。


491 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:14:01.67 ID:QOlXJAo0 [43/60]


「う、うわっ・・血、血がああっ!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


「・・鼻血ですから、超安心してください」



口をパクパクさせながら、何かを訴えようとするフレンダ。

ショックのせいか、声が出ないようだ。

幸い、頬が赤く腫れているだけで、特に目立つ傷は見当たらない。

現場検証を行っていると、この騒ぎに気付いたのか、お馴染みとなった女の先生が駆け寄ってきた



「あらあら、大丈夫?」


「超問題ないです、たしか、施設の中に医務室がありましたよね、そこをお借りしてもよろしいですか?」



よっこらせ、とフレンダを担ぎ上げる絹旗。

力なく垂れ下がった彼女の手足は骨抜きになっているようだった。


492 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:15:07.28 ID:QOlXJAo0 [44/60]


「ええ、構わないけど・・でも、ホントに大丈夫?」


「ええ、ほら、こんなに超元気」



ほぼ死体の両足首を持ち、ジャイアントスイング。

物凄い勢いで回転するフレンダの顔は、ブレて笑っているように見えた、


かもしれない。



「それでは、失礼します」


「えぇ、場所は分かる?」


「はい、ご心配なく」



この退場劇は、後に「あすなろの悲劇」として語られることとなる。

雷のようなシュートを放ち、風のように去っていく。

彼女の烈火の如き活躍は、あすなろ園の子供たちに衝撃を与えたという。



「絹旗、私ね・・サッカー選手になったら、記録に残るより、記憶に残る選手になりたいんだ・・」


「・・・それ、どっかの野球選手の言葉じゃありませんでしたっけ」


493 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:15:46.85 ID:QOlXJAo0 [45/60]


手のかかる同僚を担いだまま、医務室に行くために、施設の入り口へ。

やれやれ、と溜め息を吐きながら、靴から来客用スリッパへ履き替える。

フレンダの分のスリッパは必要ないだろう。

医務室がどこにあるか思い出そうとしたそのとき、何やら奇妙な気配を感じた。



「ん・・?」



施設の入り口に立ったまま、絹旗は動かなくなる。

一瞬、人影が視界の隅で蠢いていたような。

突然、動きを止めた彼女に対し、様子を伺うフレンダ。



「ど、どしたの・・絹旗」


「今、誰か居たような・・」


「事務の先生じゃないの、中にも居るでしょ、何人か」


「何か今の人、髪の毛が青かったんですけど」


「今日び、青の髪の人なんてそんな居ないっしょ・・、ヴィジュアル系かっつーの」


「見間違いですかね・・ってちょっとっ、鼻血が私のセーターに!?」


494 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:16:13.39 ID:QOlXJAo0 [46/60]


そういえば鼻血の止血を忘れていた。

べったりと絹旗の背中から右脇腹付近にかけて真っ赤な血が染み込んでいる。



「ああん、私の初めてが絹旗に奪われたぁんっ!」


「こンの・・超レズ女っ!!」



ゴキンッ



「ウぅぅぅぅげええええぼおおおおおおおっ・・・!!!」



決まり手は、アルゼンチンバックブリーカー。

フレンダの意識はブラックアウト。

緊急性を伴う救急搬送に移行である。





495 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:17:09.37 ID:QOlXJAo0 [47/60]


―――――



「はい、あーん」


「ほら、あーん」


「お、おう・・・」



結局、一夫多妻制ということで落ち着いたおままごとチーム。

順番待ちをしていた子供たちも混じり、大家族どころの騒ぎではなくなっていた。

女の子が浜面に飛びつく度に、麦野が舌打ちし、滝壺が冷ややかな視線を送る。

そんな行動を起こす彼女たちの意図を汲み取れない浜面は、

それらを見て、わけもわからないままビクビクする。

その繰り返しばかり。

その度に滝壺似の少女は、明るい声をあげ、年相応に笑う。


496 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:18:26.97 ID:QOlXJAo0 [48/60]


「良かった」


「どうした、滝壺?」


「ううん、ここに来たら、よく笑うようになったなって思って・・」


「あの子か・・、そういや、そうだな」



初めてここに来たときは、笑うどころか、

ずっと不安げな面持ちで、挙句の果てに能力を暴走させてしまった。

入院中も、隠れ家に帰ったときも、その顔に露骨に笑みが浮かぶことはなかった。

しかし、今日、ここに来てからの少女は、ずっと笑顔が絶えないでいた。

心情の変化。

少女の首につけられた装置も、意外と早いうちに外すことができるかもしれない。



「今日はありがとう、私のわがままに付き合ってくれて。」


「大丈夫だよ、お姉ちゃんたちもすごく楽しいから」



もじもじとお礼を言う少女の頭に、滝壺はポンとその手を置いた。

えへへ、と恥ずかしそうに少女は微笑む。

一昨日に路地裏で会ったときと比べると、随分とその表情が生き生きとしているのが分かった。


497 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:19:26.85 ID:QOlXJAo0 [49/60]


「私、記憶がないけど・・、また今日から新しく楽しい思い出を作っていこうと思うの」


「・・記憶」



麦野たちは、この少女が記憶喪失だったことをすっかり忘れていた。

親に捨てられたのかもしれないと仮定すると、かえって記憶喪失になった方が良かったのかもしれない。

また、新しく思い出を作っていけば良い。

すべての物事を覆ってしまった雪には、また新しく足跡をつけていけば良い。

自分が生きた証拠を、その白紙に書き込んでいけば良いのだ。

過去を顧みず、先に目を向けることが、この少女にとってどれだけ勇気の要ることだったのか。



「そうね、しっかり私たちのことも覚えておくのよっ」


「うんっ!」



わしゃわしゃと少女の頭を撫でる麦野。

そのときの彼女は、超能力者としての顔でも、暗部組織の一員としての顔でもない、

人間らしい、そして、女の子らしい、無邪気な笑顔を浮かべていた。

願わくば、この少女に二度と不幸が訪れないように、末永く幸せで居られるように。

子を送り出す親の気持ち、とまでは言わないが、

その少女の愛らしい姿を見るたびに、そう思わないでいられなかった。


498 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:20:16.84 ID:QOlXJAo0 [50/60]


「・・ん、おトイレ行きたくなっちゃった」


「私がついていこうか?」


「うん、ありがとう」



少女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる滝壺。

滝壺に引っ付く他の子供たちを引っぺがす浜面と麦野。

その人気っぷりに、滝壺は将来的に保母さんが向いているんじゃないだろうか、と強く思った浜面。



「ってか、トイレの場所分かるの、滝壺?」


「・・大丈夫、入り口に見取り図があったから」


「そっか、ごゆっくりねー」



ヒラヒラーと手を振る麦野。

滝壺と少女の姿が見えなくなった瞬間、ニィッと口角を上げる麦野。

これで邪魔者は消えた、浜面と二人きりのアバンチュール・タイムの到来だ。


499 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:21:19.27 ID:QOlXJAo0 [51/60]


「(ふ、隙を見せたわね、滝壺っ・・、この数分は私にとって大きいものになるわっ・・!)」



グッと握り拳を作る麦野。

しかし、その横から何やら雑音が聞こえてきた。



「ぐおおお・・・、すぴー・・」


「あー、お兄ちゃん寝てるー・・」


「え、えぇっ!?」



びっくりして浜面を見やると、彼は大の字になって大きないびきをかいて寝転んでいた。

麦野と滝壺のピリピリした空気から解放されて、気が緩んだからだろうか。

彼の周りの何人かの子供たちも、川の字に(人数的に『州』みたい)なって寝ていた。


500 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:22:08.89 ID:QOlXJAo0 [52/60]


「ちょ、ちょっと起きなさいよ、浜面っ!

 さっさと起きないと酷い目に合わせるわよっ!!」


「ぐがー・・・」


「『原子崩し』で蜂の巣にするわよー、こらっ、起きろ浜面ぁっ!」


「んごー・・・」


「浜面ぁぁぁぁっ・・・!」



暖かい陽だまりの中、幸せそうに眠る浜面の顔を見ていると、段々と起こす気もなくなっていった麦野でした。






501 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:22:54.10 ID:QOlXJAo0 [53/60]


―――――



「じゃ、私、ここで待ってるね」


「うん、おしっこだからすぐ戻るよ!」



おしっこ、という言葉に思わず苦笑してしまう。

無邪気というか、怖いもの知らずというか。

バタン、と閉まった女子トイレのドアに背中を預け、ふぅ・・と小さく息を吐く滝壺。



「(良かった・・本当に、あの子が元気になってくれて・・)」



それにしても、あのとき、滝壺たちが少女を見つけることがなかったら、あの少女はどうなっていたのだろうか。

あのまま、あそこで餓死していたかもしれない、

暴力を奮われた男たちに見つかって、再び暗闇に引きずりこまれていたかもしれない。

それを考えるだけでも、ゾッとする。


502 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:23:32.91 ID:QOlXJAo0 [54/60]


「(だめだめ・・、ありもしないことを考えちゃだめだよ、私っ・・!)」



フルフルと頭を横に振る滝壺。

少し乱れた髪をナデナデして直す。

ふと顔を上げると、正面の窓から日の光が差し込んでくるのが分かった。



「何事もなく終わって良かった・・」



彼女がポツリと呟いた瞬間。




「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




鼓膜を酷く震わせる、女の子の叫び声。

ビクン、と心臓が跳ね上がる。


503 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:24:22.46 ID:QOlXJAo0 [55/60]


どこから聞こえた。

背後からだ。

女子トイレの中か。

誰が居る。

あの少女しか居ないはず。

何があった。

分からない。


浮かんだ疑問はこのドアを開ければ分かること。

慌てて振り返り、ドアノブを握った瞬間、全身からたくさんの汗が吹き出るのを感じた。

握った手からも、汗が滲み出る。

いらないことを考えている暇はない。

力強くノブを回し、勢いよく、ためらいなく、開け放つ。


504 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:26:09.63 ID:QOlXJAo0 [56/60]


「どうしたのっ!?」



「!」



真っ先に滝壺の目に入ったのは、黒服に身を包んだ長身の男。

青く染まっている短髪は、一般人とは違う異質さを漂わせていた。

切れ長の目は、真っ直ぐに滝壺を捉えている。

そして、その男に抱えられているのは、気を失っているのか、ぐったりした様子の少女。



「貴方は誰・・、何処から入ってきたの?

 いや、そんなことどうでも良い、その子を離してっ!」


「コレが叫ばなけりゃ、滞りなく任務が終了する予定だったんだがねぇ・・」



男が手に持っていたのは白い布のようなもの。

恐らく、何かの薬品が染み込んでいるのだろう。

それで、少女を眠らせた、と推測する。

男はその布を強引にポケットに突っ込み、大きな溜め息を吐いた。


505 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:28:56.53 ID:QOlXJAo0 [57/60]


「・・暴力は嫌いなんだけどねぇ」


「!」



青髪の男は少女を抱えたまま、床を蹴り、弾丸のように突っ込んでくる。

滝壺の能力は戦闘向きではない、それゆえに胸と胸を突き合わせた1vs1は圧倒的に不利。

能力者かどうかは不明だが、手の内が分からない上に、体格の良い男と対峙した以上、

何かしら相手の裏をかく秘策を考える必要がある。

しかし、気がついたときには、男は眼前にまで迫っていた。



「ほォらっ!」


「くっ・・!?」



男は、少女を抱えている左手ではなく、空いている右拳を滝壺の顔面目がけて放つ。

しかし、そんなことでは怯まない。

寸でのところでその拳をかわすと、床に落ちていたブラシを左手で拾い取る。


506 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:30:45.29 ID:QOlXJAo0 [58/60]


「へぇ、見かけに寄らず、良い動きをするねぇ」


「このっ!!」



目標も定めないまま、ブラシを思い切り振り回す。

男はそれをひょい、と避け、再び右の拳を繰り出す。

追撃を受け止めるため、滝壺はブラシを身体の前にかざす。



「失礼」


「ぅくっ!!」



その瞬間、握っていたはずのブラシが跳ね上がる。

拳をフェイントとし、男が左足でブラシを蹴り上げていた。

小さく悲鳴をあげ、思わず目を閉じてしまう滝壺。



「スペックが違いすぎるんだよねぇ、お嬢ちゃん」


「ぐ、ふぅっ・・!」



再び目を開いたとき、容赦ない痛みを腹部に感じた。

放たれた膝蹴りは、滝壺の腹にゆっくりと沈んでいく。

その強烈な一撃は、彼女の内臓の至る部分をじわじわと刺激していった。

激しい痛みとともに、胃液が逆流する。


507 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/29(月) 23:32:13.92 ID:QOlXJAo0 [59/60]


「ぐ、がふぁッ・・!?」



嗚咽と共に、滝壺は膝から崩れ落ち、手足に力が入らず、うつ伏せに倒れこむ。

それでもなお、その瞳は光を失わず、青髪の男を見上げる。

しかし、その意志に逆らうように、意識は段々と遠のいていった。

生ゴミでも見るような目で地べたで足掻く少女を見やると、男は一言、吐き捨てる。



「残念だねぇ、ゲームオーバー♪」


「・・・っ、あ」



抉るような男の蹴りが、滝壺の腹部にめり込み、その勢いで彼女の身体は吹き飛ばされた。

入り口とは反対側の壁に、頭から激突する。

止めの衝撃が、滝壺の全身に電撃のようにほとばしった。



「うっ・・、ぁ・・・!」



少し手を伸ばせば、あの少女に触れることができる。

たったそれだけのことが叶わず、地に堕ちた少女の瞳から、反抗の光が消えた。



532 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:28:39.68 ID:FtSOQG20 [2/24]



染みひとつない青空の午後。

いきなり雲行きが怪しくなったと思えば、シャワーのように小雨が降り始めた。

あれだけ自己主張の激しかった太陽もすっかり雲の後ろに引きこもっている。

そのため、外で遊んでいた子供たちは一目散に施設の中へ避難してきたようだ。



「んっ・・・」



結局、麦野は滝壺たちの帰りを待ちきれず、寝てしまっていた。

遠くの子供たちの大きな足音が聞こえたのか、ぼんやりと滲んでいた麦野の脳内が揺さぶられる。

身体は気だるさを帯びており、寝返りをうつことすら億劫に感じてしまうほどだった。

仕方なく、その重たいまぶたを開けることにする。



「(やばっ、寝ちゃってた・・・・、んぅっ!?)」


「ぐー・・」



真っ先に目に飛び込んできたのは、浜面の寝顔。

幸か不幸か、まだ眠っているらしく、目を閉じたまま寝息をかいている。

彼女の頭の中にかかっていた眠気という名の白い霧は一瞬で吹き飛んでいた。


534 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:31:16.14 ID:FtSOQG20 [3/24]


「(びっくりした・・、ドキドキさせないでよ、ばかっ・・!)」


「くかー・・・」



壊れた目覚まし時計のように自分の心臓がやかましく音をたてているのが分かった。

胸にそっと手を触れると、その鼓動が生々しく伝わってくる。



「(つーか、何でこいつと二人並んで仲良くお昼寝なんかしちゃってんのかしら・・)」



すっかり目が覚めてしまったため、ゆっくりと身体を起こすと、背伸びをし、周りを見渡す。

さっきまで遊んでいた子供たちも、麦野と浜面を囲むように寝転んでいた。

どうやら、この中では彼女が一番に目を覚ましたらしい。

ほんの少し荒くなっていた息を、何とか周りに聞こえない程度に戻す。

大きく深呼吸をし、気分転換に窓の外を見てみる。



「雨・・か」



ポツリと呟いた。

不透明なフィルターを通したような、ぼやけた庭が目に入る。

窓越しでも、雨の降る音は静かに聞こえていた。


535 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:34:01.79 ID:FtSOQG20 [4/24]


「どのくらい寝てたのかしら・・誰か起こしてくれれば良かったのに」


「ん、おぅ、麦野・・」


「・・あ、おはよっ、浜面!」


「ぐー・・」


「・・・・え?」



名前を呼ばれたため、彼が起きたと思ったのだがどうやら寝言だったらしい。

少しだけ損した気分になる麦野。

二人の擦れ違いもこんなレベルにまでなったのか。

ちなみに、不意打ちだったので、名前を呼ばれただけなのにドキッとしてしまったことは秘密だ。



「(こ、この・・ド天然野郎ッ・・!)」


「すぴー・・・」


「(ちょっと待った・・、寝言で私の名前を呼んだってことは、

 今コイツが見てる夢に私が出てるってこと・・?)」



どんな夢を見てるのだろう、浜面の寝顔をチラリと拝見。

彼の身体に触れないように、床に手をつき、四つん這いになって覗き込む。

ヨダレを垂らしたまま、非常用出口の標識みたいな格好で寝ている浜面。


536 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:36:08.85 ID:FtSOQG20 [5/24]


「・・ぉーぃ」


「ぐぉー・・・」


「・・・はーまづらぁ」



ほんのり、優しい声色で呟いてみる。

もちろん、それに対する反応はない、変わりなく熟睡中だ。

今、自分がどんな顔をしているのかは、まったく分からない。

というか、想像もつかない。



「(絹旗は居ない、フレンダも居ない、そして、天敵である滝壺も居ない・・)」



周りの子供たちも起きる気配はない。

しかし、外の雨の加減を見る限り、外で遊んでいた子供たちはすぐこの部屋に戻ってくるだろう。

当然、絹旗やフレンダもだ。



「(やるなら、今よねっ・・)」



何を? という質問はなしだ。

是非、この状況から読み取ってほしい。


537 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:37:43.68 ID:FtSOQG20 [6/24]


「・・やっぱ無理」



ガクンと肩を落とす麦野、最近ヘタレ属性に拍車がかかってきている気がする。

そもそも、そんな積極的なアプローチがパッとできていれば元から苦労はしない。

恋する乙女の苦悩はこれからも続いていくだろう。

絶好のチャンスを逃し、彼の身体から渋々離れようとする。



「うぅん・・、麦野?」


「ひゃっ! お、起きたの・・?」



フェイントではなく、今度はちゃんと目を覚ましたらしい。

寝起きが悪いわけではないが、不機嫌な表情を浮かべる浜面。



「ひゃっ、って何だよ、気色悪い声出しやがって・・」


「・・何、私は気弱なのよ」


「気弱な女の子は、人の腹の上に座ったりしねぇよ・・」


「あれ?」



無意識の行動だったため、思わず声をあげてしまう。

麦野は足を組んだまま、仰向けの浜面の腹の上に腰を下ろしていた。

彼女の全体重が乗せられているため、苦しそうにもがく浜面。


539 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:39:33.04 ID:FtSOQG20 [7/24]


「っていうか重いぞ、お前っ・・」


「し、失礼なっ・・」


「まぁ、お前はスタイル良いから、少しくらい体重あっても気にしないかもしれないけどよ・・」


「このっ・・、ぇ・・?」



マシンガン文句を撃とうとしていた口を反射的に閉じると、

不信感たっぷりの視線を浜面に送る。



「今、褒めてくれたの?」


「・・そのつもりだったんだが」



突然変なことを聞いてくる相手に押されたわけではないが、

取って付けたようなコメントの浜面。

あっそう、と麦野は明後日の方向を向いてしまう。

ぷく~っと膨らませたほっぺたは照れ隠しだろうか。


「・・変な奴だな」


「アンタに言われたくないしぃ・・」



はいはい、そうですかと受け流す浜面。

下手に刺激して機嫌を損ねると厄介なのだ、目の前のお嬢さんは。

ポリポリと頭を掻きながら辺りを見回す浜面は、あることに気付く。


541 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:42:01.05 ID:FtSOQG20 [8/24]


「ん・・、滝壺とあの子、どこ行った?」


「え、トイレじゃなかったっけ」


「それにしては遅すぎるだろ、三十分くらい経ってるぞ・・?」



携帯の時刻を確認しつつ、疑問を呈す浜面。

施設の中はそれほど迷うような構造でもないし、特に見るようなものもない。

そもそも、ここは言うほど大きな施設ではないのだ。

単純にここに戻ってこずに、他の場所で遊んでいるという可能性もあるが。



「大か小かは、もう火を見るより明らかだな・・」


「・・サイテーだよね、アンタ。いまさらだけどさ」


「冗談だって・・」


「ま、そのうち戻ってくるでしょ」


「・・そうだな」



ふと部屋の入り口を見ると、外で遊んでいた子供たちがゾロゾロと帰ってきたのが見えた。

数人の先生方も一緒になって戻ってくる。

恐らく、全員集合だろう、数えてみると全員で三十四人も子供が居た。

それだけの人数が居るのだから、「アイテム」全員が手を焼くわけだ。


542 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:45:20.73 ID:FtSOQG20 [9/24]

しかし、その中にお馴染みのピンクジャージの少女と、

それにひっついて回る女の子が見当たらない。

代わりに見慣れた薄桃色のふわふわセーターを着た少女が目に入った。

子供たちと背丈があまり変わらないためか、完全に群れに同化している絹旗最愛である。

浜面が大きく手をあげて彼女に話しかけに行った。

必死に群れをかき分けて出てくるチビっ子。



「なぁ、滝壺見なかったか?」


「え、知りませんけど・・、そっちと一緒じゃなかったんですか?」


「絹旗とも一緒じゃないなんて・・、ったく世話の焼ける奴なんだから」



そう言いながら、持っていた携帯を再び開き、ポチポチポタンを押し始める。

恐らく、滝壺に連絡を取るためだろう。

しかし、耳元に当てたわずか数秒後、麦野の顔が小さく歪む。



「通じない・・、電源切ってるのかしら」


「ちょっと先生たちに聞いてくるか」



スッと立ち上がり、輪になって談笑していた先生たちに話しかけに行く浜面。

身振り手振りをつけて説明しているようだが、相手側の表情は思わしくない。

どうやら手応えはなかったようだ、口を曲げながら足早に戻ってくる。


544 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:47:35.71 ID:FtSOQG20 [10/24]


「参ったな、先生たちも見てないってよ・・、この施設の中で迷子にでもなったのか?」


「仕方ないから探しに行きましょ、もうすぐ私たちのボランティアも終わる時間だし。

 全員揃ってないとスッキリ終われないしね」



時刻は五時、少し前。

麦野の言った通り、ボランティアの終了時刻は五時だ、かなりギリギリのライン。

一刻も早く、滝壺と少女を見つけなければならない。

滝壺以外にも存在を忘れ去られている人物が若干一名居るが。



「じゃあ、私はここに残りますね、滝壺さんたちが戻ってきたら連絡しますから。

 麦野と浜面は二人っきりで探しに行ってくださいね」


「ああ、分かった」


「う、うん」


「(こんな弱パンチみたいな攻撃にさえ、もじもじしてどうするんですか、麦野・・)」



強調された<二人っきり>という単語のせいか、どもる麦野。

それを見て、げんなりする絹旗。


545 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:50:23.86 ID:FtSOQG20 [11/24]


「じゃ、ちゃっちゃと探してくるわっ・・」


「おい、俺を置いていくなよ、お前も迷子になるぞ、麦野」



うっさい、早くしろ!と麦野はうっとおしい髪をかき上げる。

その彼女に慌ててついていく浜面。

それは麦野がリードして、浜面が一歩後ろでサポートするスタンスそのもの。

二人の背中を見ていると、なんだか不安になってくる絹旗だった。

そして、その背後からたくさんの魔の手が忍び寄る。



「ん、んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」



ワラワラと群がる子供たち。

まだ遊び足りないのだろうか。



「あぅ、ぐぇっ! ちょ、ちょっと待ってください、私の身体は一つしかないんですからっ!」



一人ぼっちになってしまったため、子供たちから集中攻撃を喰らう絹旗。

たった一分程度でも、ズタボロにされるには十分の時間だった。

髪の毛はボサボサになり、自慢のセーターも容赦なく引っ張られたせいか袖が伸びてしまっている。

おまけに、サッカーをし終わったばかりだったので汗だくだ。

なぜ、周りの大人は止めてくれないのだろう、と絹旗は怨み顔で歯軋りする。


546 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:53:49.65 ID:FtSOQG20 [12/24]


「ねぇ、浜面兄ちゃんと麦野姉ちゃん、何処行ったのー?」


「あぁ、あの二人なら滝壺さんを探しに行きましたよ、

 まだトイレから戻ってきていないみたいで・・」


「・・滝壺姉ちゃん?」



ふと、絹旗の服をアクティブに引っ張っていた一人の少年の手が止まる。

何やら小首を傾げている、何か心当たりがあるのだろうか。



「・・もしかして、滝壺さんがどこに居るのか知ってるんですか?」


「いや、えーと・・滝壺姉ちゃんは知らないけど、

 あの女の子なら二十分前くらいに見たよ、施設の後ろの道路で」


「・・施設の後ろの道路?」



少年が言っているのは、施設の後方を通っている小さな道だ。

「アイテム」がワゴンを止めている道路は施設の正面側で、その道は反対側に位置している。

表の道路と比べて人通りが少なく、ひったくりがよく起きる場所としても有名である。


547 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 22:56:15.49 ID:FtSOQG20 [13/24]


「うん、僕が蹴ったサッカーボールが施設の後ろに飛んでっちゃって、取りに行ったときなんだけどね。

 そしたら、その道にに男の人に抱えられたあの子が居たんだ」


「・・男の人?」



絹旗の頬に一筋の汗。

もちろん、それは子供たちとしっちゃかめっちゃかに遊んでいたせいではない。

焦りだ。

徐々に引き締まっていく絹旗の表情。



「・・詳しく聞かせてください、その男の人はどんな風貌でしたか?」


「うーん、フード被ってたし、後ろ姿だったし・・、背丈は浜面兄ちゃんと同じだったから、

 てっきり、その男の人は浜面兄ちゃんだと思って、俺、すぐに庭に戻ったんだよ」


「・・そうですね、それは浜面ではあるはずがないんですよ、

 ずっとここで寝ていたらしいですし」


「そんでね、ワゴンに乗ってどっかに行っちゃったんだ」


「ワゴン・・?」



それは絹旗たちが乗ってきたワゴンと一緒の型だったため、少年は違和感を覚えなかったらしい。

とにかく、少年の証言ですべて理解した。

単純に滝壺と少女が迷子になっていただけだと思っていたため、予想とは違い、汗が一気に噴出す。

しかし、慌てている場合ではない、今やるべきことをやるしかないのだ。

絹旗はポケットから携帯を取り出し『麦野 沈利』をコールした。


548 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:00:55.86 ID:FtSOQG20 [14/24]


―――――



「・・おいっ、しっかりしろッ! 滝壺ッ!」



浜面の悲痛な叫びが響く。

彼の腕には傷だらけの滝壺が居た。

それを、麦野は腕を組んで静観している。

彼らが居るのは施設一階の女子トイレ。

最初に滝壺たちが行くと言っていた場所からあたったのだが、早くもビンゴだった。

そのドアを開けると、目に飛び込んできたのは、

壁に背中を預けたままでぐったりしている滝壺の姿。

床には折れたデッキブラシが落ちており、窓は全開になっている。

恐らく、犯人はその窓から逃走したのだろう。



「ごめ・・、はま、づらっ、あの子、守れなく・・て」


「バカ野郎っ、喋らなくて良い・・、とにかく医務室に!」



途切れ途切れの言葉を搾り出す滝壺を抱えたまま、浜面が立ち上がる。

そのとき、入り口に無表情で立っていた麦野のポケットから音楽が流れ出た。

着信だ。


549 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:01:51.45 ID:FtSOQG20 [15/24]


「絹旗?」


『麦野ですか、聞いてくださいっ、超大変なことに!』


「えぇ、分かってるわよ」


『え?』



興奮状態にある絹旗に、ぶっきらぼうに応答する麦野。

今の彼女の雰囲気はいつものものではない、絹旗は電話越しにそれを感じ取った。

その冷ややかな声色を保ち続けたまま、麦野は絹旗に現状を説明し、

絹旗も麦野に少年の話を一字一句同じままで伝えた。



「なるほどね、アンタの話と繋げた結果、全容は理解できたわ」


『あっちは車で移動しているようですね、追うとしても宛てはあるんですか?』


「おおよそ見当はついてるから、すぐに出るわよ。

 アンタは周りを適当にごまかして、ワゴンに集合ね」


『分かりました』



ブツッと切れた携帯をポケットに押し込む。


550 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:05:34.15 ID:FtSOQG20 [16/24]


麦野は、今回の件は一昨日に自分たちが壊滅させた組織の残党による犯行だと推測した。

少女を傷だらけにした黒ずくめの男たちというのも、恐らくその組織だと仮定する。

そんな非道な奴らの元に彼女は再び堕ちてしまったという事実。

そうなれば命の保障はできない、一分一秒も無駄にすることはできないのである。

ふぅ、と小さな溜め息を一つ吐き、滝壺を背負う浜面を見やった。



「とりあえず、滝壺を医務室に運んでくるよ」


「待った、滝壺も連れて行くわよ」


「・・なっ」



それだけ言い残すと、麦野は足早にトイレから出て行った。

滝壺を背負ったままの浜面がそれを追う。


551 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:06:48.45 ID:FtSOQG20 [17/24]


「ちょっと待てよっ、誰にやられたかは知らねぇけど、

 滝壺はかなり弱ってるっ、連れていくわけにはいかねぇだろ!?」


「念の為、よ、保険代わり。

 刺されたり焼かれたりしたわけじゃないんだから、そのくらいは問題ないでしょ」


「いや、そういう問題じゃっ・・」



と言いかけたころで、話を止めた。

正しく言えば、後ろから口が塞がれてしまっていたのだ。

滝壺の手によって。



「大丈夫だから、行こう、はまづら」


「で、でもよっ・・!」


「大丈夫」



耳元で囁かれた、強い意志のこもった言葉。

それは自分の身を呈してまで、あの子を助けたいという思いからだろう。

その気持ちを無碍にするわけにはいかなかった。


552 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:08:56.47 ID:FtSOQG20 [18/24]


「わかった・・」


「ありがとう、はまづら・・だいすき」


「「・・・なっ!?」」



強烈な不意打ちを喰らってノックダウンされそうになる浜面。

特に深い意味もなく、こんなことを言ってのける滝壺が恐ろしい。

そして、自分が言われたわけじゃないのに心に傷を追う麦野。



「バカップルがっ・・、さっさと行くわよ」


「うん」



滝壺の口元は緩んでいるが、目は笑っていない。

彼女の表情は見えないが、余裕がないことは浜面にも分かった。

不安定な息遣いと鼓動が伝わってくる。

それを分かっていてなお、グッと堪える。

今、やるべきことは手早くこの件を済ませ、彼女を休ませてやることだ。


553 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:11:43.71 ID:FtSOQG20 [19/24]


「それにしても、どうしてあの子がここに居るって分かったんだろうな・・」


「そんなの私が分かるわけないでしょ」



ぶつぶつ言いながら、女子トイレの前に「トイレ清掃中」の看板を立てる。

見られてはいけないものはないが、一応、だ。



「あっちに追跡や補足が得意な補助系の能力者が居たのか・・?」


「壊滅させる前に予め奴らの経歴だの能力だのを調べたデータと、

 一昨日にぶち殺したときにそれぞれ照合したけど、能力者は全員お陀仏してるはずよ」



ま、どいつもこいつも大した能力者じゃなかったけど、と付け加える。

なおさら、疑問は深まるばかりだ。


555 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:13:05.11 ID:FtSOQG20 [20/24]


「じゃあ、何で・・、」


「ない知恵絞って考える暇があるなら、黙って走んなさい」


「はいはい・・」



施設の通路を走り、入り口に到達すると、独特の雨の匂いが吹き込んできた。

雨だけでなく、風も吹いてきたらしい。

眼前に広がった庭はすっかり雨でびちゃびちゃになっていた。

雨足は強くなるばかりだが、それも気にせず、外へ飛び出る三人。

施設の敷地から出ると、道路脇に止めてあったワゴンへ駆け寄り、鍵を開け、ドアを開ける。



「っていうか、犯人の居場所は分かるのかよ?」


「心当たりが一箇所だけ、ね。

 そこが違うとなると、早くも打つ手がなくなるけど」


「大丈夫なのかよ・・」



滝壺を後部座席に優しく座らせると、運転席に急いで飛び乗る浜面。

回り込んだ麦野も続き、助手席へ。

キーをさし、エンジンをかけ、ワイパーを動かす。

思った以上に酷い雨だ、目的地につくまでの障害にならなければ良いのだが。


556 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:15:31.52 ID:FtSOQG20 [21/24]


「すみません、超遅れましたっ!」



強引にドアが開かれ、ズブ濡れの絹旗が乗り込んできた。

先生や子供たちに対する事情説明は何とかなったらしい。

名残惜しさから子供たちが飛びついてきたらしく、

彼女の服装はさらにボロボロになっていた。



「出発するぞ、ベルトつけろよ」


「超りょーかいです」



カチャリ、と律儀にシートベルトを締める音。

こんなときでも安全確保は必須。

運転者が法廷速度ガン無視のスピードでかっ飛ばす気満々なためだ。

全員の準備の完了を確認すると、サイドブレーキを外し、バーに左手を置く。

一瞬、洋楽ばかりのラックに手を伸ばそうとしたが、今回ばかりは音楽をかけている場合でもない。


557 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:19:40.91 ID:FtSOQG20 [22/24]


「さってと・・浜面、一昨日任務で行った工場の密集地へ向かいなさい」


「あそこか・・なるほどな」


「道は覚えてるわね」


「任せとけよ」



工場の密集地、少女と初めて出会った場所だ。

廃ビルや廃工場が多く、ならず者のスキルアウトたちが多く潜んでいる場所として有名な地域。

奴らがそこに居るという確証はなかったが、少しでも確率のある場所から当たる。

今回は任務とは関係ない私情であるため、『上』や下部組織の協力を煽げず、

人海戦術に物を言わせて捜索させることができないのが苦しいところだ。


558 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/01(木) 23:21:50.37 ID:FtSOQG20 [23/24]


「準備は良いな?」


「つべこべ言わずにさっさと出なさい、

 一秒の遅れが命取りになるかもしれないんだからね」



ロケットスタートをかまそうとアクセルペダルに足を押そうとするも、寸前で止めてしまう。

バックミラーに見えた滝壺の体調が心配になったからだ。

目が合うと、彼女はにこやかに微笑む、その表情には若干の歪みが垣間見えた。

きっと彼女は無理をしている、それを押し殺してついてきているはずだ。

それでも、



「・・飛ばすぞっ、しっかりつかまってろよ!!」



一刻を争う事態、奥歯を噛みしめ、アクセルを限界まで踏み込む。

鈍く大きいエンジン音と共に勢い良く雨風を切り、一直線に少女の元へ向かう。

もう一度、あの子の笑顔を取り戻すために。



ここからが、反撃開始だ。


578 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:44:26.39 ID:WalS4IQ0 [2/34]


―――――



「アイテム」が施設を出た頃、とある人気のない廃工場で蠢く者たちが居た。

既にその使命を終えているのか、はたまた単純に廃棄されてしまったのか、

その工場の内観は、外観よりもずっとボロボロになっており、

廃墟マニアには趣さえ感じさせるほどの廃工場。

中はそこそこ広く、天井まではかなりの高さがあり、

埋め尽くすほど置かれていた機械のほとんどはただの鉄屑と化し、散らばっている。

ただ一つ、形を保っているのは黒い幕で覆われた、大きい物体。

大型車のようにも何やら派手な機械にも見えるそれは、工場の隅にひっそりと佇む。

それ以外は何も物らしい物がない工場のド真ん中に、二人の男が向かい合って座っている。

パイプが延々と迷路のように巡っている天井は

所々激しく損傷しており、雨風の侵入を許していた。

落ちてきた一滴の雫が少年の黒髪を濡らす。

雨音だけが静かに聞こえる廃工場に、カツンと小気味よい靴の音が響いた。

少年は椅子代わりにしていた鉄屑から面倒くさそうに立ち、

鬱陶しい水気を手で払うと、天井を見上げる。

さらに、周囲を見渡すと床のあちらこちらに水溜りができていた。


見た目十七、八歳くらいで黒服に身を包んだ少年。

綺麗な鼻筋とパッチリとした大きな目は、大衆向けアイドルのようだ。

綺麗に切り揃えられた短髪に、こめかみの辺りには剃りこみも入れてある。

大きく開かれた胸元からは、チラリと刺青のようなものが見えた。


579 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:45:21.22 ID:WalS4IQ0 [3/34]


「やれやれ、参ったな・・水漏れか?」


「水漏れも何も、天井はそこら中が穴だらけだっつーの」



黒髪の少年の向かい側に座っていたのは、ライオンの鬣のような金髪の男。

こちらは粗暴な印象が明らかで、足を組み、煙草を咥えながら喋っている。

日焼けした肌に、両耳には鬱陶しいほどの量のピアスがついており、それぞれが鈍く光っていた。

ふぅ、と煙と溜め息を吐き、金髪の男は斜め上の天井を指差す。



「ほら、あそこなんかサッカーボール一個分くらいの穴が空いてるしよ」


「・・一昨日の戦闘の余波だろ、仕方ないさ」



彼らはある人物の到着を待っている。

同時に、彼らに必要な『物資』の一つが届く頃。

事前に打ち立てた予定通りなら、もう着いても良い時間だった。

そのとき、黒髪少年の携帯の着信音が鳴り響き、ワンコールで止んだ。

到着の合図だ。


580 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:46:16.68 ID:WalS4IQ0 [4/34]


「やっと来たか・・」


「ふぅー・・、やれやれだっつーの」



黒髪と金髪とは違う、緑髪の少年が門のように大きい入り口の両開きのドアを開ける。

すっかり暗くなってしまった外を見ると、遠くから二つの光が近づいてくるのが分かった。

黒っぽいワゴン車がゆっくりと廃工場の中に入ってくる。

それは工場のド真ん中、黒髪と金髪のすぐ横に止まり、中から青髪の男を吐き出した。

恐らく、リーダー格であろう黒髪が近づく。



「予定より遅れたみたいだが、何かあったか?」


「いや、問題ないねぇ。コイツがなかなか一人になる機会がなくって、少々手間取ったくらいだねぇ」



そう言うと、青髪は後部座席から眠ったままの少女を引っ張り出した。

首根っこを掴み、汚い物でも触るかのような扱いをしながら。


581 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:47:30.71 ID:WalS4IQ0 [5/34]


「おいおい、それは大切な売り物だ、もう少し丁重に扱ってもらえるか?」


「あれだけその子を殴ってたお前がそういうことを言うと、わざとらしく聞こえるんだっつーの」


「・・そうか?」



後ろから煙草を噴かせながらの金髪の声が聞こえ、ニヤリと口元を歪める黒髪。

色っぽさがある一方で、それは一歩間違えれば狂気に堕ちているような笑みだった。

少女を抱くように持ち変えた青髪もまた、似たような笑みを浮かべ、口を開く。



「しかし、ラッキーだったな、あのまま逃がしたままだと思ってたけどねぇ」


「ああ、思わぬ副産物といったところかな。

 厄介な所に転がりこんだとは思ったが、何とか取り戻すことができた。

 ・・結果オーライといったところだ」



依然眠り込んだままの少女の頬に、撫でるように手を触れる黒髪。

何を思っているのだろうか、表情は変わらないままだ。


582 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:48:39.95 ID:WalS4IQ0 [6/34]


「おい、ドア閉めとけよ」


「・・・・」



金髪の男が寡黙な緑髪の少年に指図する。

緑髪は黙ったまま、一目見ただけでかなりの重量があると分かる鉄製の扉を閉めた。

それを確認すると、金髪は少女を青髪から受け取り、

工場の隅にあった大きな物体の前に置かれていた椅子に座らせる。

青髪から渡された鉄線を使い、少女を椅子にきつく縛り付けておく。

その痛みのせいか、少女はゆっくりとそのまぶたを開ける。



「んっ・・・、なに、これっ・・!」


「おはよう、いや・・、おかえりかな?」



自分の置かれた状況を把握できていない少女に声をかける黒髪。

その姿を見た少女の顔が、恐怖に歪む。


584 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:50:23.07 ID:WalS4IQ0 [7/34]


「ぁっ・・・、な、んでっ・・!?」


「何でも何も、元の場所に戻ってきた、それだけだと思うけど」


「それより・・、お姉ちゃんたちはっ・・!?」


「殺したよ」



少女が身体をピクリと震わせた。

彼女は全身に何か得体の知れないものがジワジワと広がっていくのを感じた。

黒髪は薄ら笑いを浮かべたまま、その様子を観賞し続ける。



「見るも無残な形にね。

 それだけじゃない、あそこに居た子供たちも全員・・だ」


「そん、な・・」


「今頃、あの施設、いや第十三学区中が大騒ぎじゃないかな・・、

 あれだけの人が死んだとなっちゃ、警備員(アンチスキル)も黙っちゃいないかもね」



黒髪の言い放つ言葉の一つ一つが、少女の心を抉っていった。

恐怖、焦燥、悲哀、様々なマイナスの感情が頭を巡っていく。

顔がどんどん青くなっていき、歯をガチガチと震わせる少女を見れば、それは明らかだった。


586 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:51:41.12 ID:WalS4IQ0 [8/34]


「・・う、そ」


「嘘だと思うかい、なら証拠の一つを見せてあげるとしようか」



そう言うと、指をちょいちょいと動かし青髪を呼ぶ。

不適に笑ったままの青髪は、懐から携帯電話を取り出し、何やら操作したあと、黒髪に投げ渡した。

受け取った携帯を開き、画面を少女の目の前にかざす。



「う、あぁ゛・・ッ!!」


「これで少しは信じてもらえたかな」



そこに映っていたのは、壁に背を預け、ぐったりと座り込んでいる滝壺の姿。

これだけでは死んでいるかどうかも分からないのだが、今の少女の心を揺さぶるには十分すぎる効果だった。


588 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:52:37.37 ID:WalS4IQ0 [9/34]


「お前が僕たちから逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったんだけどね」


「・・う、うっ、ぐぅぅっ!」



ガチガチに縛られているため、手足を動かしても身動きが取れない。

突きつけられた現実から目を逸らせず、少女はただ唸ることしかできなかった。



「ゆる・・さないっ・・!」


「ん・・?」


「許さない・・、今ここで貴方たちをっ・・!」



予想とは違い、強い言葉を吐く少女を見て、興味深そうに顎に手を当てる青髪。

黒髪もまた、抵抗の兆しを見せる少女に惹かれ始めていた。

もちろん、それは恋愛感情やら何やらではない、単純な好奇心からだ。


589 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:53:37.04 ID:WalS4IQ0 [10/34]


「僕らを殺してみるかい、君の能力は今も制御できないままだろう」


「やってみないと・・、分からないっ・・!」



少女の目の色が変わる。

その瞬間、彼女の周りを空気が小さく渦を巻き始めた。

彼女の能力は『風力使い(エアロシューター)』。

空気を操作することができ、レベルが上がれば真空波や突風も起こすことが可能だ。

そして、彼女の能力レベルは「レベル3」、感情次第では「レベル4」相当にもなる。

彼女がいる寂れた廃工場など、吹き飛ばせるほどの力を持っている。

「大能力者」を目の前にしてなお、黒髪は余裕の表情を崩さない。



「・・準備は良いな」


「いつでもどうぞ」



青髪の言葉を聞いた黒髪がニヤリと笑う。

その余裕の笑みすらも遥か彼方に吹き飛ばしてやるとでも言いたげに、歯を食いしばる少女。


590 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:55:57.03 ID:WalS4IQ0 [11/34]


「ん、うぅあぁぁぁぁぁっ・・・・・・、っ・・・!!?」



しかし、その空気の渦はその形を保ったままだった。

息を荒げるだけ荒げ、自分の周りに何も起こっていないことに違和感を抱く少女。

その顔には、驚愕と疑問の感情がチラついていた。



「な・・んで・・?」


「・・ん、どういうことだ」



少女だけでなく、黒髪たちも眉を潜めていた。

彼女の能力は確かに発動している、だが、これではせいぜいレベル1程度だ。

ただ単に不発に終わっただけなのか。

しかし、本人にはその理由がすぐに思い当たったようだった。



「(そうだ・・、私の首にはっ・・!)」



病院でカエル顔の医者が周囲の安全と少女自身のために取り付けた能力を制御、制限する首輪。

これがついている以上、どれだけ力を込めても能力が強くなることはない。


591 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:58:13.43 ID:WalS4IQ0 [12/34]


「なるほど、これのおかげか・・、なかなか高そうな首輪だ」


「くっ・・」



拍子抜けした顔をしながら黒髪は少女の首輪をつつく。

既に彼女の能力の不発の原因を理解しているようだった。



「やれやれ、『これ』の試運転をしようかと思ったが、仕方ないな」


「使う機会が来ないことを祈るばかりだけどねぇ、俺は」


「・・それは避けられないことだと思うけどね、

 だからこそわざわざ有り金すべてを落として手に入れたんだから」



『これ』と呼ばれた大きな黒幕で覆われた物体に背を預け、溜め息をつく青髪。

視線の先には、退路を断たれ、唯一の希望だった能力も使えず、俯いたままの少女。



「強気な女は好みだぜぇ、将来は良い女になるな、このガキ」


「お前のストライクゾーンの広さには呆れるよ・・」



そういう意味で言ったわけじゃねぇよ・・と必死に弁解する金髪。


592 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 22:59:05.11 ID:WalS4IQ0 [13/34]

そんな金髪の胸を小突いたあと、少女の前に立ち、

目を細めたまま、黒髪は彼女を見下ろしていた。



「あ・・ぐぅっ!?」


「ま、二度と変な気は起こさないようにね」



その顔を掴むように少女の口元に手を強引に押し当て、脅しめいた言葉を吐く。

脅しではない、彼の目を見れば、真意は明らかだった。

それでもなお半笑いのままの表情が、不気味さを増加させる。

肉体的にも精神的にもがんじがらめにされ、風を操ることもできない少女は、文字通り籠の中の鳥と化していた。





593 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:02:32.87 ID:WalS4IQ0 [14/34]


―――――



一年に一度、降るか降らないかという豪雨が「アイテム」を乗せたワゴンの行く手を阻んでいたが、

事故上等のスタンスで突き進んでいったおかげか、予想より早く目的の地帯に入ることができた。

そこは、夏でも肌寒さを感じるような無機質的な空気が流れている。

どんよりとした黒い雲とその廃れた灰色の工場群は、互いの姿を映し合っているかのようだった。

不気味なことに、なぜか雨足は弱まり始めていた。

中身を流し終わって空っぽになった大きなバケツに、再び水を溜め込んでいるかのように。




「浜面、ここまでで良いわ」


「え、何言ってんだよ、奴らの本拠地に派手に突っ込むんじゃないのか?」



麦野が溜め息をつく前に、浜面のすぐ後ろの席から呆れたような溜め息が聞こえてくる。


594 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:03:40.37 ID:WalS4IQ0 [15/34]


「超浜面ですねー、タムロするのに使えそうな工場はいくつもあるのに、

 一つ一つに突っ込んでちゃ埒があかないでしょう」



バッタ並の脳みそしか持ってないんですかー、と後ろから浜面の両こめかみをツンツンする絹旗。

やかましそうにその手を払いのける浜面。

彼女の言っていることは正論である、このワゴンは唯一の移動手段だ。

何度も虱潰しに突っ込んでいたら、あっという間にボロボロになってしまう。



「それに、まだここに奴らが居る確証はないしね」


「それでも、ギリギリまで詰め寄った方が良くないか?」


「こんなので近寄ったらすぐにバレるっつーの、あとは徒歩で慎重に近づいた方が良いわ。

 それに犯人側に能力者はいないはずだから、能力にかまけたような戦い方じゃない。

 狙撃や遠隔操作の爆弾みたいなスタンダードな戦法を使われて、ワゴンごと爆破、ゲームオーバーよ」


「な、なるほど・・」



麦野の話を一通り聞き流すと、拳銃を取り出し、弾の数を確認する浜面。

そして、車のエンジンを止める。

しかし、キーを抜こうとする彼の右手を麦野が止めていた。


595 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:05:08.43 ID:WalS4IQ0 [16/34]


「おい、何すんだよ」


「アンタが行っても足手まといになるだけ。

 っていうかアンタには他にやることがあるから」


「やること・・?」



足手まといというのは否定できないため、悲しいがスルーしておく。

帰宅手段の車を見張る以外に、浜面がやることとは。



「アンタは今から施設に戻って、フレンダを連れてきなさい」



「「「あ・・」」」



数秒の沈黙の後、麦野以外の三人は息の揃った反応をしてくれた。

彼女の予想通り、フレンダの存在は忘れ去られていたらしい。

気の毒な子ね、と心中お察しする。


597 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:07:38.67 ID:WalS4IQ0 [17/34]


「まぁ、私も途中で気付いたんだけど引き返すのも面倒だし、今言ったんだけどね」


「それはそれで酷くないか・・」


「っていうかフレンダの奴、まだ施設に居るのかしら、

 居なくなった私たちを探して歩き回ってたりしてるんじゃないの?」



あ゛―・・と申し訳なさそうな声をあげた絹旗が割って入ってきた。



「フレンダなら医務室で超おねんねしてますよ・・、

 当分、自力じゃ起きないと思います・・」


「なら心配はないか・・」


「ちょっと待て、まだ奴らがここに居るかどうかも分からないのに、

 車を持ってっちまって良いのかよ?」


「ああ、大丈夫よ。今回は私の勘が冴えてるから」



なぜそんな根拠のないことに胸を張れるのか、浜面には不思議で仕方ない。

麦野は見た目通り?に大雑把なところがある。

少女の命が懸かっているのではなかったのだろうか。

その心構えでも、今まで特に任務の失敗はなかったので一応信じてみるが。


598 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:08:41.59 ID:WalS4IQ0 [18/34]


「良いからさっさとあのサバ缶バカを連れてきなさい」


「はいはい、まぁ、一応貴重な戦力だしな、行ってきますかね・・」



エンジンをかけ、再びバーをドライブモードに切り替え、ペダルに足を置く。

いつの間にか、麦野と絹旗、滝壺もワゴンから降りていた。

心配性な浜面はもちろん一声かける、あの少女に。



「おい、滝壺、大丈夫なのか・・?」


「大丈夫だよ、はまづら。私はそんな心配性なはまづらを応援してる」


「いや、俺のことじゃなくて、滝壺のことだって・・」



彼女は自分の怪我の程度を教えてくれなかったが、

素人が見ても、あまり良いようには見えなかった。

足取りも少しだけふらついているようにも見える。

ほとんど外傷が見当たらないにも関わらず、それなりに弱っていることが余計に不安を煽る。


599 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:10:30.83 ID:WalS4IQ0 [19/34]


「なぁ・・やっぱ、滝壺は行く必要ないだろ」


「まーだそんなこと言ってるわけ?」



それに、麦野は今回の相手に能力者は居ないと言っていた。

「アイテム」の核である滝壺の能力は、能力者のAIM拡散力場を捕捉・追跡する能力。

つまり、滝壺の能力は無能力者相手には使い道がないはずだ。

これも、麦野の戦場における勘というものなのだろうか。



「何が起こるか分からないのよ、それに今回の相手は得体が知れない。

 壊滅させたはずの組織にまだ息があるってこと自体がおかしいの

 そして、そんな奴らにあの子は拉致されたってこと」



思えば、今までは何かを壊したり奪ったり、人を殺したりといったような、

害を与えるような、武力に物を言わせるような任務ばかりをこなしてきた。

だが、今回は違う、誰かを救う、誰かを守る戦い。

それだけに慎重さに重きを置かなければならないのだ。

少しの気の緩みも油断も許されない。

自分たちが無事でも、少女が無事でなければ、それは敗北と同義だ。


600 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:12:53.77 ID:WalS4IQ0 [20/34]


「でもよっ・・!」


「っ・・!」



バンッ! と運転席のドアを勢いよく横殴りする麦野。

その鋭い眼光は浜面を刺し殺すかのような力があった。

それは浜面に対する怒りではない、自分に対する憤りだ。

一昨日の自分たちの任務は完璧ではなかったということ。

組織のメンバー、主力から雑用まですべての人間を始末しておけば、

少女が拉致されるようなことはなかったはずだからだ。

麦野は今回の相手を皆殺しにするつもりで望んでいるのだろう。

自分たちの落ち度、それに対する怒りも含め、注げる力はすべて注いでおく。

獅子は兎を狩るにも全力を以てす、ということだ。



「とやかく言う権利はアンタにはないの、私がやるって言ったらやるの。」


「・・・・」



睨み合う浜面と麦野。

暗部組織のリーダーと、組織に入ったばかりの下部組織の無能力者。

普段の麦野であれば、浜面を無理やり言い包めることはあまりない。

だが、締める所は締めなければならないのだ。

やがて、ふぅ・・と大きな息を一つ吐き、浜面は三人を見やって口を開いた。


601 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:14:08.66 ID:WalS4IQ0 [21/34]


「・・分かったよ、その代わり全員が元気に戻ってくるようにな」



「・・は?」


「・・・ぷっ」



あっははは、と腹を抱えて爆笑する麦野、絹旗も笑いを堪えて切れないでいる。

久しぶりの真剣な空気があっという間に崩れてしまっていた。



「何よそれっ、アンタはお父さんかっつーのっ!」


「う、うっせーなっ、本心から言ったんだよ、悪いか!」



柄にもない台詞だったか、と鼻面をかく。

こういうところも含めて浜面は甘いのだと麦野は思う。

これだから何があっても、この少年のことを嫌いにはなれないのだ。


そんな中、滝壺が一歩踏み出て、運転席から顔を出したままの浜面を見上げる。


602 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:15:55.31 ID:WalS4IQ0 [22/34]


「ありがとう、はまづら、心配してくれて」


「・・あ、ああ。

 滝壺は麦野や絹旗と違って大人しくて華奢だからな、心配もするさ」



これが二人きりのときのやり取りだったら良い雰囲気になるのだろうが、

それを許さないのが、気の強い他の女性陣である。



「・・あ゛?」


「超失礼なことを口走りましたね、浜面。

 戦闘前の拳の動作確認ということで、超殴りますがよろしいしょうかよろしいですね超殴る」



一通り運転席側のドアをボコボコにしたあと、

気が済んだのか爽やかな笑顔を浮かべる絹旗。

超パンチの応酬を受け切り、窓から恐る恐る顔を出す浜面。


603 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:17:09.76 ID:WalS4IQ0 [23/34]


「どいつもこいつもこんなときにイチャつきやがって・・」



ポツリと苛立ちを口にする麦野。

絹旗の耳にもそれは聞こえていたが、後が怖いので敢えて突っ込むのは止めておいた。

麦野の機嫌が悪いままだと、犯人グループを一瞬で灰にするどころか、

この工場地帯そのもの、運が悪ければ自分たちも巻き込まれてしまうだろう。



「ま、滝壺さんは浜面と違ってしっかり者ですから、ヘマなんかしませんよ」


「なら良いけどな・・、何かあったら連絡しろよ」


「アンタがフレンダ連れてくる頃には、全部終わってるわよ」



小雨にぬれる髪の毛をかき上げる麦野。

どうやら、ようやく戦闘モードに入ってくれたらしい。

こっちには学園都市第四位の超能力者が居る、取り越し苦労だったか。

ほら、時間がもったいないからさっさと行け、と手で追い払う麦野。


604 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:18:15.21 ID:WalS4IQ0 [24/34]


「じゃ、健闘を祈るぜ」


「ついでに、今日の晩ご飯の材料でも買っておいてちょうだい」



コツン、と互いの拳を合わせる麦野と浜面。

彼女たちを守ろうなんて大それたことは思わない。

任務においては一歩下がったところからサポートしてやれば良い。

それは少し寂しいことではある。

しかし、自分にできることなどたかが知れている。


グルリとワゴンをターンさせたあと、再びアクセルを強く踏み込む。

バックミラーに映る彼女たちの背中が見えなくなるまで。







606 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/02(金) 23:22:28.23 ID:WalS4IQ0 [25/34]


―――――



時刻は六時を過ぎている。

それでも、冬の夕刻と間違えるほどの暗闇に覆われていた。

見た感じは深夜とも間違えそうなほどの暗さ。

この重たく分厚い雨雲には少しの切れ目もなく、夕日が差し込んでくる気配もない。

少し弱まっていた雨も再び元気を取り戻し、休むことなく淡々と雨を降らせていた。

そんな雨を容赦なく受け続けるとある廃工場に、四人の男と一人の少女。



「おい、アチラさんは何だって?」


「とりあえず都合が良いのは八時過ぎらしいねぇ。

 一時間くらいここで暇潰したあと、さっさと向かうとするかねぇ」



そうか、と返事だけの黒髪はポキポキと首を鳴らし、欠伸をする。


607 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:26:22.19 ID:WalS4IQ0 [26/34]


「ん、そういやアイツはまだ来ないのかねぇ・・」


「ああ、いつもの遅刻癖だ、気にしなくて良い」


「そうかい、しっかし、雨が止まないねぇ・・」


「明日の朝まで降り続くそうだ、幸先悪いもんだよ」


「ったく、煙草も湿気ちまうっつーの」



談笑する男たちとは少しは離れた場所、工場の隅、

謎の大きな物体の前に少女は座らされていた。

先ほどよりも何重にも巻かれた鉄線は、少女の身体を強く拘束する。

助かりたいという願望はもう浮かばなくなっていた。

せめて、この首輪さえ取らせれば何とか脱出できるかもしれない。

しかし、あの男たちがそんなヘマを起こすわけがなかった。


608 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:28:36.29 ID:WalS4IQ0 [27/34]


「・・・・」



何の言葉も出てこなかった、思い浮かぶのは彼女たちとの時間だけ。

暗く寒い路地裏で餓死寸前だった自分に手を差し伸べてくれた、四人の少女と一人の少年。

彼らは常に少女のことを第一に考えて行動してくれていた。

初めて少女が触れることのできた温かさ。

それは、記憶喪失である彼女の白紙の心のほとんどを、幸福のという名の色で染めてくれた。



「・・・っく」



見ず知らずの自分に美味しい食事を食べさせてくれた、

自分の生活のためにわざわざ手続きまでして施設に入れてくれた、

能力を暴走させたときは命懸けで自分を止めようとしてくれた、

わざわざ時間を割いてまで自分と一緒に遊んでくれた、

何よりも、自分を家族のように扱ってくれた、それだけで少女は救われたのだ。


609 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:30:31.87 ID:WalS4IQ0 [28/34]


「・・・く、ぇぐぅっ」



自分がこれからどこに連れて行かれ、何をされるのかはわからない。

感謝しきれないほどの、十分すぎるほどのぬくもりは受けた。

その平和なひと時は、神様が与えてくれた限りある時間。

だから、もう時間切れなのかもしれない。



「もう一度っ・・!」



それでも。



「もう、一度だけで良いからっ・・!」



無数の大粒の涙が膝元に落ちていく。

自分の中に生まれてくる後悔と自責の念を押しのけ、止めどなく溢れ出てくるのは、


610 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:32:04.38 ID:WalS4IQ0 [29/34]


「お姉ちゃんたちに、会いたいよっ・・・・!!」




あの幸せの中に、あの温もりの中に戻りたいという、淡く儚い、小さな願いだった。




刹那、


一筋の光が少女の潤んだ瞳に映った。

黒髪たちが反応したときには、工場入り口とは反対側のドアの一部を焼いていた。


この光を彼は見たことがあった、幾度となく、嫌というほど。

一昨日、自分の組織の主力の能力者たちが

学園都市が派遣したと思われる侵入者たちと戦っていたときだ。

すべてを穿ち、溶解させ、破壊する、圧倒的な能力。

それは、何もできずに逃げ回っていた自分の理解の範疇を超えていた。

味方の能力者たちはまったく歯がたたず、その力を抵抗なく受け入れるのみ。

今は亡き組織のリーダーは、その唯一無二の能力をこう呼んでいた。


611 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:33:50.16 ID:WalS4IQ0 [30/34]




学園都市第四位の超能力『原子崩し(メルトダウナー)』と。




黒髪がピアスを触りながら、その重い腰を上げた瞬間、

ドパァァァァァァァァァァァァッ! という轟音と共に、大きな鉄製の両扉のドアが弾け飛ぶ。

見るも無残な扉の下半分は急速に溶解していき、泥の塊のようになっていた。



「そろそろ来るかと思ったが、随分と派手な登場だな・・」



近くに立っていた見張り役の緑髪の少年が、爆風に当てられ、小さな悲鳴と共に勢い良く空中に投げ出される。

それを狙い撃つように、一筋、二筋の光が宙を舞う緑髪に発射され、彼の右肩と左足を容赦なく貫いた。



「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!??」



激痛と高熱が身体中を駆け巡り、空中で踏ん張ることもできない緑髪が金切り声のような絶叫を工場内に響かせる。

そして、ヘドロを落としたような音と共に、無残にも地に落ちていった。


突然の襲撃、仲間が傷を負わされても黒髪は眉一つ動かさないでいた。

扉がなくなり、顔に吹き付けられる外からの激しい雨風を鬱陶しく思っているだけ。

その視線は、住まいのドアをいきなりぶち破るという礼儀知らずの侵入者に向けられる。


613 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:36:14.33 ID:WalS4IQ0 [31/34]




「おっ邪魔するにゃーん♪」




それはあまりにも場違いなトーンの声。

彼女は程良く雨に濡れた、淀みない茶に染められたロングヘアをチラつかせ、

カツンと小気味よいヒールの音を響かせ、ゆっくりと工場内に入ってくる。

あっさりと姿を現した美しい侵入者は妖艶な笑みを浮かべていた。



「・・ごきげんよう、今日は生憎の天気ねぇ」


「換気してくれてありがとう、お嬢さん。

 そろそろこの汚い空気を入れ替えたいと思っていたところでね」


「どういたしまして、・・アンタの身体も風通しを良くしてあげよっか?」



聞き覚えのある、鋭く冷たい口調。

自分以外の仲間が皆殺しにされた一昨日の戦場がフラッシュバックする。

そのときも今と同じ場所に居た、この工場の中だ。

足元に転がっている緑髪に目もくれずに黒髪に目を向けたまま喋り続ける彼女を見て、

黒髪は自分の身体が小刻みに震えているのが分かった。

それは寒さや恐怖からではない。

彼は初めて武者震いというものを経験した。

かつてない興奮が彼の全身を支配していたのだ。


614 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:38:39.16 ID:WalS4IQ0 [32/34]


「へぇ、こいつが『原子崩し』か・・? 良い女じゃねぇか、なぁ?」


「俺はもう少し小さめの女の子が好みなんだけどねぇ・・」



金髪と青髪も、倒れた仲間が視野に入っていないかのような振る舞いをしている。

少なくとも、人並み以上の度胸はあるらしい。

麦野に言わせてみれば、どれも手間をかけるまでもない雑魚ばかりなのだろうが。



「・・お姉ちゃんっ!!」



麦野の耳に届いたのは、女の子の希望に満ちた声。

工場の隅を見ると、麦野の目的である少女が座っていた。

高速されているその姿を見て、ピクリと眉を動かす。

しかし、彼女の無事を確認できたので、少しだけ胸を撫で下ろす。


615 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/04/02(金) 23:39:40.51 ID:WalS4IQ0 [33/34]


「・・ちょっと待ってなさい、すぐ助けてあげるから」


「うんっ!」



死んだと聞かされていたせいか、麦野の姿を見つけたときの喜びは大きかったのだろう。

悲しみのから流れていた涙は、いつの間にか、嬉しさからの涙に変わっていた。

生きてくれていたとか、自分を助けに来てくれたとかではない。

再び、麦野の顔を見れたことが何よりも嬉しかったのだ。


もう一度、麦野たちに会いたいという少女の切なる願いは叶った。

あとは彼女を閉じ込めている籠を打ち壊してやるだけだ。



「さて、と・・。」




最後の戦いの幕が上がる。

初めての、誰かを救うという戦いの幕が。





647 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:43:21.45 ID:jFhCU3Y0 [2/39]


―――――



本性を表したかのように学園都市に降り注ぐ雨は強くなっていた。

夜の暗闇と相まって、前を進む車のバックライトがぼんやり赤く光り、それが延々と続いていた。

チカチカと煌めくライトは運転者たちの目を脅かす。

学生ばかりの学園都市で、なぜこんな渋滞に巻き込まれなければならないのか。

あとほんの少しで、目的の工場地帯に入ることができたはずなのに。

しかし、その一歩手前で車の渦に巻き込まれてしまっていた。

苛立ちがピークに達し、ハンドルに顎を乗せたままの浜面が舌打ちする。



「くっそ・・渋滞続きすぎだろ、こっちは急いでるっつーのによっ・・!」


「仕方ないよ、結局、この時間は教師や研究者の帰宅時間なんだから」



ちょこんと助手席に座っていたのは藍色の制帽を被った金髪碧眼の少女、フレンダ。

シートベルトがぐるぐるに絡まっていたため、少し苦しそうにしている。

なぜなら、泣き喚く彼女(詳細後述)を施設から引っ張り出し、強引にワゴンに乗せたためである。


649 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:44:43.89 ID:jFhCU3Y0 [3/39]


「結局、私が行く必要あんの?

 麦野も絹旗も滝壺も出てるんでしょ、どうせもう決着ついてるって」


「麦野の命令なんだから仕方ないだろ、お前の力が必要になるかもしれないんじゃないのか?」


「結局、どうせまた麦野の勘でしょ」


「・・よく分かったな」



無能力者であるフレンダは、自分と他の能力者である三人の実力との違いを分かっていた。

もちろん、心の底では能力者を見返してやりたいという気持ちはあるし、

能力者と互角に戦えるスペックではあるものの、ネガティブな思考に陥ることもある。

表面上は明るく振舞っていても、彼女だって思うところはあるのだ。



「万が一ってこともあるだろ、麦野だって難攻不落絶対無敵の化け物ってわけじゃないし」


「今の、麦野に言ったら蜂の巣にされると思うよ」


「化け物じゃないし、って言っただろ・・」


「ま、麦野は私の中では絶対の人だから、負ける姿なんて想像できないけどね」


652 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:45:18.53 ID:jFhCU3Y0 [4/39]


信頼と憧れ、二つの言葉が浜面の頭に浮かんでいた。

暗部組織という中で「信頼」という言葉は最も程遠い綺麗事なのかもしれない。

任務遂行のみに重きを置いている人間から見れば、鼻で笑われるようなものだろう。

でも、例外だってある。

「アイテム」に入ったばかりの浜面には麦野とフレンダの関係なんて分かりっこなかった。

彼女の麦野への思いがどれだけのものかということも、だ。



「もしもの話だけどよ、麦野が負けたらどうするんだ?」



正直、その姿は浜面でも想像できなかった。

何回か共に任務をこなしていたが、彼女一人が前線に出るだけで大体の敵は滅ぼされる。

柔な戦術や半端な小細工、並の能力は彼女の前では無意味。

敵の肉片も事件の証拠も残さず、下部組織の事後処理も楽だろう。

口元に手を当てたまま、考え込むフレンダ。


653 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:46:18.72 ID:jFhCU3Y0 [5/39]


「・・そうねぇ、麦野を負かした相手をブチコロした後、傷ついた麦野を優しく介抱してあげる、かな」



うん、それ良い、めっちゃ美味しいシチュじゃん! とか口走ってガッツポーズをする。

さっきまで負ける姿を想像できないだの、絶対の存在だのと言っていた割に、

あっさり麦野が負けるのを願っちゃったりする、恋する乙女フレンダ(ただし、対象は同姓)。



「ま、そんなこと有り得ないんだけどねー・・ふわぁ」



医務室ですやすや寝ていたところを浜面に叩き起こされたせいなのか、

ドア部分に肘を当てながら、暢気に欠伸をかます。

外はずっと雨が降ったままで、明るい彼女の気分も陰鬱になってしまうものだろう。


654 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:47:03.71 ID:jFhCU3Y0 [6/39]


「緊張感のねぇ奴だな、たまには真面目に・・、ふわぁ・・・」


「あー、浜面だって欠伸してんじゃんっ!」


「うっせぇ、お前のが感染ったんだよっ!」



浜面が怒鳴った瞬間、まぶゆい閃光が目の前に広がった。

真っ黒の夜空に横走りに白い稲妻が走り、

間髪入れずにピシャァァァァァァァン!という大きな雷音が轟く。



「んぅきゃわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」



豪快に頭を抱え、天にも届くような悲鳴を上げながら、全力で前のめりになるフレンダ。

ふるふると震えたまま、身体を起こそうとしない。



「・・びっくりさせんなよ」


「ぅえっほ、けほっ!」



きつきつのシートベルトがより胸と腹に食い込み、咳き込むフレンダ。

やがて、ゴロゴローッ・・とようやくやかましい空の怒りが鳴り終わる。

とうとう、雷まで鳴るほどの悪天候になってしまっていた。


655 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:47:39.01 ID:jFhCU3Y0 [7/39]


「・・フレンダ?」


「な、何よ」



躊躇って、一度、口を閉じる浜面。

少しだけ顔を向けていたフレンダの目には表情は、何かに怯える子供そのもので。

たまにはからかう側に回ってもいいよな、と考える。



「お前さ・・」


「言わないで」


「・・雷、怖いの?」



核心を突く質問を浴びせてみる。

というか彼女の行動を見れば、誰でも聞きたくなるだろう。


656 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:48:53.50 ID:jFhCU3Y0 [8/39]


「は、ははっ・・この神をも恐れぬフレンダ様が・・、

 け、結局、かみなり如きで泣くわけないじゃないっ・・!」


「え、お前泣いてたの?」


「ぁぐっ・・!? い、いや、泣いてなんかっ・・!!」



強がって胸を張る彼女の目にはうっすらと涙が。

さすがに浜面でもこの程度の薄っぺらい嘘を見破るだけのスキルはある。

ポケットにあったハンカチを差し出し、指摘した。



「だってお前、ほら、泣いてるぞ」


「ち、違うっ、この涙はさっきの欠伸のときに出た涙でっ!」



苦しい。



「・・嘘つけ、言い訳は見苦しいぞ」


「け、結局、浜面だってびっくりしてたじゃんっ!」


「いや、お前がいきなり大声あげるから、それに驚いたんだよ」



苦し紛れに矛先を浜面に向けてみたが、あっさりかわされてしまう。

必死の抵抗はかえって浜面の猜疑心を刺激するだけである。

やがて、浜面に自分の顔を見られないように窓に目を向けたまま、ポツリと呟いた。


657 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:49:28.90 ID:jFhCU3Y0 [9/39]


「・・・雷、怖いです」


「素直でよろしい。っていうかそういうのは女の子として可愛いと思うぞ」


「えっ、そう!?」



さっきまでの拗ねた子供みたいな表情が、パッと明るい表情に変わり、浜面に向けられる。

そのただでさえ青く澄んだ瞳がよりキラキラと希望に満ちていた。

喜怒哀楽の激しい奴だな・・、とつくづく思う。



「まぁ、さっきみたいに強がって弁解するのも捉えようによっちゃ可愛いかもだけどさ」


「マジで?」


「ああ、男から見ればイチコロだと思うぜ?」


「・・・・」


「・・どうしたんだよ」



明るくなったと思えば、いきなり暗くなる。

良い意味で(?)情緒不安定である。

雲の後ろに引っ込んだと思えば、ちゃっかり出てきたりする気まぐれな太陽か、この少女は。

今度は浜面に聞こえないように、ポツリと呟いた。


658 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:50:03.40 ID:jFhCU3Y0 [10/39]


「結局、<男>から見ればイチコロ・・じゃ、意味ない訳よ」


「ん、何か言ったか?」


「うっさい、ほら、前進んでるよ」


「うお、マジだっ」



それから、目的地の廃工場に着くまでに

雷が鳴る度、悲鳴、隠れる、強がる、泣くを繰り返すフレンダに対し、

いちいち反応しなければならず、気疲れしてしまいそうになる浜面。

コントみたいな掛け合いをしながらも、車列は順調に進んでいく。

あと少しで工場地帯に続く道に入れる、というところまで来ていた。

途中、脇道に逸れて細いくねくねした道から行くという選択肢もあったが、

そういう道を通ったことがなく、迷ってしまう可能性もあったため。

止むを得なく、渋滞に巻き込まれているのだ。


660 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:51:08.62 ID:jFhCU3Y0 [11/39]


「あー・・もう、苛々するぜ・・」


「ダラしない男だよねー、浜面」


「うるせぇな、だったらお前の力で何とかしてみろよ、この渋滞」


「女の子にそんなことやらせるなんてっ・・!」


「意味がわからねぇ・・」


「ほらほら、鳴ってるよ」



ピリリリー、と着信音がする、浜面のポケットからだ。

一向に車は進みそうにないので通話しても問題ないだろう、道交法的にはアウトだが。

はいはーい、とダルそうに携帯を開けると『滝壺 理后』の表示。

任務終了のお知らせだろうか。

それならば、フレンダを叩き起こして引っ張り出して、これだけ急いだ意味は何だったのか。

どちらにしろ、彼女たちを迎えに行かなければならないので、進路も目的地も変わることはないが。


661 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:52:08.67 ID:jFhCU3Y0 [12/39]


「おーう、終わったのかー?」


『はまっ・・づら・・!』



その不自然に途切れ気味の彼女の声を聞いた瞬間、ビクンと心臓が不吉に跳ねる。

昨日のあの少女の能力暴発事故が頭をよぎった。

しかし、今回はそのときとは比べ物にならないくらいの焦りが生まれる。

それは、気持ちの悪い冷や汗となって身体から溢れ出てきていた。



「・・・おい?」


『ごめ・・、ちょっと・・、まず、』



そのとき、

パン!と乾いた大きな音が浜面の鼓膜に突き刺さった。

続けて、ガツン!と何かが落ちるような衝撃音。



『滝壺さんっ・・、ぁぐっ!』


『おいおい、どこに電話してるんだっつーの』



絹旗の声、立て続けに正体不明の男の声がした。


662 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:54:18.29 ID:jFhCU3Y0 [13/39]


一撃目の音は何度も聞いたことがあった。

発砲音だ。

思わず、携帯を耳元から離したくなる衝動に駆られる。

隣のフレンダが目を丸くして浜面を見つめていた。

一瞬、思考が停止し、頭の中が真っ白になるも、ハンドルにガン!と自らの頭をぶつけ、歯を食いしばる。



「・・・くっそぉぉっ!!」


「ちょっと・・何がっ、うきゃぁっ!?」



携帯をフレンダに投げたあと、ハンドルを一気に左に回す。

その強引な運転にフレンダが小さく悲鳴をあげた。

渋滞から逃げ出し、脇道へ逸れたワゴンは路地裏を全速力で走りぬける。


663 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:55:09.48 ID:jFhCU3Y0 [14/39]


「は、浜面っ!?」


「シートベルト、今のうちに直しとけっ!」



獣のように叫び続けた。

焦燥感で頭がパンクしないようにするためのガス抜きだ。


この胸騒ぎを止める最善の方法は、一刻も早く彼女たちの元へ行くこと。




「(間に合ってくれよっ・・!!)」







664 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:56:20.06 ID:jFhCU3Y0 [15/39]


―――――



「まったく、超大きな音がしたかと思えば、やっぱり麦野だったんですね」


「びっくりした・・心臓が止まっちゃうかと思ったよ」



一仕事するか、と麦野が一歩踏み出し、背伸びをしたときだった。

背後からの聞きなれた声に振り向くと、ビショ濡れの絹旗と滝壺が居た。

麦野が単独行動で突っ走ってしまったらしく、二人がようやく追いつくことができたらしい。

粉々の門の残骸を跨ぎ、絹旗が麦野の横に並んだ。



「ふむん・・敵は四人、いえ、三人ですか」



絹旗が工場内を見渡すと、敵を三人確認できた、全員が男だ。

麦野の15メートルほど前に、向かい合うように立つ黒髪の優男が一人と、

敵の所有物と思われるワゴンの近くに体格の良い金髪の男と長身の青髪の男。

麦野の足元に緑髪の少年が転がっていたが、見た感じではもう戦力にはならないだろう。

左奥隅には、ここまで足を運んでまで取り戻しに来た少女が捕らわれていた。

無事であれば良い、あとは取り返すだけなのだから。


665 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:57:47.93 ID:jFhCU3Y0 [16/39]


「黒、金、青・・で、緑と。戦隊物的には、あと赤だけですかね」



気だるそうに呟く絹旗から視線を黒髪に移し、

麦野は彼に向けて人差し指をチッチッチと振る。



「・・さてと、こちらの要求は一つ、そして、単純明快☆どんなバカでも分かること。

 あそこに座っている女の子を返してちょうだい、たったそれだけのお願いよ」


「ノー、と言ったら?」



間髪入れずに質問を返す黒髪。

それに対し、うーん。と腕を組み、わざとらしく考えこむ麦野。



「・・そうね、一人ひとりを丁寧に焼いて、溶かした鉄と混ぜ合わせて綺麗なオブジェを作ってあげる。

 そういう美術作品を創作するのは意外と得意なのよ、私」


「へぇ、奇抜な・・、失礼、それは画期的な作品だ。

 展覧会ではお客の注目度ナンバーワンの代表作になるだろうな」


「そう、その素晴らしい作品の材料になるのを誇りに思うことね」



要求を飲まなければ、本当にこの世で一番美しい死体にされてしまうだろう。

彼女の殺意に満ちた目を見れば、すぐに分かることだった。


666 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 22:58:49.47 ID:jFhCU3Y0 [17/39]


「自分たちの命を考えれば、選ぶまでもないと思うんだけど・・?」


「まいったな、選択肢はあってないようなものじゃないか」



黒髪たちは無能力者だ。

まともにやり合えば麦野どころか、一番小柄な絹旗にも軽く捻られてしまうだろう。

結果は火を見るより明らか、正面からぶつかればの話だが。



「一昨日の件で私たちの力は十二分に分かってもらえたと思うんだけど?」


「・・ああ、嫌ってほど身に染みたよ。

俺たちの組織は超能力者(レベル5)とやり合ったのは初めてだったからな、さすがに俺もヒビっちまった」


「それが分かっていて、また私たちを敵に回すなんて悲しいくらい愚かしい奴らね。

 それに一昨日と同じ場所に律儀に集合してるだなんて、警戒心がないにも程があるわよ」



ククッと笑いを漏らす黒髪。

強力な超能力者を前に余裕の振る舞いをするものは数少ないものの、

相手がレベル5と分かれば、少しくらい気を張るものだ。

だが、黒髪のゆとりのある振る舞いはハッタリにも見えない。

となると、何かしらの秘策を持っている可能性があった。


667 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:00:10.12 ID:jFhCU3Y0 [18/39]


「お前たちがここに来るのを想定していなかったわけがないだろう、

 むしろ、返り討ちにしてやりたいと思っているからな。

 だからこそ、アンタたちが俺たちを見つけやすいよう、敢えてここを衝突場所に設定したんだよ」



学園都市の上から四番目の女は、アハハ!と腹を抱えて笑い返す。



「淡白ね、もう少し面白いジョークを考えなさい」


「いや失礼。せっかく来ていただいたんだ、少しは楽しませてあげるべきかな、と。

 ・・俺たちは、アンタたちに感謝しているんだからね」


「感謝?」



最も今の状況から掛け離れている言葉を口走る黒髪にわずかな不気味さを感じ取る麦野。

彼女のみを見据えたままで、黒髪は話し続ける。



「俺たちは元々スキルアウトの出身でね。
 
 紆余曲折あって暗部組織の下部組織に入ったんだが、これがもう肩身の狭い生活でよ。

 抜けたかったんだが、そんなことをしちゃあ抹殺されちまう。

 そんなときにアンタたちが来て、上司を皆殺しにしちまった。

 そして、俺たちがこの組織の主導権を握ることができたわけ、だから、感謝してるってわけだ」


668 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:01:43.47 ID:jFhCU3Y0 [19/39]


「聞いてもいないのに長々とご説明ありがとう、

 そんな余裕綽々なアンタたちがどうしてこんな女の子を狙ってるのかしら?

 随分と痛めつけてくれたみたいだし、あんまり良い趣味とは思えないんだけど」



チラリと少女に目を向ける。

鉄線で椅子に拘束されていること以外、特に外傷は見当たらない。

しかし、初めて彼女と会ったときのことを思い浮かべる。

あのときの少女の身体は擦り傷や青痣のオンパレード。

とても、成長期の女の子に浴びせるものとは思えなかった。



「ああ、好き好んでこんな子供を追い回したりはしないさ。

 どうせだから教えておいてやるよ、ここまで来てくれたんだしな」



右手の親指を立て、そのまま後ろの少女を指差す。

一方、その胸の前で左手の親指と人差し指で小さな輪を作った。



「・・あれはな、金になんのさ」



腰に手を当てたまま、大きな溜め息をつく麦野。

それは単なる呆れからか、積み重なった苛立ちからか、静かなる怒りからか。


669 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:03:25.27 ID:jFhCU3Y0 [20/39]


「ま、そんなところだと思ったけど・・」



人身売買、学園都市で横行している数多くの犯罪のひとつだ。

名前の通り、拉致した人間などを高額で売り買いする闇商売。

人道的に、倫理的に考えて、最も批判されるべき重罪だろう。



「俺たちが組織の中心になったは良いものの、思ったより金が残っていなくてね。

 心は痛むが、人身売買は前の代からやってたし・・、一番手軽に多くの資金を稼ぐことができるからな」


「心が痛む、ねぇ」


「あの子に必要のない暴力を加えていたくせに、よくもまぁ、超抜けぬけと言えるもんですね」



絹旗も横槍を入れ始めていた。

あの黒髪の言葉の一つ一つが鼻につくのだろう、今にも殴りに行きたそうにうずうずしていた。

麦野はそんな彼女の前に手をかざしていた、今は耐えるとき。

なるべく情報を引き出しておく必要があるからだ。


670 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:04:24.96 ID:jFhCU3Y0 [21/39]


「ああいう首輪が付いてるってことはアンタたちももう知ってるんだろう、アレの危険性は。

レベル4相当の能力者だからな、力づくで抑えさせてもらったのさ、やむを得ない、」


「そこなのよ」



腕を組んだまま、話の腰を折る麦野。

彼女が昨日からずっと疑問に思っていたこと。

施設で起きた突風にも匹敵する暴風、その中心にあの少女が居たこと。



「あんな年端もいかない子供が大能力者(レベル4)だなんて、稀すぎる。

 とても自分で努力して上り詰めたようにも見えないし・・」


「当然、突っかかるところではあるな・・、そちらの思っている通りだよ。

 アレをレベル4にまで『改造』したのは他でもない、この俺たちさ」



易々と白状する黒髪に、麦野は眉を潜めた。

言葉で言うほど、レベル4になるのは簡単なことではない。

その裏でどれだけ無理な実験があったか。


672 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:05:13.20 ID:jFhCU3Y0 [22/39]


「まぁ、アンタたちと同じくらいの力を持つ暗部組織『メンバー』の

 協力あってのことなんだがな、奴らの科学力には頭が上がらない」


「『メンバー』・・?」



聞いたことがあるようなないようなワード。

暗部組織同士が手を組むなど、普通では考えられない話だが。

何が起こるか分からない学園都市の裏側だ、有り得ないことは有り得ない。

常識に捉われた行動は命取りになる、常に想定外の事態に対応する柔軟な思考が必要だ。


彼らが元々の組織の主導権を握ったといっても、あまりにも貧弱すぎるため、

恐らく、彼らの所属する暗部組織が解体されたことにより、『メンバー』とやらに吸収されたのだろうか。




「どこの誰が実行しようとアンタたちも共犯者、人間の風上にも置けない屑ね」


「おいおい、酷いな。そこまで貶される覚えはないが・・」


「ひどいのはそっちだよ、見ず知らずの女の子をそんなっ・・!」



さすがの滝壺も黒髪の話には口を挟まざるを得なかった。

少女のことを誰よりも想っていた彼女だからこその発言。


673 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:06:32.19 ID:jFhCU3Y0 [23/39]


「見ず知らずの女の子・・そうだな、その方がまだマシだったんだがな」


「・・・?」



発言の意図が読めず、苛立ちから麦野たちは目を細める。

そして、今日何度目だろうか、ククッと意味ありげな含み笑いを浮かべる黒髪。



「アレは俺の実の妹だ」


「なんですって・・?」


「・・パッチリとした大きな目がよく似てると思わないか?」



別に信じてもらわなくても構わないが、と黒髪は付け足す。

その言葉に絶句していたのは麦野たちだけではなかった。

少女もまた、出し方を忘れてしまったかのように声を失っている。

また一つ、少女の心が深く傷つけられた瞬間だった。

その様子から鑑みるに、記憶喪失によって黒髪と兄妹だったということを忘れてしまっていたのだろう。


675 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:07:37.13 ID:jFhCU3Y0 [24/39]


「俺の実妹を可愛がってくれてありがとう、最後に良い思い出ができたようで何よりだ」


「人のすることじゃない・・」


「ふん、アンタたちも人を殺してきただろう、その数だけ血を浴びてきただろう。

 そんな奴らにそういう慈善的な発言をする権利はないと思うが?」


「・・でも、あの子には言う権利はあるだろうね」



厳しい口調を続けていた滝壺が隅で俯いている少女に視線を流す。

実の兄に人生をかき回された少女には、その兄を罵倒するなり何なりの権利はあるだろう。



「言わない方が良かったな、アイツはそのことを忘れていたのに・・」


「記憶喪失・・、レベル4シフト実験の代償ね」


「ご名答。脳に無理な影響を与えすぎてな、能力覚醒の副作用として記憶のほとんどを失っている。

 だからこの糞外道な兄貴のことも忘れていたはずだったんがな」



少女は自分の名前さえも分からないほどの重度の記憶喪失だった。

恐らく、記憶が戻ることはないだろう、永遠に失われてしまったのだ。


676 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:11:15.92 ID:jFhCU3Y0 [25/39]


「あのガキは何をさせてもダメだった。

 だからこそ、能力を与えてやったんだぞ、感謝されるべきだとは思わないか?」


「・・許せない」



珍しく感情を高ぶらせ、両拳を震わせる滝壺。

それを視野に入れながらも、麦野は冷静に言葉を吐いた。

こういうときだからこそ、頭を冷やすべきだということを心得ている。



「ふん、無能力者よりも能力者の方が良い値がつくってワケね」


「ん、ああ、その通りだよ。普通のガキを買うなんて、異常性欲者くらいだ。

 同じようなパターンだと『メンバー』がそのまま実験に利用したこともあったし、

 学園都市の正規の研究所に裏で売ったこともある。

 良い材料になるなら人権なんてどうでも良いと思ってるんだぜ、研究者の奴らは。

 俺たちはまだ可愛いモンだ、材料にされた子供なんて、どんな目に合わされることやら」



こういうことがある度に、学園都市の闇というものを肌で感じた。

表の世界では考えられないようなことを平然とやってのける。

悲しいことに今では慣れてしまったが、それでも気を緩めれば吐き気がするくらいだ。

あまりにも不快すぎる、ときどき自分たちの前に顔を出す惨たらしい事実は。


677 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:12:53.81 ID:jFhCU3Y0 [26/39]


「今回の売却先は学園都市のある研究所でね、

 大能力を持った若すぎる子供の仕組みやら脳波のバランスやらに興味があるらしい」


「・・そうね、アンタたちを潰した後にそこも潰しておこうかしら」


「できるのものならな」



後ろから噴きつける雨風の威力が強まっていく。

乱された髪を、手で深く束ね、大袈裟にかき上げる。



「もう良いわ、遺言代わりに少し話を聞いてやろうかと思ったけど、

 アンタの言うこと聞いてるとイライラするだけね」


「そろそろ良い時間ですしね、超速攻で終わらせてご飯でも食べに行きますか」


「その意見には俺たちも同意見だ」



パチン、と黒髪が指を鳴らす。

それを気にも留めず『原子崩し』を発動、黒髪に照準を合わせ、

光線を発射しようと、麦野が手をかざした瞬間だった。


679 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:14:31.10 ID:jFhCU3Y0 [27/39]


耳を、脳を、身体中を突き刺すような甲高い音が工場内に響き渡った。

頭の中が酷くかき回される。

能力の演算どころか、何ひとつ物事を考えることができない。



「がっ・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



あまりの激痛に、砕きそうになるほどの勢いで自分の頭を掴むが、それでも、痛みは収まることがなかった。

例えるなら、耳鳴りを数十倍大きくしたような音。

それは音というより、音波といった方が正しいのかもしれない。



「くっ、う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」



横を見ると、絹旗と滝壺も同じ反応をしていた。

膝から崩れ落ち、頭を抱えながら、自分と同じように倒れこんでいく。

どうなっているのか。

事態を理解しようにも頭が働かない。


680 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:15:48.01 ID:jFhCU3Y0 [28/39]


「ぐっ・・・、な、にをしたっ・・!」


「『キャパシティダウン』・・、聞いたことは?」


「キャパ・・シティ、ダウンッ!?」



彼女が知らないわけがなかった。

音響兵器を使い、能力者の演算能力を阻害する装置。

ある女性研究者が開発し、スキルアウトたちに流したとは聞いていたが、

その開発者は拘束され、警備員たちによって装置は回収されたはずだった。

まさか、こんなところに残っているとは。


音源は不明だったが、恐らく、工場の隅にある謎の大きな物体が怪しいと踏む。

そのすぐ近くに居る少女が自分たちよりも苦しそうに絶叫していることが何よりの証拠か。



「スキルアウト同士のネットワークというか何というか・・、まだ残っていたってわけさ。

 組織の残っていた資金はほとんどこれに使っちまったようなモンでね、なかなか良い値段してるんだぜ?」



ま、聞いちゃいないか・・と呟き、うずくまる少女三人を満足そうに見やる黒髪。

そんな中で、ピンクのジャージを着た少女の不審な行動が目についた。


682 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:17:48.14 ID:jFhCU3Y0 [29/39]


「はまっ・・づら・・!」



必死に携帯に呼びかける滝壺を確認すると、ふぅと小さな溜め息を吐く黒髪。

そのすぐ後ろでは、金髪の男が懐から拳銃を取り出していた。



「ごめ・・、ちょっと・・、まず、」



その銃口の先に居るのは。

パン!と響く容赦のない発砲音。



「滝壺さんっ・・、ぁぐっ!」


「おいおい、どこに電話してるんだっつーの」



銃弾は滝壺の顔のすぐ横を通り、代わりに彼女の身体を貫いたのは金髪男のつま先だった。

滝壺の手から、足元に携帯が落ちる。

その隣では、うつ伏せに倒れる絹旗の上に青髪がその腰を降ろしていた。


683 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:21:10.09 ID:jFhCU3Y0 [30/39]


「この、程度で・・・、私の能力を抑え、こめるつもり・・!?」


「ふん・・強がりはやめ・・、ぐッ!?」



倒れこんだ麦野ににじり寄った黒髪に、一筋の光線が放たれた。

照準が合っていなかったせいか、彼の頬を僅かに掠った程度だったが、

頭に直撃していたら、間違いなくあの世行きだっただろう。

殺意に満ちた彼女の目が、黒髪に向けられていた。

それを見て、嗜虐感をくすぐられる、心地良いほどに。




「なるほど、さすがレベル5だな。

 『キャパシティダウン』をもってしても、完全には抑えきることができるわけではない、とっ!」


「・・が、ふッ!?」



黒髪の容赦ない蹴りが麦野の腹を深く抉った。

頭に響き渡る痛みと下腹部に突き刺さる痛みが満身創痍の彼女を襲う。


685 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:24:09.23 ID:jFhCU3Y0 [31/39]


「たまには無能力者にコケにされる気分を味わったらどうだ。

 何を思う・・、惨めだろう、情けないだろう・・?」


「ぐぅっ・・!!」



ニタつきながら、麦野の前髪を右手で鷲掴み、上へ思い切り引き上げた。

ブチブチ、と髪の毛の抜ける音がする。



「能力至上主義の学園都市において能力は絶対だ。

 無能力者(俺たち)に対する能力者の優位性も揺らぐことはない。

 でもな、逆を言えば、能力さえ奪っちまえば脆いモンだ」


「・・がぁっ!?」



最近、気分が浮ついていたからだろう。

普段ならばこんな凡ミスはしなかった、するはずがなかった。

『上』から下された任務ではなかったからか。


何かを壊す、何かを奪う、誰かを殺す任務。

失敗したことはなかった、完璧にこなし続けた。


初めての誰かを救う任務、それも自分が大切にしていた少女を助けること。

心から自分が成功を望む任務を失敗することになるのか。


686 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:25:33.04 ID:jFhCU3Y0 [32/39]


「ちょうど良い、抵抗できないほどにボコボコにしたあと、アンタたちも売っちまうとしよう。

 レベル5なら良い値がつきそうだ・・、その二人はレベル4だったかな?」



絹旗と滝壺を見やる。

あれだけ黒髪たちが恐れていた大能力者も、いまや虫の息だ。



「ちょっと待ってほしいんだけどねぇ・・、この子は俺の好みだから俺が引き取りたいんだけどねぇ」


「・・お前は本当に小さい女の子が好きだな」



青髪は自分の下で呻いている絹旗を見やる。

変態的というか、新しい玩具を見つけたような無邪気な子供のような笑みを浮かべていた。

切れ長の目が、見えなくなるくらいにより細くなる。



「勿体無いな・・、暗部組織でなければ、超能力者じゃなければ、

 男にちやほやされるような生活を送れたろうになあ・・」


「余計、な・・・、お世話よっ・・!」



反抗の眼差しを向け続ける。

気に食わないといった風に、黒髪は唾を吐く。


687 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:26:50.54 ID:jFhCU3Y0 [33/39]


「可愛くねぇな」


「うぐぁッ!?」



サンドバックのように手で吊るした麦野に思い切り左拳をねじ込ませた。

口から何らかの液体を吐き出し、必死に呼吸を整えようとする。

それを見る度に、黒髪はたまらないという表情を浮かべていた。



「(しかし、とんでもないモンだな『キャパシティダウン』・・。

 俺たち無能力者には苦しみは分からないが、これほどまでに無効化できるとは・・)」



学園都市で七人しかいない超能力者が自分の手に堕ちた。

今でも信じられないほどだ、全身に鳥肌がたっている。


ちなみに、工場の隅にあった大きな物体は、もちろん「キャパシティダウン」。

ワゴンの後方に丸ごと音響機器が取り付けられており、移動も可能にしている。


689 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:28:45.25 ID:jFhCU3Y0 [34/39]


「そろそろだな・・、良い暇つぶしになった。

 さて、取引先の研究所に向かうぞ、準備を始めろ。

 ちょうど良い手土産もできたしな・・」


「手土産の方が、価値があるのはどういうことだっつーの」



カハハッと高笑いする金髪の手にはひきずられる滝壺。

青髪に抱えられているのは呻いたままの絹旗、もはや抵抗の兆しすらなかった。

無抵抗になった超能力者を金髪に引き渡しておく。

一番の厄介者だった麦野沈利も、今や完全に無力化されていた。



「ふぅ・・」



準備を金髪と青髪に任せ、気分転換に工場の外へ踏み出る。

外は変わりなく、激しい豪雨のみが支配していた。

吹き付ける雨と風は、すべてを吹き飛ばさんとする勢いだ。



「うーん・・なかなか趣がある、最高だ。

いつもは鬱陶しい雨も一仕事終えたあとには、これほどまでに清々しく見えるモンなんだな・・」


690 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:31:14.43 ID:jFhCU3Y0 [35/39]


鼻腔に広がるのは、湿気を含んだ独特の雨の匂い。

胸を膨らませるほどの深呼吸をする。

そして、十分にそれを堪能し終わり、戻ろうと踵を返そうとした瞬間だった。

視界の隅で、妙な物がチラついた。



「・・何だ?」



二つの白い光。

薄暗い闇の中に突如現れたそれは、徐々に大きくなっていった。

やがて、黒髪自身を包み込むような光になり、それを発する物体はその輪郭を鮮明にさせていく。

細めた目で視認したときには、それはもう自分のすぐ目の前にまで迫っていた。

黒髪を食らわんとする勢いの、その光が。


顔をしかめ、雨で濡れた地を蹴り、反射的に横に跳ぶ。

咄嗟のことだったため、ドシャリと醜い音をたてコンクリートに倒れこむ黒髪。

その鼻先を掠めるように過ぎていったのは、一台の黒いワゴン車だった。

かなりの速度が出ていたそれは勢い良く工場内に侵入する。

パン、パンッ!と発砲音が数発したと思えば、全速力で走っていったワゴンが、

工場内で耳を塞ぎたくなるようなブレーキ音を響かせ、ド真ん中で停車する。


691 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:33:17.77 ID:jFhCU3Y0 [36/39]


「おいおい・・」



ビショビショになったズボンは気にせず、のんびりとした歩調で歩き、外から工場内を覗く。

豪快なタイヤ跡をつけた先ほどの黒いワゴンがド真ん中に止まっており、

その横には黒髪と同じくらいの年齢の、茶髪でガタいの良い少年が立っていた。

よく見ると、侵入者の手には一丁の拳銃が握られているのを確認できた。

彼の足元には両肩から血を流し、呻いている金髪が転がっている。

そのさらに横には、手足を投げ出すように仰向けに倒れた麦野沈利。

彼女を抱えていた金髪が倒れたため、その拍子に落とされたのだろう。



「あのバカが・・、油断したか」



黒髪は茶髪少年の一直線上に並ぶような場所に位置どった。

そのときには既に、少年の銃口が彼を捉えていたが。


692 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:35:01.34 ID:jFhCU3Y0 [37/39]


「動くなよ」


「やれやれ・・」



素直に両手を挙げる黒髪。

ちなみに、「キャパシティダウン」は未だ動きっ放しである。

能力者の頭には激痛がほとばしったままだ。

それでも、麦野はその少年にかける声を絞り出す。



「はま・・、づらっ・・!」


「・・よう」



彼は彼女たちをサポートする立場だ。

彼女たちの一歩後ろで、見守っていれば良い。

何の取り柄もない無能力者の彼が出しゃばる必要なんてない。

何故なら、彼女たちは誰かが守る必要がないくらいの絶対的な強さを持っているからだ。

他とは隔絶された、圧倒的な力。


694 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/04/05(月) 23:37:10.41 ID:jFhCU3Y0 [38/39]


だからこそ、想像できなかった。

麦野沈利が倒れているところなど。

絹旗最愛や滝壺理后が打ち負かされているところなど。

普段の彼女たちは、散々彼をコケにするような言葉ばかりかけてくる。

それは冗談めいたものがほとんどだ。

しかし、それが本気で彼の心に突き刺さることもある。

能力者と無能力者の、分厚い、越えることのできない絶対的な壁。

だから、いつしか信頼されていないのではないかと思ったこともあった。

暗部組織は実力主義、力のない者は蹴落とされる、彼はそういう世界に生きている。

スキルアウトからはみ出したときのように、いずれはまた外されるのだと思っていた。

でも、この麦野の言葉を聞いて、少しだけ安心したのかもしれない。




「遅い・・のよッ・・!」




こんな自分を少しでもアテにしてくれるのなら、

たまには彼女たちの前に出ても良いのではないか、と。




「悪ぃな・・。

浜面仕上、華麗に登場だ」



                      To be continued …


いったん切ります

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